コート内で散々感想戦をやっていたら、「長いです! いい加減にしてください!」と飛び込んできたスタッフに、続きはオフィスでやってくれと追い出されてしまった。
(はぁ……負けた……)
シャワールームを借りて砂ぼこりを流していると、悔しさがじんわりと染み出てきた。さっきやった試合の光景が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
(運要素を出来るだけ排除して勝つには――やっぱり二体目まででリザードンを少しでも削っておかないと厳しいよな。そうすると――わざ――もちもの――とくせい――……うーん、熱が出そう!)
ラフな格好に着替えてシャワールームを出る。
ダンデのオフィスに入ると、難しい顔でパソコンと向き合っていたダンデが顔を上げた。
「感想戦、どこまで配信する?」
「どこまででも。別に聞かれて困ることは言ってませんし」
「だよなぁ。じゃあ全部上げるぜ!」
「なんで迷ってたんです?」
「かなり詳細に戦法を語ってたから、この先の戦いで不利になるんじゃないか、ってスタッフが心配してたんだ」
「……へぇ?」
ピンときていない様子で首を傾げたマサルに、「だよなぁ」とダンデが笑みを漏らす。
「それで、ヨロイ島はどうだったんだ? 師匠はお元気だったか?」
「ああ、はい、それはもう!」
マサルはソファに飛び乗って、ヨロイ島でのことを話し始めた。マスタード師匠の課題のこと、ジムリーダーを目指す弟子に絡まれたこと、ディグダを探して島中を駆けずり回ったこと、ウーラオスのキョダイマックスのために必要なミツのこと――
「そしたらホップが来ていて、探すのを手伝ってくれました」
「そうか! ホップはどんどん成長していくな。元気そうで何よりだ」
「しばらくヨロイ島にいるって言ってましたよ」
「じゃあ今度行ってみるぜ。久々に師匠にもお会いしたいし」
「そうですね」
簡単なあいづちを最後に、マサルはふと言葉を切った。
「……どうした?」
気配の変化を鋭敏に感じ取るダンデは、まるで野生のポケモンみたいだ。
マサルは言おうかどうか少しだけ迷って、
「――……実は、カバンが壊れちゃって」
「!」
「サメハダーが後ろから飛びかかってきたんですっ! ああもうあの海マジで嫌い! なんなんすかあのサメハダーの、サメハダーの……サメハダーァァアアアアアアっ!」
うああああああと叫びながらソファに倒れ込む。
「ムカついたんでめちゃくちゃ倒しまくりました……」
「生態系を崩さない程度に頼むんだぜ……」
「兄弟で同じこと言わないでください……」
マサルはクッションを抱き締めて転がった。
「今修理に出してるんですけど……やっぱあのカバンじゃないとなんか落ち着かなくって」
「そうか……早く直ってくるといいな」
「はい……」
返事をしながら、無理だろうと思っている部分がある。けっこうひどくズダズダにされてしまったのだ。あの無残な姿を元通りに出来るなら、いくら掛かってもいいと思っている。金で解決できるならそんな簡単な話はない。
そんなことを思っていると、スマホがひょいと目の前に浮かんできた。
『マサル、ブティックから電話ロト~』
ブティック、ということは、タワーへ来る前にカバンを預けてきたところだろう。
「はーい。もしもし――」
電話の内容は、カバンの修復はやはり難しいという話だった。試行錯誤したけれど、元通りにはどうしてもならない。別の生地でつぎはぎするか、いっそまったく違うものに加工してはいかがでしょうか、と。
マサルは意気消沈しながら、のっそりと起き上がって返事をした。
「……はい。わかりました。じゃあなんか、何でもいいです。加工して……なんか、持ち歩けるものにしてください」
『かしこまりました。――それとですね、その……修繕するために一度分解したところ、中から不思議なものが出てきまして』
「不思議なもの?」
『はい。背の部分の生地の中から、金色と銀色の――葉っぱ? のようなものが』
「はぁ……」
『どうなさいますか?』
「……一応取りに行くので、保管しておいてもらっていいですか」
『かしこまりました』
電話を切る。
それを見計って、ダンデがヒトカゲ柄のマグカップをマサルの前に置いた。
「ありがとうございます」
「カバン、駄目だったのか?」
「はい……」
しゅんとしたままマグカップを持ち上げる。ホットミルクだった。ほんのり甘くてどこか懐かしいような味がした。
「気落ちするのは分かるが、落ち込みすぎるんじゃないぜ」
「はい……これ飲み終わったら立ち直ります」
「うん、それがいいぞ」
ダンデが優しく微笑んで頷いた。
(お父さんのカバンが壊れた、ってことより、ずっと一緒に旅をしてきた相棒が壊れたってことの方が、こたえてるんだよなぁ……くっそサメハダーめ、もっと倒してくれば良かった……)
逆恨みであることは理解しているから、わざわざもう一度島に行ってまでやろうとは思わないけれど。
マサルはホットミルクを飲み干した。
大きく伸びをしながら立ち上がる。
「んー、よし! 長居しちゃってすみません! そろそろ僕、行きますね!」
「おう。また来てくれよな!」
「はい! 次は勝ちますから!」
「次も負けないぞ!」
それじゃあ、とマサルは元気に駆け出していった。
彼の次のダンデへの連絡が「ちょっと僕ジョウト地方に行ってきます」になることなど、誰にも予想できないことだった――。
サメハダーァァァアアアアアアッッッッ!!!