ジョウト地方までの空の旅は、快適とは程遠いものだった。
「もう二度とやらん……絶対にやだ……」
季節が悪かったのかもしれないが、それにしても、だ。まさか嵐に巻き込まれるとは思ってもみなかった。途中で不時着するはめにならなかったのが奇跡である。マサルは疲労困憊の状態で、ジョウトの一角に降り立った。
「お疲れ、リザードン」
「ばぎゅあ……」
「お前が一番大変だったよなぁ。本当にお疲れ……すぐポケモンセンターに行こうな……」
ぐったりと首を垂れるリザードンをボールにしまいながら、自分もその場にへたりこんでしまいたくなったのをこらえて、マサルはスマホを出した。
「heyロトム……ここ、どこ?」
『マップアプリを起動するロト! ――更新情報を取得しているロト、しばらく待つんだロト! ――現在地はジョウト地方、ヨシノシティの南だロト!』
「よしのしてぃ……」
ぐるりと辺りを見回す。もうすっかり日が落ちてしまって、辺りは闇に沈んでいる。ささやかな街灯が点々と立っていて、町の中心部までの道をぼんやりと照らしていた。人気はなく静まり返っている。その道をゆっくりと、ポケモンセンターを目指して歩き出す。
(ブラッシータウンみたいな雰囲気だな……いい感じ)
吸い込んだ空気は異国のものだ。ガラルより少し湿っぽいような感じの中に、知らない花の香りが混ざっている。
(別の地方に来たんだなぁ。なんか感動的だ)
いつか行ってみたいとは思っていたが、こんな風に突然行くことになるとは思わなかった。
それもこれもすべて、カバンの中から見つかった二枚の葉っぱが原因である。
――きんのはっぱ。
――ぎんのはっぱ。
ブティックの人からそれらを貰った瞬間、これは何か特別なもののような気がする、と思ったのだ。その感覚は、ザマゼンタのくちたたてを手にした時とよく似ていた。
(放っておいちゃいけない、って思った……勘だけどさ)
ホップはヨロイ島、ソニアは冠の雪原に行ってしまっていなかったから、マグノリア博士に調査を頼んだのだった。
調査結果が出るまでの間、ハロンタウンの自分の家に戻って、お母さんに話を聞いてみた。
ずっと聞いてはいけないような気がしていた、お父さんのことを。
(母さん、案外アッサリしてたな……)
マサルが振り絞った勇気を嘲笑うかのように、平然とお母さんは話してくれたのだった。
父親の名前はカツト。ジョウト地方の出身。なぜかワイルドエリアで行き倒れていたところを、ジムチャレンジ中だったお母さんが偶然助けたのだという。そこから、シュートシティまで一緒に旅をして――恋愛をして――結婚した。
だが彼は、マサルが生まれた頃にふらりと出ていってしまって、それきり消息を絶ったのだそうだ。残されたのは、一緒にシュートシティで買ったボストンバックだけ。
『もしマサルが将来ジムチャレンジをするって言い出したら使わせてやってくれ、なんて言ってさ。ふらーっと。それっきり。……まぁ、どこかで、そういう人だって分かってたからね。そりゃ出ていかれた時はびっくりしたし、ショックだったけど……でも、私にはマサルがいるからね。全然平気よ!』
とお母さんは笑い飛ばした。
(だから、僕も気にしないでいいんだ、って思ったんだけど)
マグノリア博士の調査の結果を聞いたら、ここへ来ずにはいられなかったのだ。
博士いわく、この二枚の葉っぱをつけるような木は現実に存在しないものだ、という。
『おそらく、ジョウト地方の伝説のポケモン、ルギアとホウオウに関連するものと思われます。用途は不明です。――根も葉もない噂だと、ぎんのはっぱをルギアに、きんのはっぱをホウオウに持たせてウバメの森の祠へ行くと、ときわたりポケモンのセレビィが出てくる、とかいうものがありますね。これは単なる都市伝説ですが』
ただ持っている分には何の問題もないでしょう、と締めくくられた話を聞いて。
(お父さんはどこで、“この世に存在しないはずの葉っぱ”を手に入れたんだろう)
とマサルは思った。
(どうやって手に入れて、何をするつもりだったんだろう)
(何のためにカバンに仕込んだんだろう)
(そのカバンを置いていったのはなんでだろう?)
(わざわざ、僕に使わせろ、なんて言い残して!)
(お父さんは一体何を考えていたんだ?!)
疑問が次々にむくむくと湧いてきて、どうしようもなくなったのだ。それで、勢いガラルを飛び出してきてしまった。
手掛かりなんか何一つとしてないのだから、疑問は解決しないかもしれない。だが、それでも。
謎に包まれているお父さんが生きていた場所を。
ジョウトという世界を見てみたかった。
(……ダンデさん、怒ってるかなぁ……)
ちょっと僕ジョウト地方に行ってきます、とだけ告げて、電話の向こうからどんな反応が返ってくるかなど確認しようともせずぶち切ったのだ。
リダイヤルが何十件と入っていたのを思い出して、マサルは少しだけ顔を引き攣らせた。
(ちゃんと話した方が良かったかな……まぁいっか。帰ったら怒られよーっと)
仕事の類は一通り終わらせてきたから大丈夫なはず、オフシーズンだし、どうせすぐ帰るのだし――と思いながら通りを曲がり、ポケモンセンターの看板を見つけた、その時だった。
ドガッシャーンッ!
「っ?!」
大きな破壊音が夜の静寂を打ち破った。
「なんだ……? うわっ!」
ポケモンセンターから真っ黒い煙が上がっている。
「え、なんで? 火事? 事故? いや、でも、さっきの音――」
まるでタネばくだんのような音だった、と思った瞬間、ポケモンセンターから黒ずくめの人たちが次々飛び出てくるのが見えた。その人たちはポケモンを従えて、四方八方に散らばると、
「かえんほうしゃ!」
「タネばくだん!」
「シャドーボール!」
と――民家に向かって、攻撃を始めた。
「……え?」
目を疑うマサルの前で、家から出てきた人たちが逃げ惑う。ポケモンを持ってる人も、持っていない人もいた。中には反撃を試みる人もいたが、大抵は無抵抗のままただ逃げていく。
(な、なにこれ、どういうこと? なんでポケモンで人を襲うんだ? どうして……)
混乱するマサルの目に、逃げようとして転んだ少年が映った。
少年はポケモンを抱えていたが、戦える様子ではない。なのに、その後ろにニューラが迫ってきている。
「きりさく!」
街灯の光を反射する爪が見えた時、マサルは反射的にボールを投げていた。
「ニンフィア、チャームボイス!」
必ず当たる音波の攻撃。それは過たずニューラを吹き飛ばした。
マサルは少年に駆け寄った。
「君! 大丈夫?!」
「う、うん……ありがとう……」
手を貸して立ち上がらせる。短パンから出ていた膝がすりむけていたが、それ以外の怪我はなさそうだった。
敵の男が高らかに舌を打つのが聞こえた。
「歯向かうものには容赦しないぞ! ズバット、きゅうけつだ!」
「ニンフィア、ムーンフォース!」
すばやさはこちらが上。月を見上げて吠えたニンフィアの美しい声が波動となって、突っ込んできたズバットをはじき返した。
(――? 今あのポケモン、
マサルは疑問に思って首を傾げた。
その一瞬の隙に、
「お兄ちゃん危ない!」
「っ?!」
ジョウトの短パンこぞうといえばゴロウだよね! じゃあロクロウだな!
っていうIQ3ぐらいの思考回路でロクロウにしました。連れているのはコラッタです。