影から飛び出てきたポケモンが、咄嗟に飛び退いたマサルの肩口を切り裂いた。
「いっ……たあっ?! な、んで……え?!」
肩に走った痛みが混乱を助長する。
(トレーナーを狙った攻撃?! そんなの……!)
ガラルではトレーナーに向けた攻撃は違反中の違反だ。わざとそんなことをしようものなら、二度とバトルコートに立てなくなってしまう。
だが、黒ずくめの連中はそんなことお構いなしのようだった。
「そこだ、ナイトメア!」
「ちゃ、チャームボイス!」
ぎりぎりのところで相殺させることに成功した。ニンフィアが心配するように足元にすり寄ってくる。反対側には、心底怯え切った様子の少年が。
マサルは彼に向かって問いかけた。
「ねぇ君……ここでは、トレーナーに向かって攻撃するのって、ありなの?」
少年はきょとんとした目でマサルを見上げた。
「公式戦ではなしだけど……ロケット団はそれが普通だよ?」
「ロケット団? って、この人たち?」
「そうだけど……お兄ちゃん、もしかして違う地方の人?」
「あー、うん、その通り――ムーンフォース!」
再び背後から飛びかかってきたゴーストを返り討ちにする。
それで手持ちが尽きたらしい男が、貧乏ゆすりをしながら喚いた。
「くそっ、おい! このガキ、うざいぞ! 潰せ!」
その声に敵が集まってきた――その数、五、十、十五――周りをすっかり取り囲んだ連中が、それぞれ一体ずつポケモンを繰り出した。十五体以上のポケモンに囲まれて、少年が悲鳴を飲み込んでマサルの足にしがみつく。
マサルはごくりと唾を飲んだ。
(ええー……なんだこれ。どういうこと? なんでもありの大乱闘ってこと? マジか……きっつ……)
だが、自分がどうにかするしかなさそうだ。マサルは腹を括った。
「君、名前は?」
「え、僕? 僕は、ロクロウ……」
「オーケー、ロクロウ。君のそのポケモン、戦えるよね?」
「えっ?」
「倒せとは言わない。ただ、自分の身は出来るだけ自分で守ってほしい……正直、君の方まで手が回るとは思えない。なるべく気を遣うけど――」
悠長におしゃべりをしている暇など無かった。
四方八方から一斉にポケモンが襲い掛かってくる。出来るだけ視野を広げてそれらを見ながら、
(ダブルバトル×八、ってことね! 全然オーケーじゃないけどオーケー理解した!)
マサルはボールをいっぺんに放り投げた。
「カビゴン、たくわえる!」
背後にカビゴンを配置して壁にする。カビゴンにはそこでしばらく耐えてもらうしかない。大丈夫、彼になら任せられる。マサルの信頼を保証するように、カビゴンが軽く吠えた。
「ニンフィア、チャームボイス! インテレオン、だくりゅう!」
二体同時攻撃ができるポケモンはそれを基軸に、とにかく数を減らす。
それをすり抜けてこちらに向かってきた奴には、
「ウーラオス、かわらわり! フライゴン、ドラゴンクロー!」
物理単体攻撃で完全に仕留める。
(リザードンは疲れ切ってるから駄目……だけど、うん、大丈夫。どうにかいける!)
次々と繰り出される技によって、すさまじい勢いで敵ポケモンが減っていく。
「す、すごい……!」
ロクロウが呆然と呟いた。
「クソッ、何だこのガキ!」
「たった一人のくせに……っ!」
「もっとポケモンを出せ! 数で押せ!」
「畳みかけろ!」
怒号が飛び交い、包囲網が一段と厚くなった。
マサルは頬を伝った汗を手の甲で拭って、カビゴンの背に寄りかかるようにしながら戦場を見つめた。
「カビゴン、のみこむ! もう一回たくわえる! ――ニンフィア、マジカルフレイム! フライゴン、むしくい! ――インテレオン……っ?!」
矢継ぎ早の指示を遮るように、チクッ、と、腕に何かが刺さった。大した痛みではない、が。
「何だ、これ。……針?」
確認した瞬間、ぐらりと視界が歪んだ。
(針……針と言えば……どくばり……どくばり?!)
やばい、と思ったマサルがカバンに手を伸ばした時にはもう遅かった。
全身から力が抜けて膝が落ちる。
「お兄ちゃん?!」
「がっ、はっ……ぐ、ぅう……」
手足がしびれて震えていた。頭蓋骨を内側から殴られているような頭痛と、胃がひっくり返るような吐き気に襲われて、脂汗が全身からにじみ出る。
マサルの手持ちたちがびくりと動きを止めた。
「とま、るな……っ! だいじょぶ、だか、ら……」
こちらを窺ったポケモンたちに向かって、どうにかそれだけを言った。ポケモンたちは指示に従って振り向くのをやめたが、まだ心配が勝つようで、動きは精彩を欠いている。
このままじゃ負ける。
「ロ、ロク、ロウ……カバンの、なかに……どくけし、が……」
「この中に?! ちょ、ちょっと待って……えーと……どこ?!」
慌てふためいたロクロウが、カバンのジッパーを全開にして、マサルに見せつけるようにした。
が、新調したばかりのカバンのせいで、自分でもどこに何が入っているのか分からなかった。ましてこの状態では冷静に考えることなど出来やしない。いろんな道具が雑多に詰め込まれている中に、金色と銀色の葉っぱが輝いているのが見え――それが三重にぶれて、ぼやけていく。
(やばい……意識が……)
これって死ぬんだろうか、それは嫌だなぁ……――などと思いながらも、離れていく意識を引き留められなくて、マサルはぐらりと倒れた。
「――しっかりしたまえ、ガラルのチャンピオン!」
凛とした声が空から降ってきた。
フライゴンのむしくいはタマゴわざですね……すみません、うちの子が覚えてるせいでそのまま使わせちゃいました……。