今回は気がついたら1万文字越えてました。本作最長です。
山城ファン、川内ファンの読者、提督の方々は不快に思う可能性のある描写があります。お読みになる際にはある程度の覚悟を持って下さい。尚且つ自己責任でお願いいたします。
それでは、どうぞ。
入渠ドックの湯船に浸かりながら、私は軍港から此処までの道中のことを思い出していた。
無意識なのか意識してなのかは分からないけれど、氷狐様は私の手を握って引いてくれた。強くもなく弱くもない、丁度いい強さで握られた手から感じたモノは……温かさ。相手が自分を想ってくれていることが分かる、そんな温かさ。
氷狐様が愛情が形となった妖怪だと言うのは、初めて逢った時から知っている。人間ではないことには、畏怖もなければ忌避もしない。包んでくれるような愛を向けてくれる存在に、そんな感情を持つわけがない。とはいえ、相手が愛情を注いでくれるからと言ってこちらも親愛以上の情を返すということはしない場合もある。実際、最初は私がそうだった。ちょっといいなと思っても、次の瞬間には姉妹艦に飛びついたくらいだし。だけど、今は……。
「……氷狐……様」
氷狐“様”なんて自分で嘲ってしまう。白夢大将のところにいた時は、そんな呼び方なんてしなかったのに……久々に逢ってしまえば、もうダメだった。
「氷狐、様」
その在り方が目に焼き付いた。その声が耳から離れなかった。その伸ばされた手に引き寄せられた。
欲しくなった。白夢大将のところでは得られなかったものだから。誰にも渡したくなくなった。私だけのものにしたかった。私を刻みつけて、私に刻みつけて、誰も間に入る余地がないように。私以外の誰にも渡さないように。
「ひこ……さまぁ……」
濡れた自分の肢体を抱きしめ、自分でも分かるほど熱の籠もった甘い声でその名を口にする。あの扉の先で、彼は待ってくれている。私だけを。私だけの為に。その事実が、どうしようもなく嬉しい。私だけの為……そのフレーズが甘美な痺れを身体に流す。ああ、嗚呼、氷狐様。ひこさま。
この世の何よりも……愛情(あなた)が欲しい。
「ありゃ、やっぱりみんな食べ終わっちゃってたか」
「そりゃね。私達はまた遠征に行かないとダメなんだし」
「ごめんなさい氷狐様……私が長めに入渠してたばっかりに……」
「あはは、気にしなくていいよ山城。女性のお風呂は長いってよく聞くし」
先に食べていた私達が食べ終わった頃、ようやく提督と山城が食堂にやってきた。話を聞くに、山城がついつい長風呂……長入渠? をしちゃったみたいだね。これは、私達艦娘の間では時々ある失敗談なんだよね。
尚、食べ終わった金剛達は先に補給と遠征の準備に行ってる。翔鶴さんも執務室や資料室へ行って、午後からの提督の仕事に使う書類を纏めに行った。私がここに残ってるのは、提督に昼食を出す為。今まで提督と雷が料理を作り、たまに他の5人が作っていたらしいケド……私が来たからには、朝昼晩全て私が作る気持ちでいる。そもそも料理だけピンポイントで出来ない妖精しかいない鎮守府ってどうなの。
「ま、ちょっと待っててよ。すぐに温め直すからさ」
「うん、お願いするね」
「お願いするわ」
2人に向けてそう言って手を軽く振り、厨房へと向かう。温め直すとは言ったケド、私の信条は出来立てを即提供することだ。一番良い状態のモノを食べてもらいたいしね。ということは温め直す、ではなく作り直すことになる。幸いにして作ったのは炒飯に餃子という手早く作れるモノ。久々に提督が食べてくれることだし、愛情10割増しにしよう。
巷では弾薬や燃料の消費が激しい艦娘ほど食事量が多い、なんて話が広がっているケド、それは違う……一部の例外を除いて。基本的に食事をする必要がない艦娘にとって、食事とは1つの娯楽。食欲という人間の三大欲求ではなく、ゲームなどの嗜好品と同じ。食事をする金剛達を含めた艦娘は、その理由に人間と同じことをしたい、提督と食事という時間を共有したいというモノが多く挙げられる。私が食事をする理由も提督と一緒に食べたいからだし。家事を覚えたのは必要に駆られたからだけど。
なぜこんな話をしたかと言うと。
「おかわり!」
「スゴく食べるね、山城」
その例外が目の前にいるから。炒飯は既に15人前がその胃の中に入れられ、餃子は3桁をゆうに越えてる。朝の歓迎会の時はそんなに食べてなかっ……いや、コイツの周りだけお皿が積み上がってたね。
まぁ、山城が大食いだということが発覚したことで夕飯に使う用に余分に炊いていたご飯を使うことになり、餃子は餡と皮を作り直す羽目になった。つーかまだ食べるんだ……提督に手伝って貰ってるケド、山城の食べるスピードが速いから追い付かない。というかそろそろ材料が切れる。
「提督、材料が……」
「あーうー……そっか。山城、これで終わってね? もう材料ないから」
「はーい」
不満そうな声ではないので、満足かどうかはともかく、足りないということはなさそうだね。心なしか提督もホッとしているように見える。まあ、あのままだったら食材が根こそぎ食べ尽くされかねないし……一応、食事が必要なのは提督だけなんだけど。食材はちゃんと管理しておこう。
提督、山城の食事の後は山城も遠征へと出た。メンバーは最初と違い、私と山城が入れ替わっている。つまり、私は暁、響、雷の3人と一緒にいる。この入れ替えは、実は私から言い出したことだったりするんだよね。
「ねぇ3人とも。山城と一緒に遠征に行ってた時、山城はどうだった?」
「どうだったって?」
「こう、悩んでいたとか……思い詰めていたとか」
「うーん……どうだったかしら?」
山城に疑問を持ったのは、今朝会った時。おかしいと感じたのは、遠征から戻った時。私の知っている山城という艦娘と違いすぎるという理由は、失礼だという自覚はある。ただ、違いすぎるということは“普通じゃない”ということでもある。普通じゃないということは、そうじゃなくなった何かしらの原因があるハズ。あるとすれば……やっぱり、白夢大将の鎮守府かな。
「うーん……私が会ったのは朝の歓迎会前が最初だし、分かんないかな」
「響も同じだね。特におかしい感じはしなかったかな」
「そっか……ん?」
「……」
雷と響から帰ってきた答えに、私は一度頷く。雷は生まれて3ヶ月、扶桑型戦艦に会ったのは山城が初めてらしい。響は深海棲艦から艦娘に戻った経歴があるケド、その前の記憶はあまりないらしい。雷と同じく、扶桑型は山城が初めてと考えていいかな。気になったのは、暁が考える仕草をしながら黙り込んでいること。もしかして、何か心当たりがあるのかな……暁が顔を上げたのは、私がそう考えた時だった。
「おかしいっていうか、しきりに司令官のことは聞いてきたわ」
「提督のこと?」
「うん。何時位に寝るとか、好物は何かとか……あ、後……」
「後……なに?」
「司令官に恋人がいるのかも聞いてきたわね。ただ、その時の目が……なんていうか、必死なような、後がないような……スゴく、暗い感じがした」
「それはいつ?」
「歓迎会で食べてる時」
そういえば、歓迎会の時に山城の両隣に座ってたのは暁と響だったね。暁が聞いてばっかりだったような気がするケド、実際は山城も色々と聞いてたんだね……提督のことばっかり。それに、暁が感じたこと……私が感じた違和感とも繋がるものがある。
暁が感じたことに対しては、疑問は一切ない。私達艦娘は、人間よりも遥かに感情や想いに敏感な存在。それは艦娘に対しても同じで、相手が抱いた喜怒哀楽等の感情、想いを感じることが出来る。私と暁が山城から感じた感情……提督に対して必死な姿はまるで……。
「……今は遠征を続けよう。姉さんと川内さんが山城さんに何を感じたかは知らないけどね……響もちょっとおかしいとは思ったケド」
「そうね。暁姉と川内さんの考え過ぎかもしれないし……って響姉もなのね。私はそんな気はしなかったけどなぁ」
響の言う通り今は遠征中な訳だし、考えるのは後にしよう。暁もそう考えてのか、止まっていた……足でいいよね。足を動かして旗艦らしく前に出た。その背中からは、幼い姿に不釣り合いな頼もしさを感じる。ただ、やっぱり山城に対するものであろう不安や心配といった感情も感じられた。それは、私も同じ。
山城はなんであんなにも……提督に縋っているように見えたんだろう。
「美味しいです! これは雷ちゃんが作ったんですか?」
「川内さんに教わりながら一緒に作ったのよ! どう? 司令官。美味しい?」
「うん、スゴく美味しいよ雷、川内。響、ピーマンを僕のお皿に移さないの」
「ギクッ……」
遠征が終わったのはヒトロクサンマル……午後4時を過ぎた頃。そこから3時間程経った今、私達は食堂で晩御飯を食べていた。晩御飯を作ったのはお昼に引き続き私、弟子にしてと言ってきた雷。因みに、弟子にするとは言ってない。一緒に料理するのはいいんだけどね。私の教え子は提督だけなのさ。
今回提督の隣を得たのは響と……件の山城。因みに、山城と一緒に遠征に行った青葉達に彼女の様子を聞いてみたところ、特におかしい様子はなかったみたい。朝の失敗を気にした様子もなく、遠征は成功を収めたみたいだし。
「響」
「なんだい? 司令官」
「はい、あーん」
【っ!?】
そんなことを考えていると、私の目の前で衝撃の出来事が起こっていた。提督が響が移したピーマンを箸で掴み、響の口に向けて差し出している……ベタと言えばベタな“はい、あーん”である。私ですら料理の味見の時にするくらいでされたことはないのに。因みに私の座ってる場所は歓迎会の時と同じ提督の目の前。
「あーん……んぐ」
その差し出されたピーマンを、響は躊躇いなくパクリと食べる。恥ずかしいのか照れてるのか、その頬は赤い。しかも満足そうにモグモグと……周りを見てみなさい、私を含めたみんなが羨ましそうに見てるから。翔鶴さんですらそういう目で見てるから。特にヤバいのは金剛。響を物凄い睨んでる。
「好き嫌いはダメだよ?」
「うん」
そんな周囲の空気を無視して、本人達は至ってのほほんとした雰囲気を纏っている。あ、響がチラッと金剛を見て……ちょっと笑った。完全に煽ってるよね? 隣の金剛から感じる怒気が凄まじいことになってるんだけど。
「響、金剛、ケンカはダメだよ? ご飯は楽しく食べないとね」
「「ハイ」」
にっこり。その笑顔と共に出た何とも言えない迫力に2人が思わずといった様子で頷く。別に怖いという訳じゃなくて、ついつい従ってしまうような迫力だね。笑顔は攻撃の感情ってどこかで聞いたなぁ……。
その後はみんなで談笑しながらの楽しい食事だった。金剛と響がちょっとしょんぼりとしてたけどね……まぁ、怒られたらそうもなるか。食事が終われば、今日はもう遠征ややることはないらしいから、私達は自由な時間。提督は私と山城、青葉が入ったことでやるべき仕事が増えたからまだ仕事が残っているらしい。秘書艦の翔鶴さんも一緒に残っている仕事を片付けるんだとか。いいなぁ、提督の秘書艦。
そして食事が終わり、提督と翔鶴さんが出て行った後のこと。
「雷ちゃんも川内さんもお料理上手ですねー。とっても美味しいので青葉は大満足です」
「伊達に提督の家事の先生はしてないよ」
「司令官とずっと料理してたもん。川内さんには負けるケド」
「お料理と言えば、山城さんが作ってくれたアップルジュースも美味しかったです♪」
「あはは、あれはりんごをミキサーで絞っただけよ。誉められるようなものじゃないわよ?」
昼間は引く程食べてた山城だけど、夕食はそんなことはなくみんなと同じくらいに食べ終わった。その後、山城が作って配ったのがアップルジュース。りんごの果汁100%のそれは私達にも、勿論提督にも大絶賛だった。特に提督はりんごが大好きなこともあってか、それはそれは嬉しそうに飲んでいた……なのに、山城が嬉しそうではなかったのが気になる。いや、嬉しそうではあったんだけど……なんだろう、ちょっと違和感を感じた。その違和感の正体が分かったのは……夜だった。
「ところで響姉、ピーマン嫌いだったっけ? 司令官に食べさせてもらってたケド」
「そうデシタ。響、提督にあーんしてもらうなんて羨ましいデース!」
「別に嫌いじゃないよ? ……移しただけ」
「まさか響……食べ物を移したら提督がそれが嫌いな食べ物だと勘違いして食べさせようとすると計算して……!?」
「恋とは戦いなんだよ……姉さん」
時刻はフタサンサンナナ……午後11時37分。みんな眠っているのか、鎮守府の中は至って静かだ。そんな中で、私は妙な胸騒ぎを感じて提督の部屋に向かっていた。まぁ、1番の理由は……山城が部屋にいなかったことだけど。そして、夕食に感じた山城に対する違和感の正体……こうして部屋に向かっている途中でようやく分かった。
あの時、山城の目が笑っていなかった。
嬉しがっていたのは本心、それは艦娘だから分かる。だけど……それは誉められて嬉しいとか、みんなに喜んでもらったから嬉しいとか、そういうのじゃない。あれは、何か計画が成功した時に紫大将が浮かべる笑みによく似ていた。
「提督……起きてる?」
たどり着いた部屋の前に立ち、ノックを3回。今の時間なら、まだ提督は起きてるハズ。だけど返答はない……寝ちゃったかな?
「提督……入るよ……って、提督!?」
「はぁっ……ぁ……せん……だ」
寝てるか確認してから戻ろう……そう思って部屋に入った私の視界に入ったのは、胸を押さえながら苦しそうにしている提督だった。直ぐに近寄ってどうしたのか調べようと身体に手を回したケド……汗がスゴい上に身体が熱い。明らかに普通じゃない。それに……提督の綺麗な蒼い瞳が、まるで血のように紅く染まっているのも気になる。
「提督、大丈夫!?」
「はぁっ……はぁっ……せん、だい……はな、れて……っ」
「なんで!?」
「ガマン、できない……からっ……」
「ガマンってなんの……」
「あら、川内……起きてたの」
「……山城?」
「他に誰に見えるのよ」
あーあ、見つかっちゃった……私の心境はそんな軽いものだった。流石に1日だけの計画じゃ無理があったかしら……それだけ私が慌てていた……いえ、早く欲しかったってことかしらね。
川内の瞳に、僅かに敵意が宿る。まあ愛しの提督がそんなことになっていて、如何にも私がやりましたってシチュエーションだし……実際、私がやったことだけどね。
「提督になにしたの」
「白夢大将の部屋からガメた薬を、夕食の時に出したジュースに入れただけよ」
なぜか白夢大将の執務室、その引き出しに入っていた薬……まあ簡単に言えば媚薬の類の薬だったワケだけど、私はそれを氷狐様のジュースに入れただけ。薬の効力は白夢大将の鎮守府にいた時に自分で試している。遅効性で、利いてくれば凄まじい疼きが身体を駆け巡る。艦娘の私ですら酷い目に遭ったと言えるレベルだった……氷狐様は、まだ理性が残ってるみたいね。
「なんでこんなことをしたの」
「氷狐様が欲しかったから」
「……はあ?」
「氷狐様が欲しかったの。どんな手段を使ってでも、私は氷狐様の全てが欲しかった」
「あんた……なに言ってんの? 欲しかったって……そんなことで」
「“そんなこと”じゃないわ! 私にはもう、氷狐様しかいないのよ!」
私を建造したのは、氷狐様だった。だけどその時の建造はあくまでも氷狐様に経験を積ませる為のものであり、提督になっていない氷狐様が艦娘を所持するのは問題があった為に、私は白夢大将の鎮守府にそのまま配属された。ただ、そこで私にとって1つの問題があった。
白夢大将の鎮守府には既に……私“以外“の山城が存在した。
その鎮守府にいる艦娘にとって、私は“2人目”の山城だった。2人目、2隻目、2番目……そういった扱いだった。姉様ですら、私を2人目として扱った。仕方ないことだって分かる。私が2人目なのは事実だし、1人目とは実力が違いすぎるし、鎮守府に居た期間だって、当然違う。
だけど、それでも。
「私だって山城なのに! 私が、山城なのに! 誰もが私じゃない山城を山城と呼ぶ! 私を“2人目の山城”と呼ぶ! 呼び方が違うのは仕方ないって分かってる! 区別を付ける為だって解ってる!! でも、納得出来る訳がないじゃない! 生まれるのが遅かったから、ただそれだけの理由で! 白夢大将も他の艦娘達も……姉様でさえ!!」
私をもう1人、2人目と呼ぶ。出撃なんてしたことがない。遠征にも出たことがない。極偶に演習に出されるけど、“やはりもう1人とは違うか”と落胆され、早く“最初の山城みたいになれるといいね”と励まされる。それが私の心をズタズタに引き裂いているとも知らないで、善意だけで言ってくるから怒ることも出来ない。そんな日々が続けば、当然心は病んでいく。解体してもらうように自己申告することだって考えた……その時に、異動の話が来たのだ。
話しを聞いた私の脳裏に、艦娘として生まれた時の記憶が蘇った。懐かしさを感じた、あの“青”。愛情が形を持った青年の姿。たった1日だけど、その時の私は姉様に関心が向いていたけれど、彼と過ごした時間は楽しかった。隣から感じられる無償の愛が、心地よかった。その時に気付いたのだ……私が欲しかったのは、私が欲しいのは、私“だけ”に向けられる“愛情”なんだと。
誰もが私と最初の山城を比べた。誰もが最初の山城を基準とした。誰もが……誰にとっても、“山城”は私ではなく、最初の山城を指していた。だから欲しかった……私だけを山城と見てくれる存在が、私だけを山城として愛してくれる存在が。
「私は氷狐様が……提督が……氷狐“君”が欲しい! 私を愛して欲しい! 私だけを愛して欲しい! 世界でただ1人の山城として、世界の誰よりも彼の愛情が欲しい! その為ならどんなことだってするわ! 彼に私を刻みつけて、私に彼を刻みつけて、誰にも間に入り込ませられないようにして!」
「提督は……氷狐は! そんな都合のいい存在じゃない! それに、今のあんたを誰が愛してくれるって言うのよ!」
「氷狐君が愛してくれるわ! だって彼は……」
「“そういう存在”じゃない!」
「あ……がっ……!?」
気がつけば、私の目の前には倒れ伏した山城がいた……右手に鈍痛が走ることから、自分が山城を殴り飛ばしたんだと理解する。だけど、後悔も無ければ自責の念も無い。殴られても仕方ない……いや、殴っても赦せない。私にとって、山城の言ったことはそれほどまでに赦しがたいことだった。
「そういう存在? だから愛してくれる? ふざけたことを……言うなァ!!」
「ひっ……! うぐっ!」
倒れている山城に馬乗りになり、その襟首を両手で握り締めて持ち上げる。怯えた声が聞こえたけど、弛めてやらない。苦しそうな声が聞こえたけど、弛めるどころか更に強くする。持ち上げたことで近付いた山城の瞳に映る私の顔は……自分で言うのも何だけど、般若のような形相をしていた。
「愛情っていうのはね、綺麗なだけじゃないんだよ! 行き過ぎた愛情は相手に苦痛しか与えない!」
「ぐっ……わ、たしの……どこが、行きっ、過ぎだって……!」
「あんたの自分勝手な考えのどこに! 行動のどこに!! 相手を……氷狐のことを思いやる気持ちがあるっていうの!? 艦娘なら解るハズでしょうが!! 氷狐は私達に無償の愛を向けてくれてるのに! 包んでくれてるのに!! そのお返しが、仕打ちがアレか!?」
「うぎ……あぐっ!」
馬乗りの姿勢から立ち上がり、同時に山城を襟首を掴んだまま持ち上げる。艤装を付けてないとは言え私は艦娘、人1人分の重さを持ち上げることなんて容易い。私は怒鳴りつけながら山城を床に叩きつけ、その顔を無理やり氷狐の方に向けさせた。
よく見ろ山城……アレが、あの姿が、あんたが欲しいと言った、あんたが愛情を向けてくれる……そういう存在だと勝手に決め付けた氷狐の姿だ。
「あ……」
川内に無理やり見せ付けられた氷狐君。その身体の肩や太ももからは、血が流れていた。いつの間にか鋭く伸びている彼の爪に血が付いていることから、彼自身が刺したり切り裂いたりしたんだということが解る。そういえば、彼が媚薬の効力に対して我慢できないと言ってからそれなりに時間が経っている。あの出血は、それでも尚我慢をしている証。
「ああ……」
氷狐君と、目が合った。紅く染まったその瞳から伝わるのは、苦痛、困惑、そして……怒り。私が欲しかった愛情はそこにはなかった。なんで? そんな疑問が頭を埋め尽くす。だって彼は愛情がカタチになった妖怪で、あらゆる存在に愛情を向けてくれるんじゃないの?
「氷狐はね、どんな相手にだって最初は愛情を向けてくれる。だけどね……氷狐にだって心がある。喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだりする。最初に向けた愛情も、相手から嫌だと思うことをされれば憎しみに変わってしまう。あんたがしたことは、氷狐が喜ぶこと? 楽しくなること? 嬉しくなること?」
先ほどの川内の怒鳴り散らしていた声が一転、小さな子供に聞くような声色に変わる……いや、私はきっと……大きな子供なんだ。当たり前のことを、言われてようやく気付くほどに。殴られて、怒鳴られて……相手にしたことが相手が嫌がることだと理解させられる。これが子供じゃなくて何だと言うのか。
私は、愛情が欲しかった。私だけを見てほしかった。ただそれだけなのに……私は自分の手で、その欲しかったものを遠ざけたのね……。たった1つの可能性を、自分で潰した……嫌な思いをさせて、嫌われて……。
……嫌だ。
怒られてもいい。殴られたって構わない。だけど……嫌われるのだけは、嫌だ。だって、彼の愛情に今日1日触れてしまったから。
昨日の夜に久しぶりに出会って、声をかけてくれて嬉しかった。夜も遅いのに、わざわざ夜食を作ってくれて嬉しかった。朝起きて、おはようと挨拶が出来て嬉しかった。歓迎会を開いてくれて……嬉しかった。楽しかった。そうした時間が心地よかった。
中破した時は、絶望した。初日で、簡単なハズの遠征で失敗してしまって、嫌われるかも知れないと思って目の前が暗くなった。でも……氷狐君は愛情を持って接してくれた。嬉しかった……本当に、嬉しかったんだ。
「ごめ……なさい」
「……」
「ごめん……なさい」
自然と、私は謝っていた。子供みたいに泣いて、殴られた痛みも叩きつけられた痛みも忘れて、ただただ許して欲しくて、ただただ嫌われたくなくて、ごめんなさい……ごめんなさいと、謝り続けた。あなたのことを考えなくてごめんなさい。苦しませてごめんなさい。酷いことを言ってごめんなさい。そう、ただただひたすらに。
いつの間にか、川内は私から少し離れた場所にいて、氷狐君は私のすぐ近くにいた。そのことに気付いても、私は座ったまま下を向いて泣いていて、2人の顔を見れなかった。怒りの表情を見るのが怖くて、顔を上げることが出来なかった。
「反省……はぁっ……して、る?」
「ぐすっ……うん……」
「そ……っか……それじゃあ……」
パシン、と軽くも重くない衝撃が頭に響き、頭を抑えながら思わず顔を上げた。叩かれた。川内ではなく、氷狐君に。その事実は、私の心を深く抉った。嫌われてしまったんだと、そう感じてしまったから。
― だけど、そんなことはなくて。
「これ、で……はぁっ……許して、あげる」
汗をたくさん流して、苦しそうに息を漏らして、身体だって凄く震えてるのに……笑って、そう言って……頭を撫でてくれた。そんなことをされては、もう本当に……ダメだった。
「ひっく……ぅああああ! ごめんな、うっく、ごめんなさいぃ!」
「うん……辛かったね。でも……はぁっ……大丈夫だよ。この鎮守府に山城は、君1人だから。僕に、とっても……みんなに、とっても……」
― 君だけが、僕達にとって唯一無二の山城という存在だから ―
目の前で大人の女性と言って差し支えない容姿の山城が子供のように泣きじゃくっている。氷狐の……提督の言葉を聞いてからは、ダムの水が溢れ出したように大泣きしている。そんな山城を、提督は抱き締めながら背中を、頭を優しく撫でて落ち着けようとしていた。愛情の存在の本領発揮と言わんばかりにありったけの愛情を山城に注ぎ込んでいる姿は、山城の仕打ちを考えれば甘いとしか言えないケド……それが提督だから仕方ないね。
そんな2人を見ながら、私はもしも自分が山城の立場だったら、なんてことを考えていた。もう1人の自分。例えば、もしも提督が私と会う前に私以外の川内と出会っていて、ことあるごとにその川内と私を比べて、私のことを2人目、もう1人の川内と呼び、扱う……私が彼にとって1番、最初になれることはなく、常に最初の川内の姿が付きまとう……考えただけでゾッとしてしまう。それが仕方ないことだと分かっていても、否定したくなる。そうなるかもしれないという可能性を排除したくなる。
山城のしたことは赦せない。だけど……情状酌量の余地くらいはある……かな。
「あ……っく……!」
「氷狐君!?」
「っ!? 氷狐!?」
そんなことを考えていると、突然提督……氷狐が身体を折った。思わず私は駆け寄り、山城と一緒にその身体を支える。
気がついたら、山城共々氷狐に押し倒されていた。
「……えっと……」
「ふーっ! ふーっ! ごめ……本当にもう、止まっ、らない……!」
「……山城、薬の効力はどれくらいで切れるの?」
「……翌朝くらいまで……かしら」
つまり、今夜は眠れないってことなんだね……全く、こっちの夜戦はハジメテなんだけどなぁ……でも、ま。
「あんたが撒いた種だし、逃げるなんて言わないよね」
「むしろ望むところよ。元々そういう目的だったもの」
「そういえばそうだったね……はぁ……ハジメテがこんなシチュエーションだなんて……まぁいっか」
君のモノになれるなら、それは私にとって最高の幸せなんだから。私はそう思いながら、確かな幸せを感じて私と山城の衣服を乱暴に脱がしていく氷狐の姿を眺めていた。
物凄い難産でした……特に後半の展開。私はプロットを作るということがどうにも苦手なので、いつもその場で展開を考えています。矛盾などを発見しましたら是非教えて下さい。
3ー2がクリア出来ません。駆逐艦だけで編成も下に行かないって何なの……orz潜水艦も8ちゃんしかいないのでZ1が遠い……。
それでは、あなたからの感想、評価、批評、ptをお待ちしております(*゜∇゜)ノ