今回は提督が着任するお話。最初の艦娘は……タイトルでお分かりですね?
【電(いなづま)】
駆逐艦と呼ばれる種類の艦であり、この艦は吹雪型(特型)と呼ばれる型式の24番艦、特Ⅲ型(暁型)の姉妹艦であり、四番艦の末っ子である。史実において電の名を持つ艦はこの艦の前に雷型駆逐艦“電”が存在し、この電は2隻目となる。この電は1930年の3月7日に起工され、1932年の11月15日に竣工した。そこから約12年間、日本海軍の駆逐艦として動き続け、1944年の5月14日に米潜水艦“ボーンフィッシュ”の雷撃によって沈没した。尚、雷撃とは魚雷で攻撃するという動き、及び攻撃そのものを指す。
史実では味方艦と衝突して相手を沈めたり応急修理を受けたりしたドジッ子。しかし敵軍の撃沈された艦の乗組員を救助したこともある心優しい駆逐艦であった。
艦娘となった彼女はミニチュアサイズとなった駆逐艦時代の武装を背負ったセーラー服姿の幼い少女の姿をしている。彼女だけでなく、かつて駆逐艦だった艦娘達は小学生~中学生成り立て、といった具合の容姿が基本である。優しげに目尻が下がり、その大人しそうな雰囲気や見掛け、駆逐艦時代の史実に違わず性格は至って温厚であり、心優しく争い事は嫌いである。艦娘となってからは毎日牛乳を飲んでいるらしいが、効果は今のところないようだ。
今回のお話は、電を初めとした艦娘達と、新たに着任する少し不思議な提督とのほのぼのとした日々。
その……始まりのお話。
宿毛湾泊地。それは、人類の幾つかある拠点の内の1つの名称。そこに存在する提督と艦娘達が共同で生活し、深海棲艦との戦いに備える拠点……名を鎮守府(ちんじゅふ)。その鎮守府には現在、生きた人間はいない。いるのは艦娘のサポートに必要不可欠な妖精達と、配属された1隻……1人の艦娘。
(やっちゃったのです……っ!)
パタパタと軽い足音を立て、同時にガチャガチャと重い音を響かせている艦娘……名を電。彼女は今、大慌てで新たに着任する提督が待っているであろう正面玄関へと向かっていた。
提督が来る予定時間はマルナナマルマル……午前7時丁度。しかし、現時刻はマルナナヒトマル……7時10分。完全な遅刻である。史実通りのドジが、この大事な日に発動してしまったらしい。とは言っても、それなりに理由はあった。
電は提督よりも先にこの鎮守府に配属されていた。先に、とは言ってもつい昨日のことだ。部屋こそ予め与えられていたが、話相手はいない。特に娯楽もない。勝手に建造や出撃する訳にもいかないと完全に手持ち無沙汰となってしまったのだ。やることがない。しかし提督が来るのは明日。筆記用具があるからお絵描きでも……しかしそれも数時間もすれば飽きてしまう。
いよいよもってやることが無くなってしまった電だったが、そこで頭の上に豆電球が光るイメージと共に思いついた。
(そうだ、お掃除しましょう)
この鎮守府は最近出来たものだが、それなりに時間が経っている。故に大掃除とはいかないまでも手入れは必要だろう。電は暇を潰せる。鎮守府は綺麗になる。明日来る提督はピカピカの鎮守府で仕事が出来る。考えれば考えるほど良いこと尽くめである。
そうと決まれば即実行。電は妖精に掃除用具の場所を聞き、昔懐かしい竹箒にバケツ、雑巾、割烹着姿という出で立ちで心の中で叫んだ。
(この鎮守府をピカピカにして、明日来る司令官さんに褒めてもらうんです。電の本気を見るのです!!)
あくまでも心の中での宣言である。恥ずかしがり屋の電に大声で叫ぶ、などということは中々出来るものではない。
かくして始まった電の電と妖精達による提督の為の鎮守府の大掃除。意気揚々と始めた電と善意から手伝った妖精達の唯一の計算外は、鎮守府が身体の小さい彼女達にとってはかなりの広さと大きさを誇っていたことだった。
そうした大掃除は夜遅くまでかかってしまい、疲れきって眠ったしまった電は寝過ごしてしまい、慌てて最低限の身嗜みを整えれば時間は既に……という状況が出来上がってしまった訳である。
(うう、初日から大失敗なのです)
褒められようと頑張った結果、怒られそうになっている。その事実に電は自らを情けなく思い、恥じた。そうこうしている内にようやく正面玄関に辿り着いたが、電の足はそこで1度止まる。
頭の中では、玄関を開いた先には既に見るからに“軍人”と分かるような厳しさと凄みを感じさせる年配の男性が思い浮かんでいる。そのまま身が竦むような怒声を浴びせられ、悪ければ手を出され、下手をすればそのまま解体……1度考えてしまえば悪い方へ悪い方へと転がっていく思考を、電は止められない。
(は……はわわ……どうしよう……)
オロオロとしている電だが、それが余計に時間を取ってしまっていることに気付いたらしく震える手で玄関の取っ手を握る。
出来れば優しい人でありますように……そう願って、電はゆっくりと玄関を開けた。
「……あ」
電から思わず、という風に声が出た。
その人物は、電が思い描いてた軍人を形にしたような男性ではなく、20に届くか否かという程の年若い青年だった。着ているのが白の提督服であることから、恐らくはこの青年が新しく着任する提督なのだろう。
背は、電よりも頭2つ分は大きい。電の目測では170半ばといったところか。顔立ちは日本人だが、その瞳の色は青……蒼とも言うべき色をしている。最も目を引くのは、その長い髪だ。男性としては随分と長い……腰ほどまでだろうか、しかしそれだけならば、別に不思議ではない。珍しいなー、くらいで済む。問題は、その髪の色。
頭から腰まで青かった。染色体で染めた人工的ものとは違う地毛と分かるその髪色は、普通ではまず有り得ない。それこそ、艦娘や深海棲艦のような“人外”でない限りは。だが、それも電が声を洩らした理由の一部ではあるが大元ではない。ならば、なぜなのか。
懐かしかったのだ。
遥か昔、まだ電が物言わぬ鉄の塊であった頃。電は青年を見たことがある……気がした。自らが造られる時。出撃する時。帰ってきた時。気がつけばそこにいて、気がつけばいなかった……そんな不思議な“青”を、電は見ていた気がした。
(……懐かしい、のです)
じんわりと、温かな何かが心を満たしていく。そんな心地よさを感じながら、電は改めて青年の顔を見た。
何と言えばいいのだろうか。漢の顔……などというものではなく、少年というほど幼い顔つきでもない。かと言って女顔という訳でもなく、中性的だが確実に男性だと分かる。カッコイイと言えばカッコイイのだろうが、綺麗だと言えば綺麗だろう。絶世の、などという言葉があるが、それほどか? と聞かれれば否と答える。
何か言葉を付け加えるなら“純粋”。無垢な子供がこの世の不条理や社会の裏などを知らないまま、愛し愛され続けてきたならこんな顔になるのだろうという、子供の愛らしさと大人の雰囲気が共存した“純粋な青年”……電はそう感じた。
「えっと……君は?」
不意に青年から声を掛けられ、電はようやく我に帰った。思えば、初対面の相手を待たせた挙げ句、その顔をまじまじと見詰めていたなどと失礼な上に恥ずかしいことだ。
「はわわ! ご、ごめんなさい!」
「うー?」
君は? と聞かれたにもかかわらず、電は素早く頭を下げて謝罪の言葉を述べる。当然と言うべきか、青年はキョトンとしてしまっていた。完全に電の謝罪の意味を理解していない。
「あ、ひょっとして君がここの艦娘かな?」
「は、はい! 電です。どうか、よろしくお願いいたします」
「うん、よろしく。僕は今日からこの鎮守府に着任することになった八意。八意 氷狐(やごころ ひこ)だよ」
「八意……氷狐……」
電の背にある艤装から判断したのか青年……氷狐は電を艦娘かと確認し、お互いに簡単に自己紹介を行う。その際、電はずっと氷狐の顔を見ていた。
優しい雰囲気、と言えばそうだろう。怒っている様子は一切見られず、嘲りの色もない。更に、燦々(さんさん)と降り注ぐ日差しがキラキラと青い髪を輝かせ、ニコニコと子供と大人が共存した顔で浮かべている笑みが合わさり、まるで絵画のような現実離れした美しさを感じさせる。
熱に浮かされたように、電は彼の提督の名を繰り返す。八意 氷狐。珍しい名前だが、なぜかそれがしっくりと来るように感じた。同時に、やはり懐かしく感じることが電には不思議で仕方なかった。
「あの……司令官さん」
「う? なぁに?」
「私と……どこかで会ったことはないですか?」
いきなり何を言っているのだ自分はと、電は言ってしまった後に思った。これではまるでナンパではないか……と。したこともされたこともないが。そもそも建造されたのは一昨日で、鎮守府に来たのは昨日。する暇もされる暇もない。しないが。
「うーん、今の君と会ったことはないかな? 僕は今日ここに初めて来たんだし」
「そう……ですよね」
言われてみれば当たり前のことだ。何度も言うように電が生まれたのは一昨日、この鎮守府に来たのは昨日。開発主任や配属命令を下した人間を除けば、彼が初めて会った人間となる。そんな彼と、どこで出会うというのだ。
そんな出来事を起こした後、電は掃除によって把握した鎮守府を案内することとなった。隅々まで掃除した鎮守府はピカピカであり、電の後ろを歩く彼もどことなく満足げに見える。
とは言っても、実際提督が来る場所は自室、執務室、食堂、広間くらいだろう。尚、風呂やトイレは自室に備え付けられている。そもそも、今の世界で言う鎮守府とは昔のような軍事施設という訳ではない。確かに軍港や工廠、司令室などの施設は存在するが、鎮守府そのものの扱いは旅館に近い。その為、提督と艦娘が寝泊まりする為の部屋は多数存在し、娯楽スペースや露天風呂まである。因みに娯楽スペースには今は何もない。後々本部からの配給や実費で買いに行く必要があるだろう。
そんなこんなで大体案内し終わり、最後の部屋となる執務室までの道中、電は後ろを歩く提督のことを考えていた。
(不思議な人、なのです)
提督の証である提督服に身を包んでいることから、彼が軍人であることに間違いはない。しかし、だからといって訓練を受けているという訳ではなさそうだった。
今の時代、正規の軍人というのは驚くほど少ない。深海棲艦が現れた頃に真っ先に戦ったのはその正規の軍人達であり、その悉くが戦死している。海路も空路も安全な道などなく、世界各国は鎖国状態。情報を仕入れることは愚か輸入も輸出もままならない。国々は自らの軍事力と生産力だけで成り立つしかないのだ。増え続ける戦死者と餓死者。それらが積み重なって今の人類はかつての10分の1にまで減った。今では正規訓練を受けた軍人など、この日本では100人に満たない。故に徴兵し、僅かな期間で知識を叩き込み、中でも優秀な数名を提督とするのだ。それらを踏まえれば、後ろにいる青年は間違いなく優秀な数名の中の1人。
しかし、厳しい訓練を受けたハズなのだがどうにも仕草や口調に子供っぽさが出ている。それが悪いとは言わないが、緊張感の欠片もない。電は、真剣に考えている自分がどうにも空回りしている気がしてならなかった。
「着いたのです。ここが執務室なのです」
「うん、案内ご苦労様、電」
開け放たれる執務室の扉。その先にあるのは、大きな机と大きな椅子、空っぽの本棚が1つのみ。新築、新品、そんな言葉が浮かぶような部屋だった。
電に促されるより先に、氷狐が執務室に足を踏み入れる。カツカツと革靴で床を踏む音が、静かな室内に響いた。
不意に、氷狐が執務室の真ん中で立ち止まった。その視界の先には、机と椅子。電には、彼が何を思っているのかは分からない。ただ、今は動いてはいけないと感じていた。
(本当に……不思議な人なのです)
会った瞬間に感じた懐かしさ。顔を見て思った純粋さ。軍人とは思えない子供っぽさ。さりとて確かに存在する……まるで永き時を生きたような落ち着いた大人の雰囲気。そして、会った瞬間から今まで感じていた……とある“感覚”。
(まるで……まるで“私達”のような……)
「電」
「ふぁい!?」
不意に名前を呼ばれ、電はビクッと肩を跳ねさせた。いつの間にか氷狐は着席しており、電の姿を見ながらくすくすと笑っている。電は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、机を挟んで氷狐と相対した。
そんな電の姿を見て、氷狐は口を開く。
「改めまして、今日からこの鎮守府に提督として着任しました八意 氷狐少佐です」
「は、はい! 遠路遥々お疲れ様です。特三型四番艦駆逐艦、電です。どうか、よろしくお願いいたします!」
「うん、よろしく電。僕も君もまだ未熟者で、知らないことも沢山ある。だけど、君やこれから来るであろう仲間達となら、きっと世界だって変えられる」
大多数の人にとっては、氷狐の言葉は大言壮語にしか聞こえないだろう。だが、電にはそう思えなかった。
一種の九十九神である電を含めた艦娘達は、その存在故に想いというものに敏感だ。笑顔の裏に隠れた僅かな悪意を感じ取り、誠意には誠意で応える。言霊というものがあるように、言葉の中を真意を読み解くことなど造作もない。
氷狐の言葉の中には、自信があった。それ以上に、沢山の“意志”が存在した。想いがあった。思いがあった。氷狐ではない数多くの“心”が宿っていた。友への友情があった。家族や恋人への愛情があった。国への愛国心があった。世界への感謝があった。まるで氷狐が世界中の人々の想いで出来ているかのように、その綺麗で、大きく、深い想いが溢れていた。
「……」
知らず、電は涙を流していた。その言葉に秘められた想いに心を打たれたから。目の前の存在の在り方に心から惹かれたから。
彼となら、絶対に上手くやっていくことが出来る。それは確信であり、願いであり、希望。同時に、共に歩んでいきたいという心からの想い。
「僕と一緒に、この先を歩んでくれますか?」
「……はいっ!」
それは誓い。伸ばされた手を取り、電は心の内で誓う。この手を握る幸せを噛みしめ、隣に立てることを喜び、朽ち果てるその日まで。
― いなづまは、あなたとともに ―
マルハチサンマル、日本晴れ。
今、新たな物語が始まりを告げた。
「ところで電。集合時間より遅れたよね。なんで?」
「ふぁっ!? あの、それは、その……」
「うん?」
「……寝坊……しちゃって……」
「あはは、次は気を付けないとね」
(うぅ……恥ずかしいよぉ……)
なぜかプロポーズみたいになってしまいました。反省も後悔もしていません←
というワケで提督はこの方です。気になった人は私の他の作品を見てみて下さい。彼が主人公(?)の時点で賛否両論ありそうですけどね。こういった作風が苦手な方はここで読むのをストップ。あなたの精神の方が大事です。
それではあなたからの感想、評価、批評、メッセージをお待ちしていますv(*^^*)