艦これ! 妖提督と艦娘の日々   作:d.c.2隊長

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お待たせしました。今回が最終話となります。

それでは、どうぞ。


妖提督と艦娘の日々

 宿毛湾泊地鎮守府が戦艦棲姫の襲撃を受け、提督である八意 氷狐が意識不明となってから3年もの月日が流れた。世界は未だに人類と深海棲艦の戦いが繰り広げられており、その終末は見えていない。

 

 一時的に提督不在となっている宿毛湾泊地鎮守府だが、代わりの提督が配属されることはなく僅か十数人の艦娘達だけで運営出来ていた。何しろ氷狐に提督業を教えた時雨、金剛、川内の3人に加えて“5人の最初の艦娘”にして“始まりの艦娘”である長門もいるのだ、提督が行う業務をするのに何の問題もない。

 

 しかし、運営出来ているだけだった。その鎮守府はかつて、全ての鎮守府の中で最も“愛”に溢れた鎮守府だった……なのに、その愛を与えてくれる者は目を覚まさない。 愛しい者の声を聞けず、愛しい者はいつ目覚めるかも分からない。その現実に少しずつ心を蝕まれていった艦娘達は1人、また1人と笑わなくなり……3年経った今、誰も笑わなくなっていた。そして、毎日のように誰かが泣いていた。

 

 愛が消えた。活気がなくなった。笑い声が絶えた。ただただ変わらない日々を黙々とこなしていく……そんな機械のような毎日。艦娘同士ですら必要最低限の言葉だけで会話を終えてしまう……1人の大将は言った。見るに絶えないと。もう1人の大将は言った。見ていられないと。総司令は断じた……見る価値もないと。

 

 3人とて艦娘達の気持ちは痛いほどに分かる。艦娘達と同様に、或いはそれ以上に氷狐を愛していたのだから。しかし、自分達は地位ある存在であり、1人の提督に何時までも時間と意識を割くわけにもいかない。それに、目覚めない確率は0ではないのだ。諦める必要などない。なのに、艦娘達はまるで諦めてしまったかのように俯いている。戦績は輝かしいものだし、氷狐の体を拭いたりマッサージしたり数人でお風呂に入れたりと甲斐甲斐しく世話をしており、非常に彼を大切にしている。

 

 だが、俯いている。1%の希望ではなく99%の絶望を見てしまっている。だから社 白夢は見るに絶えないと言った。だから夜雲 紫は見ていられなかった。だから八意 静姫は見る価値もないと断じた。艦娘達が笑顔を無くしたから。艦娘達が機械のように思えたから。艦娘が提督が目覚めないと少しでも思っているから。それでも鎮守府が残り、氷狐がその鎮守府にいるのは……彼ならそう願うだろうという身内としての考えから。

 

 そして今日も宿毛湾泊地鎮守府は朝を迎える。時雨と金剛は提督業務をこなし、長門は家事を行う。他の者達は出撃や遠征を行い、1人が眠っている氷狐の身の回りの世話をする。今日の世話をする艦娘は、電だった。

 

 「司令官さん、おはようございますなのです」

 

 ごく普通の朝の挨拶。その言葉に帰ってくる声はない……が、電は気にした様子もなく眠り続ける氷狐の側に行く。もう何度も繰り返したことなのだ……挨拶も、それに返事が帰ってこないのも、こうして側に行って氷狐の髪を撫でるのも。

 

 電を含めた艦娘達の献身的な世話のお陰か、その髪はサラサラとしている。臭うこともないし、下の世話だってすっかり慣れた……慣れてしまう程に、時間が経った。しかし、どれだけ時間が経とうとも艦娘は成長しない。故に電は子供の姿のままだ。だが、その考え方や感情はしっかりと大人へと変わっていっている。

 

 「……今日もとてもいい天気です。お散歩したら、きっととてもとても気持ちいいと思うのです」

 

 電は氷狐の手を取り、壊れ物を扱うように両手で優しく握り締めた。もうこの場でしか浮かべられなくなった微笑みと共に。そうして握り締めた手を額に当て、何てことのない話を始める。

 

 電は思う。その散歩を、氷狐と2人で出来たなら。もう一度、日常を過ごせたら。きっと、昔以上に楽しくなるだろう。仲間はあれから増えていないが、氷狐が起きれば増えるに違いない。笑わなくなった鎮守府からは笑い声が溢れて、絶望が深かった分だけ幸せを感じられる……そんな日々になるだろうと。

 

 電は想う。そんな日々を、氷狐の隣で過ごせたらと。子供心ながら、氷狐相手に好意を抱いていた。それは他の者達だって変わらないだろう。それでも、その中で一番近くにいることが出来るなら……出来たなら、どれ程幸福だろうか。

 

 こうした夢想は毎回のようにしている。今の不幸を嘆き、いずれ来てくれると信じている幸福を求めている。それだけだ、それ以上なんてしない。それが終われば、いつものように世話をこなしていくだけ……が、なぜだか今日は、それで終わらなかった。それで、止まれなかった。

 

 「……司令官さん」

 

 おもむろに、電が氷狐の上に覆い被さった。握っていた右手は自分の左手に重ね合わせ、右手を氷狐の顔の横に置くようにして。以前の電では考えられないくらい大胆な行動と言える……が、先程も言ったように電の感情や考え方は大人へと変わっていっている。こうした行動が出来るようになったのも、確かな成長だろう。

 

 「声が聞きたいのです。名前を呼んで欲しいのです。笑いながら頭を撫でて欲しいのです。ぎゅっと抱き締めて欲しいのです……目を見て、お話がしたいのです」

 

 3年。もうそれほど長い期間、電を含めた艦娘達は彼の声を聞けていない。名前を呼ばれていない。笑顔を見ていない。頭を撫でられていない。抱き締められていない。その青い瞳を、見ることが出来ていない。

 

 電の口から出る願い。日常の中でありふれているハズのそれらが、今は心のそこから欲しい。そこまで考えて、嗚呼なるほどと、電は唐突に理解した。3年かけてようやく、この感情の“名”を認識した。

 

 

 

 「きっと……この感情が、“愛する”ってことなのですね」

 

 

 

 初めて出会った時から、懐かしさと好意を抱いていた。その感情は日を追うごとに増していき、氷狐が目覚めなくなっても膨れ上がり……こうして今、確かな“愛”として形を成した。

 

 きっと、この愛は宿毛湾泊地鎮守府の艦娘達全員が、形や大きさは違えど持っていることだろう。そう考えると電はもやもやとしたモノを感じ、同時にそれが嫉妬であると悟る。

 

 電の身体は子供で、それはこれからも変わることはない。彼と並んで歩いたところで、兄妹か父娘にしか見られないだろう。大人である金剛や山城が羨ましいと、電は思う。大人になれない自分の身体を恨めしく思う。しかし……大人の行動が出来ない訳ではないと、電は動いた。

 

 

 

 「ん……ふ……」

 

 

 

 ちゅ……と小さな音と共に電は目を閉じながら氷狐に口付け、その口の端からどこか艶かしい吐息が漏れる。今の電が己の愛を伝えられる、今の電が出来る最大の好意の示し方。その行動1つに込めた愛情を、電は氷狐に伝わるように長く、長く重ね続ける。

 

 (好きです……氷狐司令官さん。電は……電は……貴方のことが大好きです)

 

 意識体となるべく妖力を送るためではない、ただただお互いの愛情を確認する為の……己の愛を伝える為のキス。それに相手が応えてくれないことが少し物悲しくて、ぽたりぽたりと閉じた目から雫が零れる。

 

 やがて電は口を離し、目を開く。もしかしたら、童話のお姫様のようにキスで目を覚ましてくれるんじゃないか、なんて淡い希望を持っていたが……現実は厳しいようで、彼は目覚めない。その現実が余計に哀しくて……電は右手で、彼の左頬を撫でた。

 

 「目を覚まして下さい……氷狐司令官さん。電達は……電はもう、貴方無しで生きたくないのです」

 

 

 

 

 

 

 それは、遥か昔の話……愛を糧に生きる、1匹の妖狐の話だ。元来妖怪とは、人々の畏れ……恐怖等の感情を糧に生きる。しかし、その妖狐は人々の恐怖ではなく、世界の愛によって生かされていた。

 

 妖狐は世界の愛を受け、その愛を人々に分け与える。時に子狐の愛くるしい姿で、時に人の良い青年の姿で。親愛を、友愛を、恋愛を、相愛を、その他様々な愛を……平等に。

 

 彼は愛されたモノが好きだった。親に愛された子供、子供に愛された玩具。人々に愛された話、愛情を持って育てられた作物。愛を語り合う時間、愛する家族と過ごすための空間。目に見えるモノから目に見えないモノまで、愛に溢れた何もかもが好きだった。

 

 彼にとって愛とは“全て”だ。生きる意味であり、生きる力であり、生かしてくれる力であり、愛するモノを守る為の力である。世界に愛がある限り彼は不滅である。世界の愛が彼を生かすのだから。故に、これは彼にとってはなんら不思議なことではない。

 

 

 

 愛が世界を救うように、愛で彼は救われた……そんなありふれた話だ。

 

 

 

 

 

 

 長い……永い夢を見ていた気がする。それとも、一瞬だったのかもしれない。そんな感覚を感じながら目が覚めた時、僕が最初に見たのは……びっくりした表情でポロポロ涙を溢している電だった。

 

 唇が少し湿っていて、電が溢した涙のせいか頬が冷たい。なんだろう、心が凄く暖かい……とても心地好くて、このまま眠ってしまいたいくらいだ。だけど、今にも大泣きしそうな……それでいて凄く嬉しそうな電を見てその考えはどこかへ行った。

 

 (……ああ、そうだった。僕は時雨が長門の攻撃で受けたダメージを一緒に受けて……今までずっと眠っていたのかな)

 

 だとしたら、皆には凄く心配させてしまったかな。そう思ったら、僕は自然と電へと手を伸ばそうとして……無理だった。何だか身体がとても重くて動かせそうにない。口は……動く。喉がカラカラだけど、声も出せそうだ。

 

 「……お……あ、よう……い……な、ず……ま」

 

 「ーっ!! 司令官さん!! 司令官さんっ!!」

 

 なんとか言えた、おはようの一言。すると電は僕の顔を抱き締めて、大声で泣き始めた。女の子特有の柔らかさを感じながら、僕は彼女から伝わる“愛”の暖かさも感じていた。

 

 (……やっぱり、艦娘(君達)は素敵だなぁ)

 

 ずっと昔から、彼女達が軍艦だった頃から思っていたこと。軍艦の頃から、彼女達の回りには愛が溢れていた。戦場に向かう男達を想う女達、愛する国が勝利する為に彼女達を造り上げた職人達、守るべき国と愛する家族を想う男達……それは他国の軍艦も同じで、他国の人間も同じだった。そして何よりも、軍艦である君達が国と乗組員の皆を愛していた。

 

 

 

 だから僕は……君達が大好きなんだ。

 

 

 

 

 

 

 氷狐が目覚めた。その電の言葉は直ぐに全員に広まり、その姿を実際に確認した全員が嬉しさと安堵から涙を流して喜びの声を上げた。それは大将2人と総司令も例外ではなく、仕事を全て秘書艦に任せて当日に会いに行った程。当然、その3人は氷狐と抱擁を交わした後にやんわりと叱られた。

 

 こうして鎮守府は元の明るさを取り戻し……ということになれば良かったのだが、そう簡単にはいかなかった。長門と他の艦娘達の溝は深いままだし、時雨と青葉も未だにギクシャクとした関係のまま。電は氷狐を見るたびに顔を赤らめる。その4人に対して、他の者達は言葉を交わせなかった分を取り戻そうと連日部屋に押し掛けていた。

 

 また、氷狐本人にも問題が起きた。何せ3年も寝たきりだったのだ、当然ながら筋力は衰え、まともに動くことが出来ない。“愛”があれば生きることが出来る妖怪とは言え、筋力の衰えばかりはどうしようもなかったらしい。

 

 リハビリとそれぞれの関係の修復は、非常に長い時間を費やすことになった。しかし、そのリハビリが切っ掛けで長門の氷狐への確かな愛情を感じた艦娘達はようやく長門という存在を認める。また、時雨と青葉も話し合い、殴り合いを繰り返してようやく感情に折り合いをつけることが出来、以前のように笑い合えるようになった。

 

 1ヶ月もすれば氷狐の筋力も戻り、提督としての仕事もこなせるようになる。艦娘だけでも十二分に活躍していたが、そこに更に提督が加わることで艦娘達のやる気は上がり、今まで以上に活躍するようになった。未だ深海棲艦との戦いは終わりが見えないが、彼女達はその命が尽きるその日まで、勝利を提督に捧げることになるだろう。

 

 そうして、1年の月日が経ったとある日のこと。

 

 「氷狐司令官! 今回はどんな人が来るのですか?」

 

 「どんな人が来ても、私がレディとして鎮守府のことを教えてあげるわ!」

 

 「姉さんだと心配だから雷、頼んだよ」

 

 「まっかせなさい! もーっと私に頼っていいのよ?」

 

 電、暁、響、雷。いつも一緒の姉妹達は、いつもと変わらない掛け合いをする。彼女達の会話から分かるように、今日は新たな艦娘が建造されるのだ。建造されるのは、実に4年ぶりとなる。

 

 「ニューフェイスが登場したら、皆でティータイムデース!」

 

 「それより先に部屋の案内でしょ。ティータイムは歓迎会の時にね」

 

 「そう言えば、誰と相部屋になるのかしら? 服も用意しないと」

 

 「歓迎会後の記念撮影の準備は万端です! 勿論、撮影は青葉にお任せ!」

 

 新しい艦娘が来た後のことを話しているのは、金剛と川内、山城、青葉。それぞれが思い思いに口にし、新たな仲間が嬉しいのだろう笑みが溢れている。

 

 「私と大鳳ちゃん以外の空母の娘だと嬉しいのだけれど……」

 

 「この鎮守府の戦力的には、確かに空母か戦艦が来てほしいかな」

 

 「剃れそう2人ずつだもんねえ……戦えるのは、だけどー」

 

 「文月さん、意外と言いますよね……」

 

 翔鶴と時雨は空母か戦艦が来てほしいらしい。文月の言うようにこの鎮守府には戦える戦艦、空母が2人ずつしかいないのだから当然と言えば当然だろう。にっこりと笑いながら文月が後付けした言葉に、大鳳は冷や汗をかいた。

 

 「歓迎会の準備は、榛名が頑張ります!」

 

 「イムヤも頑張るわよ! 密かに近付いてクラッカーを鳴らす準備もバッチリよ!」

 

 「やめろバカ。新人びっくりさせてどうすんだ」

 

 「しかもその後を片付けるのは私なんだがな……」

 

 榛名はムンッと張り切っていますと体全体で表し、イムヤもまたやる気満々と両手にクラッカーを持ち、木曾に頭を叩かれ、長門がこの後のことを考えて頭に手を当てる。

 

 そうして全員が工厰に入り、氷狐は妖精に指示して資材を投入し、高速建造材を使う。直ぐに建造は完了し、釜のような機械の扉が開き……中から1人の艦娘が現れる。そして氷狐は彼女の前に出て……ゆっくりと手を伸ばした。

 

 

 

 「さて……ようこそ、宿毛湾泊地鎮守府へ。僕は八意 氷狐。後ろにいる彼女達と……今日からは君の提督だよ。君の名前を教えて欲しいな」

 

 

 

 

 

 

 これは、謎の敵である“深海棲艦”に対して人類と艦娘と呼ばれる存在が手を取り合い、血で血を洗う戦争の日々を歩む……というのとは微妙に違う。

 

 これは、とある鎮守府に着任することになった狐の妖怪の提督と、その提督を愛し、提督から愛される艦娘達がほのぼのと、時に甘く、幾つもの困難を乗り越えながら絆を紡ぎ、一生懸命に生を歩んでいく。

 

 ただ……それだけのお話。




物足りない、という方も居るかもしれませんが、これにて妖提督は完結となります。長らくお付き合い頂いた方々、ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。

本作はこれで終わりとなりますが、他の作品もどうかよろしくお願いいたします。ではでは皆様、また違う場所でお逢いしましょう。ご愛読ありがとうございました!

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