「あー、いいよ。昔さ、オルガが言ってた。死んだ奴には死んだあとでいつでも会えるんだから、今生きてる奴が死なないように精一杯できることをやれって」
三日月・オーガス
士道がリビングに向かうとテレビの音声が聞こえてくる。
どうやら琴里がテレビの電源を入れたらしい。
「そういえば、朝から何か琴里見てたっけ?」
士道はそう呟きながら調理場へと足を向けた。
昔はアトラの食事を食べていたので、自分で作る事など思っても見なかったが、今となっては調理器具の扱いには自信があるくらいだった。
料理は楽しいと思えるようになったが、肝心の食事に関していえば、士道の魚嫌いは治らなかったが。
(オルガ達が見れば驚くだろうな)
士道はオルガやユージンが料理をする俺を見て驚く顔をする姿を想像し、思わず頬を緩める。
士道は、調理場で聞こえてくるテレビの音声に耳を傾けながら卵を取り出そうとした時。
『───今日未明、天宮市近郊の───』
「ん?」
普段は聞く事の少ないニュースの内容に、顔を上げる。
理由は単純。明瞭なアナウンサーの声で、聞き慣れた街の名前が発せられたからだ。
「何?此処から結構近いね。何かあった?」
世界について興味のない士道でもそればかりは目を向け、カウンターテーブルに身を乗り出すようにしながらテレビの画面に視線を向ける。
画面にはモビルスーツの手によって破壊されたような街の様子が写し出されていた。
「・・・・空間震・・・だったっけ?」
「そーみたい」
士道の一人事に琴里はつまらなさそうに答える。
空間の地震と称される、広域振動現象。
発生原因不明、発生時期不定期、被害規模不確定の爆発、振動、消失、その他諸々の現象の総称である。
まるで、モビルスーツが街で戦闘し、街を破壊していくような理不尽極まりない現象。
この現象が初めて確認されたのは、およそ三〇年前のことである。
ユーラシア大陸のど真ん中───当時のソ連、中国、モンゴルを含む一帯が、一夜にてくりぬかれたかのように消失した。
士道達の世代になれば、教科書の写真で嫌というほど見ている筈なのだがこの男、ほぼ授業では寝てばかりなので殆ど覚えていない。
死傷者、およそ一億五〇〇〇万人。人類史上稀を見ない最大の災害である。
そして、その約半年間、規模は小さいものの、世界各地で似たような現象が発生した。
無論、士道が住む日本も例外ではなかった。
ユーラシアの大空災の6ヶ月後、東京都南部から神奈川県北部にかけての一帯が、まるで消しゴムでもかけたかのように、消失した。
それを聞いた当時の士道は・・・
「へー・・・スゴいね」
と小学生のような感想を一言、言っただけだった。
士道はテレビを見ながら琴里に言う。
「確か、最近は全然起こらなくなったのに、何で増え始めたんだろうね」
「どうしてだろうねー」
士道がそう言うと、琴里がテレビに顔を向けたまま首を傾げた。
そう。その南関東大空災を最後に、空間震はしばらくの間、確認されなくなった。
だが最近、再開発された天宮市の一角で空間震が確認されたのを皮切りに、またちらほらと、発生するようになった。
まぁ、その空間震をきっかけに全国に地下シェルターが普及率は爆発的に上昇したのだが。
加えて、自衛隊に災害復興部隊なんてものもある。
被災地に赴き、崩落した施設や道路の再建する事を目的にした部隊なのだが、その仕事ぶりは他人に感心をあまり持たない士道でも驚かざるを得なかった。
「そういえば最近妙に空間震が多いね?去年くらいから特に」
「・・・・んー、そーだねー。ちょっと予定より早いかなー」
と、琴里がソファの手すりに上体を預けながら言ってくる。
「早い?何が?」
「んー、あんでもあーい」
士道は首を傾げた。
琴里の言葉の内容も気になったが、その声が後半から少しくぐもったのが気になって。
「・・・・・」
無言で士道はソファにもたれかかった琴里の側に歩いていく。
琴里もそれに気づいたのか、士道が近づくのに合わせて、徐々に顔を背けていった。
「琴里、ちょっとこっちを向いて」
「・・・・・」
「はぁ・・・」
「くぎゅっ!?」
琴里の頭を手で鷲掴みにし、ぐりっと方向を転換させる。彼女ののどから変な声が鳴った。
そして琴里の口元に予想通りのものを見つけ目を細める。
朝ご飯前だというのに、琴里は口にチュッパチャプスをくわえていた。
「・・・・」
「んー!んー!」
無言で飴を取り上げようと棒を引っ張るも、琴里は唇をきゅっとすぼめて抵抗してくる。
「はぁ・・・ちゃんと飯も食うんだよ?」
結局は士道が折れた。
自分も似たような事をしているのであまり強く言えない。
「おー!愛してるぞおにーちゃん!」
士道は適当に手を振り作業に戻る。
その時、士道は思い出したかのように言う。
「そういえば今日は中学校も入学式だっけ?」
「そうだよー」
「じゃあ昼前には帰ってくるってことか。昼飯、何か食べたいものある?」
琴里は「んー」と思案するように頭を揺らしてから、姿勢を正す。
「デラックスキッズプレート!」
「ない」
士道はバッサリと切り捨てる。
「ええー」
キャンディの棒をぴこぴこさせて、琴里が不満そうな声を上げる。
「じゃあ、外食にする?」
「おー!本当かー!」
士道の言葉に目を輝かせて琴里は言う。
「じゃあ、学校が終わったらいつものファミレスにいこう」
士道が言うと、琴里は興奮した様子で手を振った。
「絶対だぞ!絶対約束だぞ!地震が起きても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに占拠されても絶対だぞ!」
「占拠されてたら食べれないと思うけど?」
「絶対だぞー!」
「わかった」
士道が言うと、琴里は元気よく手を上げた。
そして自分の部屋に戻っていくのを見て、彼は呟いた。
「そういえばクッキーとクラッカもビスケットの前ではあんな感じだったな」
士道はかつての仲間であった兄妹を思い出して彼等と思い被せる。
「・・・・準備するか」
そうして朝食の準備に彼は取りかかった。
◇◇◇◇◇
士道が高校に着いたのは、午前八時一五分を回った頃だった。
廊下に貼り出されたクラス表を適当に確認して、これから一年間世話になる教室に入っていく。
まだホームルームまでは少し時間があったが、結構な人数がそろっていた。
同じクラスになれたのを喜ぶ者、一人机についてつまらなさそうにしている者と、反応は様々だったがあまり知った顔は見られない。
と、士道が黒板に書かれた座席表を確認しようとして向かおうとすると、
「───五河士道」
後方から不意に、静かで抑揚のない声がかけられた。
「ん?」
聞き覚えなどない声に士道は振り向く。
そこには、細身の女子生徒が一人、立っていた。
肩に触れるか触れないかぐらいの髪に、人形のような顔が特徴的な女子生徒。
まるで本物の人形みたいな彼女に士道は言った。
「アンタ、誰?」
自分が知らない生徒に名前を言われ、警戒する。
だが彼女は不思議そうに首を傾げ言った。
「覚えてないの?」
そう言った彼女に士道は答えた。
「俺はアンタなんか知らないし、会ったこともない」
「そう」
キッパリ言った士道に彼女は特に反応することなく、短く言って窓際の席に歩いていった。
そのまま椅子に座ると、机から分厚い技術書のような本を取り出し、読み始める。
「なんだ・・・アイツ」
士道はそう呟き、眉をひそめる。
どうやら自分の事を知っているような雰囲気だったが、何処かで会ったか。
「とうッ!」
「ん?」
後ろから飛んできた平手打ちに士道は直ぐ様反応し、向かってきた手首を全力で握りしめる。
ギリギリといいながら掴まれる手首をその飛ばした本人が痛そうな声で言う。
「痛だだだだだ!?ギブギブギブ!?」
「ん」
士道は言われてその手を離す。
「痛ってぇ・・・少しは手加減しろよ!?士道!手首が折れるじゃねぇか!?」
「ごめん殿町つい反応した」
「ついで出来る力じゃねぇよ・・・」
平手打ちをしようとした犯人はすぐにわかった。
「まぁ、元気そうだな鈍感五河」
士道の数少ない友人というか成り行きで知り合った殿町宏人は、同じクラスであったことを喜ぶよりも先に、ワックスで逆立てられた髪と筋肉質の身体を誇示するように、腕を組み軽く身を反らしながら笑う。
「鈍感?なんで?」
士道は見覚えのない言葉に首を傾げ言う。
その反応を見て、ニヤニヤしながら殿町は言った。
「ほら何にも気づいてない。ちょっと見ない間に色気づきやがって。いつの間にどうやって鳶一と仲良くなりやがったんだ、ええ?」
「鳶一・・・・誰ソイツ?」
士道は誰の事かさっぱり分からず首を傾げる。
「とぼけんじゃねえよ。今の今まで楽しくお話してたじゃねぇか」
言いながら、殿町があごをしゃくって窓際の席にの席を示す。
士道はその席を見ると先程の彼女が座っていた。
すると士道の視線に気づいたのか、彼女が目を書面から外し、こちらに向けてくる。
「ああ、アイツか」
士道はそう呟く。
反して、殿町は笑って手を振る。
「・・・・・・・」
彼女は、別段何も反応も示さないまま、手元の本に視線を戻した。
「ほら見ろ、あの調子だ。うちの女子の中でも最高難易度、永久凍土とか米ソ冷戦とかマヒャデドスとまで呼ばれてんだぞ。一体どうやって取り入ったんだよ」
「別に、何もしてないよ」
「いや、おまえ本当に知らないのかよ」
「・・・・うん、でもアイツ前のクラスにいた?覚えてないけど」
士道が言うと、殿町はまたも信じられないといった具合に両手を広げて驚いたような顔を作る。
「鳶一だよ、鳶一折紙。ウチの高校が誇る超天才。聞いたことないのか?」
「知らない。初めて聞くけど、すごいの?」
「すごいなんてモンじゃねえよ。成績は常に学年主席、この前の模試に至っちゃ全国トップとかいう頭のおかしい数字だ。クラス順位は確実に一個下がることを覚悟しな」
殿町の説明に士道は答える。
「へー、じゃあ頭いいんだ。でもなんでそんな奴がこの学校にいるの?」
「さぁ?家の都合とかじゃねぇの?」
肩をすくめながら、殿町が続ける。
「しかもそれだけじゃなく、体育の成績もダントツ、ついでに美人ときてやがる。まぁ、運動神経に関してはお前がダントツだけどな。去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト13』でも第3位だぜ?見てなかったのか?」
「興味ない」
恋愛のれの字もない士道にそんな事を言われても仕方ない。
殿町は苦笑しながら士道に言う。
「まぁとにかく、校内一の有名人っつっても過言じゃないわけだ。五河くんの無知ぶりにさすがの殿町さんもびっくりです」
「知った所で変わりないでしょ」
士道がそう言った所で一年生の頃から聞き慣れた予鈴がなった。
「じゃあ、殿町。また後で」
「おう。またな士道」
士道は言われた。黒板に書かれた席順に従い、窓側から数えて二列目の席に鞄を置いた。
そこで、気づく。
「ん?」
何の因果か、士道の席は、学年主席様のお隣だったのである。
鳶一折紙は予鈴が鳴り終わる前に本を閉じ、机にしまい込んだ。
そして視線を真っ直ぐ前に向け、定規で測ったかのような美しい姿勢を作る。
「・・・・・」
興味なさげに士道は視線を黒板の方にやった。
それに合わせるようにして、教室の扉がガラガラと音をたて開けられる。
そしてそこから縁の細い眼鏡をかけた小柄な女性が現れ、教卓につく。
まわりから、小さなざわめき声が聞こえる。
「タマちゃんだ・・・」
「ああ、タマちゃんだ」
「マジで、やったー!」
───おおむね、好意的なもののようだった。
「はい、皆さんおはようございます。これから一年、皆さんの担任を務めさせていただきます、岡峰珠恵です」
間延びしたような声でそう言って社会担当の岡峰珠恵教諭・通称タマちゃんが頭を下げた。
士道はつまらなそうにポケットに入っているデーツを取り出そうとした時、
「・・・・・?」
不意に視線を感じて目を左隣に座った折紙に向けた。
視線を感じた原因は彼女だった。此方に視線を送っていたのである。
「・・・なに?」
「・・・別に」
「・・・・・」
無言でデーツを口の中にほりこむ。
「・・・ハズレ」
ハズレのデーツを引いた士道は顔をしかめながらホームルームを過ごした。
感想誤字報告よろしくです。