次からはまた本編に戻ります!
「また、三日月のミサンガ洗ってあげなくちゃ。大丈夫。私はお花の香りがするもん」
アトラ・ミクスタ
「む・・・?」
不意に凜祢が発した問いに、十香は目を丸くする。
今女湯には、十香たち四人と一匹しかいない。
そんな中、凜祢が先程の言葉を発したのである。
十香はその質問の意図がよくわからず、首を傾げながら凜祢の方に目をやり、皆の反応を見るように視線を移動させていった。
そして、凜祢の問いに十香は言った。
「シドーのこと?」
十香が首を傾げながら問うと、凜祢はいつもの如く優しく微笑んだ。
「うん。十香ちゃんは、どう思っているの?」
「どう・・・というと」
十香はうむうむとうなりながらあごに手を当てる。すると、凜祢が微笑のまま言葉を続けてくる。
「つまりね────十香ちゃんは士道のこと、好きなの?」
『・・・・・!?』
なぜだろうか、凜祢がそう言った瞬間、皆の表情がぴくりと変わった気がした。
だが、考え込まなければならないような問いではない。
「うむ、当然だ」
大きく首肯して、続ける。
「───シドーは私を救ってくれた。シドーが私に居場所をくれた。今の私があるのは、シドーがいてくれたからだ。この恩は、一生をかけて返すつもりだ」
十香が答えると、凜祢は「うーん」と頬をかいた。
「んー・・・そういう感じとはまたニュアンスが違うんだけどね。───じゃあ訊き方を変えよっか。十香ちゃんは、士道といると楽しい?」
「うむ!とても楽しいぞ!」
「じゃあ、士道と一緒にいると、ドキドキしたりする?」
「ドキドキ・・・うむ、するな。なぜ知っているのだ?」
「ふふ、なんでだろうね」
十香が言うと、凜祢は再びニコッと微笑んだ。そしてそのまま、十香の隣に視線を移す。
「四糸乃ちゃんは・・・どう?」
「え・・・っ?」
急に凜祢に話を振られ、四糸乃はビクッと肩を揺らした。
凜祢の質問。「どう?」とは・・・つまり十香にした質問と同じことを聞かれているのだろう。
つまり・・・・士道が好きか、と。
「わ、私は・・・その・・・」
四糸乃はしどろもどろになりながら顔を真っ赤に染める。好きか否かと問われたなら、それは、あれだが、この面子の中でそんなことをはっきりと言える筈がない。
と、そんな四糸乃に『よしのん』が顔を近づけ、皆に伝わらないように話かける。
『凜祢ちゃん、攻めてきたねー。負けちゃ駄目だよ四糸乃。ここは一発ガツンと言っちゃおう」
「そ、そんな・・・」
言いながら、凜祢を見やる。
微笑みを浮かべたまま、四糸乃の答えを待っている。
そして先程の凜祢の問いに顔を俯かせながら「はい」と答えた。
「ふふっ、そっか」
凜祢は恥ずかしがる四糸乃の様子を見て微笑を浮かべたまま小さく首肯すると、今度はその隣────琴里に目を向けた。
「────琴里ちゃんは?」
「・・・・!?な、何が!?」
不意に問われて────琴里はビクッと肩を動かす。
だがそこですぐに、十香や四糸乃にしていた質問が、琴里に回ってきたのだと理解する。
「別に。士道はただの兄よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
ふふんと鼻を鳴らし、悠然と腕を組みながら返す。きっぱり言い切ってしまえば、凜祢もそれ以上追及はしてこないだろう。
だが、琴里がそう言った瞬間。湯船に浸かっていた凜祢、十香、四糸乃が、一様に『えっ?』という顔をして琴里を見てきた。
「な、何よ、その顔は・・・」
すると皆が顔を見合わせてから、再び琴里に目を向けてくる。
「だって・・・ねぇ」
「何を言っているのだ?琴里はシドーが大好きではないか」
『んもー、琴里ちゃんたら素直じゃないんだからー』
「んな・・・・・ッ」
琴里は頬を真っ赤に染めて目を見開いた。
「じ、冗談はよしてよね!誰もそんなこと言ってないでしょ!」
ばしゃん!と水面を叩きながら抗議の声を上げる。
そんな琴里は凜祢に言った。
「じゃあ、凜祢は!?凜祢はどうなの!?」
◇◇◇◇◇
「え?」
琴里の質問に、凜祢が素っ頓狂な声を上げる。どうやら自分にその問いが返ってくるとは思っていなかったらしい。
だが、それは十香にとっても興味深い問いだった。こくりとうなずき、口を開く。
「うむ、確かに凜祢の答えはまだだったな。どうなのだ?凜祢は、シドーのことをどう思っているのだ?」
十香がそう言うと、四糸乃や琴里も興味深そうに頷く。
凜祢が、困ってしまったような笑みを浮かべながら頬をかく。だが、やがて皆の視線の前に折れたのだろう、小さく息を吐くと、ゆっくりと唇を動かした。
「────好きだよ。もちろん」
言って、いつものように優しげに微笑む。
その反応を見て、琴里は唇を引き結び、四糸乃がさらに頬を赤くしてまじまじと凜祢を見た。
十香としては・・・まあさほど驚きはなかった。凜祢が士道を大切に思っているのは、日々の様子を見ていればなんとなく察しが付いていたし、十香は凜祢のことも大事な友人だと思っている。
そんな凜祢が十香と同じように士道を好いていてくれるのは、とても喜ばしいことのはずだった。
だが────なぜだろうか。
「む・・・・」
頭ではそう理解できていても・・・凜祢の口からその言葉を聞いた瞬間、なんだか胸の中をくすぐられるような、奇妙な感覚が生まれた。
そんな中、凜祢はうっすらと笑みを浮かべながら続けた。
「私はね、士道が好き。大好き。もしかしたら、この中で“一番“かもしれないくらいに」
「・・・・・」
凜祢の言葉に十香は息を詰まらせる。
それは他の皆も同じだったらしい。皆が表情をぴくりと動かし、否定の声を上げようとしてか唇を動かしかけた。
だが、それよりも早く、凜祢があとを続ける。
「でもね・・・士道はきっと、“止まってくれない“」
「・・・止まって?」
凜祢の言葉に十香がそう呟く。
凜祢は何を言っているのだ?そんな疑問が頭の中をグルグルと渦を巻き始める。だが、凜祢は言葉を並べていく。
「私がどんなに士道が好きでも、きっと士道は前に進み続ける。
どれだけ、私が士道の幸せを願ってもきっと士道を“幸せ“にする事は出来ない。だって、士道の幸せは“あの人の隣“だけだから」
「凜、祢・・・・?」
十香はかすかに眉をひそめ、凜祢の名を呼んだ。
表情が変わったわけでもない。声が変わったわけでもない。口調が変わったわけでもない。
だというのに────十香は一瞬、凜祢が優しい笑顔の裏に、凜祢が“苦しんでいる“ように見えた。
「あ・・・」
と、凜祢が皆の表情に気づいたかのように小さく声を発した。
「・・・あ、ごめんね。ちょっと話過ぎちゃったかな。ごめんねみんな。一人で盛り上がっちゃって。───でもね、士道を幸せにしたいのは本当だよ?」
そして、あははと苦笑する。張り詰めていた空気がとけ、皆が息を吐くのがなんとなく分かった。
だが、
「────“今度は、注意しないと”」
「ぬ・・・・?」
十香は小さく眉根を寄せる。他の皆は気づいていないようだが、凜祢が何かを言うのが聞こえたのである。
「何か言ったか?凜祢」
「あ、ううん。“なんでもないよ“」
◇◇◇◇◇
「なんで凜祢がその事、知ってるんだろう?」
士道は壁の向こう側から断片的に聞こえてくる言葉を聞いてそう呟く。
誰にも、人前で話したことなどないその話に士道は眉をひそめる。そして、話の内容もそうだ。
────俺が幸せならば、構わない。
士道の、三日月の幸せはオルガと一緒にいる事。そのオルガがここにいない今、士道に“生きる意味“はない。だが、“オルガの命令”が俺の中に生きている。だからその命令が生きている限り、士道は死ぬまで生き続ける。十香達を仲間を守り続ける。
それが自分の生きる意味だ。
士道はそこまで考えた所で────。
「まあ、いいか。やることは変わんないし」
そう呟き、風呂場から出た。
◇◇◇◇◇
ひんやりとした空気が、湯上がりの体の表面を撫でていく。
「じゃあ、また明日ね、士道」
「うん。今日はありがとう」
「ううん、こっちこそ。久々の銭湯、楽しかったよ」
「んじゃ、また今度行く?」
士道が何となしに言うと、凜祢はふっと口元を緩ませた。
「うん───そうだね。“今度も“きっと、行こうね」
「・・・・?」
その言葉に、士道は小さく首を傾げる。
だが、凜祢の言葉に遮られた。
「あ、そうだ。士道に渡すものがあるんだった」
「・・・なに?」
凜祢はそう言って、ゴソゴソと鞄を漁る。そして、士道に“見覚えのある“それを渡してきた。
「はい、これ“お守り”。士道が無茶して怪我がないようにって思って作ったの」
それは、アトラがあの時にくれた“ミサンガ“だった。
「ああ、ありがとう。でも、これ・・・」
「それ、私とお揃いなの。だから大事にしてね」
「・・・・うん」
士道は言おうとしたが、凜祢に無理矢理押し込まれるようにして言葉が切られる。
「じゃあ、士道(三日月)またね」
一瞬だけ、凜祢がアトラと重なった。
だが、そんな凜祢に士道は言った。
「うん。また明日」
士道はそう言って、凜祢と別れる。そして凜祢から貰ったミサンガに鼻を近づけると、フワッとした香りが鼻をくすぐった。
「・・・アトラの匂いだ。花みたいな甘い匂い」
もし生まれ変わりであったとしても、きっと三日月とはもう呼んでくれないだろうから。
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皆さんは悪魔フラウロスについては知っていますか?
フラウロスは魔法陣の中にいるときは“嘘“はつかないけれど、外にいる時は必ず“嘘”をつくって。
シノとヤマギとの約束。
嘘つきになってしまったシノ。
皮肉だなあ