デート・ア・オルフェンズ   作:鉄血

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女は太陽なのさ。太陽がいつも輝いていなくちゃあ、男って花はしなれちまう。

名瀬・タービン


第十一話

「───どう?パペットは見つかった?」

 

「いえ、まだですね。見当たりません」

 

琴里が問いかけると、艦橋下段からクルーの返答が聞こえてきた。

時刻は十二時三十分。士道が四糸乃とともに捜索を開始してから、およそ二時間が経過している。この雨の中の作業となれば、身体も冷えてしまっているだろうし、疲労も溜まっているだろう。

〈ラタトスク〉の機関員を捜索に回してもよいのだが───急に大人数を投入して四糸乃を怖がらせてしまっては元も子もないし、仮に怖がらなかったとしても、士道に向けられるべき感謝や好印象が、多方向に分散してしまう可能性がある。

 

「映像の方は?」

 

琴里が右手側に目を向けると、コンソールをいじっていたクルーが、視線は寄越さぬまま、声だけを投げてきた。

 

「解像度は粗いですが・・・なんとか」

 

「モニターに出してちょうだい」

 

琴里が言うと、〈フラクシナス〉艦橋のモニターの一部に、昨日、四糸乃とASTが交戦した時の映像が映し出される。

攻撃の余波に巻き込まれぬよう、カメラも距離を取って撮影していたため、平時に比べて多少画質が悪かった。

 

「精霊が消失する瞬間の映像では───もう既にパペットをもっていません」

 

一時停止ののち、画面が拡大されて、落ち行く四糸乃の姿がアップされる。

 

「───反して、ASTの攻撃が着弾する前の映像では、天使の口元にパペットを確認することができます。この攻撃によって紛失したと考えるのが妥当だと」

 

「で、肝心のパペットは?」

 

「煙が非常に濃いため、確実ではありませんが・・・落下している影が確認できますので、攻撃の際に燃えてしまっているという最悪のパターンにはなっていないと思われます」

 

「・・・・・ふむ」

 

琴里はあごに手を当てる。

 

「四糸乃が消失したあとの、この近辺の映像は?残っていないの?」

 

「さがしてみます!」

 

と、そこでスピーカーから、きゅるるるる、という間の抜けた音が聞こえてきた。

 

 

 

「・・・・・四糸乃?」

 

「・・・・・・!」

 

パペットの捜索を始めてから、およそ二時間。

士道は雨に濡れた髪をかき上げながら、隣でパペットを探す四糸乃の方を向いた。

四糸乃はまたも怯えるように肩を震わせたが───少しは士道の声に慣れたのか、顔を此方へ向けてきた。

 

「・・・腹減ったの?」

 

士道がそう聞くと、四糸乃は顔を真っ赤にしてブンブンと首を横に振った。

しかし、そのタイミングで、またもお腹の音が鳴る。

 

「・・・・・・っ!」

 

四糸乃はその場にうずくまると、フードを引っ張って顔を完全に隠してしまった。

精霊といえど、腹は空くようだ。

そういえば、琴里が霊力でまかなうとかどうとか言っていたような気がしたが・・・忘れたモノは仕方ない。

 

「休憩して飯、食いに行く?」

 

士道がそう言って背筋を伸ばしながら四糸乃に話しかける。

士道の言葉に、四糸乃は首を横に振るが、そこでまたもお腹がなる。

 

「・・・・・!」

 

「俺は別にいいけど、四糸乃が倒れたらパペット探せないでしょ?」

 

四糸乃は少しの間考えを巡らせるように唸ってからら躊躇いがちに首肯した。

 

「んじゃ、行くか」

 

言ってから、士道は「ん?」と思い出した。

確か今、十香達が外出している筈だ。それに外食すると言っていた筈。それに遭遇すると面倒な事になる。

士道はソレを思い出してインカムを小突いた。

 

「ねぇ、琴里。飯の場所だけど、家でもいい?十香達と鉢合わせになると面倒だし」

 

『あー、そうね。・・・ま、他に場所もないでしょうし、許可するわ』

 

「ありがとね」

 

士道は短く返事をして、四糸乃に声をかける。

 

「じゃあ、行こうか」

 

四糸乃は無言のまま、小さくうなずいた。

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

「・・・・むう」

 

十香は、嘶くお腹をさすりながら、令音のあとについて雨の街を歩いていた。

昨日の夜から何も食べていないうえ、あまり睡眠もとれていないため、どうも気分が悪い。

だが、この途方もない気分の悪さが、空腹感や睡眠不足のみによるものでないことは、十香にも何となく分かっていた。

 

「・・・・・」

 

十香は奥歯を噛みしめると、雨に濡れた地面をぺしっ、と蹴る。

しかしそんなことで、腹の底にぐるぐると渦巻いた苛立ちが晴れるはずもない。

と、前を歩いていた令音が、不意に足を止める。十香はその背にぶつかる寸前で立ち止まった。

 

「・・・先に食事にしようか。ここでいいかな?」

 

二人の目の前には、カラフルな看板のついた建物があった。確かファミレスとかいう、食事を提供してくれる店舗だ。

十香はそれに深くうなずき、令音に言う。

 

「ん・・・そうしてもらえると助かる。腹が空いて死にそうだ」

 

「・・・では、入ろうか」

 

二人は傘を畳んで店内に入ると、店員の案内に従い、禁煙席の一番奥に腰をおろした。

そしてすぐに、メニューに目を通して料理を注文する。

そして料理が来るまでの間、どうにか腹を保たせようと、店員がテーブルに置いていった水を一気に飲み干す。───と、

 

「・・・・十香」

 

そこで令音が、分厚い隈に飾られた双眸を十香に向ける。

 

「なんだ?」

 

「・・・料理が運ばれてくるまでの間、少し話をしたいのだが・・・いいかな?」

 

「ぬ・・・まあ、構わんが・・・一体何を話すのだ?」

 

十香は、少し警戒するように身体を離しながら頷いた。

自分の目の前にいる村雨令音という女・・・いつも何を考えているのかわからなくて───そのくせこちらの考えは全部見通されている気がして、少々気味が悪かったのである。

そんな十香の思考に気づいているのかいないのか、令音がぼうっとした挙動のまま鞄から機械のようなものを取り出し、テーブルの上に広げる。

 

「なんだ、それは」

 

「・・・ああ、気にしないでくれ」

 

言いながら、令音が片手でそれをカタカタカタ・・・とリズミカルに操作する。

すごく気になるが、十香はどうにかそれを無視して、令音の顔に視線を戻した。

すると令音も十香に目を戻し、唇を開いてくる。

 

「・・・まあ、話が得意な訳でもなし、単刀直入にいこう。十香、君が苛立っていた───否、今まさに苛立ちを覚えてる、その理由と原因を教えてはくれないかな?」

 

「──────っ」

 

令音の言葉に、十香は思わず息を詰まらせる。

 

「っ、私は、別に───」

 

「・・・やはり、シンが別の女の子と会っていたのが許せないのかな?」

 

シン。それは令音が士道を呼ぶ際の名前だった。

 

「なっ、なぜそこでシドーが出てくるのだ・・・っ」

 

「・・・おや、関係がなかったかな?」

 

十香はテーブルに肘を突くと、観念したように頭をくしゃくしゃと触る。

そして大きな溜息を吐いてから、重苦しい調子で話始めた。

 

「・・・わからないのだ」

 

「・・・わからない?」

 

令音が、首を傾げながら聞き返してくる。十香はうつむけた顔をさらに前に倒した。

 

「うむ・・・自分でも、なぜこんな気分になってしまっているのか、わからないのだ・・・」

 

頭を抱えながら、言葉を続ける。

 

「昨日・・・シドーが私を学校に置いて───その、女の子と、キスとやらをしていたのだ・・・」

 

キス。その単語を出すだけで、何故か胸の辺りが痛んだ。

 

「・・・ああ、そのようだね」

 

「別に・・・何がいけないわけでもないはずなのだ。シドーがどこで誰と会おうが、誰とキスをしようが、私にそれを咎められるはずもない。・・・だが、それを見た瞬間、もう、なんというか、とても───そう、とても嫌な感じがしたのだ」

 

「・・・ふむ」

 

「気づいたときには・・・声を荒らげていた。それに・・・そのあとあのウサギが、シドーは私よりあの娘の方が大事だと言うのを聞いて・・・もう、どうしようもないくらい、悲しくて、怖くて、何がなんだかわからなくなってしまったのだ。・・・自分でも意味がわからない・・・こんなことは初めてだ」

 

再び大きく溜息を吐く。

 

「やはり・・・どこかおかしいのだろうか」

 

「・・・いや、おかしくなどないさ。それは非常に健康的な感情だ」

 

「そ、そうなのか?」

 

「・・・ああ。心配することはない。だが───誤解は解いておいた方がよさそうだね」

 

「誤解・・・?」

 

「・・・ああ。あのキスに関しては完全な事故だし・・・シンが十香、君よりもあの女の子のことを大事に思っているとか、そんなことは決してない」

 

令音が機械の方を一瞥してから言ってくる。十香はバッと顔を上げた。

 

「っ、ほ、本当か・・・?」

 

「・・・本当だとも」

 

「だ、だがシドーは・・・仕事の邪魔だと言って・・・」

 

「・・・君のことを大切に思っていなければ、自らの命を危険に晒してまで君を助けはしないと思うがね」

 

「───あ・・・」

 

言われて───十香は言葉を失くす。

胸に、腹に渦巻くわけのわからない感情に気を取られ、完全に失念してしまっていた。

───昨日、士道は、先月と同じように、十香を守るように動いてくれたではないか。

また、凶弾に倒れる可能性があったにも拘わらず。

十香は、胸元のあたりを手で押さえながら、ごくんと唾液を飲み込んだ。

 

「・・・っ、私は───」

 

なんて、馬鹿なことを。

十香はうめくようにのどを震わせると、再び頭をくしゃくしゃとかきむしった。

そして、バッとその場から立ち上がる。

 

「・・・十香?」

 

「すまん、今日の買い物、後日にまわしてもらうことはできないか?」

 

十香は、唇を噛みしめてから再び声を発した。

 

「・・・シドーに、謝らねばならん」

 

令音はあごに手をあててから、小さくうなずいた。

 

「・・・行きたまえ」

 

「感謝する」

 

十香は短く言うと、ファミレスの扉を抜けて傘を手に取り、雨の街を走っていった。

 

「・・・ふむ。まぁ、一件落着・・・かな?」

 

一人残された令音は、小型端末の画面に表示されたグラフと数値に目をやりながら、誰にともなく呟いた。

十香の精神状態を歪めている要素には、なんとなく予想がついていたのだ。

駄々っ子のような拗ね方をしていたものの・・・十香は、士道を悪く思っているわけでもなければ、士道が会っていた少女を嫌っているわけでもない。

どちらかといえば、苛立ちが収まらない自分自身に、得体の知れない恐怖や焦燥を覚えていた・・・というのが近いのだろうか。

だから、機嫌を直すところまではいかずとも、十香の意識を変えること自体は、そう難しいことではなかった。

そう───ただ、気づかせてやればいい。

自分が、士道に守られていたのだということを。それが何を意味するのかを。そしてそれを知ったとき、自分が何を思うのかを。

 

「・・・まぁ、ジェラシーも、立派に恋のうちさ」

 

呟きながら、端末を閉じる。

 

「・・・ただ、気をつけたまえよ。ソレはきっと、世界を殺す感情だ」

 

と。

 

「───お待たせしました!こちらダブルチーズハンバーグセットのライス大盛りに若鶏の唐揚げ、牡蠣フライセット、ミックスグリル、マルゲリータ、スパゲティ・ボロネーゼでございます。鉄板が熱くなっておりますのでお気をつけください」

 

「・・・ん?」

 

突然現れた店員が、テーブルに十香が注文した料理を次々と並べていく。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

そして慣れた調子で身体を倒すと、その場から去っていってしまった。

 

「・・・・・ふむ」

 

残された令音は、その夥しい数の料理を前にして頬をかく。

 

「・・・これは・・・困ったな」

 

一人そう呟いてその料理を見つめた。




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