アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww 作:花極四季
それはそれとして、厨二病のバイブルのひとつ『BASTARD!! ―暗黒の破壊神―』がネトフリで配信が決定したことに小躍りしている自分がいる。
ダークシュナイダーの声優が矢尾一樹さんじゃないのは残念ですが、未だに呪文の大半を諳んじて言えるし、PSで発売されたゲームだってクリア済な程度にはファンなので、マジで楽しみ。
一時期MMORPG企画とかやってたのにいつの間にか開発中止してたことも思い出したよ。
お気に入りのバトルシーンは、下級天使相手に必死に食らいつく勇者ラーズや魔戦将軍といった人類の限界点に達したメンバーの攻防とやり取り含めて、いつかああいうシーンを描写したいと思った程度には印象深いです。
突然の訪問者を歓待すべく、ユカリは素早くかつ丁寧な所作で玄関扉を開けた。
「お待たせしました――ッッ」
扉を開けた先に居たのは、想像とはかけ離れた人物だった。
【ギルド管理協会】が丁寧に扱うような実力者となれば、筋骨隆々な如何にもな冒険者なイメージが先行していた為、自身と同じぐらいの背丈の少女が現れたのだ。
しかし、彼女を見てそんな妄想の産物は一瞬にして霧散する。
これでも聖騎士として辣腕を振るった実績を持ち、ドラゴンスレイヤーとしての実績を持つ同僚のミフユという強さの指針もあって、並大抵の実力者ならば平然と対応する自信はあった。
――でも、彼女は違う。具体的には分からなくても、彼女が屈指の実力者であることはわかる。
少なくとも自分では手も足も出ないだろうし、ミフユとて果たしてどこまでやれるか。
特に、あの眼。
底なし沼を想起させる深い色を宿した双眸は、順風満帆な人生を送ってきた人物のそれとはまるで逆――望むものを何一つ得られず、それでもと足掻き続けた果ての諦観を宿しているように見えた。
耳の特徴から同じエルフであることは明白だが、年の頃は自身よりも若く見られる。そんな少女が一体、どのような人生を歩んでくればこのような目を宿すようになるのか。
だが、皮肉にもその眼と歴戦の猛者としての雰囲気が、彼女の実力を裏打ちする材料となっていた。
【ギルド管理協会】がどうしてあのような丁寧な封書を送り出したのかも、おおよそ得心がいった。
封書の中には目の前の彼女が特定のギルドに所属していない、フリーであることも記載されていた。
一切の構えなく立っているだけなのに、その立ち居振る舞いから隙を全く見出せない。聖騎士としては後衛担当ではあるが戦闘経験も豊富なユカリからしても、一太刀浴びせることさえ叶わないだろうと試すまでもなく理解させられるほどの実力者。
【ギルド管理協会】からすれば、彼女がランドソルの住人となることで得られる利益は相当なものであると踏んでいるのだろう。
それを抜きにしても、一目見てわかるほどの実力者だ。利用出来なくとも敵に回らないだけでも十分と、どうにかして繋ぎ止めたいと考えるのが自然だろう。
「【ギルド管理協会】より【メルクリウス財団】の依頼を受けて馳せ参じましたアオイです。こちらで間違いないでしょうか?」
「は、はい!私は【メルクリウス財団】所属のユカリと申します。生憎とリーダーのアキノは所用で不在となっておりまして、代わりに私の方で依頼の詳細を説明させていただくことになります」
「よろしくお願いします」
アオイと名乗ったエルフの少女は丁寧に深々とお辞儀をする。
同時に、さっきまでの肌で感じるほどのプレッシャーが嘘のように消えた。
私が勝手に色眼鏡で見て気圧されていただけで、その丁寧な態度からも悪戯に警戒するべき人物ではないと判断する。
アオイの派遣を承認したのは鑑識眼に優れたあのカリンであることは間違いないだろうし、そうなると余計に彼女が悪人であるとは考えにくい。少なくとも不利益を齎すような存在ではないと考えられる。
それ以前にあんな無茶な要求に応えようとしてくれた人物に、なんでもかんでも求めるなんて欲張り以外の何物でもない。
とはいえ、これから話す内容を考えると少々頭が痛いというか、梯子を外すようで申し訳ないというか。
だからといって説明しない訳にもいかない。損な役回りを押し付けられた気分だと内心で溜息を吐いた。
案内した客間は【メルクリウス財団】の財力を示すかのように多数の高品質な調度品が設置されており、しかしそれは見せつけるような悪趣味な装飾華美ではなく、純粋に素材の味を活かした自然な仕上がりで出来ており、生活の一部としての究極の自然体を目指したレイアウトによって彩られている。
【メルクリウス財団】が関わる顧客の大半は金の貸し借りで成り立つ関係であり、そういった交渉もこの場で行われることが多い。
金を貸すということは、貸された側には返済する義務がある。貸す側としても、相手次第で貸す金額を見積する必要があり、返済能力の限度を誤れば色々と不都合な事案が発生してしまう。
勿論返済してもらうように言い聞かせるなどはするが、こちらとしても脅すような真似はしたくはない。金の貸し借りという概念自体、あまりクリーンなイメージを持たないものであり、それに加えて如何に相手側に落ち度があろうとも、脅迫や暴力で返済を迫ろうものならば【メルクリウス財団】のイメージダウンは免れない。
特に【メルクリウス財団】を良く思わない存在からすれば、そこに付け入り悪意あるデマや拡大解釈による印象操作だってやりかねない。否、確実にするという前提で構えなければならない立場にあるのだ。
過剰貸与による返済の遅延や返済対応による副次的問題発生を恐れて、過小貸与を選択してしまえば投資による利益拡大も見込めない。
故に、限度額の見極めは重要課題であり、この場にある調度品の数々も実はそれを見極めるための判断材料のひとつだったりする。
数ある客間にはグレードが存在しており、その中にあるものは椅子、テーブルのような家具を始めとして、客に用意するお茶請けといった消耗品、その全てに一定の金額基準を設けている。
社交界において、家柄の品格や格を明白にする上で金に飽かせて着飾ることは勿論のこと、そういった価値ある金品への造詣の深さも重要になってくる。
運が良ければ一般人とて一攫千金で一代で成り上がることは不可能ではないが、それを維持できるかどうかはまた別問題。
財産を維持するには、当然ながら最低限収支が釣り合うように管理する必要がある。
あくまでも泡銭として割り切るならともかく、これを元手に更に儲けを得ようとするならば、間違いなくリスクを伴う選択肢を常に選ぶ必要が出てくる。
そのリスクを最大限減らすための唯一絶対に普遍的な方法、それは物の価値を理解することにある。
一般に生活している方からすれば、物価の高い安いは漠然と理解できても、それが何故そうなのかという疑問を解ける知識を有してはいないのがほとんどだろう。
稀少なものは何故稀少なのか。何故これは人気商品なのか。高くても売れる物は何故売れるのか。
物事には皆因果関係が存在し、それらを紐解いていけばおのずと答えを導くことは出来る。
しかし、それには知識が求められる。偶然の産物で手に入る結果などという泡銭とは違う、誰からも奪われることのない究極の財産、それが知識である。
商人はあらゆる知識を有することで、それを商売に利用する。物価の変動の法則を学び、日々変わる需要と供給の流れを読み、マーケティングで人心を煽り購買欲を促すと言った風に、その手法は多岐に渡る。
カードゲームと同じで、手札が多ければ多いほど選択の幅は広がり、的確に次の一手を指すことが可能となる。
貨幣という物理的な財産を何よりも愛する商人が、知識と言う貨幣では得られない財産をそれ以上に求めて止まないというのは皮肉が効いていて、人生のままならなさを実感させられる。
今回の街道が荒らされたことに起こった被害ひとつ取っても、人々の交通の鈍化に始まり、それに伴うランドソルへの移住者ないし観光客の減退、食べ物を始めとした劣化による価値の変動が著しい製品の価格の高騰、それらを輸送する業者への負担を考慮した人件費の増加と、軽く思い付いただけでもこれだけの問題が浮上してくる。
当然、これらは氷山の一角でしかなく、枝葉まで追求すればどこまで影響を及ぼすのかなど、想像したくもない。
しかし、ピンチは翻ってチャンスとなる。
一般人にとっては非常事態でも、商人にとってはこれ以上とない稼ぎ時。ここぞという場面で如何に利益を上げられるかどうかで、商人としての力量が分かると言っても過言ではない。
そんな都合上、商人は人の不幸を糧に私腹を肥やしているという、負の側面で見られている事実は否定しようもない。
だからといって何も為さなければ、それ以上の不幸を呼び込む結果となる。
清濁併呑して初めて一人前の商人足りえる。アキノはその点、濁の欠片もない清廉潔白な商人であり、確かにそういう意味では半人前なのだろう。
でも、彼女にそんなものは似合わない。
どこまでも我儘で、自己中心的で、金遣いが荒さでみんなを困らせてばかりで――そしてどこまでも純粋で、正義感に溢れ、ノブレスオブリージュを胸に気高く強く在ろうとするその煌びやかな生き様に、翳りを齎すようなことなどあってはならない。
それはユカリの個人的な考えではなく、タマキやミフユも同意している。特にタマキは少々脛に傷を持ち、アキノに拾い上げられた経歴があるため、その意思は強い。
しかしそれ以上に強くアキノを想っているのが、他ならぬ彼女の父である。
アキノへの想いは、自分をも超える大商人になって欲しいという後継者への期待と、自分のような穢れた道を歩んでほしくないという親心の間で常に揺らいでいる。
アキノが持つ天性の気質――人に愛される資質、というべきか。
どれだけ無茶振りをされようとも、どれだけ他者に無頓着に言葉を並べ立てようとも、最後には「しょうがない奴だ」と許してしまえる。
そんな太陽のような気質を持つ者は稀で、人は多かれ少なかれ自身に無いものを持つ相手に嫉妬や妬みを持つ中、アキノにはそれがない。
どこまでも自信満々で、それでいて結果失敗に終わったとしても決して後ろ向きになることはなく、常に前向きに失敗を糧により高みを目指す。
他者を羨み、妬み、責任転嫁をして自分を正当化すれば、少しは気持ちは晴れて溜飲が下がるだろう。
しかし、そこに何かを生み出す要素はない。自分の気持ちに整理を付けただけで、それ自体が燃料になることは稀である。
アキノにはそういったプロセスがない為、その成長速度は大商人の血筋であることを考慮しても途方もないものである。
アキノは常に自分を信じている。できない筈はない、諦めなければいつか夢は叶うと疑いもしていない。
それが彼女の強さであり、才能。そんな彼女に商人の負の側面を背負わせることは、太陽を雨雲で覆うのと同義であり、アキノ・ウィスタリアを否定するに等しい。
それを理解していた為、アキノ父はユカリをアキノの傍に置いた。アキノという太陽に翳りを齎す悉くから護る騎士として。
行動に裏表の概念がないアキノだが、商売上の駆け引きというものに非常に疎い。
どこまでも真っ直ぐにぶつかっていくスタイル故に、それが功を奏すことが多くあれども、その性質故に利益を取りこぼしかねない事態にも何度か遭遇してきた。
そんな彼女の為に発案されたもののひとつが、客間にグレードを付けるという方法である。
交渉相手自身やその身辺調査、ギルドの活動形態や実績などの事前情報を得ることを前提として、どうしても間接的な情報だけでは情報の精度も粗くなってしまう。
相手の人となりを知ることで将来性や投資の見積もりを考える訳だが、そこで求められるのは資産ではなく知識である。
先の通り、一代で成り上がる程度ならば運よく一攫千金当てれば不可能ではないが、それを維持するには相応の知識が求められる。それも実際に触れたり使ってみたりといった、文献や又聞きの情報ではない経験に基づいた生の知識が。
経験に基づく知識こそ土壇場で輝き、それを如何に活用できるかで本人の能力を正しく知ることが出来る。客間のグレードはそれを暴く為のギミックであり、招かれた側にとっては猛獣の巣に等しい環境でもある。
貴族・富裕層・営利ギルド・一般家庭のように各種層を想定した総資本から逆算して、相応の値段の家具や調度品を誂えたレイアウトの客間を作り、そこで事前に調べていた範囲での相手の資本を当て嵌めて、そこで対話を行う。
貨幣の取引という数字が絶対の場において、しかしそれを扱うのは人間同士ということから、感情によって色を付けたりその逆で暴利を吹っ掛けるなんてことも商売では頻繁に起こり得る。
上客ならば長期的関係を見込んでのプラスアルファで、本来得られた短期的利益よりも長期的利益を取るといった風に、常に最良を見据えての二手三手先を読んだ交渉が、より利益を生み出すための考え方のひとつにあたる。
借りる側からすれば、当然心象を良くしてより有利な交渉をしようと考えるのが当然であり、そうなると可能な限り同じ目線に立とうとし、距離を縮めようと画策する。
相手への心象を良くするだけでも、交渉は不思議と上向きになりやすい。友達感覚とまではいかずとも、心象の良い相手を無下に扱うようなことは普通の人間ならば忌避する行為であるからだ。
そして、そこからの取っ掛かりの話題探しの為に、客席からちょうど目に付くところに置かれた家具や調度品に視線が行く。それが罠とも知らずに。
人間は自己顕示欲を多かれ少なかれ抱いており、その発散方法は多種多様なれども、手っ取り早い手法として知識の披露が挙げられる。
道具を何も必要とせず、それでいて言葉ひとつで知識の深さで優位性を保つことができ、自慢ができる。
そういった欲求が作用し、人が咄嗟に認識するものは自分にとってより身近なもの――つまり、個人の視点から見た普遍的情報が優先される。
生活で利用したり、ギルドを身の丈に合ったレイアウトに変えたり、商売で目に付いたり――現時点での資産に基づいたありとあらゆる道具がここには集約されている。
そして、自分にとっての身近が集約された空間で、それを共有するのは自分よりも目上の取引相手。
格の違う相手という認識が親近感で覆われていくことで、次第に警戒心が薄れていく。そこに、同じ話題で盛り上がろうものならば――あとは言うまでもないだろう。
そこからは、相手の話す知識量から能力や資質を観察することで投資額を決める、という流れである。
一度話題を出してしまえば、アキノがどんどん話題を膨らませていき、大抵の人間はその熱量と光に中てられて逆に呑まれてしまう。ここまでが作戦である。
当然、これが通用するのは資産額の低い金融取引相手ぐらいのもので、権謀術数蔓延る貴族社会においては牽制にすらならないし、そうでなくても普通に通用しないケースだってある。
だからこれは一例に過ぎず、他にも無意識に訴える様々なギミックで相手の警戒心を解き、情報を吐き出させるように促し丸裸にする。それが【メルクリウス財団】の経営戦略である。
当然だが、アキノはこの作戦のことを知らない。
アキノならばそのような騙し討ちは望まないのは明白であり、だからこそ伝える訳にはいかない。
正しく在ろうとするだけではままならないことだってある。彼女の理想は美徳だが、それを絶対としてしまえばいずれ立ち往かなくなる。
ならばどうする?――簡単な話、周囲がそれをサポートすればいい。
あくまでもアキノが罪悪感を持たない程度の小賢しい裏工作で、彼女の王道を拓く補佐をする。それが、よりアキノを高みへと昇らせられると信じているから、彼女達は裏で手を汚すことを厭わない。
特にタマキからすれば【メルクリウス財団】に加入した経緯も相まって、より精力的に活動に協力してくれている。
アキノの父も最初からそれが目的でユカリを派遣しており、将来の後継者であるアキノの補佐として直接指名されるという意味が、どれだけユカリに対して人格・能力共に信頼を得ているかを証明していた。
アオイを案内した客間は、グレードで言えば丁度真ん中ぐらいの部屋。
彼女個人だけ見れば、ギルドに所属していない風来坊。ランドソルにおける地位も低ければ個人現時点での資産も程度が知れている。
言葉は悪いが、【メルクリウス財団】としては利益を生み出す要素が表層化していない以上、相手をする価値がどこにもないのだ。
少なくとも、一介の冒険者に仕事の説明をするだけならば、この歓迎は過剰でしかない。
差別的と非難される考えではあるが、感情ではなく理性で【メルクリウス財団】を支えると決めた以上、そこを大きく逸脱してはならない。そういう感情論での交渉はアキノの役目なのだから。
それ故に【ギルド管理協会】から特別待遇とも呼べる扱いで派遣された彼女は、理性的に解釈しても下手な扱いが出来ない存在でもある。
彼女自身が何者であれ、その扱い次第では【ギルド管理協会】の顔に泥を塗る行為とも解釈されかねない。
若輩ながらも今や名の知れたギルドである【メルクリウス財団】ではあるが――悲しいかな、所詮は【ギルド管理協会】のお膝元で存在を許されている程度の権力しかない。
ランドソルにおいては【ギルド管理協会】の言葉はランドソル王宮からの勅命の次に強い、とまではいかずともそう比喩出来る程度には強い立場にある。
少なくとも、彼女の方から明らかな無礼な対応でもされない限りは、そう心掛けて臨むべきである。
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
ユカリはアオイ客間に案内した後、ソファへと着席を促してお茶請けと紅茶を用意しテーブルに置いた。
見ていた範囲では、アオイは着席されてからユカリが正面へと戻るまで微動だにすることなく真正面を見据えていた。
警戒、されているのだろうか。だとしても当然であるが。
正直なところ、この客間に隠された意味を見抜かれていたとしても驚かない程度には底知れない人物である。
改めてアオイを観察する。
失礼を承知で言えば、彼女の衣服の状態から察するに金銭面で充実している風ではない。
冒険者である以上、装備に無意味な装飾を施すのは無駄であり、機能を重視するのが基本である。
そんな中でも、彼女の衣服はよくよく観察してみれば数々の補強痕が確認できる。
価値の高いものと触れ合う機会が多い関係上、希少価値の高い物の贋作に関わる機会も多く、それを見破ってきたことも数知れず。
そういった経験から培われた審美眼で、本職の人間でさえも見逃すレベルの継ぎ目のない補強痕を見抜くことが出来たのである。
見抜ける人間からすれば、彼女の服装は継ぎ接ぎだらけで目も当てられない。ハッキリ言って、一から作り直した方がコストが掛からないレベルで酷い。
同時に、彼女がそれほどまでの裁縫スキルを所持しているか、それを可能とする技術者とのコネを有している可能性へと結び付く。
市井に属さず、ひたすらに技術を高めることに生涯を費やす――そんな風変わりな技術者というのはランドソルのような都市住まいからすれば、非常に縁遠い存在だ。
もし、先程の推測のどちらかに該当したとして、どちらであろうとも値千金の価値ある情報だ。
理性的な観点からしても、彼女の価値は更に上方修正されていくし、何ならアキノなら単刀直入に問い詰めるだろう。
此方としても興味があるのは否定しないが、流石にそれは失礼だし、それで機嫌を損ねてしまえば損失しか残らない。彼女が留守で良かったと思わずにはいられなかった。
「では、弊ギルドからの依頼に関して改めて説明させていただきます。此方の資料をご覧下さい。何か質問があれば答えますので」
事前に用意していた資料を手渡す。
そこに記載されているのは、依頼内容と注意事項といった契約の詳細。
これこそが商売人にとっての鉾であり盾。ある書物に「勝敗は戦う前から決まっている」という言葉があったが、契約書を差し出すということは宣戦布告の合図であると同時に、勝利宣言を突き付けるに等しい。
プロポーズが破れかぶれな愛の告白ではなく、相思相愛であるという前提の確認作業であるように、勝ちの目のない特攻は勇気ではなく無謀でしかない。
しかし、それは相手の立場が自分よりも低いからこそ成立するものであって、立場が逆転するだけであらゆる事象が不確定となる。
ましてや、今回のアオイの訪問は寝耳に水であり、事前準備もままならないままに契約の話へと移る羽目になってしまった。
つまりここからは、行き当たりばったりのぶっつけ本番でやらないといけないに等しい。
これでは、普段のアキノの軽挙妄動を咎める者としての立場がないと、改めてアキノがこの場に居ない事実に感謝した。
そうして書類の細かな疑問を逐一答えていき、ようやく本題に入る。
「此方で提示させて頂く契約内容ですが、とある未開拓地域の調査となります。詳細は資料にも記載がある通り、生息する生態系・群生している植物等の調査となります。調査の方法に関しては一存しますが、報酬は最低保証金額から調査内容の精度によって上乗せする歩合制となっている為、口頭のみの説明よりもスケッチや転写魔法を利用してのより詳細な資料を提出していただければ此方としても非常に助かります」
「……手慰み程度ですが、写生には心得があります。私的な理由から動植物の把握に同様の手段を用いた経験もあります」
「では、今この場で軽く何か描いていただけますでしょうか」
そう告げると、アオイに適当な白紙と筆記用具を手渡す。
それは、魔法的補助効果を一切付与していないただのペン。彼女の実力を知るならば、これが最も都合が良い。
無言の時間が数分の間続く。視線から察するに、目の前のティーカップを対象にしていると伺える。
しかし、迷いのない筆運びだと感心する。
ユカリに絵描きの心得はない。しかし、そんな素人の目線からも、絵の中身を見ずとも期待が持てる程度にはその動きは洗練されているのが分かった。
「終わりました」
手渡されたそれを見て、舌を巻いた。
デッサン風味で仕上げられたそれは、黒の単色のみで構成されているにも関わらず、筆圧の濃淡で陰影を描き分けており、とても即興で描いたとは思えない出来栄えであった。
単純な金銭的価値で言えば大したレベルではない。時間をかければ描ける人物は探せば幾らでも見つけられるし、個性的な要素もない為差別化による特別感も無いに等しい。
しかし、危険地帯での調査――そこで行われる対象物のスケッチという、非常に不安定な環境下で速筆でこれ程確度の高い描画が行える技術は、長期間危険地帯に滞在しなくても良い点や、出来る限りの情報を仕入れたい此方側の需要と綺麗なぐらいに合致していた。
「拝見しました。十分な能力があると判断させていただきましたので、各種デッサン用具を無償で支給させていただきます。もしアオイ様の方で要望がありましたら、可能な限り用立てますが」
「いえ、自前のものがあります故。ですが、過分な配慮痛み入ります」
「……わかりました。ですが、用紙に関しましては此方で指定したものの使用が義務付けられておりますので、そこはご了承ください」
そう言って謙虚に辞退するアオイを見て、ユカリは公的立場からデッサン技術を称賛出来なかった、そんな利己的な自身の浅ましさを見せつけられた気分になる。
社交辞令なのかもしれないが、どうにも彼女のそれは同じようで違う。本気で遠慮しているような、どうにも見えない壁のようなものを感じる。
だからと言って押し付けるような真似ができる立場でもない。思うところはあるが、素直に好意を受け取る以外に出来ることはなかった。
それに――場合によっては、これまでの内容すべてが茶番で終わる可能性さえあるのだから、余計に心が痛む。
「……ここまでの話は全て前置きとなります。色々と説明させていただきましたが、現状ではアオイ様に今回の依頼の遂行を許可することは出来ない事情があるのです」
「その旨を伺いましても?」
「はい。まず、今回の依頼は複数人での行動が前提条件にあります。それには、探索してもらう場所に理由があります」
ユカリはおもむろに地図を広げ、ある一点を指さす。
その場所こそ、かつてランドソル王家の行末を左右する悲劇の起点となった大森林であった。
「我々がアオイ様を派遣させようとしている場所は、通称《痛みの森》と呼ばれている大森林で、その悪名は有名でしょう。彼の大森林はその調査の難航具合もあって明確な呼称は存在せず、かつてあの森で起きた悲劇を忘れぬようにと自然と広まった通称が《痛みの森》。……なんて、今更聞くまでもありませんよね」
彼女ほどの歴戦の風格を持つ実力者が、この名を聞いたことがないとは到底思えない。懇切丁寧に対応するあまり冗長になっているようでは、いつまで経っても話が終わらない。
「そのような危険区域ではありますが、何故かランドソル国側からは最低限の人避けの処理しかされていません。そんな事情から、その危険度が認知され自衛として誰も近寄らなくなった昨今においても、偶然に迷い込んだ者達が失踪するという事件は散見しているのが現状です。――そんな場所に、貴方一人を単独で送り込むような真似が出来る訳がないことは、理解していただけますか?」
アオイが無言で頷く姿を見て、安堵する。
彼女を指してではないが、この手の依頼を受ける者には自身の能力を過信してしまうケースが少なからずあり、悪戯に被害を拡大させてしまう事例はそこそこの頻度で起こっていると聞く。
彼女がどれだけ優秀かは不明だが、根拠も何もない漠然とした概念を指標に、明確な危険度が開示されている場所に一人で派遣するなど、口が裂けても言える訳がない。
「此方の要望で依頼を出しておきながら、一方的な契約破棄に等しい発言。どのように糾弾されたとて申し訳が立たないことは承知しています。しかし、貴方が被られる被害とそれを保障するに足る報酬を差し出すことも難しいのです」
「それは、私がギルドに所属していないからですか?」
「……そう、ですね。割合としては高いです」
契約において第一に求められるのは、信用である。
ビジネスにおいて重視されるのは、リターンをより高めることよりもロスをどれだけ抑えられるかどうか。
万全なリスクヘッジを整えて初めてリターンの計算が成立するのであって、起こり得るマイナスを前提とした損益から、そこから得られるプラスの利益との差額を鑑みた上で、それが投資に値するかを判断する。
それらを考慮すると、まずギルドに所属していないアオイには社会的信用が無い為、規模の大きい契約の履行に対する信用度が低い。
言い方は悪いが、保証がなければ危険手当として支給される前金を貰ってバックレることだって出来るし、過程で何らかの事故で命を落としていたとしても、此方側にそれを判断する術はない。どれだけ真面目に契約を果たそうとしていたとしても、それを証明できない以上バックレられたと判断されても仕方ないのである。
ギルドに所属していれば、アオイ自身に契約不履行への問題の追及が出来ずとも、ギルド側に責任を追及できる。責任の所在が明確であるというだけでも、何かしらの事態が起こった際にも素早く行動が出来るので、決して蔑ろにしてよい要素ではない。
「本来この依頼はギルド単位での行動を基準としており、ギルド未所属者にも登録は可能ですが、まさかお一人で訪ねて来られるとは思いもよらず――いえ、こればかりは契約内容の不備にあたりますね。申し訳ありません」
謝罪の言葉と共に深々と頭を下げる。
実際《痛みの森》の危険度を知る者ならば、どれだけの戦力を募っても不安だと構えるのが当然だと、その常識に引っ張られるあまり暗黙の了解として通してしまっていた。
こんな契約書作成の初歩を怠ったなどとアキノ父に知られれば、再教育の未来は免れないだろう。
そもそも、こんな街道整備やらで各種ギルドが引っ張りだこな現状で、多人数の行動が前提の依頼が――ましてや《痛みの森》が対象ともなれば、人の集まりが悪いのなんて考えるまでもないのに、それでもといつもの直感で押し通したアキノが悪い。ついでに彼女一人だけを寄越したカリンも悪い。
「ですが、定員割れの事態に備えて別プランの用意はしてあります。勿論、報酬は個別に別途お支払いする手筈となっておりますので、万が一先の依頼が破棄されることになっても問題はありませんが、どうでしょう?」
こちらとしては、その別プランを受けてくれるならば願ったり叶ったりである。
定員割れ用のプランということもあり、単独でも可能な小規模かつ危険度の低い依頼も多数用意してある。
正直ギルドへの依頼として掲示するにはあまりにも木っ端ということもあり、扱いに困っていた部分も多少ある為、こういう時に消化できれば有難いという打算が大きい。
内容次第では金額に大きな差異は生まれるし、短期で纏まった金額が欲しいという場合には不適切な内容ではあるのだが、アオイの反応を見るに不服という様子は見られない。
「わかりました。では、そちらの方向で――」
『――否、その必要はない!』
突然響き渡る第三者の声に、ユカリは思わず立ち上がる。
対して、声が聞こえてなお表情を崩すことなく着席したままのアオイに疑問を抱くよりも早く、視界の端に違和感が現れる。
違和感をなぞりそれを視界の中心に捉えると、徐々に何もなかった筈の場所に輪郭が形成されていく。
『彼女をそのような雑事に利用するなど分不相応の極み。その真価は魔境に身を置いてこそであり、先の提案は枝葉を刈り取るのに魔剣を使用するのと同義!人手が足りず彼女を持て余すというのならば、そう――』
輪郭は人型となり、色彩を帯び、果たしてそれは姿を現した。
「――この
赤と黄のオッドアイを見せつけるようにポーズを決めた奇抜な装いの少女が、どこか誇らしげな表情と共に場の空気を一変させた。