アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww 作:花極四季
エイプリルフールとかよくわからないので、嘘から出た真ということで初投稿です。
エイプリルフールと言えば、プリコネ!グランドマスターズが一週間限定でアプリ実装されましたが、みんな言ってるけどあのクオリティで一週間限定は勿体なさ過ぎるので、一週間限定というのが嘘ってことにしてくれないかなぁマジで。
決まった、と言わんばかりに満足そうな表情でポーズを取ったまま動かないアンナと名乗る闖入者。そしてそれを見て固まっているアオイとユカリ。
「……えーっと、通報通報」
「わーーーっ!!それだけはやめてくれーー!!」
正気に戻ったユカリが【ギルド管理協会】直通の通報魔石を構えた瞬間、闖入者は目にも止まらぬ速さでその腕に抱き着き涙目で訴え出す。因みに最初から通報するつもりはない。
そもそもこの魔石は【ギルド管理協会】から所有を認められた極一部のギルドが持つ、文字通り緊急時に【ギルド管理協会】を通じて【王宮騎士団(NIGHTMARE)】へと伝播するように仕組まれた特別製の魔石であり、【王宮騎士団(NIGHTMARE)】が直接関わるほどの案件でもない限り、使用は許されない代物だ。
仮に闖入者の目的が【メルクリウス財団】の財産目的の窃盗だったとして、こんな間抜けな失敗をするような手合いにいちいちこんなものを使ってなどいられない。
むしろ使ってしまえば最後、【メルクリウス財団】の自衛能力の低さをあげつらわれ、鬼の首を取ったように貶めようとする輩に言質を与えることになりかねない。
とはいえ、それを表に出すつもりはないし、もう少し脅す気ではあるが。
「ランドソル法において住居侵入罪は刑法130条前段に規定される罪。正当な理由なく侵入した場合に成立し、法定刑は3年以下の懲役または10万ルピ以下の罰金とあり、それは未遂であろうとも適用されます。申し開きは?」
淡々とした声色で出来るだけ冷めた表情で見下すように語ると、闖入者は顔を青ざめさせプルプルと震え出す。
この様子だと悪意は欠片もなかったのだろうことは伺える。悪意がなければ何をしても良い訳ではないが、実害が出ている訳でもない以上問題を大きくしたところで面倒が増えるだけ。
「ご、ごめんなさい……。知り合いに会って舞い上がってしまっただけなんです……」
しおらしく地面にへたり込む姿を見て、溜息を吐く。
このぐらい脅せばいいだろうと、怒っていたフリを止めて闖入者へと向き合う。
「……まぁ、いいでしょう。それで、知り合いと仰いましたが――それは彼女のことでしょうか?【トワイライトキャラバン】のアンナさん?」
「何で、私のギルド名を」
「知らないと思っているんですが、まったく」
【トワイライトキャラバン】は良い意味でも悪い意味でも有名なギルドであり、評価の妥当性の是非はともかく、それを仮にも大手を名乗るギルドである此方が知らない道理はない。
賞金首の討伐、薬学における医療行為による貢献と、間違いなく民衆にとってはプラスになる行為を行ってはいるが、とにかくそれに伴う副次的被害もまた比例して大きいことで有名なのだ。
賞金首を捕らえる為なら一帯を更地に変えることも厭わず、医療行為もその過程で地獄もかくやと言った目に遭わされるなどという声も多方面から出ており、非常に扱いに困るギルドである。
そんな【トワイライトキャラバン】に所属する五人のうち一人、アンネローゼ・フォン・シュテッヒパルム――アンナと呼ばれている少女こそが目の前で涙目でへたり込んでいる彼女であり、先の悪戯に被害を拡大させる賞金稼ぎである。
「取り敢えず、貴方の所業はギルドリーダーであるルカさんに報告させて頂きますが、異論は受け付けませんのでそのつもりで」
「そ、それは――」
「不満がおありでしたら、然るべき場に突きだす用意が此方にはありますが」
そう睨みつけると、アンナはシュンと頭を項垂れる。
正直なところ無罪放免でもいいのだが、きちんとケジメを付けないと遺恨が残ることだってある。財閥ギルドに不法侵入してこってり絞られるだけで済むのだから、甘んじて受け入れて欲しい。
「……で、先程の質問はどうなのかしら?」
「――あっ!そうだそうだった!!」
先程の落ち込み様は嘘のように、アンナは依然座ったまま状況を見守っていたアオイに抱き着かんばかりの勢いで満面の笑みと共に詰め寄っていく。
「久しぶりだなぁ蒼炎のロビンフッド!息災だったか?貴様との再会に至るまでの幾星霜、まさに悠久と呼ぶに相応しいものであったのだぞ?一体どこで何をしていたんだ?どうしてランドソルに居るんだ?貴様が連綿と刻み続けて来た英雄の足跡、再び我に見せてはくれないか!?」
獣人ならば尻尾をブンブンと振り回しているであろう勢いで興奮するアンナ。
互いの鼻先が接触せんばかりに距離を詰めてなお表情を動かさないアオイ。
その対極と言わんばかりの反応は、どう見ても相性が良いとは思えない。
しかし、アオイはともかくアンナの反応からして、アオイへとても好感を抱いているのは明白で、だからこそ跳ね除ける訳でもなく、ただ無言でアンナの暴力的と言ってもよい感情を受け止めているアオイの反応は不可解であった。
「……ロビンフッド?」
アンナもまた、アオイの反応に疑問を持ったのだろう。言葉の猛襲を止め、不安げにアオイの反応を伺う。
しかし、その疑問はアオイ自身の発する言葉によって氷解する。
「――貴方は、誰?」
しん、と静まり返った。空気が死んだと言っても良い。
数秒の間を置き、静止していたアンナの身体が震え出したかと思うと、アオイの両肩をむんずと掴みそのまま前後に揺さぶり慟哭した。
「――――ロビンフッドぉぉぉおお!!貴様私のことを忘れたのか!確かに時間にすれば刹那の邂逅ではあったかもしれないが、私にとってそれは蜜月の如し濃厚な得難い時間だったんだぞ?酷いじゃないかぁーー!!」
アンナの暴走を一身に受け、無表情でされるがままになっているアオイ。傍から見れば奇妙な光景である。
そうしてアンナがぎゃーぎゃーと叫んでいると、アオイは軽く頷いてぽつりと呟く。
「……疾風の
その名を呟いた途端、アンナの表情は花開いたように喜色で満たされる。
「覚えているじゃないか、驚かせおってぇ~~~!!危うく不法侵入の罪を免れようとも純粋な不審者になってしまうところだったではないかぁ~~!!」
いや、不法侵入者であることに変わりはないし、罪を許した覚えはない。という言葉は既で呑み込んだ。
この空気に水を差すほど非情ではないつもりだし、相応の償いは後々してもらうのは確定している以上、いちいち指摘するのは大人げない。
「すまない、失念していた。悪気はなかった、どうか信じて欲しい」
「……いや、此方こそ都合を押し付けるように喚く形となって申し訳ない」
互いに謝罪の弁を述べ、ようやく場の空気が正常となったと判断したユカリは、咳払いと共に流れを仕切り直した。
「さて、色々とお尋ねしたいことはありますが……取り敢えず、アンナさんがこのような不法を働いたのは、アオイ様との再会に感極まっての衝動的な発想によるものであり、【メルクリウス財団】に弓引く思惑はなかったと解釈していますが、如何でしょう」
「……!!ああ、誓ってこのギルドに喧嘩を売りたかった訳ではない!」
「了解しました。此方としましても、後々物的被害が発生してはいないことを確認した上で、その言葉を誠意の意思表示としまして、不問にすることをお約束致しましょう」
「本当か!?か、感謝するぞ!」
「無論、被害が出ていないとしても不法侵入した事実は変わりませんので、反省するように」
「……ごめんなさい」
「ともかく、アンナさんはこの場をお引き取りを。どこまで把握していたかは知りませんが、見ての通り大事な話をしている最中なので」
そう告げると、先程とは打って変わって神妙な顔付きでアンナはユカリへと向かい合う。
その目は真剣そのもので、茶化せる雰囲気ではなかった。
「――それなんだが、恥を忍んで頼みたいことがある」
「……応えるかは内容によりますが、聞きましょう」
「私も――いや、【トワイライトキャラバン】も《痛みの森》の調査に参加させてもらえないだろうか?」
アンナの唐突な要望に虚を突かれたユカリは、軽く目を見開いて思考を硬直させる。
「【トワイライトキャラバン】は我らが悲願成就の足掛かりとして《痛みの森》の調査を行わんと準備を重ねてきた。しかし、それにあたって我がギルドには決定的に不足しているものがある。我らの能力では補完することが敵わない唯一無二かつ冠前絶後の能力者がな」
「……それが、アオイ様であると?」
「然り。彼女は自然合一を極めし隠遁者であり、同類である森エルフに尋ねても所在を掴むこと敵わず、今日に至るまで見えることはなかった。彼女の自然への適応力は類を見ないものであり、狩猟者としての実力や知識も同じ。一度邂逅した我らが全力を出してなお見つけ出せなかったのだ、存在を知らずにランドソルに身を置く貴殿が知らぬも無理はない」
まるで我が事のようにアオイを賛美するアンナ。
アオイのことを知らない身としては、彼女の言葉は飾り立てた大げさな内容にしか聞こえない。アオイもむず痒くなるような賛美に対して反応を示さない為、まるで他人事のように見えてしまい余計に空想めいてしまう。
そんな心の内が見えたのか、アンナは不満げに目を細める。
「信じていないな?」
「あ、えっと……」
訝しげな問いに対し返事に窮する。
正直な話、まったくの出鱈目とは最初から思ってなどいない。
彼女が実力者であること自体は実戦経験に基づく直感がそう告げている。しかし、そのような不確かな事象に全幅の信頼を寄せられるほど本能に忠実でもない。
【王宮騎士団(NIGHTMARE)】にしても、被疑者が実際にどれ程の悪行を重ねていようともその証拠となる要素を提示できなければ公的に介入することが出来ないように、形として証明できないならばどれだけ辻褄が合おうとも空想の域を出ることはない。そんな不確かなものの為に彼らが動くことは滅多にない。
法を司る立場だった身としてもその在り方に否はなく、【メルクリウス財団】での立場も相まって何事にも疑ってかかる性質が身についていることもあり、信じたいけど信じ切れないという構図が出来上がっていた。
「ロビンフッドよ、貴様の秘儀の一端を彼女に見せてもらえないだろうか。彼女の説得にはそれが手っ取り早い」
「秘儀、と言われても。そのような特別な技術は持ち合わせていないのだけれど」
「我らにとっては最奥に眠る秘中の秘に等しき力も、貴様に言わせれば呼吸と同義であるとな。無礼な評価だった、申し訳ない」
「いや、そうではなく――」
「なに、難しく考える必要はない。森での自然体になるだけで納得してくれるだろう」
アオイの狼狽――一般人のそれと比較するとあまりにも微々たる変化ではあるが――を尻目に、重ねて嚙み砕いた提案をするアンナ。
言葉の意図を飲み込み切れていないのか数秒思案した様子で動かなくなるも、どうにか理解したらしく軽く頷いて返した。
「今からカウントを数える。ユカリさんはロビンフッドを視界に入れて、私がゼロと言った瞬間に瞬きをして欲しい」
「え、ええ。わかったわ」
一体何をさせられるのかと思ったが、簡単な挙動を指定されただけで拍子抜けである。
果たしてそれで何がわかるというのかが想像もつかず、ただただ流れに身を任せて状況の変化を受け入れる他なかった。
「ではいくぞ。3、2、1――ゼロ」
指の鳴る音と瞬きは同時だった。
普段通りの瞬き。時間の計測さえ烏滸がましいほどの一瞬。
しかし――目の前に居たはずのアオイは、その一瞬で影も形もなく消えてしまった。
「え?」
無意識に出た間抜けな音が静謐を破る。
全方位を確認し、ソファの陰等も隅々まで探すもまるで見当たらない。
瞬きの間に視界から消えるほどに速く動けたとして、相対的に発生する余波で部屋の中が滅茶苦茶になっていない訳がない。
魔法で瞬間移動なんてそれこそ夢のまた夢で、遠方に音声を届けるだけでも複数の魔法使いが準備を重ねて成立する不便かつ非効率的なレベルの代物を、文字通り瞬くほどの早さでかつ個人でそれを為したなどと、たとえ酩酊していようとも口には出来ない。
しかし、そうとしか説明がつけられないような状況が目の前で起こったのも事実。ただただ思考が混乱していき、自身の常識に罅が入ったかのような錯覚さえ覚える。
「アンナさ――ッッ!!」
間違いなく状況を把握しているアンナへと縋りつくように声を掛けようとした瞬間、肩を叩かれる感触に思わず身体が竦み、そのままバランスを崩してしまう。
あわや派手に転びそうになるも、優しく抱き留められて事なきを得る。
そして、その抱き留めた何者かがアオイであったことに気付き、再び思考が停止する。
さっきまで探し回っていたのに見つからなかった存在が再び目の前に現れたのもそうだが、社交ダンスでありがちな背中を腕で支えてもう片方の手を絡めるように握る姿勢で抱き留められたものだから、アオイの中性的でどこか陰のある美貌との距離が近いことも相まってみるみる思考が茹っていく。
「大丈夫ですか?」
ユカリは仕事では非常に優秀で理知的な面が目立つが、プライベートはかなり杜撰で凡庸な部類である。
その一端は酒癖の悪さにあるが、それを差し引いても普段の仕事ぶりからは想像できない程度には雑になりがちで、人に見られていない場所ではとことん気を緩めるタイプである。
端麗な顔立ちにキャリアウーマンでありながら私生活はズボラな成人女性。男にとってはどちらの側面を取っても近寄りがたい人種であろう。
そんな一見して仕事一筋に見られる彼女だが、人並み以上に異性への興味はある。それどころか、いずれは結婚をと常々夢見る典型的な結婚願望の持ち主である。
しかし、本人は割とそういう恋愛事に関しては受け身なタイプで、自分のプライベートの駄目さ加減を自覚していることもあり、理想とは裏腹にまともに恋愛することも難しいだろうと半ば諦めている節がある。
元来の性質もあるのかもしれないが、いつしかそんな後ろ向きな考えから所謂「お持ち帰り」願望を抱くようになり、そんな背徳的なシチュエーションを望む程度に被征服欲を持つユカリにとって、どこかミステリアスかつ退廃的な雰囲気を醸し出すアオイは興味以上の対象足りえる訳で。
如何なる相手とて、あくまでもクライアントとホストの関係と割り切って対応している間はそのような疚しい感情に惑わされることはなかった。
しかし、目の前で突如として起こった自分にとっての常識の埒外にある現象に加え、意図的ではなかったにしても不意打ちによる驚きが緊張を弛緩させるには充分な破壊力があり、結果その節制の規範足る在り様は千々に乱れ果ててしまう。
裸の心が剥き出しとなった状態で、それに付け入るように自分好みの人物と密着する形になろうものならば、倒錯した恋愛脳を拗らせた彼女が果たしてどうなるか。
『うわぁ……近くで見ると綺麗な眼、まつ毛長い、唇も艶々で柔らかそう、肌もプルプルで若々しいし、若草の匂いで凄く落ち着く。でも眼つきは凛としてて、変わらない表情の中にどこか物憂げな色彩が見え隠れしてて、それでいて浮世離れした雰囲気も相まって見た目以上に大人びて見えるしで、頭がおかしくなりそうよぉ~~!!』
こうなる。
表情にこそ辛うじて出していないが、脳内は最早お花畑そのものと化していた。
恋は盲目とまではいかずとも、認識に非常にバイアスが掛かっていることは否めない程度にはユカリは熱に浮かされてしまっている。
恋愛小説の挿絵にありがちな美化された男性キャラクターのそれが、アオイに当て嵌められているのである。
とはいえ、今でこそ腑抜けているがユカリも立派な大人。時間が経てば冷静に客観視して自らを戒めることは出来るだろうが、それでも一度受けた衝撃の全てを修正できるかどうかは怪しいところである。
「ユカリさん?」
「ひゃい!?だ、ダイジョブれしゅう!!」
アオイの囁くような声色が全身を這うように浸透していく。
背筋がゾクゾクする感覚を前に、なけなしの理性と大人としての矜持がその快楽に溺れるべからずと、反射的に突き放すような形で距離を取る。
失礼な対応を取ってしまったことに後悔しつつも、未だに混乱の最中にある頭では言葉もまともに紡ぐことは出来ない。結果として、謝罪するタイミングを逸してしまうこととなる。
「申し訳ありません。一声掛けるべきでした」
「狩人の本能が獲物の死角を取ることを無意識に選択したとなれば、それを咎めるのは無粋だな。だが、こうなるとユカリさんも彼女の能力を理解したのではないか?」
「……えっと、私の目にはアオイ様が目の前から消えたようにしか見えなかったのですが」
少しずつ冷静になってきた頭を動かし、先程の疑問を問い掛ける。
「――少なくとも私は、消えたつもりはありません」
「え?それはどういう――」
「そこからは私の視点から語らせて貰おう」
アンナが会話に割って入ってくる。なんというか、語らせてくれと言わんばかりに気色満面で鼻を鳴らす姿を見てしまうと、不躾な態度を怒るに怒れない。
「ユカリさんの認識は私にも当て嵌まる。何をするのかを事前に知っていた私でさえ、彼女が消えたように映った。だが、それは真実ではない」
「じゃあ、どんな種や仕掛けがあったというの?」
「何も。彼女は何もしていない。ただ、気配を消しただけだ。本人曰くな」
そのシンプルかつ荒唐無稽な答えに、流石に反論の弁を返す。
「そんな訳ないでしょう?気配を消しただけで視界から消えるなんて、そんな魔法みたいなこと」
「しかし、聡明な貴殿ならば納得できる部分はあるのではないか?瞬きという刹那に介入できる無拍子の動作、魔力発動の残滓もなければ陣の展開もない上に、部屋には一切の空気の揺れさえなかった。対して、その場で動かず気配を消しただけならば、条件にすべて符合すると」
「いえ、しかし……」
アンナの言葉は納得のいく部分が多かった。不可能だということに目を瞑れば。
気配を消すことと物理的に視界からも消失する現象とでは因果関係は成立しない。
一部の生物には隠蔽擬態という、周囲の風景と自身の色彩を同化させることで保護色を適応する能力を有していることは知っている。
しかし、それはあくまでも環境適応能力による進化の果てに行き着いた肉体そのものの変質であり、やろうと思って出来るものではない。
それこそ、人間に水中で呼吸をしろと言っているに等しく、技術がどうのという領域の話ではない。
生物特有の肉体に課せられたルールを逸脱することは不可能であり、それが出来るとするならば何十と世代を重ねてようやく足掛かりとなれるかどうかというぐらいの年月が求められる。
アオイが如何に過酷な環境に身を寄せていたとして、必要に駆られたから出来たるようになったなどという理屈は成立しない。
彼女を疑うつもりではないが、それでもズルをしているようにしか思えないというのが本音である。
「ロビンフッドの実力は我々の常識では測れない領域にある。不可能だと否定して掛かるのではなく、あるがままを許容することが彼女を理解する上では肝要だと言わせて頂く」
アンナの諭す物言いに反論する言葉は浮かばず、閉口するしかできない。
屁理屈も理屈とはよく言ったもので、認知の範囲に於いては彼女の弁こそが最も正当性を証明しており、反証材料がない以上は如何に荒唐無稽な内容であろうともそれが絶対の真実となる。
負け惜しみのようではあるが、そもそもアオイが見せたトリックを見破るのが目的ではなく、彼女は実力を証明する為にそれを示しただけである為、種明かしに躍起になる必要はどこにもない。
受け入れるべきは、アオイがそのような常識の埒外にある現象を引き起こせるほどの実力者であるということに尽きる。
「ロビンフッドはその類稀なる隠密能力と狩人としての実力と知識を以て、魔物が跳梁跋扈する秘境の地をも単独で生存してきた。かつて【トワイライトキャラバン】も彼女に命を救われたこともあり、その際に彼女の実力はまざまざと見せつけられた。故に彼女の存在こそが《痛みの森》の制覇には必須であると改めて言わせてもらう。だからどうか、許可を頂けないだろうか」
恭しく深々と頭を下げるアンナ。
あまりにも目まぐるしく状況が変化する事態に思考は鈍るばかりで、それではいけないと一旦状況を脳内で整理すべく脳をフル回転させる。
アオイは【メルクリウス財団】からの依頼でその面接に伺った訳だが、依頼は人海戦術を前提とした難易度であり、それは近況から質を求めるのが難しいと判断した妥協案によるもの。
潤沢な資金に飽かせた数合わせで質を補完する考えは、裏を返せば金に糸目を付けずに最上の結果を出そうとする意志の表れであり、悪徳ギルドのように口八丁手八丁で相手を騙して適当に使い捨てるようなことは絶対にさせない。
そんな健全さを全面に押し出す【メルクリウス財団】としては、リスクヘッジを考慮するとどれだけ適性があろうとも許可を出すことは出来ない。
経歴も判然としない上これといった実績も明示されていない以上、如何に本能で納得できたとしてもそれが組織を動かすに決して足りえない。
アキノの直感も類似する部分はあるが、こちらは何度も結果を出しているからこそ一定の権利を得ているのであって、初対面のアオイに対して同じ扱いは出来ない。
そんな中で現れたアンナはアオイと知り合いであり、単なる顔見知りに収まらない程度には親交があるか、或いは一方的に好感を抱いているかのどちらか立場にある。アオイの様子からも悪感情を抱いている風には見えないため、これは確定と判断しても良いだろう。
アンナの目的はアオイ同伴による《痛みの森》の調査への参加であり、曰くそれは【トワイライトキャラバン】の総意であり、そうなるとアオイを単独で《痛みの森》へと派遣せずに済む上に名だたる戦力が随伴してくれるということでもある。
人海戦術による大規模な調査こそ行えないが、精鋭揃いの【トワイライトキャラバン】を加えた少人数での行動は、魔物への警戒を悪戯に上げずに済むという利点がある。
強力な魔物が潜む森林という人間側が圧倒的に不利なフィールドで、寄せ集めの統率がまともに取れないであろうメンバーで固まって動くことは、不意を突かれた場合などの不測の事態での混乱の発生に繋がり、一度そうなってしまえば混乱が混乱を呼び即座に修正するのは困難を極めるであろう。
実力者による少数精鋭でのチーム結成は合理的であることに疑いはなく、唯一アウェーな立場にあるアオイは自然や狩りの知識と能力に精通している上にアンナはそれを頼りにしているらしく、必然的に【トワイライトキャラバン】は彼女を基点とした動きを余儀なくされる上、言葉の端々から信頼を勝ち取っている様子も受け取れるため、即席パーティとはいえ連携の不和の心配も薄い。
募集期間の問題、他の事業に各種ギルドが持っていかれている現状、そもそも如何に報酬が高かろうともこんな命を投げ出すに等しい依頼を受けてくれる奇特な人材は希少であるという現実。
ひとつギルドが捕まえられたこと自体が奇跡であり、その呼び水となったのはギルド無所属の個人という。これ以上を望むのは、高望みが過ぎるというものだろう。
「……わかりました。ではこの場での話し合いを基に契約内容の更新を行うため【トワイライトキャラバン】からはリーダーのルカさんを通して改めて擦り合わせをした上で、そこで正式に契約履行とさせていただきます。当然ですが、如何にアンナさんが乗り気でもルカさんが駄目と仰られれば契約は不成立となります。その場合は自動的にアオイ様との契約も今一度見直しとなってしまいますが、こればかりは当方としても理念に反するためご理解のほどよろしくお願いいたします」
「だ、大丈夫だ!しっかり説き伏せてみせるから何の問題もないぞ!」
「説得は結構ですが、我意を通さんとして虚飾や不都合な事実の隠蔽、ひいては【メルクリウス財団】の名誉を貶めるような行為は慎むように念を押させていただきます。場合によっては――」
「しないしない、そんなことは絶対にしない!!」
「私としても異論はありません」
アンナの必死に首を横に振って否定を促す様子を見て、これ以上は脅迫になりかねないと言葉を噤む。
アオイからの同意も得られたことで、ようやく話が纏まったと締めの流れに入る。
「では、この場は解散となりますが、後日改めて【ギルド管理協会】から会合の日時を通達するようにしますので、それまでに各自準備のほどを済ませてください。内容にもよりますがもし何か入用であれば、こちらから支給品として無償で提供する用意はあります。金額や入荷時期にもよりますが、ランドソルで市販されていない特殊なアイテムも事前に連絡いただければ、可能な限り手を尽くしましょう」
「そこまでの大盤振る舞い、よろしいのですか?」
「はい。元々大量雇用による人件費で消えていく予定だったものが浮いただけのことなので、皆様の生存と任務達成の一助となるならば惜しむ理由はありません」
実際、人件費だけで見れば予定の四倍近くは浮いており、それでいてその経費を使い切ってなおお釣りが来る人材を確保できたことを思えば、道具支給での出費も決して痛いものではない。
アキノから今回の依頼で金銭の出し惜しみはしないと事前に伝えられており、用意された資金は【メルクリウス財団】運営の総資産から鑑みても潤沢と呼べるほどに用意がある。
どこまで計算ずくかは不明だが、ユカリが金庫番を担う立場ということから、無駄な出費はしないと信頼しての判断か、或いは単純に出し惜しみする場所ではないと直感が告げていただけか。普段の暴走気味な各種行動を見ていると、その辺りの判断がどうにも鈍って仕方がない。
「それなら我は魔導書――いや、なんでもない。ギルドメンバーと相談して決める」
アンナが何か言い掛けたが既で飲み込むように言葉を濁した。
多分無茶な要求をしようとして、怒られると気付いて咄嗟に止めたのだろうが、別に必要な投資なら惜しむ理由はないのだから言うだけ言えばいいのだが、どうにも辛く当たるような対応で怯えさせてしまったのだろう。
この場でそう促しても本音は聞けないだろうし、ギルドメンバーと話し合うようなので改めてその時に伝えてもらえればいいだろうと判断して追及はしないことにして、アオイに話を振ることにする。
「アオイ様は何かお求めのアイテム等はございますでしょうか?」
「生憎と自給自足で賄ってきた身で市販製品の知識も疎い故、魅力的な提案ではありますが今すぐにお答えすることは出来ません」
「そうですか……」
「ただ、道具ではありませんが多少の前金を融通してもらえればと。直接資金を手渡すことが出来ないのであれば、そちらの都合で手配してもらっても構いません」
「えっと……つまり、何を用立てて欲しいと?」
躊躇いを孕んだ回りくどい言い回しで語るアオイだったが、一呼吸置いた後に意を決して要望を口にした。
「……ランドソルで最も安い宿でいいので、手配してもらえれば、と」
アオイらしからぬ情感の籠った声色で俯きがちに呟かれたのは、謙虚の極みのような要望。
そのあまりにも予想外な内容に面食らってしまうのも無理からぬ話だろう。
何せ、肌感覚で分かるほどの強者であるアオイのことだから、物事の基準も相応に高いと考えるのが自然だ。
そんな彼女が、まるで高額な家具を買うときに抱く、欲しいものを得られる喜びとそれに伴う出費による悲しみといった、プラスとマイナスの入り混じった形容しがたい感情と似た反応で安宿の支払いを求めてきたのだから、当然の反応である。
「そんな、私に遠慮しているのでしたら何も問題はありません。先の言葉の通り予算は潤沢にありますので」
「いえ、私程度に気を遣う必要などありません。元より自然の中での寝食を日常としてきた身としては、雨風を凌げるだけでも贅沢というもの。むしろ楽しみなぐらいです」
一切の虚飾を感じさせない真っ直ぐな言葉を前に、まるで自分が間違っているかのように錯覚してしまい言葉を途切れさせてしまう。
そのちぐはぐな在り様を見たことで、ユカリの中でアオイへの見る目が少しずつ変化していく。
想像の域を出ないが、彼女は他人に頼るということに慣れていないように思える。
ギルドにも所属せず、目を見張るほどの戦闘力を有しながら無名であること。
強さとは一足飛びで得られるものではない。才能の差はあれど、そこに至るまでに積み重ねる時間の采配は誰にでも平等に与えられる権利であり、それを重ねれば重ねるほどに強靭になるのもまた必然。
具体的には読めないが、同じエルフから見てアオイは自分よりも間違いなく若い。
単純計算として、その年齢差は同時に経験の差としても表れる。若い方が経験不足になるのは、至極当然のことである。
そんな経験不足や時間を短縮する方法の一環として、他者とのコミュニティを形成することが挙げられる。
三人寄れば文殊の知恵という言葉があるように、無知から始まっても意見を束ねることで新たな境地を拓くこともあれば、たとえ結果を得られずとも他者からの未知の情報に触れることで自然とそれが経験となり糧とすることは出来る。
知識というのは、知りたいことを知らない限り望んで知ることが出来ないという、言葉にすると混乱しそうな現実がある。
だからこそ外部からの刺激というのは重要であり、最も安全かつ効率的に学ぶに相応しい環境こそが、他者とのコミュニティを形成することに繋がる。
他者からの知識の継承を行う上で、特に学び舎のような環境は知識を得る上では最上とも呼べる。
その内容こそ玉石混交で、中には必要なのかと疑わしくもなる知識も学ぶことも少なからずあるが、重要なのは知識を得ることではなく、その取っ掛かりを掴むことにある。
広く浅く知識を学ぶ土壌を広げることで、無知を未知へと変えていくことにこそ学び舎の本懐がある。
逆に言えば、他者との関わりが少なくなるほど知識を得られる環境も制限されてしまう。
ましてや彼女は森に生きるエルフ。ユカリのような都会に生きるエルフと違い過酷な環境に身を置いていることから、得られる情報もそれに適応するための方向に寄るのは必然である。
何もそれが悪いという訳ではなく、どちらも等しく環境が知識の方向性を決める上で大きく比重を占めていることを証明しているという話で、後はその手段の変化に焦点が当てられる。
森のエルフにとって、知識は生存率へと直結する。動物の生態、植物の有毒性、気候の変化――語るには膨大すぎる大自然という脅威に個人で立ち向かうのは無謀でしかない。
ひとつ知る上でも命懸けで、確度の高い情報を得るには異なるアプローチで繰り返し検証を行う必要も出てくる。たったひとつの無知が命を脅かす事態も決して珍しいことではないのに、個人でそれを為そうとしようものならば命が幾つあっても足りはしない。
そして、そんな過酷な環境を身を持って知るアオイが単独行動が如何にリスクある行為かを理解していない筈がない。
それなのに、彼女はそうしている。まるでそうしなければならない理由があるかのように。
彼女ほどの存在を今まで知ることが出来なかったのは、ひとえにその他者とのコミュニティの狭さにあると解釈している。
閉鎖的で孤独に生きてきたからこそ、どれだけの功績や偉業を成しても認知されることはなく闇に沈んでいく。
仮にコミュニティの範囲が一般人並みで、関係者に箝口令を敷くことで意図的に存在を秘匿していたとしても、情報というのは何処かしらから漏れてしまうもの。
そして、その確率は彼女を知る存在の数が増えるほどに上昇していく。逆に言えば、誰も知らなければ誰も知りようがないということでもある。
無知である限り未知は生まれない。偶然を排除した確率論で語るならば、やはりアオイを知る人間が少ないと考えるのが自然だろう。
アンナ曰く、アオイの捜索に当たり同族である森エルフに話を聞いて回ったが収穫はゼロとのこと。
森エルフは閉鎖的であるが故に、種族単位での団結力は非常に高い。
近所付き合いが活発というレベルではなく、その森に住むエルフは全員身内ぐらいの感覚で密な関係を築いている場所もあるとかないとか。
しかしそれは、それぐらいの信頼関係を築かないと生活が成り立たない環境という裏返しであり、一定の安全が保障され、森エルフと比べて危険を冒すことなく生活が出来る都市住まいの人間の繋がりを見れば、その差は歴然である。
その法則に従うならば、一般には無名でも同族に尋ねれば情報が伝播して手繰り寄せることも決して不可能ではない。
当然、一口に森エルフと言っても森単位でコミュニティは分散しており、適当に尋ねたところで必ずしも答えに辿り着く保証はない。
しかし、それは真に無名な相手にこそ言える話で、アオイほどの戦士の存在を認知していないとは考えにくい。少なくとも、噂程度には知れ渡っていても不思議ではないと思うし、そこから徐々に周知されていく流れが形成されていくことも然りだ。
だが、そうはなっていない。アンナの執着から察するに、相当に探し回ったであろうに、それでも今日に至るまで再会を果たせずにいたのだから、そこまでいくと不自然さの方が際立ってくる。
ここまでの仮説を総合して導き出される答えは――アオイが森エルフからさえも距離を置いた、孤独な人生を送っていたという事実に他ならない。
流石に生まれてこの方孤独で在り続けた訳ではないだろう。言葉遣いや人間性を見れば、野性的とは掛け離れた理性的で紳士的な、下手な人間よりも学のある人物であることは疑いようもない。
だが、それに反して他者への距離感と言うべきか、見えない壁のようなものが色濃く感じられる。
都会的で毅然とした立ち居振る舞いに対し、他者への免疫が幼子の如く薄弱。
本人の気質もあるだろうが、まるで怯えているかのように語尾を弱くして望みを言う姿は、まるで駄目元で高めのプレゼントを要求する子供のよう。
ランドソルにある最安値の宿は、サービスを考慮しなければギルドの恩恵を受けられない外部からの観光客でも余裕で払えるレベルのもので、【メルクリウス財団】ならば同じ宿を丸ごと百軒買い取ろうとも一切懐が痛まない程度には資産価値が低い。
ちょっとした食事と雨風が凌げられれば上等。それぐらいの心持ちで選ぶならばいざ知らず、望んで宿泊したい人間が居るかと言われれば答えに窮する者が殆どだろう。
アオイが実態をどこまで知っているかは不明だが、それぐらい折り込み済みでこの提案をしているだろうし、いっそ自罰的とさえ思えるぐらい謙虚が過ぎる。
例に漏れずコミュニケーション能力も積み重ねによって成長する。そして、知識とは違い成長には第三者が不可欠で、更に異なる思想や感性を持つ人間と多く触れ合うことで質がより高まっていく。
恐らくアオイの情操教育に大きく貢献した人物は、賢者のような知識人で仙人のように俗世とは乖離した生き字引的存在だろう。
アンナのような芝居掛かったそれとは異なり、違和感のない年齢不相応に落ち着いた丁寧な言葉遣いや言葉選びも、その人物による影響と思えば納得がいく。
知識に関してはその人物のおかげでどうにかなったとして、では戦闘力に関してはどうだろうか。
重ねて言うが、才能の差はあれど時間の采配は平等に与えられた権利である。
しかし、その配分できる量は生きてきた年月とイコールであり、同時にその権利を初めて正しく行使できるのは親元を離れて自立してからとなるのが基本だ。
親の庇護下にある内は采配の権利は親に優先権があり、それは単純に親が子に正しく成長して欲しいという願望と先達としての経験を継承するという意味も含まれており、余程の悪辣な内容でもない限りは反抗する理由も意義もない。
つまり、真っ当な人生を送っていればアオイもまた同様に自分で生き方を選べない立場であり、だからこそ彼女が【トワイライトキャラバン】さえも一目置く圧倒的な実力者であることに納得がいかないのである。
しかしそれは、彼女の人生が普通とはかけ離れた如何に壮絶であったかを考えると話が変わってくる。
想像の域を出ないが、アオイは自然界で生きる森エルフさえも所在が掴めないほどの僻地で、数少ない身内によって生き残る術を叩きこまれてきたのではないだろうか。
そんな環境で基本的な言語や礼儀等は学べても、限られた交流関係からはコミュニケーション能力を養うまでには至らず片手落ちになってしまう。
実力に関しては、幼い頃よりひたすらに戦闘技術とサバイバル能力を身に着けていき、そして偶然にもそれらへの才能もあった彼女はメキメキと実力を伸ばしていった。
しかし僻地故に頭角を現しても日の目を見ることはなく、人知れずにより精鋭化させていったことで、今の彼女が出来上がったのではないだろうか。
生物は環境に適応する能力を等しく持っており、過酷な環境に適応できるほどの才能があればそれに耐え得る実力が身につくのは自明の理。
アオイがそれらを耐え得るだけのポテンシャルを秘めていたとして、それでも一日は二十四時間しかなければ身体もひとつしかないのだから、出来ることには自ずと限界が出てくる。
時間を有効に活用するには、とことんまで無駄を切り詰めるしかない。それも、人間性を希薄にさせるほどに徹底して。
それこそ獅子の子落としの要領で、魔物が跳梁跋扈する環境に置き去りにする、なんて非人道的行為を行っていたとしても不思議ではない。
事実、先程まざまざと見せつけられた気配遮断の技術は、それぐらい出来なければ生き残れない環境に身を投じていたと言われれば納得出来るほどの完成度であり、想像に信憑性を帯びさせるには不足ないものであった。
加えて、いっそ能面と揶揄されても不思議ではないぐらいに無機質な表情も、喜怒哀楽を表に出す必要が無い環境に居れば、使い方を覚えられないのも自然な流れと解釈出来る。
流石にまったくの無理解ではないだろうが、常に生きるか死ぬかの世界において無用の長物であることに間違いはなく、それが今も継続している。
日常が地獄だった筈。その地獄に適応した結果得られた強さと、捨て続けてきた人間としての真っ当な幸福。
どこまでも想像の域を出ないと理解しつつも、どうしても憐憫の情を抱かずにはいられない。
そのあまりにも込み入った内容故、真実を聞き出したくても聞き出せず、こうして悪戯に悩むことしかできないのがもどかしい。
勝手に想像の中で過酷な人生を思い描き、その境遇に勝手に同情して、勝手に彼女の力になりたいと考えている自分が如何に自分勝手で度し難いか理解しつつも、一度抱いた思いは捨て切れない。
それは同族のよしみか、大人としての立場からか、ユカリ個人の意思かはわからないが、せめて宿ぐらいはしっかりした場所に泊まらせてあげたいと思うのは、決して間違いではない筈だ。
「安宿などとんでもない。【メルクリウス財団】は貴方一人の宿泊代ぐらいなら幾らでも用意できます。折角お越しいただいた請負人を無下に扱うなどギルドの沽券に関わりますし、何よりも最高のパフォーマンスで仕事に臨んでいただきたいのです。その下準備を行うのは併ギルドにとっても充分に利益を見越した投資の範囲ですので、何ら不都合は御座いません。それでも心苦しいようでしたら、相応しい成果を是非に。ギブアンドテイクという奴ですよ」
ユカリがアオイの反論を挟ませないよう、一息で語り継ぐ。
単純な善意を押し付けるのではなく、あくまでもビジネスとしての立場を崩さずに押し通すことで、一方的な施しでないことを証明する。
本心はどうあれ、対外的にそういう姿勢を見せることで逃げ道を塞いでいく。
交渉術において本音と建て前を使い分けるなど初歩も初歩の技術。
ましてやアオイは弁論に関しては素人同然。そんな相手を言葉巧みに翻弄し、自分達の有利な盤面を築くなどユカリにとっては児戯に等しい。
ユカリはウィスタリア家の現当主からの推薦で、将来の当主であるアキノの補佐を任された身。文字通りウィスタリアの宝と言って差し支えない彼女を補佐する者が、無能である道理はない。
アキノの直感頼りに事を最善に運ぶ商才を補完するように宛がわれたユカリが、経理や法律に交渉といった論理的思考に優れていない訳がない。
ここからも悪足掻きのようにアオイの抵抗が繰り出されるも、返す刀の如才ない返答であえなく撃沈することとなる。
「――では、宿に関してはこちらの裁量で手配させていただきますので、申し訳ございませんが少しの間だけこの場でお待ちになっていただけますか?私はアンナさんをお見送りした後手配の準備に入りますが、手続き自体は数分程度で済むと思いますので、どうかよろしくお願い致します」
「……わかりました」
「ロビンフッドよ、次に会うまで息災でな!」
アオイの返答を受け取り、そのまま一礼した後にアンナと共に客間から退出する。
互いに無言で静かな廊下を歩く。アオイという緩衝材がなくなったことで、互いの間に残ったのはぎこちなさだけとなっていた。
アンナは不法侵入からの罪悪感と説教を喰らったことから生まれたユカリへの苦手意識から、ユカリは必要措置だったとはいえ大人げなく理詰めで対応したことで今の空気感を作ってしまった反省の意から。
結局、玄関に辿り着くまでの間一言も発することない時間が続いた。
そして、そんな空気に一石を投じたのはユカリの方からだった。
「アンナさん。これは個人的興味の問題なので、不都合があればお答えする必要はないのですが、聞いてももよろしいでしょうか」
「む……?ああ、迷惑をかけた手前、大抵のことならば過不足なく答えよう」
「では……アンナさんが――いえ、【トワイライトキャラバン】が《痛みの森》のような危険地帯に消息不明だったアオイさんを捜してまで、何故わざわざ赴こうなどとしているのか。悲願成就の為と仰っていましたが、命を賭してなおそこまでして何を追い求めているのかが気になったもので」
《痛みの森》での悲劇を知らぬ者はランドソルにおいては少ない。
御伽噺感覚で立ち入るのではなく、危険性を理解しつつも敢えて飛び込もうとしているのは言動から理解できる。だからこそ、そこまでして何を追い求めているのかが気になるのは当然の流れであった。
冒険者は命懸けを前提とした職業とはいえ、今回に関しては度が過ぎているとしか言いようがない。
そんなユカリの心情を察したのか、どこか自嘲気味に語り出す。
「貴方達のように地に足を付けた生き方をしている人々からすれば狂人の所業かもしれないが――我々が捜し求めているのは《黄昏の都》。名前ぐらいは聞いたことあるのではないか?」
「ええ、でもあれは――」
「都市伝説だと、そう言いたいのだろう?そんなものに命を懸けるのか?ともな」
間髪入れずに此方の考えを口にされ、押し黙る。この反応も予想通りだったのだろう。
しかし、事実上の否定に等しい言葉を前にして、その声色には怒気も覇気もない。
想定の範囲内というのもあるだろうが、察するに似たような応対は幾度となく繰り返されてきたのかもしれない。
そして、同じ調子で返されるあまり、夢を否定されたところで何の感慨も湧かなくなってしまった。
彼女の期待を超えられなかった己の浅慮が憎い。少し考えれば予想できただろうに。
「気に病む必要はない、承知の上での行動だ。馬鹿にされ、嘲られ、探し求めてなお影すら踏めず。それでも焦がれて止まないのだ。愚者の烙印を押されようとも、この想いから目を背けることは出来ない。そうすることはきっと、死ぬことと同義だから」
胸中を語るアンナの瞳は、後ろ向きな内容でありながら爛々と輝いている。
まだ見ぬ《黄昏の都》への憧憬が彼女の行動理念であり、それはきっと《黄昏の都》単体を指すものではない。
彼女はただ、やりたいことをやっているだけ。
言葉にすれば単純だが、それを真の意味で貫き通すのは難しい。
社会という概念が大衆化されて幾星霜。それに恭順することは常識を通り越して義務となり、逸脱することがデメリットの塊となり、誰もが横並びになることを無意識に強要するようになった。
安定と言う観点では正しい。イレギュラーは安定とは対極にあり、予想を超える事態を引き起こしかねない存在を野放しにすることは、心の安寧からは程遠い未来しか生まない。
社会の中で生まれ護られてきた人間は、その恩恵から外れることを何よりも恐れる。それは生存本能から来る当然の欲求であり、誰にも否定することは出来ない。
冒険者はその感性から多少外れてはいても、魔物討伐による報酬や護衛の依頼といった風に利益を得ていることから、立場としては社会通念の延長線上に存在することに変わりはない。
あくまでも生活の為にやっていることで、身の丈に合わないことは誰だってやりたがらない。だって死にたくないから。
しかし、同じ冒険者でもアンナは違う。
そもそも存在しているかも不明瞭な《黄昏の都》などという都市伝説を確かめる為に、ランドソル王国の勅令で危険区域指定された《痛みの森》を踏破しようと目論んでいる。
そして、そんな埒外の志を持つ者が【トワイライトキャラバン】には集結している。まるで運命と言う引力に引き寄せられるかのように。
そんな彼女達に見初められるアオイが如何に規格外であるかを改めて考えさせられるが、本題はそこではない。
彼女達の頑固一徹な在り方は、社会においては異物でしかない。陰でどのように言われ、奇異の目に晒されてきたかなど想像もつかない。
そのような逆境を跳ね除け、それでも目的に邁進しようとするその姿勢は、一見捨て鉢でありながら誰よりも活力に満ち溢れている。
誰もが深層意識に抱いてる欲求を貫くその姿は、憧れを通り越して嫉妬の対象になり得る。だから彼女達を貶めることでその考えが間違いだとし、自らを正当化しようとする。
そうでもしなければ、現実に敗北した事実を受け入れるしかないから。夢を捨て、安寧を選んだ自分を臆病者だと悲観しなくてはならないから。
実際はそう単純な理論ではないが、他人を憎む人間の思考はいつだって極論に走りがちで、だからこそ易きに流されやすい。
自身を正すのではなく、他者を歪ませることで自分自身に近付けようとする。その方が楽だし、傷つかないから。
出る杭は打たれる、なんて言葉が社会の本質だとするならば、安定なんて言葉は努力を放棄した人間がその事実を覆い隠す為に作り出した隠れ蓑でしかないのだろうか。
似て非なる境遇ではあるが、嫉妬の対象という点では【メルクリウス財団】も該当する。
金持ちや成功者を妬むなんて有り触れすぎて手垢が付いた話題であり、同じ金持ちであろうともその感情からは逃れられない。
むしろなまじ成功している分、一般人と違って雲の上という認識ではなくより現実に即していることで、漠然とした嫉妬ではなく明確な形を持って生まれる嫉妬は、それに比べて何倍もどす黒く根深い。
だからといってアンナの境遇が生温いなどと語るつもりはなく、濃淡の差はあれども自分にないものを持っている人間に負の感情を抱くなんてことは、目に見えないだけで日常に潜在しているものであり、特別が唯一無二になるほど感情が集約されるから気付けるという話で、だからこそアンナ達には敬意を払うべきだと考えている。
「笑いませんよ、私は」
「……嘘でもそう言ってもらえると気が楽だ」
「嘘なものですか。……貴方達のような開拓者精神溢れる人間の勇気ある行動あって、初めて文化の発展があるのです。我々のような安寧に生きる者の裏では、見えない犠牲が積み重なっている。誰もやりたがらない苦労を背負って、それに生涯を懸ける覚悟で臨み、それでも夢叶わず人知れず消えていく者は数知れず。選ばれた一等星ばかり持て囃され、宙の闇に消えた六等星には見向きもしないどころか気付きもしない。気付いたとしても、常識から外れた行動は傍から見れば奇異でしかなく、異分子として扱われてしまう。社会に生きる者にとって、社会から外れる行いは何よりも忌避すべき行為であり、それが嫌だから誰もが欲望を抑えて一歩前に踏み出そうとせず、その一歩を進もうとする者の足を引っ張ることで臆病な自分を肯定しようとする。貴方を笑う人間は、その程度の覚悟しか持たないと行動で示しているに過ぎません。そのような外圧に負けず、あるがままを貫こうとするその姿勢に私は敬意を表します」
「敬意を払えるほど高尚なことをしようとしているつもりはない。単なる独りよがりだ。それに、道程の行き着く先が他者を幸福に導く保証などありはしないのだから尚更ではないか」
「全てが思い通りになる未来などありません。誰かにとっての善は誰かにとっての悪であり、万人が幸福になれる事象などこの世に存在しません。結果ではなく、貴方達の勇気ある行動に敬意を払っているのです。もしその行く末が不幸しか齎さないのであれば、その時は私が止めます。焚き付けた責任からではなく、元聖騎士として、一人の大人として、迷える者に手を差し伸べたいと思っています」
言い終えて、アンナが唖然としている様子を目の当たりにして、自分が柄にもなく熱の入った主張をしていたことに気付く。
その境遇に同情すべき点はあれども彼女自身が望んで選んだ道である以上、過度な感情移入は侮辱でしかない。
何故、そんな当然のことを脳裏に置き去りにしてまで思いの丈を吐露したのか。
考えて、すぐに気付く。
彼女の在り方は、アキノ・ウィスタリアと同じなのだ。
やりたいことをやっているだけ――周囲の視線を振り切り、信念の赴くままに邁進する姿は見慣れた光景であり、だからこそ心動かされたのだ。
違う点があるとすれば、アキノの実績は全て社会貢献に寄与してきており、敵も多いがそれ以上に味方を得ていること。
加えてアキノにはウィスタリア家という商家としての実績がある。本人が出した成果ではなくとも、その威光に肖ろうとする人間による忖度と言うものは起こってしまう。
そういった側面だけ見れば、アキノはスタート地点から非常に優遇されていると言えるだろう。
対してアンナ達【トワイライトキャラバン】は、誰もが認める実績は確認できていない。それどころか彼女達の破天荒な行動は民衆に不平不満を少なからず浸透させてしまっており、細々とした実績を考慮しても心象はマイナス傾向にあると考えられる。
言い方は悪いが、彼女達の立ち回りは雑だ。世渡りが下手と言っても良い。
ギルドリーダーを始め、成人している人物が二人も在籍しているにも関わらず、火消しや手回しの類をまともに行っているようには見えないのは問題点として大きい。
あまり他ギルドの意向に首を突っ込むべきではないのだろうが、アンナの悲壮感溢れるあの表情を見てしまったからには、見て見ぬ振りをするのも年長者らしからぬ行いだろう。
まぁ、仕事云々ではなくあくまでも知人として忠告するぐらいならば許される筈だ。
「――ありがとうございます」
飾らない等身大な感謝の言葉を共に深々と礼をしたアンナは、そのままギルドを後にする――と思いきや、足を止めて再びユカリへと向き合う。
「感謝の証という訳ではないが、少しだけ我らの目的について話したい。もしかすると、貴方達にとっても益のある内容かもしれないし、ただの噂話と切って捨てても構わない」
「お礼なんて、そんな……。それにその言い分だと《黄昏の都》に行くことが最終目的ではないということ?」
「《黄昏の都》に辿り着くことは過程だ。《黄昏の都》には現代に至るまでに連綿と続いた歴史、その過程にて忘却された叡智の数々が眠っているとされている。技術、魔法、武具と言った風に伝説に枚挙に暇はなく、恐らく殆どの人間はそこで情報が完結している。貴方もこの程度は聞き覚えはあるだろう?」
「ええ。その情報量に加えて内容も眉唾なものだから、誰もが都市伝説だと言うようになったのでしょうね」
だが、とアンナは切り返す。
「《黄昏の都》は実在する。――しかし先の叡智の数々は虚像であり、実情は違う。それらの噂はすべて、ひとつの事象に集約する」
アンナは一呼吸置いて呟く。
「《キー・オブ・ザ・トワイライト》――それが我々【トワイライトキャラバン】が求める真理の扉を開く鍵であり、それを得た者は世界をも支配出来るとされる禁断の果実。もしそれが真実ならば、命を懸けるに値する浪漫溢れる話だろう?そういうことだ」
それ以上は語るつもりはないと言わんばかりに、ユカリが疑問を口にするよりも早く、その場から立ち去って行った。
新たな謎が残り、心に靄が残る後味の悪い結末となってしまったが、アオイを待たせていることを思い出し、急いで宿の手続きに入るべく足早にこの場を離れることにする。
《キー・オブ・ザ・トワイライト》。
まるで冗談のような内容だったが、アンナからは冗談を言っているような雰囲気は一切見られなかった。
彼女の言葉が真ならば、彼女達は何故そのようなものを望む?
見つけて嬉しい、で終えるには壮大すぎる代物であり、彼女達もまた叶えたい願いがあるからこそ追い求めていると考えるべきだろう。
心ひとつで神にも悪魔にもなれる、どう捉えても争いの元となる危険な存在を何故わざわざ教えた?知る人間が少ないほど彼女達がそれを手にする確率が高くなり、情報が第三者に漏れることで想定を超えて《キー・オブ・ザ・トワイライト》を求める者達が増えることは、彼女にとって間違いなくマイナスである筈なのに。
分からない、分からないことだらけで思考が纏まらない。
アンナの迷いのない去り際から察するに、仮に追求したとしても答えることは無かっただろう。
いずれ分かる日が来るのかもしれないが、果たしてその時になって取り返しのつかない事態になっていない保証はどこにもない。
アキノ達には話を通すだけでもしておいた方がいいかもしれない。正直、聞かなかったことにするには壮大過ぎる事実が浮き彫りになってしまった以上、それに対しての対策を講じる必要が出てくる。万が一が起こってしまった後では遅いのだ。
不穏な未来に思いを馳せつつ、まずは直近の問題を片付けようと思考を切り替えた。
――――――――――――――――――――――――――
アオイの脱ボッチ日記
・ぼっちですが、働きたいと思います
ランドソルの路地裏でひっそりと隠れながら観光を続けて数日。
目に映るありとあらゆるものが新鮮で飽きが来ず、それだけで時間を潰すことが出来ていたのですが、分不相応ながらにも遠巻きに眺めるだけでは我慢できなくなってきてしまいました。
でも、私には欲しいものがあってもそれを買うお金がありません。
必要なものは全て自給自足で賄ってきた身ではお金を使う機会などなく、それどころか久しく見てすらいません。貴金属のような光物は擦れた音で獣に警戒心を芽生えさせてしまい、不自然な光の反射により場所を察知される恐れがある。
金属ならではの使い道はありますが、所持していることのデメリットの方が大きくかさばる為、お金とは永らく無縁でした。
ですが、都会に来たからにはそんな事情は通用しない。お金を払って対価を得る、それこそが最大限のルールであり、郷に入っては郷に従う他ありません。
だからお金稼ぎをしたいと、どうにか仕事を斡旋してくれる【ギルド管理協会】の受付さんに掛け合ってみたのですが、まさかすぐに見つかるとは思ってもみませんでした。
ギルド未所属ですがランドソルにおけるギルドの立場は把握していましたので、信用も何もない私に宛がわれる仕事が簡単に見つかるなどとは思っていませんでした。
この年齢になって初めて働くということで、期待と緊張が入り混じる思いで【メルクリウス財団】を訪れました。
面接の担当となった人は、ユカリさん。
同じエルフですが、私なんかと違って博学かつ理知的で落ち着いた雰囲気を持つ、これぞキャリアウーマンって感じのお方でした。
ユカリさんは見た通りの泰然自若なお方ですが、何となくミサトさんに通ずるものを感じました。
ミサトさんも方向性は違えども泰然自若という点では同じで、そういう落ち着き払った感じが大人の証なんだろうなぁと感心しました。
二人のような大人になれる日がいつか来るのでしょうか。少なくとも、ぼっちのままでは無理でしょうね……。
そして、アンナさんと予想外の再会をしました。
アンナさんとは一度きりですが、彼女が所属する【トワイライトキャラバン】と何の因果か行動を共にすることになり、そこで彼女達の手助けをすることとなりました。
ただ、その辺りの詳細が思い出せないというか、こうして日記を書いている現在でも【トワイライトキャラバン】のメンバーに関しても記憶があやふやではっきりしていません。
これは今に始まったことではなく、私は結構忘れっぽい体質らしく、普段考えないようなことは知らない内に思い出せなくなっていることが多いんですよね。
私がこうして日記を書いているのも、そんな体質を補完するという意味で始めたという部分もあったりします。
というか、アンナさん前に私のことトリスタンって呼んでた気がするんだけど、なんでロビンフッドに変わってたんだろう。
思えば初対面から名前で呼ばれてなかった気がするし、結構親し気に接してくれているように見えてそうでもない……?ユカリさんの名前はちゃんと呼んでいたし、余計にそんな気がする。
期待してなかった訳じゃないけど、いざ現実を見せつけられると悲しい以外言いようがなくて辛いです……。
それはそれとして、ユカリさんの寛大なご配慮によって、図らずも私は予定していた安宿ではなく中堅クラスの宿に泊まることになった。
食事として出された数々の料理は見たことのないものばかりで、まさしく料理と言った感じで凄かった。
普段は狩猟した肉を焼くぐらいしかしていないし、野菜の類も素材の味でしか摂取することはない。あくまでも命を繋ぐためのルーチンワークであり、そこに喜びを感じることはあまりない。
肉は狩りをすれば確保できるし、野菜は植物を操れば実質食べ放題だし、そういった事情から余計に作業感が増しており、だからこそ今回の食事で食べることの喜びというものを思い出し、感動のあまり涙が出そうになった。
ふかふかのベッドもそう。沈み込んだ肉体を包み込むような感触はまるで空を飛んでいるようで、まさに夢見心地だった。
その他諸々のサービスも含め、非常に満足度の高い宿泊施設ではあったけれど、何度も体験したいという思いと、この快楽に適応してはいけないという思いが鬩ぎ合い、結果として肉体的疲労は解消できたけれど、精神的には気疲れしてしまった。
折角ユカリさんのご厚意で手配してくれたのに申し訳ないと思いつつも、今までの環境からグレードが一気に上がり過ぎた弊害なのでこればかりは慣れる以外にどうにかする方法は思い付かない。
慣れていくしかないんだろうけど、慣れるかなぁ……。いや、友達を作るなら、都会派の友達の感性にも適応できるようにならないとそれが原因で距離を取られかねないし、勉強のためにももっとお金がないと。頑張るぞー、おー!!