アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww 作:花極四季
でも、まぁ。前回投稿した期間よりも半分以下のペースで更新出来たって事でさ……こらえてくれ。
とは言え、流石に次回で一区切りつく。流石にこれ以上は伸ばしようがないと思う。トラストミー。
そもそも今回投稿したのはぶっちゃけた話、投稿日が誕生日なのでなんか記念に残してぇな~っていう雑な理由なので、だいぶ急ピッチな仕上がり。
でも次回は一応第一部の集大成的流れになる予定なので、慣れない描写も相応に頑張るので許してや、城之内……。
黄昏に照らされた退廃的かつ神秘的な光景を遠巻きに俯瞰し、胸に去来するは歓喜か困惑か。
森を抜けた先に突如として現れた光景は彼女達が追い求めてきた《黄昏の都》の定義そのものであり、それ故に如何様な感情を発露すべきかが判然とせずにいた。
「……夢じゃないわよね」
「恐らく。集団幻覚でも見ていない限りは、ですが」
事実、この場に居る全員が未だに疑心暗鬼に陥っていることは確かで、過去に幻覚を利用して獲物を捕食する魔物と対峙したこともあり、素直に喜ぶことが出来ずにいる。
加えて、ここに至るまでにアオイを見つけ出せずにいる現状、幾ら本懐を遂げたとしてもそれを差し置いて喜びに浸れるほど非常識ではない。
「取り敢えず近付いてみよう。森の中を闇雲に探索するよりも情報を得られる可能性はあるし、何よりこんな壮大な場所だ。あの子も気付いて既に訪れている可能性だってある」
「そうだね、流石の私も魔力がちょっとヤババだから休みたいし……」
「同盟者よ、肩を貸そう」
「ん、ありがと」
ナナカの歩調に合わせる形の緩やかな足取りではあるが、徐々に輪郭が明確になっていく光景を眺めている内に、無意識に歩幅が広くなっていることに誰となく気付く。
それは皆の心が沸き立っていることの証明であり、限界を超えた活力を与えてくれる。
童心に返ったように目の輝きを抑えられない一行は、本来ならば永遠とも呼べる距離を瞬く間に進み、遂に目と鼻の先まで辿り着くことが出来た。
俯瞰していた時点で理解はしていたが、改めてその都市の大きさに圧倒される。
ランドソルにも引けを取らない規模の古代都市。いつの時代の遺物かは未だ不明だが、外壁の造りだけ見てもランドソルのそれと遜色ない出来栄えであることが伺える。
それはつまり、その時代には既に現代の技術体系が確立されていたという証明であり、ランドソルはそれの後追いでしかないということ。
建築形態に目に見えた変化がないのは、それほどまでに完成されているか、なのか、単純に技術が進歩していないかなのかは不明だが、どちらにせよ眼前の光景の偉大さが損なわれる道理はない。
あらゆる叡智の起点とも嘯かれた《黄昏の都》。所詮は夢物語だと揶揄されていたものが現実として目の前にあり、それを裏付けるような事実も同じく存在しているともなれば、その夢物語を追い求めてきた彼女達の心が躍らない訳がなかった。
「……とうとう辿り着いた、ってことでいいのかな?」
「さて、な。そうであって欲しいと思うけどね」
ルカは斜に構えた発言こそしたが、ここは間違いなく我々が探し求めていた《黄昏の都》であるという根拠のない確信があった。
「何はともあれ、まずは入ってみないと。立ち往生するためにここに来た訳じゃないんだから」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。今までそうしてきたように何が立ち塞がろうと踏み抜くまで」
「ナナカちゃんはまず休みたいな~、なんて」
「ごめんなさいね、ナナカちゃんこそ見て回りたいでしょうに」
「いえいえ、適材適所の結果ですので。その代わり、何かあったときは存分に頼らせていただきますよ?」
そんな会話を繰り広げながら、【トワイライトキャラバン】はいよいよもって伝説の都へと足を踏み入れる。
厳かな雰囲気を纏う石造りの正門を潜り抜けた先には、水の都という形容が相応しい光景が広がっていた。
都市が丸ごと水の上に浮かんでいるに等しい立地でありながら、不便さを感じさせないほどに都市は明るく照らされている。
都会に物見遊山に来た田舎者のように目を輝かせながら真っ直ぐ歩いている内に、小規模な宮殿のような建物を発見する。
そこで今後の動きについて話し合うことに決め、ひとまずそこへナナカを誘導させる。
外装からもある程度察してはいたが、途轍もなく洗練された内装に舌を巻く。
ランドソルとは異なる建築模様でありながら、素人目に見ても技術力で上を行かれていることは理解出来た。
ましてやこういった装飾を施すのはランドソル城のような特別な場所であって、いち市民が往来するような場所は機能美重視の低コストで納めるのが基本だろう。
しかし、この場がそんな重要な意味を持つ場所とは思えない。せいぜい建物の中心にある波紋を彷彿とさせるリング型の置物ぐらいしか特別なものは見当たらない。
「はぁ~、やっと一息吐けるねぇ~」
だらしなく石壁を背に座り込むナナカ。
各々も僅かな緊張感を保ちつつも体を休めるも、心は浮足立つのを抑えきれないでいる。
「ナナカさん、この魔力増強ポーションを。即効性はない代わりに副作用も少ないので、少しずつ服用して体を休めてください」
「おお、感謝の極みですぞ~!……あ、イチゴ味」
「最近ようやくまともな味に改良することが出来たのよ。どうしても従来のものは不味くて飲み込めないなんてこともあったから、その対策で研究自体は密かに続けてたんだけど、つい最近予想以上に再現度高い配合を見つけられたのよ」
「これなら子供相手にも商売出来そうですし、少しは私達の評判改善に繋がるのではないでしょうか」
「まぁ、それは副次効果でしかないんだけど、そういう方向もアリかもね。客層が広がれば売上も伸びてギルド資金に充てられるし、良い事尽くめって奴ね」
「……それはともかく、そろそろ探索に行きたいのだが?」
そわそわと落ち着きのない様子のアンナが、子犬のような視線を向けているのに気付き、誰となく頷き合う。
「探索するはいいとして、どこから見て回る?」
「それなんだけど、バラバラに行動するのはどうだ?」
「……いや、それは流石にリスクがありすぎるだろう。ここは未知の領域、ただでさえ甘い認識でアオイとはぐれてしまったんだ。これ以上の愚は犯せない」
「それは承知している。だが、だからこその提案である。そもそも、リスクを語るならば今この瞬間でさえもリスクは加算し続けている。徒に時間を掛ければ食料を始めとした資源が尽きるし、帰還までの道程が順調になる保証もない。何よりもロビンフッド――アオイが如何に強者であろうとも不測の事態というのは起こり得るもので、事実その被害を受けている。彼女をいち早く見つけるならばこの広大な土地を集団で動くのは得策ではないのではないか?」
「……それは、」
「アンナの言う通りね。元より冒険者はリスクを孕んだ職業。一挙両得なんて夢のまた夢のハイリスクハイリターンが常なのだから、何に重きを置くかを見誤れば全てを失うわ。私達の生存が第一優先なら、ここを直ぐ様脱出してアオイちゃんも見捨てるのが最善でしょうけれど――」
「それだけは駄目だ!!!」
瞬間、ルカの聞いたこともない叫びが黄昏に木霊する。
皆が驚愕で目を見開いている様子に気付く様子もなく、膝上で拳を震わせている。
「――それだけは、駄目なんだ」
絞り出される、痛々しいまでに重く低い声色は、彼女の心情を吐露しているようで、だからこその疑問が浮かんでくる。
「……ねぇ、貴方さっきからおかしいわよ」
「うん、ルカ姉らしくないって言うか、ルカ姉はもっと飄々として余裕があるじゃん?それに比べて今のルカ姉はその逆だし、そりゃおかしいって言われるって」
「そうですね。……気の所為でなければ、貴方の挙動不審はアオイさんの失踪に端を発しているように思えるのですが」
エリコの言葉に、僅かにルカの肩が震える。
あまりにも微細な挙動。ともすれば見逃しても不思議ではないぐらいの些細な変化。
しかし、それに反して決定的なまでの証拠として存在感を露呈させていた。
「……ルカ、貴方本当にあの子と初対面?それにしては入れ込みが過ぎるんじゃなくて?」
「ああ。それは間違いない、筈なんだ」
「なんだなんだとさっきから要領の得ない。貴方の気風の良い言動はどこに行ったのかしら」
「……私にもわからないんだ。初対面であることは間違いない筈なのに、どうにも彼女のことが気に掛かって仕方ない。彼女を護れと、失ってはならないと本能が叫んでいるとしか言えないんだ」
ルカはまるでアンナのように理解の及ばない言動をするが、彼女が無意味にそんな不明瞭な発言をする人物ではないことは誰もが知っているからこそ、その混乱度合いも伝わってくる。
「それで、結局どうするの?」
「……アンナの意見を採用しよう。正直、今の私ではまともな判断ができる気がしない。そんな適当な人間の言葉で皆を危険に晒すことは出来ない」
「道理ね。言い争う時間も惜しいし、注意事項だけ整理して散会しましょう」
「あ、アタシはここで休ませてもらいますね。行きたいのはやまやまだけど、流石に空気は読みますよ」
「悪いわね。貴方こそ探し回りたいでしょうに」
「それは言わない約束ですよミツキおかっつぁん〜」
「貴方みたいな厄介な子供を持った覚えはないわよ、全く‥‥」
そうして、全員に緊急用の閃光音爆弾で連絡と同時に退却が行えるように対策を立て、定期的に目印を付けて探索ルートが被らないようにかつ行動把握をしながら慎重に慎重を重ねた探索を厳命し、各自行動を開始した。
各々が《黄昏の都》に掛けた願いは異なれども、待ち望んだ瞬間であったことは間違いない筈なのに、心の底から悦に浸れないのは、此処に至るまでに不測の事態が起こりすぎたこと以上に、この先に更なる試練が待ち構えていることを予感していたからなのかもしれない。
それでも歩みを止められない、そんな冒険者を志す者達が等しく抱える宿痾。
果たしてそれは乗り越えるべき命題なのか、共存すべき悪癖なのか。それを説明できる者など、この世にはいないのかもしれない。
そうしてどれだけの時間が経過しただろうか。
時間の経過も正確に計れない環境であったにも関わらず、示し合わせたかのようにナナカが待機していた場所に皆が一堂に介することとなる。
長年培った経験によるものか、はたまた予感めいたものがあったのか。
どちらにせよ、都合が良いのは確かであり、そのことを詮索する意味もない。
人数確認を終え、各々の成果を語り始めることとなる。
その先陣を切るのは、アンナだった。
「まずは我から語ろう。この都における言語体系は我らの使用しているものとは異なり、どちらかと言えば古代言語に近似した何かであると見ている。古代文字に理解のあるナナカも共に在ればもう少し掘り下げも出来ただろうが、あの短期間で理解できたのはこの都の名前が《マク・アヌ》であるということぐらいだった」
「《マク・アヌ》……さっぱり聞いたことないねぇ。綴りも独特で明らかに異なる文化によって生まれた言語って感じ」
「少なくとも現代とは連続していない、断絶した文化であるということは間違いないだろう。それだけでこの都の歴史の古さが伺い知れる」
「でも、そうなるとおかしいのよね」
「何が?」
ミツキがそう呟くと、彼女に視線が集中する。
見計らったようにおもむろに取り出したのは、なんの変哲もない果物。
「貴方達も探索中見かけたと思うけれど、これを始めとして食べ物が店頭に陳列されていたり室内に保管されていたわ。でもね、この果物――ランドソルにも普通に販売しているものなのよ」
「……別にそれはおかしくないのではないか?」
「文化という言葉には多種多様な概念が内包されているのよ。先の言語を始めとして、宗教、哲学、法律のような秩序形成の基盤だけではなく、音楽や食事のような娯楽だって文化に定義されるわ。そしてそれらは決して独立して扱われるものではなく、連綿と続く年月の積み重ねによって幾層にも積み重なって生まれるものであり、そうなるべくしてなった理由が付随する。砂漠の住民が水を潤沢に有しているとすれば、それは近場にオアシスがあると考えるのが自然なようにね」
「まぁ、輸入経路を確保しているとしてもコスト面を考えれば現実的とは言い難いしね」
「この果物は確かにランドソルで販売されているけれど、実際に植生しているのは特定の地域のみで、かつ結構距離が離れているのよ。つまり、輸入によってしか安定した供給は出来ない。ならば同様に輸入していると考えたとして、道中に貨物を運ぶ荷車の轍もなければ目撃情報もないとなれば、不自然でしかないわよね」
「我々が知らないだけで、ここ近辺の気候が植生条件を満たしている可能性は?」
「さっき砂漠に例えたけれど、この果物はサボテンみたいなものよ。植物にとって不適合な環境でありながら生存を許された例外中の例外。もしこれが近辺で採取出来るとしたら、周辺の環境丸ごと変質していなければあり得ないって訳。それこそ、局所的に環境を形成するか植生地から転移させるかぐらいしないと説明がつかないわ」
転移魔法は存在こそすれ、その圧倒的利便性から軍事転用を恐れて国家条約で使用が禁止されている。
局所的に環境を変化させるに至っては聞いたことすらもない荒唐無稽な芸当だ。魔法で実現出来たとして、その矛盾を維持するためには結界か何かで覆って魔力を常に注ぎ続けるぐらいしなければならず、あまりにも非効率的過ぎて普通やろうとは思わないからだろう。
「まぁ、色々と理屈付けて説明はしたけれど、ここが本当に《黄昏の都》なら今までの考察は全部無意味なのよね。それこそ《黄昏の都》なら出来るってことではいおしまい。考察自体は楽しいけれど、考えるだけ馬鹿らしいってのも事実よ」
そう投げやりな態度でミツキの語りは終わる。
研究畑の人間としては、明確な式と解のない事柄は受け入れがたいのかもしれない。
その立場にない者からしても、彼女の態度には同調したくはなる。
「奇妙な話、という意味では他にも気になったことがあるのですが、よろしいでしょうか」
次に挙手をしたのはエリコだった。
一同が間髪入れずに頷くと、エリコは流れのまま言葉を続ける。
「恐らく、皆さんも違和感を感じていたと思うのですが――この都市には、つい先程まで明らかに人が住んでいた形跡が多すぎませんか?にも関わらず、誰一人として私達以外の人々の姿は見られないことも含めて、おかしいとしか言いようがありません」
正しく、エリコの言う通りであった。
この場に居る誰もが、この都市に蔓延る矛盾に少なからず気付いていた。
「ミツキさんの話に出ていた果物然り、遺跡と思われていた都市で施設が生きていることも然り。痕跡からも今この瞬間まで営みが行われていたことは明白なのに、誰一人として住民の姿はない。仮に魔物に襲われたにしては暴れたような形跡はなく、夜逃げ同然に消えたにしてもこれだけの大都市の人間が誰にも悟られずに忽然と姿を消せるものでしょうか」
《黄昏の都》は生命の息吹で溢れている。誰かが生活を営んでいた痕跡がそれを証明している。
人間が住むに相応しく整備された生活基盤を始め、商店らしき設備と居住区が共存している構図はランドソルと同一と言って差し支えない。
居住区画の拡大と人口は比例する。ある程度の予想や統計に基づいて先んじて開発することはあれど、何の意味もなくそのようなことを行うのは、資源の関係や心理的な観点からも有り得ないと断言できる。
自分達の生活基盤を揺るがしてまで行われる無価値な行為を肯定するなど、果たしてどれほどの者が許容できる?
故に、《黄昏の都》の人口もこの都市の規模に相応しい数が保証されているのと同時に、それを為せる潤沢な資源を確保する手段が存在しているという裏付けも取れる。
「……無理だね。常識で考えるなら、だけど」
「《黄昏の都》に限ってはそうではない――と?」
「なんでもかんでもそこに帰結するのは悪手だってことは承知の上で、敢えてそう言いたいね。ミツキも言ってたけど《黄昏の都》ならって説得力があるし、何ならこの状態こそが正常って言われても信じちまいそうだよ」
ミツキと同様に投げやりにそう語るルカはつまり、こう言いたいのだろう。
――ここはまるで情景模型で作られた都。人間が住むことを前提としない上辺だけ取り繕った、都とは名ばかりの伽藍堂だと。
何を馬鹿なという心境ではあるが、そうならばある程度納得がいくのも事実。スケールの大きさに目を瞑れば、ただ作りたかっただけ程度の感情でも動機としては成り立つ。
しかし常識的な観点からすれば、何のために?という一点においては決して理解が及ばないままであり、同時に考えても無駄なことだと切り捨てたところで支障はない要素ではある。
深掘りした歴史考察は考古学者の役目であり、自分達の目的ではない。生憎とそういう知り合いもいないとなれば、余計に無駄骨でしかない。
そもそも学者が夢物語の考察に時間を割くとも思えないし、仮に居たとしても多少覚えのあるレベルでは解析は難しいだろう。
加えて、考古学者としての知見だけでは《黄昏の都》のすべてを紐解けるとは到底考えられない。多方面からのアプローチが必ず求められるときが来る。
とはいえ、一人でさえ確保が難しいのに果たしてこんな話題にどれだけの学者が食い付くか。
結論として、常識に囚われない柔軟な思考と学者としての優れた知見を併せ持つ天才肌という、如何にも偏屈で扱いづらいであろう珍獣が野に放たれてでもいない限りは、この問題は先送りにするのが賢い選択といえる。
「まさしく謎が謎を呼ぶ、ってね。調べ甲斐は十分で嬉しいけど、流石に今はね~。あ、謎といえばついさっき見つけたんだけどさ」
ナナカが手招きして指さしたのは、部屋の中心にある置物の足元。
掠れてはいるものの、鋭利な何かで彫った文字であることは伺える。しかし、呼ばれた中でアンナだけは得心がいった表情を浮かべていた。
「ナナカ、これは……」
「うん、間違いなく古代文字だね。意味深だよね~」
「嘗て訪れた何者かが遺した、この都市に関わる秘密でも記されているのやもしれん。二人ならばそう時間も掛からんだろうし、済まないが今しばし時を貰うぞ」
言うが否や、二人は彫られた文字の解読に入る。
「『女神――が封じられし――混沌の門への道を――示す。――旅人よ、心せよ。夜明け前がもっとも暗いのだと』……か」
読み切れない部分こそあれ、ある程度の意味は読み取れたものの、抽象的な物言いは新たな疑問の呼び水となった。
「夜明け前――黄昏とは対になる意味。《黄昏の都》と何かしら関連性があるのでしょうけれど……」
「日が出て、沈む。今が沈み時であるとするならば、夜明けになれば何か起こるとでも?直接的な意味ではなく、比喩という可能性も捨てきれないが……」
「待て、文字には続きがある。――《隠されし、禁断の、聖域》?これが先の――」
アンナが言葉を紡ごうとした瞬間、おもむろに石像の中心が水面のような膜を帯び出したかと思うと、回転を始める。
瞬間、視界が文字通りブレた。
地震ではない。世界を形成する要素そのものに干渉したかのように歪み出したのだ。
それはまるで、色とりどりの絵の具をぐちゃぐちゃにかき混ぜたかのように景色が崩壊していく。
困惑する我々を俯瞰する黄昏の朱、その照り返しを受けて輝きを放つ湖畔の藍——互いを引き立たせる関係の色彩も、混濁の渦となれば押し並べて黒檀の黒へと成り果てる。
「逃げ――」
警告の言葉は届かない。紡ぎ出されるより前に、仲間の姿諸共世界が黒く塗り潰されてしまったからだ。
隣り合っていた仲間の姿どころか、自分自身さえも認識できない程の暗黒に覆われしまい、根源的恐怖を揺さぶられる。
しかし、次第にそれを食い破るようにして白き光が世界を塗り替えていき――眩んだ瞳が正常さを取り戻した瞬間、異常な光景を目の当たりにすることとなる。
黄昏や湖畔といった周囲の景色こそ見覚えはあるものの、寂寞と溌剌さが共存した都とは打って変わって閑散とした乾いた陸の孤島に身を置いていることに気付く。
だが、決してここはただの孤島に非ず。
否が応でも視界を埋め尽くさんとするほどに巨大で、一目見れば誰しもが息を呑む程の荘厳さを誇り、しかし時間の流れによって朽ちかけた光景は、一種の冒涜性さえ生み出している。
そんな象徴的な大聖堂が聳え立っているのだから、無意味に存在する場所な訳がない。
彼我を繋ぐのは石畳でできた一本橋のみで、その他一切は余分と言わんばかりに世界が完結している。
振り返れば、先程と同じ石像が役目を終えたと言わんばかりに再び沈黙しており、完全な一方通行と化している。
十中八九、この石像の前で紡いだあの言葉がトリガーとなって転移魔法が起動したと考えるべきだろう。
「皆、大丈夫かい?」
「ええ。下手打ったと思ったけれど、どうやら当たりみたいね」
「然り。《隠されし禁断の聖域》――あの言葉通り、相応しい舞台に招待されたという訳だ」
「でも、帰る方法がわからないのがちょっとヤバいかもね。またキーワードを言えば反応するのかもだけど、肝心の部分が欠けているし」
「……どうにも作為的な流れは否定できませんが、現状を変えるにはあの建物に行く他ないでしょう」
エリコの言う通り、興味関心以上にあまりにも出来すぎた流れ過ぎて、嫌な予感が拭えない。
しかし同時に、現状を打破するには進むしかないという現実を突き付けられている以上、選択肢は2つに1つ。
「警戒を厳に、陣形を組んで常に不測の事態に対応できるように進もう」
ルカの号令と共に《痛みの森》の時と同様の陣形で進む。
視界不良の懸念こそないが、何が起きてもおかしくはないという状況に変わりはなく、むしろより密になったことで警戒心はより高まった状態にある。
そんな思惑を嘲笑うように、あっという間に聖堂の入口まで辿り着く。
短い距離ではあったが、何倍の時間が掛かった錯覚さえあった。
「扉の上に看板がある。――《グリーマ・レーヴ大聖堂》、どうやらこの聖堂の真名のようだな」
「真下に来て改めて思ったけど、本当デカいですな~」
「これだけの規模ともなれば、相応に格式高い祭政に関わりのある場所だったことは想像に難くないわね」
「だからこそ、ここに決定的な情報が隠されている可能性も高い。同時に、相応の危険も」
「何にせよ――鬼が出るか蛇が出るか。せめて出るにしても鼠であって欲しいが、さて」
覚悟を決め、荘厳な両開きの扉に手を掛ける。
重量感のある音と共に大聖堂の中身が露わになっていく。
「うわぁ……」
誰となく漏れた溜息のようなそれは、この場の全員に共通する感情の代弁となった。
遥か高い天井に敷き詰められたステンドグラスから差し込む黄昏の光が、大聖堂の内部を余すところなく照らしており、ただそれだけで神秘性が全面に押し出されている。
内装は有り触れた形式のそれだが、本来なら信仰の象徴や偶像である石像が座してある位置には何も置かれてはおらず、空虚さが隠しきれないでいる。
信仰の寄る辺なき聖堂。人々の存在が否定された《黄昏の都》から続く因果だとすれば、
「本当、綺麗――こんな光景、2つと無いでしょうね」
「神の降り立つ地というには些か退廃的が過ぎるが、廃墟と呼ぶには神秘性は損なわれてはいない。そうあれかしと望まれた形のまま悠久の時の果てに忘れ去られた光景は、それ自体が信仰の形として機能していると言っても過言ではないな」
「神様とか全然信じてないけど、ここで清楚なシスターが祈りを捧げてたら間違いなく信徒になっちゃう自信があるね」
各々が独自の感性で目の前の美しい光景を噛み締めている。
――そんな心の隙に付け入るように、変化は突如訪れた。
「――何、今の音」
鍵盤のシングルノートを彷彿とさせる音が、まるで世界を包み込むように波紋の如く響き渡る。
そしてその音に呼応するように聖壇前の空間が局所的に歪みを発生させたかと思うと、そこを起点として途轍も無い圧が放たれる。
「ぐっ――何が起こった!?」
「わからないわよ!だけど――」
「顕現するは最悪――否、災厄であることは確かだろうな――!!」
まるで暴風のような威圧感を前に、全員が等しく耐えることしか出来ないでいる。
並の人間ならば呑まれて
そうして圧が止み、歪みの消失と共に視界が開けた先には、思いもよらぬ異物が佇んでいた。
その風貌、簡潔に語るならば――巨大な種子。
それ以上でもそれ以下でもなく、ただただそう形容するしか無い造形。
大聖堂という場においてもこの緊迫した空気においても不釣り合いな、まさに異物。
しかし、その異物の姿を見て前に笑う者などいない。
仮に居たとしてもそれは笑うしか出来ない絶望の発露からくるものであり、そんな畏れによって生まれる心の隙間を埋めるように誰もが口元を固く結び、浮遊する種子を射貫かんばかりに鋭く睨みつける。
「……これ、マジのガチでヤバい感じ?」
「ええ、それも【トワイライトキャラバン】始まって以来の、絶体絶命……ですね」
悠然と見下すように俯瞰する種子から溢れ出す明確な殺意を前に、軽口でも叩かなければ平静を保つこともままならない。それほどに威圧的で、圧倒的で、絶対的な化け物。
我々は、選択を迫られていた。生か、死か――勝ち取るか、受け入れるかの二択を。
誰だって望んで死を受け入れたくはない。しかし、そう思わせてしまう絶対的格差がそこにある以上、それを受け入れたとして誰が咎められようか。
――だが、それでも。
たとえそれが、一縷の望みによって繋がれた蜘蛛の糸を掴むに等しい行為であったとしても、彼女達にはひとつの道しか初めから存在しない。
ならば、と。【トワイライトキャラバン】のリーダーであるルカは決意する。
リーダーとしてだけではない。自分の無茶に巻き込んだが故の始末であることを受け入れ、その責任に殉ずる覚悟を決めた。