アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww   作:花極四季

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ゴーストオブツシマの発売日になんとか間に合った?ので初投稿です。
オリガミキングと同日発売とか、ちょっと酷過ぎんよ~。


二話

  世界はこんなにも空虚で、彩りのないものだったのだろうか。

 美しい自然も、美味しい食べ物も、まるで霞のようしか感じられない。

 絶望ばかりが募り、歩くこともままならず。

 まるで幽鬼のような足取りで、誰もいない街道を独り歩く。

 

 脳裏に焼き付くのは、無数の敵意を込められた視線。

 それが、かつて私に優しくしてくれた者達から向けられたという事実を突き付けられる度、胃の中のものが込み上げてくる。

 零れる涙は枯れ、視界は虚ろ。果たして本当に生きているのかさえ定まらない。

 いっそ本当に――そう考え、思い直す。

 

 ユースティアナ・フォン・アストライア。

 大好きな父母に名付けられたそれは、王女である事実とは関係なしに、自分自身を定義付ける絶対の要素だった。

 だけど、それは泡沫のように呆気なく消え去ってしまった。

 

 ――違う。消えたのではない、奪われたのだ。

 ユースティアナ・フォン・アストライアという存在そのものをあの白い獣人が簒奪したのだ。

 そんなことをする目的も意図も分からない。だけど、彼女に私が家族や大切な民達から忘れ去られたことが、繋がりを否定されたことだけは絶対に許容できない。

 

 どうすればいいのかなんて分からない。

 だけど、足を止めることだけはやめてはいけない。

 だからこうして、なけなしの気力だけで動き続けている。足を止めることは、心が折れることと同義だと無意識に理解していたから。

 

 そんな決意とは裏腹に、肉体に限界は訪れる。

 衰弱しきった身体が微睡みを呼び、安寧に身を委ねさせようと手招きする。

 王家の装備も可能な限り外した状態でこれだ。今魔物に襲われようものなら、なすすべもなくその糧とされてしまうだろう。

 

「あっ――」

 

 足がもつれ、地面に倒れ往く光景がスローモーションに映る。

 受け身を取ることもままならない。

 反射的に目を瞑り、地面に激突する瞬間を待つ。

 しかし、次に身体全体を包んだのは柔らかな感触と自然の香りだった。

 恐る恐る目を開けると、私の周囲には先程まで影も形もなかった草花が、まるでベッドのように包み込んでくれていた。

 

「――大丈夫?」

 

 ふと頭上から、落ち着いた声色の女性の声が掛かる。

 しかし、身体を動かす気力もなければ、むしろこの草花のベッドが心地よ過ぎて今にも眠ってしまいそうでどうしようもない。

 足音が眼前まで近付いて来る。多分、この草花のベッドを生み出した人物だろう。

 

「食べて」

 

 口の中に丸薬のようなものを含まされる。

 

「そのまま噛んで」

 

 言われた通りに噛み砕く。

 口内に丸薬の風味が広がっていく。その味を形容するならば――

 

「~~~~ッッ!!」

 

 形容する余裕なんてひと欠片もありはしなかった。

 苦い、辛い、酸っぱいという感覚が矢継ぎ早に襲い掛かり、それでいてそのどれもが一番を自己主張しようと攻め立ててくる。

 動かなかった身体が地獄のような味を前に、反射的に痙攣を始める。

 数秒の地獄を経て、先程までの味覚への暴力が次第に収まっていき、最後には何事もなかったかのように綺麗さっぱりと元通りになった。

 そして、あれ程に空腹と疲労でまともに動かなかった肉体が、元気になっているのが分かった。

 

「気付け薬と栄養食を合成した丸薬。味は最悪だけど効果は保証する」

 

 言葉の通り、最初は酷いの一言だった味だったがそれを考慮した上でも効果は覿面であった。

 一口サイズの丸薬だったにも関わらず、お腹の膨れも著しい。即効性も加味すると、かなり上等な丸薬だったのは間違いないだろう。

 それを一切の躊躇なく分け与えてくれたことに感謝の念が絶えない。

 

 草花のベッドから立ち上がり、恩人の姿を見やる。

 肩まで伸びた若草色の髪に、そこから見え隠れするエルフ特有の長耳と鋭さを伴った瞳。

 どこか幼さを残しながらも、滲み出る余裕ある立ち居振る舞い。

 年齢は私と同い年或いは歳上だろうか。少なくとも年下ということはないだろう。

 

「助けてくれてありがとうございます。私の名前、は――……」

 

 名乗ろうとするが、既のところで言葉が出てこない。

 今やユースティアナ・フォン・アストライアの偽物でしかない私がその名を名乗る資格が果たしてあるのだろうか。

 彼女がユースティアナ・フォン・アストライアを知っているならば、白い獣人と立場が入れ替わった時点で偽物となってしまう。

 そうでなくとも、アストライアという名は特別な意味を持つ。

 ユースティアナを知らずとも、アストライアを名乗った時点で私はその名を騙る不審者でしかないのだ。

 もう、あの時のような目で見られるのは嫌だ。あんな、世界の全てが敵に回ったかのような恐怖を感じるのは――

 

「――――」

 

 名乗ろうとしてから、十秒は経っただろうか。

 長いとも短いとも言えない時間ではあるが、エルフの少女は変わらず静かに私を見守っている。

 名乗りを催促することも、私の様子に不審がることもない。

 餓死寸前にまで追い詰められた人間なんて、興味の対象としてはそれなりのものである筈なのに、そんな私に好奇の視線を向けるでも、不審に見ることもない。

 むしろ、どこか慈しむような雰囲気さえ感じ取れる。

 

 小鳥の囀りと草木が風で靡く音だけが、今の私達の世界の全て。

 それがたまらなく心地よく、ユースティアナではなくなってから初めて心から安らかな時間が流れていた。

 

「……ごめんなさい。名前は、名乗れません」

 

 だからこそ、それではいけないと思い至る。

 名乗れないならば、その事実だけでも伝えたい。それが今の私に出来る精一杯の返礼であり、誠意の形。

 

「そう」

 

 エルフの女性は簡潔に言葉を返す。

 無関心ではなく、何か納得するような含みを込めた二文字。

 気を遣われているのは明白だが、その気遣いが何よりも有難い。

 

 沈黙の中、私のお腹の音がハッキリと聞こえた。

 あの丸薬の腹持ちの良さがあっても、限界ギリギリまでの空腹と王家の装備による消耗を前には力不足だった。

 

「あ、あはは……ごめんなさい」

 

「胃が蠕動したことで脳が空腹を再認識した証拠。限界を超えた空腹の後はままあること」

 

 なんだか難しい言い回しだけど、気にするなと言いたいのだろうか。

 

「ちょっと待ってて」

 

 エルフの少女が背負っていた弓を快晴の空へと向け、鏃に返しの付いた矢を番えて放った。

 矢のお尻部分には細いロープのようなものが繋がっており、みるみると矢と共々距離を伸ばしていく。

 弓には詳しくないが、明らかに異常と言える長距離を失速することなく飛ばし続けていられるのは、彼女自身の腕前か弓の質か、或いは両方か。

 

 ふと、矢の向かう先の空に点のようなものがあると気付いた時、点と矢は重なり合い、遂に重力に従うように真下へと落ちていく。

 すると、伸びに伸びていたロープが勝手に彼女の手元へと手繰り寄せられていく。というよりも、ロープそのものが短くなっている?

 そんなこんなであっという間に矢は手元に帰ってきた。鏃の先に付いていたのは――

 

「……魔物?」

 

 正確に急所を貫かれて絶命している鳥型の魔物が、そこにいた。

 ゴーレムの拳大のサイズの身体が点にしか見えないほどの距離を飛んでいたのを、特に狙いを定める様子もなく放ち、それで当てるだけでもおかしいのに、当然のように急所を貫いている。

 

「えっと、その魔物をどうするんですか?」

  

「食べる」

 

「え?」

 

 それは、想定していない解答だった。

 魔物を食べるという習慣は決して無いわけではない。しかし、世間一般では忌避される要素であり、所謂ゲテモノと否定的な評価を受けているもので、少なくとも他人に勧めるような代物ではない。

 

 私自身それに忌避感はない。それどころか食べてみたいと幾度となく考えたことがある。

 しかし、それは王族という立場が許してはくれなかった。

 城に居た頃は言わずもがな、武者修行中も身分を偽るようなことはしていなかった為、世間の目を考えると口にすることは憚られた。

 皮肉にも、不本意に立場を追われてしまったことで、やりたいことのひとつが出来るようになってしまったということになる。

 

「魔物は動物よりも強靭な生命を持つ。体力を取り戻すならこれがいい」

 

「そうなんですか」

 

「現時点はせいぜい丸焼きがいいところだけど、普通の鳥と大きな違いはないから調理方法もそれに合わせられるのが利点」

 

「もしかして、さっきの丸薬もですか?」

 

「そう。薬効としてレサトパルトの尾棘や、ティタノタートルに実っていた果実を煎じて混ぜたり――兎に角色々入ってる」

 

「……なんだか凄いことだけはわかりました!」

 

 取り敢えず無理矢理納得する。

 魔物の種類や名称には疎いが、何となく強そうであることは分かる。あの丸薬の効果を身をもって体験したからこその直感。

 弓術もそうだが、あのような丸薬を調合できる技術であったりと、まるでびっくり箱のような方だ。

 

 そんな説明をしながらも、彼女は近場にある小石や枝を使って器用に肉焼き用の土台を作っていく。

 手馴れた様子で羽根を毟り、そのまま焼き始める。

 魔物討伐は幾度と行ってきたが、食べる目的でなんて初めてだからか、奇妙な心情のまま焼かれていく光景を見守る。 

  

「こうして見ていると、普通の鳥とあんまり変わらないですね」

 

「実際狂暴で身体が肥大していること以外に明確な違いは無い。無論、味も」

 

 魔物の焼ける香ばしい匂いが、煙に乗って強烈に漂ってくる。

 私の知っているそれ以上に食欲がそそられる。空腹というスパイスと未知の食材への関心が、食欲をガンガン揺らしてくる。

 

「はい、どうぞ」

 

 おもむろに焼けた肉を手渡され、戸惑う。

 

「えっと、これ……どうやって食べればいいんでしょう?」

 

「そのまま」

 

「え?」

 

「直接齧ればいい」

 

 それは、王族である私では考えられない食事方法だった。

 屋台で出ている串焼きのような食べ物に興味を惹かれることはあれど、やはり世間の目があって敬遠していた。

 でも、今はそんな目を気にする必要はない。今の私は、ただのユースティアナなのだから。

 複雑な心境を抱えつつ、恐る恐る表面に齧りつく。

 

「――!!美味しいっ!」

 

 少し咀嚼しただけで口内でほぐれ、しかしそれでいてしっかりとした歯応えがあり、食べることそのものが楽しい。

 味の方もスパイスも何もない素焼きであるにも関わらず、肉そのものの脂身がほんのり甘くそれでいて水のように爽やかな舌触りで、これ単品でも幾らでも食べられてしまいそうである。

 

 その魅力に気が付いてからは、とにかく夢中で食べ続けた。

 客観的に下品と評されても仕方ない、本来ならば恥ずべき作法だと理解しているのに食べる動きは止まらない。

 ひたすらに無我夢中で、文字通り骨以外余すところなく食べ尽くすまで時間は掛からなかった。

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末様」

 

 満腹とは言い難いが、量を超越した満足感により随分と持ち直すことに成功した。

 脳内で先程の味を反芻して多幸感に浸っていると、口元に柔らかい何かが触れる感触に気が付く。

 

「口、汚れてる」

 

 エルフの少女が私の口元をハンカチで拭っていた。

 慣れない食べ方でそこまで頭が回っていなかったせいで、気を遣わせてしまった。

 

 申し訳ない気持ちと共に、不意に去来するのは家族団欒の記憶。

 まだ幼い時分、食事のマナーもままならず口元を平然と汚して、その都度お母さまが手ずから拭ってくれた。

 しょうがないなといった表情で、それでも手間と感じることなく何度も何度も、私が口元を汚さなくなるまで繰り返してくれた。

 

「――どうしたの?」

 

「どう、とは――」

 

「泣いているから」

 

 その言葉で初めて、私の瞳から一筋の涙の跡が伝っていることに気付いた。

 枯れ果てたと思っていたそれは、少しずつ溢れていき目頭を焼いていく。

 何故か?――そんなの、考えるまでもない。

 

 私にとってかけがえのない記憶。

 私が私として今日まで生きてこられたのは、この記憶に基づく経験があったからこそ。

 しかし、その記憶は今や私自身の中にしか残っていない。

 あの白い獣人――偽物のユースティアナ・フォン・アストライアが、当然の権利のように立場を挿げ替えたことで、誰もかれもが私を忘れてしまった。

 私達の思い出に土足で踏み込み、平然と足蹴にして、かけがえのない絆さえ簒奪されてしまった。

 私を覚えている人は、誰もいない。文字通りの独りぼっち。

 

 無意識だったのだろう。口を拭うという行為がトリガーとなり思い出が蘇り、胸の裡に潜んでいた寂しさが再び込みあがってきている。

 涙と共に流れてしまった以上、最早自分を誤魔化すことなんてできはしない。

 ただ、この寂しさを紛らわせたい。そうしないと、情けないほどに大声で泣き叫んでしまいそうだから。

 

「……もし、ですよ?貴方の家族や友人が、貴方の事を忘れてしまったとしたら、貴方はどうします?」

 

 彼女にとっては、あまりにも突拍子もない質問。

 勝手極まりないとは思う。話せることなんて変わらず大してありはしないのに、それでもこの気持ちを誰かと共有したいという欲望が、無意識に言葉を紡いでいた。

 とにかく感情を発露したくてたまらない。相手のことなどお構いなし。

 度し難い行為だと理解していても、心の防波堤を波が超えてしまい抑えられない。

 

「――そんなの、分からない」

 

 数秒置いてから出た解答は予想通りのもので、やはりと言うべきか表情もどこか困惑している。

 突拍子もなければ内容は荒唐無稽。これで即座に玉虫色ではない答えを出せと言う方が無茶だ。

 

「家族も友人も、いないから」

 

「……え?」

 

 だけど、その後に続く言葉は私の予想を超えるもので。

 あまりにもあっさりと告げられた発言は、事実に反して簡単に聞き流せるほど軽いものではなかった。

 

「それは、どういう――」

 

 尋ねようとして、反射的に口を噤む。

 短い付き合いだけど、仮に彼女と真実を伝えて協力を申し出たとしても、願望抜きに承諾してくれそうな気がする。

 淡々とぶっきらぼうな語り口からは親身な心意気が伺え、不器用な性格なんだと伝わる。

 

 私が詮索されるのを良しとしていないのに、相手にはそれを求めるなんて不義理にも程がある。

 

「たとえ忘れ去られたとしても、生きているなら何度でもやり直せる。記憶を取り戻す手段を探したり、そうでなくともゼロから絆を紡ぐことだってできる。私からすれば、羨ましい限り」

 

 天を仰ぎ、変わらない声色で自嘲する。

 この言葉を額面通りに受け取るなら、彼女の家族と友人はもう――

 

「ご、ごめんなさい!私、知らなくて」

 

「貴方は何も悪くない。私が弱いせいで何も為せず、何も得られない。ただそれだけのこと」

 

「……貴方は」

 

 なんて、哀しい瞳をしているのだろう。

 絶望、虚無感、自己嫌悪――自己の内側に向けられた悪意が、彼女の瞳を通して伝わってくる。

 彼女の過去が爪痕となり、傷は癒えることなく今この瞬間も痛みを植え付けている。

 

 彼女の言う通りだ。私は本質的にはなにひとつ失ってはいないのに、物語に出てくる悲劇のヒロインのように振舞っていた。

 自分だけが特別不幸なんだと勝手に悲観して、狭い価値観で自らを定義してしまっていた。

 私の境遇など、彼女のものに比べればなんと生温いことか。

 

「どのような結末を辿るとしても、結果を出すまでの道は容易くない。だからまず、地盤を固めることが肝要だと思う」

 

「それは、記憶を取り戻すための協力者を募るとかですか?」

 

「違う。もっと根本的な部分。環境や立場に関わらず、自分自身にとって大事なことが何かを理解し、それを軸にすること」

 

「……生きがいを探せと?」

 

「そう」

 

 生きがい、と一口に言われてもパっとは思いつかない。

 根本的な部分――それはつまり、ランプの下にできる暗がりのようなもの。

 ヒトは誰よりも自分と言うものを理解しているようで、まるで理解していない。

 鏡も使わずに自分の鼻や口の形状を把握するようなものだ。意識したとしても、正しく理解するのは難しい。

 

「難しく考える必要はない。要は自分が幸せになれる瞬間を知ること。刹那的でもいい、自身が笑顔になれる出来事さえ理解すれば、たとえ挫けそうな困難に立ち会った時もそれを原動力に頑張れる」

 

 幸せになる瞬間。私自身が何よりも尊いと思っていること。

 骨だけになった魔物の残骸を見る。

 美味しかった、掛け値なしに。

 それこそ他の誰かにも共有したいと思えるほどに美味だった。

 

 そう――幸せだった。

 美味しいものを食べること、そしてその喜びを誰かと共有すること。

 それが誰かに取って替わられることのない、私だけの原動力。王女ではないただのユースティアナの本質。

 

「笑う門には福来る、なんて言葉もある。希望を失わなければいつかは報われる日が来る。私も、そう信じて疑わない」

 

「……いい言葉ですね」

 

 小さく深く深呼吸をして、頬を両手で叩く。

 これは気持ちをリセットするための儀式。くよくよしてばかりで前後不覚だった私への一喝、そして決別への意思の証明。

 ヒリヒリする感覚が妙に心地良い。痛みのおかげもあって視界も良好。

 

「――よっし!」

 

 身体を後ろに反らし、反動をバネに勢いよく立ち上がる。

 笑顔を意識的に作り、エルフの少女へと向ける。

 まだ自然にできるほどではないけれど、それでもいい。

 問題はなにひとつ解決していないし、これから待ち受ける艱難辛苦を思えば目を逸らしてしまいたくなる。 

 それでも、私は笑顔を絶やさないと決めた。

 だって、笑顔は幸運のシンボルだから。

 

「ありがとうございます。食事をご馳走になった上にお話まで聞いていただいて」

 

「感謝は不要。私も良い刺激になった」

 

 こちらに気を遣わせまいとする明らかな謙遜ではあるが、少しでも本心が籠っていれば嬉しい。

 本当に不思議だ。出会ったばかりで互いに名前も知らない間柄なのに、彼女の傍に居ることがどうにも心地よい。

 孤独を埋めるための代替存在としてなのか、性質は違えど孤独を知る者というシンパシーによるものか、或いは自分でも気が付いていないそれ以外の何かか。

 なんにせよ、それはあまりにも甘美で抗いがたい誘惑。

 

「……あのっ、もし良かったら私と――」

 

 故に一緒に行きませんか、と言い切る前に唇を閉められたのは奇跡だった。

 言い切ってしまえば、私はただの恩知らずで卑怯者でしかなくなってしまう。

 短い付き合いではあるが、彼女が誠実で優しい方であることはわかった。

 仮に先の喩え話が経験則であるとバラして、正式に手伝って欲しいと頼んでも彼女はきっと承諾してくれるだろう。

 だからこそ、それは許される行為ではない。

 

 地位を失い家族や慕ってくれた民達にも忘れ去られ、心の中に空洞ができた時にそれを彼女が埋めてくれた。

 穴の大きさに比べればちっぽけでしかないが、それ故にそのたったひとつがとても大切に感じられる。

 それこそ、このまま一緒に旅をしてしまえば依存してしまいかねないほどに。

 そんな体たらくで私の目的を達成できるだなんて、絶対にありえない。

 

 私は王女だ。

 たとえ今はそうでなくとも、その立場は誰かに寄り添われるべき大樹であり、決して寄りかかるだけの存在であってはならない。

 始まりの一歩から誰かに依存しなければならないような王女なんて、たとえすべて元に戻ったとしてもいずれ破綻する。

 だからこそ、せめて最初のスタートだけでも自分の足で歩かなくてはならない。

 

「どうしたの?」

 

「――いえっ、なんでもありません♪」

 

 笑顔で取り繕い、何事もなかったかのように会話を終わらせる。

 どう考えても聞こえていたタイミングなのに、まるで聞き逃していた風に聞き返してくれたことが嬉しかった。

 

「では、改めてありがとうございました。このお礼はいつか必ずさせていただきますね!」

 

「それより、さっきみたいにならないようにちゃんと食べること。知らないところで行き倒れられても困る」

 

「あはは……気を付けますね」

 

 そうしたいのは山々だが、王家の装備ありきな旅路でそれがどこまで保つかどうか。

 

「……手、出して」

 

 言われるがままに差し出すと、彼女が腰に下げていた袋が手渡される。

 

「干し肉が入ってるから、少しは腹の足しにして」

 

「そ、そんな!受け取れませんよ」

 

「別に大したものじゃない。餞別にすらならない、つまらないものだから」

 

 数秒悩んだ末に、袋を手元に引き込む。このままだと埒が明かなくなる未来が見えたから。

 何というか、単純に人が好いんだというのがよくわかる。ここまでする義理なんてなにひとつありはしないのに。

 

「貴方が食べている時の笑顔、素敵だった。それが見られただけで充分」

 

 一瞬。それこそ夢幻かと錯覚するぐらいの時間だったが、仏頂面だった彼女が自然で優しい表情を浮かべていた。

 不意打ちの笑顔を前に瞬きを忘れ、思い出したかのように瞬きをした後には元通りになってしまっていた。

 

「じゃあ、私は行くから」

 

 火の始末を終えると共に、別れの時間が訪れる。

 後ろ髪を引かれる思いはあるが、それを脳内で振り切る。

 

「はい。あの、どちらに向かわれるのですか?」

 

 それはそれとして、彼女の今後が気になってしまうのは責められることではない、筈。

 

「ランドソルに」

 

 あわよくば少しでも一緒に居られればとも考えていたが、道の流れを考えれば行き違うのは必然だった。

 

「私は――修行の旅に出るので真逆ですね」

 

 ほとぼりが冷めるまでランドソルには戻れない以上、今の私にできることは強くなることぐらいしかない。

 後ろ盾も何もない私にできることなど、果たしてどれだけあることか。

 だからこそ、少しでも何かできるように地力をつける。

 目標はあれど明確な対抗手段の目途が立たない私には、これぐらいしか選択肢がない。

 だけど、決して無駄にはならない筈。

 

「頑張って、応援してる」

 

「ありがとうございます」

 

 互いにすれ違うようにして歩き出す。

 そして肩と肩が触れ合う距離にまで近付いた時、

 

「じゃあね、お姫様(・・・)

 

「――――え?」

 

 思考が停止する。

 脳の処理が追い付かないままに振り替えるも、そこにエルフの少女は居らずただ風によってたなびく自然だけがあった。

 

「もしかして、最初から気付いて……?」

 

 一瞬、白い獣人からの刺客かとも考えたが、それにしては彼女の行動はこちらに利が多すぎる。

 それに、彼女からは一切の悪意を感じられなかった。つい先日に感じたばかりだからこそ、確信を持って言える。

 

 もしかしたら、白い獣人の力はランドソルの外にまでは届いていなかったのかもしれない。

 推測――というよりも、願望に近いそれ。蓋を開けていない箱の中身のような不確かな幻想。

 彼女と出会う前だったら、その幻想に縋りついていたかもしれない。

 だけど今は、かもしれないぐらいの感覚に留まっている。

 易きに流れるのは、ただの甘えでしかない。それは、私が求める強さじゃない。

 

 だけど、確かなことはある。

 彼女は私を知っていた。他の誰もが私のことを忘れようとも、彼女だけはユースティアナ・フォン・アストライアを覚えていてくれている。

 私は、独りぼっちじゃないんだ。

 

「――よしっ!!」

 

 意を決して再び歩き始める。

 諦めずに歩き続けていれば、いつか彼女とは再会できる。

 その時までに、胸を張って彼女に名前を言えるようになろう。

 そして、彼女の名前もその時に聞こう。

 

「ふふっ、楽しみですね♪」

 

 灰色だった世界は色彩を帯び、私の歩く道を明るく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 アオイの脱ボッチ日記

 

・ぼっちとぼっちは惹かれ合う?

 

 エルフの森からランドソルに向かおうとしていたら、道中で女の人が倒れる瞬間を目撃しました。

 慌てて草花を操作してクッションにしたから助けられたけど、空腹のあまりに死ぬ一歩手前だったから、自作の気付け薬を服用させて無理矢理に意識を戻させた。

 元々不眠不休の狩り用に作ったもので、歯に仕込むことで急激な眠気や精神集中、気絶するような被害を受けた際に覚醒を促すといった用途で使っていたものだけど、まさかぼっちの私がものを誰かに食べさせる機会が来るとは思わなかった。

女の人の名前は名乗らなかった為わかりませんでした。

 そうですよね、初対面の人に名前を教えるなんてハードル高いですよね。凄くわかります。だって私もできませんから!

 取り敢えず、仮にお姫様としよう。なんかお姫様っぽい恰好してるから。

 

 そのお姫様の空腹を解消する為、手ごろな魔物料理をご馳走することにした。

 魔物って美味しいし栄養も動物よりも豊富で、凄く力が付くからそれこそ今のお姫様にはうってつけだ。

 ただ、魔物を食べるのってそこまでメジャーじゃないらしいから、見た目不自然じゃない奴を選んで鳥の魔物を調達。

 本当、なんで流行らないんだろう。キマイラの肉とか一粒で二度美味しいのに。

 一週間ほど不眠不休で倒したジャバウォックの肉が食べられたものじゃなかったのは悲しかったなぁ。でも、卵は美味しかったです。

 

 それにしても、ぼっちでコミュ症な私が何で初対面の相手にこんなに話せるのかって最初は疑問だったけど、彼女から発せられるぼっちオーラがそうさせたんだって気付いた。

 ぼっちという個体は希少で、それ故に同類を見つけると強い結束で結ばれる傾向にあると聞きます。

 ぼっち仲間が増えた暁には、バイバイぼっち団――BB団を結成するという夢を叶うかも!楽しみだけど、同じ苦しみを持つ人を望むのは違うというか……うう~。

 

 魔物肉を食べて感動の涙を流すお姫様を見て、昔を思い出す。

 旅に出てからしばらくして、食糧が尽きて身体もボロボロになり死ぬ一歩手前にまで追い詰められた時に、当時魔物を食べるという考え自体がなかったにも関わらず、兎に角生きる為に何でも食べた。

 肉に始まり、虫や植物型の魔物だろうとお構いなし。無様とも下品とも言われようとも、とにかく生きたいという思いでいっぱいで、傍から見ればどっちが魔物かと言われても仕方ないようなこともやってきた。

 単純に美味しかったのもあるけど、死の淵で餓死寸前な状況で食べるものなんて何でも美味しいに決まってる。

 それでも魔物の美味しさ自体は本物だから、今では修行だけの為に狩っていた魔物が、食べる為という方向にすり替わりつつあるのは良くない傾向かも。

 私は強くならないといけないんだから、そういうのは雑念に繋がってしまう。……でも、たまにならいいよね?

   

 お姫様がしてきた質問の時、ふと家族のところでミサトさんが頭に浮かんでしまい、なんて畏れ多いことを考えたのだと自分を恥じた。

 私のようなぼっちが娘になんて、世間から「ミサトさん家のアオイちゃん、ぼっちなんですって」なんて言われて赤っ恥をかかせちゃう!

 妄想とはいえ、あまりにも罪深い所業。これは再会した時に誠意をもって謝罪をしなければ。

 

 お姫様もすっかり元気になり、とうとうお別れの時間になった。

 名残惜しさはあったけどお互いに目的地が違うし、何よりぼっちの絆は離れようとも不滅だから寂しくはありません。

 ただ、最初から最後まで名前を言わないのもどうかと思い、ついお姫様呼びしちゃったけど、言った瞬間にやらかしたと気付いて思わず走り去ってしまった。

 仮名とはいえ、初対面の相手にお姫様呼びとか、まるでコミュ充のやり取りじゃないですか!

 ぼっち仲間を得て気が大きくなっていたけど、私がリア充になったわけではないのだから、身の丈に合わないことをするものではない。

 おかげでランドソル付近まで辿り着くまでの記憶がゴッソリ抜け落ちちゃっている。このテンパり癖も直さないと……。

 お姫様も私と同じでぼっち脱却のために修行を頑張っているんだから、私もこれをきっかけにコミュニケーションというのを学ぶべきなのかもしれない。

 どんなに頑張って話しかけられるようになったとしても、適切な対応ができなければぼっち脱却は夢のまた夢。そんなことに今更気付くなんて、本当に今更だよ!

 

 そうと決まれば、サレンさんに会いにランドソルに行こう。

 随分前に一度会ったきりだから、私のような地味女なんて忘れられていてもおかしくないけど、今の私が縋れる知り合いなんてサレンさんぐらいしかいない。

 それに、随分経ったけど子供達の容体がどうなったのかも知らないままだったから、それを確かめるという意味でも充分な動機付けになる。

 子供をダシにしないと会話の取っ掛かりを掴めない駄目駄目ぼっち。いつになったら脱ぼっちできるようになれるかなぁ。

 




アオイちゃんの中の人である花澤香菜さんの結婚を、この場で祝福させていただきます。
取り敢えずサイゲは水着アオイはもう時期的に無理だから、クリスマスか正月アオイをですね……。

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