アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww 作:花極四季
今回も長くなり過ぎたので、前半後半に分けています。自分でも本当に理解できない、上手く纏められる人が羨ましい。
五話の投稿にあたって、誤字報告をしてくれた皆さまにはこの場で感謝を申し上げます。
報告者一覧(敬称略、順不同)
タングラタン、六四、烏瑠、kuzuchi、ぱちりー
人生とはいつだって思い通りにならないものである。
暴漢に襲われている女の子を助け、その流れでアイドル活動を目的としたギルド【カルミナ】に裏方担当として所属することになるなんて、助けた当初は思いもしなかった。
仕立屋として独立するためには、一般人の着る普段着に留まらず、ありとあらゆるニーズに応えられるようにならなければならない。
特に私が考えている経営方針としては、アイドルの衣装のようなフリフリでキラキラな、如何にも女の子という服装が客層としては噛み合うということもあり、目下修行の日々である。
過酷な環境に身を置けるという意味では、今回の勧誘は渡りに船だった。
リーダーであるノゾミさんは【カルミナ】結成以前よりソロで活動しており、その人気は上々たるもので、プロと名乗るに相応しい実績を挙げている。
そんな彼女の衣装を仕立てるという事は、修行でありながら完成品を求められるという厳しい条件を課せらているのと同義。
そんな背水の陣に等しい境遇に身を置くことで、ただ数をこなすだけの作業よりも作品の精度を一層高めることができる。
普段着を蔑ろにしている訳ではないが、あれらは大衆向けとして周囲との調和を起点としたデザイン性が求められるのに対し、アイドル衣装は見られることが前提のデザインであり、同時にアイドルを引き立たせるための準主役的ポジションでもある。
求められている役割が異なる以上、仕立屋としての視点も大きく変わる。
普遍的調和ではなく、アイドル自身が創り出す世界との調和を図ることが肝要であり、すべてがオーダーメイドと言っても過言ではない。
だからこそ独創性を掻き立てられ、仕立屋としてのスキルアップのための強力な刺激となる。だから私は現状で十二分に満足している、のだが――
「私がアイドル、かぁ」
客足の途切れた自分の店をカウンター越しからぼんやりと眺めながら、小さく溜息を吐く。
つい最近、ノゾミさんは私に仕立屋と並行してユニット活動をやらないかと誘ってきた。
勘違いから始まったとはいえ、チカさんという優れたボーカル力と美貌を備えた大型新人をこさえただけでは満足せず、私にまで提案を持ちかけてきたのは驚嘆に値する。
私はノゾミさんのように明朗快活で自然と誰かを笑顔にできるカリスマを持っている訳でもなければ、チカさんのように歌で魅了できるような才能を有している訳でもない。
対して私は、ガサツで何かと暴力で解決しようと考える男勝りな性格をしており、先の【カルミナ】に入る切っ掛けとなった出逢いも、傍から状況を見て個人的感情から強硬手段に出たことで解決した問題だった。
結果良ければすべてよし、とはよく言ったものであるが、逆に言えば結果次第では善意の行動も非難される悪行へと反転するという事でもある。
そうならない為にも、人は理性的な対応を取ることで穏便に問題を収束させるという選択肢を実行できる知恵がある。にも拘わらず、私はその選択肢を最初から無視して暴力で解決を試みた。しかもチカさんの唱喚に気を取られているところを完全に不意打ちでだ。
正当防衛の範囲ギリギリの所業、場合によってはノゾミさん達にも迷惑をかけてしまいかねない行動を躊躇いなく行うような私に、アイドルのような表舞台は分不相応でしかない。
仕立屋は引き立て役――つまりは裏方であり、アイドルとは真逆の立場だ。
アイドルが輝きを放つ裏で生み出された影で、その輝きを際立たせるための象徴。それが私の在るべきポジションであり、決して飛び出してはならない境界線。
目立つべきは自らの作品とそれを装飾する人間であり、決して私のような黒子以下の存在ではない。
なればこそ、ノゾミさんの提案は返す刀で断るべき案件であった筈なのに、結局保留と言う形で今に至っている。
おもむろに仮縫いの衣装を手に取り、アイドルになった自分に思いを馳せる。
今度のステージでノゾミさん達が着る予定のもので、私がアイドルになったら着ることになるであろう衣装。
妄想の中で三人で踊る姿は、私だけがこの仮縫いの衣装で悪目立ちしており、酷く滑稽なものとなっている。
言うなれば、虹色の中に落ちた黒点。ほんの小さな染みであろうともコントラストを台無しにしてしまう、存在してはならない異物。
妄想の中でさえ、私は私が輝くことを是としていない。徹底した裏方としての矜持からか、あるいは私自身も気付いていない別の理由からか。
感情の坩堝が何もかもを溶かし込み、時間が経つごとに心の有り様を不定形にしていく。
ただ一言、やらないと言えばいいだけのことなのに。どうして私はこうも掻き乱されている?
自己完結した禅問答のような思考は、ドアベルの音によって遮られることとなる。
「いらっしゃ――」
入店してきた客の様相を見て、不快感を露わにしそうになった表情を反射的に笑顔で固定させた。
我が物顔で入り口前に立つのは、レディースがメインの店において不釣り合いな大柄な男だった。
鎧やら兜を装着している辺り冒険者なのだろうが、蛮族を彷彿とさせるような清潔感の欠片もない風体の時点で好感度はマイナス直下。
特徴的なまでに顔半分を覆う髭はオシャレのつもりなのだろうが、長さも不揃いでただの生やしっぱなしなだけの適当さが目立つ。
他の客が居ない手前叩き出そうかとも考えたが、先程まで自らの短慮を自責していたばかりで二枚舌にも程があるとグッと堪える。
そんな私の覚悟など露ほども理解していないのだろう。怒りを発露しないように堪えている私を尻目に、男は大股で無遠慮に此方へと近づいてくる。
「よう、店主さん」
「……はい、当店にはどのような御用で?僭越ながら、当店にはお客様のニーズに沿う衣服はありませんので、他をあたってはいかがでしょうか?」
だからとっとと帰れ、という思いをふんだんに込めての営業スマイルは完全に無視され、頬が痙攣する。
そして男は片腕をカウンターに乱暴に置き、ふてぶてしく嗤い視線を合わせてくる。
怖気が走る。ただただ、気持ち悪いという感情しか出てこない。
「いいや、間違いなくここに用があって来たんだぜ。……店じゃあなくて、アンタにだがな」
「……客じゃないなら、お帰りはあちらです。それとも【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に通報されるのがお望み?」
店員としての仮面を脱ぎ捨て、それでも冷静に脅しをかける。
それでも、男は不敵に嗤うばかりで効果はない。
完全に嘗められている。自信過剰からか、女だからと見下してか、何にせよ不愉快極まりない。
「アンタ、カルミナの関係者だろ?」
「――ッ、人違いでは?」
「生憎と見ちまったんだよ。お前さんがカルミナのライブ後の片付けをしている姿をつい最近、な」
鬼の首を取ったように下卑た笑みを男は浮かべる。
先日のライブでは、急遽雇っていたスタッフが不在となる事態が本番直前にて起こってしまった。
普段は裏方は個人情報が漏れないように変装をしたうえで作業を行うということを徹底しているのだが、その日はあまりにも状況が逼迫していたため、その義務を放棄してしまった。
カルミナのように知名度の高いアイドルには、ストーカー行為をするような厄介なファンがどうしても一定数ついてしまうこともあり、ノゾミ達に限らずギルドから派遣されたスタッフにも個人情報の徹底した守秘義務が課せられている。
それは厄介なファンがカルミナへの接触を図る手段を可能な限り潰すための手段であり、実際にそれは確かな成果を出していた。前回の一件までは。
たかが一回、されど一回。その致命的な一回が、現状を招いてしまった。
「心当たりがあります、って顔してるな」
「――そんなことっ」
「否定もいいけどよぉ……ソレは何だ?」
男の視線の先には、先程眺めていた仮縫いの衣装。
咄嗟に衣装を護ろうと手を伸ばすが、それよりも早く男の手が衣装を乱暴に掠め取った。
「かっ、返しなさい!返せ!!」
「素直に答えてくりゃあ、何もしねぇよ。ただちょっと、カルミナとお近付きになりたいだけなんだよ。な?」
男はまるで餌をちらつかせるように衣装を揺らし挑発する。
取り返さんとカウンターに身を乗り出して伸ばす手は、既のところで空を切るばかり。
遊ばれていることに歯噛みするしかできない自分に腹が立って仕方がない。
魔物討伐に使っている魔法の糸を格納しているベルトは、店番をするということで裏に仕舞っている上に、そもそも店内という閉鎖空間において、周囲の被害を考慮せずに魔法糸を展開するのは難しい。
それに、衣装と言う人質がある以上、下手に脅威を晒してしまえば何をされるかわかったものではない。
目の前の男は品性下劣で粗野で破廉恥な生き物ではあるが、冒険者としての実力は相応にあるようで、私では徒手空拳で勝てる見込みはない。肉体のポテンシャルを一目で看破できる目を持つが故に、彼我の実力差を嫌でも分からされてしまう。
「アイドルの影に男は必要ないのよ。ましてや、アンタみたいな奴がノゾミ達の隣に立つにふさわしいとでも?」
「それを考えるのはアンタじゃない。アンタはただ、セッティングしてさえくれればいいんだよ」
「――――ッ」
あまりにも一方的な要求に無言の抵抗を続けていると、男の表情には苛立ちが見えてくる。
「この衣装、まだ完成品ではないようだが、俺から見ても大層上等な素材を利用しているな。こんな場末の服飾店じゃあ揃えるのも一苦労だったろう。――そんな衣装がボロ布になるかもしれないぜ?」
「――破廉恥な奴!」
男の言葉で、これ以上下がるとは思っていなかった評価が下限を振り切る。
純粋にファンとしての気持ちが暴走した結果の蛮行だというならば、多少なり情状酌量の余地もあっただろうが、コイツはノゾミさんやチカさんをアイドルではなくただの女としか見ていない。正確には、アイドルという特別なレッテルを持つ女としてしか。
アイドルという付加価値にこそ意味を見出し、それ故にそれ以外の要素は二の次でしかない。
普通では手が届かないが故にこそ求める。それは、浮浪者が掠め取った宝石を着飾るが如き所業。
これがファンの暴走であると言うならば、アイドルには欠かせない衣装を破り捨てるなどと素面で言えるものか。
「それで、どうよ?」
改めて衣装を私の目の前でちらつかせる。
男の言う通り、この衣装はただ見栄えを整えるだけのものではない。
【カルミナ】は資金繰りで魔物討伐を行うことも少なからずあり、同時にアイドルを狙う不貞の輩から身を護るために、アイドル衣装兼防具として高品質な素材が求められる。
ノゾミさんのソロアイドル時代からのスポンサーも居るが、ユニットとなったことで細かい部分で資金不足が目立つようになってきた。
ユニット活動が成功を続ければスポンサーも増えるだろうが、現状は発展途上の域を出ていない。
それでも、護身に関しては一切の妥協は許されない故に、資金の大半はこの衣装に投入されている。
加えて、この衣装は次回のライブで使用されることが決定しており、これを前提としたライブが行われるため、替えが利かない。
そして、そのライブは近日中に行われる。資金繰りを今からしたところで間に合わないし、スポンサーに強請るのも現実的ではない。
男がそこまでの事情を理解しているとは思えないが、図らずもその行動は私を縛り上げるには最適解となっていた。
「――このぉ!!」
一瞬の隙を見計らい、あらん限りに腕を伸ばす。
結果、遂に衣装に手が届いた。
「馬鹿がよぉ!!」
しかし、腕を引っ込めるよりも早く男が私の手首を掴んだかと思うと、思いっきり引っ張られてカウンターから引きずり出されてしまう。
その引っ張られた衝撃で、肩口から硬い物が擦れ合うような不愉快な音が聞こえる。
それが、私の肩が外れた音だと気付くのは、脳が耐え難い激痛を促してからだった。
「――あ、ぁああああぁああああ!!」
「ジタバタすんじゃねぇよ!」
外れた肩で宙吊りにさせられながら、逆の手で口を塞がれる。
音を漏らさないように必死なのか、顔全部を鷲掴みにしての口封じと激痛でまともに呼吸が出来ない。
このままではマズイ――ぼんやりとした思考でそう理解しつつも、身体はまるで言う事を聞かない。
自らの無力を怨み、自然と涙が頬を伝う。
想起するのは、憧れの女性であるレイ様の姿。
私の恩人であり、理想の体現。気品と優雅さに溢れ、弱きを助け強きを挫く麗人。
下手な男よりもよっぽど勇敢で凛々しく、しかしそこに野蛮さや雑然たる要素は欠片も匂わせない高貴なるお方。
ただ男勝りだっただけの私にとって、その姿はあまりにも理想的で――あのようになりたいと考えるようになるのに時間は掛からなかった。
レイ様みたいになるにはどうすればいいかと、彼女を幾度も観察し会話を重ね答えを求め続けているが、兆しを掴むことさえままならないでいる。
あの人ならば、この程度の男など歯牙にもかけずに倒しているだろうに、それに比べて私はどうだ?
裏方でありながら【カルミナ】に被害が及ぶようなドジをして、そんな蒔いた火種を自力で払うことも出来ず、こうして無様を晒している。
性差によるフィジカルの差で蹂躙され、赤子が扱う玩具のように雑に扱われている。
最早私に為すすべはない。私にできることは、意識が落ちるその瞬間まで決して心を折ることなく閉口を貫くことだけ。
たとえこのまま腕を握り潰され、二度と服飾関係の仕事に携わることができなくなったとしても、私の不始末の果てに友達のことまで売るなんて破廉恥な真似だけは絶対にできない。
ノゾミさんもチカさんも、確実に立派なアイドルになれる。誰よりも彼女達の活動を近くで見てきたからこそ断言できる。
ノゾミさんのアイドルとして生きる切っ掛けとなった祈り。それは日々の悲しい気持ちと戦うことで、誰かに希望を与えたいという、とても尊く優しい祈り。
私はその純粋な気持ちに感銘を受けたからこそ、彼女達のために奉仕したいと思えたのだ。
彼女達は近い将来、数多の人間を幸福に導くことになるだろう。そんな輝かしい未来を、穢れた欲望に塗り潰されてなどたまるものか。
――などと心の中で粋がってみようとも、現実は一方的な蹂躙劇でしかなく。上っ面ばかり強く見せて、実際は無力な女でしかない。
だからこそ、無力な女らしく祈らずにはいられなかった。
私のことはどうでもいい。ノゾミさん達の未来だけでも護れるような、そんな都合の良い奇跡を。
――涙の跡を、優しい風が過った。
「その手を放せ」
「――な、ガァアアアア!!」
凛とした声が聞こえた瞬間、男の醜悪な悲鳴と共に私の身体は宙を舞っていた。
しかし、その感覚も一瞬。次の瞬間には、温かな感触に身を委ねていた。
「レイ、さ、ま――?」
朦朧とした視界に映るのは、威風堂々とした力強い姿。
レイ様のパーソナルカラーである青ではなく、全身に掛けて緑色をしていたため、すぐに助けてくれた第三者がレイ様ではないことに気付く。
しかし、それでも口に出してしまったのは、その姿があまりにも似ていたから。
困っていた時に助けてくれた、救いのヒーロー。状況も環境もまるで違う筈なのに、どうしてこうもかつての光景と重なって見えるのか。
「少しだけ待っていて」
カウンターの傍らに背中を預けさせられた私は、私を襲った男に視線を向ける。
男は右腕を抑え、身体を丸め込んで蹲っている。
そんな男の胸倉を片手で掴んだかと思うと、軽々とその巨躯を引きずり起こす。
「何故、このようなことをした」
「ぐ、なんだ、いきなりお前――」
瞬間、店内が凍り付いたかのような怖気が走る。
怖気の起点は、間違いなく件の恩人だろう。
魔物との戦闘経験はそれなりにあるが、今以上の恐怖を味わったことはない。
言うなれば、殺気というものか。ただの一言に込められたそれは、世界さえも変えるのではないかと言わんばかりの存在感を曝け出していた。
そんなものを一身に受けた男は、泡を吹いて失神していた。
あまりにも呆気ない幕切れを見届け安心した瞬間、思い出したかのように激痛が肩口から走り出し、男共々あっという間に意識を失った。
*
「――さい、起きてくださいッス!」
頬を軽く打たれる感覚に誘われ、意識が覚める。
私の顔を覗き見ていたのは、獣人が被るような耳フードを被った中性的な雰囲気を持つ少女だった。
「あれ、私――」
「あ、起きたっスね!トモね~ちゃん、被害者の人起きたッスよ!」
少女の大声に誘われる形で、白髪の剣士が店内へと入ってくる。
「ありがとうマツリちゃん。――ツムギさん、でいいかな。大丈夫かい?」
白髪の剣士は私の目の前で跪き、視線を合わせながら問いかける。
「あ、はい。……えっと、私は」
「その様子だと、まだ記憶が混濁しているようですね。まず、私達は【王宮騎士団(NIGHTMARE)】。ここには通報を受けて馳せ参じた次第です」
「通報――あ、あの男は!?」
「アナタを襲ったであろう暴漢は、通報と共にその身をランドソル城の門前に放置されていたところを拘束した。その段階では罪状は不明だったのですが、尋問の際に酷く怯えた様子で勝手にペラペラと喋ったことで発覚したというわけです」
それを聞いて胸を撫で下ろす。
その様子だと、例の緑色の恩人がやってくれたのだろう。
「それで、男の発言と整合性を取る為に、アナタが記憶している限りでいいから当時の状況を説明してもらいたいのですが、大丈夫ですか?」
「……わかりました。至らぬ部分もあるかもしれませんが、それはご了承ください」
ハッキリ言って思い出したくもない事件だが、こればかりは避けて通ることはできないと素直に語る。
説明を終える頃には、思っていた以上に疲弊していたのだろう。軽い眩暈さえ覚えるほどだった。
「協力感謝します。それでなのですが……アナタが気絶している間に、軽くではあるがバックヤード含めて調べさせてもらいました。事後承諾になってしまい申し訳ないとは思ったのですが、早急な現場保存が肝要であると現場判断させてもらいました。例の暴漢がアナタへの暴力行為以外にも、盗みや器物破損といった行為をしているかどうかをすぐに確認したかった次第です。あくまでも見ただけで、物には一切手を触れていません。しかし、見栄えだけでは判断がつかない部分もあるので、管理人である君の目で確認してもらいたいのですが、お願いできますか?」
「あ、はい……」
判然としない思考のまま、言葉の圧に押し切られてしまう。
勝手に色々手を付けられたことに関して思うところがない訳ではないが、公的機関である【王宮騎士団(NIGHTMARE)】が私のような小規模の店に対して何かするとは思えないし、ひとまずは置いておきおもむろに立ち上がろうとする。
立ち上がるべく地面に手をついた後、今自身を支えている腕があの男によって外されていた方だと気付き、咄嗟に痛みに備えるべく食い縛る。
しかし、いつまで経っても痛みが走ることはなく、それどころかじんわりとした余韻だけが名残としてあるのみで、夢だったのではと勘違いしてしまいそうなほどである。
それと、今更ながらに口内に仄かに広がる草のような苦味に気付く。
明らかな私に起こっている変化。それに思考が捕らえられる前に、こちらを心配してきたマツリと呼ばれた少女によって思考が中断される。
「どうしたッスか?」
「あ、いえ。なんでもありません」
マツリの心配を軽く受け流し、少々の気怠さを背負いながら改めて立ち上がり、指示通りに店内の状態確認に勤しむ。
無心で作業している最中、【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の二人の会話が自然と耳に入ってくる。
「それにしても、颯爽と暴漢から助けるために現れ、そのまま影もなく消えるなんて、カッコいいッス!一度は憧れるシチュエーションッス!」
「私から言わせてもらえば、無責任な行動だね。大体、退治した暴漢を放置するだけして雲隠れなんて、色々と怪しくないかい?事情聴取を受けてくれたならもっと早く問題が解決したはずなのに。まるで、私達に関わりたくないからそうしたように見えるけど」
「そ、それは何かその人にも事情があったのかも」
「事情があったなら、猶更この一件に関わるのはどうしてかな。その事情とやらが今回の一件と何かしらの繋がりがあると言うなら納得だけど、現状だと不審な点しか見つからない以上、カッコいいなんて理由で全肯定するのは目を曇らせるだけだ」
マツリの純粋さから来る肯定の意思と、中立に見えつつも彼の恩人に露骨な不信を抱いているトモで、意見が二分した議論が背中越しに繰り広げられている。
正直なところ、助けられたこともあってこちらとしてはマツリの意見を絶対支持するが、トモの言い分も警察組織としての観点としては否定できる要素はない。
言いたいことは色々あるが、言い争いしたところで答えが出ないことは明白。下手に藪を突いて悪戯に時間を浪費する理由はない。
「ん……?」
カウンタ―下のスペースに、仮縫いの衣装が綺麗に畳まれて置いてあるのを発見する。
これも、もしかして彼の恩人がやってくれたのだろうか。
広げてみる限り、少々のヨレはあるが傷も汚れもない。これなら修正を入れる必要はなさそうだ。
「確認終わりました。不審な点はありません」
「ありがとうございます。申し訳ないのですが、今日は【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の権限で店を封鎖させてもらうことになるので、別の場所で宿泊してもらうことになります。宛てがないのであれば手配しますが」
「あ、いえ。ギルドに所属しているので寝泊まりに関しては問題ないですが……あの男は既に捕縛されているなら、何も問題ないのでは」
「……アナタと男のやり取りは、証言から鑑みるにそれなりに大きな規模だったと判断しています。それこそ、通りに声が響くぐらいには激しい口論があったのでは?」
「そう、ですね」
「だというのに、この一件が露呈したのは暴漢が直接送り届けられた後。正確な時間は不明ですが、おおよそ三十分から一時間の間、私達が辿り着くまでの間に入店者すらいなかった。もしいれば間違いなくその客が通報していたでしょう。しかし実際は、決して人通りの少ない場所ではない筈なのに誰にも目撃されることがなく今に至っている。ハッキリいって不自然極まりない」
「たまたまじゃないっスか?」
「確かにその可能性もあるけど、それは浅慮だよマツリちゃん。何事にも因果関係というものがある。それらの可能性を潰しきって初めて、偶発的要素に着目するのであって、何でも偶然で片付けられるようなら警察も自警団も必要なくなっちゃう」
トモは暫し悩んだ後、小さく溜息をついてポツポツと語り始める。
「……身内の恥を晒すようなものだが、昨今の【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の動きはお世辞にも迅速とは言い難い。選ばれし人材のみを徴用することで成立している【王宮騎士団(NIGHTMARE)】は、その性質上どうしても人材不足が常に悩みの種になっている。その反面、犯罪を行う者はどんどん増えていく一方で、それらに対して手が追い付いていないのが現状だ。故に市民は、自らで犯罪の網目を広がらせないための自衛手段として、不審者に対する警戒心をより強めている傾向にある」
「ジュンさんは王宮前の警備で付きっ切りだから仕方ないにしても、クリスおばさんは普段は姿見せないでほっつき歩いてばかりでタダ飯ぐらいって奴っス!」
プリプリと怒りを露わにするマツリ。
小動物のような所作を見ていると、つい笑みがこぼれそうになる。
意図してのものではないだろうが、心に余裕のない現状で、彼女の存在は間違いなく癒しとなっていた。
「クリスティーナはともかく、そういった自衛を行う風潮が出来上がってきた昨今において、人の往来がそこそこある時間帯であるにも関わらず、通報が一件もなかった。普通、あのような大男がレディースの店に入るようなところを目撃しようものなら、不審がられて然るべきだろう?」
「じゃあ、何だって言うんですか?」
「流石にそこまでは。ただ、私の意見としては今回の一件は計画的に行われたものと見ている」
「ど、どういうことっすかトモね~ちゃん!」
「まず、先程言った通り本来は人通りのそこそこある時間帯で、明らかな不審者が堂々と通報されることなく辿り着いている。それに、入店時には客がひとりもいなかった。偶然にしては出来過ぎているし、偶然を利用した犯行と考えるのは現実的とは言い難い」
「つまり――あの状況を作り上げた何かがあるってことですか?」
「私はそう睨んでいる。例えば、認識阻害を行う魔道具を利用したとか、単純に他にも協力者がいたとか。その辺りを調べるという点からも、どうしてもここら一帯は【王宮騎士団(NIGHTMARE)】が動き回ることになるので、商売をするにも不都合が出てくるでしょうし、何よりアナタは被害者なのだから、一日とは言わずしばらくは安静に努めた方がいい。肉体は平気でも、精神はそうはいかない」
トモの言葉で、見ないふりをしていた男の顔がクリアになった思考に浸食してくる。
醜悪で、下劣で、蒙昧で――とても恐ろしく映った、男の顔。
無意識に身体が震え出す。もし、彼の恩人が介入してこなかったらと、それを考えるだけでも吐き気がする。
「……そういうことだ。マツリちゃん、彼女を送ってやって欲しい」
「大丈夫っスか?身体支えた方がいいっスか?」
「あ、ありがとう。でも大丈夫、一人で歩けますから。護衛も必要ありません。」
「いや、しかし」
「【王宮騎士団(NIGHTMARE)】が本格的に動くのであれば、私の護衛に人員を割く余裕はないと思いますが。別にギルドとの距離はそこまで遠くはないですし、人通りの多い場所を意識して通るので心配はいりません」
「……くれぐれも人気のない場所にはいかないように」
こちらの明確な拒絶の意思を汲んだのか、ひとしきり悩んだ後、渋々といった様子で許可が下りた。
マツリ自身は好感の持てる人物だが、それはそれとして今は一人になりたい気分なのだ。
「それと、ひとついいですか?」
「何だい?」
「いえ、拠点の移動にあたって、仕事道具を始めとした入用な物を持っていきたいんですけど……」
「……本当はそういうのも含めて管理したいのですが、被害状況を鑑みてそこまで制限する必要はないと思うので、此方の方で中身を確認次第で良ければ」
「わかりました」
バックヤードに戻り、裁縫道具一式と仮縫いの衣装を二着回収し、足早に戻りトモに見せた。
「うん、確認完了。内容物に異常も無いようなので、許可します」
「では、失礼します。お仕事頑張ってください」
「アナタも、仕事熱心なのはいいけれどまずは休むように」
「前向きに善処します」
それだけ言い残し、店内を出る。
扉を開けた先の光景は、閑散としたものではなく、まばらながらも人通りがあり、トモの言う通り明らかに一連の流れには作為的なものを感じずにはいられない。
取り敢えず、言われた通り大通りからギルドに向かおうと、一歩を踏み出そうとした時だった。
私の目の前に、上空から突如として降り立ったひとつの影。
その姿に、私はおぼろげながらも見覚えがあった。
まるで大樹の幹のように力強い後ろ姿。見間違える筈もない、この人は――
「――すまない、助けるのが遅れてしまって」
私のピンチに颯爽と現れ、霞のように姿を消していた救いのヒーローが、再び私の目の前に現れたのだった。
ハロウィンイベでツムギやマツリが出るという情報が出る以前から書いていたから、もしかすると預言者みたいな感じになれた未来もあったかもしれない。だがもういなくなった!
あ、ハロウィンツムギは80連で無事ゲットしました。
あの露出の少なさが逆にセクシー……エロいっ!