アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww   作:花極四季

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最長の更新停止、本当に申し訳ない。
オチは最初から考えていたけど、そこに至るまでが非常に難産だった。5000文字ぐらいは書き直したりしたぐらい。
そして、更なる文章量の記録更新。なんと18000文字と大幅更新。
書きたいこと書き殴った結果、取っ散らかってそれでいて薄い内容になってしまったかもしれません。
しかし、私の文章力と更新停滞を天秤に掛けた結果ということで、ご了承ください。


六話の投稿にあたって、誤字報告をしてくれた皆さまにはこの場で感謝を申し上げます。

報告者一覧(敬称略、順不同)

kuzuchi、クーマン、烏瑠、六四、サキク


七話

 私を暴漢の魔の手から颯爽と救ってくれた、緑衣の御方との唐突な再会は、その喜びの余韻を味わう暇もないものだった。

 こちらへと振り返り、外套に隠れていた姿が露わになる。

 凛と引き締まった美貌、見つめていると無意識に引き寄せられかねない螺旋の碧眼。そして何よりも目を引いたのが、その完成され尽くした肢体。

 無駄の一切を削いだ均整の取れた肉体は、一見してただの細身に見えるがよくよく観察してみればそれが上辺だけのものであることに気付く。

 枝のように細い手足の内側は、まるで千年の樹齢を経て成長した巨木を圧縮して生まれたような筋肉で満たされている。

 スリーサイズを一目で看破できる私の眼を以てしても、注視して辛うじて理解できた程度なのだから、他の人ではまず第一印象では気付くことはできないであろう。

 あの大男の露骨に筋骨隆々として威圧的なそれと比較して、彼女のそれは慎ましやかで謙虚さに満ち溢れている。自然体の極致とさえ言ってもいいのではないだろうか。

 果たしてどのような生活をしていればこれほどの極致に至れるのか興味は尽きないが――それよりも優先すべきことがあり過ぎて、次の対応をどうすればいいのかがサッパリわからず、彼女をまじまじと見つめることしか出来ないでいた。

 

「腕の調子はどうかな」

 

「――あっ、はい!大丈夫です!ほら、この通り!」

 

 彼女の姿に見惚れていたところに投げかけられた質問に、反射的に外れた腕をグルグルと回すことで答えた。

 中性的な容姿を象徴するようにその声もまた低く落ち着いたものであり、レイ様の声が空のように澄み渡る透明感あるものだとすれば、彼女の声は深緑の森の中で木々を揺らす風のよう。

 その容姿も相まって、森の精霊であると言われても納得してしまうぐらいに、すべてが幻想的で超然としている。

 そんな彼女に見つめられているだけで、心が浮付いて仕方ない。

 例えるならば、推しのアイドルとプライベートで対面しているような、そんな感じ。

 

「落ち着いて」

 

 浮付いた感情を原動力に回していた腕を、緑衣の御方に静かに抑えられる。あっ、手のひら柔らかい……。

 

「鎮痛剤の副作用で精神高揚が起こり出したようだから、静かな場所で安静にならないと、徐々に鎮痛剤の効果が切れて痛みが再発するわ」

 

 どこからともなく取り出した布を器用に私の腕に巻き付け、簡易的な三角巾へと作り替えた。

 布に常日頃から触れているからこそわかるが、この布はとんでもなく上質な布だ。

 肌触り、強度、柔軟性――どれをとっても高級洋服店で使われているソレと遜色ないもので、こんな救命用具代わりに使っていいものではない。

 そんなものを、私の腕を心配して躊躇いもなく宛がってくれた。その事実が、更なる精神高揚を促進させていく。

 

「顔も先程より紅くなっている。少し休みましょう」

 

 それだけを言い終えた彼女は、踵を返し淡々と大通りから逸れた道を進み始める。

 多分、休める場所に案内するってことなんだろうけど‥‥トモには人通りのある場所を通ると言った手前、それをあっさり反故にするのは流石に罪悪感がある。

 しかしそれ以上に、その選択によって彼女とここでお別れになってしまうことの方が嫌だった。

 

 第三者からすれば、私の行動はお菓子に釣られて誘拐される子供のそれなのだろう。

 身の毛がよだつほどの悪意と対峙したばかりということもあって、その真逆の対応をされて警戒心が薄まっていることも否定しない。

 確かに謎多き人であることに疑いはないが、それが彼女を悪と断ずるに足る証明にはなり得ない。 

 そもそも、善性の対応をされてその善意を信じられなくなってしまえば、一人の人間としても仕立て屋としても終わりだ。

 誰かを信じられなくなった曇った瞳では、人の輝きを映すことはできない。輝き見えずして、それを引き立てる衣装など作れる筈もない。

 即ち、私の目指す仕立て屋としての在り方を否定してしまうことに繋がるということ。

 それに――そのような理屈を抜きにしても、私は彼女を信ずるに値する人であると確信している。ならば、躊躇う理由がどこにあろうか。

 

 トモ達には心の中で謝罪をし、緑色の背中に追従する。

 人気の無い路地裏に二重の靴音が反響する。不気味なほどに静かで、どうにも落ち着かない。

 商店街に近い路地裏ということもあり、安全性は比較的保証されているが、昨今のランドソルの情勢を鑑みると不安は尽きない。

 少し前は、あの大男のような馬鹿が表立って蛮行を働けるほど、ランドソルの治安は悪くなかった。

 切っ掛けも分岐点もわからない。だけと、間違いなく以前のランドソルにはなかった何かが水面下で蠢いている。

 だからといって、その何かに対して私ができることなど何もない。そういうのは【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の役目であって、いち市民である私には縁遠い話。そう思っていたのに。

 

 先導して歩いている緑色の背中を改めて見つめる。

 非日常の中に現れた、更なる非日常。謎多きエルフの少女は、恐らく同年代であろうが、それにしてはあまりにも肉体的に成熟し過ぎている。

 職業柄情報の最先端を常に追いかけている私が、これほどまでに独特の雰囲気を纏う人を今まで見たことないという事は、間違いなくランドソルの住人ではない。

 種族的偏見で語るなら、彼女はエルフの森出身だろう。

 最近は閉鎖的だったエルフの森の住人が、徐々にランドソルとの交流を持ち始めていることぐらいは把握しているが、彼女はなんとなくその流れからは外れた立場にある気がする。

 何というか、彼女の内から滲み出ている悲壮感のようなものがそう思わせているというか、自分でも判然としていない。

 まるで探偵のように考察してはいるが、そもそも私はそれ以前に恩人である彼女の名前すら知らないのだから滑稽以外の何者でもない。

 

「ここなら少しは休めると思う」

 

 案内された先は、路地裏の中で開けた場所にある手狭なベンチだった。

 路地裏特有の不気味で仄暗い印象は、真上に昇る太陽から降り注ぐ陽光によってちょうどベンチの周辺が照らされていることもあって気にならない。

 

「あ、猫……」

 

 ベンチの上には数匹の猫が日向ぼっこをしており、これでは座れない――そう思った矢先、猫達が一斉に立ち上がり、私には目もくれず彼女の足元にすり寄っていく。

 動物の中でも猫は人に懐きにくく自由気ままな生き物である筈なのに、彼女を前にして自発的にあんなにすり寄ってくるなんて、猫が彼女の心根の善性を見抜いているからとしか思えない。

 挨拶代わりのすり寄りが終わったかと思えば、猫達はベンチへと案内するかのように複縦陣の並びで道を作る。

 

「飼い猫ですか?」

 

「いや、初対面。昔から動物にはこういう対応をされる」

 

「そうですか……」

 

 動物は野生であればあるほど神経過敏になり、人間とは距離を置くのが普通なのに、彼女を前にするとこうも従順になるのか。

 森に住むエルフは植物や動物と心を通わせることができるらしいけれど、そうなると彼女が特別というわけではないのかもしれないが、それでもそんな状況に直面するのは初めてという事もあって結構感動している。

 

「どうぞ」

 

「ご、ご丁寧にどうも……」

 

 促されるままに先にベンチへと座る。

 そのまま隣に彼女が座るのかと思いきや、不動のままに立ち尽くしている。

 

「あの、座らないのですか?」

 

「この手狭なベンチに二人と並べば窮屈なだけで、貴方を休ませるという目的に反することになる」 

 

「そんな、そこまで気にする必要はないですよ」

 

「しかし――」

 

「恩人である貴方をそのように立たせている事実の方が、私の精神衛生上よろしくありません」

 

 実際、ここまで良くしてもらった相手を棒立ちさせるなんて、流石に人間性を疑われても仕方ない所業だ。

 重傷で相手に気遣う余裕もないレベルならいざ知らず、三角巾と投与してくれたらしい鎮痛剤の効果もあってそれぐらいの余裕は普通にある。

 

「――では、失礼して」

 

 数秒の間を置いて、遠慮しがちにベンチに腰掛ける。

 互いの肩が触れ合った途端、全神経がそこに集中していく。

 沈黙が場を支配する。緊張している私とは違って、隣では瞑想するように座して動かないその姿に改めて見惚れそうになるが、流石にそればかりでは駄目だと頭を振って意識を切り替える。

 

「あの。今更なのですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか。私はツムギと言います」

 

「――アオイ」

 

「アオイ……さん。先延ばしになってしまいましたが、この度は危ないところを助けていただきありがとうございます」

 

「別に、当然のことをしただけ」

 

「それでも、本当にありがとうございました」

 

 臆面もなくそう言い切る姿に、彼女の善性を垣間見る。

 自己顕示欲も承認欲求も損得勘定もなく、呼吸をするが如く言い切れる人なんてそうはいない。

 【王宮騎士団(NIGHTMARE)】は治安維持組織として一役買ってはいるが、組織の枠に囚われている以上あらゆる利権が関わってくる。

 給料だって貰っているし、地位も相応にある。正義の在り方もその組織理念の型に嵌ったものと自然となってしまう。

 正義ではないとまでは言わないが、絶対正義というには不純物が多い気がする。

 

「アオイさんはどういう経緯で私の店に?【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の方達の話によると不自然な人払いが行われていた可能性があったらしく、それが事実ならアオイさんはどうやって私の危険を知ったのですか?」

 

「君の悲鳴を聞いた瞬間、自然と駆けていた。人払いとか、そういうものに目を向ける余裕はなかった。ただ間に合わせたい一心だったから」

 

「そう、ですか」

 

 アオイさんの視点から、今回の異常事態を知ることができるかと思っていたので残念ではあったが、それ以上に脇目も振らずに私を助けてくれたという事実が嬉しくてどうでもよくなってくる。

 

「――ごめんなさい」

 

「え?」

 

 唐突に謝られ、まるで意味が分からず思考が停止する。

 

「君の状態を知ってなお、あのような形で放置する結果となったことを謝罪させて欲しい」

 

「そんな、アオイさんはあの暴漢の対処に追われていたことは知っています。外れていた腕も、アオイさんが治してくれたんでしょう?充分すぎるぐらいです」

 

「その程度、助けるからには当然の行いであり評価には値しない。それに、私は彼の警邏隊――【王宮騎士団(NIGHTMARE)】だったか。アレらに関わるには不都合な立場にあり、関わり合いを避けるために結果として放置する形になってしまった。我が身可愛さに君を見捨てた愚か者だよ私は」

 

 声色が僅かばかりに沈んでいる。本気で悔やんでいる証拠だろう。

 だからこそ、アオイさんの行動に違和感を感じずにはいられなかった。

 

「何故、私を助けたんですか?【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に見つかる可能性を考慮して、それを上回るメリットがあったと?」

 

「そんなものはない。ただ助けようと無我夢中だっただけ」

 

 その高潔な言葉が抱える矛盾としか思えない在り方に、私は複雑な感情を抱く。

 人助けは素晴らしいことで、それを咎める理由などない。

 しかし、彼女が【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に見つかることを警戒していることから、相当な事情を抱えていることは想像に難くない。

 そんな彼女が【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に発見されるリスクを背負ってまで私を助けてくれた。しかも、代価を求めてではない純粋なまでの善意で。

 

「……普段からこのようなことを?」

 

「いや、そもそも私はここ数年は独りで生きてきた身。交流と呼べるものも数える程度でしかない」

 

「そうですか……」

 

 どこまで鵜呑みにしていいかはわからないが、額面通りに受け止めるならばこのような自縄自縛一歩手前な人生を送っているようではなく、取り敢えずは安心と言ったところだろうか。

 【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に関わるというデメリットを抱えてなお、メリットと呼べるものもない私を助けるという行為を敢行してくれた。

 レイ様のように表立って脚光を浴びる立場であれば素晴らしい行いだと諸手を上げて喜べるところだが、アオイさんの場合は違う。

 彼女が悪人であるなどと露ほどにも思ってはいないが、【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に追われる立場ということは、つまり公的正義に反する立場にあるということに他ならない。そんな状態においても自身を擦り減らしてまで私を助け出してくれた。

 私心を捨てた公平な立場で考えるならば、その生き方はあまりにも危うく歪んでいる。

 まるで、いつでも破滅してもいいとさえ考えているようで。

 

「だけど、それならどうして戻ってきたんですか?当座の脅威は去り、私の治療を含めた事後処理だって過不足なく行ってくれたのに、これ以上私に関わる理由なんてありませんよね?」

 

 そう、アオイさんが無意識に私を助けようとしたところまではいい。

 だけどこうして目の前に現れた理由までは納得していない。私からすればアフターケアは充分に思えたが、それとももっと別の理由があるのか。

 

「――困った人を見捨てない」

 

「え?」

 

「私の中にある信念――いや、残響と呼ぶべきか。君の悲鳴が聞こえた時、私の中に浮かんだその言葉が私を動かした。そんな言葉、一度とて口にしたことも聞いたこともなかった筈なのに、何故かとてもしっくり来た。その言葉を裏切ってはいけない、そう思わせる強い力がその言葉にはあった。……私自身もよくわかっていないんだ、申し訳ない」

 

 たどたどしくもハッキリとした声色で語る中、アオイさんが見せた横顔を見て言葉を失った。

 無表情を貫いていた彼女が見せた、とても柔和で穏やかな笑み。

 真逆でありながらも今の彼女には相応しいと確信を持って言える、そんな美しい歪みを前にして私は釘付けにならざるを得なかった。

 

「……どうした?腕がまた痛む?」

 

「――ハッ!いいいいいえ!腕が痛いとかではなく、あの、えーっと、その――」

 

 気が付くと、息が掛かるほどの距離で見つめ合っている構図が完成していた。

 あまりにも凝視し過ぎて、状況の変化に思考が追い付いていなかったなんて、なんて間抜け。

 アオイさんを無我夢中で見つめていました、なんて変態的な言葉を言うわけにもいかず、さりとて何を言うべきかも定まらないまま意味のない音だけがせわしなく響いた末に。

 

「――しゅ、趣味はなんですか!?」

 

 などと、脈絡もなければ文脈の整合性もない、言葉の一方通行を吐き出すに至った。

 いくら混乱していたとはいえ、これはないだろう。

 露骨な話題転換に端を発した、客観的には意味不明なだけの狼狽という恥の上塗り。最早言葉を重ねることは墓穴を掘るだけと嫌でも理解してしまった私は、顔を真っ赤にして俯くことしかできなかった。

 

「趣味、か」

 

 そんな私の醜態などどこ吹く風と言った様子で、咄嗟に出てきた言葉に律儀に答えようと思考を巡らせている。

 

「趣味と呼べるほど高尚なものはないけど、手慰みにこういうものを偶に作っていた」

 

「これって……人、ですよね」

 

 おもむろにウエストポーチから取り出したのは、二つの木彫り人形だった。

 塗装の類は一切ついていないが、それが余分とさえ思えるぐらいに精巧にできたそれは、素朴な顔立ちながらも優しさが見え隠れする短髪の少年と、少年の半分ほどの背丈で足元付近にまで伸びた長髪が特徴的な少女という風な仕上がりになっていた。

 

「いや、凄いですよコレ。お店に並んでたら余裕で売れるレベルですよ!」

 

 思わず男性型の方を手に取り、まじまじと眺める。

 木彫り特有の粗さを最小限に抑えた造形は、この人形に掛けた労力と相応の愛情を伺わせる。

 それに、無意識なのかアオイさんが持つ少女の人形を、慈しむように撫でている様子からも、その認識が誤りでないことを補強している。

 

「世辞でもそう褒められて悪い気はしない。先も言ったが手慰みで作ったもの故、商売目的で取り扱う予定はない」

 

「そうですか……」

 

 勿体ないとは思ったが、彼女の立場を思えば足がつくようなことに手を染めることはあり得ないだろうと、後ろ髪を引かれつつ言葉を呑み込んだ。

 

「それにしても、ここまで特徴がハッキリしているということは、モデルがいたり?」

 

「……忸怩たる思いではあるが、これらは私の想像の産物であり雛形と呼べるものはいない。妄想の中の存在を独り寂しく彫っていたのだ、陰気だろう?」

 

 自嘲するように答えるアオイさん。しかし、私は彼女の言葉とは真逆の感想を抱いていた。

 イメージだけでここまで精巧な人を創り上げることができるということは、彼女は表情には出ずともとても感受性が豊かな人であるということ。決して陰気などとは思わない。

 

「何を恥じることがありますか。これだけ素晴らしい作品を作れることは、謙遜せずむしろ誇るべきです!」

 

 創作物の違いはあれど、同じ職人技術がある者としてはその得難い才能に嫉妬を抱きそうにさえなる。

 そんな彼女が行う謙遜というのは、彼女にその自覚がなくとも慇懃無礼に捉えられてしまうのが常。

 多少なりなら問題なさそうだけど、彼女はどうにも腰が低いというか、謙虚さが極まっている印象がこの短い交流の間で固まっていた。

 いらぬ敵を作らないという意味でも、恩人とはいえ――いや、恩人だからこそこういうところはハッキリと注意しないと。

 

「――そうだ!」

 

 仕立て道具一式の入ったレディースバッグから、仮縫いのアイドル衣装を取り出し空に掲げる。

 太陽光の効果もあって多少は映えるが、やはり現状ではハリボテ感は否めない。

 本当なら完成前の作品なんて他人に見せるものではないけれど、職人仲間が初めてできたということもあってテンションが上がっており、アオイさんには見てもらいたくなったのだ。

 

「これは……」

 

「はい。アオイさんのおかげで傷一つなく取り戻せた衣装です。改めてお礼を言わせてください」

 

「いや、だからあれは私の――」

 

「なら、私も自己満足で感謝しているだけですから、問題ありませんよね?」

 

「……それを言われると弱いわね」

 

 先手を切ってアオイさんの謙虚な言葉を遮ると、彼女は困った風に頬を掻いた。

 並の冒険者を歯牙にもかけない実力者であり、木彫り職人としての才能もあり、普通ならもっと自信というものが前面に出ていてもおかしくないのに、そんな一般的な解釈とは真逆に位置するなど、どういう人生を送っていればそうなるのか想像がつかない。

 分かっていることは、とても複雑かつのっぴきならない事情を抱えているということぐらい。あと、恐らくは仲間と呼べる人もいないということ。

 もし明確な目的意識を持って行動していて、それを誰かと共有しているとするなら、私のような箸にも棒にも掛からぬ存在を助けることでリスクを被るようなこと、ましてや今みたいに再び顔を合わせるような行動をとるとは彼女の性格からして考えにくい。

 それはつまり、孤独の戦いを強いられているということで、きっと毎日が平穏とは程遠い人生だったのではないだろうか。

 大人びた雰囲気はあれど互いに大きく年齢差があるとは思えないながらも、その仙人のように老成している雰囲気や言葉遣いも相まって、一般的な生活とは程遠いところに身を置いていたであろうことは想像できる。

 だから、探りを入れるという意味で実益を兼ねた質問を投げかけてみることに。

 

「――あの、アイドルってご存じですか?」

 

「いや、何分寡聞なもので、世俗の常識には疎く。是非とも拝聴させて頂きたい」

 

「そ、そんな畏まらなくても全然教えますから!」

 

 座った姿勢で深々と礼をしようとするのを、慌てて阻止する。

 やはりというか、確かにアイドル自体のネームバリューはノゾミさんの活躍に端を発しての、ここ最近メジャーになり始めたばかりの新規精鋭。

 しかし、その飛ぶ鳥を落とす勢いで広がっていく知名度の波紋は、身内贔屓を抜きにしても大陸全土に波及しているのでは?と思わせるほどで。

 エルフ社会にて未だに分母が大きい森エルフ達も、アイドルというものを風の噂で聞いてランドソルに遠征をし始めているという話を聞いた時は、その影響力に驚きを隠せなかった。

 

 今でこそ森と街という形で二分されたエルフだが、何年も昔の話では排他的かつ閉鎖的な種族で、自然との共生を是とし近代文明を否とする、所謂ガチガチの部族社会であったこともあり、永らくその門戸を閉ざしていた。

 それでも最低限の交流はあったようで、エルフの森とランドソルで魔物除けの魔力結界を相互作用で展開し、それを切っ掛けに少しずつではあるが良好な関係を築き上げていったと歴史の勉強で習った。

 とはいえ、異文化交流と言うのは得てして遅々たるもので、良い関係を築くためには互いの文化を尊重し侵食しないことが肝要であり、そのバランスを崩せば一転して争いの火種となってしまう。

 だからこそ、間違いなく意図していなかったとはいえ、異文化爆弾とも呼ぶべき影響力を持ってしまったアイドルという概念――というよりも、ノゾミさんのカリスマが時代の流れを変えてしまった。

 街エルフを始めとした都会派エルフがエルフの区分として認知されるようになった、そんな自然派と都会派の垣根が緩くなった時代だからこそというのもあるだろう。

 アイドル自体はノゾミさんが起源ではないが、突出した影響力は必ずしもプラスに働くとは限らないという、所謂時代が悪かったという奴で。当時はアイドルは流行の波に乗ることができず下火になっていたところを、ノゾミさんが電撃復活させたのだ。

 故にノゾミさん――【カルミナ】というのは思っている以上に強い影響力を持ち、そんな彼女達どころかアイドルという概念さえ知らないアオイさんは、想像を絶するほどに隔絶された世界で生きていたということになる。

 

「アイドルというのは歌や踊りを始めとして、色々な手法で大衆に向けて芸能活動を行う人達を総称した言葉です。簡単な話、可愛い女の子が歌って踊る様を商売にしているってことです」

 

「それは……商売として成り立つの?」

 

「成り立つんですよコレが。こればかりは口では説明できないというか、あのライブ感はとにかく筆舌に尽くしがたいんです!例えば――」

 

 そこからは、アイドルの素晴らしさを垂れ流す機械となって一方的に語り続ける時間が続く。

 正気に戻った時に揺り戻しで羞恥心が爆発しそうになるも、そんな私の暴走にも一言一句耳を傾けていたらしく、ドン引きされていないことに胸を撫で下ろした。

 

「情報の多さから全てを理解できたとは言えないが、君の熱意はとても伝わった。まるで自分のことのように語る姿からは、本当にそのアイドル――【カルミナ】への純然たる好意が伝わってきて、私自身もとても興味が湧いてきた」

 

「……流石にわかりますか」

 

 捲し立てている間に何を喋ったかの記憶は曖昧だが、それでもこうも容易く看破されたのは流石の着眼点と言うべきだろう。

 私は改めて、衣装をアオイさんにも全体が見えるように広げて掲げる。

 

「実はですね。この衣装、その【カルミナ】が使う衣装なんですよ。それも新曲を引っ提げての大舞台で着る、特別な衣装」

 

「……なるほど、だから君は無茶を」

 

「いえ、これが特別な衣装でなくても、私は同じ選択をしたと思います。私にとって【カルミナ】はそれぐらい特別なんです」

 

 私にとって、手掛けた作品すべてが魂を込めて作られた特別であり、そこには区別も贔屓もない。

 あるとするなら、これを贈る相手が特別であるかどうか。

 【カルミナ】は私にとっての光であり、その輝きに翳りを落とすことを許容できなかった。

 私は見知らぬ誰かのために身体を張れるようなお人好しではない。苦にならない程度ならばその限りではないが、リスクが圧倒的に上回るならば回れ右する程度には薄情な人間であると認識している。

 そんな私がアイドルだなんて、ちゃんちゃらおかしい。恥をかくどころか【カルミナ】の名に泥を塗るだけだ。

 

「……そんな【カルミナ】に、新たにユニットが加入するかどうかという打診があったんですよ。お世辞にも【カルミナ】のメンバー……ノゾミさんとチカさんって言うんですけど、その二人とは釣り合わないような、アイドルの素養があるとは思えないような娘がです。私はその話を聞いて納得していませんでしたが、リーダーであるノゾミさんが推しているものですから、現状は保留と言う形で平行線になっていますが、近いうちに結論を出さなくてはいけないのは確かで……」

 

 そう結論付けている筈なのに、何故こんな迂遠な喩え話をしてまで聞いてもらおうと思ってしまったのか。

 堰を切った言葉の濁流は止まらない。形容できない嫌悪感さえ感じる感情と共に流れていく。

 

「私、ノゾミさんの考えていることがさっぱりわかりません。ノゾミさんのような華があるわけでも、チカさんのような歌の才能があるわけでもない。十把一絡げな凡人でしかないその人に、ノゾミさんが何を期待してるのかが」

 

 二人が輝きを放つほど、日陰者でしかない私の世界は色濃くなっていく。

 たとえどれ程の眩耀であろうとも、それが自分の世界の外側の理である限りはこの身を灼くことはなかった。

 傍観者、他人事、対岸の火事――どれをとっても自分には関わりのない出来事でしかなく、それ故に特別ではあれどそれ以上の感情を抱くことはなかった。

 だが、今こうして光が私の世界を喰らい、私を光へと引き摺り込もうとする誘惑が迫っている。

 見初められてしまったからには傍観者ではいられない。他人事だと切って捨てることはできない。もらい火は既に広がり私の世界を燃やし始めている。

 

 これは名誉なことであり、誇るべきことである。今や時の人となりつつあるノゾミさんから直接勧誘されたのだから。

 たとえ進む先が灯火に群がる蛾と同じ末路と同義であったとしても、この機を逃せばこんな機会は二度と訪れないかもしれないと思えば、一も二もなく受け入れるべきことである。

 そんな抗い難い誘惑を跳ね除けるのは、日陰者の本能。分不相応、身の程知らず、一時の迷いでしかないと内から語りかけてくる声が自制させてくる。

 合理性と本能の二律背反が私を攻め立て、心を疲弊させてくる。

 

「片やソロアイドルとして実績を挙げてきたカリスマで、片やアイドルなんて夢見たことさえない一般人。チカさんのようなボーカルとしての下地がある訳でもないズブの素人に、何を期待しているんでしょうね」

 

 妄想の中のステージで踊る自分の姿は、未だにハリボテのまま。

 女の子ならば一度は憧れるであろう夢の舞台。しかし、夢が夢のまま現実にすり潰されるのが世の常であり、それを現実のものにできる人間は限りなく少ない。

 必死に努力して、それでも時勢や環境ひとつで水泡に帰すことも珍しくはない、そんなひと握りだけが昇ることができるスターダム。

 そんな有数のチケットをポンと手渡され、素直に喜べるほど私は純粋ではない。

 一つの事を極めることの大変さを知るからこそ、棚ぼたで得られるチャンスというものに懐疑的になってしまう。

 アイドルを志していた訳でもない私が、その権利を受け取る資格が果たしてあるのだろうか。

 

 ノゾミさんの勢いを跳ね除けるほどに言葉を尽くせなかったせいで、今こうして悩み続けている。

 自分でも何を考えているのかがわからなくなっている。思考が纏まらず、感情のままに思いのたけを想起するだけの存在に成り下がっている。

 だけど、こんな状態になったのは一度や二度ではない。

 ノゾミさん達のアイドル活動を見る度に、衣装づくりに励んでいる時に。アイドルという概念に触れる度に堂々巡りが始まる。

 もう沢山だ。こんな苦しみを味わうぐらいなら、アイドルなんてなりたいとは思わない。

 そう、何度も最後には気持ちを固めて終わっているのに。ふとした瞬間に未練に足を引っ張られ、再度繰り返す。

 自分で自分がわからない。ただただ感情の赴くままに自問自答を繰り返し、答えを得ることのないまま時間だけが悪戯に過ぎていく。

 

 だから、私はアオイさんに迂遠な言い回しで悩みを打ち明けようとしている。

 満足のいく答えが欲しいのではなく、ひとつの答えに行き着くことで楽になりたいから。

 自分ではノゾミさんに直接聞き出す度胸もないから、行きずりの相手に事の進退を委ねようとする。あまりにも度し難く、卑怯な選択だ。 

 

「……素人意見なれど、所感を述べさせてもらっても?」

 

「――はい」

 

 そうして、私の思惑通りにアオイさんは答えを提示しようと口火を切った。

 

「ただ、友達になりたかっただけなのでは?」

 

「……は?」

 

 それは、あまりにも予想外な回答で。思わず素の感情が漏れてしまった。

 

「いや、待って。だって、ノゾミさんはアイドルに誘ったのであって、友達になろうだなんて一言も――」

 

「恐らくは切っ掛け作り。とはいえ、勧誘する以上はその人にアイドルとしての素養を見出していることに嘘はないとは思うけれど」

 

「なら、どうして直接そう言わなかったんですか?そんな遠回りな、言い訳染みたやり方で……」

 

 アオイさんの意見は、申し訳ないが納得できる要素が見当たらず、煙に巻かれているようにしか感じられない。

 

「それは、その人がノゾミさん達を神格化しているから」

 

「……神格化?」

 

「君の熱の籠った説明から察するに、ノゾミさんは相応に魅力的な人物なのだろう。そしてそれは、貴方が特別に抱くものではなく、もっと普遍的なものであることも想像がつく。故に、その存在は一個人を象徴するにはあまりにも大きなものとなっているであろうことも」

 

「はい。ノゾミさんは、本当に凄い人で――」

 

「故に、孤独であったことも」

 

「……え?」

 

 孤独だなんて、そんな。

 あれだけのファンに囲まれ、応援されているノゾミさんが孤独だなんて、なんの冗談だろうか。

 

「アイドルとして持て囃され崇拝されるのは、一見して満たされているように見える。しかし、それに比例して彼我の心の距離が縮まる訳ではない。アイドルはアイドルでしかなく、そう振舞う間はそれ以上にもそれ以下にもなれない。故に、どれだけ数が多くても、アイドルではないただのノゾミさんには何も残らない」

 

「――それは」

 

 そんなこと、考えたこともなかった。

 ノゾミさんはカリスマに溢れ、誰にでも愛され、孤独とは縁遠い存在だと思い込んでいた。

 だけど、ファンというフィルターを通して見えるノゾミさんは、たとえプライベートであろうともアイドルでしかない。

 枯れ木に咲いた力強い花といえど、時代の流れという暴風の前には無力でしかない。

 時流に流され、栄光が過去になった時、アイドルとして輝き続けていた彼女に残るものが果たしてどれだけあるのだろうか。

 

 無論、私が深刻に捉えているだけで、ノゾミさんならアイドルを引退しても問題なくやっていけるとは思う。

 だが、それは推測であって彼女の内心を想像しているだけに過ぎず、如何に私がノゾミさん個人を見ていなかったかが浮き彫りになる。

 そもそもアイドルという職業がどのような制限を受けるかを知って、それでもその道に進んだ以上は、そのデメリットを許容するのは当然であり、普通の女の子らしさを望むのは傲慢だと考える人もいるだろう。

 しかし、そんな第三者の都合こそが真の傲慢ではないだろうか。

 アイドルだって普通の女の子のような生き方をしても許されてもいい。ファンがアイドルを過剰に強要して、それに逸脱する行動を取ったら裏切りだと掌を返す。これ以上の傲慢があるか。

 『アイドルのノゾミさん』を求め、『普通の女の子であるノゾミさん』は求められていない。それを自覚しているからこそ、友達ひとつ作ることさえノゾミさんは難儀している。

 アイドルという紋切り型の中でできる範囲を超え、普通の女の子になった瞬間に見限られるのではないかという恐怖に怯えているのではないか。

 そういうことならば、アオイさんの言うアイドルへの勧誘が友達作りの切っ掛けであるという解釈に納得がいく。

 

 思えばチカさんも【カルミナ】は知っていても、最初からアイドルという色眼鏡ではなくノゾミさん自身を見ていた。

 対して私は、仕立て屋というアイドルの縁の下としての在り方から、ノゾミさんをアイドルとしてしか見ていなかった。

 同じタイミングで【カルミナ】に勧誘された者同士でありながら、明確な違いがそこにあったことにようやく気付く。

 

「友達になるというのは言葉にすれば容易いけれど、心の底から信頼できる間柄になれるかどうかは別問題。ノゾミさんにとって、彼女を応援する人達とはそのような間柄にはなり得ない。彼女がアイドルとして自らを線引きする限り」

 

「――だから、アイドルに勧誘することで公平な立場で友人になろうとした?」

 

「そう。とはいっても、すべてが推測でしかないし、そもそもノゾミさんという個人を又聞きでしか聞いていない分際の推測だから、的外れもいいところでしょうけれど」

 

「いえ、私としては腑に落ちました。……けれど、やはり下地の一切無い状態の人を勧誘するのは、やっぱり無謀ではないかと」

 

「やること為すことが思う通りにできるならば、そのような人生は空虚でしかない。失敗も後悔も、押し並べて人生であり、だからこそ成功した結果に喜びを強く見出せるものだと、私は思うけれど」

 

「だからって、そんなむざむざ失敗に踏み出すような真似をするなんて」

 

 後ろ向きな発言を続ける私に、アオイさんは理解できないと言った様子で問いかけてくる。

 

「――何故、失敗すると決め付ける?」

 

「え……」

 

「何事も失敗して当たり前ぐらいの感覚で生きるぐらいが丁度良い。失敗は成功の元と言うように、成功への踏み台として昇華させるならば、失敗も得難い経験になる。挫折するにしても、その経験が無駄に終わることはないだろうし、何よりも【カルミナ】を通して得た絆は残り続ける。これほど賭ける側に都合の良い条件はないと思うけれどね」

 

 楽観的な理屈ながらも、そのスタンスは私には無縁なもので。

 責任や失敗の果てを幾度と想像し、ありもしない幻影に勝手に怯えていた私には、その在り方がとても羨ましかった。

 仕立て屋は身近な存在だったこともあり自然に受け入れることが出来ていたが、幼い頃からひとつの世界を知り傾倒していくあまり、その世界以外に目をくれることなく時間を重ねていくことになった。

 仕立て屋として生涯を終えることを信じて疑っていなかった私は、無意識にそれ以外のすべてから一定の距離を置いていたのだ。

 知識として理解はすれども、自分とは無関係であると決め付けていた。不純物であるとさえ認識していたかもしれない。

 

 そんな斜に構えた人生観を持っていた私に、強烈な印象を残したのがアイドル――否、ノゾミさんだった。

 初めて目にしたその時に見た圧倒的な光耀は、瞼を閉じてもなお色褪せることなく網膜に残り続けるほどに鮮烈で。

 いつしか情景は羨望となり、羨望は夢となった。

 それでも夢は夢でしかなく、それ以上にはなり得ない。想像の中だけでも輝きたいという現実では叶えられない世界に逃避し、埋められない孔を埋めようと自らを慰める。

 それがどれだけ不毛で滑稽であろうとも、一度浮かび上がった熱を発散させるには、そうするしかなかった。

 現実と空想の境界線を行き来することでしか、この欲は決して満たされないのだと信じて疑わなかった。

 

 だけど、空想が突然現実を侵食し、何もかもがグチャグチャになってしまった。

 降って湧いた奇跡とも呼ぶべきそれは、一切の心構えをしていなかった私にとっては天変地異に等しい出来事だった。

 一抹の覚悟も持たずに相対するには、あまりにも大きすぎる問題。小市民でしかない私には、本来ならば到底受け入れるべきではないぐらいに重い問題だったというのに、今は少しだけ違う。

 アイドルになるならない以前に、私はノゾミさんとチカさんのことをもっと知りたい。

 私はノゾミさん達のことを天上の存在だと勝手に決め付けて、一方的に壁を作って相容れない関係だと見切りを付けていた。

 だけど、アオイさんに言われて、一皮捲ればノゾミさんだってただの女の子でしかないのだと気付かされた時、心の壁に亀裂が走った。

 そんなこと考えるまでもなく当然なのに、灼かれた瞳ではその程度の事実さえも正しく認識できなかった。

 自分が如何に人としても仕立て屋としても、彼女達に対して不誠実であったのかを思い知らされた。

 

「色々と語ったけれど、要は後悔のない選択をしなさいと言う話。未来は可能性に満ち溢れているとはいえ、それは輝かしいものばかりではない。次の瞬間には五体不満足になっている未来だって、決してゼロではないのだから」

 

 流石にそれは極論が過ぎる――そう口に出そうとして、私自身アイドルに勧誘されるというシンデレラストーリーの一端を経験してしまっている以上、有り得ないと言える立場ではなかったと思い至る。

 

「浪漫を否定するつもりはないけれど、流れ星を待ち焦がれるだけの人生なんて退屈じゃないかな。何より夢は自ら掴むものであって、だからこそ夢に対して真剣になれる。貴方がこの衣装を身を挺して庇ったのは、それだけ仕立て屋として真摯に向き合っていたからで、その在り方の尊さにアイドルも仕立て屋もない。等しく称賛されるべき献身よ」

 

 アイドルと仕立て屋。それは光と影――そう勝手に解釈していた。

 しかし、両者の在り方に貴賤はなく等しく尊いものであると、アオイさんは言った。

 まるで私の心を見透かしたかのように適格な言葉。そこまで見透かされているとなれば、先の喩え話が私の事であることもバレバレなんだろう。

 

 思い返すは、私の独演による道化芝居。

 他人の言葉ひとつで、親から学んだ技術の素晴らしさを知りながらも、同時に仕立て屋は決して主役にはなれない日陰者の賎職と蔑み、必然的に親の顔にさえ泥を塗る親不幸を他人の言葉ひとつで許容してしまっていた。

 それが自立した精神によって導かれた解答ならばいざ知らず、構成される要素は周囲の評価やそこから来るネガティブな自己評価に起因しているとなれば、不本意の極みでしかない。

 せめて、親に素直な疑問を口に出来ていれば、こんな悩みを抱き続けることはなかったのかもしれない。

 しかし、私は答えを知ることを恐れた。その結果如何によっては、私の中にある世界が壊れてしまうかもしれないと、幼いながらに感じ取っていたから。 

 

 だから全部、最初からわかっていた。

 私の本音――アイドルをやってみたいという純粋な気持ち。その気持ちは、ノゾミさんと出逢いアイドルの熱に当てられた瞬間から確かに芽生えていた。

 しかしそれは、苦悩や葛藤でグチャグチャになった心の隙間から吹く風によって遮られたことで、今の今まで本心から目を逸らし続ける結果となっていた。

 そよ風は次第に強風へと変わり、いつしか目を逸らすことが日常の在り方となっていた。

 そんな心の隙間を埋めてくれたのが、アオイさんとの問答。正確には彼女の返答が、自身を顧みる切っ掛けを与えてくれたのだ。

 誰にも打ち明けることなく、上辺だけは陽気に振舞い社会に溶け込もうと何重もの重ね着をし、その重みで動けなくなった私。傍から見れば滑稽そのものだろう。

 そんな醜態に気付けない程に、私の目は眩んでいた。こうして肩の触れ合う距離で対話をして、ようやく理解できた程に。

 青い鳥症候群とは真逆で、理想を抑圧し現実だけを見据えて、理想という潤いを捨てた心は次第に風化していった。

 

 アオイさんは言った。後悔のない選択を、と。

 仕立て屋との両立とか、素人の私が彼女達に追いつけるのかなど、考えれば考えるほど不安はいっぱい思いつく。

 だけど、そんな未来を悲観してばかりでは、いつまでも立ち尽くすしかできない木偶人形のまま生きていくことになる。そんな生き方をしていては、仕立て屋としても半人前以下に落ちこぼれるのは明白。

 ここで仮に断ったとして、その選択をして後悔しないと言い切れる保証は一切ない。いや、絶対に後悔するとさえ断言できる。

 ……本当、こんな単純な事実にさえ気付けなかったのだから笑い話にもならない。

 だけど、こんな苦悩もいつかは笑い話にできるようになれれば、それはどんなに素敵なことだろう。

 

「理想も、現実も……どちらも追い求めていいんですか?」

 

「いい、と無責任には言えない。あくまで選択はその人のものであり、私は思うままに自論を語っただけ」

 

「そう、ですよね。それが普通、なんですよね」

 

 そうだ。全部が全部アオイさんにおんぶに抱っこでは、木偶人形な自分から抜け出すことなんて夢のまた夢。

 つい気の緩みから、過剰に心を許してしまった。寄り添うだけで利益を搾取するだけの行為など、仮にも商売人としての矜持から決して看過できない。

 それに、ノゾミさん達と対等になるというならば、猶更それは許されることではない。

 

「ありがとうございました、こんな唐突な話を聞いてもらって」

 

「礼は不要よ。この程度なら幾らでも相談に乗るわ」

 

「いえ、お気持ちは嬉しいですが――ここからは私の力でやり遂げなければいけないことですから」

 

 ここまでお膳立てされて何もできないようでは、答えを得たとしても繰り返すだけ。

 視野狭窄だった今までならいざ知らず、理解してしまったからにはこれ以上愚かで在り続けたくはない。

 

「そう、では――」

 

 アオイさんは何かを言おうとし、口を噤む。

 何かに集中するかのように目を閉じ、微動だにしない。

 急激な雰囲気の変化に、息を呑むことさえ許されないような、そんな気分にさせられる。

 

「――貴方を呼ぶ声が二人分。声色から両方とも未成年の少女」

 

「それって、まさか……」

 

 反射的に立ち上がり、表通りに視界を向ける。

 立ち上がった反動で間に合わせに腕を固定していた白布が解けるも、痛みも熱もなく完全に回復していた為にその事実に気付かない。

 いつの間にか人通りは元に戻っており、思えば結構な時間話し込んでいたと、裏道に差す光が足元まで忍び寄っていることから経過の長さを察する。

 トモ達にはギルドに直帰することを伝えてあり、重要参考人兼被害者である私の情報は他の【王宮騎士団(NIGHTMARE)】にも伝わっていて然るべきだろう。

 そんな私が、舌の根も乾かぬ内に人目に付かぬところで時間を潰していればどうなるか。

 普通の感性ならば、再び事件に巻き込まれて失踪したと考えるだろう。何せアオイさんを除けば店を出てからの目撃者は一人もいないのだから。

 そしてそれは、同じギルドである【カルミナ】のメンバーに伝わっている可能性は非常に高い。

 やってしまった、と思うがもう遅い。同時に、これ以上はアオイさんと共にはいられないことも理解していた。

 

「行くといい」

 

「で、でも。まだ私は貴方に何も――」

 

 この恩に報いることが出来ていないと、そう言おうとした瞬間、優しく背中を押されてたたらを踏む。

 視界に広がる強い光に顔をしかめ、反射的に目を背けようとして――やめた。

 ゆっくりとではあるが、白んでいた視界は着実に真実を映し出そうと適応していくのがわかる。

 眩しさに目尻に涙が浮かぶ。しかし、それでも目を背けてはならないと自分に必死に言い聞かせ、遂にその時は訪れた。

 

「――あっ、ツムギ!こんなところにいた!!」

 

「あ……」

 

 表通りから路地裏を覗き、人差し指を私に突きつける少女。彼女こそがノゾミであり、私の憧れであった人。

 

「ツムギさん、事件に巻き込まれたと【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の方から伺って、帰路についているのに何時までも戻ってこないから心配で心配で……」 

 

 それに連なる形で姿を現したのは、ボーカルのチカさん。

 二人とも呼吸が少々荒く、それだけ必死に探してくれたのかと思うと嬉しさと申し訳なさの両方が込み上げてくる。

 

「本当に心配したんだからね?ツムギは女の子なんだから、自分が気付いていないだけでトラウマになっていても不思議じゃないんだから」

 

「ごめんなさい。少々野暮用と言いますか、えっと――」

 

 アオイさんのことをどう説明しようかと悩み、助けを乞うようにして振り返る。

 しかし、そこにはアオイさんの存在は影も形もなく、猫達が私達の座っていたベンチに集合している光景だけがそこにあった。

 ベンチに差し掛かる陽光は、隣り合う二匹の猫を分かつように真ん中を境目に差し込んでいる。

 それはまるで、私とアオイさんが居るべき世界を象徴するかのような、残酷とも言える光景に私には映った。

 

「あれ、それどうしたの?人形?」

 

 ノゾミさんに指摘され、おもむろに胸元までそれを持ち上げる。

 まるで白昼夢であったかのように痕跡のない現実に、唯一残ったアオイさんが存在した証。

 

「凄く精巧な作品ですが、それを買うのに時間が掛かっていたのですか?」

 

「いえ、そうではないんですが……」

 

 アオイさんのことを説明したい衝動を堪え、別の言い訳を思案する。

 彼女の立場を思えば、下手に存在を広めるのはやめるべきだ。たとえ二人に悪意がなく、頑なに情報漏洩を取り締まっても、何かの拍子にポロっと口にしても不思議ではない。

 こればかりは信用や信頼の問題ではない凡ミスなので、それを考慮すれば決して明かすべきではない。

 少なくとも、私は恩人を売るような恥知らずではないつもりだ。

 

 ――でも、いつかは彼女達を紹介したい。

 その時は、きちんとお礼を言おう。

 それだけではない。生まれ変わった私を見てもらいたい。

 【カルミナ】の一員として相応しくなり、彼女の為のソロライブを披露したい。

 

 その為には、まずは一歩踏み出し殻を破ろう。

 素直な気持ちを吐き出し、背筋を伸ばして生きよう。

 仕立て屋と両立は大変だけど、どちらも大事だから私は妥協しない。

 艱難辛苦の道であろうとも、二人と一緒なら成し遂げられる。

 そして、いずれ二人の苦悩を背負えるぐらいになれた時こそ、対等になれたのだと証明できる。

 

「あのっ、皆さん!私――」

 

 世界は色彩に満ちている。

 この決意を抱き続ける限り、世界は白に染まることはない。

 ならば、何も恐れる必要なんてない。

 決意の一言と共に、私は生まれ変わる一歩を踏み出した。

 




ツムギの性格改変に関して賛否両論あると思います。ぶっちゃけここが更新遅れた理由の半分ぐらいあります。
これは作者の作品を作る上での芯に関わる部分なので、これからもこういう場面が出てくるとは思います。

つきましては、活動報告にてその辺りの説明という名の言い訳を投稿する予定なので、興味があれば一読お願いいたします。
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