アオイちゃんを常時無表情にして五割増しに口下手にした結果wwwww   作:花極四季

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あけましておめでとうございます(25日遅れ)
二ヶ月も遅れたのは時代や環境のせいじゃなくて作者が悪いので初投稿です。

文章量カットを目標にしていたのに、前回の18000文字から大幅更新。なんと27000文字となりました。
今後は流石にこれ以上は長くならないと思う。思いたい。


七話の投稿にあたって、誤字報告をしてくれた皆さまにはこの場で感謝を申し上げます。

報告者一覧(敬称略、順不同)

kuzuchi、ななくさなく、烏瑠、六四、薊(tbistle)、道遊庫塒、ネムイデス、ソフィア


八話

 ランドソル王城の一角にある【王宮騎士団(NIGHTMARE)】用のギルドハウスとして用いられている兵舎。その内トモとマツリの共用で宛がわれた一室にて、二人は仕事を終えた肉体を労わるべく各々くつろいでいた。

 ツムギの事情聴取を終え、商店街一帯に危険勧告を行うと共に警戒を厳にすべく【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の一部人員を派遣するように手続きを行っている間に、門前に放置されていた暴漢から事情聴取が済んだことを耳にした。

 とある薬学に精通しているギルドから仕入れた、自白を強要させる薬を試した結果、あの暴漢は最近アイドルとして知名度を大きく上げ始めたギルド【カルミナ】のファンで、そのリーダーであるノゾミと接触したいが為に間接的に関わりのあるツムギを狙って接点を持とうとしたらしい。

 不躾で高圧的な態度で臨んだ結果、思うような結果を出せず苛立ち暴行に及んだ、というのが事件の要点である。

 単独犯であり計画に加担する者はおらず、その点で言えば犯人が捕まった時点でこの事件は収束したと言っても良い。

 

 だが、未だに謎は残っている。

 男が犯行に及んだ際、その周辺には商店街であるにも関わらず人通りがまるでなかった。

 裏取りに商店街の周辺で活動していた者達に事情聴取を行ったが、成果はなし。

 あれ程の大柄な男を誰も彼もが見逃すとは考えられない上に、外から商店街の人通りを見れば一目で異常であることに気付ける筈なのに、それに関しても誰一人として違和感を抱いていなかった。

 日中のランドソルの城下には常に人が溢れている。往来も激しく、逆に言えば閑散としていないが故に人込みに身を隠すことも決して不可能ではないが、それを考慮に入れたとしてもその出で立ちはあまりにも目立つ。

 

 私はこの違和感を警備の管轄に話してみたが、返ってくるのは考えすぎの一点張り。

 【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の中では低年齢層に当たるが故に、適当にあしらわれているのかと思ったが、どうにもそうではない気がする。

 まるでその結論に帰結するように、思考が誘導されているかのように感じられた。

 あくまで個人的見解であり、バイアスが掛かっている可能性だって十分に考えられる。

 故に、押し問答は無意味であると早々に見切りを付け、事後処理を終わらせて今に至る訳である。

 

 私にとって幸いだったのは、マツリもまたこの異常とも呼べる感覚を認識していることにある。

 異常を自分だけが認識している状況で、それが延々と続くような事態が続けば、自分が異常なのだとその狂気を受け入れてしまっていた可能性があった。

 正義で在ろうとする組織に身を置いている状況で、ただ一人大衆にとって偽りの真実を抱えていたとしても、果たしてそれを貫けるだろうか。

 自分の認識では周囲が異常であるように、その周囲にとっては自分が異常と認識される。

 今はまだおかしなことを言っている程度に思われていようとも、声を大に異常を訴えれば、その果ては狂人扱いで隔離されるようになっても不思議ではない。

 だからこそ、マツリと共通認識を持てたことはとても重要な意味を持つ。

 自分が孤独ではないのだと認識できるだけでも、精神的負担には明確な違いが出る。

 ミクマ流剣術を学ぶにあたって、剣術だけではなくその過程において強靭な精神を育むことはできているが、それでも所詮は13の小娘でしかない。

 剣士としての在り方を社会の常識に当て嵌められるのはごく一部で、それが必ずしも正しいとは限らない。

 社会の常識を決めるのはいつだって大衆で、だからこそ人間は互いに身を寄せ合って生きる。

 剣士としてはそれなりでも、一度社会から爪弾きにされてしまえば赤子以下になるのが人間だ。

 徹頭徹尾孤独を是とし、我を貫き通せる人間がいるとするならば――ソイツは間違いなくどこか壊れてしまっている。 

 私にそこまでの覚悟や義理があるかどうかと言われれば、無いと断言できる。正義感を振りかざし、破滅の可能性に邁進できるほどの執着などできやしない。

 だからこそ、この問題にどこまで踏み込むべきかを測りかねている。

 正義感と虚飾に圧し潰される未来の自分を天秤に掛け、今もこうして肉体を休息しているのに対して脳は目まぐるしく動き続けている。

 

 混沌とする思考の最中、ベッドの上でトラタイガーの漫画本をうつ伏せで読むマツリに視線を向ける。

 彼女は先程の異常を知っていて、かつ【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の団員達から否定された場面に同伴していたにも関わらず、そのことで悩んでいる様子はない。

 それはきっと、彼女が純粋に正義と言うものを信じているからだ。

 自分の行いこそ正義であり、そこに不純なものはない。おかしいものはおかしいと素直に受け止めているからこそ、悩む要素などひとつもないということだろう。

 常々その盲目的な正義は身を滅ぼすと思い、暴走しないようにストッパーの役目を果たしていた身としては、その純粋さが今は羨ましい。

 彼女がその純粋さを損なわず、道徳や倫理観を正しく成長させることが出来たならば、間違いなく彼女自身が憧れるヒーローになれる。

 苦言を呈する立場ではあるが、その揺るがない正義の心には一目置いていることに嘘はない。

 だからこそ、大人の汚い世界になるべく関わらせたくないし、こんな荒唐無稽な事態に関わらせたくないのも本音だ。

 それでもきっと、彼女は見て見ぬ振りは出来ないだろうし、その決断を私は素直に喜ぶであろう。他ならぬ私自身の孤独になりたくないという都合で。

 

「――度し難いな、私は」

 

「……?どうしたっスか?」

 

「何でもないよ、うん」

 

 思わず漏れていた自嘲の言葉をすぐさま否定する。

 関わらせたくないという思いと、聞いて欲しいという思いがせめぎ合い、一瞬後者が勝ってしまった結果の産物。

 ここで自制できない時点で、私はまだまだ未熟であると痛感させられる。

 動揺を見せれば、それはマツリへの負担に繋がる。彼女は彼女らしく、先入観無しに世界を見て欲しい。

 いずれは対峙すべき現実ではあれど、今は時期尚早。後ろ暗い案件はお目付け役である自分が受け持てばいい。

 

「――私だ。二人ともいるかい?」

 

 硬質なノック音と共に部屋の外から声が聞こえ、反射的にそちらへと視線が向く。

 マツリも同様で、先程までのベッドの上でだらけていた様子とは打って変わって、ベッド上で正座しながらドア越しの人物へと向き合っている。

 ドア越しであることを考慮しても異様にくぐもった女性の声。しかし、その声には聞き覚えがあった。

 

「ジュンさんですか?はい、トモ、マツリ共に待機しています」

 

「休んでいるところすまないが、少し話がしたい。二人が関わった事件について、当事者からの子細な話を聞きたいんだ」

 

「わかりました、今開けます」

 

 宣言と共にドアを開けた先には、漆黒の騎士甲冑に身を包んだ人物が立っていた。

 ジュン――【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の団長。私とは頭一つ分は違うほどの身長を持つ精悍な女性で、どのような状況においても甲冑を外さない為、その素顔を知る者は少ない。

 かく言う私もその内のひとりで、その異様とも言える行動は生家の慣習によるものであり、そこに猜疑心の類はないと明言している。

 事実、団長と言う立場でありながらも、それを笠に無法を働くようなことをせず、国の為に公明正大な在り方を常に示しており、その発言を疑う者は誰一人いない。

 私は大人であるという理由だけで相手を敬えるような人間ではないが、彼女に対しては尊敬の念を抱かずにはいられない。それ程に素晴らしい人である。

 

「すまない、このような時間に」

 

「いえ、こちらとしてもジュンさんとは先の事件に関しては話がしたいと思っていたので」

 

「そう言ってくれると有難い。それと、このままお邪魔してもいいだろうか。あまり誰かに聞かれたくないんだ」

 

 自分のこと以外では秘密主義ではないジュンが敢えてそう宣言するということは、彼女も今回の件に何かしらの疑問を抱いている可能性が高い。

 実際に聞いてみないとわからないが、可能性が浮上しただけでも気分が高揚していくのがハッキリと理解できる。

 

「はい、問題ありません。マツリちゃんも、いいよね?」

 

「はいッス!あ、お茶淹れた方がいいっスか?」

 

「構わない、元より突発的な訪問だ。それに団長である私が個人の部屋に長居するのは問題があるだろうしね」

 

 ジュンの発言はすべてが本心だろうが、甲冑を脱げないからという理由もあるんだろう。

 他家のしきたりについて干渉するのは無作法だとは理解しているが、どうにも生き辛そうにしか思えない。

 騎士甲冑の重みから椅子に座ることもままならず、地面に座るのも無作法と言うことで立ちっぱなしのままにさせてしまっている。

 それが彼女の選択した道である以上、必要以上に世話を焼くのは却って侮辱しているようなもの。

 そう頭では理解しつつも、目上かつ尊敬している人物への対応としてはあまりにも不適切で、どうすればいいのかと思案するも答えは出ず。

 そうしている内に、ジュンから話を切り出し始めた。

 

「まず、報告書を見させてもらった。被害者の保護、現場周辺の封鎖と事情聴取と、随分と活躍したようだね」

 

「【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の一員として、当然のことです」

 

「成り立ちの関係から【プリンセスナイト】傘下であるギルドの者達も格式高い出が殆どで、そんな中で二人とは軋轢を生んでしまい、色々と不自由な思いをしている筈だ。今回の件も、後から来た人員と軽く揉めたんだろう?」

 

「……ええ、そうですよ。重役出勤の癖していざ来てみれば現場の管轄から外れろなんて言い出した時には、拳で返答しようかと本気で考えましたよ」

 

「出来る限り厳しい訓練でその余分なプライドを削ぎ落してはいるのだが、最近は人員不足から適正未満の人間でも徴用しているせいで、以前よりも目に余る行動を取る者が多くなっていて、ハッキリ言って矯正に手が回らない。後天的な訓練で底上げを行うよう上から指示が出ているが、その訓練さえも昨今事件が増えてきたことでままならず、結果としてはプライドが高く実力不足な騎士が濫造されてしまっている。それらの行動が災いして【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の評価は確実に地に落ちている。本末転倒にも程がある」

 

 深々と溜息を吐くジュンの憔悴した姿には同情を禁じえない。

 彼女の言う通り、【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の名声が下落している理由はソイツらにある。

 そもそも、格式高いとはいえ騎士として輩出されるのは、後継ぎに必要な長男や政略結婚に利用できる女性を除けば、当座で明確な権力を持たない次男、三男といった者達だ。

 生まれは貴族でも、権力を行使出来なければ七光でしかない。

 そこから差が出るとすれば、個人としてどれだけ功を残せるかにある。

 生まれや立場ではない、純粋な個人としての資質や魅力が肝要となる。

 それを理解せず、メッキの鎧を着込んで威張り散らす奴らが跋扈しているのが、今の【王宮騎士団(NIGHTMARE)】である。

 

「私が君達二人を【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に入れるように取り計らったのは、現状の腐敗の一途を辿る【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に新しい風を吹かせたかったからだ。そんな折、君達二人の存在は私にとって非常に都合が良かった。団長権限で私の管轄として捻じ込むことはできたが、その無茶の皺寄せは君達へと向くことになってしまった。本当にすまないと思っている」

 

 重厚な鎧が音を立てて深々と頭を下げる姿は、一見して威圧的で人を寄せ付けない圧迫感があるが、内包された悲壮感は隠しきれない。

 この事実も、言葉にしなければ気付くことはなかっただろうに、それでもこうして誠実に言葉にしている。

 こういう人だから、私達は彼女のことを好ましいと思えるのだ。

 

「……それは違いますよ。むしろ都合が良かったのは私達の方です。こちらの意思を無視しての徴用ならばいざ知らず、私達は望んでこの場に居ます。その選択を後悔したことはありませんし、ジュンの提案は渡りに船だった。だから、意に介する必要はありません」

 

 そもそも、ジュンの方からカミングアウトせずとも、少し考えればあまりにもこちらに都合が良過ぎる展開であると気付く。

 排他的で貴族主義の温床と化している【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に庶民を入れるというのは、並大抵の方法では軋轢を生むだけではなく、彼女自身の立場も危うくなってしまう。

 ランドソルを護ることに誇りを持っている彼女が、自らを犠牲にしてまで改革を為したとして、その立て直しの間に起こり得る数々の問題へのアフターケアを怠るとは考えにくい。

 仮に団長を退いた後、その後釜となるのは副団長であるクリスティーナだ。

 あの獣のような女に政治など期待できない。それどころか悪循環を加速させるであろうと確信を持って言える。

 

 直接の面識はないが、クリスティーナが副団長になる以前にその座に収まっていたサレンという女性は、それこそ副団長を名乗るに相応しい能力と実績を持っており、団員からの人気もあって未だにその影響力を残しているなど、聞くだけで放逐するには惜しい人材であったと言える。

 今彼女が運営している【サレンディア救護院】も、実質的に【プリンセスナイト】の傘下とされているが、発言権は皆無で政治的に干渉できる立場にはない。【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に返り咲き再び副団長になれば話は別だろうが、そう簡単に行く話でもないのは考えるまでもないこと。

 推測だが、彼女もまた現状の【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に嫌気が差した為に退任したのではないだろうか。

 絶対的な権威に護られているとはいえ、長い目で見れば泥船でしかないのは所属して間もない私からでも把握できるのだから、長く所属し腐敗の遷移を体験したともなれば、余程の愛着でもない限りは沈む船に乗り続ける理由はないと見切りを付けて当然だ。

 所属が所属だけに良い顔はされない可能性はあるが、個人的な繋がりは欲しい。機を見て接点を持ちたいところだ。

 

「……そうか。そう言ってもらえると私も嬉しい」

 

 逡巡の果て、ジュンは言葉を吞み込み話題を切り上げる。続けたところで押し問答になると判断したのだろう。

 それに、彼女は目下の人間の言葉を持論で塗り固めるほど狭量ではない。

 クリスティーナのようなエゴイスティックの塊を見ていると、ジュンの人間性が如何に優れているかがより浮き彫りになる。

 逆もまた然りで、故にクリスティーナへの評価はジュンに対する真逆になることは必然であった。

 

「話を逸らして申し訳ない。本題はそれではなく、トモちゃんが提出してくれた報告書を見て、周辺状況の違和感に関する記載が気になったんだ」

 

「気になった、とは」

 

「……二人は最近、クリスちゃん――クリスティーナの様子が急変したのには気付いていたかい?」

 

「へ?い、いえ。いつも通りでは?」

 

 唐突な話題転換とも取れる突拍子な質問に一瞬呆けるも、ジュンに限って無意味に問いかけたのではないと思考を切り替える。

 私の知るクリスティーナ・モーガンは、自分勝手で闘争を好み、常時飢えている野生の獣のような女だ。

 社会に迎合することを忌避し、故あれば何食わぬ顔で欲望の奴隷となる。その癖実力だけならばジュンに比肩することから、ただでさえ人材不足な【王宮騎士団(NIGHTMARE)】ではその立場を追われることなくのうのうと過ごしている。

 ただ、最近はあまりその姿を現さなくなったようにも思えるが、気紛れな奴の行動など読める筈もなく、そもそも興味がない。せいぜいが迷惑をかけるなという叶いもしない願望に気を揉む羽目になるのが関の山だ。

 

「確かに唯我独尊というか、他者に囚われないその在り様はそのままなんだが、それに指向性が生まれたように思えるんだ」

 

「指向性、っスか?」

 

「以前の彼女はこう、欲望のままに無差別に闘争本能を振りかざす、そんな危なっかしい要素を多分に含んでいただろう?」

 

「アレをそんな柔らかい表現で済ませられるのは、ジュンさんぐらいのものですよ……」

 

「クリスティーナおばさんには【王宮騎士団(NIGHTMARE)】としての自覚がまるで足りないっス!」

 

 クリスティーナの所業――蛮行、奇行?は、ハッキリ言って秩序を司る【王宮騎士団(NIGHTMARE)】にはとても相応しくない。

 クリスティーナがいつから【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に居たのかは定かではないが、彼女が【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の腐敗の元凶と言われれば間違いなく信じてしまうだろう。それほどまでに彼女の行動は目に余る。

 稀に起こる大規模魔物討伐などにおいては単独で獅子奮迅の活躍を見せるため、欠かせない人材であることが彼女の暴走を許容する要因となっていると言っても過言ではない。 

 

「まぁ、そのような評価を受けていることを前提として聞きたい。最近のクリスちゃん、以前より大人しいと思わなかったかい?」

 

「……言われてみれば」

 

 唯我独尊を体現したクリスティーナの存在は、【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に所属している以上嫌でも目に付いてしまう。

 平和な一日であれば、やれ暇だのつまらんだの。翻って彼女の琴線に触れる騒動が起これば、その被害を拡大させつつも収束させるという、有能なのか無能なのかわからない立ち回りをするものだから質が悪い。

 どちらに転んでも喧しいのだけは変わらないので、その一点のみでも好意的にはなれない。まさに目の上のたんこぶのような奴だ。

 故に、そんな喧しさが最近鳴りを潜めている事実に気付くのに時間は掛からなかった。

 それこそ、何故今の今まで気付けなかったのかとさえ思う程に、現状の大人しさは異常とも言える。

 

「私にも詳しい事情はわからないが、変化は突然だった。雰囲気や行動が以前の彼女とは明らかに変わっていたんだ」

 

「そうっスか?確かにあんまり見かけなくなったのはわかるっスけど、たまに見かけた時はいつも通りな嫌味なおばさんでしたっスよ?」

 

 マツリちゃんの言う通り、騒動の頻度は減ったとはいえゼロになった訳ではない。

 何度か鉢合わせしたりもしたが、普段通りの傍迷惑な様子はそのままだった。

 だからこそ、クリスティーナの行動の変化に気付けなかったのかもしれない。

 

「――クリスちゃんが、深夜に剣術の訓練をしていたと。そう言ってもかい?」

 

「――――は?」

 

 ジュンの言葉は、思考を停止させるには充分すぎるほどに滅茶苦茶だった。

 クリスティーナの性格からして、強くなる為に鍛えるのは女々しいとさえ考えていそうな節がある。

 実際、彼女の戦闘スタイルには特定の流派のようなものは存在せず、それどころか一般的な剣士としてのスタイルさえ捨てているとさえ言える。

 戦いを愉しむ為にわざと自らを追い込んだり、手加減をして戦いを長引かせたりといった、自身が絶対強者であるという自負から来る傲慢そのものが、彼女の戦闘スタイル。

 その自負を裏付ける強さは悔しいが認めざるを得ない。

 そんな彼女が、訓練だと?

 

「いやいや、ジュンさん。それは流石に冗談が過ぎるっスよ」

 

「うん、こればかりはジュンさんの言葉であってもね……」

 

「だが、事実だ。信じられないのも無理はないが、私は確かに見た。クリスちゃんの気性は皆が知るところであり、そんな彼女が今まででは考えられない行動を始めた。世界規模で見れば微々たる変化かもしれないが、私達にとっては充分過ぎる変化じゃないか?」

 

「いや、確かにその通りっスけど……」

 

 呆れた様子で呟くマツリちゃん。まったくもって同意である。

 なんというか、緊張していた空気が一気に弛緩した気がする。

 真面目に話していたのが馬鹿らしくなり、前のめりになっていた身体を椅子に預けてすっかり冷めてしまった紅茶を平らげる。

 温かみを失った渋みと同じ表情を浮かべていると、ジュンは変わらぬ真面目な声色で言葉を続けていく。

 

「これに限った話ではない。クリスちゃんの異変を目の当たりにしてからというもの、私の中でも色々と不審なことが目立つようになった。平和になって久しいランドソルには過剰とも言える武具を販売する店、その一方で日常生活に関する用品が少ないという事実。ランドソルの人口を補うにはギリギリとも――いや、最低限を補ったとも言えるぐらいには不足している。ここ最近でそれが顕著に表れたのは、半年ほど前に発生した魔物の活性化に伴う流通の停滞から来る物資の不足だ。食糧等に関しては、突発的な狂暴化というのもありまだ事故のようなものとは考えられるが、ランドソル特有の風土病の治療薬に関してはそうはいかない」 

 

「治療薬……ああ、子供が罹る奴ですね」

 

「アレはキツイっス……。二度と罹りたくないっスよ」

 

 話には聞いたことがある。私は罹患したことないが、幼い頃限定とはいえ、通常の風邪よりも強力で治療薬なくしては流行が過ぎるまでは発症し続ける厄介な病気で、体力が少ない子供にとっては最悪死に至る可能性さえあるとされている。

 

「子供限定かつ一度罹れば二度と罹らないとはいえ、死に至る可能性がありかつそこまで高価な代物ではない治療薬が不足するというのには些か疑問だ。この手の治療薬は需要が少なく安価に購入できる時期に必要数を買い溜めし、来るべき時期に備えるのが常套手段だ。余程生活に困窮していたり、子沢山な家でもない限りは確保していて然るべきそれが、時期が被ったとはいえただの一度の流通停滞で市場が混乱するなど有り得るだろうか」

 

「それは、確かに」

 

 薬などの長期間保存の利く生活用品は、未使用だったり使用しても残っていたりした場合、捨てることはせずに次の機会にまで保存するのが普通だ。

 子供の数によって必要数は変動するとはいえ、家によってはかつて子供が罹患して使い切ることなく完治した為、取り敢えず保存しているという人もいるだろう。いらなくなったから捨てる、というのは流石に短慮が過ぎる故、大抵は残したままにしておく筈。

 そうなると、住宅街でのご近所付き合いが活発なランドソルでは数字以上に在庫が確保されている可能性は充分にある。

 

「実際、数を多く必要とした知人がそう言った伝手を頼りに奔走したのだが、ただの一人からも良い返事をもらえなかったらしい。その際に仕入れた情報によると、薬はどの家にも過不足なく行き渡っていたという。一人っ子、子沢山の家庭と振れ幅の大きい統計の中で、誰もがキッチリと使い切っていたなど考えられない」

 

「それは――その知人の方が騙されていたとか」

 

「知人は市井において顔が広く、普段から住民との交流を密に行い、総じて人格者として評価されている。そんな彼女を騙す理由もなければ、騙される謂れもない。ましてや市民ぐるみでなど、絶対に有り得ない」

 

 淀みなく言い切るその姿勢から、ジュンがその知人とやらに厚い信頼を寄せていることが伺える。

 同時に、そんなジュンに認められているその知人さんが如何に人格者であるかも。

 

「この話を聞いたのも流行が過ぎてから少しした後で、当時は気にも留めていなかった。当事者である知人も然りで、聡明で知恵の回る彼女がこの事実に気付かない訳がない。そういう意味でも、この件は疑問が多く残る話なんだ」

 

 ジュンの言う通り、列挙すればおかしいと思える部分は散りばめられている。だが――

 

「なるほど、わかりました。でも、すべて偶然と片付けられるようにも思えるんですが」

 

 そう、ジュンの提示した疑問はすべて偶然が重なった結果と言われればそれまでの話で終わらせられる程度には、個々に明確な引力が感じられない。聞く人が聞けば、こじつけにしか聞こえない程度の摩擦、言葉遊びでしかない。

 そもそも、あらゆる事象は捉え方次第で自在に形を変える雲の如く曖昧なものだ。

 真実がより大きな虚構に包まれ埋没する。敗者側に絶対の理があろうとも、勝者側の吹聴により敗者が悪となってしまうように。

 

 今回の件は、恐らくは大半の人間が考えすぎと捉える程度には証拠不十分な考察だ。

 数は正義とはよく言ったもので、その大半が発する声の大きさが同調圧力となり、個人でしかないジュンの言葉は否定されてしまう。

 実際、ジュンの発言でなければ私もまたその大半の中に組み込まれていただろう。

 そうならなかったのは、ひとえに私がジュンという人間が適当な言葉で惑わすような愚者ではないことを知っているからに他ならない。

 【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の団長という称号は一般人と比較すれば圧倒的な名声ではあるが、それでも発言力という点では強いものではない。【プリンセスナイト】の傘下であり、更にその上には王族がいる上に、最近の風評も相まってその発言力は市井においても下落しつつある。

 そんな彼女の言葉に力があるかと言われてしまえば、私が口に出来るのは希望的観測だけだろう。

 

「そうだね。でも、それは君達にも言えることだと思わないかい?」

 

「それは、どういう――」

 

「報告書の中にあった、違和感のことさ」

 

 言われてハッとする。

 そうだ。私達がツムギを保護した際に感じた違和感。あれもまた、大半の人間にとっては気のせいだと切って捨てられる程度のものでしかなかった。

 しかし、当事者である私達にとっては、そうと言い切れないしこり(・・・)のようなものが残る出来事だった。

 形は違えども、抱いた感情はきっと同じだった筈。斯く言う私も、その一人だから。

 そのことに、他ならぬ私が一番に気付くべきだったのに。私は指摘されるまで露程も共通点を見出せなかった。

 

「もしかしたら、と思った。二人も同じく認知のズレを体験していたのかも、とな。普段ならば気のせいで済む問題も、自身が体験した境遇も相まって気にせずにはいられなかった。それに――」

 

 ジュンが何かを言おうとし、そこで会話が途切れる。

 顎に手を当て、言うべきかどうか悩んでいるような素振りのまま固まっている。

 

「……それに?」

 

「……被害者の目撃証言の中にあった、緑色の外套を羽織った人物。まるで結界でも張られていたかのように特定箇所だけ人が寄り付かなかった中、まるで示し合わせたかのように被害者を助けた人物。私達が抱いた違和感を跳ね除け、適応していると思われる人物。恐らく、その人物が鍵だ」

 

「鍵?」

 

「二人の方でも、その外套の人物を捜索していたという報告はあったが、成果は被害者の目撃証言のみでその人物に繋がる証拠はなにひとつとして得られなかった、そうだね?」

 

「は、はい」

 

「緑色の外套だなんて、表通りを歩けば嫌でも目立つ。ましてや被害現場の周辺こそ人がいなかったとはいえ、それ以外はいつも通りであったならば、別方面での発見報告があってもおかしくはない」

 

「なのに、目撃者はゼロ」

 

「……そうだな。私達が置かれた境遇も偶然、外套の者が被害者を助けられたのも偶然、その者の存在を明確に知覚している者が一人という事実も偶然。すべてが偶然の産物と言えるぐらいにあやふやな出来事。もしかすると、そんな偶然の産物に整合性を持たせたくて、その外套の者を槍玉に挙げようと思考が誘導されているのかもしれない」

 

 すべてが煙に巻かれたかのように不定形で、不明瞭で、現実感のないことばかり。

 人は理解できないものを恐れる。私達は理解できない事象に囲まれ、正常な思考が定まらないでいる。

 そんな状況を打破したくて、何の確証もありはしない一縷の可能性に縋ろうとしている。

 私は――私達は、こんなにも弱い人間だったのだろうか。

 

「結果として不安を煽る形になってしまい、すまないと思っている。私は、不要な領域に足を踏み入れようとしているのかもしれない。暗闇の中へ灯りを持たずに入ろうとする愚者の如し行いを。だが――どうしても気になるんだ。何が真実で何が虚構か、この違和感を見過ごした先に正義はあるのかどうか」

 

「正義、っスか?」

 

 しばらく口を閉ざしていたマツリが慣れ親しんだ言葉に反応する。

 

「私達は騎士だ。このランドソルの平和を守る一振りの剣であり盾。しかしそれだけではただの武力のひとつでしかない。それを隔てる象徴として、正義を為すという大義名分が求められる。故に、私達はいつだって正義とは何かを思考し続けなければならない」

 

「悪い奴をブッ飛ばすだけじゃ駄目っスか?」

 

「それもひとつの正義の形だが、それがすべてではない。そもそも、今回の件で戦うべき敵とは何だ?」

 

「そ、それは――」

 

「私達が対峙しているのは、漠然とした不安だ。それ自体に善悪はなく、あるとすればそれを抜けた先にある。何もかもが不明瞭な中で正義の御旗の下に行動するのは、一転して自分達が悪になり得る愚行であることを理解して欲しい」

 

 ジュンの説明に、マツリはいまいちピンと来ていない様子。

 マツリにとっての正義とは、悪の対極。それ以上でも以下でもない、まさしく純粋な概念だ。

 ジュンの発言は、そんな純粋な正義に不純物を混ぜる行為に他ならない。

 敢えて私はその純粋さを損なわせまいと立ち回っていた。それを彼女も理解した上で口出しするようなことはこれまではなかった。

 だが、今このタイミングで踏み込んできたのは――恐らく、それでは今後立ち往かない事態が待ち構えていると判断したからだ。

 

「つ、つまりどういう事っスか?」

 

「それはね、マツリちゃん。私達は正義を語れるほど状況を理解していない、スタートラインにすら立っていないってことだよ。そんな状態でいつも通りに正義を為そうとして、もし間違えてしまったらどうなると思う?」

 

「……正義じゃ、なくなるっスか?」

 

「そうだね。普通なら一度ぐらいの間違いは許してくれるかもしれない。だけど、私達は【王宮騎士団(NIGHTMARE)】だ。正義の象徴であり権威でなければならない私達が、正義の名の下に行うことに間違いがあってはならない。一度の決定的な失敗は、民衆の心を離れさせるには充分なんだ」

 

「加えて昨今の情報伝達の遅延から来る初動の遅さもあって【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の権威は少しずつ衰えている。例えるなら火にくべる薪が積みあがっている状態だ。そんな状態で燃料を投下してしまえば――それはすべてを焼き尽くすまで止まらない猛火となるだろう」

 

 その猛火とはつまり、権威の失墜。それに連なる秩序の崩壊を意味する。

 どんなに衰えようとも【王宮騎士団(NIGHTMARE)】はランドソルにおける正義の象徴であることに変わりはない。

 たとえか細い糸に繋がれた権威であろうとも、ゼロでないことに意味がある。

 だからこそ、たったひとつの間違いでそれさえ失くしてしまうような事態だけは避けなければならない。

 

「先程私は、外套の人物を鍵といった。それは彼の者が何かしらの事情を知っている可能性があるから、というのもあるが――彼女が善なる者ならば、味方として取り込みたい。権威に縛られ、下手に行動が出来なくなった私達の代行者となってもらう為に」

 

「……そういうことですか。仮にソイツが悪であったとしても、何かしらの情報を握っている可能性は高い。だからどちらにせよ接触することでこの状況を打破できるから、その者が鍵だと」

 

 多少遠回りになってしまったが、要するに自分達ではどうしようもないから、どうにか出来そうな人物を頼るという話だ。

 【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の騎士としては情けない限りだが、違和感に限らず魔物の活性化を始めとした不穏な情勢にも対応しなくてはならない。

 ただでさえ動かせる人員の少ない中、不確定要素に怯えて動けなくなってしまえば騎士として本末転倒だ。

 

「まぁ、私としてはそれは懸念だと思っている。むしろ、陰ながらこの違和感に立ち向かおうとしている高潔な精神の持ち主であろうとさえな。後ろ暗いことがあるならば、たった一人の一般人を救うために目撃されるような行動は取らないだろうからね」

 

「じ、じゃあ何で堂々と表に出ないんスか?」

 

「表立って正義を為す私が置かれている現状。それを思えば理解できるんじゃないかな」

 

「――あっ、そういうことっスか!」

 

 ここに来てようやく、マツリの中で答えを見出せたのか嬉しそうに表情を明るくさせる。

 人は正義の中に安心を求める。正義を為す人物、組織、信仰――拠り所とする所は違えども、共通するのはそこに偶像を求めること。

 目に見えぬものよりも見えるものの方が説得力があり、大抵はそこに人を当て嵌める。存命か故人かに関わらず、かつて正義を為したという事実こそが重要なのだ。

 それ自体は何も悪くはない。だが権力を持つとそれに相応しい振舞いが求められるのが常。

 そうあれかしと望む者達の声によって個人としての自由は殺され、その代わりに栄華が保障される。

 あちらを立てればこちらが立たぬもので、こればかりは一挙両得とはいかない。

 私は正義を為す者として、それが私刑や独善とはならない為の後ろ盾として【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の価値があると考えている。

 だがそれはそれとして、市民はそれ以上を求める。権力や立場の差異はあれどやっていることは獣人族の寄り合い所帯である【動物苑】の傘下【自警団(カォン)】と同じ。王国の後ろ盾と、獣人族に対する抜けきらない差別意識が、その二つを明確に隔てているに過ぎず、本質に大きな違いは無い。

 だからこそ権力と言うのは大事であり、決して代えがたい印章となる。

 マツリがそこまで理解しているとは考えていないが、欠片でも理解してくれれば充分だ。

 

 マツリにとっては難しい話題だったこともあり、半分蚊帳の外みたいな扱いになっていたが、彼女もまた当事者の一人なのだ。

 自分で考え、導き答えを出す力がこれから必要になってくる。

 たとえ彼女一人の状況で、どのような事態に陥ろうとも決して間違えないような視野と知恵を育む必要がある。

 結果的に私のやってきたことはただの過保護でしかなかったのかもしれないが、それを嘆いたところでどうしようもない。

 そこで思考停止せず、時流に乗ることで今度こそ正しく導いてやればいい。

 

「目標は定まった。しかし、問題は誰が接触するかという点だ。私は団長として独断で長期間離れることは難しい、二人は身軽な立場だけどそれでも騎士である以上結局は似たようなものだ」

 

「マツリちゃんは見習いだから拘束力は弱いけれど、流石に一人じゃあねぇ……」

 

「ひ、酷いッスよトモね~ちゃん!」

 

「そもそも、今の今まで影すら見せなかった人物を追うのはハッキリ言って無謀だ。こういうのは専門家に頼ったり人海戦術を行うのが常套手段なんだけど、どちらも難しいね」

 

 前者で言う専門家というのは、所謂裏側の人間。マフィアのような表立って活動せず、悪を以て悪を抑止する存在を指す。

 蛇の道は蛇と言うように、裏には裏の情報網がある。そして、表舞台に居ないからこその自由が保障されている。

 だから、私達が知らない何かを掴んでいたとしても不思議ではない、が――彼らを頼るのは立場上よろしくない。

 裏の人間と言うのは、世間一般的に良い評価を受けてはいない。極端な話、悪と呼ばれても遜色ないことをやっている人間だっている。

 最近は無法者の集まりだった奴らを纏める頭が出来たという話は聞いているが、実態は定かではない。

 何にせよ、真っ当に裏家業をやっている人間をもひっくるめて、そういう目で見られていることに変わりはない。その辺りの事情を一般人にわかれというのも酷な話だし、理解し過ぎて裏が裏でなくなることも問題だ。

 そんな立場の相手に頼るというのは、こちらの立場としてもリスクが高すぎる。

 どんなに秘密裏に行おうとも、どこかで情報が漏れてしまえばそれでアウトだ。ましてやその情報網を以てしても成果が得られなかったともなれば、笑い話では済まされない。

 

 後者の人海戦術に関しては、そもそもこの事情を正確に理解できている人間が私達ぐらいのもので、数を賄うことが不可能な状況にある。

 ジュンの団長権限により部下を操作することは可能だが、大義名分を掲げて動かすための説得力と不自然さを帳消しにする手段を並行して実行する必要がある。

 【王宮騎士団(NIGHTMARE)】は正義の組織であり、それが集団で個人を追う理由など、余程のことがなければソイツが悪人であるからだと考えるのが自然だ。

 この時点で彼の人物が正義か悪かも定まっていないのだから、これもまたリスクが高すぎる手段となってしまう。

 それ以前に、集団で押しかけて協力してくれなんて言ったところで、はいと答えてくれる人間がどれだけいるという話だ。

 

「――ならば、私の出番という訳かな?」

 

 どうすべきかと三人揃って思案していたその時、ここには居ない四人目の声が部屋の入り口から発せられた。

 

「あっ、クリスティーナおばさん!!」

 

「――盗み聞きとは、趣味が悪いなクリスティーナ」

 

「それはお互い様という奴だろう?団長殿」

 

 不敵な笑みと共に盗み聞きを悪びれもなく開き直るその様相は、まさしくクリスティーナ・モーガンその人である。

 

「クリスティーナ……どこから聞いていた?」

 

「さて、どこからだろうな。たとえどこからだろうと、大事なのは動けない貴様らの代わりに動ける人材であろう?」

 

 相変わらずの煙に巻く対応に辟易しつつも、コイツに合わせていたらいつまで経っても話が進まない。

 

「確かにその通りだが――解せないな。今回の件、クリスティーナにとってはつまらないだけのものだろう。何故自ら進んで志願したんだい?」

 

 クリスティーナの行動は、彼女の性質を知るからこそあまりにも不可解に感じる。

 言葉の通り、クリスティーナは派手な大立ち回りを好み、逆に現場の捜査のようなチマチマした作業を忌避している。

 今回の件は紛れもなく後者であり、私の知るクリスティーナならば提案どころか命令であろうとも拒否するであろう。だからこそ解せないと言ったのだ。

 

「おいおい心外だな。私とて【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の騎士だ。潜在する脅威の為に動くことになんの憚りがあろう」

 

 白々しい。この女にそんな殊勝な心掛けなどあるはずもない。間違いなく裏があると見ていい。

 

「それに、私が候補から外れるならば誰かアテでもあるのか?探すのは結構だが、その間にも事態は悪化の一途を辿ることを考慮すれば、選り好みなどそれこそ愚の骨頂だろう?」

 

「確かに正論だね。それを貴方が言っているのでなければ、素直に聞き入れることも吝かではなかったさ」

 

「胡散臭いにも程があるっス」

 

 不審者を見る目で見つめるも、どこ吹く風と言った様子で佇む姿に軽い苛立ちを覚える。

 いつもそうだ。思うがままに行動し周囲を引っ掻き回して自分だけが満足する、そんな台風の目そのものであるコイツが、真夏に流れるそよ風のような謙虚な優しさを発揮するなどとは微塵も考えていない。

 

「何にせよ、決断するなら早くしろ。別段私は断られたところで問題はないのだから、私の気が変わらない内に決断した方が遺恨も残らないと思うのだがな」

 

 半ば脅しのように催促され、嫌でも思考を回転させられる。

 飄々とした態度の裏に隠されたクリスティーナの真意が全く掴めないせいで、どうしても一歩踏み出せずにいる。

 良くも悪くも唯我独尊な彼女が勝手気ままな行動を取ったとしても、普段の行いが隠れ蓑となって私達よりは捜索が捗る可能性は十分に保証できる。

 だが、あのクリスティーナがこちらの都合通りに事を運んでくれるとは欠片も考えられない。絶対に何かやらかすというか、今回の提案も間違いなく腹に一物抱えてのものだと確信している。

 この一連の流れもまた、彼女の掌で踊らされているようで腹立たしさが加速する。

 

「ひとつ、聞かせて欲しい」

 

「何だ?」

 

「あの夜、私が尾行していたことに気付いていて敢えて無視したのは、今回の為の布石――いや、警告か?少なくとも、クリスちゃんは努力を他人に見られたいと思える人ではないことぐらいは私にもわかる。だからこそ、そうとしか考えられないんだ」

 

「さてな。好きに解釈すればいい。私が何か言ったところで、素直に信じてくれるほどお花畑ではないのなら、言うだけ無駄だ。ただ――」

 

「ただ?」

 

「私は貴様らより事情に通じている。だが、言うつもりはないとだけは宣言しておこう」

 

「――――な」

 

 クリスティーナがいつもの調子で吐き出した言葉は、私達の思考を揺さぶるには充分な威力を持っていた。

 思わせぶりな態度を隠す気もないのか、敢えて公表して揺さぶりを掛けて楽しんでいるのか、そもそもただのハッタリか。

 この女相手に合理性という判断材料はまるで意味を成さない。故にあらゆる可能性を捨てることなくただひとつの答えを掴み取るという神業でもなければ、その真意には辿り着けない。

 悔しいが、私にはクリスティーナの真意を量るなんて出来ない。ただひとつ、この一件はクリスティーナにとっても利がある何かがあるということぐらいしかわからない。

 

「――お願いしてもいいだろうか」

 

「ジュンさん……!!」

 

 数分か、あるいは数秒か。無言が生み出した静謐を打ち破ったのは、予定調和とも呼べる返答だった。

 

「そうか。頼まれたのならば仕方ない、せいぜい期待に応えて見せようではないか」

 

 そう満足そうに答えたかと思えば、用は済んだとばかりにこちらへ一瞥さえくれずに踵を返す。

 

「待っ――ッッ!」

 

 待て、と叫ぼうとして咄嗟に呑み込む。ここで大声を出せば連鎖的にジュンさんとの秘密の会合がバレて色々と面倒なことになってしまう。

 私達は場を引っ掻き回すだけして満足そうに立ち去るクリスティーナの背中を見送ることしかできなかった。 

 

「良かったんスか?絶対なんか裏があるっスよ?」

 

「そうだとしても、クリスちゃんの提案は渡りに船であるのは事実だ。それに、皆が考えているほど彼女は悪人ではないよ。あんまり深読みするのではなく、少しは信用してもいいんじゃないかな」

 

 ジュンの言う通り、クリスティーナが根っからの悪人であるとは考えていない。私の思想云々ではなく、そんな人間がジュンに信頼されている訳がないからだ。

 そんな彼女が言うのだから、少しは譲歩すべきではないかと考えていた。――あの瞬間までは。

 

 ジュンから言質を得た瞬間のクリスティーナの目。

 獲物に狙いを定める猛禽類のような目から発せられた、殺意のようなナニカ。

 刹那の間に等しい変化ではあったが故に、私だけが気付けたのだろう。そうでなければ、平然と変わらない態度で接していられるとは思えない。

 戦いを遊戯のように定義しているクリスティーナらしからぬ、しかして納得もできる変容。

 クリスティーナに対する猜疑心が生んだ幻覚かもしれない。気にし過ぎだと、それこそ相手を信頼していないからこその偏見が形になっただけなのだと。

 だが、その意思に反して不安は胸中に渦巻き続けるばかり。

 

 不安は暗雲の如く立ち込めようとも、既に賽は投げられてしまった。最早私ひとりが声を上げたところでこの流れは変えられないのは明白。

 ならばどうする?――その答えが簡単に出れば苦労しない。

 しかし、取れる手がない訳ではない。立場上グレーゾーンな手段ではあるが、背に腹は代えられない。

 

「……わかりました。ジュンさんがそこまで言うのであれば、これ以上何も言いませんよ」

 

「トモね~ちゃんが言うなら、従うっス」

 

 表向きの言葉で納得したように見せかけ、話の収束へと導く。

 ジュンを騙すような真似は気が咎めるが、信頼を裏切ること以上にクリスティーナへ信頼を向けられない。

 ジュンはクリスティーナとは多少気心が知れているということもあり、どうにも甘い評価を下すきらいがある。

 私がプライベートのクリスティーナを知らないからということもあるだろうが、私人としてはともかく公的立場でのあの振舞いは許容して良いものではない。

 だからこそ、私が気を許してしまえばストッパーがいなくなってしまう。現時点でそうたらしめる能力も権力もないので、所詮は決意表明ぐらいのものでしかないが。

 

 それにしても、気に掛かるのはクリスティーナの発言だ。

 私達よりも事情に通じていると言っていたが、それが真実ならばどのような経緯で至った?

 少なくとも、違和感レベルに収まっている私達とは違い、何か明確な情報を得ていることは言葉の端々から伺える。

 ハッタリの可能性は未だ捨ててはいないが、突発のネタにしては真に迫る力強さがあった。

 だからこそ、クリスティーナが言質を得ようとしてまで為そうとした何かが気に掛かる。

 

 ――やめよう。考えたところで堂々巡りになるだけ。まずは現時点で出来ることをやってからだ。

 私達が何よりも欲しているのは情報だ。何をするにしても、その方向性が定まらなければ二の足を踏むだけ。

 ならば、餅は餅屋。情報を扱うならば、それに特化した者に頼るのが筋だ。それがたとえ【王宮騎士団(NIGHTMARE)】とは対立関係にある【自警団(カォン)】に所属する獣人であったとしても。

 私自身は獣人に思うところはなにひとつないが、立場が立場だ。事が上手く運ぶ未来はまるで見えないが……まぁ、やるしかない。

 【自警団(カォン)】のメンバーに探偵を生業としている者が居る情報は掴んでいる。流石にそれ以上はわからないので、まずはそれを調べることから始めなければならない。

 クリスティーナが私達よりも身軽とはいえ、それは相対的な事実でしかない。故に、今すぐ行動を起こされるようなことはないとは思うが、希望的観測に縋っていては足をすくわれてしまいかねない。

 クリスティーナがやらかす前に私達の方で解決できるに越したことはない以上、急いで事を進めるべきではあるのだが、私のやることも堂々と行えるものではない。そういう意味では、一歩先を往くクリスティーナに分があることに変わりはない。

 

 お先真っ暗な未来に辟易としつつも、この状況を楽しんでいる自分が居ることに気付く。

 それが意味するところは分からない。クリスティーナへの対抗心か、それとも未知に対する関心によるものか。

 何にせよ、まずは調査だ。探偵を探すために探偵の真似事をするなんて思いもしなかったが、それもまた一興と言うもの。

 さて、これから忙しくなるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒールブーツが石畳の廊下を蹴る音が静謐な空間に響き渡る。

 人通りがまばらな中、偶にすれ違う兵士がこちらに敬礼を向けるが、気に留めることなく通り過ぎる。

 普段ならば一言ぐらいは返すのだが、そんな些事に気を回せるほど冷静ではいられない。

 兵舎を出て、人気のない路地裏に入る。月光の恩恵すら得られない暗闇の中立ち止まり、おもむろに天を仰いだ。

 

「――ようやくだ」

 

 コールタールの笑みを浮かべながら歓喜に震える様は、名状しがたき感情を揺さぶられるほどに狂気に満ちている。

 くつくつとした笑いは次第に感情の赴くままに、しかし決して周囲に気取られないように潜めつつ荒ぶっていく。

 

「ようやくまた相まみえることが出来る。なぁ――『三爪痕(トライエッジ)』ィ……!!」

 

 記憶に、そして肉体に刻まれた暴力的なまでの熱を思い出し、歓喜と共に身震いする。

 故も名も、性別さえも知らぬ者。そんな不確かな存在を定義づけるのは、自らに刻まれた敗北の証から取った仮の名。

 奴との出逢いは紛れもなく偶然。しかし、その衝撃たるや必然であったと言わんばかりに運命的かつ刺激的なものだった。

 密命を受けて単独行動をしていた時、奴と出逢った。

 邂逅から刹那、一目見て奴が強者であることを看破した私は、問答無用で戦いに挑んだ。

 フィールドは人が寄り付かないほどの森林。無数に生えた樹木を足場に目にも止まらぬ速度で全方位から射出された矢の豪雨は、我が『乱数聖域(ナンバーズアヴァロン)』すら突破するほど。

 矢傷を受けたことで僅かに怯んでしまい、次の瞬間には奴は双剣を手に目と鼻の先にまで迫っていた。

 その時に出来た、まるで猛獣の爪で引き裂かれたような胸から腰にまで伸びた三角形を思わせる傷痕は、完治してなおその部位からじくじくとした熱を呼び起こさせる。

 本来ならば致命傷だったそれは、三爪痕(トライエッジ)の情けによってみるみると回復していき、無様にも生き恥を晒すことになってしまった。

 

 だが、それは天啓だった。

 奴との死闘を経て、自身の中にあったまるで水中を歩いているかのような強烈な違和感が、綺麗サッパリなくなっていた。

 それに際して、自分の――否、この世界の人間の置かれている状況の一端を理解することができた。

 国力に反してあまりに歪な市場形態、連綿と続いて然るべきの歴史にある空白――そのような人間が生活する上で何よりも優先されるべき要素を差し置いて、つまびらかに記された他種多様な魔物の情報を纏めた書物が当たり前のように存在したりと、列挙しようと思えば幾らでも埃が出そうな国、それが巨大都市ランドソルである。

 

 何故、本来ならば疾うの昔に破綻していて当然な国家が、未だに形を為しているどころかその国力が高まっているのか。

 何故、そんな矛盾に誰も気が付くことなく生活し、さも当然のように受け入れているのか。

 何故――『覇瞳皇帝(カイザーインサイト)』が本来の王位継承者であるユースティアナ・フォン・アストライアの名を騙り、我が物顔で玉座に踏ん反り返っているのか!

 その答えはただひとつ。

 覇瞳皇帝。奴がこれらの事象に総じて深い因縁があり、それを利用して今の立場を築いたからだ。

 

 狐に化かされていた気分、とはこのようなことを言うのだろう。

 普段ならばこの異常事態を知ることで心が躍っていた筈。

 しかし、最早そのようなことはどうでもいい(・・・・・・)

 覇瞳皇帝が王女の立場を簒奪しその名を僭称しようとも、その治世でこの国が乱れようとも、心を揺さぶる要素とはなり得ない。

 前者に関しては、シンデレラの為に誂えたガラスの靴を無理矢理履いて悦に浸っている姿は、その痛々しい滑稽な様こそ愉快ではあるが、あくまで求めているのは三爪痕との再戦ただひとつ。道化芝居はお呼びではない。

 奴が何をしていようとも、邪魔さえしないのであれば勝手にすればいいとさえ思っている。

 

 あの時はこちらの不手際であまりにもあっさりと決着が付いてしまい不完全燃焼の決着となってしまったが、次はそうはいかない。

 今後奴を前に一切の慢心を抱くことは無い。強者であることの驕りが、あのような幕切れへと至らせたのだ。

 それに、奴の実力はたった一度の死闘では推し量ることができなかったのも心残りだ。

 アレが奴の全力だなどとは欠片も考えていない。戦士としての直感が良くて四割がせいぜいと推測している。

 つまり、あと六割分の楽しみがまだ待ち受けているという事。これを喜ばずして何に喜べというのか。

 

「ああ――愉しみだ。本当に、待ちきれない――!!」

 

 幻痛が呼び起こす熱が下腹部にまで浸透していく。

 呼吸が荒くなっていく。疼いて疼いて堪らない、早くこの欲望を発散させたいと本能が訴えかけてくる。

 あの時は一太刀すら入れられなかったその身体に、全く同じ傷を刻もう。

 終ぞ露呈することのなかったその風貌に熱いベーゼを交わし、同時に腹に剣を突き立てよう。

 これは、愛だ。刃と刃を交え、突き、嬲り、互いの血を混ぜ合わせることで証明される愛。

 刃越しにとはいえ深々と胸に触れたのだから、これは誓約(ゲッシュ)が果たされたと言っても過言ではない。

 夫婦とは病める時も健やかなる時も共に寄り添い合うものだ。その契約は、死がふたりを分かつまで果たされる。

 言うなれば運命共同体。そんな二人が離れているなど、まさか織姫と彦星でもあるまいに受け入れられる訳がない。

 だが、身勝手な行動は覇瞳皇帝に目を付けられる可能性が高くなる。記憶を取り戻す以前から奴の密命を受けて暗躍していたこともあり、単純な注目度は決して低くはないだろう。

 今も表向きは従順に従ってはいるが、時間と共にボロが出てくることを考えればいつまでも現状維持とはいかない。

 そもそも、私は望んで他人に傅くような人間ではない。いつまでもこの立場で居るなどまっぴらごめんだ。

 しかし、この立場だからこそ出来ることもある。都合よく個人で遠征する密命を受けており、それを利用すれば多少の自由が利くと踏んでいる。

 奴も奴で色々きな臭いことを計画しているようで、四六時中こちらに監視の目を向ける余裕はないだろうし、派手に動きさえしなければどうにでもなる。

 

 どう動くにせよ、まずはこの昂りを鎮めないことには始まらない。

 行為の前に野獣のようにがっつくようでは逢瀬の余韻が台無しというもの。

 淑女のように貞淑に、同時に獣の情動は内に秘めさせ、然るべき時に解放してこそカタルシスが生まれ、より情熱的な情事へと昇華させることが出来る。

 今日まで焦らされたのだ、我慢の限界も近い。言わばこの状況は、空腹に苛まれる中に突如目の前で餌をちらつかされたに等しい。

 目的の物が目の前にあるのにギリギリのところで届かないような位置に置かれたそれは、希望でもあり絶望の象徴でもある。

 諦めなければ希望、諦めれば絶望。極めて分かりやすい。

 だが生憎と、天秤が後者に傾くことは絶対にない。

 何せ、目の前のそれは一生を掛けても食い切れないほどに食いでのあるフルコース料理。そんなものを前にして諦めるなどと、冗談ではない。

 どのような障害があろうとも、必ずものにしてみせる。これは絶対だ。

 

 覇瞳皇帝よ。せいぜい偽の女王として滑稽に振舞っているがいい。

 貴様の本質は裸の王様だ。誰も信用せず力で捻じ伏せ傲慢に振舞う、まるで神の如き所業の果ては孤独だ。

 曇り切った鏡の前でどれだけ自分を良く魅せようとも、その本質を映すことは決してない。

 どんなに美しく煌びやかに着飾ろうとも、中身が醜悪であれば諸共に腐り果てるだけ。装飾に自浄作用などありはしないのだから。

 貴様には感謝している。そのような醜態を晒してくれたおかげで、自らを省みることができたのだから。

 団長のような理解者が一人も居ない貴様に待つのは破滅だけだ。だからこそ、彼女との関係を断ち切りたいとは思えないし、何よりも【王宮騎士団(NIGHTMARE)】は居心地が良い。

 少なくとも、浅慮の果てに切り捨てたいとは思えない程度には愛着が湧いている。トモやマツリのようなからかい甲斐のある小娘たちもいるし、退屈はしない。

 だからこそ団長に断りを入れることで義理を果たしているのであって、そうでなければ勝手にやっている。

 私なりに誠意を見せたに過ぎないのだが、どうにもトモとマツリには伝わってはいなかったらしい。あの様子では、こちらへの不信から団長の目を盗んで独自に行動したとしても不思議ではない。 

 それ自体は勝手にしろと言いたいが、もし万が一にもトモ達が先に三爪痕に辿り着くようなことがあれば――果たして平静を保つことが出来るか自分でも想像がつかない。

 最悪【王宮騎士団(NIGHTMARE)】と袂を分かつ道も選ぶことになるやもしれないが、それはこちらとしても本意ではない。

 だからこそ急いで事を為さないと、折角の居心地の良い環境を棒に振る羽目になってしまう。

 今回ばかりは競争などと過程を楽しむ余裕はない。せいぜい私の尻を追いかけるがいいさ。

 

 おもむろに剣を構え、荒々しい動きと共に斬り上げ空を一閃する。

 月に翳りをもたらしていた雲が晴れ、月光が粛々と世界を照らす。

 それは、無意識に乱数聖域に依存していたが故に至れなかった境地。

 不可視の刃が空を裂いて広がる光景は、三爪痕に出逢う以前では見られなかった景色。

 盲いた世界は世界を狭め、人を蒙昧とさせる。私とて例外ではなく、現状に満足し自身を強者と偽らなかった傲慢こそがあの敗北を必然たらしめた。

 だからこそ、私は一歩先を往く。その程度では及ばないであろうと理解していても、今の私が奴にどれだけ喰らい付けるかを味わいたい。

 

「――行くか」

 

 興奮冷めやらぬと、一人馴染の森へと消える。

 あんな窮屈な場所で熱の発散に耽るなどできやしない。

 静寂と孤独に満たされた世界で、想像のダンスパートナーと共に夜明けまで演武と繰り広げ自らを慰める。

 そうして、何食わぬ顔でいつも通りの日常に回帰する。すべては、来るべき再会の時の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 アオイの脱ボッチ日記

 

 

 

 アイドル=ぼっちの対極!?

 

 今日はノーフェイス・クイーンを使ってこそこそとランドソルの街並みを探索していると、日常の喧騒に紛れて物々しい気配を感じ取った私は、すぐさまその方向へと向かったところ、なんと女の子が悪い人に襲われていたのです。

 困った人を見捨てないという心情の下悪い人を成敗し、お城の入り口付近に放置してすぐに女の子のところへ戻って介抱をした。

 戦闘時にも利用できるよう、強力な鎮痛効果に付随する触覚鈍化のデメリットを打ち消すことに成功した、特製の鎮痛作用のある丸薬を処方した。お腹に穴が空いても動けるぐらい強力だけど、流石に失血とかは誤魔化せないから過信はできないけど、軽い骨折程度なら指が動きにくい程度で済むから問題ない筈。

 本当ならもっとちゃんとした処置をしたかったけど、お金もないし伝手もないし、挙句の果てには誰かがこっちに来る気配を察して咄嗟に逃げ出してしまうという、最低最悪のことをしてしまった。

 流石にはいさよならは出来ず、屋根の上で事の経緯を見守っていると、どうやら訪ねてきた人は【王宮騎士団(NIGHTMARE)】の人達らしく、どうにか一安心。

 【王宮騎士団(NIGHTMARE)】はサレンさんからどういう組織かは聞いている。人々の為に毎日頑張っている彼らには尊敬の念を抱いている。同時に、私には向かない職業だなとも。

 そもそもぼっちの自分が組織的な場所に与するとか、ちょっと想像つかないなぁ。

 

 そんなこんなの内に襲われていた人が外に出てきたのを見て咄嗟に立ち上がったはいいけど、不覚にも動揺から足を滑らせてしまい、その人の目の前に着地するという恥ずかしさ全開のやらかしをしてしまった。

 ノーフェイス・クイーンも着地に必死で脱げてしまっていたから醜態はモロバレ。死にたい。

 だけど、そんな私の無様な姿を見てもその人は笑うことも馬鹿にすることもなく、気にしていませんよといった様子で私の気遣いに端を発した会話の流れに乗ってくれた。気遣いが心に染みる……。

 

 話の流れから休める場所を探して路地裏に向かった私達は、沢山の猫達に歓迎される。

 いつからか、動物や植物の声が聞けるようになったことで彼らとの繋がりはとても密になったけど、なんでみんな私のことを『姐さん』って言うんですかぁ!?

 なんか明らかに一歩引いているというか、畏れられているというか……そういうこともあって、折角の能力もよりぼっちな事実を加速させるだけという悲しい結果に。

 ただ、彼らが会話していることを聞き取ることで知らない知識を学ぶことができるようになったのは非常に大きい。それがあったからこそ、如何なる窮地をも乗り越えられたといっても過言ではないのですから。

 それはそれとして、やっぱり会話しようとしたり近づいたりすると明らかに警戒されるのは悲しい。お友達になりたいだけなのに……。

 

 助けた人の名前はツムギさんと言い、服飾店を経営しているようです。

 状況が状況だったからあんまり気にしてなかったけど、確かに色んな服が置いてあった気がする。

 同じぐらいの年齢なのに、立派に自立して店を構えているなんて……ますます自分が惨めになってきます。

 友達作りの為に自分なりに努力してはいるけれど、目に見えた成果はなし。傍から見ればフラフラと自由気ままに毎日を過ごしているだけの駄目エルフだ。

 もしかして、私のやっていることって的外れだったり?そうだとしたら、何故私はあんな無駄な時間を……。

 いや、諦めてはいけない。今更舵取りを変えたところで、友達一人作れない駄目エルフが人がたくさんいる場所に飛び込んだところで自爆するのが目に見えている。

 小粒は小粒らしく身の程を弁えて、一歩一歩を確かめながら進んでいくことしか許されないんです。

 

 私のことはどうでもいいんでした。

 ツムギさんの友達がアイドルというものに誘われたことで相談を受けました。

 聞くところによると、アイドルというのは現状の私とは対極の存在で、キラキラ光るステージでたくさんの人から笑顔を届ける崇高なお仕事であるという。

 更に言えば、その誘われた【カルミナ】というアイドルグループはトップクラスの人気を誇っており、影を踏ませないほどに破竹の勢いで人気をぐんぐん伸ばしているというとんでもない人の集まりだとも。

 そんなアイドルの衣装を仕立てているのがツムギさんで、その友達がアイドルのメンバーとして勧誘されているという。

 あまりにも雲の上過ぎて目が回りそうな事実。

 それに比べて私は、何年費やしても結果を出せずに日々を浪費しているだけの、惨めで未熟なミジンコ以下なナニカ。

 苦労を重ねた自負はそれなりにあるけれど、結果が出なければただの言い訳。

 同じぐらいの年齢のツムギさんも頑張ってるんだし、私も頑張らないと!

 

 そんなアイドルに誘われた友人の悩みというのが、どこか身につまされるような内容だった。

 誰もが注目するトップアイドルの中に入るという現実。

 アイドルになる努力なんてしたこともない相手に対して、さも当然のように行われた勧誘。

 自分よりももっと相応しい人がいる筈なのに、何故選ばれたのかという疑問。

 仮にその流れに乗ったとしても、彼女達と共にステージに立って並び立てるほどのパフォーマンスが出来る姿が欠片も想像つかない。

 形は違えども、その悩みの根底にあるものが劣等感と自己評価の低さにあることにすぐに気付いた。

 同時に、その友達をアイドルに勧誘した人の考えも。

 

 アイドルの勧誘はきっと切っ掛け作り。

 【カルミナ】のアイドルという修飾が付いたせいで大事になってしまっているが、行き着く先はきっとそうなんじゃないかって思う。

 トップアイドルという肩書は私が思う以上に窮屈で孤独なように感じる。

 誰かに頼られたり求められるというのは、自由とは正反対の道を進むこと。

 誰とも繋がらず孤独を生きている私は、そういう意味では自由なんだと思う。

 でも、私はそんな自由と引き換えにたくさんの友達が欲しいと思っている。

 それはきっと、トップアイドルという太陽のような人達がアイドルという肩書に囚われない友達が欲しいという望みとなんら違いは無い。

 友達が欲しいという考えに、立場も環境も関係ない。その気持ちさえ忘れなければ、いつか叶う。

 ただ、私と違うのは明確な一歩を踏み出せたかどうか。

 その一歩の差は、私にとってはとても重く遠いものです。

 

 ……わかっているんです。私の努力は確かに無駄ではないかもしれないけれど、あまりにも回りくどいと。

 「友達になってください」――その一言をただの一度も言う勇気もなく、迂遠に自分磨きと言う名の放浪を続けている。

 どんなに死地を乗り越えても、どんなにサバイバルの知識を得ても、私の心は臆病なまま。

 血濡れになって魔物に喰らい付く気概はあっても、自然体で誰かと話すことさえできやしない。

 物心ついた頃から口にしていたカチカチな言葉遣いは、まるで受け売りしたかのように本心のそれとはかけ離れている。

 この日記のような言葉遣いで喋りたいと何度も思ったけど、他人を目の前にすればそんな余裕もなくなる。

 自分を取り繕わないと人とまともに話せない。こんな体たらくでは駄目なんだと理解していても実行に移すことができない、それを理解したことが数年掛けて得られた確かな実績。

 

 そんな私が友達について語る内容は、どこまでも空虚に聞こえたのではないでしょうか。

 実感も経験も希薄で願望が殆どを占めたそれは、無責任で不誠実な言葉だったのではないでしょうか。

 望まれたから答えたとはいえ、こんなことなら答えない方がよっぽど誠実だったんじゃないかとさえ思う。

 それでも一度口にしてしまったからには止まらない。最早その友達に向けられた言葉ではなく、自分の愚かさを省みる為の言葉となってしまっていても、堰を切ってしまったからには全て吐き出すまで止まらない。

 中身もなにもない言葉を吐き出し終えたら、ツムギさんはお礼を言ってきた。

 たとえ社交辞令であろうとも、私にそんな優しい言葉を向けられる資格なんてない。

 それでも、それを否定するのはその優しさそのものを否定するのと同じになってしまう。

 だから私に出来ることは、その言葉を受け取るに値する人間になれるように努力することだけ。

 

 居た堪れなくなった私は、ツムギさんを探す声が聞こえたのをいいことに逃げるようにしてその場を去ってしまった。

 慌てるあまり、先の会話の中でツムギさんに渡していた男型の木彫り人形を回収し忘れたことに今になって気付いた。

 なんの装飾もないラフな格好の少年の人形。私にとっての初めてのお友達。

 控えめに言って凡庸な様相のそれは、まともに男性と話したことも目を合わせたことのない私が作り上げたとは思えないほどに精巧だった。

 凡庸という特徴を意図的に落とし込んだそれは、まるで自分の手ではないかのように淀みなく彫りこまれた渾身の一作。

 会心の出来と言う理由もあるが、あの人形は何故か私を強く惹き付けて止まなかった。

 辛いとき、苦しい時。そんな時にはいつもあの人形を胸に抱いて一夜を明かした。

 私にとっての心の拠り所であり、だからこその喪失感はあったが、不思議と取り戻したいという気持ちにはなれなかった。

 飽きが来た訳では決してない。それでも受け入れられたのは、それが自然の摂理だったから。

 きっと、遅かれ早かれあの人形は私の手を離れる運命にあった。その流れに固執するのは自然と共に生きるエルフにとっては戒律を破るに等しい悪徳である。

 

 ……いや、そんな建前が理由じゃない。多分、あれが手元にあったらいつまでも前に進めなかったから、無意識にそれを許容したんだ。

 人間の友達が居ない事実を、あの人形が代用品となることで心の隙間を埋めていた。

 いつしかそれに満足しつつあった私が、現状維持を捨てて前に進むにはあの人形は手元にあってはいけない。

 どんなに律しようとも、心が弱い私は何度も依存してしまう。その度に足を止め、易きに流れる未来が簡単に想像できてしまう。

 だから、これで良かったんだ。

 

 寂しさは拭えないけど、まだ手元には少女型の木彫り人形がある。

 これも誕生した経緯は男型と同様で、知らない筈なのに知っているかのような精巧な作品となって生まれた。

 男型ほどではないけど、この人形にも惹かれるものがある。

 男型が安心を象徴するなら、こちらは癒し。見ていると心が温かくなるというか、優しい気持ちになれる。

 どちらもそう思わせる理由はわからないけど、二人のおかげで今の私があることは事実。

 だからこそ、これからは頼り切りにしてはならない。

 しばらくはお別れだと、鞄の奥底に仕舞い込んだ。次に取り出すのが、ぼっちを脱却できた記念日になることを信じて。





前回ののあとがきにて表明していた諸々の説明に関しては、勝手な都合ながらお蔵入りとさせていただきます。
理由といたしましては、作者の自分語り的な物に読者がどこまで興味あるのか、それよりも本編進めろやって声のが多そうという理由と、単純に本編のネタバレに抵触する部分が多くなりそうというか、意図していない形でネタバレになりそうという情報がありそうという理由からです。申し訳ありません。
真面目な話、去年の大半はその説明の方に時間費やしていたようなものだったので、そういうところでも八話に時間が掛かってしまった為、今後はそういうことはないようにもう少し考えてから発信していけたら良いなと思います。
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