衛宮士郎がソレを拾ったのは、ちょうど玄関先でのことだった。
弓道部を終えて、帰宅したばかり。居間ではセラが夕食の準備をしていて、早く手伝わねばと、急いでいたのだから、自分の部屋へ鞄と一緒に放り込んだ。
夕飯時に訊けばいいやと思い、そのままにしてしまったのである。義妹であるイリヤがDVDのアニメに夢中になってついつい自分も見てしまったのも、訊きそびれた原因であるが。
ともかく、夕飯の片付けも風呂も済ませ、自室で一人になって初めて、ソレをじっくり調べてみた。
ソレはタロットカードのような感じの物だった。絵柄は弓を引く女兵士。ただ、タロットにしては聞き覚えのないカード名が書かれている。
「Archer――アーチャー、矢を射る者、か」
大方、イリヤあたりが学校の友達にでも誘われて、カード占いにでもはまったのだろう。いや、もしかしたら家政婦として一緒に住んでいるセラかリズの物かもしれない。
衛宮家の大黒柱である切嗣は年中海外を飛び回っているし、義母であるアイリスフィールも切嗣について家を空けている。
アイリスフィールの本名はアイリスフィール・フォン・アインツベルンといい、ドイツのとある貴族なのだそうだ。
切嗣とは大恋愛の末に結婚したが、アインツベルン家の本家とは折り合いが悪く、絶縁状態なのだという。唯一アイリスフィール付きのメイドであったセラとリズが日本までついてきて、今は両親のいない家の家政婦として働いている。
カードはよく見れば上質な紙でできており、装飾も凝っていて高価なもののようだ。セラかリズがドイツから持ち込んだものかもしれない、と思い、朝一番で渡そうと決める。
「けど、占いってよりは魔法使いの道具みたいだな」
魔法、とくれば昔切嗣が口にした冗談が、今も鮮やかに思い出せる。
(「僕は魔法使いなんだ」)
あまりにも真面目に言うものだから、本当に信じそうになった。
「つぅっ」
どうやら油断してカードの端で指を切ってしまったようだ。血がかすかに滲んでいる。
「舐めておけば大丈夫だろ」
ついでにカードに付着していないかも調べる。
そうしているうちに、先ほどの回想から、魔法のカードを分析する自分という空想がふと湧き上がった。子供っぽいと思いつつ、無意識に選んだ言葉をまるで魔法の呪文のように口にしていた。
「
何事もなかったかのように机に戻そうとする。
しかし、キンっと何かが繋がったような気がした。
「……なんだ?」
カードに視線を落とす士郎。
途端、カードから光が溢れる。
士郎はその圧倒的な光の奔流の先に、赤い背中を見た気がした。
*******
赤い世界の中心で男はかすかに顔を上げた。
己の『座』に干渉してくるものがあったのだ。
また、聖杯戦争か、と思った。人類の無意識の集合体――『アラヤ』に属する守護者の仕事以外での干渉はそれしか思いつかない。
しかし、どうやら今回は違うようだ。
詳しく見てみようと思い、手を伸ばした瞬間。
ソレに、
まるまる一本、持っていかれた。
*********
ここはどこだ。
殺伐とした赤い世界ではない。いつの間に私は呼ばれた?
いや、ここは俺の部屋だ。ずっと暮らしている。
このカードは何だ? 魔術的礼装のようだが。
セラかリズの物かもしれない。もしくはイリヤのかな。
イリヤ? 彼女は……。
イリヤは俺の妹だ。アニメ好きのどこにでもいる小学生だ。
ああそうだ。イリヤは私の家族だ。ならば守らねばならない。
イリヤはどこにいるのだろう。あの雪のような儚い姉は……。
イリヤはひまわりのような元気いっぱいの女の子だ。
でも最近少し元気がないようだったな。寝る前に顔を見とくか。
部屋を出て、イリヤの部屋をノックする。
「イリヤ? いるか?」
返事がない。
「
魔術回路を瞬時に作り、解析の魔術を行使する。
中には誰も人がいないようだ。窓の鍵は開いている。
嫌な予感がする。
セラやリズに気付かれないように外に出る。
そして、一直線に未遠川にかかる大橋へ向かって駆け出した。
どうして俺は大橋に向かっているんだ?
大規模な歪みが生じている。あれは正すべきものだ。
イリヤを探さなきゃ。どこをほっつき歩いているんだろう。こんな夜中に抜け出したらセラに大目玉を食らうぞ。
イリヤスフィールは聖杯だ。ことに冬木においては魔術関係の事件に巻き込まれた可能性が高い。
イリヤは普通の女の子だし、変な奴に絡まれてなければいいけど。
息が切れてきた。なんて惰弱な身体だ。
自転車で来ればよかったな。思いつかなかった。
仕方あるまい、
魔術回路を2本追加。身体強化を施す。
大橋が見えてきた。歪みはやはりあそこから発生している。
何だろう。たまに来る場所ってだけなのに、すごく大事な思い出があるように思える。
誰かと一緒にいた……?
カードが反応している。やはりこれに関係した異常か。
カードの構造を解析。やはり『剣』ではないからか、あまり読み取れないが――あった。鏡面界へ干渉する術式。
イリヤは大丈夫なんだろうか?
カードの術式に魔力を流す。無理矢理の起動になるが構うまい。私は抑止の力の一部。世界は私に味方する。
「――――
鏡面界に反転した先では、ピンク色の祝砲が上がっていた。それもイリヤの顔の形の花火でだ。
「……なんでさ」
思わずいつもの/懐かしい口癖が出てしまったのは、仕方がないことだろう。
大量の魔力残滓が宙に漂っているところを見ると、大規模の戦闘があったらしい。
あれは遠坂とルヴィアか? こんなところで何やってんだ。
イリヤスフィールは……あれは魔法少女というやつなのか? あのステッキも、よくわからないが見覚えがあるような気がする。
ピンク色のカラフルな衣装を着てステッキを片手立つイリヤはどう見ても、魔法少女だ。
さらにもう一人、高度な魔法とされる飛行魔術を駆使し、宙に浮かぶ紫を基調とした魔法少女もいる。
「あれは……だれだ?」
と、そこで急激な魔力の高まりを感じた。
この感じ……キャスターか。空間ごと焼き払うつもりだな。
イリヤ、みんなが危ない!
紫の少女が迎撃に出たか。……あれでは間に合わん。少々負担になるが、私が撃つか。
俺はどうなってもいい。みんなを助けなきゃ。
覚悟はあるな。行くぞ。
全魔術回路27本形成。私の
「――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)」
八節に及ぶ工程をできる限り省き、最短で作り上げるは、
ケルト神話の英雄フェグルスの魔剣を改造した矢。
弓も共に投影し真名と共に放つ。
「
真名を解放された神秘の塊は、紫の魔法少女をやすやすと追い越し、キャスターの防御を食い千切り、そのまま
「
大爆発を起こした。
宝具の自壊に伴う爆発に、キャスターは成す術など無く吹き飛んだ。
エミヤーズ視点からスタートです。詳しいことは本編で明かされます。