プリヤ世界にエミヤ参戦   作:yamabiko

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 四月中には投稿しようと思ったのに……。更新遅くなりまして、五月になってしまいました。次はもうちょっと早くあげたいけど……。無理しない程度で頑張ります。

 今回の話の副題は「対エミヤ作戦会議・前編」
前半の導入を調子に乗って長く書いてしまいましたが、ようやくルビーの録音録画されていた映像を披露します。
 もう4度目の描写となりますが、エミヤ対セイバーのやり取りを今回は凛やルヴィア、イリヤ視点でお送りします。


【12】

「じゃあ、行ってきまーす」

「ああ、くれぐれも相手方の迷惑にならないようにな。はしゃぎ過ぎて夜更かしはするんじゃないぞ。一応、病み上がりなんだから」

「分かってるって。お兄ちゃん過保護! ただお向かいさんにお泊りに行くだけなのに……」

「過保護でけっこう。大事な妹だからな。明日の学校には遅刻するなよ」

「はーい」

 

 夜の日付の変わる三時間前。玄関先で兄と挨拶を済ませると、イリヤは気合を新たに、先日家の目の前に建ったばかりの豪邸の門をくぐった。

 昼間、美遊がお見舞いに来てくれた際に(メイド姿を愛でるために呼びつけたとも言う)、昨夜の鏡面界に現れた男について作戦会議を行う、という伝達を受け取ったのだ。

 集合は夕飯と入浴を済ませたあと。会場は集まりやすさを理由にエーデルフェルト邸となっており、会議の後は、そのままクラスカードの回収に現地へ向かう手筈である。   

 よって家族には友達のメイドさん(美遊)のところにお泊りさせてもらう、という話にしておいた。セラには病み上がりに何を、と眉を顰められたが、身体の方はまったく問題ないので、頑張って説き伏せたのである。

 またカード回収後は邸宅の一室で寝させてもらう予定なので、あながち嘘をついているわけでは無い。明日の朝はそのまま朝食も頂いて、美遊と一緒に登校するつもりだ。

 イリヤは明日の用意もばっちりなランドセルを背負い、カレイドステッキのルビーと共に、一般的な住宅と比べ物にならない広さを持つ庭を進んでいく。

 歩くのに不自由しない程度の灯りがともされた道の先。屋敷の重厚な扉の前には、メイド服姿の美遊が迎えに出てくれていた。

「こんばんは、……イリヤ。あとルビーも」

「うん、こんばんは。ミユ」

 美遊が自分のことを「イリヤ」と呼んでくれることが嬉しくて、つい返事の声が弾んでしまう。

 今日の昼間、美遊がイリヤの家に訪れた際に、改めて『友達』になったのだ。その証と言っては何だが、お互いの名前をそれぞれ「イリヤ」と「ミユ」と呼び合うようになった。

 美遊はまだその呼び方に慣れておらず、また気恥ずかしいせいか、イリヤの呼びかけに顔を赤らめている。

 その初々しい反応にいっそう笑みが深くなるイリヤと、赤くなりつつも荷物を受け持とうする美遊の間に広がるのは、なんともみずみずしいホンワカ空間。

 こんな美味しい雰囲気をルビーが見逃すはずも無く、

「こんばんは~。イリヤさんと一緒に可愛いメイドさんに夜這いに来ちゃいました!」

 早速、いじりに掛かった。

「え? イリヤ、それ本当?」

 あくまでイリヤに関しては真面目に受け取ろうとしてしまう美遊に、イリヤは即座に否定のツッコミを入れる。

「うそうそうそ! 夜這いのわけないよ! もうっ、ルビーなに言ってるの!? なんか色々台無しにされた気分だよ!」

「あらー、冗談ですってば。冗談。あまりにもそれらしい雰囲気だったもので、つい」

「それらしい雰囲気って、なに!?」

 そんなイリヤとルビーの漫才のようなやり取りに、冷静な声が差し水のように入った。

「お戯れはそこまでにしてくださいね、姉さん。

 美遊様、イリヤ様、準備が整いましたので、こちらまでおいで下さい」

 カレイドステッキの片割れ、ルビーの妹のサファイアである。

 金のリングに六芒星、青の蝶の羽とリボンを組み合わせたような待機状態のサファイアは、五芒星と白い翼がモチーフのルビーとはまさに正反対の性格であり、ルビーの暴走を抑えてくれる貴重な存在である。

「わっかりましたー。サファイアちゃんがのってくれないのは寂しいですけどー、なんかピリピリしてる感じなのでー、大人しくしますねー」

「ルビーはふざけ過ぎなの!」

 不満たらたらのルビーに、イリヤは「喝っ」と突っ込みつつ、大きな屋敷に足を踏み入れた。

 美遊も突然のルビーの悪ノリに唖然としていたが、サファイアの一言で我に返ったようで、戸惑いながらもイリヤとルビーを屋敷の一角に案内する。

「すっごい……。大きい。カーペットもふかふか……。ほんとにルヴィアさんってお金持ちでお嬢様なんだね」

 イリヤは初めて感じるセレブのお屋敷の豪華さに、目を輝かしてあちらこちらへと目線を移す。一般家庭に育ったイリヤにとって、ここは異次元の世界であった。

「飾ってあるものには手を触れないでね。中には数百万もするものもあるから」

 美遊は手を伸ばしそうになっているイリヤに注意をする。

 万が一破損させてしまったら、その賠償はイリヤかその家族が負わねばならない。

 ルヴィアなら寛容に笑って許してくれるかもしれないが、やはり自分の行いの責任は取らなければいけないと美遊は思うのだ。

 もっとも壊したのが遠坂凛であれば、ルヴィアは容赦なく請求を突き付けそうな気もするが。

「うっ。わ、分かった。あんまり触らないようにする! 壊したら弁償しなくちゃいけないもんね!」

 イリヤもそこら辺の常識をわきまえて、さっと手を引っ込めた。ついでにこのお屋敷内では魔法禁止!と心の中で誓う。まだ制御に不安が残るうちでは、仮にこのお屋敷の中で戦闘が起こったとしても、弁償が怖くて魔法なんてぶっ放すなんてできそうにもない。魔法は何を壊しても文句の出ない鏡面界でやるのが一番なのだ。

「数百万円となると、お小遣いがいくらあっても足りないし、うちの家計が破産しちゃうかもしれないしね」

 と付け足すように言うものの、イリヤ自身はアインツベルン家の総資産がどのくらいあるのかは、実はよく分かっていない。普通の一軒家に住んでいるので、一般的なサラリーマンと同じくらいの収入ではないかとは思っている。セラは節約節約と口うるさいし。

 

 そうするうちに、机とホワイトボード、さらにスクリーンが用意された部屋に着いた。既にルヴィアや凛は席に着いており、イリヤとルビーの到着で参加メンバーがそろったことになる。

「こんばんは、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。それにカレイドステッキ・ルビー。ようこそエーデルフェルト邸へ。今日のあなた方はお客様でしてよ。なにか至らないところかあれば、美遊やそこの執事に申し付けてくれればよろしいですわ」

 まずは私服らしきドレス姿のルヴィアが席を立ち、この屋敷の女主人らしく艶やかに挨拶を告げる。

 「えっと。お招き預かりましてありがとうございます……? こちらこそよろしくお願いします」

 イリヤは普段されることの無い丁寧な挨拶に、むず痒い思いを抱きつつ、何とか返答する。少し日本語が変になったのは、緊張と言い慣れない敬語を駆使したせいである。決して、正しい敬語が分からなかったからでは無い。

「よろしく~」

 ルビーはイリヤとは対照的に気の抜けた軽い感じで答える。どんな場所や相手であろうともルビーの調子が崩れることは無いようだ。

 そのやり取りを、遠坂凛はむすっとした目で眺めていた。ちなみに服装は、この屋敷に似合わない動きやすさ重視のカジュアルなものである。

「なによ、私の時の対応とは随分違うじゃない。貴族様がそんな差別的な行いをしてもいいのかしら?」

「真の貴族は付き合う相手を選ぶものでしてよ。貧相な格好の貴女を屋敷に上げて差し上げただけでも光栄とお思いなさい」

 凛の嫌味にルヴィアも劣らず毒舌で返す。二人の険悪な雰囲気に、イリヤは胃がキリキリしてくる気がした。

「言ってくれるじゃないの。なら、今すぐこの屋敷も私と同じ貧相な様にしてあげましょうか」

 凛が構える人差し指に、瞬く間に黒い魔力の塊が装填される。

 イリヤはそれを見て即、ルビーに手をかけるが、凛の凶悪な気配を湛えていた魔力は次の瞬間、プシュ~と情けない音を立てて霧散してしまった。

「え、あれ?」

「オーッホホホホホホ! 仮にも魔術師の工房ですわよ! 敵の魔術師への対策はばっちりですわ! 夏の火に飛んで入る虫とは、まさに貴女のことですわね!」

「……ルヴィアさん、その日本語の使い方は少し違っていると思います」

 高笑いするルヴィアに小さくツッコミを入れる美遊。

「……そう。じゃあ、魔術に頼らず肉体言語で話し合いましょうかね!」

 びきびきっと青筋を立てる凛は、既に席を立って臨戦態勢を整えている。

 ルヴィアと凛のいつもの不毛な争いが勃発するかに見えたその時、

「ルビーデュアルチョップ!!」

 二人の脳天に制裁を下したのは、羽を肥大化させたルビーであった。

「まったくもー。二人ともまだまだお子様ですねー。それが原因で私たちも愛想を尽かしたというのに、いつになったら学習するんですかー。早く収拾を付けて会議を始められるようにしないと、問題の映像も公開しませんよ~」

 ルビーのまったくの正論に、ルヴィアも凛も、ぐうの音も出ないようだ。

「ルヴィアさん、凛さん、紅茶が入りましたので、席にお願いします」

 そこへタイミングよくお茶を用意する美遊に、イリヤも鞄からとっておきを取り出した。

「このクッキー、お世話になるから持っていきなさいってお兄ちゃんが焼いてくれたの。これを食べてまずは落ち着こうね」

 小学生の二人にも促され、凛とルヴィアはしぶしぶ席に座った。ちなみに最初と同じ、四人掛けのテーブルで最も遠い対角線の席である。

 イリヤは喧嘩が不発に終わったことにほっと胸をなでおろし、クッキーを皿に開けながらルビーに小声で話しかけた。

「にしても、ルビーがまともなことを言うなんて珍しいね」

「珍しいとは心外な! でもー、そうでもしないとサファイアちゃんが、キレちゃうところでしたからねー。あのお二人と一緒の空間でイリヤさんを待っている間、だいぶストレスを溜めたようで。ルビーちゃんがチョップをしていなかったら、今頃はサファイアちゃんが洗脳電波デバイスを繰り出してましたよ~」

「えっ。洗脳電波って、こわっ! さすがルビーの妹……」

 口数が少ないと思ったら、静かに怒りを溜めてある一点で爆発するタイプらしい。先ほど玄関で、ルビーがサファイアのことをピリピリしていると言っていたのは正しかった訳である。

 一方、美遊の入れた紅茶で一息ついた凛が、早速イリヤの持参したクッキーに手を伸ばした。

「クッキー、頂くわよ。イリヤ。あのバカ相手にむきになっちゃったからお腹が空いちゃったし」

 ……落ち着いたように見えて、凛の言葉には自然とルヴィアへの嫌味が滲んでしまっている。

 案の定、ルヴィアも噛みついた。

「何を言いますの。それは私宛に持ってきて頂いたものですわ。それを差し置いて先に食べるなど、礼儀がなっておりませんわね」

 バチバチっと再び二人の間で不可視の火花が散る。

 しばらくにらみ合いが続いたが、唐突に二人の腕がクッキーに伸びた。

 どうやら先に食べた方が勝ち組らしい。

 二人の口にクッキーが入ったのは、ほぼ同時だったのだが―――次の瞬間、顔色が変わった。

「「美味しい……!!」」

「えっ、そんなに?」

 二人して絶句している様子にびっくりするイリヤ。

 兄が作るお菓子は確かに美味しいが、家庭的で素朴な感じだったはずだ。

「このサクサクとした食感に、まろやかに広がる甘味。ナッツもチョコも入っていない基本的な焼き菓子というのに、何故こんなに味わい深いのでしょう!」

「おまけに紅茶との相性はとてもいいわ。一緒に口に含めば、香りが更なるエッセンスになって、舌の上で溶けるように無くなる。……脱帽だわ」

 いかにも舌が肥えていそうなルヴィアと凛の唸るような感想に、イリヤも恐る恐るクッキーを口にする。

 見た目は多少の不揃いがある、普通のクッキーだ。焼き色はいかにも美味しそうなキツネ色だが、果たして味の方は――――

「うそ、こんなに美味しいなんて」

 生まれて初めて食べたかも。

 まるで高級菓子店で作られたかのような垢抜けた美味しさに、イリヤはひたすら感動してしまった。

 いつの間に兄は、こんなに美味しいクッキーを作れるようになったのだろうか?

(次からもっと手作りお菓子をねだっちゃおうかな)

 美遊の方を見てみると、美遊もクッキーを食べたようであまりの美味しさに、とても驚いているようだった。

「イリヤ、これ、本当にイリヤのお兄さんが作ったの?」

「うん、そうだよ。焼いているところを見たし。私もお兄ちゃんがこんなに美味しいものが作れるなんて、びっくりしちゃった」

「そう……。とても美味しかったです、とお兄さんに伝えて……」

 美遊の声は少し涙声っぽかった。そんなに感動したのかな?

「私からもお礼を申し上げますわ。本国のパティシエにも劣らない物でした、とお兄様にお伝えくださいませ」

 本物の貴族であるエーデルフェルト家の令嬢にここまで言わせるとは、兄、恐るべし!である。

「わたしからもお礼を言うわ。とても美味しかった―――女子としては悔しい限りだけど。……イリヤのお兄さんってまだ学生よね? パティシエ志望なの?」

 凛の正直な感想の後の質問に、イリヤは首をかしげながら答えた。

「うーん、どうだろう? お兄ちゃんが将来、何になるかなんて、あんまり聞いたことないなぁ。高校生だけど、そろそろ決まって来るころだろうし。……今度聞いてみようかな?」

 イリヤの兄は、料理が上手くて、機械いじりが好きで、弓道の腕がすごくて―――あと、正義感が強くて、お人好しで。学校で見かける姿は、いつも誰かのために頑張っている姿だ。

 将来は警察官とか消防士さんとか、人を助ける職業に就きそうである。または人に料理を振る舞うコックさんや、人の世話をやく介護士などもありかもしれない。

「えっ、まだ高校生なの!? ってことは穂群原学園に通ってるってことよね。今度探してみようかしら」

と、凛が呟けば、

「将来の就職は安心してよろしいですわよ。エーデルフェルト家が専属のパティシエとして生涯、面倒を見て差し上げますわ」

と、ルヴィアは兄がまだパティシエ志望だと分からないのに、気の早いことを言う。

 そんなに兄のお菓子が気に入ったか。

「……お兄ちゃんはあげないんだから」

「あら~イリヤさん、ジェラシーですか? そうですよね~。大好きなお兄さんを生涯、面倒見るということは、婿入りも同ぜブギャ」

「ルビーは黙ってて」

 想像もしたくなかったのに。

 ルビーをはたき落したイリヤは、無言で凛の隣の席に腰をおろし、今度は美遊の淹れてくれた紅茶と一緒に、クッキーを頬張った。

(うっ、紅茶と一緒だと、もっと美味しい)

 クッキーだけではなく、うまく旨みと香りのみを抽出された紅茶だからこそ、ここまで美味しくなれるのである。これを美遊が淹れてくれたという事実だけでも、ささくれたイリヤの心も癒えるというものだ。

「ミユ、紅茶淹れるのうまいね」

「ありがとう、イリヤ。ルヴィアさんに直々に教えてもらったの。上手く淹れられてよかった」

 美遊の照れた笑顔によりいっそう癒されるイリヤであった。

 

 そんな小学生二人の会話で場が和んだところで、凛が今日集まった本題を切り出した。

「―――さて。色々前置きが長くなったけど、今後のクラスカード回収の事と、昨夜、鏡面界に現れた男、自称『フェイカー』についての作戦会議を始めるわ」

 どこからか取り出した眼鏡をかけて、凛は顔を引き締める。

(なぜに眼鏡?)

 イリヤはツッコミを我慢した。さすがにこの雰囲気ではできない。

 というか、凛が会議を仕切っているのだが、ルヴィアが突っかかってこないことを不思議に思い、イリヤはルヴィアの顔を盗み見た。

 ルヴィアはイリヤの視線に気づいたようで、小声で答えてくれた。

「別に進行役はどなたでもよくってよ。遠坂凛がわざわざ買って出てくれるというのなら、口出しはしませんわ。真の貴族とは、寛容に物事を受け止め最善の判断を冷静に下す者であり、更に重要なのは本番でどう動くかですもの」

 ……さっきの様子とは随分と異なる言い分である。あれか、美味しいものを食べて心の余裕ができたということか。

 そんな会話を横目に凛はサクサクと進めていく。

「まずはフェイカーについて情報を整理するわ。ルビー、あんたの撮った記録を再生してもらえる?」

「お安い御用ですよ~。いい感じにスクリーンもありますし」

 ガチョンッっと、ルビーの本体の下部からプロジェクターが出現する。さらにサービスのつもりか、ステレオまで脇に装備される。

 いつも思うのだが、アレらはどこに収納されているのだろう? 物理的に不可能な気がするのだが……。

 しかし、イリヤの心の中の疑問はすぐさま吹っ飛んだ。

 スクリーンにイリヤの顔が、どアップで映し出されたからである。

『よく頑張ったな、イリヤ。あとは任せろ』

 赤い外套に包まれた大きな褐色の腕が、イリヤの頭をくしゃりと撫でる。

 画面上のイリヤは、それで安心したようにふにゃりと表情を崩した。

「うなああああああああああああーーー!」

 イリヤは絶叫をあげた。

 普段、自分の顔など客観的に見る機会など早々ない。そして大抵は自分が思っている物とは違う風に見えるものである。

(私ってそんな顔してたの!? ていうか、すごい酷い顔! それをアップって―――いやああぁーー! 恥ずかしい! 穴があったら入りたい!)

 息も絶え絶えに悶絶するイリヤに、さらに追い打ちがかかった。

「おっとすいません~。もうちょっと前からの記録もありました。巻き戻しますね~」

 ルビーはイリヤの様子など気にすることなく、飄々と巻き戻す。

 あれは絶対わざとだ。断言できる。

「ちょっと待って! もう一回とか羞恥プレイ過ぎるよ! 待って待てまてルビィーーーー!」

 だが、無慈悲にもスクリーンの動画は再生を始める。

 映し出されたのは、未だ土埃が立つ破壊痕から立ち上がるボロボロの黒騎士と、驚愕に身をすくませる美遊とイリヤだ。

 上空から撮ったせいか、見下ろすような構図である。

 脇腹に大穴の空いた黒騎士が、美遊に向かっていく。そこにふらふらになりながらも立ちふさがるイリヤ。

 そして、イリヤが切り捨てられそうになった瞬間、横から赤い影が割り込んだ。

「まるでどこぞのヒーローのような登場の仕方ね。タイミングでも計っていたのかしら?」

 凛の辛口な評価が耳に痛い。間に合ったからいいと思うのはイリヤだけだろうか?

 赤い影―――フェイカーは黒騎士の剣を白と黒の双剣で弾き上げると、イリヤを抱きかかえ、美遊のところまで後退する。そこで何故か画面がズームアップしていく。

 そして冒頭のイリヤの顔のアップに繋がるのだ。

「んなああああーー! やめてえええ! 見ないでぇええーーーー!」

 目を塞ぎ奇声を発して身悶えるイリヤ。

 だか、それに構わず、魔術師二人は冷静に動画を分析していた。

「フェイカーのあの動き。身体に強化魔術をかけているのかしら。でなければ、移動速度といい、騎士王の剣を防いだことの説明がつかないわ」

「『イリヤ』と随分親しげに声をかけていますわね。彼は最初からイリヤスフィールを知っていた、ということ。やはり通りすがりに立ち寄った、流れの魔術師というのは嘘ですわね」

「……イリヤ。フェイカーとは前から面識があった?」

 美遊までもが冷静に聞いてくるので、一人で騒いでいたことが気まずくなり、イリヤは大人しく質問に答えた。

「全然知らない。見たことも無いよこんな人。……そもそも、この時のことだってよく覚えてないし」

 イリヤ自身は、黒騎士の真名解放した大斬撃からの記憶が何やら曖昧なのだ。昼間に美遊と話したが、思い出せるのは、大きな赤い背中とただ頭を優しく撫でてくれた感触だけ。それも兄の突然のなでなで攻撃によく分からなくなってしまった。

 再生される記録の中で気絶した自分自身を恨めしく見つめる。何故そんなに安心しきった表情なのか、今のイリヤには見当もつかない。

 そうする間にも、フェイカーはイリヤを美遊に預けて、黒騎士と戦闘を開始した。

 既に傷だらけの黒騎士は、魔力の霧を展開することなく、推進力へと変えてフェイカーに斬りかかっていく。血飛沫を飛ばしながら、なお敵に向かっていく姿は、佳麗な容姿と相まって、凄惨の一言に尽きた。

 もはや手負いの獣も同然だったが、相対するフェイカーは冷静にその攻撃を捌いていく。守りに特化した堅実な太刀筋だった。

「やっぱり、私のチャンバラとは全然違うわね。悔しいけど、剣士として数段上のレベルだわ」

 転身をして騎士王と直に刃を交えた凛は、騎士王と対等に剣戟を交わし合うフェイカーの剣の実力を実感する。凛はハイスペックな礼装であるカレイドステッキが、身体強化や物理保護を展開してくれたおかげで、時間稼ぎ程度に打ち合うことができたのだ。更に魔力が無制限に供給されるので、魔力切れの心配をする必要もない。つまり、常に全力で相手することができたのだ。

 フェイカーは違う。カレイドステッキの無い彼の魔力量は、一般の魔術師の域を出ることは無いだろう。術式に注ぎ込む魔力の分配にも気をつけなければならない。そして、よくよく観察してみると――――

「馬鹿じゃない!? コイツ、身体強化だけで、物理保護も障壁も張ってないじゃないの!」

 フェイカーは身体の所々に細かい傷を負っていた。その原因は騎士王の剣だけでは無い。剣が振るわれる際に飛び散る瓦礫の破片や衝撃波など、神秘を帯びないただの物理現象でも傷ついているのだ。

 今の時代、一人前の魔術師となれば、戦闘の際には物理保護を含めた魔術障壁を展開しているのが当たり前だ。特に時計塔の名物講師の講義で扱われるものは、近代兵器である銃弾すら、容易に防ぐことができる。もっとも、彼の講義を受けた者は何故か、非人道的な魔術実験などを禁止する誓約をさせられるのたが。

 凛もルヴィアも、時計塔に編入した際にすぐ、その講義で物理保護を含めた防護の魔術を修めており、多少のことでは傷つくことは無い。

 それでもなお、神秘の塊である英霊の前に立つのは自殺行為である。

 彼らのもつ武器や魔術は簡単に障壁を乗り越えて来るものであるのに加えて、英霊自体は対魔力を備えているので生半可な魔術攻撃は通用しない。

 よって凛もルヴィアも、特別念を入れた防護の魔術を展開しつつ、鏡面界に降り立っている。騎士王の不意打ちの一撃で命を落とさずに済んだのも、それなりの魔術障壁がクッションになったおかげだ。

「守りの魔術も纏えないなんて、三流と自称していたのは事実のようですわね」

「あー、そしたらコレ、ほんとに心臓に悪いわ。ぶった斬られたらすぐにお陀仏よ」

 ただでさえ、大きな隙ができる時があるのだ。フェイカーはそこを突かれる度に、何とか防ぎ更に攻撃へとつなげているが、見ている側としては下手な映画よりもスリリングである。

 それを数回繰り返した後、おもむろにフェイカーの声が混じった。

『……いいだろう、ならば私が引導を渡してやる』

「引導? 何のこと?」

 イリヤの疑問に美遊が答える。

「仏教用語で、死者が成仏できるようにお経を唱えたりすることだけど……この場合は止めを刺すってことだと思う」

 実際、ぼろぼろになってもなお剣を振るう黒騎士の様子は痛々しく、正視するのがつらいくらいだった。

 フェイカーはその言葉の後、突然手にしていた双剣を投げつける。

「っな、なんてことするの!」

 投擲した二刀は黒騎士に簡単に避けられ、無手となったフェイカーに騎士王の剣を防ぐ術は無い。

 あまりの所業にみな唖然とするが、またすぐに目を見開くことになった。

 振り下ろされた剣を同じ白と黒の双剣が防いだのだ。

「分裂する宝具!?」

 フェイカーはそれも先ほどと同様に投げつけ、いつの間にか握っていたのか、三対目の白と黒の双剣をもって、黒騎士に斬りかかる。

『鶴翼三連』

 俯瞰風景で見ていた凛たちは口が塞がらなかった。

 画面の枠の外から飛来するは、先ほど投げつけた二対の白黒の剣。

 まるで申し合せたように四つの刃が―――いや、フェイカーに握られた二刀も含めると六つの刃がほぼ同時に黒騎士へ降りかかる。

 さすがの騎士王でもこれは対処できないだろうと、思われたが――――彼女は黒く堕ちようとも、伝説の騎士王だった。

 ガキンッと高速で振るわれた聖剣が同時に着弾しようとする剣を弾き、防ぎきる。

 その数は―――五つ。

「あっ」

 小さく上がった悲鳴は誰のものだったか。

 騎士王の背後から残りの一刀である白い剣が突き立った。

「……騎士王が同時に飛来する剣を防ぎきることまで、計算に入れた攻撃ね」

 凛が浮かべるは苦々しい表情。

 フェイカーの魔術師としての技量は恐らく凛たちよりも劣るだろう。

 しかし、この騎士王を仕留めるのにそれらは関係が無かった。

 フェイカーが用いたのは、才能やスペックに依らない―――圧倒的な戦闘経験。

 見た目は二十代半ばと見えるが、これまでにどれだけ戦いを積み重ねてきたのだろうか。

 聖剣と打ち合えるだけの宝具級の武器を、遺憾なく使いこなし確実に仕留めた。

 あの白と黒の双剣が、分裂し投擲した後も惹かれあうように戻ってくる特性があろうとも、タイミングや体勢など諸々の要素が噛み合わなければ、こう奥の手にはなりはしない。

 運任せで倒したわけでは無いのだ。全てのフェイカーの攻防が計算されたものであり、この結果を導いたのは必然と言える。

「敵に回したら厄介ですわね」

 その場にいる全員に共通する想いを、ルヴィアは代弁するように言った。

 フェイカーの戦いには付け入る隙が無い。先ほどまで見せていた大きな隙と呼べるものは、計算された罠かもしれなかった。事実、彼は一度もそれで危機的状況に陥っていないのだから。

『あ、あ―――、ゔあああああああああ』

 黒騎士の絶望の叫び声に、イリヤはたまらず耳を塞いだ。

 あんな悲しい――希望の全てが断たれた慟哭は、平和な日本に生きてきたイリヤにとっては重すぎるものであった。

 そんな様子の黒騎士をフェイカーは――――何を思ったか突然抱きしめた。

「―――――は?」

 凛を含め、険しい顔で映像を凝視していたものはみな、目を点にする。

 何故、本気で殺し合い、止めを刺した相手を抱きしめるのか。しかも映像から見ても、壊れ物を扱うような、ひどく優しい抱き方である。

 どういうこと?と一同、首を傾げる。もっともルビーだけは、ヒューヒュー!もう見せつけてくれちゃって~、と場違いなヤジを飛ばしていたが。

 映像がズームアップされ、フェイカーが黒騎士の耳元に口を寄せるのが鮮明に映し出される。生憎、上空からの撮影角度により顔は伺うことはできないが、囁き声はしっかり響いた。

『もう、いいんだ。アルトリア。君は間違っていなかった。――――もう聖杯を求める必要はないんだ』

 本来なら当人以外に聞こえるはずの無い音量であったはずだが、無駄に高性能なルビーの盗聴機能は一言一句余さず拾い上げていた。

(こ、これは所謂、愛の告白なんじゃないかな~)

 聖杯という単語が気になるものの、フェイカーの声の調子や態度はまさに愛の囁きである。イリヤは先ほどとは別の意味で、顔を赤くしてしまった。なんだか大人の階段を覗いてしまったような、恥ずかしさと、いたたまれなさ? フェイカー自身、こうも白日の下に晒されるとは思ってもなかっただろう。

 黒騎士に止めを刺した白の剣や、フェイカーの握っていた剣もいつの間にか消え失せ、フェイカーは空いた腕で騎士王の髪を優しく梳く。その様子はまるで恋人をあやしているようにも見えた。

(あわわわわ!)

 イリヤはバックに桃色の空間を幻視して(二人とも殺し合った直後で血塗れなのは無視して)ドキドキしてしまったが、他の人の様子を窺うとどうもイリヤと反応が違うようである。

 凛とルヴィアの顔は険しく引き締まり、美遊に至っては真っ青な顔色であった。

(? そんなに変なこと言ってたかな?)

 イリヤが首を傾げる間にも、スクリーンの映像に変化が現れる。

 禍々しい黒は転じて、清廉な青へ。くすんだ金は月光のような輝かしい金へ。

 獣の慟哭は止み、顔をあげた騎士の湖面の光を写し取ったかのような碧の瞳には人間らしい感情と理性が確かに宿っていた。

『……あなたが私の鞘だったのですね』

 清水のような声が響く。

 それは間違いなく、本来の姿へ戻ったであろう伝説の騎士王が発した言葉。

 だがその響きは、円卓の騎士たちを率いた王では無く、ただ一人の少女のようで。

 それがまた、映像を凝視している者たちを混乱に陥れる。

 この少女は本当に伝説に謳われた騎士アーサー王なのか。

 鞘とはいったい何のことなのか。

 フェイカーと彼女の関係は。

(この感じって相思相愛だったってことかな?)

 イリヤは言葉の意味が分からなくとも、青と金の少女の声音や表情からそう推察してみる。彼女の碧の瞳には、確かな喜びと―――愛情が満ちているように見えたのだ。

 だが逢瀬の時は短く、少女の身体は端から解ける様に光の粒子となっていく。

 その中で。

 彼女は顔をフェイカーに近づける。

 フェイカーは固まったように動かない。

 そして重なる二人の影。

 位置的にも、角度的にも、それは明らかに―――キスであった。

 もはや理解のななめ上を行く事象に、凛たちは言葉を失うしかない。

 身を離した少女は最後に、儚くも一瞬の煌めきのような笑顔を浮かべると、その身を粒子に変え虚空へと消えていった。

 

 ――――映像はそこで終わる。

 耳に痛いほどの沈黙に包まれた会議室。

 ぽつりとこぼれた凛の一言が、皆の気持ちを実によく表していた。

 

「いったい、何だったのよ……」




後編へ続く。

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