プリヤ世界にエミヤ参戦   作:yamabiko

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 難しかった…。「対エミヤ対策会議・後編」でございます。
 美遊視点が一番書きやすかったかも。
 アーチャーと騎士王に対する考察なんか、まとめるのが大変で……こんだけ書いたのに真実にはたどり着けないという。
 凛たちに真相をばらすのはいつになるやら。

 アーサー王伝説をネットで調べたのですが、意外とあやふやな伝承でびっくりしました。




【13】

「だから~。きっとフェイカーさんは騎士王さん――いえ、アルトリアさんに片思いしていたんですよ! そして黒化して正気を失っていた想い人を元に戻すために戦って。正に愛に命を懸けた男! 正気に戻った彼女はようやく彼の想いに気が付き、男の愛の告白を受け入れた。しかし、彼女は既に消えゆく身。せめての証を、とキスを贈り彼女は笑顔と共に消えていった……。何と刹那的で儚い恋だったことか! 男はその想い出を一生胸に抱き続ける。いつかその身が朽ちるまで―――それが真相ですよ! そうに違いありません!」

「馬鹿な妄想はそこまでにしなさい、ルビー」

 完全に一人だけ周りから浮いて(雰囲気的にも物理的にも)熱弁を振るっていたルビーを、凛はバッサリ切り捨てた。それをきっかけに、他のメンバーもようやく先ほどの映像の衝撃から抜け出し、各々思考を回転させ始める。

 美遊も別の意味で凍りついていた体を再稼働させた。

 すっかり冷めてしまった紅茶を潤滑油のように流し込み、泣きたくなるほど懐かしい味のクッキーを燃料として頬張る。その甘味や風味は美遊の温かい記憶を呼び起こし、冷たく凍えた心もその暖気でほぐれ始めた。

 イリヤの持ってきたクッキーは、不思議と『元の世界』に残してきた家族が振る舞ってくれた味とよく似ていた。美遊の知るものよりは洗練されてはいたが根底のベースとなるものがそっくりだったのだ。

 フェイカーのイリヤへの態度といい、彼の手の温かさといい、何故こうも美遊の兄を思い出させるものと遭遇するのか……。

 美遊は頭を振りかぶり、その疑問を頭の隅へ追いやった。今はあの時に聞くことができなかったフェイカーの言葉の検証が先だ。

 フェイカーと騎士王との戦闘や抱擁、キスなどは、その場にいて実際に目撃していた分、凛たちよりも驚きは少なかった。しかしフェイカーの零した「聖杯」という言葉に、美遊は自身の心臓に氷の杭が打たれたかのような衝撃を感じたのだ。

 槍兵と化したイリヤの放った一撃の後、イリヤでは無く美遊に向かってきた騎士王。

 ―――あれは美遊という聖杯を求めてきたのではないか。

 深読みかもしれないが、その可能性がゼロであるとは限らない。クラスカードは、『聖杯(美遊)』のために作られた礼装であるからだ。

 そしてフェイカーは、騎士王が聖杯を求めていることを知っていた。

(私が聖杯だと気付いている?)

 美遊にとっての最大の懸念はその点にあった。

 己の出自は特殊過ぎる。知れば誰もが利用しようと手を伸ばしてきた。

 最初は交渉、次は恐喝に脅迫、最後は力尽くで、美遊を手に入れようと画策してきた。

 美遊一人では対抗することも、逃げることさえできなかっただろう。

 守ってくれたのは一緒に暮らしていた家族だ。彼らが敵と立ち向かい、戦ってくれたおかげで美遊は今、ここにいる。

 だが美遊を狙う者たちの中には、時に卑劣極まりない手段と方法で無関係な人々を巻き込む輩もいた。

 もしフェイカーが『聖杯(美遊)』を手に入れるために、イリヤたちを巻き込み利用しようとしたら……美遊は大人しく身を委ねるしかないだろう。

 自分のせいで、せっかく友達になってくれたイリヤが傷付くなど、きっと耐えられようもないから。

 兄の願いも反故にしてしまうが、それが美遊にとっての願いだから仕方ない。

 美遊は家族も含め、他の人が自分のために傷つくたびに、自らの業の深さに慄いてきた。

 なぜ聖杯などに生まれついて来てしまったのだろう? そもそも、他人に迷惑をかけるしかできない私が生きていていいのか?

 何度そんな問いを繰り返したか。

 美遊の家族はそのたび、美遊は生きていていいのだと、美遊にも幸せになる権利はあるのだと、肯定してくれた。聖杯などにならなくてもいい、美遊という人間であればいいと抱きしめてくれた。

 だからこそ、美遊はイリヤの友達として、自分の意志でイリヤを優先させる。居場所をくれたルヴィアや、気にかけてくれる凛も同様である。

 ……自分が身を差し出すことですべて丸く収まるならそれで構わない。

 美遊はそう思い、再びクッキーに手を伸ばした。

(やっぱり美味しい)

 口に広がる優しい味わいは家族との思い出も相まってか、悲観的な方向に目を向けていた美遊の心を上向きにさせる。

 そうだ、まだフェイカーが『美遊=聖杯』だと気付いたとは確定していない。

 アーサー王が聖杯を求めるのは、聖杯探求のエピソードでもよく知られている事実だ。

 フェイカーはその事実をもって、騎士王に言葉を投げかけたのかもしれない。

 ならば、かまかけでも何でもして確認したらいいのだ。

(それにイリヤが英霊化したことについても、訊かなくちゃ)

 昨夜、凛がクラスカードの仕様についてフェイカーに説明した時の反応。「英雄の宝具を具現化する」の部分で怪訝そうな顔をしていた。また「イリヤはまったくの一般人」の説明でも同様な反応であった。

 つまり、フェイカーはイリヤが槍の英霊と化して、騎士王と一騎打ちしたのを目撃しているのである。もっとも、その前のキャスターを討ったのもフェイカーの仕業らしいので、当たり前かもしれないが。

 幸いにしてルビーの記録は、イリヤの英霊化が解けた後から始まっている。またイリヤ自身の記憶も残っておらず、英霊化の事実を知るのは美遊とフェイカーのみ。

(クラスカードの本来の使い方は、この世界において強大過ぎる)

 なにせ力の一端とはいえ、英霊自身の能力をその身に降ろし、自在に操ることができるのだ。生半可な魔術師では太刀打ちなどできやしない。最悪、このカードを巡って戦争が起きる可能性もある。

 クラスカードは元々、美遊と共にこの世界へやってきてしまった物。原因は美遊にある。

 これ以上この世界に災厄を振りまくわけにはいかない。

 イリヤが何故、あのような大容量な魔力を備え、クラスカードの本来の使い方を知ったのかはいくら考えても謎のままだが、イリヤ自身が覚えていない以上、美遊が口を閉ざし、フェイカーの口を封じさえすれば、イリヤは一般人のままでいられる。

 ……強大な力は否応なく争いを惹きつけてしまう。そうなればこの温かい平和な日常は脆くも崩れ去ってしまうだろう。イリヤにはそんな状況に陥って欲しくないのだ。

 この世界の皆が幸せであること。それが今の美遊にとっての戦う理由の一つとなっていた。

 

 *************

 

「フェイカーは現代の魔術師。アーサー王は中世の英霊。そうそう都合のいいロマンスなんて転がっていないわ」

 凛の発言を皮切りに、凍り付いていた会議はようやく回りだした。

 まずはイリヤが凛の言葉に反論の声を上げる。

「えっと、でもフェイカーさんの態度とかどう見ても、黒騎士―――アルトリアさんとただならぬ関係がありそうな様子だったよ?」

 イリヤからすれば、両親と同じくらいの親密さだったと断言できるレベルだ。

「そこが不可解なところですわね。フェイカーは伝説のアーサー王の真名『アルトリア』という女性名を知っていた――伝承ではアーサー王は男性と伝わっていますのに―――つまり、生前の騎士王を知っていたということですの?」

 口元に手を当て、ルヴィアは疑問点を明確にする。

「アルトリアさんが伝説のアーサー王ってことは確定なんだ」

 あんまり王様っぽくなかったけどなー、とイリヤはひとり呟く。確かに品格というか、凛とした風格はあったが、最後に見せた表情はまるっきり年頃の女の子のようだった。

「あの少女が伝説の騎士王であることに疑う余地はありませんわ。英霊の象徴たる宝具、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の真名解放ができるのは、使い手であるアーサー王だけですもの」

 実はアーサー王が男性では無く少女だったことに、ルヴィアも内心では驚愕に打ち震えているのだが、あくまで淑女の体を崩さずに断言する。

 伝承とはさまざまな思惑によって様相を変えるものである。当時から男装などでして正体を隠していたのならば、女性だったという事実は完全に歴史の影に埋もれてしまうだろう。特にアーサー王ほどの英傑なれば、後世になればなるほど、尾ひれがついてしまうものだ。

 もっとも本筋たる妃グィネヴィアとの結婚のアレやソレは、少女の体でどうしたのか、と疑問は尽きない訳だが。

「騎士王に対して『聖杯を求める必要はない』と言っていたのは、やっぱり聖杯探求の伝説からの言葉でしょうか」

 美遊がぽつりと言う。ルヴィアは頷いて、己の推論を重ねて言った。

「ええ、恐らくフェイカーの台詞の中の『聖杯』はアーサー王伝説に登場する『聖杯』で間違いないですわ。伝説では円卓の騎士の一員であるガラハッドやパーシヴァルが探求の旅に出ていますが、アーサー王も望みがあって、騎士たちに探索を命じたのでしょう。あの慟哭といい相当強い願いをかけていたようですわね」

 もっとも、伝説ではあまり騎士王の願いについては描写されておらず、騎士王の正体が少女であったことと同様に、それも削り取られてしまった歴史の断片なのだろう。

「フェイカーさんはその願いを知っていて、『もう、いいんだ』って声をかけたんだよね?アルトリアさんの願いってどんなものだったんだろう?」

 たとえ優しい声だったとしても、フェイカーは騎士王の願いを否定したのだ。英霊となってもなお求めた願いは、フェイカーが諦めさせなければならないほど、間違った願いだったのだろうか?

「アーサー王の願い―――それは映像の中の最期の台詞に出てきた『鞘』と関係があるかもしれませんわね。『鞘』とは聖剣エクスカリバーと対をなす、失われた伝説の鞘のことだと思われますわ。もっとも何故アーサー王がフェイカーを『鞘』とみなしたのかは全くの謎ですが」

 ルヴィアが黙考に突入する中、会議から離れ一人ブツブツ呟くのはもう一人の魔術師、凛である。

「時空を超越した? いや、未来から過去への干渉は魔法の領域だし。フェイカーはアーサー王と同時代の人物? 何百年も生きてきた魔術師ってこと? ―――っまさか!」

 唐突に顔をあげた凛は凄い形相でルビーを呼びつけた。

「ルビー、フェイカーが死徒の可能性ってある?」

 突然出てきた専門用語に、イリヤはちょうど近くにいたサファイアへ意味を尋ねてみる。

 美遊も知らない単語だったので、そっと耳をそばだてた。

「シトって何のこと?」

「死徒は簡単に言うと吸血鬼のことです。強大な力を持つ者は何百年と生き続けます」

 サファイアの簡潔な解説に、イリヤは納得しかけ―――吹き出した。

「え? え?! 吸血鬼?! 本当にいるの?! フィクションじゃなくて?!」

 美遊も驚きに目を見開く。きわめて近い世界だと思っていたが、まさか吸血鬼がいようとは。

「吸血鬼はもちろん、幻想種も希少ですがおりますわ。そもそも、私たちが師事しようとしている当代最高位の魔法使い宝石翁は、死徒二十七祖の一人ですわよ」

 黙考から復帰したルヴィアの自慢げな説明にも、ピンと来ないイリヤ。

「よく分かんないけど、死徒って人の血を吸うんだよね? その人は大丈夫なの?」

「大丈夫ですよー。あのジジイくらいのクラスになると吸血衝動はほぼ完璧に制御できますからー。もっともその他の死徒は基本的に、人間を血袋としか見ていませんですけどー」

 ルビーは平坦な調子で言う。なにか宝石翁という人物について嫌なことでもあったのか。というか、

「なんかすごく物騒な単語が聞こえたんだけど。……血袋って」

 一般家庭で育ったイリヤにはまるで縁のない言葉だ。もっとも、ホラーゲームや小説などでは登場するため、意味だけは分かってしまったが。

「宝石翁はあくまで例外。一般的な死徒は人間を襲って血を啜り、ときには手下として知能の無い食屍人(グール)を生み出すわ。こいつらが街に発生したらとてつもなく厄介なのよ。しかも、年月を重ねた死徒は各々の性能を磨き上げて、人知を超えた能力を持つようになる。―――それこそ、英霊とも渡り合えるくらいの」

 凛が険しい顔で語る。

 死徒が冬木に出没したのならば、早急に手を打たなければならないのだ。冬木の地の管理人として、街が狩場となるような事態を見過ごすことなど出来ない。

「つまり、フェイカーが中世から生きている死徒だという可能性は高いと――」

「その可能性はありませんよー。まったくのゼロですー」

 美遊がだした結論を、ルビーは最後まで言わせずぶった切り、凛の推測をぽっきり否定した。

「ちょっとルビー! 何の根拠があってそう断言できるのよ!」

「う~ん、直感?」

「殺すわよ」

 ルビーのふざけた回答に、凛がどこから出したか分からない刃物を突き付ける。

 あれは本気(マジ)だ。

「嘘ですって~。ちょっとボケてみただけじゃあないですかー。もう! 根拠はこれです!」

 シャキーン!

 ルビーの金色の輪の内側に網目のようなラインが引かれ、魚群探知機のように中心から伸びた光の針がグルグルと回りだす。

「24の秘密機能のひとつ『死徒探知機(ジジイ・センサー)』! これは常時稼働していて、死徒であれば大抵の偽装魔術も看破しちゃう優れものなのです!」

「なんでそんな機能が」

 もはや何でもありなルビーの機能に、イリヤは疲労を感じつつ、ついツッコミを入れてしまう。

 それを拾ったのは、もっともルビーに事情通な妹のサファイアだ。

「それは昔、大師父が趣味で用意していた美女の生血が入った輸血パックを、ルビー姉さんがマムシの血と入れ替えるイタズラを行いまして。それはそれは壮大な鬼ごっこが展開されました」

((月落としさえ止める化け物相手になんて恐ろしいことを))

 宝石翁の逸話を思い出し、背筋が冷たくなるは魔術師二人。

(美女の血って……血を飲むことはあるんだ)

 あくまで人血を摂取することに注目するは一般人代表のイリヤである。

「いや~ジジイの鉄拳からの逃避行に、ルビーちゃんは死ぬ気でこれを開発しましたよ」

「最後には解体手前の制裁を食らっていましたが」

「その時くらいは姉さんを庇ってくれてもよかったじゃないですかー。ただ傍観してるだけなんてー、サファイアちゃんのいけずー」

「自業自得です」

 サファイアの容赦ない態度に、ルビーはよよよ、とわざとらしく泣き崩れた。

 しかし、誰もルビーを気にかけていないと分かると、次の瞬間には何事もなかったかのように宣言する。

「ともかく、フェイカーさんはセンサーにまったく反応しませんでした! 彼は死徒ではありませーん!」

「なら、どうすれば現代の魔術師が、中世の英雄とただならぬ関係になれるのよ」

 頭を抱える凛に、イリヤは思いついた逆転の発想を投じてみることにした。

「んー、今の話だと、フェイカーさんが生前のアルトリアさんと一緒にいた、って感じだったけど、逆の可能性は? 英霊になったアルトリアさんが、現代に生きるフェイカーさんのところに現れたりしたとか」

 素人の考えに、一流の魔術師を自負するルヴィアは鼻で笑って答える。

「ありえませんわね。英霊とは招かれる存在。つまりは魔術師が召喚の儀を行わなければ、現れるはずの無い存在ですわ。

 フェイカーは守りの魔術も纏えないような三流魔術師でしてよ。英霊の召喚など、降霊を極めた一流の魔術師が周到な用意を重ねたとしても、成功する確率は相当に低いですわ。

 例え成功したとしても、現界を維持するのは高々一個人の魔力量では精々一時間も持ちませんのよ。その中でどうやって親しくなれるというのです?」

「さらに言えば、召喚できるのなんて、英霊の端末のような分身に過ぎないわ。短時間でどれだけ親しくなろうとも、その記憶は『座』に還ってしまえばただの『記録』に過ぎなくなる。……この話は時計塔の講師の受け売りだけどね」

 凛がルヴィアの論に重ねて言う。

「記憶と記録ってどう違うの?」

 どちらも似たような意味だと思うんだけど。

 イリヤの質問に、凛は眼鏡の端をくいっと上げて答えた。

「例えばあなたを主人公とした物語の本があるわ。内容は恋愛もの。あなたはひどくその話の主人公に共感する。さて―――イリヤは物語の中の彼氏に本気で恋することができるかしら?」

「う、それは無理かも」

 例え好きな漫画の主人公に置き換えてみたとしても、物語の中の人物を現実の恋人に据えるなど、できそうにない。

「そういうこと。『記憶』なら実感を伴った経験だけれど、『記録』となってしまえば、ただの物語―――知識に過ぎなくなる。

 だから、英雄が英霊になった時点で現世の人間と恋仲になるなんて、有り得るはずが無いのよ」

 

 

 その後も凛とルヴィアが、魔術的専門用語を交えつつフェイカーとアーサー王の関係を推測していくが一向に結論は出ず。途中から専門的すぎて話についていけなくなったイリヤと美遊が暇を持て余しだした頃、ルビーがやれやれと口を開いた。

「お二人とも~。いい加減、フェイカーさんとアルトリアさんの関係を邪推するのをやめにしませんかー。彼氏いない女子のひがみになってますよー。

 だいたい、フェイカーさんはこちらのクラスカード集めに協力してくれるわけなんですからー、フェイカーさん自身について、まずは考えるべきじゃあないんですかねー」

「最初に二人の関係について、妄想を膨らましたあんたに言われたくはないけど」

 額に怒りのマークを浮かばせた凛へ、イリヤは冷却剤として残り僅かになったクッキーを差し出す。やっと会議に復帰できる流れを、切りたくはなかったので。

「それにフェイカーは、私たちの知らないカードの知識を持っていました。彼が語った情報はほとんど予備知識のない私たちにとって有効だと思います。それを踏まえた上での今後の行動を話し合うべきです」

 美遊も残り少なくなった時間を気にして、ルビーを援護する。

「……そうですわね。美遊の言うとおり、解答が確定できない以上、より建設的な議論を重ねた方がよろしいですわ」

「一つのことをいつまでも追及する魔術師の悪い癖が出ちゃったわね。いいわ、この話は後にしましょう」

 現実的な美遊の意見に、ルヴィアと凛は、既に机上の空論の域まで推測を広げてしまったフェイカーとアーサー王の関係について、一時的に棚に上げておくことに決めた。

「なら、まずはフェイカーの目的よね。建前としては『冬木に発生した歪みを正す』と言っていたけど、本当の狙いは何なのかしら?」

「建前って……。カードの歪みって、放っておいたら大変なことになるんだから、それに駆けつけてくれたフェイカーさんって単純にいい人じゃないのかな」

 凛の穿った意見に、イリヤは反論してみる。イリヤにとって、フェイカーは自身のピンチを救ってくれた恩人であるからだ。

「フェイカーが魔術師である以上、己にメリットが無ければ動く理由にならないわ。心の中ではこれを機に冬木の霊脈を乗っ取るとか、クラスカードを持ち逃げするとか考えているかもしれないし」

 凛は、過去に侵入してきた在野の魔術師たちを思い出しながら言う。父から遠坂家を受け継いだときから、懇意している冬木の教会の手を借りつつ、冬木の霊地を狙う魔術師たちを今まで撃退してきたのだ。セカンドオーナーである『遠坂』に挨拶もなしに冬木に踏み入る輩に対して、凛は油断なく慎重に対処するようにしていた。

「それにしては魔術師にあるまじき思考をしておりましたけれど」

 ルヴィアがフェイカーの言動を思い出しながら言う。

 根源を目指しているわけでは無いと、魔術師を根底から否定するフェイカー。英霊の『座』に繋がるクラスカードを、抑止力が働くならば、ためらいもなく破壊すると言い切る彼は、魔術師の枠を外れた存在だ。

 そこでふと、違和感を覚えてフェイカーの言葉を復唱してみる。

「英霊の『座』まで干渉して『くる』魔術礼装だ―――? なぜ、『干渉する』では無く『干渉してくる』という言い回しをしたのでしょう?」

 その呟きはあまりにも小さく、誰にも拾われることはなかった。

 ルヴィアは首を軽く振り、今はフェイカーに対する対応について話し合うことが優先と、先ほどの二の舞を避けるべく、その疑問を胸にしまいこんだ。

「またフェイカーは『アーチャー』のカードを利用し、キャスターを撃破していますわ。魔術協会でもあまり解析は進んでおりませんのに……。カレイドステッキに頼らず『限定展開(インクルード)』するなど、カードの正しい使い方を知っていたということですわ」

「イリヤがカードを失くしたのも、実はフェイカーが隙をみて盗んだのかも」

 ルヴィアの意見に付け足すように、美遊も述べる。

「あはははは」

 イリヤとしたら、フェイカーのような特徴ある男とすれ違った覚えもないので、盗んだ云々に関しては、乾いた笑みを返しておいた。……下校前にはきちんとポケットに入っていたはずなので、帰宅途中で落とした可能性が一番高く、イリヤが失くした事実には変わりないのである。

「フェイカーは鏡面界についても何か勘付いたようだったわ。セイバーのカードが回収されても空間の崩落が始まらないことに関して、意味深げに一人で納得していたし」

 凛が続けて考察に入った。口元に手を当て眼鏡姿で考え込む姿勢は、まさに研究者らしい恰好である。

「それに、まだ判明していない残りのカードのクラス名をフェイカーは知っていた。つまりクラスカードをよく熟知しているってことだわ。その証拠に、『ライダー』の英霊が女性体と知っていたし、残りの『アサシン』や『バーサーカー』についてもわざわざ忠告してきた」

「それにしては、わざわざクラスカードや鏡面界のことを尋ねてきましたけどー」

 凛の断定に茶々を入れるルビー。さっきのやり取りの意趣返しか。

「あれはこちら側がクラスカードについて、どれくらい把握しているかを探っていただけよ。わざとらしく惚けたりして……ああ、思い出したら腹が立って来た。何が『とっとと家に帰りたまえ』よ! 子供のおつかいじゃあるまいし、恰好つけてんじゃあないわよ!」

 突然の凛の爆発に、唯一フェイカーとのやり取りを聞いていないイリヤは戸惑うしかない。あ、しまった。もう鎮火用のクッキーはないんだっけ。

「フェイカーさんって、しゃべったらどんな感じの人なの?」

 こそっとイリヤは小声で聞いてみるが、美遊は困った顔をして目線を逸らしてしまう。

 代わりに耳ざとく聞きつけた凛が、勢いよく見解を吐き出した。

「フェイカーは皮肉と嫌味たっぷりの食えない男よ。常に上から目線で、偉そうで。こっちの臨界点の限界をわざわざ試してくるようなやつね。ついでにロリコンの気があり」

「えっ、そんな感じなの? あとロリコンって……」

 イリヤは確かめるように再度、美遊に視線を送る。

 映像で見た感じでは、それほど嫌な性格の人物には見えなかったのだが――。

「……だいたいは合ってる。さすがにロリコンは違うと思うけど、私に対する態度は、凛さんやルヴィアさんたちよりも柔らかかった。たぶん、そんなに悪い人ではないと思う」

「そ、そうなんだ」

 美遊の肯定にショックを受けるイリヤ。凛の語った人物像なら、なるべく相手になりたくないと思ってしまうのであった。

「それでも美遊、あんな得体のしれない男にほだされてはなりませんわ。フェイカーの食えないところは他にもありましてよ」

 ルヴィアは美遊に注意を促しつつ、フェイカーに対する意見を述べる。

「なぜカードに対応した英霊たちを知己のように語るのか、『なぞり』とは一体何に対してのものか。説明を放棄して、こちらを混乱させる目的を含んだ情報提供でしたわ。

 信用できないが、その情報に縋るしかない。そんな状況を作り出すフェイカーの駆け引きの強さ―――正直に言ってやりづらいですわ」

「こちら側に信用してもらいたかったら、もっと言葉を尽くして理解を得られるようにしないとダメよね。強引な行動の上、結果から意図を察しろと言われているようなものだもの。

 ―――――いったい誰が、そんなヤツを信頼できるって言うのよ。

 説明する暇がない? 私たちが信じられないような理由があるから?

 甘えてんじゃないわよ! そんなの、他者とのコミュニケーションを放棄している言い訳だわ! もっと誠意を示しなさいよ、誠意を!」

 感情のままに口走る凛に対し、ルビーはニヤリと羽をくねらせる。

「あら~、そんなにフェイカーさんを気に掛けるなんて~。実は気になったりとかしちゃってます?」

「なっ、何を馬鹿なこと言ってんのよ!」

 顔を真っ赤にしつつ、ルビーに怒鳴り散らす凛。

 ああ、あの感じはルビーの恰好の餌食だよね、と遠い目をしつつ、イリヤは時間が残り少ないことから、まとめのつもりで口を開いた。

「じゃあ今度フェイカーさんに会ったら、もっと詳しく問い詰める方向でいいのかな?

 クラスカードの回収は手伝ってくれるみたいだし、まずは力を合わせてカードの確保ってことで」

「そうですわね。フェイカーはあの騎士王とも渡り合える技量をお持ちですもの。せいぜい使い潰して差し上げますわ」

「カードを手に入れたらすぐフェイカーを確保。この前にみたいに逃走はさせないわ」

 ルヴィアが凄絶な笑みを浮かべ、凛はルビーを撃墜させつつ応える。

「……フェイカーには訊きたいことがたくさんある。油断はしない」

 美遊は別の意味も含ませ、決意を固めた。

 全員一致でフェイカーに対する方針が定まり、凛が会議を締めくくる。

「じゃあ、これでフェイカー対策会議は一旦お開きにするわ。

 少し遅くなったけどいい時間だし、残りのカードへの対抗策は車の中で話し合いましょう」

 

 

 エーデルフェルト家のリムジンに揺られ、残り二か所となった歪みの内、郊外の森へと四人とステッキ二本は向かう。

 なぜ比較的近い新都にある歪みでは無く、こちらを選んだかと問えば、あちらの歪みが特に酷いからだそうだ。

 恐らく『バーサーカー』のクラスが関係しているのではないか、という推測と、フェイカーの忠告にあった、12の必殺技の用意が間に合わなかったことから、今夜は森に潜む『アサシン』のカードを回収することにしたようである。

 フェイカーと遭遇する確率は二分の一であるけれど、残り一枚となれば確実に会える。

 イリヤは期待と不安で胸を膨らませつつ、車に揺られていた。

 命の恩人には直接お礼を言いたいけれど、凛の言う通りの性格ならば、話すのはちょっと怖い。

 実体化した英霊と戦うことに関しては、そんなに不安は感じていなかった。こちらにはルビーも美遊もいるし、バックとして凛もルヴィアもついて来てくれている。

 さらに騎士王と渡り合ったフェイカーも加われば、負けるイメージなど思い描けそうにない。

 だから、イリヤは軽い気持ちで鏡面界へ跳んだのだ。

 作戦通りなら、負けるはずが無いと楽観して。

 だが、それはただの慢心だった。

 反転した世界の先、予想外の光景を目の当たりにして。

 イリヤは甘くはない現実を思い知る。

 

「えっ、フェイカーさん……?」

 

 暗い陰のある森の中。

 数十人もの黒い影に囲まれ、傷だらけで片膝をつく男の姿があった。

 

 

 

 

 




 アーチャー、大ピーンチ。

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