プリヤ世界にエミヤ参戦   作:yamabiko

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 お待たせしました! 続き士郎&アーチャー視点でございます。
 そして、すみません。ハサンさんまで辿り着けませんでした。
 どうしてこうなった……。
 
 感想で色々なコメントを下さりありがとうございます。真相は次に持ち越しということで。早めの更新を目指します。


【14】

(――――間に合わなかったか)

 アーチャーは内心で舌打ちをした。

 イリヤたちが到着する前に、決着を付けられなかった自責の念が胸中を駆け巡る。

 相手は『気配遮断』のスキルを持つアサシンであり、しかもアーチャーの記憶にはない宝具を使用しているのか、恐らくあと数十人はこの森に潜んでいる。

 魔力が潤沢にある訳でも無いアーチャーが、長期戦に持ち込まざるを得ない事態になったのは甚だ不本意であった。本来ならばさっさと仕留めて、カードを置いて去ろうという予定だったのだが。

 まさか理性が無いはずの『英霊の現象』が、連携をとりつつ集団で向かってくるなど誰が予想できただろうか。

(巻き込みたくはなかったが、仕方がない)

 アーチャーが片膝をつき動きを止めたことで、敵は好機とばかりにその包囲を狭めているはずだ。

 そこでアーチャーが今まで打ってきた布石が生きる。

 正直に言えば、まだ敵を全滅させるには不十分だ。しかし、戦闘経験の少ないイリヤたちがこの『気配遮断』スキルを有するアサシン数十人を相手にするのは、カレイドステッキがあれども、厳しいと言わざるを得ない。

 ならば、少しでも多く削ってしまうのがよかろう。

「全方位防御結界を張れ! 今すぐだ!」

 現実世界へ接界(ジャンプ)させるよりも、防御させた方が早い。

 二機のカレイドステッキは、持ち主たちが指示を出すよりも先に魔術障壁をドーム状に出現させる。

 見たところランクAはあるだろう。あれならば問題ない。

 アーチャーは投影していた剣を地に突き立て、トリガーとなる一節を呟く。

 

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

 

 神秘を伴う閃光と爆発が、暗い森を白く染め上げた。

 

 ************** 

 

 

(――――それで、貴様はいつまでそう拗ねているつもりか)

「別に拗ねているわけじゃない」

 イリヤを見送った途端、眉間にしわが寄ってしまうのを抑えられない士郎に、アーチャーは呆れたように声をかけて来る。

(顔と口に出てしまっている時点で、心情がただ漏れだな。そのようでは先が思いやられる)

「うるさい! これはただ、クッキーの形が不揃いになったことが不満なだけだ。あの話に関して納得はしてるんだ!」

 玄関から二階に通じる廊下で、声を荒げる士郎に送られるのは、嘲笑交じりの皮肉だ。

(イリヤスフィールがいなくなった途端、普段の態度が崩れるのは未熟な証拠だ。どこに目と耳があるか分からない状況でこの醜態をさらすなど、鍛錬が足りん)

 士郎は足早に階段を上りきり、自室のドアをやや乱暴に開ける。

 そして、そのままの感情の勢いでベッドの端に腰を落とした。

 士郎の不機嫌の理由など、アーチャーにはとっくに見透かされている。

 先ほどの言い訳じみた言葉で紛らわした本心も分かっているのであろう。

 アーチャーの嫌味には耳を塞ぎたいが、生憎こいつがいるのは己の内だ。まだ言い返すことに頭を使った方が建設的には違いない。

「……俺は今まで家族に対して隠し事はしてこなかったし、する必要もなかった。だから鍛錬が足りないなんて当たり前だ」

 士郎がひねり出した返しの刃は、アーチャーには少しも届かなかったようで。

(泣き言だな。もっとましな返しを考えてこい。迂闊な発言は付け込まれる隙になる。

 ちなみに私への返答は口にする必要はないのだが、周りから独り言の多い変人と思われたいのか?)

 バッサリと切り捨てられた。 

 士郎は再沸騰する苛立ちを言語変換するよりも先に、拳を振り上げる。

 やり場のない感情の発散先に選んだのは――――ぽふっとマヌケな音を立てる枕である。

 自室に戻ったとはいえ、大きな物音をたてるのはまずい。そのくらいの分別はさすがに士郎も持っていた。

 内にいる皮肉屋が浮かべているであろう、憎たらしい表情を枕に投影しつつ、ぼこぼこになるまで殴る。

 アーチャーの指摘は正しい。

 確かに知らない振りをしていくことは、この日常を壊さないためにも必要だろう。

 だが。

(イリヤが危険な場所に飛び込んでいくのを、俺はみすみす見送ることしか出来ないのか)

 アーチャーから聞いた、イリヤの生まれ。

 イリヤの無事を確かめる際にかけた、アーチャーの解析魔術で判明した事実。

 『ある大魔術の儀式の一装置として製造されたホムンクルス』

 それが、イリヤの正体なのだという。

 それを聞いたとき、真っ先に抱いたのは、ふざけるな、という怒りだった。

 イリヤはどこからどう見ても、普通の女の子だ。

 笑って、泣いて、怒って。学校の友達と仲良く遊んで。最近ではマンガやアニメにも夢中になって。いろんな表情を見せてくれる年頃の女の子だ。

 ずっと家族として傍で暮らしてきた士郎は断言できる。決して魔術に関わるような――それこそ非人間的な、装置などでは無い。

 アーチャーもその点は認めていた。確かにこのイリヤスフィールは、生まれがどうであれ今は普通の少女として生活を送っている、と。

(おそらく貴様の養父である衛宮切嗣、そして養母であるアイリスフィール・フォン・アインツベルンがそう望んだのだろう。魔術師の悲願ともいえる『根源』へ至る道を捨て、装置として調整し生み出した実の娘の幸せを願うとは……なかなかに奇矯な人間だよ、彼らは)

 僅かに哀切が伴ったアーチャーの声音に、一時的に怒りが和らいだ士郎だったが、

(それにしても混ぜ方が悪い。生地は切るように軽く混ぜなければ食感が台無しだ。そろそろオーブンの予熱もした方がいいだろう―――どうした、親切にもアドバイスしてやっているのに、それすらもできないのか)

 続くアーチャーの辛口な指導に、猛然と腕を動かすこととなった。

 そう、アーチャーが知った諸々の事情説明は、何故かイリヤに持たせるクッキーづくりと並行して行われたのだ。

 きっかけは、クッキーを焼く用意をしながら、いつの間にか鞄に入っていた見慣れない赤い包みを解いてしまったことか。

 再びアーチャーと会話ができるようになり、隣の豪邸にイリヤが泊りに行くので、手土産にクッキーを焼くのだと現状を説明した、次の台詞がこれだ。

(豪邸か……無様なものを晒して、イリヤスフィールに恥をかかせるわけにはいかんからな。私が手伝ってやろう)

 あまりの言い草に、士郎はぶっきらぼうに断りを入れた。

「いいよ。これでも評判はいいんだ。第一、お前は料理できるのかよ」

(愚問だな。今日の朝食は私が作ったのだが、お気に召さなかったのかね? また評判がいいと言っても近所付き合いの中であろう? 家庭の味の域を出ないと思われるのだがな。それで舌の肥えた上級階級の人間に通用するか怪しいものだ)

 夕飯にでた朝食の残りを、美味しいと称賛してしまった前科もあり、ぐうの音も出せなかった士郎は、結局アーチャーのアドバイスを受け入れてクッキーづくりを開始したのだ。

 材料は用意した分しか使わなかったが、その分手順や技巧的なやり方など、高度な技術を要求され、アーチャーからの指示をこなすことで士郎は手一杯になってしまった。

 しかも、アーチャーは時間が無いことを理由に、指示の合間にアーチャーが把握している今の状況を語ったのだ。

 クッキーの形が多少、不恰好になってしまっても仕方ないだろう。

(クラスカードに魔術、英霊。そして―――じいさんとアイリさん)

 アーチャーは、士郎が何も知らず魔術になど関わっていない立場でいることを推してきた。曰く、余計な真似はするな、と。

 この家はあえて魔術的な守りを排している。それも魔術的価値のあるイリヤを狙う外敵に見つからないようにと、養父母が打った策の一つなのだそうだ。

 士郎はまさか養父母も魔術師だとは思いもしていなかったので、告げられた際はひどく動揺して、かき混ぜていたボウルを危うく落としそうになった。

(魔術装置としてホムンクルスを生み出してきた家系だぞ。アイリスフィールは外見からしてその血筋であることは明白であるし、その家の婿として迎えられた切嗣も魔術に関わる者であると考えるのが自然だ。

 ちなみにハウスメイドの二人も、恐らくは護衛として生み出されたホムンクルスだろうな)

 アーチャーの追加のダブルパンチに、士郎はノックアウト寸前にまでなった。

(セラとリズもホムンクルス?! そんな馬鹿な。……あ、でも10年前から全然老けた感じがしないのは、それだからなのか?)

 呆然としたのも束の間、アーチャーの監督下で手を止めている余裕は無く、その時は慌ててクッキーを絞り出す工程に取り掛かる羽目になった。

(それにしても、イリヤが魔法少女なんてな。……ここ最近、様子が少しおかしかったのは、そのせいか)

 イリヤは今、クラスカードの回収という訳の分からない事態に巻き込まれているそうだ。

 アーチャーが言うには、非常に厄介な性格の魔法のステッキが、イリヤを魔法少女としておもちゃにしたかったから、らしい。……なんでさ。

 カード回収は魔術協会という組織から、遠坂とルヴィアが任務として請け負っており、本来ならば彼女たちだけで十分のはずが、その魔法のステッキと意見の相違があり、イリヤが参戦するようになったそうだ。

 幸いなことに、イリヤはただの普通の一般人と思われているようで、このカード回収が終わったら、魔術世界との縁が後腐れもなく切れるはずだという。

 なぜならば魔術は基本的に一般には秘匿されるべきものであり、イリヤ(一般人)の参戦は遠坂たちにとって非常にまずい事態だからだ。アーチャーの見立てでは、イリヤに関して二人は協会へ報告しない可能性が高い、とのこと。

 士郎からしてみれば、妹と同級生の命を失うような危険な行為は止めさせたい。

 昨夜のクラスカードが引き起こす歪み――鏡面界と英霊の現象を目の当たりにした経験から、士郎は強くそう思う。

 何か間違いが起こってからでは遅いのだ。事実、遠坂とルヴィアは黒騎士の一撃に飲み込まれ死んだと思ったのだ。その時の後悔は今も生々しく思い出せる。

 しかし、士郎が口出しすれば、クラスカードのことを何故知ったのかという経緯から、遠坂とルヴィアに変に勘ぐられ、養父母の策を台無しにしてしまうだろう。

 よって、士郎はただ何も知らない振りをして、傍観していなくてはならないのだ。

「俺はアーチャーを頼ることしか出来ない」

 士郎はそう呟いて、やっと殴る腕を止めた。標的が枕であったゆえ、拳に怪我は無いが、それがいっそう無力感を募らせる。

 士郎はポケットに入れていた『アーチャー』のクラスカードを取り出して、改めて観察する。この手の平に収まるカードが、全ての始まりだった。

 クラスカードに宿る無銘の英霊、アーチャー。

 昨夜からの非日常へ士郎を導いた元凶にして、イリヤたちの助けとなれる唯一の希望。

(……『夢幻召喚(インストール)』か。俺が必要だと言っても、実際に戦うのはアーチャーなんだよな)

 士郎がたまたま拾ったこのカードは、実はとてつもない力を持つ魔術礼装らしい。

 世界の外側に構える『座』に干渉し、英霊の力の一端をその身に宿す力を持つ。『根源』を目指す魔術師からすれば垂涎の的だそうだ。今はこの地の霊脈を歪め、最悪の場合、大災害を引き起こしてしまう代物だが、更に注目が集まれば、手段を問わない厄介な魔術師も惹きつけてしまう可能性もある。

 よって早期の回収が望まれ、カードを回収した後は遠坂とルヴィアの任務にかこつけて、押し付けてしまうのがいいらしい。

 遠坂やルヴィアにクラスカードを渡しても大丈夫なのか、と若干の不安を覚えたが、何故かアーチャーは問題ないと太鼓判を押した。曰く、彼女たちの誇りにかけて、無事に処理するだろう、と。

 実際に魔術師としての遠坂やルヴィアと対面したアーチャーだからこそ言えるのだが、初対面でそこまで内面を推し量れるのだろうか?

 士郎は多少の引っ掛かりを覚えつつ、『アーチャー』のカードをもてあそぶ。

 このカードは恐らく、クラスカードを回収していたイリヤが落としたものなのだろう。

 本来ならばすぐに返してやりたいのだが、アーチャーがイリヤたちの前に姿を現し、クラスカードを回収すると宣言してしまった手前、渡すことは出来なくなってしまった。

 アーチャーが現界し戦うためには、このクラスカードが必要不可欠なのだ。

 そもそも、アーチャーは意図せずしてこのカードに呼びだされた英霊なのだそうだ。本来ならば『英霊の力』の一端のみが写し取られるだけのはずが、霊格の低いせいか『英霊の意志』までもが取り込まれてしまったらしい。

 しかもイレギュラーな発動をしたせいか、士郎とラインが繋がり、今の状態となっているとのこと。

 本当ならば無銘の英霊であるアーチャーが戦う理由など無いはずだ。それなのに縁もゆかりもないこの街のため、そしてイリヤたちのために剣を取ろうとしてくれている。

 もっとも、あの黒騎士には深い因縁があったようだが――――。

 士郎はあの柔らかな感触を思い出してしまい、一人顔を赤くする。

(あのことは黙っている方がいいかもな。アーチャーに話しでもしたら……後が怖い)

 アーチャーは『夢幻召喚(インストール)』で意識が表に出た際、士郎が内側でアーチャーの感覚を共有していることに気が付いている様子はなかった。よって、アーチャーはあの黒騎士への言葉は誰にも聞かれていないと思っている。士郎が聞いていたと知ったら、羞恥心のあまり、何かをこじらせて徹底的に攻撃して来そうである。もちろん言葉攻めで。

 ちなみに今の状態では、士郎がそう思わなければアーチャーへ向けた言葉は伝わらず、心の中の独り言は聞こえないらしい。もっとも五感は共有しているので、声に出してしまった内容は拾われてしまうが。

 また出来上がったクッキーの味見の際には、アーチャーから辛口な評価をもらってしまった。自分では最高のできだと自負していたんだけどな。

 それにしても、よほどのお人好しで無い限り、こんな報酬も無いことに協力などしてくれないだろうに。英霊となるような人物はみな、このような性質を持っているのか?

 とにかく、士郎にとってアーチャーの行動はありがたいものなのだが……。

 いかんせん、態度が悪すぎる。

 口を開けば嫌味ばかり溢れかえり、上から目線の皮肉たっぷりな台詞が感謝の気持ちをしぼませる。

 イリヤを心配し、士郎の知らなかった家族のことを教えてくれたのは、確かに感謝すべきことだ。例えそれが士郎にとって厳しい現実だったとしても。

 またこの日常を壊さないようにと、意識が無いときに士郎のフリをして学校へ登校したり用事をこなしてくれたのは、意外であった。アーチャーはもっと冷淡で自分勝手なイメージがあったのだが―――正直言って、やりすぎだ。確かに部活の当番やら、学校の授業、一成との約束を果たしてくれたのには感謝する。特に他人には迷惑をかけたくなかったから、なおさらだ。

 しかし、だ。

 英霊であるアーチャーの技能に一般人の士郎が敵うものだろうか?

 否、敵うわけがない。

 明日以降、過大評価されてしまった自分はどうしたらよいのやら。

(おまけにアーチャーが受け取るべき感謝の言葉を、俺がもらっちゃったからな。気まずいにもほどがある)

 そんな事情もあって、士郎のアーチャーに対する思いは複雑怪奇なものとなってしまっている。感謝をしたいが、アーチャーの態度故、素直に表すことができない。

 また、危険な事情に首を突っ込んでいるイリヤを助けるのに、アーチャーの手を借りるしかないという状況で、己の無力さが無性に悔しい胸中でもある。

 だから、衛宮士郎はこう告げるのだ。

(アーチャー、俺が体を貸すのはべつにいい。だけど条件がある)

(……なんだ。言ってみろ)

(俺に魔術を教えてくれ)

 

 **************

 

 アーチャーは呆れて天を仰ぎたくなった。

 衛宮士郎は今なんと言った?

 ―――魔術を教えてくれだと。

 馬鹿馬鹿しい。

 よりにもよってソレか。

 衛宮士郎が『正義の味方(エミヤシロウ)』になる可能性の中で、一番の近道は魔術の習得だ。

 魔術は一般人とは一線を画す力。

 魔術という神秘によって覆される運命は、一般的な警察官やら医者よりも多くの命を救えてしまう。

 衛宮士郎(エミヤシロウ)は魔術を体得したからこそ、理想を追い求めて突き進んだ。

 自分だけにしかできないことがあるはずだ。

 いや、身を賭してでもやらなければいけないんだ。

 ――じいさんのかわりにオレが正義の味方になってやるよ。

 強迫観念ともいえる使命感と、在りし日に誓った切嗣との約束。

 力と理想に溺れて行きついた先は――――。

(この衛宮士郎にそんな道を歩ませるわけには行かん)

 何のイタズラか、せっかくの平和な世界なのだ。イリヤとは兄妹として一緒に暮らしており、アーチャー自身の生では早くに亡くなってしまった切嗣も、そして第四次聖杯戦争の『聖杯』であっただろうイリヤの母親も生存している世界で、いったい何を望むというのか。

 アーチャーは士郎に拒絶の意志を込めて返答した。

(……魔術の最初の心得は、『死』を容認することだ。魔術とは常に死と隣り合わせであり、失敗すれば容易に命を落とす。――――平和ボケしている貴様には過ぎた代物だ。身の程を知れ)

 ここで大人しく引き下がっていればよいのだ。

 わざわざ、地獄の縁に片足を突っ込むこともあるまい。

 魔術に自ら関わるということは、否が応でも残酷な世界の裏側を垣間見ることになるのだから。

(いや――コイツはもう見ているのだったな)

 十年前の大火災。十数件の住宅が全焼し、ただ一人生き残った。

 アーチャーの摩耗した記憶に残る災害よりも、被害は少ないといえるかもしれない。だが、そこで見た地獄はそう変わらないはずだ。

 ならば、理解しているだろう。この日常がいかに尊いものであるかを。

 せっかく得た温もりを再び手放すことなど出来はしないだろう。なぜならば、一人であったアーチャーとは違い、守るべき家族がいるからだ。

(なあ、アーチャー)

(どうした衛宮士郎。潔く観念したか。所詮、魔術師の家系でもない貴様ができることなどたかが知れている。無駄なことはするな)

 士郎の呼びかけに、アーチャーはきつい物言いで返す。

 これで本当に諦めればいい。お前には優しい光の世界がお似合いだ。

 だが、アーチャーは失念していた。

 衛宮士郎という人間の性質を。

 家族という要素があったとしても変わらない、その愚直なまでの性質を。

(俺は、もう後悔したくないんだ)

 この一言で、アーチャーは士郎の心が折れていないことを悟った。

(何もできない自分が悔しいんだ。誰かにやらせて、誰かに守られて、自分だけ助かるのはもう嫌なんだ。俺を守ってくれる人が家族なら、なおさらだ)

 アーチャーの目の前には、銀の花を咲かせた赤い大地に立つ衛宮士郎がいた。

 目には決して退かないという決意を宿し、少年は赤い男と向かい合う。

「俺は自分の力で、家族を守りたい。クラスカードのことじゃイリヤに、魔術の世界からはじいさんたちに、今は守られてる。

 でもな、知ったからには今までみたいに暮らせるわけがないんだ」

 アーチャーは眼光に殺意さえにじませ、少年を射抜く。

 何故、アーチャーが持ちえなかったものを、コイツは簡単に手放してしまうのか。

「お前がこちら側に関わることを、彼らは望んではいない。むしろ足手まといだ。

 そもそも、その感情がどこから来ているものか分かっているのか? それはただの過去の罪悪感からの逃避だろう。後悔するのはもう嫌だ? はっ、自分勝手な感情で、家族の願いを踏み躙ることの何が、家族を守るだ!」

 アーチャーの怒声に、士郎はわずかに身体を振るわせる。

 だが、それだけだ。琥珀色の瞳は真っ直ぐにこちらを見据えて、告げる。

「確かに罪悪感から逃げているのかもしれない。でも、現状を知ってただ何もせず傍観している方が、よっぽど逃避になると思う。

 俺は目の前の現実から逃げないことを選ぶ。家族には申し訳ないけどな、これが俺の意志だ。家族みんなが笑っていられるような道を模索する。できなくでも、無様でも、足手まといになったとしても、少しずつできることを増やしていく。それは決して無駄にはならないと思うんだ」

 乾いた錆交じりの風が、アーチャーの剣の荒野から駆け抜けた。

 少年は一歩も引くことなく、ただ相対し続ける。背後の銀の花だけが、静かに花弁を揺らした。

「全ては家族のためか……」

 アーチャーは大きく息を吐き出した。

 この頑固者はもう梃子でも動かん。

 それが分ってしまうからこその嘆息だった。

「それで手始めに魔術か。……死んだら元の子も無いぞ」

「そこは慎重にやるさ。だからこそアーチャーに頼んでいるわけだし」

 士郎はアーチャーが折れたことを悟ったらしく、肩の力を抜いて笑った。

「そもそも最初に俺の体で魔術を使ったのはお前だし、懇切丁寧にうちの現状を説明してくれたのもお前だ。それに昼間は好き勝手にやってくれただろ? 対価としたら妥当じゃないか」

 いけしゃあしゃあと言う士郎に、アーチャーは頭痛を覚える。

 どうやらこの衛宮士郎はなかなかに強からしい。

 アインツベルンの女性陣に囲まれ、暮らしてきたからなのか。

 だが、だからこそ、安心できる。

 この衛宮士郎の行動原理の中心はその家族と日常にある。己のように、世界を相手に『正義の味方』を志した大馬鹿者にはならないだろう。

 ならば、コイツが無茶をしてイリヤやその家族を心配させないよう、基本だけでも叩き込んでやるか。

(無茶の仕方だけは、変わらないのだからな)

 アーチャーが士郎に、ほぼすべての現状を嘘偽りなく伝えたのにはわけがあった。

 つまり、大人しく協力させるため。

 何も語らず放置するだけでは、いたずらに混乱を招く。中途半端な説明でも同様だ。

 士郎の口からクラスカード、ひいてアーチャーのことを言いふらされたら、確実に面倒なことになると予想できる。特に凛やルヴィアに目を付けられたら、厄介だ。

 さらにアーチャーが現界するには、クラスカードによって『夢幻召喚(インストール)』するしかなく、正式な手順も知らぬまま内側から発動させるには、魔術的ラインが繋がり、同位体でもある衛宮士郎がうってつけなのである。

 昼間はうっかりラインが切れる事態にも陥ってしまったわけだが、士郎が再び接触してきた方法を思えば、すべて納得尽くで行動してもらった方が、アーチャーとしても気が休まるのだ。もっとも、そのせいで士郎に魔術に関わることを決意させてしまったわけだが。

(まさかクラスカードに解析の魔術をかけて来るとはな)

 士郎の魔術回路は持って生まれた27本の全てがアーチャーによって開かれ、スイッチもオンとオフとで切り替えられるようになっている。さらに『知識』の混在化も影響しているのか、士郎は自力で何の指導もなしに解析魔術を行使したのだ。

 まだ魔力の流れも満足に調節できず、不安定なことこの上ない魔術は、アーチャーとラインが回復した時点ですぐに止めさせた。下手に魔力を暴走させれば、肉が裂け、血が噴き出しただろうに。アーチャーと接触するには少量の血や体液など、魔力の籠った物ならば何でもよかったのだ。

 無知ゆえに招いた事態だったが、当の本人はけろりとしているので、アーチャーがつい嫌味をいつもの二倍ほど増量した態度をとってしまったのも、仕方ないことだろう。

 アーチャーは改めて、今度はお菓子ならぬ魔術の監督者として、士郎に向かい合った。

「私は魔術師としては三流の腕しかない。だが幸運なことに、お前と私の属性、魔術特性は非常に似ている。だから、まずはひたすら模倣(トレース)しろ。それが最も早い近道だ」

 アーチャーが行使する魔術。それは衛宮士郎(エミヤシロウ)が生涯をかけて磨き上げ、極めたものだ。多少ぼかして伝えたが、並行世界の同位体なのだ、属性と魔術特性は同一のものである。

 アーチャーは衛宮士郎が到達しうる最高の見本だ。よって真似するのが一番効率良い。

 なにせ時間は限られているのだ。アーチャーはクラスカードの回収が終わり次第、士郎と離れるつもりだと伝えてある。

「それから魔術を行使するにあたっての条件がある。

 まずは魔術の秘匿だ。基本的に神秘の類は一般の目に触れさせてはならない。

 一般人に目撃されたら、記憶操作か口封じに殺すかが、この世界では基本だ。そんな事態に陥らないように精々気を付けるんだな」

「口封じって物騒だな。……イリヤともう一人の小学生は大丈夫なのか?」

「遠坂凛はあれで情に甘い。殺傷はもちろん記憶操作もしないだろな」

「それはそれで遠坂の方が心配になるな。魔術協会ってところから罰則とか受けるんじゃないのか?」

「バレなければ問題ない。遠坂凛は上手くやるさ」

 アーチャーは知っている。あの『あかいあくま』がどんなに優秀なのかも。持ち前の『うっかり』さえ発動しなければ、大抵のことは丸く収まるだろう。

「またお前自身が魔術師だと、他の魔術師に知られてはならない。お前からイリヤスフィールにも目が向けられてしまうからな。

 そしてちょうどいい具合にクラスカードを隠すために投影した聖骸布がある。探索魔術を弾く礼装だ。目立たない箇所に巻いておくのがいいだろう」

「わかった、気を付けるよ。……あの赤い包みって、結構たいそうな物だったんだな」

 感心したように頷く士郎に、アーチャーは最後の条件を切り出す。

「それから――お前が魔術に関わるということを養父母に必ず話せ。できれば早いうちにだ」

 衛宮士郎の最終的なストッパーは、恐らく衛宮切嗣になるはずだ。無茶の加減も分からんうちは切嗣に任せてしまった方がいいだろう。

 もっとも、魔術なんてとんでもない、と魔術禁止を言い渡される可能性もあるが。

「別にそれはいいんだけどな。あー、どうやって切り出そう」

 悩む割には嬉しそうな顔をする士郎に、アーチャーは片側の眉宇をあげた。

「随分顔がにやけているが、どうかしたか」

 士郎は少し恥ずかしそうに顔を逸らしながら答えた。

「じいさんってさ、仕事のこととかあんまり話さないんだ。でもアーチャーの話から、家族を守るために飛び回ってるんだってわかったら、改めてカッコイイなって思ってさ。

 俺が魔術を使えるようになったら、じいさんの隣に並び立てるかな」

 少年は憧れの光景を夢に見つつ、実現への道しるべとする。

「じいさんだって、この先ずっと守り続けるなんて多分無理だろ? 

 だから、俺が継いでやるんだ。家族を守る『ヒーロー』ってやつをさ」

 

 ――――すがすがしく笑う少年に、いつかの夜の約束が重なって見えた。




 士郎参戦、決意の巻。
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