プリヤ世界にエミヤ参戦   作:yamabiko

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 更新遅くなりまして、すみません。
 文章のクオリティをあげようとすると、展開が遅くなる罠。
 
 そして今回もクラスカードについて捏造設定ありまくりです。ちょっと説明的になりすぎたか。戦闘シーンって難しいですね。



【15】

 僅かに薄雲がかかり、星の煌めきが合間に顔を出す空の下。

 街外れの森の方角へ、一台の自転車が疾駆する。

 ペダルの漕ぎ手は赤毛の少年――――衛宮士郎。

 携えるは無銘の英霊が宿るクラスカードのみ。

 目指す先は、クラスカードによって引き起こされる霊的歪みの中心。

 少年は家族を守るため、英霊という敵の下へと向かっていく。

 

(―――だから、手入れは欠かさずにしているし、この自転車を赤く塗装し直したのだって自分でやったんだぞ)

(ふん。粗が目立つな未熟者。フレームが少し歪んでいるぞ。随分と荒い乗り方をしている。それに塗り残しもあるな。元の色は……黄色と黒か)

(フレームの歪みは俺のせいじゃないぞ。これは貰い物なんだ。元の持ち主は―――察してくれ)

 士郎はペダルを漕ぐ足に力を込めながら、アーチャーの細かすぎるダメ出しに答える。

 早速クラスカード回収に出陣だ、と意気込んで家を出たのだが、30分以上も自転車を漕いでいればそのモチベーションも下がるというもの。

 士郎の胸中はアーチャーとの自転車談義で盛り上がっていた。

 ギアによる変速やタイヤの交換、ブレーキ調整について、油を刺したようによく口が回ったものである。

 士郎自身も、まさかアーチャーとこんな話が合うとは思っていなかった。偶に混じる皮肉が辛いが、なんというか、共感できるポイントが実に似ているのだ。

(あれ、コイツって英霊っていうスゴイやつなんだよな?)

 確か何らかの偉業を成し遂げて、世界から認められた英雄のはずだが……まったくそんな気がしないのは、どうしてだろうか。

 ちなみにこの自転車は、昔住んでいた家から今の家に引っ越す際、よくうちに出入りしていた隣の家のお姉さんから譲り受けたものだ。

 もらった当時はサドルの高いマウンテンバイクに四苦八苦したが、身体が成長するにつれてどこへでも乗り回すようになった。それ以来、自分で整備し通学にも利用している。

 色を赤く塗り直したのは、傷を隠すためというのもあるが、彼女のトレードマークだと一発で分かってしまう、あの色の組み合わせのためでもある。

(……明日は彼女のために、弁当のおかずを一品用意しろ)

(えっ、なんでさ)

 アーチャーの唐突な発言に、思わずハンドルを揺らしてしまう士郎。

(今日の昼に、運悪く冬木の虎の理不尽に巻き込まれてしまってな)

(いったい何が)

(口は災いの元ということだ)

 続きが気になったが、アーチャーは詳細を語ろうとはしなかった。

(それから柳洞一成の分も追加だ。お前の身体をわざわざ保健室まで運んでくれたのだ。授業にも遅れただろうに。詫びの一品だ)

(――了解。今夜の外出の口実にも使わせてもらったからな。口裏を合わせてもらう為にも、うまいものを作るか)

 士郎は自宅を出るときに、柳洞寺まで一成の手伝いに行くと、ハウスメイドであるセラとリズに説明していた。

 当然のことながら、士郎の夜のこんな遅い時間からの外出に、セラは柳眉を釣り上げた。

 だが士郎は「急遽明日までに学校に提出しなければならない生徒会の書類の用意に備品を熟知している俺の手がどうしても必要で現生徒会長を困らせたくないんだ」とノンブレスで言い切って反論を封じ込めたのである。

 セラは必死な様子の士郎にどうにか折れてくれたようで、くれぐれも事故などに遭わないこと、と厳命するだけで送り出してくれた。リズはいつものように手をひらひらさせるだけだったが。

(そもそも昨日今日の休みなしで、クラスカードの回収に踏み切るとは思わなかった)

 昨夜は「キャスター」と「セイバー」のカードを回収したのだ。一日くらい休みがあるかと思いきや、今日のイリヤの外泊である。

 アーチャーが言うには、最近建てられた向かいの豪邸には魔術的結界が張ってあり、十中八九、倫敦からの留学生ルヴィア・リゼッタ・エーデルフェルトの拠点に違いないだそうだ。

 そこに泊まるということは、今夜もクラスカード回収を決行する、と予測できるらしい。

(あちら側には、カレイドステッキという無制限に魔力を供給する礼装がある。回復魔術も併用すれば、連日の戦闘にも耐えるは容易だ)

 更に言えば、イリヤたちは霊位が最も安定する午前0時を狙って、鏡界面へ降り立つ可能性が高いそうだ。ならば危険を承知で午前0時前に鏡界面へ接界(ジャンプ)し、具現化した黒化英霊を倒してしまえば、イリヤたちが戦わないでもすむことになる。

 そういう訳で士郎は、愛用の自転車にまたがり、ぽつぽつと住宅の灯りが消えつつある夜道を走っているのである。

 アーチャーに指示されるままに、自転車は人里を離れていく。

 道路の街灯と比例してアーチャーと士郎の口数は少なくなり、うすら寒い冷気に神経が張りつめる。

 人気のまったくない夜の闇は、この世界には士郎一人しか存在していないかのような錯覚を抱かせる。

 いつしか、漠然とした鈍い思いがひたひたと胸にわいて出てきた。

(正しいことをしているはずなのに、何だろうな。この感じは。―――不安? いや、寂しいのか?)

 ただ一人で闇を走る自分に襲い掛かるのは、世界から切り離されてしまったかのような孤独感だ。

 内にはアーチャーもいるのだが、先ほどから時折指示を出すだけで黙り込んでしまい、この感覚を和らげるには至らない。

 ……クラスカードを密かに回収することは、正しい。大々的に知られ、混乱やパニックになったら大変だ。

 だから、誰にも気づかれぬうちに処理する。

 それが理想的な結果のはずだ。

 だが、それでは誰からも救ったことを認知されず、知らないのであるから理解もされない。

 つまりは守った人々から称賛もされず、謝礼も言われることも無い、ということだ。

 それはあまりにも――――孤独で虚しいことではないか?

(いや、俺はイリヤが笑っていてくれさえいれば、いいんだ)

 士郎は街の人々を全て助けるつもりで、ここまで来ているわけでは無い。さすがにそこまでできた人間では無い。

 ただ、その中に家族が含まれているから。家族のいる日常を壊したくないから、危険を承知で敵が構える場所へ向かっているのである。

(……アーチャーはどんな気持ちなんだろうな)

 皮肉屋で生意気で、しかし実はものすごくお人好しでもあるアイツは、士郎が感じたような漠然とした虚を感じたことがあるのだろうか。

(でもアイツは、助けた相手からの謝礼も受け取らない奴だからな。案外、平気なのかもしれない。――――なんていったって英雄なんだから)

 それでも、この先の見えない暗闇のような道を踏破するには、相当な心の強さが求められそうだ。家族や支えてくれる人たち、それから救った人たちとの繋がりが無ければ、糸の切れた凧のようにどこか手の届かない存在へなってしまうと、漠然とした予感がするからだ。

(……だからこそ、お伽噺の中の英雄になれたのか――?)

 

 

 道路の街灯はとうとう無くなり、自転車のライトと僅かな星明りを頼りに進む。

(―――ここで止まれ)

 アーチャーの制止の声でブレーキを握る。

 到着したのは、鬱蒼と黒く繁る森の入り口だった。

(自転車はそこの茂みにでも隠しておけ。歪みの中心は森の奥だ)

(わかった)

 士郎は傍目から自転車が見えないように茂みの影に止めさせると、森へと侵入した。

 頼りにする灯りは、取り外し可能な自転車のヘッドライトである。

(森ってこんなに怖い所だったか?)

 ライトが照らすのは、限られた範囲のみ。木々の影や茂みの裏はまったくの暗闇で、何が潜んでいるかも分からない。ただ己が立てる足音と、通り抜ける風が撫ぜた葉のざわめきだけが、森に響く。

(――――なんだ?)

 目に見えて異常なところはない。変哲のないただの森のはずだ。

 しかし、何かが異常だった。

 歩くにつれ、傾げるようになる体を立て直しながら、士郎は進む。

 何か筋が通っていないような。あるべき流れが蛇行しているような。そう――異物が挟まっているような気がする。

(おかしい。ここは――不自然だ)

 士郎の五感以外の感覚が訴える、決定的な違和感がそこにはあった。

(そう、これがクラスカードが引き起こす歪みだ。勘の鋭い者なら一般人でも感じ取れる。

 ……お前もこういうモノに関しては鋭いのだったな)

 アーチャーの声は険しい。

 既に意識はこれからの戦いに向けられているようだ。

(ここが歪みの中心だ)

 僅かに拓けた場所で足を止める。

(さて……衛宮士郎。自ら非日常へ足を踏み入れる覚悟はできているか)

(ここに来た時点でとっくに覚悟はしているさ。それに、これは放っておいたらヤバい気がする)

 例えるなら、土砂崩れが川を塞いでしまった惨状を発見してしまった感じか。

 そこでは簡易的なダムが形成され、流れるべき水は不自然に溜まり続ける。今はまだ下流に影響はあまり出ていないが、その容量を超えたとき、ダムは決壊し中身は氾濫して様々な災厄を引き起こすだろう。

(これは人として見過ごせるわけがない)

 アーチャーが手を貸してくれるのも分かる気がする。

 士郎はポケットからクラスカードを取り出した。

 ――さあ、俺の戦いの始まりだ。

(貴様が覚えているかは知らんが、手順は前にやったのと同じだ。まずは魔術回路を開け)

 アーチャーの指示に、士郎は呼吸と体勢を整え、部活で矢を射る時のように精神を集中させた。心にイメージするは銃の撃鉄。

「同調、開始(トレース・オン)」

 その感覚を、身体は正確に覚えていた。

 開かれた魔術回路へ、士郎の有する生命力が走り、魔力へ変換される。

 まだまだぎこちなさの残るソレに痛みが走るが、昨夜ほどでもない。

 士郎の知らぬ間に修復された魔術回路は十全にその役割を全うする。

(あの金色の光についてもアーチャーに聞かなくちゃな)

 ちらりと余計な思考が頭をよぎる。

 そういえば、昨夜はボロボロだった士郎の身体が、何故きれいに治っているのかを追及し忘れていた。昨日の出来事は黒騎士の少女にキスをされ、金色の光に包まれたことまでは覚えているのだが、その後気が付いたら学校の保健室だったのだ。おまけにあの時の記憶は、混乱と痛みがぐちゃぐちゃになって現実感が酷く薄い。夢だったと言われれば納得できてしまいそうだ。

(でもアーチャーがこうしているわけだし、本当にあったことなんだよな)

 魔術回路が励起している今なら、アーチャーとつながりがはっきりと意識できた。

 それはライン(線)というよりもリンク(重なり)と言った方がいいかもしれない。

 多少の差異はあるものの、同じ赤い大地(心象風景)を内に抱いている。だからこそ、俺とアイツの世界は地続きに繋がりやすかったのか。

(類は友を呼ぶというけれど)

 まったくもって奇妙な縁になってしまったと思う。心の中がこんなにまで似ているなんて、世界中を探しても滅多にいないはずだ。―――人の人生は十人十色なのだから。

(ボケっとするほど余裕があるのか? もっと滑らかに適量の魔力を流せるようにならなければ、実戦になど到底使えんぞ)

 アーチャーの呆れたような皮肉交じりの叱責に、士郎は気を取り直して魔力の行く先を意識する。

 魔術回路を通し、生成された魔力は、一直線にクラスカードに刻まれた術式へと流れ込む。

 士郎はその術式を理解しているわけでは無い。

 だが、後は勝手にアーチャーが上手くやってくれるはずだ。

  (あとは任せた―――お人好しの英雄(ヒーロー)さんよ!)

 期待と信頼を込めて、士郎はその起句を告げた。

 

「夢幻召喚(インストール)」

 

 

 **************

 

 混沌とした揺らぎの面に、格子線が引かれた偽りの空の下。

 鏡面界へと侵入したアーチャーは、油断なく周囲を窺った。

 両の手にはこちらへ接界(ジャンプ)する前に投影した干渉莫耶を握り、死角からの攻撃にも対処できるよう、感覚を研ぎ澄ます。

 アサシンのクラススキル『気配遮断』があるとはいえ、攻撃の瞬間にはそのランクは著しく低下する。よって不意打ち狙いの攻撃には、逆にカウンターで対処するつもりで、体勢を調整した。

(もっともあの侍の亡霊ならば、いらぬ心配なのだがな)

 あの花鳥風月を愛でるのが趣味な男は、不意打ちなどの卑怯な手を使わぬだろう。

 これまでクラスカードと第五次聖杯戦争に参戦した英霊は、サーヴァントの枠のままに一致している。アーチャーの推測通りならば、この先に待ち構えるは、卓越した剣の腕を持つ侍の亡霊か、それとも異形の右手を持つ“山の翁”の一人か、どちらのかのはずだ。

(できればハサンの方がよいのだが……)

 密集した木々と低い天井のせいで、中・遠距離からの狙撃は困難であり、必然的に近接戦闘となる。純粋な剣術のみで第二魔法の域の技を振るう剣士を制するのは、黒化して理性が飛んでいても難しいと言わざるを得ない。

 思考を巡らせるアーチャーだが、次の瞬間、強化魔術を施した視界に黒の影を捉え、剣を構えた。

 木陰にたたずむは、黒い肌に黒のボロを纏い、髑髏の仮面をつけた男。

 いうまでも無く、暗殺者ハサン・サッバーハである。

 アーチャーは、あの剣士で無かったことに安堵したのだが、そのアサシンの登場には眉を顰めた。

(アサシンの語源にまでなった者が、クラススキルの恩恵を捨て、身を晒すとは……黒化の影響か)

 闇と同化してしまいそうな人影は、だらりと上半身を揺らし、唯一仮面で覆われていない口元は狂気の笑みに歪んでいる。

 そして異形の右手の姿は無く、健常な両腕に構えるは黒塗りの短剣(ダーク)だ。

(私の知らないハサンが呼ばれたようだな)

 アーチャーは気を引き締め、アサシンと対峙する。

 “ハサン・サッバーハ”とは、イスラムの伝承に残る暗殺教団の教主“山の翁”の称号に過ぎない。冬木の聖杯戦争では通常、「アサシン」というクラス自体が触媒となり、歴代教主19人の一人が呼び出される。

 ハサンが持つ宝具はおそらく個別に異なるはずであり、アーチャーは己の持つハサンの知識を捨てざるを得なかった。

(ならば、今ここで見極めるのみ)

 アサシンの姿がぐらり、と揺らいだ。

 そして唐突な加速。

 驚異的な脚力に任せ、木々の枝を足場とし、変則的な角度から迫るアサシンは、奇声を発しながらアーチャーへと斬りこむ。

 アーチャーは冷静に夫婦剣でその一撃を受け止めた。

 強化を施したアーチャーの鷹の目は、闇夜でも確実に敵の姿を捉える。

 如何に身軽な身のこなしであっても正面から対峙するのであれば、防御するのは容易い。

 アーチャーは、正気を失い衝動のままに向かってくるアサシンの攻撃を捌く。

 数合の打ち合いの後、アーチャーはもう十分と判断した。

(ここまで弱体化しているとは。―――やはりセイバーとは比べ物にならんな)

 アーチャーはわざと隙を見せ、アサシンに元々投擲用であるダークを投げつけさせる。

 そして思惑通りに武器を失ったアサシンの腕を切り落とし、返す刃で霊核ごと胴体を切り伏せた。

「ふっ、他愛ない。もっと苦戦するかと思ったのだが」

 なにせこの身はこの世界の衛宮士郎の身体をベースとしているせいか、身体能力は精々アーチャーの生前の値と大して変わらないのだ。守護者はもとより、サーヴァントとして呼ばれた際のスペックよりも著しく劣っている。

 昨夜この状態でセイバーと渡り合えたのも、槍兵と化したイリヤスフィールが大きなダメージを与えていてくれたおかげだ。でなければ、地力の差で押し負けていたかもしれない。

 アーチャーは塵と消えたアサシンの方に視線を移した。

 回収すべきクラスカードは、英霊の現象の内に在る。倒したからには「セイバー」の時と同様に、カードが落ちているはずなのだが――

「なにも無いだと……」

 そこにはただ荒れた地面が顔を見せているだけ。

 イレギュラーな事態に、アーチャーの動きが一瞬止まる。

 

 そこを、突かれた。

 

 全方向からの殺気。

 アーチャーが顔をあげる間もなく、ソレらから投擲されるダーク。

 数は―――カウントするのも馬鹿らしい。

 アーチャーは咄嗟に右半身を盾とし、正面へと踏み込んだ。

 この場合、中心から外れれば被弾の確率は著しく下がる。

 盾となる剣群を投影する暇など無かった。

 左右・正面からの飛来物は出来る限り叩き落すが、それでもまったく無傷で切り抜けるはずも無く、かすり、えぐられた箇所から血が流れ出す。

 だがアーチャーは構わず、踏み込んだ先の投擲主を斬り捨てた。

(一人、二人、三人――――ち、隠れたか)

 仕留めたのは三人のみ。残りの敵は分が悪いと判断したか、『気配遮断』で感知できなくなってしまった。

(体格も年齢も違うハサン……先ほどの気配、50人以上は感じられたが、恐らくそれが全てではあるまい)

 『気配遮断』は攻撃時のみ、その効力が薄れる。ならば総数を悟らせないよう、攻撃せず隠れたままの敵がいてもおかしくは無い。

 おそらく全ての“ハサン・サッバーハ”が呼ばれているわけでは無いだろう。ハサンは伝承の通りならば19人しかいないはずだからだ。ならば、これは何代目かのハサンの宝具による現象に違いない。

(先ほどの行動といい、理性があるらしいな。……一度退いたのは、何か策があるからか?)

 そこまで思考したところで、アーチャーは身体に違和感を覚えた。

 少なくは無い傷口から、じわじわと広がる麻痺。それに伴う魔術回路を回る魔力の淀み。

「――毒か!」

 先ほどの短剣に毒が塗布してあったのだろう。即死の毒で無いのは、弱った相手ならば確実に止めを刺せるという、自信の表れか。

(あまりいいやり方ではないが、仕方がない)

 動けなくなるよりはましだ。

 アーチャーはあくまで構えを崩さずに、自己に訴えかける呪文を口にした。

「――I am the bone of my sword.(体は剣でできている)」

 アーチャーの身体から過剰な魔力が迸った。傷口からも一斉に血が噴き出す。

 唇からも臓器へのダメージを示す血が伝うが、アーチャーは微動だにせず、それに耐えた。

 『毒』を解毒したわけでは無い。ただ半ば魔術回路を暴走させ、過剰に生成された魔力で、浸食する『毒』を押し流したのだ。

 はっきり言って、無茶の極みである。一歩間違えれば、自滅必至の裏技だ。

(アサシンの毒が概念的・呪術的なものであったからこそ、できたのだがな)

 英霊の概念武装の一部として編まれたダークは、物理的な毒では無く、概念としての『毒』が込められていた。だから魂に属する魔術回路にも影響を及ばすほどの効力を発揮した。

 しかし、逆に概念的であったゆえに、魔力での強制排除が通用したのだ。

(ついでに止血もできるのだから、リスクを冒す価値はある)

 一筋縄ではいかないアサシン相手に、体力の流出はなんのメリットにもならない。

 アーチャーは、人体の奏でるはずのない異音が漏れる傷口に、視線を一瞬だけ向けた。

 肉の下に垣間見える無数の刃。

 ギチギチと金属同士がすれる響き。

(まったくもって、化け物じみた光景だ)

 アーチャーは自嘲するように唇をゆがめた。

 魔術回路の暴走は、アーチャーにとって内に抱く固有結界の暴走と同義だ。

 今回は意図して半暴走で治めたが、完全に箍が外れれば身体の内側から、自らが登録した剣群に貫かれることとなる。

 アーチャーの起源は『剣』。それゆえに魔術の属性・特性は『剣』に引かれ、魔法の一歩手前であるアーチャーの固有結界の要素の一つとなっている。起源の更なる深奥である『根源』を目指す魔術の暴走で、アーチャーの肉体が『剣』へ変質したのは、当然の帰結と言えるだろう。

 傷口周辺の肉を『剣』と化し、修復をしてから肉へ戻す。

 それを治癒と呼べるかは微妙なところだが、止血程度には有効だ。もっとも、肉体へと引き戻せるギリギリのラインの見極めが重要となるが。

(これで魔力の余裕は無くなったな)

 アーチャーは十分な太さのある幹に背を預け、見通しの利かない森を警戒しつつ、数十人はいるであろうアサシンへの対抗策を検討する。

 分身か分裂かは分からないが、恐らく全てのアサシンを倒さない限り、「アサシン」のカードは現れないのだろう。

 こういった一対多数の殲滅戦は、距離を置いた場所から高ランクの宝具を打ち込み、『壊れた幻想』で吹き飛ばすというのが、アーチャーの定石だ。また接近戦を強いられた際は、切り札でもある固有結界を展開する手もある。

 だが、それらを実行するには十分な魔力を使えることが条件となる。

(私の魔力はいい。しかし小僧の魔力を考えるとそれは不可だ)

 アーチャーはクラスカードによって、衛宮士郎の存在を上書きしているのだが、その術式を維持しているのは、士郎の魔力だ。

 さらにアーチャーが魔術回路を使用する際にも、士郎の魔力が消費されているようなのだ。イメージするならば、「エンジン」と「潤滑油」の関係だろうか。

 クラスカードによる置換は、基本的には術者の身体に英霊の力を疑似召喚しているに過ぎない。いわば身体をベースとした能力の拡張とも捉えることができる。

 イリヤスフィールが「ランサー」のカードで『夢幻召喚(インストール)』した際、英霊クー・フーリンの成人男性の身体では無く、あくまでイリヤスフィールの少女としての身体に、彼の武の技量と魔力と宝具が付加された形式だった。

 アーチャーと衛宮士郎の場合、些かおかしな補正(肉体年齢が20代半ばへの変化)がかかっているが、そこは平行世界上の同一人物というイレギュラーのためだろう。

 本来霊格の違う英霊の魔力を、後付で拡張したとはいえ人間である術者の魔術回路に流すことは当然、拒否反応もありえる。

 だが、クラスカードにはそれも考慮された術式も練りこまれていた。

 魔術回路という「エンジン」に、英霊の魔力という名の「ガソリン」を燃焼させた際、それが上手くかみ合うように「潤滑油」という術者の魔力を循環させる術式だ。

 当然、エンジンを高回転させるほど潤滑油は劣化し、消費量は跳ね上がる。また潤滑油の供給が切れたまま、エンジンを無理矢理回せば、摩擦や負荷でエンジン本体を傷つけることになる。

(先ほどの半暴走で、小僧の魔力をだいぶ削ってしまったからな。高ランクの宝具の投影は出来ても精々一つか二つ。だがそれでは全方位にいるアサシンを全滅させるには、心許ない。―――それでも、やりようはいくらでもある)

 そこまで思考を進めたとき、またもやダークが飛んで来た。先ほどより数は少なく密度も無いが、背を隠した幹以外の全方向からの攻撃である。

 だが身構えていたアーチャーは、背を隠していた幹の裏側へ身を翻すことでこれを避け、裏で待ち構えていたアサシンを一蹴して倒すと、

「投影・開始(トレース・オン)」

 間髪入れず投影したまったく同じダークを、まるで逆再生するかのように投擲した。

 暗闇に金属がぶつかる音と、数人分のくぐもったうめき声が上がる。

(手ごたえがあったのは五人。あとは防がれたようだな。――――だがそれでいい)

 敵を仕留めることが目的ではない。

 真の狙いはダークを適度に分散させることにある。

 アーチャーは場所を移動しながら、更に追撃してくるダークを干将莫耶で叩き落し、再度投影したダークをばらまくように射出させる。

 アサシンの概念武装であるダークは、英霊の持ち物としての神秘はそれなりにあるが、宝具には至らないものだ。魔術回路に負荷をかけずに大量に投影する分には、低コストな代物である。

 アサシン一体にそれほど強さがあるわけでは無い。対魔力も底辺に等しいだろう。

 だからこそ大量生産のダークで十分なのだ。

(あとはこのまま、イリヤたちが来る前に『設置』を終えられるかだ)

 止血したとて、アーチャーへのダメージは確実に蓄積されているのだ。

 特に盾とした右側の傷は多く、若干の反応の遅れが発生している。

 もっともそれを逆手に取り、右側を囮とすることでアサシンの狙いを絞らせているが。

(アサシンの投擲は全て急所を突いてくる。……一本でも見逃したら死ぬな)

 だが、負ける気はしない。

 近接戦ではアーチャーに分がある。一斉に襲い掛かられても、それはそれで高ランクの宝具を自壊させれば一気に片が付くだけのこと。

 アサシンは『気配遮断』を生かしたゲリラ戦で、アーチャーを仕留めるしかないのだ。

 

「さて―――、向こうがしびれを切らすか、こちらの集中力が途切れるのが先か、根競べといこうか」

 

 鏡面界の暗闇に包まれた森の中。

 暗殺者たちと一人の弓兵による、どちらが獲物か判断しがたい狩りは続く。

 

 




黒化を押し付けられて、捨て石にされたザイードさんに合掌。

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