プリヤ世界にエミヤ参戦   作:yamabiko

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……もう更新に関しては不定期にならざるをえないかも。

Fate/stay night UBW編、アニメ始まってますね! 生放送とニコニコでかぶりついてみてます!(そんな時間あったら書けよ、という話ですが)

プリヤも3reiの5巻が発売されましたね! ついに大活躍ですよ! だけど……なんで君は「衛宮」なんだ! おかげでネタが一つ潰れました。切嗣なんか関係あるの?

原作も謎が深まる限り。次巻が楽しみですね!

そして今回は前の続きからでーす。イリヤは原作よりもハードモードかも。そして美遊の様子が……?


【19】

「なんで。……どうして」

 腕の中の鼓動が、急速に弱くなっていく。少女の黒い肌よりも、もっと色の濃いものが、口元から溢れるように零れる。

『助ける』って言ったのに。『帰してあげる』って言ったのに。

 なんで、この子の命は消えようとしているの?

 イリヤは湧き上がる衝動のまま叫ぶ。

 この少女の命を奪わんとしている黒の短剣――ダークを投げつけた犯人へ。

 今もなお、冷めた目でこちらを見つめる男へ向かって。

「どうしてこんなことしたの?! フェイカーさん!」

 銀の少女の悲痛な声は、ただ夜の闇に吸い込まれてゆくだけであった。

 

「……まだ気付いていないのか。イリヤスフィール」

 冷徹な雰囲気を身に纏い、男はイリヤとの距離を縮めてゆく。結界を解除し飛び出してくる前よりも、はるかに鋭利な眼差しがイリヤを貫く。

 どうして。どうしてそんな目で私を見るの。

 イリヤの内に生じたフェイカーへの憤りが、僅かにその勢いを鈍らせる。

 確かに何の相談も無く、急に飛び出したのは悪いと思ってる。

 怒るのも当然のこと。けれど、信頼はしていたのだ。一人で戦いに臨み、アサシンの大半を切り伏せたフェイカー、それに判断力や魔術の腕はイリヤたちの数段上を行く凛やルヴィア。そしていつも冷静で優秀な美遊。このメンバーなら、無事にアサシンを切り抜けられるだろうと。

 それに人の命がかかっていた。巻き込まれただけの小さな女の子を、アサシンの刃がいつ襲うかもしれない状況に放っておけなかったのだ。

 なのに、この人は――フェイカーは助けるどころか、この子に向かって短剣を投げつけた。瀕死の少女に、とどめを刺すように。

 悪いのはフェイカーの方だ。

 イリヤはただ助けたかっただけ。

 ――――やっと役に立てると思ったのに。

 ――――せっかくこの子の『願い』を叶えられると思ったのに。

 ――――どうして、私(ワタシ)を否定するの。

「イリヤ、あんたその子が何なのか、本当に分かってないの?」

 フェイカーの背後から、追い着いた凛が顔を出す。ルヴィアと美遊はまだ先ほどの場所に留まったままだ。

 凛の質問の意味がよく分からず、訝しげな顔を向けるイリヤに、状況を把握した凛は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、告げた。

「その子はね―――複数いたアサシンの一人よ」

 その宣告と、腕の中の少女が黒い粒子となって霧散したのは、ほぼ同時だった。

 消える質量。確かに抱いていたはずの腕は空を切り、皮膚に残っていた温もりも何もかも、血糊でさえも最初から無かったような、呆気ない消失。

 呆然とするイリヤの目の前に、はらりと落ちるは一枚のカード。

 見覚えのある表装には両腕に刃物を持つ髑髏の男が描かれ、その下に刻まれた文字は――『Assassin』。

 唯一残ったそれが、少女がアサシンであったことの、何よりの証明であった。

 

「そんな……。じゃあ、私のしたことは、全部、無駄だったの……」

 腕をかき抱き、わなわなと震え出すイリヤ。目尻からは涙が滲む。

 フェイカーはそれに気付くと、一度目を閉じ、一呼吸置いて――――そして容赦なく追い打ちをかけた。

「無駄どころか、こちらにも損害が生じた」

 俯いていたイリヤは、その言葉に顔を上げる。座り込むイリヤと仁王立ちになり見下ろすフェイカーとの高低差は大きく、フェイカーから受ける威圧感(プレッシャー)に拍車がかかる。

「唐突な結界解除に美遊が反応しきれず、アサシンの毒を受けた。幸い、麻痺する程度のものだったがな。下手をすれば死んでいた。――君の迂闊な行動が原因で、だ」

「美遊が……。私のせいで……?」

 イリヤの魔術で強化された眼は、フェイカーのはるか向こう側で蹲る美遊を捉える。その首筋に血が滲んでいるところまでも。

 血の気が引き、蒼白になるイリヤの様子を見て、凛は慌てて声をあげた。

「ちょっとフェイカー。それは私たちが美遊のことを守り切れなかっただけで――」

「だがイリヤスフィールが先走らなければ、防ぐことはできた事態だ。……虎視眈々と機会をうかがっていたアサシンの攻撃に、急に結界を解除された私たちは、自身の身を守ることしか出来なかった」

 凛のフォローを遮るようにフェイカーは言葉を被せていく。

 感情を抑制した声音は鋼のような質感を伴い、イリヤには言葉の剣が降って来るようにも感じた。

「ここは死と隣り合わせの戦場だ。軽々しい行動の代償が、誰かの命になるかもしれん。

 ――――そんなことも分からないのならば、イリヤスフィール、君はここにいるべきでは無い」

 そこが限界だった。

 フェイカーから振り下ろされた言葉の刃に、イリヤの心の中では憤りと自責と後悔と、自分でもよく分からない悲しみと恐怖がごちゃごちゃになって――――

「もういや!」

 叫びと共にイリヤの足元に展開されたのは、離界(ジャンプ)のための魔法陣。

 この世界の全てを拒絶するように、イリヤはその場から掻き消えた。

 

 *******

 

「逃げたわね……。まあ、無理もないか」

 凛は残されたアサシンのカードを拾い、イリヤの魔力の残片が宙に散っていくのを見届けながら、呟いた。

 一般人の、しかも年端もいかぬ小学生に今の仕打ちはあまりに酷だ。

 その元凶はというと、既に背を向けて美遊たちの方へ歩き出している。夜の闇に浮かび上がる赤い外套に包まれた背中は城壁のように広く大きいが―――間近で見ていた凛には朽ちかけた、ただの石壁のようにも見えた。

 凛の胸中をさまざまな感情と憶測と思惑とが駆け巡ったが、ため息一つでどうにか纏めると、フェイカーの背中に向かって結論を投げつけた。――恐らくこれが正解だろう。

「よっぽどイリヤのことが大事なようね、フェイカー」

「何のことかな。遠坂凛」

 間髪入れずに発せられたフェイカーの返答。それが逆に凛の推測を支える材料となる。

「もう、イリヤをこの問題に関わらせたくないんでしょう。だから、あの子が二度と戻って来ることが無いように、わざと悪役を買って出た」

 凛は見ていたのだ。あの、結界が消えイリヤが飛び出した瞬間、誰よりもイリヤのことを目で追っていたのは、フェイカーであったのを。そして、一刻も早くイリヤに追いつくために、らしくもない余裕の消えた戦いをしていたことも。

 彼の実力であれば、身を守り、アサシンを返り討ちにするだけでは無く、治癒魔術の疲れから反応が遅れた美遊を守ることもできただろう。だから先刻の言葉の『自身の身を守ることしか出来なかった』はフェイカー自身への自嘲も重ねていたはずだ。

 そして黒の少女への攻撃。凛やルヴィアは、生き残っていたアサシンに応戦することしか出来ない中、フェイカーだけがイリヤの張った障壁さえその鋭い双眸で見透かし、イリヤの抱く少女がアサシンだと見抜き、自らの獲物を投擲した。

 凛は、その実際の光景は目撃していない。

 だが、アサシンを爆炎と共に焼き飛ばし、始末をつけて振り返った先。投擲の残心を残すフェイカーの表情は、既に冷たい鋼のように固まっていた。

 それは、どこまでも感情を押し殺したモノにも見えて――まだ、あの皮肉屋であった方がマシだと思った。

「……私は事実を指摘しただけだ。これ以上足手纏いになられても困るのでね。彼女がもう戻らないのなら、それでいい。あんな子供は日の当たる普通の世界がお似合いだ」

 足を止めて振り向きざまに告げるフェイカー。

 だんだんと戻ってきた皮肉屋の調子に、やっぱり無理してたんでしょ、と凛はひとりごちる。効果的とはいえ、わざわざあんな突き放すような態度であれば、双方ともに傷つくというもの。不器用なやり方に、凛は呆れてものも言えない。

(大切だったら、身近で守ってあげればいいものを)

 だが、凛もまた知っていた。綺麗事だけでは済まされない魔術世界の人間が、表社会で平凡に生きる者を守る難しさを。

(……私も人のこと言えないか)

 自分も成せていないことを他人に押し付ける訳にもいかない。

 凛はフェイカーのイリヤへの所業については、これ以上言及しないことに決める。フェイカーがイリヤのことを何よりも大切にしている、という事実が証明されただけで、今日の成果としては十分だ。

(あー、そしたらイリヤへのフォローも考えておかないと。巻き込んだのはこっちだし。……これも全部、あのバカステッキのせいよ!)

 イリヤへの今後の対応に、凛は頭を痛めるのであった。

 

 *******

 

「そう。イリヤは逃げ出したんですね」

 凛からこれまでの経過を聞いた美遊は、無表情につぶやくと、そっと目を閉じた。

 アサシンの毒はサファイアの尽力によりほぼ取り除かれ、身体を動かす分には支障は無い。アサシンの英霊が倒されカードを回収したにも関わらず、崩壊の兆しの無い空間に、前回の発言からフェイカーを警戒しつつ、いつでも離界(ジャンプ)できるようにしておく。

「それなら私は、バーサーカー戦では魔力砲と、ランサーとセイバーの宝具で三回バーサーカーを倒せばいいですね」

「ちょっと美遊!? 無理は禁物ですわよ!」

 静かに言い放つ美遊に、付き添っていたルヴィアが制止の声をあげる。

 いくらカレイドステッキの恩恵があるとはいえ、一晩に三回の大規模な魔術行使は身体の負担が大きい。しかもヘラクレスという怪物と戦いながらも、その強固な肉体を突破するために、消耗の激しい宝具の真名解放はせざるを得ないだろう。ルヴィアの懸念はもっともだった。

 しかし美遊は首を横に振る。

「イリヤがいない以上、クラスカードを『限定展開(インクルード)』できるのは私だけです。

 ――――大丈夫。私ひとりでもやれます」

 決然と告げる美遊に戸惑いは無かった。

 わかっていたことだ。

 最初からイリヤには、クラスカードを巡る戦いに参戦する義務も責任も無かった。

 ただ巻き込まれただけ。それでも一緒に戦ってくれたのは、非日常と魔法少女への憧れという遊び半分な気持ちがあったから。

 けれど、今回の戦いで身に染みて分かったはずだ。私たちは命をかけて戦っていたんだと。

 一つ判断を間違えれば、死が待っている戦場。自分の命を落とす可能性もあるし、誰かの人生を終わらせてしまう可能性もある。そして他人の死はこの先、一生ついて回るだろう。……そんな重荷、背負わせたくない。

 だからイリヤはもう、戦わなくていい。――――例え、その身に莫大な魔力と未知の能力を秘めていようと、イリヤは普通の世界に生きる子なのだ。美遊の事情に関わらず、普通の人生を歩めばいいのだ。

 胸の奥で小さくうずく痛みを、美遊は感じないフリをする。

 これはしょうがないことだと、理解していたから。

(イリヤはまだ間に合う。けれど、私は――――)

 既に起きてしまった過去を振り返っても、なかったことには出来ない。

 ならば、身近な友の身に降りかかる火の粉を払う方が、よほど建設的だ。

 そのためにはフェイカーの協力が必要不可欠なのだが―――

 

 ******

 

 真一文字に口元を固く結び、前を見据える美遊。

 そんな少女を見かねたように、アーチャーはつい、先ほどと同じように腕を伸ばす。

 それはアサシンの毒の影響が残っていないか確かめるためでもあり、クラスカード回収を逃げ出したイリヤを恨むでもなく、ひとりでも厳しい戦いに挑む選択をした少女への激励のつもりでもあったのだが――――その手は宙で止まることとなった。

 ――ビクリと跳ね上がった肩。

 ――後ろに引かれる上体。

 ――恐れを含んだ瞳。

 アーチャーにとって、よく覚えのある反応だった。

(アサシンとはいえ、無力な幼子を殺したのだ。怖れられても仕方がないか)

 己に向かってくる敵を迎え撃つことは出来ても、攻撃意志もなく更に弱っている女子供を躊躇なく殺せる人間は限られる。それは人を殺すことに禁忌を感じない快楽殺人者であったり、人を食料としか見ない化け物であったり、人を材料の一つとしか見なせない魔術師であったり――――はたまた、人の命を数でしか捉えられない『正義の味方』であったりする。

 人間を殺すことをできる。そんな存在が近隣にいると知るだけで、平凡な世界で生きてきた者には恐怖を覚えるだろう。もしかしたら殺人者の手が己にかかるかもしれない、そんな可能性が発生するのだから。臆すのも当然だ。

 だが、わかっていたことだ。

 そう思われることも承知の上で、選択してきたのだから。

 今更、そんな目で見られることにも、そして女子供に手をかけることにも、痛みを感じる心は――無い。

「……イリヤスフィールの抜けた穴は私が埋めよう。なに、責任は取るさ」

 アーチャーは何事も無かったかのように腕を戻す。

 美遊も視線は逸らすものの、動揺を静めて平静になろうとしている。バーサーカー戦では肩を並べて戦うのだ。このことで悪影響を残すまいと努める気概はあるようだ。

 そんな様子を見守っていたルヴィアが、保護者よろしく背後から美遊を抱きしめた。

「当然ですわ。美遊ばかりに無茶ははさせられませんもの」

 口調は柔らかいのだが、フェイカーをみる目は明らかに先ほどより数倍きつい。なんというか、自分の子供を守ろうと威嚇する母親狐が幻視出来た。

「つまり、ランサーかセイバーのどちらかのカードをあなたが『限定展開(インクルード)』するということかしら? フェイカー」

 凛はあえてルヴィアをスルーし、確認を取るように尋ねる。散々はぐらかしてきたせいか、具体的に要点を突いてくる。

「そうだ。クラスカードについては解析を進めているのでね。私なりのやり方で『宝具』を召喚するさ」

 嘘では無い。投影魔術によって『宝具』を創ってもよいが――今日の衛宮士郎が接触してくるまでの間に、カードの『内側』から構造の解析を進めていたのだ。まさか製作者も、意志を持った英霊の力が解析するなど思いつかなかったのだろう。妨害の術式もほとんど無く、『限定展開(インクルード)』の術式もほぼ把握した。あとはそれを展開するに相応しい『容れ物』があればいい。『中身』まで作りこむよりも、こちらのほうが燃費は良い。

「そう。なら、コレを持っていきなさい」

 アーチャーの返答を受けると、凛は懐から無造作に何かを掴みだし、アーチャーへ向かって放った。

 闇夜であっても星明りを受けてキラリと瞬くモノたちを、一つも落とすことなく手で受け止め視線をむければ、それは上等な宝石類。

 思わずまじまじと凛の顔を見つめてしまうアーチャー。

(まさか守銭奴のような彼女から、タダで宝石をプレゼントされるとは)

 さっそく中身を確認すべく素早く解析魔術を走らせる。ルビーやエメラルドといった貴石の他に、水晶や瑪瑙など半貴石も混じっているが、いずれも込められた魔力は上等だ。

「チャージも兼ねた予備の宝石よ。キーを告げれば魔力を取り込めるわ」

 術式の開放の起句さえ教える凛に、アーチャーは、いよいよ何かの策略の一端なのか、と疑いの色を濃くする。

「なによその顔は。一応、イリヤの命の恩人だし、あんたばかりに負担させるのも悪いと思ってるんだからね!」

 凛の必死な様子に、この贈り物は本当に純粋な好意からか?と思ったが、もう一度しっかり解析をかけ直して――――頬を引き攣らせた。

(これはうっかりなのか、狙っているのか。やはり……純粋な好意ではない、のか?)

 とりあえずアーチャーは半貴石のものは手元に残し、高級な部類に入る貴石を凛に投げ返した。

「私には過ぎた代物だな。庶民には半貴石で十分だ」

「ちょっと、なに人の好意を無下にしてんのよ!」

 憮然とする凛に、耳敏く反応したルヴィアが茶々を入れる。

「あら、半貴石なんてものも使っているなんて、貧乏人にはお似合いですわね」

「あんたは黙っていなさい! このバカネ持ち!」

 凛とルヴィアのいつもながらの口論が始まり、やっと矛先が外れたアーチャーは、一部で張り詰めていた感覚を解く。もうそろそろ、退場してもよい頃合いだ。

 格子の引かれた偽りの空に、ぴしりと一条のヒビが入る。それは急速にこの空間全体へと伝播してゆき、この世界の終焉の合図となる。――アーチャーが維持していた鏡面界の崩落が始まったのだ。

 もともと鏡面界はクラスカードと、現象として現界した英霊が核となり、発生している空間である。キャスターが倒された後、セイバーに空間が引き継がれたのと同じように、この空間の核は、アサシンを倒した時点で、クラスカードを依代に現界しているアーチャーに移っていた。維持にも魔力を取られるが、一度成立した空間を支えるだけならば、消費される魔力は微々たるものだ。

 突如始まった鏡面界の崩落に騒然とする三人に、アーチャーは次へ続く言葉を言い残す。

「今日のところはこれでお開きだ。ヘラクレスという希代の英雄に相対する覚悟があるのなら、次の夜にでもまた会うだろう。早々に潰されたくなければ、くれぐれも軽装備で来ないことだ」

 既に離界(ジャンプ)のための術式は起動させてある。凛たちが何かを言う前に身を翻すと、挨拶代りに片腕をあげ、アーチャーは予想外に長丁場となった戦場から退場したのであった。

 

 ********

 

「ち、やっぱりもう気配は無いわね。今夜はこれで帰るしかないか」

 現実世界へ帰還し、フェイカーの姿がまったく見えないことを確認して、凛たちはエーデルフェルト邸へ戻るため待機させてあった車へと足を進める。

「ところでルヴィア。あなた、あんな啖呵を切っておきながら、あっさりフェイカーを解放していたけど、どういうつもりよ」

 フェイカーに関しての気になる情報は、すべて毟り取る気満々だったと思うのだけれど。

 凛は手のひらを返したようなルヴィアの態度を問い質す。途中からフェイカーへの注意を放り出して、凛との小競り合いを始めたのだ。それが、フェイカーが逃げる絶好のチャンスとなったようなのだが――

「あれ以上のフェイカーとの接触は、美遊の精神衛生上よくないと判断したまでですわ。

 アサシンとはいえ、美遊と同じくらいの幼子を躊躇なく刃にかけるなんて、極悪非道の極み! 美遊がフェイカーを怖がるのも当然ですわ!」

 えっへんと豊かすぎる胸を張ってルヴィアは高々に言う。どういう経緯でルヴィアが美遊の後見人を務めるようになったのかは知らないが、ちょっと過保護過ぎない?と凛はげんなりと息を吐き出す。もっともこの馬鹿は、やること成すことが極端なのだからこれが通常運転かもしれないが。

 肝心の美遊はというと、硬い表情のままどこか上の空で、機械的に足を動かすのみ。ルヴィアの言葉は届いていないようだ。

「それにしても、あなたのずる賢さ、もとい図々しさには呆れを通り越して、感動さえ覚えましてよ。まあ、フェイカーにはそれも通じなかったようですけど」

「え? 一体何のことよ?」

 凛は本気でルヴィアが何を指して言っているのか分からず、眉間にしわを寄せる。

「あら、時計塔で意気揚々と貧乏人の細々とした仕掛けを語って下さったのは、いつの事でしたかしら」

 耄碌するには早すぎるんじゃありませんの。

 そんな言葉で締めくくったルヴィアの挑発にカチンとまた触発されそうになるものの、凛はそこで、はた、と気がついた。

 そういえば、高価な宝石には確か―――

「追跡と遠隔解放の術式をかけてたんだった……」

 これでは発信機付きの、いつでも爆破可能な爆弾をプレゼントしたようなものだ。

 凛は顔を青くしながら思わず絶叫する。せっかく好意的な態度を示したのに、これは誤解を招いただけかもしれなくて――――

 

「しまったぁあああああああああ!!」

 

 そのあまり優雅とは言えない声は、森の隅々にまで木霊したという。

 

 




遠坂家のうっかりは、いつも肝心なところで発動する。

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