プリヤ士郎はアットホームな環境のせいか、SN士郎よりも壊れてはいないと思うんですよね。でも士郎は無理を押し通してこそのキャラでしょう。
公式のプリヤ士郎の過去は出てないので、ちょろっと捏造してます。
アーチャーは一応UBW後を想像しています。
※pixiv掲載時のまえがき,まんまです。
「美遊様はイリヤ様が信頼できませんか?」
大橋の狙撃手の様子を窺いながら、サファイアが先ほどから雰囲気の固い美遊に問いかける。
「……私はイリヤスフィールのように空を飛ぶイメージが、どうしても掴めなかった。できたのは魔力を空中で固めて足場にすることだけ」
「魔力の総合運用で考えれば、とても効率的ですが」
自虐的に言う美遊をフォローするように、サファイアは長所をあげる。
しかし美遊は表情を硬くしたまま会話を続ける。
「キャスターの最期の一撃、私は判断を間違えた。私が跳んでも間に合わなかった。
けど……イリヤスフィールは魔力砲を私に向かって撃とうとしていた」
「まさか、魔力を固めて足場にしていることを見抜いて、加速させようと?」
「たぶん、そう。あの『宝具』の矢の狙撃でそれは実行されなかったけど、イリヤスフィールはあの状況で最善の答えを出してた。私じゃ思いつきもしなかったのに」
普通は味方に向かって魔力砲を撃つなど考えない。砲撃は敵を落とす物という常識が邪魔をする。柔軟な空想ができるイリヤスフィールだからこその発想だった。
「……先日、美遊様は『カードの回収は全部私がやる』と仰いました。しかしお二人の連携が無ければ、今回のカードの回収は厳しいものとなっていたはずです」
サファイアの言うことは分かる。しかし、イリヤスフィールは巻き込まれただけの普通の女の子だ。美遊とは違う。発想も、戦いに対する覚悟も、そして危機感も。
「イリヤスフィールと一緒に戦う方が効率的なのは分かる。けど、……回収したカードを失くして報告もせず、後回しにしていたことは許せない」
「美遊様……」
イリヤスフィールはあのカードのせいでどれだけの犠牲が出るのか、想像つかないのだ。
だからこそ、カードの紛失も笑ってごまかしてしまう。
美遊はいま、イリヤスフィールに明確な怒りを覚えていた。
***********
ひときわ鋭い痛みを感じ、衛宮士郎は目を開けた。
どうやら意識がとんでいたようだ。
仰向けの状態で大橋の柱の陰に倒れこんでどれくらい時間が経ったか。
痛い。痛い。痛い。痛い。
体中の神経に対して、剣を突き付けられたような痛みが駆け巡っている。
こんな痛みは今まで経験したことがなかった。痛みで体を動かす気力すらわかない。いっそまた気絶してしまえるなら、どんなにいいか。
一瞬にして平和な日常が遠ざかってしまった気がする。
俺は一体なぜこんなところで、こんなことになっているのだろう?
カードを拾って、調べて、イリヤがいないことに気付いて、家を飛び出して。
走って大橋まで来て。それから……?
そう、カードを使ったんだ。魔術で。
そしてこの鏡面界に来た。
なぜか魔法少女の格好をしたイリヤや、学友である凛とルヴィアがいて。それからもう一人、イリヤと同じくらいの女の子がいた。
そしてアレが現れた。ボロボロになっていたけど、圧倒的な存在感で、すべてを滅せんと攻撃を展開していた。人間がかなう相手じゃなかった。俺はどうすることもできないはずだった。けど、俺はイリヤたちを助けたかった。
だから、俺はアイツに頼った。
(やっと私を認識したか、衛宮士郎)
自分のうちから響く声。
コイツが俺の体に魔術回路を作り、あの矢を造り、そしてアレを撃った。
(ろくに鍛錬もしていない魔術回路で『宝具』を投影したのだ、相応の負担がかかる。その痛みが魔術の行使の対価だ)
(魔法使いっていうのは思っていたよりかなりハードなんだな)
軽口で返して痛みを紛らわそうとするが、余計、頭への痛みが増していくようだった。
(正確に言うならば魔法使いではなく魔術師だ)
(そんなの、どっちもファンタジーってことで同じだろ)
まったく、コイツと平然と話をしているのが不思議に思えてくる。
体を勝手に使われて、こうして痛みに苦しんでいるのは、コイツのせいだ。でも結果的にイリヤたちを助けることが出来たのは、コイツのおかげでもある。
(お前は一体何なんだよ。イリヤたちを助けてくれたのには感謝するけど)
(私は……そうだな。そのカードに引き寄せられた格の低い英霊といったところか)
――――英霊。偉業を成し、英雄と世界に認められ、死後に『英霊の座』と呼ばれる高次の場所に迎えられた存在。信仰の少ない格の低い者や、世界への契約によって召し上げられたものはアラヤの『守護者』となる。
……何だろう、これは。俺が知らないはずの知識を俺は『識っている』?
そういえば魔術や魔術回路のことも、俺は当たり前に受け入れてる。なんでだ?
(何せ乱暴な『座』への干渉であったから、私自身、あまり把握はできていない。それに衛宮士郎、お前にも原因がある)
(俺が何をしたっていうんだよ)
(触媒としての血と言霊。そしてお前が衛宮士郎であったからこそ、カードは誤作動を起こした)
唐突に、イメージが浮かぶ。
曇天に浮かぶ鋼鉄の歯車。赤茶けた大地に突き刺さる無数の剣。たたずむはこの世界に相応しい赤い外套を身に纏う男だ。肌は玄く焼かれ、髪は灰のような白。体はボロボロなはずなのに、それでも鷹のような鋭い鋼の瞳は、ただ前だけを見つめている。
そしてその世界は、赤い荒れた大地は、足元から地続きで俺の背後まで広がっていた。
(共振とでもいうのか。同じものを抱えているからこそ私はお前に繋がったのだ)
――いや、同じじゃない。俺の大地も赤茶けた土をみせているが、俺の家族を象徴するような銀の小さな花が所々に咲いていた。空は快晴とまでも行かないが歯車は無い。
あの日、一度俺の心は死んで、何にもない赤い荒野になった。そこは同じだ。でも、一緒に暮らす家族がいた。彼らが希望と理想の種をまき、根気強く愛情という水を注ぎ、わずかながらでも花を咲かせたのだ。
(……そうだな。お前は私とは違うようだ。だが、同じ素地ではある。いずれこうなる可能性は否定できない)
可憐な花はたやすく踏みにじられ、昏い感情に焼き尽くされてしまうこともある。
それでも。
俺は花を傷つけないように、「剣」を大地に突き立てる。
(俺はそうはならない。この花を散らさず守り抜いて見せる)
(それは容易い道ではないぞ。衛宮士郎)
(分かってる。お前を見れば分かる)
あの背中が、お前の世界が、教えてくれた。
誰もが無理だと諦めた道をひたすら追っていった。ボロボロになっても、心があんな世界になろうとも。その先に何があったかは分からないが、それでも何かをやり遂げたんだろう。
その姿勢に。その信念に。俺は尊敬の念を覚えた。いつかコイツみたいな男になれたら、と憧れさえ抱いた。
(未熟者が大した口の利きようだ。……だが、その大切さを知っているだけ、私よりましか)
……なんとなくコイツから寂しさを感じたのは気のせいか? あと羨望と苛立ち、そして少しの安堵?
心の中があんな剣ばかりの殺風景なものになるまで、実際にコイツは何をしてきたんだろう? 何のために、何を追いかけて?
疑問ばかり膨れ上がるけど、大事なことをまだ聞いてなかったな。
(お前、名前なんて言うんだよ。いつまでもオマエとかじゃ味気ないだろ)
(……私は無銘の英霊だ。呼びたければアーチャーとでも呼べ)
それって、カードの名前じゃないか、と思ったけど、存外に「アーチャー」と言った声音が優しかったからコイツにとっては大事な呼び名かもしれない。
(お前はもう知っているかもだけど、俺は衛宮士郎だ。よろしくな、アーチャー)
(ふん、その死に体な様で何がよろしくだ、小僧)
あ、俺ちょっとコイツ気に入らないかも。
そんな和やかな休憩時間は唐突に破られる。
突然現れた暴力的な魔力の塊。
先ほど討ったアレと似ているが、コレはもっと何倍にも圧縮したかのような密度だ。
誰かと交戦しているのか、魔力が衝突する衝撃と音がこちらに響く。
(誰が戦っているんだ? イリヤたちは無事なのか?)
(この気配、剣気。――――セイバーか)
アーチャーには心当たりがあるようだ。ならば。
(うあっ、痛つ)
身を起こして姿を確認しようとするが、激痛で忽ち動けなくなってしまう。
(脆弱な精神だな、小僧。さっきまでの決意はどうした?)
(うるさい、痛いもんは痛いんだよ。お前は痛くないのか)
アーチャーもこの剣で身を刻まれているような感覚を共有しているはず、という確信があった。
(私は慣れている。――このような痛みでいちいち立ち止まっては、守りたいものも守れん)
(……アーチャー)
痛みは体からのサインだ。これ以上動いたら命に関わるという危険信号だ。
それを無視する。無視をしてまで守りたいものがある。
自身が傷付いても、命を削っても、立ち上がり続ける。
それがこの男の歩んできた道なのか。
一際鋭い剣気が走った気がした。そしてかすかにイリヤの悲鳴も。
「う、うあっ」
身を起こす。痛みは、今だけ忘れよう。目の前が白くなりかけるが気にしない。痛みは相変わらずひどいが、身体は動く。
(やはり、衛宮士郎はエミヤシロウか)
イリヤは俺の大事な家族だ。
身体が痛いのが何だ。アーチャーは立ち上がり続けた。
俺にだってできる。
守るためには命だって――――。
(「お兄ちゃん」)
イリヤの顔が出てきた。
元気いっぱいの妹。くるくる表情が変わる女の子。
その中でもやっぱり、笑顔が一番よくて。
(俺が死んだら、あの笑顔は守れないのかな)
欄干を掴み、眼下に目を凝らす。
大橋の下、舗装された川岸に見えるは5人の人影。
一つは黒い霧を纏った黒い小柄な騎士。顔はヴァイザーのようなもので遮られ見えない。だが、アレが先ほどから感じる魔力の正体だ。
少し離れたところにはイリヤともう一人の女の子が。今は二人とも魔法少女の格好ではない。
あのステッキはどこへ行った?と見渡すと、
(……あれはさすがにイタイよな? アーチャー)
(……私に聞くな)
黒猫耳に赤い衣装の遠坂。
キツネ耳に青い衣装を着たルヴィア。
二人そろって魔法少女をしていた。
凛にしてみれば、士郎に魔法少女姿を見られたことは憤死ものかも。