プリヤ世界にエミヤ参戦   作:yamabiko

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まさかのお気に入り1200件突破!! 見たときに目がテンになりました。ありがとうございます!

さて今回はアーチャーとプリヤ勢との対話の回です。キリがいい所までを目標としたら、何故か一万字を超えてしまいました。いつもの三倍。なんでさ!
あとルビーのシリアスブレイカーっぷりは書いてて楽しいですね。ある意味代弁をしてくれているというか……。




【8】

 赤い外套の男が、自ら突き刺した黒騎士を抱きしめる。

 先ほどの戦っていた厳しい雰囲気とは違い、とても優しく壊れ物を扱うような感じだった。まるでやっと巡り会えた恋人のようにも見えた。

 抱かれた黒騎士の様子もおかしい。

 全てに絶望したような叫び声は止まり、どこか戸惑った様子で男を見ている。

 そして次の瞬間、目を疑うようなことが起きた。

 黒のドレスは澄んだ水面のような青に、くすんだ髪は月光のような輝く金に。

 これが本来の英霊としての姿だというように変わったのだ。

 金と青の少女が男に何事かを告げる。男がとても驚いたのが気配で分かった。

 少女の身体が光の粒子となって、融けていく。

 最後に少女は固まっている男に口づけてこの世界から姿を消した。

 赤い外套の男は静かにそれを見送っていた。

 

「いっやー、ラブラブですね! あのお二人! ルビーちゃんのラブ嗅覚がビンビン反応しますよ!」

「ル、ルビー!? いつからそこに!?」

 美遊は今までのシリアスな雰囲気をぶち壊すルビーの登場に、ドキドキドキと先ほどまでとは別の意味で心臓が飛び出しそうになった。

「ルビーちゃんはあの赤い王子様が、イリヤさんを間一髪助けに入ったときからいますよー。頭をなでなでされて顔の緩むイリヤさんもばっちり記録に取りましたからね! 今からそれを見たイリヤさんの悶絶する姿が楽しみです!」

 いつもの調子と変わらない様子に脱力する美遊。

 あれ? でもルビーはあの黒の聖剣の真名解放に、呑み込まれていなかったっけ?

 そんな美遊の心の内を読んだかのように、ルビーは胸?を張って答える。

「ふっふっふ。私が前マスターとはいえ、か弱い女性を簡単に見捨てると思いますか!?」

「……前に凛さんたちを見限ってマスター変更していたような」

 というか凛さんレベルが「か弱い」としたら一般の女性は病弱レベルになってしまうのでは。

 美遊のツッコミはキレイに無視された。

「あの大斬撃は地中に潜り込んで回避したんです。泥だらけは趣味に合いませんけど、緊急事態ということで!」

 びしっと羽を伸ばし、無闇にキメポーズをとるルビー。

(……出番が少なかったの、気にしてるのかな?)

「サファイアちゃんはあの二人のお守りをしてもらってますよ~。なんせ英霊がまだまだいる危険地帯に可愛い妹をやるわけにはいかないじゃないですかー。まぁ、美遊さんラブなサファイアちゃんの説得に、ちょっと時間がかかっちゃいましたけど」

 美遊はルビーの台詞の中で凛とルヴィアの生存を確認し、ほっと息をついた。

「凛さんとルヴィアさんも無事だった。……よかった」

 イリヤの豹変やら赤い男の登場やらルビーのボケやらで、二人のことを一時的に忘れていたが、自分を拾ってくれたルヴィアやなんやかんや気にかけてくれた凛が生きていることは喜ばしいことだ。思わず、鼻の奥がツンとなった。

 だが、今は喜びに浸っている場合では無い。早急に赤い外套の男への対応を考えなければ。

 さっきのルビーの言葉の中で引っかかった単語を思い浮かべる。

(妹。―――そう、『妹』だ)

 男がイリヤスフィールに対してとった行動は、正に妹にするような仕草だったのだ。

 まるで、美遊の兄がよく自分にしてくれていたような……。

 美遊は首を振って、浮上しかけた幼い記憶を抑え込む。今は関係のないことだ。

 ただ、白髪頭と褐色肌の男が、妙に自分の兄の印象とダブって見えたことが不思議だった。

「せめてあの男と黒騎士の交わしていた会話が、聞き取れればよかったんだけど」

 美遊は無意識につぶやいていた。

 赤い外套の男の戦闘能力はすさまじく、白と黒の双剣を自在に操る様は、英雄クー・フーリンとなったイリヤに比肩するほどだ。

 その白と黒の双剣も一度は三対にまで分裂し、騎士王に止めを刺してからは、光の粒子となって消えてしまった。あの双剣も何らかの魔術礼装なのか。

 そして最後のあの様子。男はあのアーサー王と思われる英霊とただならぬ関係があるに違いない。

「会話ならルビーちゃんが分かりますよ~」

「えっ!?」

 ルビーのおしゃべりをスルーして思索に耽っていた美遊に、ちゃんと構ってとルビーは声を上げる。

「何を隠そう、ラブ臭を嗅ぎ付けたら自動で起動しちゃう『24の秘密機能(シークレットデバイス)』のひとつ、『盗聴モード』はどんなに距離が離れていても聞き取れる高機能マイクが付いているのです! こちらもばっちり録音済み! 今すぐ再生します?」

「……秘密機能って隠すものでは? ……っていうかラブ臭って」

 いろいろルビーにツッコミが追いつかない。

「伝説のアーサー王が実はあーんな可憐な女の子だったとか、それに止めを刺したうえで抱きしめる男とか、もうラブしかないじゃないですか! それに最後はキッスですよ! マウス・トゥー・マウス! 萌えるっきゃないですよ~」

「ならばすぐにでも燃やしてやろうか、カレイドステッキ?」

 冷えた低いバリトンの響きが、すぐそばからした。

 美遊は冷や水を浴びせられたかのように、ぎょっとして身を固くする。いつの間に接近したのか、赤い外套の男が背後に立ち、こちらをイイ笑顔で見下ろしていた。正確には――――ルビーのみを極寒に生きる鷹のような目で射ぬいていた。全身からは何故かゴゴゴゴと形容できそうな威圧感を醸し出していて、美遊は眠るイリヤを抱きしめて震えていることしか出来ない。

「きゃー。暴力はんたーい。でも障壁だけはAAクラスの魔術を施されているルビーちゃんを簡単には燃やせませんよー。焦げたりはしますけど!」

「ほう?」

 男はさらに目を細め絶対零度の視線を送る。

 美遊はマイペースを崩さないルビーにハラハラしつつ、さらに圧力が増す空間でスピスピと熟睡しているイリヤと切実に替わりたいと本気で願った。

 マンガで言うのなら、男とルビーの背景には雷がゴロゴロと落ちていることだろう。

 そんな冷たい戦争に終わりを告げたのは―――ボコッと地面から這い出した二人の雄叫びだった。いや、この場合は雌叫びか?

「ぶっは! 死ぬかと思ったわ!」

「おのれ、この屈辱は百倍にして返してやりますわ!」

 未だ魔法少女姿の凛とルヴィアである。泥にまみれて優雅とは無縁の姿だが、大きな傷は無いようだ。元気に吼え立てているのがその証拠である。

「美遊様! 無事でしたか!」

 二人に続いて出てきたのは美遊の相方であるカレイドステッキ・サファイアだ。

「あ、うん。私は大丈夫。でもルビーとあの人が……」

 美遊は唯一この場で味方になってくれそうなサファイアに何とか笑みを向ける。ひどくぎこちなくなってしまったが。

 ますます混沌と化す場で、突然笑い声が上がる。

 発生源は赤い外套の男。

 男は地面から登場したいい年した魔法少女たちを見て、毒気を抜かれたように声をあげて笑っていた。先ほどまでの威圧感は影も形もない。

 ぽかんとなったのは、周りの女性陣だ。

「あいつ、何なの?」

 凛の質問に答えられそうなのは美遊とルビーしかいない。

 美遊はルビーが余計なことを言って、先ほどの焼き直しになるのを防ぐべく、率先して口を開いた。

「あの人はイリヤスフィールを危機から救い、更に黒騎士を倒しました。双剣の使い手でかなり強いです」

「あの騎士王を倒した?! 単独で?!」

「油断ならない相手ですわね!」

 凛とルヴィアも男の脅威を認識したようで、臨戦態勢に移行する。

 赤い外套の男はその様子にやっと笑いを収めて、皮肉気に両手を上げた。

「やれやれ、武器を持たない相手に二人がかりとは情けない。昨今の魔法少女は弱い者いじめをする側なのかね。まったく、淑女としても優雅を掲げる貴族としても、品が無いとはこのことだな」

 男の毒舌は、凛とルヴィアの怒りの導火線に火をつけたようだ。こめかみがピクピクと動いている。

 美遊はイリヤに対する男の印象も相まってか、全く違う皮肉気な様子に言葉も出ない。

 だが、二人の爆弾が爆ぜる前に動いたのは、またもや無視されるのが嫌なルビーだった。

「あらー、凛さんルヴィアさん、まだ魔法少女やってたんですかー。危機は去ったんですから変身は解きますねー。ついでにマスター登録も削除☆しちゃいます!」

 ルビーちゃんのマスターはイリヤさんだけですーと、空気をまったく読まないルビーは凛だけでは無くルヴィアの変身まで解いてしまう。

 先に爆発したのは凛だ。

「何やってんのよルビー! 相手は騎士王を倒した相手なのよ! 変身を解くなんて紙装甲で挑むのと同じじゃない!」

「そんなに魔法少女が恋しいんですか~」

「んなわけあるか! 時と場合を考えろって言ってるの!」

 続いてルヴィアもサファイアに向かって声を上げる。

「今すぐ変身させなさい、サファイア! 真の淑女がどんなものか思い知らせてやりますのよ!」

「いえ、姉さんがプロテクトをかけてしまったので、再登録できません。それに私のマスターは美遊様なので」

「そんなこと言っている場合ではありませんわ! あの男が攻撃してきたらどうしますの!」

 そんなルヴィアの言葉尻を捉えてルビーがドヤ顔?で言う。

「攻撃してこないじゃないですかー。大丈夫ですよ~。そんな悪い感じはしませんからー」

「根拠は?」

「ラブ直感です!」

 ベシッとルビーが地面にめり込んだ。更にその上からゲシゲシと足で踏みつぶされる。

 一通りの暴力の嵐が吹き荒れた後、凛とルヴィアは改めて男と向かいあった。

 悔しいことだが、ルビーの言う通り、男が攻撃してくる様子は無い。さっきのやり取りの間にも付け入る隙はたくさんあったはずだが、男はただニヤニヤと笑って静観しているだけであった。

「で、あんたの目的は何なのかしら? イリヤを助けてくれたのには感謝するけど」

 凛がまず男に尋ねる。警戒心は解かず、いつでも魔術が起動できるように宝石の準備はしておくが、表向きは平素を装う。怒りはルビーのおかげで多少は収まっていた。

「目的、か。何、私はただの通りすがりの者だがね、この大きな歪みを感知してこれは捨て置けない、と介入したまでだ。冬木の地の管理人と言えども、これは手に余るだろうと思ってな」

 男はおどけたように言う。男が言う通りなら、わざわざ厄介ごとに首を突っ込むお人好しということになるが、この空間にいるということは、男は魔術師であるはず。自分にメリットが無ければ関わり合うはずが無い。

「お節介は結構よ。私たちだけで歪みの原因たるカードの回収はできているわ。部外者はお断りよ」

「魔術協会からの正式な任務を華麗にこなしてこそ、エーデルフェルト家の品格が上がるというものでしてよ。本来ならば私一人で十分ですわ」

 ルヴィアの台詞にまた怒りメーターが上昇する凛だが、ここは男が優先と自分に言いきかす。

「ふむ。ではそこの小学生二人はどう説明するのかね? まあ、先ほどのやり取りから、大方の原因はそこのカレイドステッキにあるとみて間違いないだろうが」

 うぐっ、と息を詰まらせる。まぁさっきの様を一部始終見られているのだ。言い訳しても仕様がない。

「業腹だけど、その通りよ。そこのバカステッキのせいで、不本意だけどそこの二人にも手伝ってもらっているわ」

「もともとは、私たちに愛想つかされるような行いをした凛さんたちが悪いんですよ~。任務のために大師父が貸し与えた私たちを喧嘩ばかりに使って。マスター変更もしたくなるってもんです」

 凛の言葉に、ルビーが諸悪の根源では無いことをアピールする。

「だからって、まったく普通の一般人を巻き込むなって話よ」

「まったく普通の一般人……?」

「何か?」

「いや、何でもない。それにしても共同任務ということなのだろう? なぜ仲良くそろってことに当たれないんだ」

 凛とルヴィアが喧嘩もせずに任務に集中していれば、イリヤたちを巻き込むことはなかったのに。

 男の嘆息に気炎を上げたのはルヴィアだ。

「宝石翁が珍しく弟子をとる気なんですのよ! 条件は今期の学生の中で最も優秀な者。ライバルは早いうちから蹴落とすのが定石ですわ」

「とはいえ、時計塔の一角を半壊に追い込むほどのガンドの撃ち合いをしたり、私たちのような高位の礼装を使用してまですることでは無いと思います」

 ルヴィアの持論に突っ込むはサファイア。

 男は今の会話から大体の背景を察したようだ。

「なるほど、この任務は魔術協会を通しての、宝石翁からの仕置きを兼ねた試験のようだな。しかし、英霊が関わる事件に将来有望とはいえ学生二人を送り込むとは……。さて、これを簡単に渡していいものなのか判断に迷ってしまうな」

 男が取り出したのは『Saber』と書かれたクラスカード。

 おそらく打倒した黒騎士のカードだろう。凛とルヴィアは食い入るように注視する。先日回収した『ライダー』のカードと同じような気配がすることから、本物とみて間違いない。

「さて、このカードに関して分かっていることを話してもらおうか? 英霊の『座』まで干渉をしてくる魔術礼装だ。下手をすれば抑止力が働く。ならばここで破壊してしまった方が世界のためかもしれん」

 男にカードに対する未練など一片もなかった。根源を目指す魔術師二人には信じられないことだが、男は本気のようだ。カードを研究すれば根源へ近づくための道筋が見えるかもしれないのに。それをあっさり切り捨てる。魔術師にとってあるまじきことだ。

「あなた、本当に魔術師ですの?」

 ルヴィアが真偽を確かめるための問いを放つ。

 男は自嘲するように答えた。

「私は一言も自身のことを魔術師だとは言っていないのだがね。確かに魔術を使いはするが根源を目指しているわけでは無い。そもそも私は魔術師として三流もいい所なんだがな」

「その自称三流のあんたが黒騎士を倒したんでしょう? 対魔力が高いアレをどうやって倒したっていうのよ」

 カレイドステッキによって無限の魔力供給を受けていた一流の魔術師である凛やルヴィアの二人がかりでも打倒しきれなかったのだ。双剣の使い手と美遊から聞いたが、下手な剣で騎士王の聖剣と打ち合える筈が無い。

「それは企業秘密だ。それよりこちらの質問に答えてくれないだろうか? 無限に時間があるわけでは無いのでね」

 男はそう言って話を本筋に戻す。

(さすがに手の内を明かしてくれる訳がないか)

 凛は心の中でつぶやくと、しぶしぶカードについて話し始めた。

「そのカードは魔術協会が分析したけど、制作者不明、用途不明で、構造解析もうまくいってないのよ。分かったことはあんたが言っていたみたいに英霊の『座』に干渉して、英霊の持つ宝具を、ステッキを媒介に具現化することができるってこと」

「宝具を具現化だと……?」

 男は怪訝そうに顔を顰める。信じられないのも無理はない。神秘が薄れたこの現代で、宝具のような神秘の塊をホイホイ召喚できるなど、常識外もいい所なのだ。

「約2週間前にこの冬木市に前触れもなくカードは出現したの。異常な魔力の歪みを観測した協会が調査を開始して、対魔力が低かった『アーチャー』と『ランサー』のカードを回収に成功。

 あんたも戦ったなら分かるでしょうけど、カードを通じて英霊の力が『現象』として実体化していたのよ。本来の姿から変質して理性も吹っ飛んだ状態だったけど」

「それにしてはあの騎士王さんの最期はおかしかったですけどね~」

「は?」

 真面目な解説の途中で口を挟んだのは、男と黒騎士の戦いを観戦していたルビーだ。

「だってこの人に抱きしめられた途端、黒化が解けて言葉まで発したんですよ~。そのあとは去り際に――――」

 ルビーの言葉はぶつ切りに止まった。

 一振りの剣がルビーの目の前に突き付けられていたのである。

「それは後回しだ、ルビー」

 男がいつの間に出したのか、白い剣を構えていた。剣に込められた神秘はランサーの赤い魔槍に劣るが、十分宝具とよべる代物である。

 凛とルヴィアは悟った。この男は魔術師としてではなく剣士として、黒い騎士と相対したのだと。相応の剣と剣術の実力を持ち合わせているのであれば、魔術の腕など関係ない。

「他に、この異常な空間について分かっていることは?」

 男はルビーに突き付けた剣をおろし、続きを催促した。

 凛は警戒を最大級に引き上げて慎重に言葉を紡ぐ。いきなり斬り付けられたら、凛といえども反応することは難しそうだ。

「この世界は無限に連なる合わせ鏡の像の一つ。鏡面界と呼んでいるわ。単なる世界の境界で、もともとは存在しない空間。カードが生み出していると言っても過言ではないわね。カードを回収するごとに歪みは減り、この空間も狭くなってきているわ」

「カードを回収してしまえば崩落するはずですが……なぜ崩落が始まりませんの?」

 凛の説明に続き、ルヴィアが疑問を呈す。

 セイバーが倒されてから今まで時間はかなり経ったはずだ。しかし崩落する気配は微塵もない。そんな中、

「ああ、そういうわけか」

 男は何故か納得したように頷く。ジロリと睨み付けるが、解説する気はなさそうだ。

「さて、君たちの事情はおおよそ把握した。……その上で言う。とっとと家に帰りたまえ。カードの回収は私がしておこう。何、理性のとんだ英霊如き、私だけで十分だ。君たちは大人しくしているがいい」

 男の突然の宣言に唖然となる他の面々。

 当然のごとく反発したのは任務で来ている凛とルヴィアだ。

「ふざけんじゃないわよ! なんで得体のしれない奴の手なんか借りなきゃいけないわけ?! こっちはそんなこと一言も頼んでないわ!」

「冗談は程々にしておくことですわ! このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、一度請け負った任務を放り出すことは無くってよ!」

 そんな様子を、男は鼻で笑って一蹴する。

「任務遂行のためには、幼い子供たちを巻き込むのを辞さないと? とんだ悪党だな。

 なに、上には君たちが回収したと報告すればいいだろう。私は名声などに興味は無いからな。好きなだけ使うといい」

 凛とルヴィアはあまりの言いように、ギリギリと歯を噛みしめる。

 確かにイリヤや美遊にカード回収させていることはあまり褒められたことでは無い。しかし、完全に人任せにしているわけでは無いのだ。共に鏡面界に降り立ち、指示を出し、隙あらば自身の宝石魔術で仕留める気でいる。一緒に戦っているのだ。

 それに男の言う通りに虚偽の報告をしたところで、それは本当の実力を示したことにはならない。他人の手柄を横取りして自分の実力だと言い張ることは、魔術師としての誇りが許さない。

 そこに今まで黙っていた美遊が進み出て、男の鋼のような冷たい瞳と正対して告げた。

「私は、自分の意志でカードを回収したいと思っています。あなたに何と言われようと、やめることはできません」

 大人しくしていることはできないと強い意志を固める。

「―――君の名前は?」

 男が唐突に尋ねる。

「……美遊」

 男は真っ直ぐな瞳で正面から向き合う美遊に、ふっと息をつき、やれやれと肩をすくめて『セイバー』のカードを差し出した。

 美遊は目をパチクリさせながら受け取る。

「イリヤスフィールと美遊、君に免じてこのカードは渡していこう。必ずや状況をひっくり返す光となるはずだ」

 最後に髪を撫でられて美遊は顔を赤くした。そして思う。何故こんなにも、この人は兄と似ているのだろう、と。

 一方で凛とルヴィアは、自分たちと美遊の扱いの差に憮然となる。

「なんなのよ、アイツ。ロリコンなのかしら?」

「ちょっと美遊。簡単に気を許してはいけませんわよ」

 ルヴィアは美遊を引き寄せ、男に向かってシッシッと悪い虫を払うように手を振った。

 凛はジト目になってロリコン疑惑を男に向けていたが、もう一つの方の疑惑もこの機に晴らさんと、口を開く。

「あんた、あの大橋から狙撃した奴でしょう。なら『アーチャー』のカードを持っているはずよね。それは渡してもらえないのかしら?」

 男は眉間にしわを寄せ、目をそらしながら言った。

「……あのカードはしばらく必要なのでな。カードの回収が全て済み次第、返却しよう」

「やっぱり! 怪しいと思ったのよ。なんの見返りもなく手を貸してくれるなんて話がうますぎるわ。さあ、白状しなさい! 『アーチャー』のカードを使って何を企んでいるのか!  私たちを体よく追い払ってここで何をする気なのか! 一切合財、吐いてもらうまで帰さないわよ!」

 凛の気勢に、男は額に手を当ててしばらく天を仰いでいたが、やがて観念したかのように大きくため息をついた。

「……『アーチャー』の他に回収されているのは『ランサー』、『キャスター』『セイバー』。残るクラスは『ライダー』に『アサシン』、『バーサーカー』か」

 おもむろにカードに記されたクラス名をつぶやく。だが、聞き捨てならないのは、未だ回収されずクラス名も分かっていないカードも挙げたことだ。

「あ、『ライダー』はもう先日に回収済みですよー。厳つい眼帯をしているくせにすばしっこい相手でしたが、美遊さんが『ゲイ・ボルグ』で心臓を一刺しにしましたから。楽勝でしたねー」

 ルビーは男の間違いを、どうでもいい解説と共に指摘する。

「そうか、彼女を仕留めるとは……。いや、それでも危険なことには変わりはない。厄介なクラスが残ってしまったな」

「……ちょっと、なんで『ライダー』が女性体だって分かるのよ」

 そう、ルビーの解説の中には、女性を形容する言葉など入っていなかった。それなのに男は「彼女」と言ったのだ。しかも声音からして知己のようでもある。

 男は凛の言葉を無視して話し続ける。

「私はただ、この地の歪みが正せればそれでいい。そうしたら私は用済みで、ここから疾く去るだけだ。英霊と闘うためには『アーチャー』のカードが不可欠であって、それ以外に使うことはしない」

 男が嘘をついている感じはしないが、すべてを語っているわけでもない。恐らくこれが男にとっての最低ラインなのだろう。

「君たちはもうこの件から手を引くことは無いのだろう?」

 男は確認するように問いかける。

「ええ、もちろんよ」

「当たり前ですわ!」

「最後まで、やり通します」

 凛、ルヴィア、美遊がそれぞれ頷き返す。サファイアは、美遊様についていくだけです!と美遊の肩に乗る。もっともルビーだけは眠ったままのイリヤの上で、イリヤさん次第ですー、とのたまっていたが。

「ならば、忠告しておこう。私の知るものとは些か趣が違うが、『ランサー』がクー・フーリン、『セイバー』がアーサー王。そして私がここにいる、ということは、『なぞり』が起こっている可能性が高い。イレギュラーだった『アサシン』はともかく、『バーサーカー』はおそらくアレが出てくるだろう」

 ……なぜ男はこんなにも詳しいのだろうか。『なぞり』とは何に対してのものなのか。通りすがりと言っていたが絶対に嘘だ。

 男の得体のしれなさに、つい後ずさりしてしまう。

「『アサシン』のクラスには『気配遮断』のスキルが付加されている。死角からの攻撃に気を付けることだ。それに接近は許さない方がいいだろう。万が一、アレであったら首が飛ぶのはこちらの方だ。

 『バーサーカー』は狂化することによって能力値を上げるクラスだが…もともと理性が無いならば意味は為さないかもしれんな。アレは12通りの必殺の一撃を備えていかなければ反撃虚しく叩き潰されるだけだ」

 首が飛ぶだの、叩き潰されるなど物騒な言葉がどんどん出てくる。何より恐ろしいのは、まるで経験したかのように語る男の方だ。英霊はどんな優秀な降霊科の魔術師とはいえ、一生に一度拝めるかどうかも分からない、高位の存在なのだ。なのに、なぜ男は面識があるように語るのだろう。しかも複数の英霊に対して―――戦ったことのあるような口振りで。

「あんた……いったい何なの?」

 嫌な汗が背筋を滑り落ちる。

 未知であったカードの情報を提供してくれるのはありがたいが―――わけが分からな過ぎる。もしやこのカードの制作者か、とも思ってしまうが、先ほどまでの会話と矛盾が生じてしまう。それにカードの情報を無闇にさらす意味も無い。

 男は凛たちからの畏怖の視線を慣れたように受け止めて、自嘲気味に言う。

「なに、私は偶々この世界に紛れ込んでしまった、ただの掃除屋さ」

 それを合図に、今まで何事もなかった鏡面界が崩れ始めた。

 地面や空に亀裂が走り、断面から何もない空間が顔出す。

「サファイア!」

「はい、美遊様!」

 美遊はサファイアを握り、すぐに脱出のための魔方陣を形成する。

 男も自力で脱出するようで、半径1メートルにも満たない魔方陣が足元で光っていた。

「待って、最後に名前くらい教えなさいよ! 白髪男とでも呼ばれたいの!」

 凛の要請に、男は今までのしかめっ面のしわを緩め、少しだけ笑った。ただ、そこに少しばかりの寂寥感が混じっていた気がする。

「そうだな―――私のことは『贋作者(フェイカー)』とでも呼んでくれ」

 次の瞬間、ぐるんっと視界が反転する。

 接地(ジャンプ)して通常世界に戻ったとき、男は影も形も見当たらなかった。

「まったく、得体のしれない相手でしたわね」

 ルヴィアがハンカチで冷や汗を拭いながら言う。

「でもあの男――フェイカーだっけ。カードを回収する気なら、すぐに鉢合わせるわね。何せ残ったカードはあと2枚。確率は二分の一(フィフティ・フィフティ)ね」

 凛も気の抜けたように座り込む。

 美遊はただ一人、無言で高すぎる空を見上げていた。

 

 




アーチャーと共同戦線なるか。
というかアーチャーの態度が一貫していないというか、皮肉ってこんな感じでいいのか。

普段は使わない脳の部分を使った感じがします。

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