真・エルフ転生TS ‐エルフチルドレン‐ 作:やきなすいため
馬車というものは、存外座り心地がよくないものだ。
車輪がごとごと音を鳴らして進むたびに座席が上下してお尻が痛い。
クッションが敷かれているからかろうじて致命的なダメージを追うことはないものの、このどうにもならない上下の揺れが気になってしまって乗り物酔いをしてしまいそうだ。
出来ることなら今すぐにでも逃げ出したいのだけれど、そういうわけにもいかないので私は目の前に座っている襟元を正した几帳面そうな恰好を身なりのいい男に向けてじとーっと嫌そうな視線を向けながらおとなしく座っていた。
「……あの。私はいつまで馬車に乗っていないといけないんでしょうか」
「それほど時間はかかりません」
男はそれだけ口にして黙ってしまった。
「むぅ」
そもそもの話、何故私がこんな見知らぬ男とともに馬車に乗っているのかというと、この男が仕事先の店にやってきてついてきてほしいとか抜かしたからである。
それに頷く義務など私にはかけらもなかったのだがついてこないとお知り合いの少年、つまりトーマスに何があるかわからないとか言われたものだから仕方なく、しかーたなーく、言うとおりについてきてやっているのである。
頷く義務はなくとも断る権利を奪われていたのである。
しゃらくさい。
私は一度家に戻りトーマス宛の書置きだけさせることを条件に男の誘いに乗った。
せっかく今日はトーマスと楽しく過ごせる日だったというのになんということだ。
これもあの邪神の呪いだとでもいうのだろうか。
ちくしょうめ。
とはいえトーマスの安全には変えられないから仕方ない。
しかた、ない。
「……はぁ。不本意なのは承知の上です。なのであまりこちらを睨まないでいただきたい」
私がものすごく不機嫌な顔をしているのが男にも伝わったのか、男は小さくため息を一つついて口を開いた。
ため息をつきたいのはこっちなんだけど。
「……何が目的なんですか。私、身代金を用意してくれるような相手なんていませんよ」
「そのような目的ではございませんのでご安心ください」
まあそれはそうだろう。身に着けている服装だけでそれなりに裕福な立場にいることだけは見て取れる。
とても身代金目当ての誘拐犯には見えない。
むしろ身代金を請求される側という感じだ。
すると男は何か気づいたような顔をして私の方を向いた。
「申し訳ありません。まだ名乗っていないことを忘れていました。私の名はデール。このテムズの街を治めるアトリクシル伯爵の執事をしております」
アトリクシル伯爵。
この街で暮らす中で何度か名前を聞いたことはある。
アドル王国からテムズの街を任されている貴族の名前だ。
貴族でありながら民に寄り添った思考を持つ変わり者で、時折お忍びで街に出てきて酒場で安酒をひっかけながら街の住民や冒険者と一緒にどんちゃん騒ぎをしているということで評判だ。
私は昼間しか働いていないから見たことはないけれどうちの店にも何度か来ているらしい。
そんな伯爵だが学者としても名高いらしく、トーマスが通っているあの学校にも名誉教授として講義しに来たりすることもあるらしい。
頭もよくて、人当たりもいい。
そんなところを国王から信頼されているからか伯爵はこの街を治める役目を任されているらしい。
彼ならばならず者の多い冒険者ともうまくやりつつ、知識の集まるこの街をうまく運営できるはずだと。
加えて軍の指揮なんかも出来るらしい。
この街は割と国境に近いから防衛拠点も兼ねてるらしいし、国としてはここに伯爵を配置するのは一石二鳥、三鳥ということなのかもしれない。
オーバーワークすぎやしないかとも思うが、まあ、問題なく街が動いているのならなんとかなっているのだろう。
「それで、その伯爵様の執事さんがなんで私をお呼びになるんです?」
「主人が、伯爵が貴女をお探しでしたので」
国王や民からも信頼の厚い伯爵がどうして私なんかを探しているのか。
「私としても無理に同行していただくつもりはなかったのですが、滅多に声を荒げない伯爵がどんな手を使っても貴女を探し出して自分のもとへと連れてくるようにと命じたもので。申し訳ありません。」
「はぁ……」
「じきに屋敷につくと思いますので、どうか今しばらくお待ちください」
そういって男は、デールは口を閉ざしてしまった。
話すべきことはもうすべて話したとでも言いたげに目を伏せて沈黙している。
まだ出会って一時間も経っていないはずだがこの人すごく不愛想だな。
別に気にしないけれど、こう、無言のまま座っているとよく出来た人形みたいで怖いんだけど。
馬車はごとごとと音を鳴らしながら揺れている。
トーマス、心配していないかなぁ。
ちゃんとご飯食べたかなぁ。
寂しがっていないかなぁ。
私はそんなことを考えながら馬車に揺られていた。
◆
「ようこそ! お待ちしておりました!」
アトリクシル伯爵邸について聞いた第一声だった。
短く整えられた金の髪。
私の色とはまた違った金属質な光沢のある髪色だ。
どことなく愁いを帯びた表情を浮かべながらもその光にかざした琥珀のような色の瞳が私のことを爛々とした目で見つめてくる。
身なりもいいし、なにより左右に並んだ使用人のど真ん中で傅かれているのを見れば一目でわかる。
この人がアトリクシル伯爵なのだろう。
なるほど、上に下にと慕われているのがよくわかるイケメンだ。
「私はずっと君を探していたんだ! 君に会えることをとても心待ちにしていた!」
困ったな。
この人見てると目がつぶれそうだ。
なんか私に向かって色々言っているけど無礼を承知であちらこちらへと視線を向けてみる。
こういう自信満々なタイプのイケメンは苦手なんだ。
顔を合わせるだけで一歩引いてしまう。
こう、圧が強くて。
それにしても玄関だというのに豪華だな。
シャンデリアなんか吊っちゃったりして。
こういうところに税金が使われていると思うと嫌だなぁ。ああでもこの街の税率そんなに高くないんだっけ。
関税もそんなにとっていないらしいし。
人も物も流通が多いから外貨が集まりやすいのかもしれない。
国境近くだし外国からも割と人が来るのだろうか。
あ、そうか。
玄関だからこそ、なのかな。
玄関はある意味家の顔だし、客がきたときに初めて目にする場所だ。
そこが綺麗にかつ豪華になっていなければもてなしが不十分だったり客から舐められたりといろいろと不都合があったりするのかもしれない。
特に外国からの客に舐められるのは困るだろうしある程度豪華にしているのは当然と言えば当然なのかもしれない。
そういえばこの街に来る前に会った商人も外国人っぽかったな。
元の世界だと中東系というかアフリカ系というか、いや色黒だったからそう思うだけだけど。
金髪だったからまた違うイメージかもしれないけれど。
やっぱりこの町にはいろいろな人が来るのだろう。
それは左右に並んでいる使用人の人たちを見てもよくわかる。
ほとんどは普段よく見る、私基準から見た普通の人だ。
けどその中にニ、三人だけ珍しい人が混じっている。
耳。
そう、耳が獣耳のなのである。
もしかしたらとか、そんなことを考えていたけれど予感的中。
この世界には獣耳の種族も存在していたのである。
犬っぽいというか、猫っぽいというか。
そんな感じの種族がいたのである。
いや、話だけは聞いてはいたのだ。
そういう種族がいるというのは店長から聞いたことがあった。
けどそういう人たちは外国人が多いから宿の多い冒険者区の方に固まっていて、私の住んでいる居住区のほうにはめったに寄り付かないという話だった。
だから、こうして生で見るのは初めてだった。
……頭に耳が生えているタイプばかりしかいないな。
『俺』の頃に嗜んでいたサブカルチャーでは頭の横に耳が生えているタイプもいたりしたけど、ここにはいないらしい。
それにここにいるのは人よりの姿の人ばかりだけどもしかしたらもっと獣よりの人もいたりするのだろうか。
いつか調べに行ったりしてみたいけれど……まあ機会があればでいいか。
私、トーマスと結婚するつもりだし。
村長の奥さんしながら村で過ごして、沢山の子供や孫に囲まれて余生を……ああでも、私歳取らないからそのうち機会があったりするのかな。
……トーマスと一緒に歳取りたいなぁ。
しわくちゃのおばあちゃんになっても一緒に楽しくお茶しながら過ごしたり。
そういうの憧れちゃうかもしれない。
そんなことを考えていたらだんだんとトーマスのことが恋しくなってきた。
それも当然だ。
普段であればとっくにトーマスといちゃいちゃしている時間なのだからトーマス成分が不足してしまうのも無理ないという話だ。
「ああ、名も知れぬ君よ! どうか、私の気持ちを受け取っておくれ!」
「えっ?」
私がいろいろと考えたりトーマス恋しさに悶々としている間も伯爵はずっと私に向かって語りかけていたようだが、どうやらそれがようやく終わったようだった。
というか、え、何この状況という感じだった。
状況を整理しよう。
伯爵が、私の目の前に傅いて、なんか手のひら大の大きさの小箱を差し出して私を見上げている。
小箱の中にはきらりと光る綺麗なアクセサリー。
というか指輪ですねこれ。
えっ。
「あの、アトリクシル伯爵? もう一度だけ今おっしゃった言葉をお聞かせくださっても……?」
「ああ! いいとも! 君が聞きたいというのであればいくらでも!」
そういって伯爵は立ち上がり、大袈裟いえる身振り手振りで私に向かって語りだした。
「太陽の神が祝福をもたらしたかのようなあの日、私は雲一つないというのに雷に打たれたかのような衝撃を受けた。どのような金銀財宝にも劣らぬ輝く髪と、叡智の女神にも似た美しい姿。鳥の囀りさえも濁っていると感じてしまうほど清らかで透き通った声。ああ、私はその日、心を奪われてしまったのだ!」
こう、なんだろう。
こういう人ってどうしてこんなにも仰々しい例え方をするのだろうか。というか鳥さんに失礼だろ。
好きなものをよいしょするために何かをけなすんじゃないやい。
「それからの私は何も手の付けられない毎日だった。仕事をしていても、ともと杯を交わしていても、彼女をもう一度目にしたいと願いながらどれだけの夜を過ごしたことだろうか。月の神だけが私の孤独を知っている……だがしかし、私が今日! ようやく巡り合えた! 」
びしっ、と擬音が聞こえてきそうなほどキレッキレの動きで私へと手を伸ばしてくる伯爵。
ドン引きの私は一歩後退り。
まるでそう照れないでくれとでも言いたげに頷く伯爵。
照れてないぞー。
「私は決めた! 彼女と、君と生涯を共にすると! 君よ! 美しい君! 私の妻になってほしい! ああ、名も知れぬ君よ! 私の気持ちを受け取っておくれ!」
「え、いやです。」
決まった……とでも言うように満足げな笑みを浮かべて先ほどと同じように私の前で傅いて手を伸ばし、指輪の入った小箱を差し出してくる伯爵。
端的に言うと私プロポーズをされているみたいだった。
そして私はそれを速攻で蹴ってしまった。
「何故……」
「何故と言われてもそんな急に言われても嫌ですし……帰りたいですし……」
いやだって私、トーマスと結婚するし……この人、悪い人じゃないんだろうけど、正直苦手なタイプだし……圧が、圧が強い……。
一瞬で私に断られてしまってぽかーん、とした表情のまま固まっていた伯爵は何を思ったのか再び立ち上がり不敵な笑みを浮かべていた。
「ふ、ふふふ。やはり君は素晴らしい。私の思うままにならないということはこれまでに一度としてなかった。ふふ、面白い女性だな君は。ああ、勿論返すとも。だが今夜はもう遅い。見たまえ。すでに夜の帳が落ち、月の神が姿を現している。」
「えっ、うそ。」
私は慌てて窓の外を見てみる。
シャンデリアの明かりと内装の清潔感で気が付かなかったが辺りはすっかり闇に包まれていて、まっくら。
夜である。がっつり。
夜……つまり私の発情期だ。
このままでは目の前の私にゾッコンラブってる伯爵へ襲い掛かりかねない。
そうなると既成事実だとかそんなのでそのまま結婚コースに行きかねない。
それだけは避けたい。
逃げなきゃ……そう。
思っていたのだけれど、ここで私は違和感に気づいた。
私、発情してない。
窓の外を見た感じだと夜になっていたのはもう随分前のはずだ。
私が伯爵のわざとらしいほど熱烈な愛の言葉を聞いている間も当然夜だったはずだ。
だというのにどうして私は発情していない?
困惑する私を余所に伯爵は言葉を続ける。
「食事もまだなのだろう。今日は私の友も同席するため二人きりというわけにはいかないが……君との仲を深めたい」
「え、あ、えっと……」
「ふふ。戸惑うのも当然だろうな。メイド達、彼女と食事にする。準備を」
「かしこまりました」
伯爵の言葉を合図に一斉に動き出すメイドさんたち。
動揺と困惑に包まれながら私はあれよあれよという間に奥の部屋へと通されて行ってしまった。
私はメイド服、ロングスカートの方が好きです。ミニスカも悪くはいんですけど普段から見えしまっているよりも、いつもは隠されているものが見えてしまったときのあのえっちさは、こう、下品な話なんですが以下略。
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2024/1/23 改行など若干加筆修正