真・エルフ転生TS ‐エルフチルドレン‐   作:やきなすいため

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サブタイトルを「第〇話 サブタイトル名」に改題しました。


第十二話 エルフさんの困惑2

「…………」

 

 白く清潔感のあるテーブルクロスの上にに並べられた色とりどりの料理たち。

 見たこともない食材が使われていたり、食べたことのない品々がかぐわしい香りを立てて運ばれてきては下げられてを繰り返している。

 コース料理というのだろうか。

 あいにく私は生前……と言っていいのかはわからないけれど、フルコース料理を食べた経験がないものでどういうものかもわからないし、テーブルマナーにも疎い。

 ナイフとフォークは両端から使うものなのだというくらいしか……いや、それも元の世界のマナーだからこの世界でも通用するのかどうかはわからないけれど。

 

 いや、問題はそこじゃなくて。

 

 長く大きなテーブルの上座。

 そこにはアトリクシル伯爵がにこやかというか嬉しげというか、言葉にして表現すると、とても機嫌よさそうというのが一番正確だと感じる、そんな顔をして座りながら食事をとっている。

 あれは食事がおいしいからという笑顔じゃないんだろうなぁ。

 なんというか、好きな女の子と一緒にご飯が食べることができてうれしいなぁって顔だ。

 だって私にも覚えがあるほほの緩み方してるし。

 

 いやまあわからなくもないけどさ。

これは自画自賛するつもりじゃないし、むしろとても嫌なことではあるんだけど、私の顔も体もあの邪神とそっくりだから超絶美少女だということには違いない。

 いわば女神と食事の席を共にしているようなものなんだから思わず頬が緩んでしまうほどに嬉しくなってしまうというのもわからなくもないんだけれどさ。

 

 だから問題はそこじゃなくて。

 

 私が座っているのは長方形なテーブルの長辺の部分。

 伯爵とは向かい合わせにならない席だ。

 だから目の前を見つめても気分上々でご機嫌な伯爵と偶然視線が合ったりしてなんとなく気まずい空気になったりすることはない。

 まあたしかに私がトーマスのもとに帰るって気持ちに変わりはないから、このあとプロポーズを断るってことを考えると何といえばいいのかわからないし、それに関して少しだけ憂鬱だけれど。

 ああでも一度断っているし二度も振られればさすがに諦めてくれるかな。

 そう思ったら少し気分が楽になってきた。

 

 まあ食事もおいしいし、食べて、寝て、明日の朝になったら自分の家に帰る。それだけの話だと思えば少しだけ気分は軽くなる。

 そうそう。

 一応会食の席だからと綺麗なドレスも着させてもらった。

 メイドさんに囲まれて服を着せてもらうというのは初めての体験だったから少し恥ずかしかったり、緊張したりしたけれど、鏡で見た私の姿はそれこそおとぎ話で見るような妖精の国のお姫様って感じでちょっとドキッとしてしまったけれど。

 

 あの邪神のそっくりさん相手にドキッとしてしまったことに少しばかり複雑な気分を抱いてしまったけれどこれに関しては別にそれほど嫌な思いはしていない。

 長い付き合いになる姿なのだからそう何度も嫌な気分になっても仕方のないことだし。

 

 いや、そうじゃなくて。

 だんだんくどくなってきたからいい加減冷静になろう。

 

 目の前を見る。

 当然そこに伯爵はいない。ただでさえ高級そうな料理が並んでいるというのに蝋燭に火の灯された燭台がより高級感を醸し出している。けど私の視線はさらにその先を向いている。

 

「……ん? どうかしたかよ。女神様。早く食わねえとせっかくのあったかいスープが冷めちまう。鉄は熱いうちに打てっていうだろ? 飯も同じでな、飯は熱いうちに食え、だ。ああ、食わねえなら俺が食うけど」

 

「……いや、食べるけれど」

 

 言われなくても食べてるし。コーンスープっぽいの美味しいし。

 

「そうか? そりゃ残念。」

 

「おい、ボナンザ。彼女にあまり声をかけないでくれたまえ。これから私の妻になる女性なのだから。」

 

「そりゃ悪かったよカール。だが俺はどうにも静かな食事ってのが苦手でね。ああメイドさん、水のおかわり貰ってもいいか?」

 

「全く……食事中に言葉を発するのは礼儀に反するのだが……この男にそんなことを言っても無駄か」

 

 アトリクシル伯爵はやれやれ、と頭を抱えるものの別に心の底から困っているといた風情ではなく、気の置けない間柄のジョークの言い合いのようにも見えた。

 

 そう。

 私が今のところ頭を抱えそうになっているのは今私や伯爵と言葉を交わした、この食卓についているもう一人の人物。

 浅黒い肌に蜂蜜色の髪。

 よく鍛えられた筋肉に包まれたがっしりとした体格。

 今日は相手が気絶していないからアメジスト色の瞳の色までよく見える。

 そう、この男が問題なのだ。

 

 なまえは後で知ったが、それ以前に私はこの男の顔を知っている。

 

 ボナンザ・ハットウシン。

 一か月ほど前、私がこの街へやってきたときに野犬の群れに襲われていたところを助けた商人だ。

 

 ◆

 

「いやしかし世間ってのは狭いなぁカール。前々から結婚したい相手が出来たなんて騒いでた相手を連れてきたと思ったら、それが一か月前に俺のことを助けてくれた女神様だったなんて、なかなかどうして驚く話だと思わねぇか?」

 

「ふふ、確かにそうかもしれないな。実を言うと私はあの話を気絶した君が見た夢だと思っていたくらいだったんだ。疑ってしまって悪かったね」

 

「おいおいそりゃひでぇな。確かに火柱が出来たり炎の中でも燃えない女ってのは現実離れしちゃいるがよぉ、俺は確かにこの目で見たんだぜ? それに、今ならこうしてその証人がいるんだからな。嘘じゃねえだろ?」

 

「ふむ、たしかに。あれが夢幻ではないというのであればますます興味深い。美しい君、私も詳しくうかがっても?」

 

 急に話を振られて困る。

 なんだこの、大親友同士の会話に突然連れてこられて困ったときの付き合いの浅い恋人みたいな立ち位置。

 しかも自分の興味のない話で相槌に困るやつ。

 

「え、ええと、その……あれは私の一族に伝わる、門外不出の秘術なので……」

 

 とりあえずそれっぽいことを言ってお茶を濁しておこう。

 

「ふむ、それは残念だ。どういう術なのか教わることが出来たなら魔導隊の強化につながると思ったのだが……」

 

「おいカール。俺は仮にも目下冷戦中の国の商人だぜ? 下手な情報漏らしてるとそのうち痛い目を見るぞ。商人ってのは大金を前にすると口が軽くなる生き物だからな。」

 

「ははは、この程度であれば問題ないさ。肝心なことは一つたりとも教えていないからね。それにここは知識の都、何かを知るならば自分の目と耳で覚えるしかないね」

 

「は、確かに。こりゃあ一本取られちまった。これじゃあお国のお偉いさんがたが喜ぶようなものは持ち帰られなさそうだなぁ。飯の種が減っちまうぜ。なあ、そう思わないか? 女神様」

 

「ええと……」

 

 正直二人の話についていけない。

 すごく剣呑で不穏な話をしているようにも見えるというのにお互いの顔は友人同士のたわごとのような、なんというか、とても変。とてももやもやしていて落ち着かない。

 そもそも、それ以前の話ではあるのだけれど。

 

「……あの、私、お二人のことをよく知らないのですが、その、どういったご関係で……?」

 

 ぶっちゃけてしまうと私、この商人の人もそうだがそもそも伯爵からも名乗られていないし。

 屋敷についての開口一番がプロポーズだったし。

 そのまま着替えさせられて食事になってるし。

 私がそう口にすると伯爵が我が意を得たりとでも言いたげに頷きおもむろに立ち上がった。

 

「いやすまない! 愛しい君を想うあまり私は己の名すら忘れてしまっていたらしい、許してくれ。我が愛する妻となる君」

 

 伯爵は右手を胸に添えて私の方へと向き直る。

 

「私の名はカール・アトリクシル。アドル王国国王より伯爵の地位を賜り、国王に代わりこのテムズの街を治める任についているものです。以後お見知りおきを、我が妻となる君」

 

 いやならんて。

 妻にならんて。

 私が心の中でそうツッコミを入れていると伯爵が商人へと手を向けた。

 

「そして紹介しよう。彼の名はボナンザ・ハットウシンだ。隣国デルワコレの民で私の数少ない友人であり、デルワコレから送られたスパイだ」

 

 は?

 

「どうも女神様。ご紹介にあずかりましたデルワコレ王国から来たスパイ、ボナンザだ。趣味で商人をしている。よろしくしてくれ」

 

 え?

 

 んー、んーーーー、んんんーーーー??????????????????

 

 今よくわからない言葉を聞いた気がする。

 

 私もいまいちよくわかっていないけれど、デルワコレという国の名前は聞いたことがある。

 デルワコレというのはこのアドル大陸の南部に位置する国で、アドル王国とは大陸を二分にしている国の名前だ。

 この大陸には大陸の名前の通り元々アドル王国が先に建国されていて、そのあとさらに南の大陸から海を渡ってやってきた人間たち……これがのちにデルワコレ人になるわけだけど……がまだ開拓されていなかった砂漠を勝手に開拓して自分たちの国を作ったことが始まりとされているとかなんとか。

 で、そんなこともあってかアドル王国とデルワコレは常に国境線を争っている。

 今は休戦協定が結ばれているらしいけれど小競り合い自体は何度も起きているらしくて結構シビアな状態なんだとか。

 

 だからこそ国境に近いこのテムズの街にはいろいろと有能で国王からの信頼も厚いアトリクシル伯爵が知事を任されているっていう話だったはず、なんだけど……いまこの伯爵はこのボナンザという男をデルワコレからのスパイだと言っていた。

 そしてボナンザも自身がデルワコレのスパイだと認めていた。

 だというのに二人はまるで旧知の仲というか竹馬の友というか、端的に言うとめっちゃ仲良しって感じのやりとりをしていて、なんというか、こう、なんて表現すればいいのこれ????

 

 正直伯爵からのプロポーズだとかそんなこと以上に頭がこんがらがりそうなんだけど。

 

「おや、ボナンザ。君が自分を敵国からのスパイだと認めたから彼女が驚いてしまっているじゃないか」

 

「待て待てカール、そうやって紹介したのはお前だろう。お前がそんなふうに紹介してこなかったら俺も穏便に商人ってだけで済ませてたってのに。」

 

「ははは、少しばかり場を和ませてみたかったのだが……慣れないことをするものじゃないね?」

 

「この堅物め。だからプロポーズを断られるんだ」

 

「いやあ、ミゼットの時は上手くいったんだけどなぁ」

 

 また知らない名前が出てきた。

 

「あの、ミゼット、さん? というのはどなたで……?」

 

「んむ? ああ、ミゼットってのはカールの女だよ。第一夫人。女神様、アンタ二番目の女にされちまうぜ?」

 

 ボナンザが答える。

 

 カールの女。

 つまりアトリクシル伯爵の第一夫人。

 おい待て伯爵、お前結婚してるのに私のこと口説こうとしてあまつさえプロポーズまでしてきやがったのか!

 どういう神経してるんだ。

 愛人か、愛人なのか。

 読み物でよく見る貴族みたいに愛人として囲うつもりなのか。

 どうなんだその辺。

 おい。

 おい。

 そんな私の心境を読み取ったかのように……実際私の表情が心の声をそのまま形にしたかのような顔をしていたのかもしれないけれど、伯爵は弁解をしてきた。

 

「ボナンザ。それは誤解だ。ミゼットが亡くなってからもう十年が経つ。私もそろそろ後妻を決めろと催促されていてね。とはいえ催促された程度で私も愛のない結婚には興味がない故にこれまではこうして引き延ばしてきていたわけだが……私は! この度再び愛に目覚めたのだ!」

 

 伯爵は私の前まで歩いてきたと思ったら再び指輪の入った小箱を懐から取り出し、私の前へと差し出してきた。

 

「ああ、我が愛しの女神。今一度問う。私の妻になってくれないか」

 

「お、こ、と、わ、り!」

 

 私はそう言って差し出された小箱を払いのけるように伯爵の手を平手打ちし、食事の席を立つ。

 不倫でも愛人でもないってことはわかったけど、なんかむかついたから今度は本心から断った。

 ばーか。

 ばーか。

 伯爵のあーほ。

 

 私はぷんすかという擬音が聞こえそうな足取りで部屋を出ていき、伯爵が用意してくれたという部屋の方へと向かった。

 伯爵から私の世話を任されているらしいメイドさんを引き連れて。

 プロポーズを断った相手の家の召使いに追従されるってどんなシチュエーションだよこれ。

 

 ちなみにボナンザは自分の紹介をされたあたりからずっと笑いをこらえるような顔をしていて、私が指輪の小箱を払いのけた瞬間に決壊したかのように大きな声を出して伯爵のことを指さして笑っていた。

 

 何なんだこの状況。

 意味が分からない。

 

 伯爵は敵国のスパイと仲が良いし、ボナンザはボナンザであっちからしたら敵国の指揮官の親玉みたいな相手と冗談言い合って笑ってるし。

 

 私は私で、伯爵相手はもちろん、ボナンザ相手にも発情の呪いが発動しないし。

 呪いが解けたという感覚もないし。

 

 どんな状況なのかよくわからない。

 情報量が多すぎる。

 

 助けて、トーマス。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 そんな困惑しながら廊下を進んでいる私のことを見つめる一つの人影に、私は気付いていなかった。




エロの気配がない話を書いてしまって自分で動揺しています。
私のエロ、どこ……ここ……


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2024/1/23 改行など若干加筆修正

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