真・エルフ転生TS ‐エルフチルドレン‐   作:やきなすいため

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第十三話 エルフさんの困惑3

「……天蓋付きのベッドなんて、生まれて初めてだ」

 

 伯爵の用意してくれた部屋は、文字通り貴族の屋敷の客室といった感じだった。

 ベッドは天蓋付きで大の大人が三人川の字になって寝転がっても問題ないくらい大きくて広いし、化粧台には各種化粧品もある。

 この世界では珍しい金属加工以外で作られた鏡まではめられていて、ここが本当に貴族の屋敷だということを感じさせた。

 

 そう、ここは貴族の屋敷なのだ。

 アトリクシル伯爵は貴族であり、国境も近いこの街の領主を任されるほど国王からの信頼も厚い人間のはずだ。

 

 そんな人間がどうしてこんな出自も怪しい見た目だけがいい人間にここまで入れ込んでしまっているのかが謎でしかない。

 

 というかどこで私と出会ったというのだろうか。

 私にはあったことも言葉を交わした記憶もない。

 

 おおがらす亭にも来たことがあるという話は知っているが、私が働いているのは昼間だけだし、店が開いている時間は夜だしどこで私とどこですれ違ったというのだろう。

 

 立ちっぱなしでうんうん唸っているのも疲れるのでとりあえずベッドへ座る。

 客室といっても普段は寝室としてしか使われない部屋なのだろう。

 ひとりがけソファが二つ置かれてはいたが、もうすぐ寝るわけだしこのままベッドに座って寝転がる方向でいい。

 

 ちなみに今は私の格好はいわゆるネグリジェだ。

 部屋へ案内してくれたメイドさんたちがそのままあれよあれよという間にドレスからネグリジェへと着替えさせてくれて、なにかあったらお呼びくださいとだけ告げて部屋を出ていってしまった。

 

 きっと部屋の外で代わる代わる交代制で番をしてくれているんだろうなぁ。

 私を守るためか、見張るためなのかはという話はおいておいて。

 

 ひろびろとしたベッドの上へと背中を預ければごろりと寝返りを打つ。

 

 ごろごろ、ごろごろ。

 ごろごろり。

 

 あまりのふかふか具合とベッドの広さにおもわずごろごろと転がってしまう。

 

 

「……はぁ」

 

 思わずため息が漏れてしまう。

 アトリクシル伯爵邸に来てからまだ二時間と経っていないはずだろうに、あまりに情報量が多すぎて私の頭がついていけてない。

 処理できない情報が頭の中からぽろりと零れ落ちてしまいそうでひーひーしている。

 あとで帰ったら日記に書いておきたいし、何とか覚えておかないと……大丈夫。

 これでも記憶力には自信がある。

 多分、覚えていられる。

 

 とりあえず初めから整理しよう。

 

 今日は週末。

 本来であれば私はいつも通りの時間に店の仕事を終えて、お店でトーマスと合流してからいつも通りの爛れた休みを過ごす予定のはずだった。

 それが何の因果か、このテムズの街の領主であるアトリクシル伯爵に見初められてしまい、拉致同然……というわけではないが断ることのできない任意同行みたいな状態で屋敷に連れてこられてしまい、顔を合わせて開口一番に何故かプロポーズを申し込まれてしまった。

 

 プロポーズについてはその場で断るものの夜も遅くなりそうだから今夜は泊って行った方がいいという言葉に驚きつつも、理由がわからないものの発情の呪いが起きないし、下手に騒ぎを起こしたくないからと仕方なく、し、か、た、な、く、心の中でトーマスに謝りながらそれを承諾した。

 

 すると食事の場には以前助けたことのある商人が座っていて、それが伯爵の友達で、しかもその商人は自他ともに認める敵国のスパイなのだという。

 そして商人ことボナンザが言うには伯爵には第一夫人がいて、その第一夫人は十年前に亡くなっていてるのだとか。

 

 そして私はこうして今、アトリクシル伯爵邸に用意された部屋の中、ベッドの上でごろごろとくつろいでしまっている。

 

 

 

 

 うん、多い。

 情報量が、おおい。

 出来るだけ簡潔にまとめようとしたのにこんなにも長くなってしまったのはどういうことだ。

 まあそれはいい、単純に話の内容が濃かったということにしておこう。

 

 まず考えないといけないのは自分の体の変化についてだ。

 私は何故、夜だというのに男の姿を見ても発情しなくなったのか。

 

 今の私にはこれが一番重要な問題だ。

 今後生きていくうえで理解しておかないといけない変化だし、なんなら呪いが弱体化しているというのなら万々歳な話でもある。

 

 今までならばこんな月の出るような暗い夜に男の姿を見ると年齢問わず……いや、年齢は関係あるか。

 生殖能力がありそうな年齢であれば誰彼構わず発情するような状態だったはずだ。

 だというのに今日は伯爵邸につく前から執事のデールさんにも、もちろんアトリクシル伯爵にも、あのボナンザとかいうよくわからない男にも発情しなかった。

 ほかにもこの屋敷の中では男の使用人とも何度かすれ違ったはずなんだけど誰にも発情しなかった。

 

 もしかして呪いが解けたのだろうか、とも思ったがそれはないだろう。

 この体質は私が勝手に呪いと呼んでいるだけであの邪神がこの体にデフォルトで組み込んでいる機能のようなものだ。

 それがある日突然消え去ってしまうなんてことはあの邪神が方針転換して、私に子作りさせないようにするとかそういうことでも起きない限りありえない。

 

 ……もしかして、だけど。

 もしかしたらの話、だけれど……もしかする、のだろうか。

 

「どうした女神様、広いベッドは珍しいか?」

 

 私がベッドの上でごろごろしたり悶々したりしていると不意に声をかけられた。

 思わず顔を上げると部屋の扉へと背を預けるようにして立っているボナンザの姿があった。

 

「……夜遅くに女の部屋へ来るのは非常識だと思うんですけど。それに、ノックもないから余計に非常識」

 

「ああそりゃ悪かった。実家は門はあっても扉のない作りの家なもんでね。ついつい忘れちまって。」

 

 ボナンザは私にそう言われても部屋の外へ出ようとする仕草を見せることもなく、あっけらかんとした態度で軽口をたたいている。

 むしろ私のいるベッドまで近寄ってきさえした。

 なんだ、何が目的なんだこの男は……まさか、こいつも私のことが好きだとかいうわけじゃないだろうな。

 

「……部屋の前にはメイドさんがいたと思うんだけど」

 

「ああ、あの子たちなら俺からアンタに話があると言ったら喜んでどいてくれたよ。なんなら人払いまでしてくれた」

 

 どうなってるんだ、ここの屋敷の警備は。

 それともボナンザが特別なのか?

 

 私はボナンザを訝しげな目で見つめつつ、ベッドにかけられていたシーツを引き寄せ体を隠すようにして警戒心をあらわにした。

 

 わかりやすいように「ふーっ!」と毛を逆立てた獣のように威嚇してみたりもした。

 

 しかしボナンザはそんな私の様子を見るとまるで何やってんだこいつといった顔をした後、私の意図を察したのかくつくつと声をこらえるようにして笑っていた。

 

 なんかむかつくなこいつ。

 あの時助けたりしなきゃよかった。

 

「いや、悪い悪い。アンタがあまりにも面白かったもんでつい。くく、いや、安心してくれ。俺はアンタに襲い掛かったりするつもりねぇから」

 

「……信用できない」

 

「じゃあ理由を言うと俺の好みはアンタよりももっと抜群に胸も尻もデカい女でね。要するに好みの範囲外だから抱く気が起きない。な、安心したろ?」

 

 …………別に元々私の体というわけじゃないし、どう言われようが気にしないけれど、なんかこう、すっごくむかつく。

 いや、こう、だって、むかつく。

 別に抱かれたいだなんてこれっぽっちも思ってないけれど一応超絶美少女な顔と体の持ち主だと思っているところはあるし、それを真っ向から女としてみてない扱いされるのは、なんかこう、むかつくなぁ。

 

 私はむすっとした顔を隠そうともせず、ボナンザをにらみつけた。

 ボナンザは「おーこわ」なんてつぶやいてはいるが絶対に怖がったりなんてしていないだろう。

 

「……それで、何の用なんですか。まさか私のことをからかいに来たわけじゃないんでしょう?」

 

「ん? ああ、そりゃもちろん」

 

 そう言ってボナンザは俺のそばに寄るようにベッドへ腰かけてきて、まるで内緒話をするように耳元へと口を近づけてきた。

 

 ほかに誰かがいるというわけでもないだろうに何のつもりだろうか。

 

「ちょいとアンタに一つ訊ねたいことがあってな」

 

 ボナンザの囁き声が耳の奥をくすぐる。

 

「何? もったいぶらずに早く言ってもられません?」

 

「ああ、それじゃあ聞かせてもらうが……」

 

 ボナンザは私にそっと身を寄せ、

 

「アンタ、カールに何をした?」

 

 私の喉元にナイフを突きつけてきた。

 なんだこれ。

 

「カールはあんなのでもこの街の領主だ。国境線が近くて冒険者の多いこの街を任されている国王からも信頼が厚い忠臣だ。食事の場ではああ言っていたが前妻のミゼットとの結婚も世継ぎを残すために仕方なくでな、夫婦生活よりも仕事を優先するし、街へ繰り出して酒場で飲んでいるのだって町の視察の一環だと素面で帰ってくるくらい、何でもかんでも仕事にしちまうほどのやつなんだ、あいつは」

 

 ボナンザの握るナイフが私の首筋を撫でる。

 冷たい金属の感触が肌に触れているのがわかると、いくら不死身とはいえ血の気が引いてしまう。

 

 

「それがなんだありゃ。確かにアンタのことをあいつに話したのは俺だ。あいつに頼まれてもいたしな。何か変わったことがあったら教えてくれって。だから話した。んであいつはアンタのことを確かめるといって街に出ていった。それまでは俺が知ってる通りのカールだった。そのはずだったが。帰ってきてみると、あいつは変わっちまってた。それこそ、まるで何かに取りつかれているか、あるいは何か術でもかけられたように目の色が違っちまってる」

 

 そこで一息、息継ぎをするように言葉を区切ったボナンザは改めて私の喉元へとナイフの先端を突きつけ、問いかけてきた。

 

「……アンタ、カールに何をした?」

 

 ボナンザの視線は、まるで空を飛ぶ鳥を射抜くように鋭いもので、見つめられているだけで心臓がどくどくと震えあがってしまうほど、恐ろしいものだった。

 ごくり、と生つばを飲み込む。

 喉が動くと首の皮がナイフの先にこすれてチクリとした小さな痛みがあった。

 

「……何も」

 

「あ?」

 

「何もしていない、って言ったら、その、信じてもらえたりする?」

 

 ボナンザの鋭い眼光が緩み、頭に疑問符を浮かべたような顔をしていた。

 

「信じてもらえるかわからないけれど私、伯爵とは、その、今日は初めて会ったし、顔も知らなかったくらい、なんですよね。だから多分、貴方が考えているようなことは、何もしていない……と、思う」

 

 私が正直に答えると、ボナンザはナイフを突きつけたままじーっとこちらの目を見つめている。

 嘘をついているかいないかを確かめるような鋭い視線だ。

 別にここで刺されたところで死ぬことなんてないけれど痛いものは痛いし、私が不死身なことがばれてしまう。

 それにせっかくの豪華な天蓋付きのベッドが私の血で汚れてしまうのは忍びない。

 

 なにより何もしていないというのに疑われたままでいるというのもいい気分はしない。

 

 私はボナンザの強い視線に負けないようにと精一杯の力を込めてじーーっと見つめ返してやった。

 

 しばらく見つめ合っているとボナンザはまたさっきと同じように笑いをこらえるような顔をして、こらえきれなくなったのかくつくつという笑い声を漏らすように息を吐いた。

 そのまま私の隣へ腰を落ち着けるように座ると息を整えるように深呼吸をしていた。

 喉元に突き付けられていたナイフも、いつの間にやらベッドの上に転がっていた。

 

「っく、ふふふ、はー、ふー……、はー……わかった、わかったから。アンタのことを信じるからその顔をやめてくれ。夢に出てきそうなくらいにおかしくて笑えちまうからさ」

 

 ボナンザは笑いをこらえながら私の方へと向き直る。

 夢に出そうなくらいにおかしな顔とは心外だ。

 私は真剣だったというのに笑うなんて、この男は実に失礼だ。

 

 ……いったいどんな顔をしていたというのだろうか。

 思わず両手で顔をほぐすように揉んでみたりしてみる。 

 

「しかし、そうか。アンタはなにもしてないってんなら、あいつはマジにアンタに本気になっちまってんのかも知れないのか。アンタも難儀なやつに好かれたもんだな」

 

 ボナンザは小さくため息をつきながら頭を抱えている。

 頭を抱えたいのは私の方だと、釣られたようにため息をついた。

 

「はぁ……貴方からも何かいってくれない? 私、将来結婚したい男の子がいるからこのプロポーズ、断るつもり満々なの」

 

「そうしてくれた方が俺としても助かるね」

 

「貴方が助かる理由って、やっぱりスパイだから?」

 

「ま、それもある。俺はアイツを相手に情報を売買していてね。俺の国の情報を売りつつ、こっちの国の情報を引き出していくってのをこれまでは続けていたわけだ」

 

 え、それって国の機密情報の横流しになるんじゃ……え、伯爵ってもしかして、いわゆる売国奴ってやつなの……?

 

「国王から信頼の厚いやつのすることじゃないって顔してるな? ま、そりゃ当然の反応だ。だがこの情報売買自体は国王からの命令でね。売って良い話と悪い話の区別くらいアイツにもついてるだろうさ」

 

 話の真偽を決めるのは国のお偉いさんがただしな、と締めくくってボナンザはベッドへと寝転がった。

 

 国王自体が外患誘致な売国奴かと思いきや私には及びもつかない、考えも出来ない高度な情報戦をしているだけという話のようだが、これ、国家機密なのでは。

 知ってるだけで命が狙われかねないたぐいの。

 

 そしてそんなことをしているこいつ、ボナンザはつまるところ――

 

「……つまるところ、貴方は所謂二重スパイってわけね」

 

「ま、そういうことになるな」

 

「……伯爵のことをいろいろ知ってるみたいだけど、伯爵との関係は?」

 

「学生時代の友人でね。カールとミゼット、アイツの仲を取り持ってやったのも俺だったってわけだ」

 

 結局ミゼットは跡継ぎすら残すことも出来ずに病で死んでしまったけどな、とボナンザはどこか寂しそうな顔をして天蓋を見つめていた。

 

 自国の貴族と親しい仲にある敵国の二重スパイ。

 知り合いたくないタイプの相手と知り合っちゃったなぁ。

 

「というか、そんな話、私に聞かせてよかったの。これ、どっちの王国からしても重要な機密情報でしょ」

 

 自分自身が機密の塊なのに国の諍いに巻き込まれるような機密、知りたくもないんだけど。

 

「なんだ、言いふらすアテでもあるのか?」

 

「いやないけど……」

 

「なら問題ないだろ」

 

 あっけらかんとするボナンザに溜息しか出ない。

 

「……というか、私に問い詰めたいことがなくなったら早く出ていってほしいんですけど。私、もう寝ますし、明日には家に帰るし」

 

 これから寝ようとしているところだったというのに、こんな変な男がそばにいては寝ることなんて出来ない。

 

 ……いやでもこの男、メイドさんたちからも顔パスでこの部屋に入れるんだよなと思うと部屋を出ていってもらっても脅威度はそんなに変わらないのでは。

 

「ああ、そういうや本題に入るのを忘れてたな」

 

 ボナンザはひょいっと腹筋だけで起き上がってベッドから立ち上がり、私を見下ろしてこういった。

 

 

 

「俺はアンタをデルワコレに招待しに来たんだよ、女神様」

 

 

 

 

 えっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えっ。

 

 

 

 




お久しぶりです。
リハビリがてら遅筆更新します。

三年半ぶりくらいの更新になるので自分でも設定やらなんやらと忘れてる部分もあるので自作なのに自作を読み直しながら執筆しています。


感想を書いてくださっていた方、お気に入り登録をしていただいていた方。
遅くなってしまい申し訳ありません。
ありがとうございます。

もしよろしければまた感想を書いていただけると嬉しく思います。
読んでいただきありがとうございました。

書き溜め無しで書いているので時間はかかるかもしれませんが、出来るだけ近いうちに更新できればなと思います。
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