真・エルフ転生TS ‐エルフチルドレン‐ 作:やきなすいため
昨日までは日付を書いていたけれど、日付を考えるのが面倒になってきたのでもう書かないことに決めた。
実を言うとこの暦も私が適当につけているだけでこの世界には、少なくともトーマス達の住むあの村には暦の概念はなかったからだ。
みんな雪の季節が来たとか、そろそろ水の季節だなとか、そんな感じで数字による暦ではなくその季節の雰囲気で暦を表していた。
しかし面白いことにこの世界の暦も元の世界の暦と大体同じらしく、一年は三百六十日周期だった。
なぜそんなことがわかるのかというと、先日日記に書いたように私には邪神が授けたのだと思われる経過日数を記録する能力があるからだ。
それによると一ヶ月単位では何もカウントされなかったのだが、一年が過ぎるとカウントの表示が変わったのだ。
具体的に説明すると例えば今が仮に三百六十日目だとすると『360日経過』と頭の中に浮かび上がってきたのだけれど、一年経って三百六十一日目になった瞬間に『1+1日経過』と表示されるようになったのだ。
最初は思わずついに壊れたか、とまるで見慣れた時計が止まってしまったような気持ちでいたのだけれど、次の日になると『1+2日』と変わりそこから更に日にちが過ぎて一か月が経過すると『1+30日』といった具合になっていった。
どうやら『年数+日数』という表示方法らしい。
この世界はあまり月について無頓着なのだろうか。
いやまあ、この能力を与えたあの邪神がそうなだけかもしれないが。
まあそれはそれとして。
今回纏めるのは私の衣類についてだ。
エルフとして恐らくファンタジーな世界に生み出されてしまったとしても私は精神的には文明人。
たとえコピーであったとしても現代日本で育ったという意識が私には残っているので裸で過ごすことなど有り得ない。
私が身に付けている衣服はというと、この世界に生まれ落ちた時に身につけていた、なんというか、ある意味エルフらしい植物繊維で編まれたワンピースのようなもの。
雪国だというのに寒さも防げず、肌を隠すという必要最低限の機能しか果たさないこれを私は初期アバっぽいと理由から初期アバワンピースと呼んでいた。
初めの頃は別に初期アバワンピースだけでも問題なく過ごせていたのだけれど、冬が近づくにつれてどんどんと寒くなっていき、雪の季節になってしまって流石にどうにもならなくなってきた。
そんな時に手に入れたのが雪狼の毛皮だ。
雪狼とはこの森に住む狼で、ジョルジュによるとこの地方のこの森にしか棲んでいない固有種らしい。
その毛並みは黒に近い灰色で、森の木々の幹の色に、あるいは雪から剥き出しになった地面の色にそっくりだったりして、更に雪を被ると白っぽくなり遠目ではどこにいるかもわからくなるらしい。
雪狼はそうやって周りの景色に溶け込んで獲物を狙うこの森の狩りの達人らしく、こいつを狩るのは熟練の腕を持つ猟師でないと難しいという話らしいのだが、私はその毛皮を手に入れた。
狩りの素人である私がどうやって見つけたのかという話なのだが、なんということはない。
簡単な話、ただ襲われただけだ。
あの日は普段いつもしているように森の中で使えそうな木の枝や食べられそうな木の実、そのほか色々なものをを探していた時に不意にそばの雪の塊がぼこっと音を立てて盛り上がり、私の方に飛びかかってきた。
それが雪狼だった。
そりゃあもう、当たり前のように手に噛み付かれてしまい、腕の骨が、橈骨と尺骨がバキバキと噛み砕かれ、ミシミシと音を立てて折られていくのが腕を伝って音として認識出来るほどに凄まじい、ある意味気持ちのいいほどの噛み付きっぷりだった。
とはいえ、知っての通り私は不老不死で、外傷なんかも割と時間がかからずに治ってしまう。
噛み付かれたところで失血死もしなければ臓器が欠けて死ぬということもない。
ただまあ、それはそれとして痛みは感じるのだが。
「ァッ、が、あァッ!? っ、ぐあぁっ!? なっ!? ひ、いだいいいっ、うっ、ぐぐぅっ、ぃ、ア、ァ、ツ、づァっ、ギぃいっ…!?」
そりゃあ痛かった。
とんでもなく。生きたまま食べられているわけだし。
その場で噛み付かれながらのたうちまわるほど痛かった。
これが本当の踊り食い、いや踊り食われだった。
可愛らしい悲鳴なんてあげる余裕もなく、口から出てくるのは息も絶え絶えな呻き声にも似た何か。
痛みで目の前に電流が走ったようにバチバチとした光が見えたような気になったり、それこそ頭の中が真っ白になりかけたりした。
けどそうなるともうあとは生物的な本能というか、この痛みから逃れたい、生きたいっていう欲が私を突き動かしてくれたお陰で、私はなんとか生き延びることが出来た。
何をしたかというと、まあ、この時の私の唯一の攻撃手段だ。
つまるところ、拳で殴り続ける。これだ。
それはもう殴った。雪狼の頭を何度も何度も殴った。
指の皮が剥けたり、血が噴き出るほど殴った。
噛みつかれている方の腕も痛かったが殴っている方の手も痛かったはずだ。
けど多分アドレナリンだか脳内麻薬だかがびゅーびゅー出ていたのだろう。
腕に噛み付かれている痛み以外は何も感じず、ただひたすらに雪狼の頭を殴り続けているとだんだんと雪狼が大人しくなり、噛み付く力も弱まってくると、そのうち何の抵抗もなくなり、雪狼は死んだ。
恐らく頭蓋が割れたのだろう。
私の粘り勝ちだった。
いえい。
ある意味、これがこの世界で生まれた私の、初めての戦闘だった。
日本で過ごしていた頃は私も結構なゲーム好きで、剣と魔法のファンタジーな世界に憧れたりしていたものだが、まさか自分が実際にファンタジーな世界で生きることになり、そんな世界での初戦闘がこんなにも血みどろになりながら拳で狼を叩き潰す、なんてものになるとは夢にも思わなかった。
恐らく今も平凡に暮らしているであろう私のオリジナルも全く想像していないに違いない。
そうやってなんとか生き延びた私は狼の口から腕を引き抜き、腕が治るまでの間その場で座り込んでしまった。
血を流し過ぎたからかあの時はかなり頭がすーっと冷える感覚がしたものだ。
けれどそのおかげであの後の私は結構冷静な対処が出来たと思っている。
まずは狼を血抜きをした。
昔何かで死んだ動物はすぐに血抜きしないと血が固まってりして色々と面倒だという話を見たことがある。
後から知った話ではあるが、この雪狼の肉というやつはジョルジュ曰くとても高級品らしい。
冬の寒さに耐えられるようにしっかりと脂を蓄えており、なおかつそんな脂を抱えていてなお俊敏に動くために肉もしっかりと引き締まっていてとても美味しいという話だった。
この地方の固有種かつ狩猟できるものが少ないということで方々では結構な額で取引されているらしい。
とはいえこの時の私はまだトーマスと出会う前で、まだまだ森での生活に四苦八苦していた時期なのでこの話は知らない。
この森で得られる貴重なタンパク質で、自分が食われかけたのだから絶対にこっちが食べてやるということしか考えていなかった。
しかしこの場には血抜きするのに必要な道具の類はなかった。
まあ当然だ。こんな事態は予想外だし、そんな専門的な道具なんて持っていない。
そこで私が思い付いたのは、折れた自分の腕を使うというものだった。
私の腕は幸か不幸か腕の中ほどあたりから綺麗に食い千切られていて、雪狼の口を開けさせると肉の間から綺麗な白い骨が見つかった。
一部が噛み砕かれていたおかげで先端も良い具合に尖っていて、道具として使うにはちょうどいい感じになっていた。
私は雪狼の死骸を仰向けに寝かせると、無事な方の手に握った尖った骨の先端を雪狼の心臓へ目掛けて勢いよくぶっ刺した。
どうやらまだ血は固まっていなかったらしく赤い血が勢いよく噴き出てくれたおかげで、素人にしては上手に血抜きすることが出来たと思う。
水洗いが出来ないから完全には無理だったが、そこは多めに見てもらいたい。
その後はもう簡単だ。
腕もすっかりと再生したし不自由なく尖った骨を使いこなし、皮を剥ぎ、肉を切り分け、食料と衣服の素材をゲット、というわけだ。
私は狩りを学んだ。
自分を餌にして獲物を誘い出し、まんまと誘い出された獲物に己を食わせ、その間にしとめる。
今度はあらかじめ襲われるつもりでいたため心構えも出来ていたし、しとめるための道具として前回使った尖った骨を研いで作ったナイフもどきを使って前回よりもスマートに獲物をしとめる事が出来た。
そうやって何度か繰り返すうちに私の小屋には雪狼の毛皮の絨毯が敷き詰められようになり、毛皮でつくった上着も羽織るようになった。まあ縫い糸も針もないのでそれ以外に選択はなかったのだけれど。
食事の方も、雪狼の肉を干し肉にして食べたりしている。
あまり数を穫り過ぎて雪狼自体が減ってしまってもいけないからほとんど保存食にして必要以上は狩らないように気を付けているけど。
ちなみに思い切り返り血を浴びた初期アバワンピースはというと、小川で軽く水洗いをしただけで簡単に汚れが落ちてしまった。
なんだこの服。
邪悪であっても一応神が作ったものということか。
これは余談ではあるけど、雪狼は肉だけでなく毛皮も当然高級品だ。
耐寒性に優れていて、丈夫で長持ち、加えて希少性も高いということでこちらも高値で取引されているらしい。
ジョルジュはこの雪狼を狩猟することで生計を立てているらしく、さびれた村のように見えていたがそれなりに儲かっているらしい。
ただまあ辺境の村だから何が起きるかわからないということで稼ぎのほとんどを貯えに回しており、そんなに裕福な生活はしていないらしかった。
まあ、何かの理由で雪狼が減ってしまってしまえば廃業に追い込まれかねない不安定な仕事だしそれも仕方ないことだと思う。
……調子に乗って雪狼、獲り過ぎないようにして本当によかった。
さて、そんな雪狼の毛皮が必要な寒い寒い雪の季節も終わり、世間はこの世界でいうところ春、水の季節へと差し掛かっていた。
雪が解けて、地面へと水が行き渡り、新しい命の糧となる……そんな季節だからきっと水の季節と呼ばれているのだろうが……この季節には一つ問題がある。
寒いけど蒸し暑いのだ。
全身を雪狼の毛皮で覆っていないと寒くて仕方がないというのに着ていると周りに満ちている水気、湿気ともいえるそれによってどんどんと汗をかいていってしまうほど蒸し暑い。
かといって脱ぐと汗をかいた体では冷え込んでしまい風邪をひいてしまう。
そんな季節だったのだ。
私はそのことを最初の一年で学び、今年は始めから厚着をすることなく、少し肌寒く感じるけれど汗をかくよりはマシということで初期アバワンピースのみを身に着けて活動することに決めた。
……のだけれど、そんな恰好で村に行くとまあ、当然のように驚かれてしまった。
「エルフさん! ちょっとあんた寒くないのかい?」
話しかけてきたのはダリアの友人のエマだ。
ダリアとは歳が少し離れているらしいがそんなことも気にならないくらい仲が良いらしい。
文字通り少し歳の離れた姉妹といった具合だ。
「ああ、エマさん。たしかに少し肌寒く感じますけど、まあ、我慢できないというほどではないので」
「そうかい? あんたがそういうならいいけど……あまり無理するんじゃないよ?」
「ありがとうございます。ああそうだ。ダリアさんは今どこに? そろそろ薬が切れる頃だと思って持ってきたんだけど」
そういって私はエマに薬……というか私の血が入った瓶を見せる。
以前ジョルジュに頼んで空の瓶を一つ持ってきてもらったのだ。 ジョルジュを含めて村の人たちにはエルフにだけ作れる秘薬、ということにして渡している。
あながち嘘ではないし。
「ダリアかい? 今日も仕事場さ。あんたがその薬をダリアにやってから随分と元気になってね。おかげで溜まっていた仕事をどんどんと片付けて行っちまうから大助かりさ」
「あはは、そりゃよかった。けどそういうことなら仕事の邪魔をしちゃ悪いしかな。エマさん、これあとでダリアに渡しておいてもらってもいい?」
「おや、あんたが自分でわたしゃいいじゃないかい」
「うん、まあ、そういわれるとそうなんだけど……」
実を言うと、あれ以降も何度かトーマスのことを美味しくいただいてしまっている。
そんなに頻繁ではないけれど、トーマスがもっと遊びたいと私の小屋に残ろうとすることが増えてしまった。
そのときにこう、駄目だとわかりつつも、本能に負けて襲ってしまっているのだ。
だが間違っても子供が出来るようなことはしていないのでセーフだ、セーフ。
……まさかとは思うが、トーマスはあの歳で性に目覚めてしまっているのだろうか。
もしそうなら私のせいである。
そういう理由があり、ダリアとはなんとなく顔を合わせるのが申し訳ないというか、なんというか……こう、はい。
「ああそうだ、エルフさん。あんたやっぱり自分で直接渡しに行きな。ついでにダリアに頼んでみるといい」
「え、頼むって何を?」
「そいつは後のお楽しみさ。なに、その格好でお願いがあるといわれりゃダリアもすぐに気が付くだろうさ」
そういってエマは私に軽く手を振って自分の家へと戻っていってしまった。
私はエマの言葉に首をかしげつつ、エマに託すことも出来ないままこの手に残ってしまった瓶を見つめた。
というところで今日はここまでにしておく。
きりがいいし。
続きは明日にでも書くことにしよう。
今回は前後編です。といってもそれほど中身のある話じゃないです。
後編はまだ書いていません。けど近いうちに書きます。
感想を書いていただき、お気に入り登録をしていただけありがとうございます。
もしよろしければ感想を書いていただけると嬉しく思います。
読んでいただきありがとうございました。
2024/1/23 改行など若干加筆修正