真・エルフ転生TS ‐エルフチルドレン‐ 作:やきなすいため
結論から書きます。
ダリアにバレました。
あれはこの日記を書き始める数日前のこと。
いつものようにダリアへ私の血を届けに行った時のことだった。
私の血の入った瓶を渡し、また日が暮れる前に帰ろうと思ったときにダリアに呼び止められた。
なんでもたまには二人で話がしたいということだった。
トーマスも今日は外へ遊びに行かせているらしいくて家にはおらず、今日は特に何もすることはないしと私はダリアの誘いに乗った。
まだ日も高いし、時には村人と世間話をするのも悪くないと思ったからだ。
特にトーマスの親であるダリアとは、顔向けできないとはいえ仲良くしておきたいし。
それからしばらく世間話。
水の季節になってきたからそろそろ雪狼も森からさらに奥の山の方へと引っ込んでいってしまうから仕事も稼ぎも減ってしまうのだとか。
町へ出稼ぎに出ている村の子供たちが近いうちに村に帰ってくるという手紙がきたとか、その中にはエマの娘さんもいるのだとか。
仕事のない間は村の子供たちへ勉強を教えているのだとか。
実はダリアは元々町のいいところの出のお嬢さんなのだとか。
そういう話を色々と聞かせてもらった。
そんな世間話に興じていると、突然ダリアが意を決したような顔で声をかけてきた。
「それでなのだけれどエルフさん。少し頼みたいことがあるのですが、いいですか?」
「頼みたいこと? まあ、別に私に出来る範囲のことでしたら構いませんけど……」
なんだろう、とこの時の私は素直に首を傾げていた。
薬は今日持ってきたし、トーマスとは昨日も遊んでいたし、村で工房の手伝いをしてほしいということだろうか、なんて素直に首を傾げたりしていた。
出来ないことはないだろうけど、日が落ちる前に森に帰らないといけないし……まあでもそろそろ村への移住も考えてもいい頃なのかなぁ、とか。
要は夜に出歩かなければいいというだけの話であり、夜の間は私の家にも来ないように言い含めれば発情スイッチが入るわけでもない。
これならそれもありかもしれない、なんてことを考えていたのだけれど、ダリアが頼んできたのは全く別のことだった。
「実は町へ行ってこの冬に作った最後の商品を売りに行ってほしいんです。トーマスと一緒に」
「……はい?」
「ほら、そろそろ冬も終わるでしょう。うちの村はこの時期になるとそろそろ外へ商品を売りに出るのが最後になるんです。それで今回はトーマスにその役目を、と思っていまして」
それはわかる。
この村は冬の間に大量に稼いでその後はほぼほぼ自給自足してまた冬が来るのを待つという暮らしをしているらしいのは何となくだけど分かっていた。
だとしてもどうしてそれを私に。
しかもトーマス同伴で。
「えっと、聞きたいことが二つあるんですけど」
「ええ、何かしら聞かれると思っていたわ。遠慮なく聞いてちょうだい」
「どうしてトーマスを? トーマスが町へ出るにまだ歳が低いんじゃないかと思って……聞いている話から考えるとあと二年か三年後なんじゃないかと思ってたので……」
「そのことね……まあ、普通はそうなんですけど、あの子には将来的にはこの村の長を継いでもらおうと思っているんです。だから——」
「ちょっと待ってください。」
うぇいと。
「はい、なんでしょう」
「今なんて言いました? トーマスが将来この村の村長に?」
「ええ、はい。トーマスは将来旦那の、ジョルジュの後を継いで村長になってもらう予定なんです。……あら、話していませんでしたっけ」
私、聞いてない。
「まあ、そういうわけでトーマスには早いうちに町を知っておいてもらいたくて……一応、町の学校にも通わせようとも思っているんです」
知らない話ばかりなんですけど。
「ジョルジュは早いうちから狩りを覚えさせたいって言っているんですけど……」
そこからダリアの説明が始まったが要約するとこうだ。
実はジョルジュはこの村の村長で、ダリアはその奥さん。
そして二人の息子のトーマスは次期村長ということになる。
ジョルジュは幼い頃からともに森に入って狩りのイロハをトーマスに教え込みたいと考えているが、ダリアはこれからの時代は村の長として学を持っていることも大切だと考えているらしい。
自分も村では子供たちに簡単な教育なら出来るが流石に町の大きな学校と比べると教えられることの幅が違い過ぎるということらしい。
そういえばダリアは元々町の良いとこでのお嬢さんだったか。
で、今村で工芸品を作る傍ら収支や経理的なことを一手に担っているのはダリアである、と。
なるほど、ダリアの立場から考えると将来的に村長として村の発展を担っていくトーマスにはちゃんとした施設で学んでほしいということなのだろう。
……そういえばダリアとジョルジュはどこでどうであったのだろうか、という話を後程尋ねたところ、町に出稼ぎに来ていたジョルジュに自分の周りにはいないワイルドさを感じてしまい自然と惹かれて一目惚れだったとか。
そんな話を延々と聞かされたのでここでは割愛する。
「なるほど。それで近いうちに町の学校に通わせるために、早いうちに町がどんなところか慣れておいてほしい、と」
「ええ。そういうことです。町の学校に通うとなると数年はこの家を出ることになってしまいますから。村から通うには遠いですからね。ああでも全寮制の学校なので心配いりませんよ」
「そうですか……寂しくなりますね。心配でしょうし……」
「ええ、寂しくないと言ったら嘘になります。けど心配はそれほど。そのためにエルフさんにお願いしているのですから」
……やはり、そういうことか。
将来のためにトーマスには数年間町で暮らして勉強してほしい。
けれど一人でそれをさせるにはあまりにも心配だ。
かといって自分が村を離れるわけにはいかない。
どうしたものか。
そうだ、私にお願いしよう。
トーマスもよくなついているし……まあそんなところだろう。
「あの、すみません。私、たしかにトーマスのことは心配ですけど、この村ならまだしも町に出るとなるといろいろと不都合がありまして……」
「承知しております。そのうえでお願いしているのです。あなたに、エルフさんになら任せてもいいと、私はそう思っています」
ダリアはたおやかな笑みを浮かべて私にそう告げる。
すごく、すごく信頼されている目だ……とても心苦しい。
だって今の話を総合するとトーマスと一緒に町へ出るの、今回限りじゃなくてトーマスが町で暮らす数年間も私も一緒に暮らすことになる。
全寮制であるとはいえ、きっと休日には私が町で暮らす家にやってきては泊まっていくに違いない。
そうなると、私は毎週毎週、トーマスを襲わない自信がない。
私の、邪神に呪われたエルフの発情期を舐めないでもらいたい。
しかも、だ。
今日初めて知ったとはいえ、将来的にこの村の長となる子を惑わせてしまっているという罪悪感までプラスされてしまった。
そんな話を聞いたうえでこの話を引き受けられるほど私のメンタルは強くない。
そう考えた私は、今後二度とトーマスと会えないことを、この村に来ることが許されないことを覚悟して、ダリアに告白することに決めたのだ。
これまで何度か息子さんを性的に襲ったことがある。
そんな相手をお目付け役みたいな立場にすることなんていけない。
だからこの話は考え直してくれ。
もしも私を軽蔑したのであったら、私は二度と村には近付かない。
そう告げるために、私は重い口を開けた。
「ダリア。申し訳ないけれどこの話は受けれない。私にはその資格がない。」
「あら、どうしてかしら。」
「……ごめんなさい。私、これまでに何度か、トーマスを……息子さんを性的に襲ったことがあります。ですから、こんな……女をそばに置くのは、問題があります」
そう。
私は、自分の精神的な性別をどう認識していたとしても、この体はあの邪神が自身に似せて作った通り、女の身体をしていて、邪神の言葉を信じるならば子供を作る事が出来る。
どうしようもないほどに、私の身体は女なのだ。
呪いのせいとはいえ、トーマスを襲っていることに嘘はない。
そんな女をそばにいさせてはいけない。
……いや、もっと早くそうするべきではあったのだけれど、私としても……男の俺としても、トーマスはとてもかわいらしくて、離れがたくて、そうする事が出来なかった。
けど、その時がきた。それだけの話だった。
言ってしまえば、存外すっきりした気分だった。
やはり隠し事をし続けるのは、精神的に重い草路をまとったようにつらいものだったらしく、割と気分が晴れた思いだった。
さて、ダリアからはどんな風に罵倒されるだろうか。
ビンタの一つで済めば御の字だろうが……そんなふうに考えていたというのに、当のダリアはたおやかな笑みをくずさず、にこにことした笑顔を浮かべたままだった。
「ええ、存じております」
「……えっ」
「これまで何度かトーマスと肌を重ねたのでしょう? ですからそれについては存じています」
爆弾発言だった。
「えっ、えっ。えっ、あの、えっ、あの、ダリアさん。その、え、私トーマスを襲っていたんですよ?」
「合意の上ではなかったと?」
「え、あの、いえ、ある意味了解はとっていましたけど、でも何も知らない子供を騙していたようなものですし、それを考えると同意を取っていたとは言えないんじゃないかなと……」
「なるほど。まあでもそれについても聞かなかったことにしましょう。トーマスとのことについては全て同意の上で行われていたこと、ということでいいですね?」
「え。あ。はい」
え。なにこれ。
「もしかしてエルフさん。私が気付いていないとでも思っていらしたんですか?」
「え、その、う……はい……」
「ふふ、母親というのはあなたが思っているよりも結構敏感なんですよ。息子が色を知って帰ってきたことくらい簡単に気が付きます。」
「えっ……ということは、もしかして、初めて会ったときから……?」
「ええ、もちろん。……初めは驚きました。女の私ですら惹かれてしまいそうなほどのお姿を持っていらっしゃるんですもの。トーマスはこの森の妖精にかどわかされて、心を抜かれてしまったりしたのじゃないかと疑ったほどです。」
そんなふうに思われていたのか。
この体が腐っても邪神の写し身ということか。
「けれどこうして村であなたと触れ合うたびに、あなたが心優しいただの一人の女性だということがはっきりとわかっていきました。少し危ういところがありますけど……それもまた魅力の一つと感じる者もいるでしょう。」
「……つまり、私がトーマスを襲っていたのを、知っていて見逃していた、と……?」
「ええまあ、そういうことになりますね。」
私がトーマスを襲っていた件についてとっくの昔に黙認されていたらしい。なにそれこわい。
「……町にはいろいろと誘惑があります。金銭的なものから色事まで。そんな危ないところに可愛い息子を一人で住まわせるなんて不安でたまらないですけど……あなたがそばにいれば、あの子が惑わされることなんてないでしょう?」
「そう、ですかね……?」
「ええ。あの子、大人になったらエルフさんと結婚する、なんて言っていますもの。」
なにそれトーマス可愛すぎか?
これを書いている今でも面と向かって言われたことがないというのに。
親の特権か。
くやしい。
その瞬間を映像化して永久保存版としてしまいたい。
「ですから、エルフさん。あなたには今後もトーマスと仲良くしていったもらいたいと、そう思っています。」
そういうわけで私は近いうちにこの村で、どころか町でトーマスを見守るように暮らすことが決まりました。
ダリアからは、トーマスを抱いてもいいし、何なら子供が出来たら歓迎するとまで言われてしまった。
早いうちに孫が見たいとか、エルフさんとの子なら男でも女でも美形になるだろうとか、そんなことまで言われてしまった。
嬉しいと言えば嬉しいのだけれど、こうして今も思い出しながら日記を書いていると、少し複雑な気分ではある。
ダリアは賢い人だ。
口にはしなかったけれど、私という異人種の血を自分の家に取り入れることのメリットとデメリットについて冷静に判断したうえで言っているのは間違いない。
自分たちが飲んでいる薬の正体が何かを知らないにしても、万能薬じみたそれを手放す様なことはしないだろう。
そしてその製法を手に入れることでこの村が狩りだけではどうにもならなくなったとき、それを頼りにしていることは想像に難くない。
打算的ではあるが、私自身それについて別に何も思ってはいない。
村の長の妻として、村が滅びることのないように考えることは当たり前だ。
むしろその考え自体は、元々この村の出身ではないというのに村全体のことを考えていて好感が持てるほどだ。
好感が持てるほど、なのだが……やっぱり複雑だ。
まるで私をこの村に居つかせたかったら息子を差し出せと脅しているような気がして、とても複雑だ。
少し頭を悩ませてしまったので今日はここまで。
明日は……書くかどうかわからないな。
三日坊主にはしないつもりだけれど……今日書いた通り、私は近いうちに町で暮らすことになる。
その準備で何かと忙しいのだ。
続きは町での暮らしが落ち着いたら、ということになるか。
呪いのせいで夜間外出禁止状態であったり、いろいろと不安が残るところではあるが、まあ何とかなるだろう。
ダリアは単純に「まだ寒いのに薄着だったりするしこの人放っておくと死んじゃったりしそう」とかそんな感じにエルフさんを心配しているだけです。前回の険しい視線もそんな感じです。
トーマスとのことも、まだ若いけど息子が気に入っているしと割と寛容。だってこの世界成人が14歳だし。トーマスはまだ成人してないけど世間一般的にはギリセーフ。辺境の村基準なら別に成人とか関係ねーべなので。セーフです、セーフ。
オリジナル日間ランキングが一瞬15位になってたりした時があってびっくりしました。
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読んでいただきありがとうございました。
2024/1/23 改行など若干加筆修正