真・エルフ転生TS ‐エルフチルドレン‐   作:やきなすいため

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たまにはエルフさん以外の視点でも。


第七話 とある商人の話。

 ここはアドル大陸のアドル王国領、その北端に位置する街。

 名をテムズという。

 北に聳え立つ雄大なテムズ山脈から伸びているテムズ河を跨ぐようにして存在している街だ。

 

 古くはテムズ山脈にいるという女神だとか精霊だとかを信仰している信者たちが巡礼の途中の休憩拠点として住み着いたのが始まり、彼らの言う聖地へ至るまでの宿場町として発展した。

 

 人が集まれば文化も育ち、世界から人々が集まればそれだけ珍しいものも集まる。

 そうなるとそんな珍しいものを求めてやってくる知識人や商売人も集まってくるというものだ。

 そうしてこのテムズの街はいつしか知識を求める者たちの殿堂として大きな学び舎が建ち、身分にかかわりなく世界中から集ったアドル王国一の学術都市として進化を遂げた。

 

 信者たちが信仰していた女神だかにはいつしか叡智を授ける知識の神、なんていう謂れまでついちまうほどになったらしいが、自分たちの都合のいいような謳い文句を付けておきゃあ信者が増えてお布施ももらえちまうってんだからぼろい商売だねぇこりゃ。

 

 とはいえ元が宿場町ってこともあり、大陸の内外からさまざまな人種や旅の人間も当然集まる。

 それ故か学術都市なんて仰々しい呼び名がついちゃいるものの、それほど鼻につくような知識人ばかりが集まっているというわけでもなく、どちらかというと俺のような商人や世界中をあっちこっち旅する冒険者たちの方が多いくらいだ。

 

 そういえば名乗り忘れていたな。

 俺の名はボナンザ・ハットウシン。

 地元じゃ俺ほど背が高いやつはいない、それだけデカけりゃ兵士としてやっていけるんじゃないか、なんて言われたもんだ。

 

 だが俺はそんな言葉に惑わされねぇ。

 でかくてかっこいいだなんだと言われちゃいたが、こんなにでかくちゃ戦場じゃあいい的になるだけだってのは成人してないガキでもわかるってハナシ。

 そんな言葉に騙されて兵士になって戦場に出た日にゃ初陣で神様のもとへ、なんてことになっちまう。

 なら俺はそんな危ない道を選ぶなんて真似したくはねぇ。

 逃げるなんてのは男らしくねぇしみっともねぇ、敵将の首を獲り名をあげることこそが男の誉れだ、なんてことを言うやつもいたが俺は名誉よりも自分の命を優先するね。

 自分の命より高いもんはねえしな。

 

 俺の話はほどほどでいい。

 これは俺がいつものように南の方で仕入れた、この地方じゃ珍しい果物なんかを売りに来た時の話だ。

 こういうのは冬から春のうちに売りに来ねぇと腐っちまって金にならねぇからって大急ぎできたわけよ。

 

 この街には学院もあるし、貴族もいる。

 金の羽振りだけはいいガキたちにはこういうここいらじゃ珍しい食べ物ってのが仕入れ値の何倍もの値段で売れちまったりするんで手っ取り早く稼ぐにはちょうどいいんだ。

 

 そんな簡単に金を稼ぐ方法があるのならほかの商人たちも同じことを考えて真似をするんじゃないかって言われそうだが、今のところは俺しかしていない。

 そりゃあ何故かって俺が仕入れている果物には魔物を惹きつけちまう匂いがぷんぷんしていてな。

 そんなもの、仕入れてから売りさばく前に命がいくらあっても足りねぇってんで誰もしないってハナシ。

 

 俺が無事な理由?

 そりゃあこの自慢のタッパにある。

 どうにも魔物ってやつは自分よりもデカいやつを襲おうなんて考えを持っている奴はいないらしくってな。

 俺ほど背がデカいとなるとオークでもなかなかいやしねえんじゃねぇかってくらいだ。

 特に鍛えてるわけじゃねぇが行商人やってりゃそれなりに筋肉もついてくるってハナシ。

 見た目だけなら歴戦の戦士って言われてもおかしくねぇんだわな。

 

 そういうわけで俺を襲う魔物ってのはそんなにおらず、襲われたところで一匹や二匹程度なら俺一人で何とかできるってわけだ。

 普通の商人なら傭兵を雇うなりしないといけないハイリスクローリターンな商売を俺はその逆、ローリスクハイリターンでやってのけてる。  この分だと近いうちに町に店を構えて行商人生活ともおさらばする日も近いかもしれねぇな。

 

 その日も俺はそんなことを考えながらのんびりと荷馬車に揺られて荷を運んでいた。

 周りにゃいくらか魔物の姿を見かけたりはしたが襲ってくる様子はなく、この分ならいつもどおりに何の危険もなく通り過ぎる事が出来る。

 そうしていつも通りのボロ儲けよ。

 

 そのはずだった。

 そうなるはずだった。

 

 俺がいつものようにそのままテムズの街の城壁が見えてきたことに気を緩めた瞬間、突然魔物どもが襲い掛かってきやがった。

 いつもは襲ってきたりなんかしない魔物たちが一斉に俺の荷馬車目掛けて突進してきやがったのだ。

 見たことあるやつも、ないやつも、群れをなして一斉に、だ。

 どうなってんだこりゃ、と愚痴を零しながらも手綱を操り馬を走らせる。しかしそれほど速さが出るわけではない。

 なんせ今回は普段よりも特別多く仕入れたからだ。積荷の量が増えりゃ馬の足も遅くなるってのは当然だ。

 

 ああそうか、そのせいか。

 欲を出して一気に稼いじまおうとしたせいで魔物達が俺に警戒する以上に積荷の匂いに惹かれちまったってことだった。

 欲をかいた俺の完全なる自業自得だったわけだ。

 

 走る。

 走る。

 手綱を鳴らしてどんどん走らせる。

 出来る限り、行けるところまで逃げてやる。

 流石に街の中に入っちまえばあいつらも追ってはこれない。

 街の入り口には守衛もいるし、腕利きの冒険者達もわんさかいるからだ。

 街に近付きさえすりゃこっちのもんだ。

 

 しかし俺がどんなに馬をとばしても一向に街に着く気配はない。

 襲いくる魔物の猛襲を回避して、回避して、いつしか街道沿いを外れてしまっていたのだ。

 これじゃあ街に入るどころか遠ざかっちまってるじゃねぇか。

 

 どうやらここの魔物たちは、俺が思っているよりも頭が良いらしい。

 これまで俺を襲ってこなかったのは、俺が調子づいて積荷を増やすのを待っていたのだろう。

 そして俺の逃げ道を自分達の縄張りへと誘導するように襲い、囲っていく。

 見事なまでに連携の取れた動きだ。

 人間の軍も見習ったらいいんじゃないかってくらいのチームプレイだった。

 

 あんときゃ流石の俺も死を覚悟したね。

 このままくたばってたまるかと思ったが、既に積荷は全部放り出しちまっておとりになるようなものもないし、積荷の匂いが染み付いちまってる俺も魔物どもの獲物になっちまってるんだからもうどうなもならねぇ。

 

 俺の人生ここまでか。

 これなら兵士になってりゃ門番なり衛兵なりになって命の危険なく過ごすのもアリだったかもしれねぇや。

 

 荷馬車が壊され、馬にも逃げられ、魔物に囲まれちまって……その中の一匹が合図するように一つ鳴き声をあげれば奴ら一斉に飛びかかってきやがった。

 

 俺は目を伏せ、諦めた。

 これが俺の人生最期の光景になると思ったからだ。

 だがいつまで経っても終わりがやってこない。

 それどころか噛み付かれている感触すらない。

 あまりのことに頭がやられちまったのか、それとも俺はもうとっくに死んじまっているのか。

 

 俺はちらり、と目を開けてみた。

 死後の世界ならそれはそれ、痛みも苦しみもないって話だし気楽に過ごしてやろうと思った。

 しかし目を開けるとそこは先程の平原だ。

 遠くにはすでに冬を過ぎたというのに未だ雪化粧に彩られたテムズ山脈が屹立し、俺を見下ろしているようにすら感じた。

 なるほど、こんなにも雄大に感じれば昔の人間が神様だか精霊だかを夢見た気持ちもよくわかるってハナシだな。

 

 視線を下ろす。

 魔物どもは俺をみてはいなかった。

 奴らの視線は俺ではなく、テムズ山脈の方から歩いてくる一つの人影に注がれていた。

 

 それは、女だった。

 いつのまにか沈みかけていた夕陽が地平線の向こうに消えようと今日最後の黄金色の光を伸ばして女を照らしている。

 女の髪は陽の光を受けてきらきらと輝き、あたりには神々しい気配すら感じてしまう。

 その人外じみた美しさは見る人を魅了し、魔物すらも惹きつけるのか、俺を取り囲んでいた魔物たちは一斉に女を取り囲み、先程の見事な連携もあったものじゃないというほど、無秩序に、無作為に、女へと襲い掛かっていた。

 

 俺は、何も出来なかった。

 自分が魔物に襲われたこと。

 なんとか生き残ったこと。

 女を助けられなかったこと。

 何が兵士になっておけばよかっただ。

 目の前の女一人助けられない俺が兵士になったところで何が出来るというのか。

 

 そんな悔しさに思わず涙が出た。

 助けられなかったと、せっかく目の前の女がおとりとなり拾った命だというのに、立ち上がることも出来ず、ただ腰を抜かしてしまっていた。

 

 どれくらい時間が経ったのだろう。

 日はすっかりと落ちて、あたりは真っ暗闇と言っていい。

 あの女を食い終わったら、次は俺の番が来るのだろう。

 だがもはや逃げる気さえ湧いてこない。

 

 一秒か、一分か、それとも一時間か。

 どれだけ経っても魔物が来ないことを俺は不思議に思い、俺は顔を上げた。

 

 そこには炎があった。

 まるで神に逆らった愚かな存在へと罰を下すように、魔物たちは煌々とその命を薪としてくべられるように、妖しくも美しく燃え盛っていた。

 

 その中央には、女がいた。

 魔物に襲われたというのに傷一つなく、己に襲い掛かってきた愚かな魔物たちを睥睨するように見つめていた。

 生き残った魔物たちは女を恐れ、慄き、逃げるように夜の闇へと消えていった。

 

 燃え盛る炎が揺れ、女の影を揺らす。

 ゆっくりと近付きながら女は口を開いた。

 

「大丈夫ですか。もう大丈夫ですよ」

 

 そう言って、女は優しく微笑みかけた。

 夜の闇の中でなお炎に照らされ妖しく輝く黄金色の髪。

 空に浮かぶ星のように煌めく翡翠の瞳が細まり、俺の無事を安堵するように笑っている。

 

 ああ、そうか。この女が、彼女が……山の女神……

 そう確信した瞬間、俺は気絶した。

 

 

 ◆

 

 

 気付いた時には朝だった。

 俺は平原に身を投げ出したまま眠ってしまっていたらしい。

 ぼんやりとした頭では何も考えられず、どうしてこんなところで眠っていたんだろうか。

 そう考えた瞬間に飛び起きた。

 そうだ。

 昨日は下手を打っちまって魔物どもに襲われて、すんでのところで山の女神に助けられたんだった。

 

 あれは、夢だったのだろうか……気を失う直前の記憶がどうにも曖昧で、何があったのかはっきりと思い出せない。

 だが、昨夜の出来事が夢でなかった証拠は、俺の周りにありありと残されていた。

 

 壊れた馬車。

 投げ捨てられた積荷の果物たち。

 そして、燃え尽きた魔物たちの死骸。

 

 昨日の夜、あの場には確かに女がいた。

 それが人だったのか、あるいは女神だったのかはわからない。

 だが、俺は彼女を女神だと思うことにした。

 でなければ、あんなに人間離れした美しさを持っているはずなどないのだから。

 

 ヒヒン、と馬の鳴き声が聞こえた。

 振り返ってみるとそこには逃げ出したはずの馬車を引いていた馬の一頭が、丁寧にも地面に打たれた杭に繋がれ、俺のことをじっと見つめていた。

 

 女神の御加護かな、と一人小さく笑いながら俺は杭から馬を放し、その背にまたがりテムズの街へと向かった。

 積荷と荷馬車がなければ、馬で走れば街まではすぐだ。

 

 これで俺の話はおしまいだ。

 これまで俺は宗教家どもを馬鹿にしていたが、こんな俺にも女神の思し召しがあるってんだから、少しくらいは信じてみてもいいかもしれねぇな。




ボナンザの危機を救ったのは誰だったのか。
その人物は何をしたというのか。
それについてはそのうち語ることもあるでしょう。

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読んでいただきありがとうございました。

2024/1/23 改行など若干加筆修正

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