第一話 学園生活部
――夏が馴染み始めた頃の朝方。
カーテン越しから差す太陽の光が、部屋を程良く明るくさせていた。
その部屋の中、二人の男女がぐっすり寝ている。
なお、前夜決してやましいことがあったわけではない。『とある事情』で一緒の部屋で寝ているだけだ。その証拠に二人の布団が申し訳程度に離れている。
二人の睡眠を邪魔するかのように、目覚まし時計がうるさく鳴り響く。それに反応して先に目を覚ましたのは、男の方だった。
赤髪で後ろ髪が若干立っている、顔立ちの良い少年。
彼の名は
巡ヶ丘学院の二年生である。
雷刀は目覚ましを止め、時刻を確認すると、隣で気持ちよさそうに寝ている少女を慌てて起こそうとする。
「おいゆき! もう八時だ遅刻するぞ!!」
すると、ゆきと呼ばれた少女は寝ぼけながら体を起こす。
汚れの無いピンクの頭髪に小柄な体、例えるなら天使がとても合う。
彼女の名は
小柄ながら三年生と、雷刀より年上である。
「……おはよう」
「おう、おはよう! ……じゃない! もう八時だ準備しろ!」
「……うぇ! う、うん!」
互いに支度を始める。もちろん着替える時は背を向け合ってるため安心である。
支度を済ませた二人は部屋を出ようとする。
「おっと危ね!」
何か忘れ物をした雷刀はロッカーを開ける。中にあった懐中電灯のようなもの、理科の実験やサバゲーなどで使われるブラックスモーク色の保護メガネ、そしてケモノ耳のような尖りのある帽子を取りだした。
「こいつを忘れるわけにはいかんな。それとゆきも、これ忘れてるぞ」
雷刀は帽子をゆきに渡す。
「ありがとう! 忘れるとこだったよー」
ゆきは帽子を被り、雷刀は残りの二つを腰に掛けると、ゆきと共に部屋を抜ける。
――その先には誰も予想できない光景があった。
部屋を開けた先には細長い道――廊下が見えていた。
雷刀たちは特に何も気にせず先を急いだ。
廊下には他の人もいる。制服を身に纏っている学生だ。廊下の脇にはドアが並んでいる。
二人は家ではなく、学校にいたのだ。
雷刀たちはある部屋の前に着いた。『生徒会室』と書かれた表札に、『学園生活部』と書かれた手書きの紙が貼られている。
「とうちゃく~!」
ゆきは扉を開け、中に入る。
長机が二台繋がったものや、ホワイトボードなど、生徒会室らしいものもあるが、普通の学校にはない台所があった。
「おっ、やっときたか」
二つ縛りの長い紫髪。ハート形の膝パッド。明るさと笑顔が似合う顔立ち。ややスレンダーの容姿を持つ少女。
彼女の名は
くるみは椅子に座りながらシャベルを磨いていた。
「くるみちゃんはなんでいつもシャベル?」
ゆきが率直な質問に、くるみは目を光らせる。
「ふふーん知らないな? 第一次大戦の塹壕戦で最も人を殺した武器は――」
「くるみちゃんはほんとシャベル好きだねえ」
「っておい聞けよ! てかいつの間に!」
ゆきはくるみの話を聞こうとせず、楽しげにシャベルを振り回す。
「ちゃんと聞いてますよ」
「んなわけ――あれ」
くるみに受け答えしたのはゆきでも雷刀でもなく、くるみの後ろにいた青年だった。
蒼髪で雷刀と容姿が似ている。
優しげを出している彼の名は
雷刀とは血の繋がった兄弟で、双子の弟である。
「でも胡桃先輩、その話は間違っていますよ」
「え?」
「第一次世界大戦での最多死因は、兵器による砲撃とそれによる破片によるものです。もちろんシャベルも殺戮に使われましたが、どちらかと飛び交う銃弾や砲爆弾の破片から生身の兵士が命を守るための塹壕を掘る道具として役立ちました。また――」
「zzzzz」
「もういい烈風刀! くるみが睡魔に襲われている!」
雷刀が烈風刀の話を止める。それと同時にくるみが目を覚ます。
「んぅ……わりぃ、今何の話だっけ?」
「もう大丈夫ですよ。この話は後でゆっくり話します。それより雷刀」
「なんだい?」
「もう少し早く起きてください。僕たちは『貴重な男』なのですから、しっかりしてもらわないと――」
「んなこと言ったってゆきも――」
「少なくとも由紀先輩はあなたより働いてますよ。あとずっと気にしてましたが、『こんな状況』とはいえ先輩には敬語を使うべきですよ」
「そこは気にすんなって。お互いに仲を深めることができるじゃねえか」
「そういうところが――」
「まあまあ、二人とも朝から喧嘩しないの」
二人の会話を仲裁したのは、一人の少女。
茶髪のロングヘアーで、左のもみあげを髪留めで留めてある。グラマーな容姿で、豊満な胸に男なら誰もが目をつける。姉や母のような感じが出ていた。
彼女の名は
皆からは『りーさん』という愛称で呼ばれている。
「でも、そんなに堅くなくていいのよ、烈風刀くん。学園生活部の一員である限り、私たちに格差なんてないもの」
「しかし……」
「ほらほら、りーさんもあー言ってることだし――」
「雷刀くんも、調 子 に 乗 ら な い 様 に」
りーさんは笑顔を崩さず、威圧的に言った。
「ウ、ウィッス。最近のりーさんきついや…………」
とりあえず、話の決着がつくと今度はどこかから腹の音が聞こえた。
「えへへ…………」
――ゆきによるものだ。
「丁度朝ごはんができたわよ」
「わーい!」
ゆきは子供のように席に座る。雷刀と烈風刀も席に座る。
テーブルは長机を二つ合わせたもの。配置は、横上辺に左から雷刀、烈風刀、横下辺にゆき、くるみ、縦左にはりーさん、そして縦右は今不在の顧問が座るようになっている。
「いただきまーす!」
皆が声を揃え言う。
「今日はスパゲッティだ!」
「スパゲティじゃ!!」
ゆきと雷刀はスパゲッティを貪り食い始める。
「おいおいそんなに慌てて食う必要ないだろ?」
くるみは苦笑を浮かべる。
烈風刀はため息を吐く。
「雷刀……行儀よく食べなさい」
「わかってないな、烈風刀」
「?」
「出来たて新鮮な食べ物の鮮度を少しでも落とさない様にするのも――」
「そんな礼儀存在しないし存在させない」
「むう…………」
「ゆきちゃん、そろそろ授業が始まるわよ」
りーさんがゆきに教えると同時に食べ終わる。ついでに雷刀も。
「ごちそうさまでした! それじゃあ行くね!」
「待てい、俺を忘れるなよ!」
ゆきと雷刀は席を立ち、部屋を後にした。
「気をつけてね」
りーさんたちは優しく見送る。その後、疲れたかのようにため息を吐く。
「……あいつらだけで大丈夫か?」
「問題ないですよ。雷刀はいざという時は頼りになりますから」
烈風刀がそうくるみに返すと、くるみはあることに気付く。
「烈風刀、口元にソースが付いてるぞ」
くるみは烈風刀の口元に付いているソースを右手の人差指で取り、それをしゃぶるように舐めた。
「!?」
思いがけない出来事に烈風刀は顔を赤くし、くるみから顔を逸らした。
「!?」
くるみ自身も何をしたかを理解し、顔を赤くする。
「ご、ごめん! そういうつもりじゃ…………!」
「いえ、大丈夫です…………!」
そんな二人を見ていたりーさんはニヤニヤが止まらなかった。
「あら~」
「悠里先輩は黙っててください」
※
――学園生活部。
この部活は、名前の通り学校で生活をする部活である。
この部活は『とある事情』で最近できた部活。
雷刀たちが通う高校――巡ヶ丘学院には、学校だけで生活できる設備が十分そろっていた。
メンバーは、ゆき、雷刀、くるみ、りーさん、そして烈風刀の五人である。
時刻はもう午後四時――
授業を終えたゆきと雷刀は教室を飛び出し、帰ろうと階段を下ろうとすると――
「ゆきちゃん! 雷刀くん!」
二人を止める女性の声がした。
薄紫の一つ縛りの髪。よく目立つアホ毛。スタイル抜群ながらやや子供っぽくも感じられる。
彼女の名は
ゆきのクラス担任であり、学園生活部の顧問でもある。
「めぐねえ!」
「『めぐねえ』じゃなくて、『佐倉先生』でしょ。それよりゆきちゃん部活忘れてるわよ」
「あっ、忘れてた」
「?」
ゆきの言葉に反応した雷刀は振り向きゆきを見る。
「どした?」
「部活!!」
「あっ」
雷刀は部活を忘れていたことを思い出す。
「二人は今屋上にいるわよ」
「うん! めぐねえありがとう!」
ゆきはめぐねえに礼を言うと、屋上へと階段を上がっていく。
雷刀も、ゆきの後を追うように上がっていく。
二人が屋上に着く。
屋上にはソーラーパネル、プールサイズ程の浄水装置,そして園芸部の活動拠点ともなる菜園があった。
そこに、くるみとりーさん、園芸部の人たちがいた。
「やっほー来たよー!」
ゆきは元気よく手を振りながらりーさんたちに話しかける。
「今日遅かったじゃねーか?」
くるみが問いかけると、ゆきは照れ笑う。
「ごめんごめん、部活あるの忘れて帰るところだったよ」
「おい! 危ないだろ!」
「でもめぐねえが止めてくれたから」
「そっか、ならいいんだが」
くるみはほっと安心を浮かべる。それを他所に雷刀は何かを探すように辺りを見渡していた。
「烈風刀は?」
「今は見回り中よ」
雷刀の問いにりーさんは答える。
「見回り?」
ゆきが何も知らぬ顔で聞いてくる。
「学校に不審者がいないか見回るのよ。私たちは学校に住んでるも同然だから、自分たちで身の安全を確保するの」
りーさんがわかりやすくゆきに説明した。
「おー楽しそう! わたしもやってみたい!」
「やめとけ、お前じゃ不審者にビビって何もできないだろ」
「にゃにをー!」
くるみが煽ると、反応したゆきはじゃれてくる。
「二人とも、来たからには園芸部の手伝いをするのよ!」
「ラジャー!」
「わかってるよ」
「……りーさん俺は?」
「雷刀くんは見回りでお願い。烈風刀くんが1階と2階に行っているから3階をお願い」
「おう! まかせとけって!」
雷刀は懐中電灯のようなものを手に持ち、下に繋がる扉を開け、先を行った。
「大変そうだね」
「しゃーないだろ。学園で二人『だけ』の男だからな」
「――私たちの、最後の希望…………」
「りーさんその言い方かっこいいね! まるでアニメみたい――」
「ゆきちゃん…………」
りーさんは表情を変えぬまま、威圧的に言った。表情を変えないというところが逆に恐怖心を掻き立たせるのだ。
「ご、ごみぃ……」
わざとなのかはよくわからない、『ごめん』をかみ砕いた言葉を使ってきた。
するとりーさんは右手を前に出し、人差し指を上に向ける。
「学園生活部心得第1条!」
りーさんは号令を出すように言った。
「はいっ! 第1条 学園生活部とは! 学園での合宿生活によって、授業では触れることのできない学園の様々な部署に親しむとともに、えっと……じしゅどくりつの精神を育み――」
「学校の設備借りまくって寝泊まりしようっていう」
「もーそれ言っちゃおしまいだよ」
ゆきは頬を膨らませ、くるみはへへっと笑う。
「はいはい」
りーさんは両手をポンと合わせる。
「無駄口叩いてないで、園芸部のお手伝い終わらせましょ」
「はーい」
「はーい」
ゆき、くるみ、りーさんの三人は園芸部の手伝いに集中することにした。