本校舎3階――
雷刀は校舎をくまなく見回っていた。
すると、1、2階を見回っていたはずの烈風刀の姿が階段付近にあった。
「よっ! どんな感じだ?」
「異常はありませんよ。そちらはどうですか?」
「問題ねーよ」
二人は廊下の窓際に身を寄せ、校庭を眺める。
「もう『あいつら』を見ても何も思わなくなっちまったな」
「えぇ。それが逆に怖いのですが」
「……ところでだ、烈風刀」
「何でしょう?」
「最近どうだ? くるみとうまくいってるか?」
「は?」
烈風刀は若干呆れた顔を浮かべる。
「なぜその話が『こんな状況』の時に出てくるのですかねぇ……」
「いやいや、そうだからこそ起きるんだよ奇跡が。ほら、窮地に陥った男女は恋に落ちやすいってよく言うだろ?」
「確かによくありますが、その場合大体死亡フラグになりかねませんよ……そう言う雷刀の方はどうなんですか?」
「まあ特に変わったことはないぜ」
「由紀先輩は――でしょう。ですが雷刀に変化があると僕は思います」
「?」
「雷刀……最近あなた由紀先輩と同じ『もの』が見えるのですか?」
「……さぁな。俺もよくわからないんだよな、そこらへん」
雷刀が答え終えると、烈風刀は階段へ歩き出す。
「僕は屋上で報告してきます」
「おう、俺はもうちっと見回ることにするぜ」
烈風刀は階段を上る。雷刀もその後に続き、階段を下る。
※
屋上――
ゆき達は園芸部の手伝いを懸命にしていた。
するとそこに、見回りを終えた烈風刀がやってくる。
「悠里先輩、現在異常はありません」
「ありがとね」
烈風刀はりーさんに報告を済ませると、くるみを見る。くるみは自前のシャベルで土を耕していた。
「胡桃先輩、代わりましょうか?」
烈風刀はくるみに近づき言った。
「いいよ、鍛えにもなるから」
「いいえ、このような雑用は女の子にとって体に負担がかかります。胡桃先輩は学園生活部にとって欠かせない存在です。いざという時動けなくなっては困ります」
「うぅ……じゃあ言葉に甘えるとするか」
くるみはシャベルを烈風刀に渡し、烈風刀は土を耕し始める。烈風刀はまだやり方を教わってないのにも関わらず、スラスラと作業を進める。その速さはくるみよりも速かった。
「すごっ!! やっぱ烈風刀は何でもできるなー」
「成績は学年主席、現在余裕で東大に入れるレベルの頭脳。運動神経は帰宅部にも関わらず運動部のエースに負けない実力者、確か体力テストでは学校2位だったわね」
「りーさんその情報どっから持ってきた」
りーさんの解説にくるみは度肝を抜く。
「あら、噂でよく流れてくるわよ。学校内抱かれたい男ランキング1位ってよく聞くじゃない?」
「いやそれあたし初耳なんだけど」
会話を聞いていた烈風刀が作業を止める。
「いえ、僕はすごい人ではありませんよ。ただ夢を追いかけているだけに過ぎません。それに、あの日僕は停学を喰らってしまいましたし…………」
「……そういえば、なんで――」
「もー皆ずるいよ!」
くるみが烈風刀に何か聞こうとしたところ、ゆきが遮るかの如く口を挿む。
「私は真面目に手伝ってるのにー!」
「わ、わりい!」
「くるみちゃんズルイよ! 代わってもらって」
「由紀先輩、もうそろそろ雷刀が戻ってくると思います。来たら代わってもらえばいいと思いますよ」
「うぇー」
ゆきは心底嫌そうな顔をする。それを他所に烈風刀はある違和感に気付いた。
「由紀先輩。まっすぐ屋上に来たのですよね?」
「そーだよ!」
「リュックが見当たらないのですが……」
「流石に普段は背負わないよ。確か――あぁ!!」
ゆきは思い出す。教室にリュックを忘れたことに。
「忘れてた!」
ゆきは慌てて屋上の扉に向かう。だが扉を開けようとしたところでまた何かを思い出したかのように開けるのを止め、振り返り烈風刀たちに向く。
「今度はなんだ? 何かあったのか?」
くるみが問うと、ゆきは少し戸惑う。
「そうじゃなくて……えーとね、みんな好きだよっていうか」
「なんじゃそりゃ」
くるみは困惑、りーさんは唖然、烈風刀は特に変化なし。ゆきの言葉に場の雰囲気が若干変わった。
ゆきはもじもじしながら話しだす。
「ほら、合宿忘れて帰りそうになったけど、別にみんなのこと忘れたんじゃないよっていうか…………」
「……わかっているわよ」
言葉を迷っているゆきにりーさんは優しく言葉をかけた。
「うん、えーとそれだけ。じゃ、また!」
ゆきはそう言うと、屋上を去る。
「ゆきはいっつも楽しそうだな」
「いいことじゃない」
「そうだね。でも一人で大丈夫だったか?」
「大丈夫ですよ。雷刀が見回ってます。それに何かあったら佐倉先生が守ってくれますから」
※
ゆきは駆け足で階段を下り、自分のクラスの教室に向かう。
普通なら何事に起きることがない状況、『普通』なら――
「!?」
ゆきは教室まであとわずかのところで思わず立ち止まる。
ゆきの前に一人の男が立っていた。制服を身に纏っているため、この高校の生徒であることは一目瞭然だが、何かが違った。
見た目が不良とか、怖いとはまた別のどす黒いオーラを放っているようだった。
男はゆきに向かって歩き出す。
「…………!」
ゆきは声を出すことができず、後退りしていく。
「いたっ…………!」
唐突に頭の割れるような頭痛がゆきを襲う。ゆきは頭を抑え、ふらふらし始める。
(あれ……私、何か忘れてるような――――)
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
突然男の後ろから声がした。男が振り向くと同時に男の頭が吹き飛び、首からシャワーの如く血飛沫を上げながら倒れた。
男の後ろにいたのは、雷刀だった。
右手には懐中電灯――ではなく赤いレーザーが伸びたビームサーベル。つまり、懐中電灯と思われた物は、ビームサーベルだったのである。
「大丈夫か! ゆき!」
雷刀は男を放置してゆきの状態を確認するため、近く駆け寄った。
「……うん、平気だよ」
ゆきは先程の頭痛を誤魔化すかのように笑顔で答える。男を殺したことには一切何も思ってなかった。
「ゆきが何ともないならよかった。ところで何をしに来たんだ?」
「えーと、教室にリュックを忘れたの!」
「珍しいな! 早く取って戻らないと、りーさんが怒っちまうぞ」
「ラジャー!」
ゆきは教室に入ろうとするが、立ち止まり雷刀の方を振り向く。
「そういえば雷刀くんに言いたかったことあったんだった」
「なんじゃい?」
「笑わないで聞いてね」
「お、おう」
雷刀は思わず身構える。
彼の反応にゆきも一瞬動揺するも、咳払いして話を始めた。
「最近、学校が好きだ! ……そう言うと変だって思うでしょ? でも考えてみて。学校ってすごいよ! 物理実験室には変な機械がいっぱい! 音楽室、綺麗な楽器と怖い肖像画! 放送室、学校中がステージ! 何でもあってまるで一つの国みたい。こんな変な建物、ほかにはない。中でも私が好きなのは……」
「……学園生活部?」
「…………それよりも好きなもの……」
ゆきは恥ずかしそうな顔をし、ゆっくり答える。
「学校で……雷刀くんに会えることかな……」
「………………」
雷刀は心の中で驚きはするが、表情には出さなかった。
「今でも覚えているよ、この帽子をくれたあの日のこと」
「………………」
「ごめんね、急にこんな話しちゃって。リュック持ってくるから待ってて」
ゆきは教室に入っていく。
「………………」
雷刀は何かを悟るように目を閉じる。
――あぁ、俺も『麻痺』してんだ。ゆきと同じ『世界』が見えていた。
雷刀は目を開ける。
信じがたいものが雷刀の目に飛び込んできた。
さっきまで大勢賑わっていた教室には誰もいなく、ゆきがただ一人だけ。教室は机や椅子が散乱し、窓ガラスも割れており、床に散乱していた。一番目に着くのは、壁や床、黒板に異常なまでに付着している血痕であった。
このようなおかしな風景は教室だけに限らない。廊下の窓ガラスも割られており、壁や床が老化によって起きたものとは思えないほど、ボロボロになっていた。
――そう、この学校自体ほぼ壊れかけているのだ。
だが雷刀は驚かない。これが『現実』であるから。
「うん、忘れ物。リュック置きっぱなしだった」
ゆきは誰も何も言ってないのにそう答えた。
――彼女には見えていない。非情な『現実』が。
「……………………」
――俺はゆきに何もしてやれない。ただ付き添ってるだけ……何も変えられない……
雷刀は常に己の無力さを感じていた。
「うん、まだ部活!」
ゆきはまた誰も何も言ってないのに答える。彼女の中の世界で誰かが話しているのだ。
ゆきはリュックを背負い、教室を去ろうとする。
「じゃーねー!」
――誰もいない教室に挨拶を終えてから。
「……………………」
「あっ、窓開いてる」
ゆきは呟くと、ゆきは窓を閉める。ガラスが割れて、閉めても無意味なのにも関わらず。
ゆきは窓越しに遠くを見る。雷刀は窓越しに校庭を見る。
そこにはこれまで以上の衝撃が待っていた。
校庭には大勢の人――いや、人だったものがいた。
『かれら』は皮膚が腐りはて、全身から血を流し、動けるような状態でないのに、何かを求めるようにただ歩きまわっていた。
雷刀はさっき殺した男の死体を見る。
雷刀が放ったのは一撃。だが皮膚が壊死し、見ているだけで精神が狂いそうなほど体が壊れていた。
「…………」
雷刀はゆきを見る。
現状が見えていないゆきを一人にさせるのは危険すぎる世界。
(俺が守ってやらねえと。めぐねえの為にも……!)
「ゆき」
「?」
ゆきは雷刀の方を向く。
「その帽子、似合ってるぞ」
「えへへ、ありがと!」