GBNブースに入室すると、ユッキーがジムⅢビームマスターを持っていないことに気づいた。
訊けば「今改造中で、今日はガンプラなしでログインなんだ」と言うことらしい。
元々今回はガンプラバトル以外のミッションも受けてみようと言う約束があったので問題はなかったが、アズマ的にはあのジムⅢビームマスターをキリシマに見せたかったのも事実だ。
それを伝えるとユッキーは照れくさそうに「次までには完成させてくるよ!」と胸を叩いた。
「あれ、そういえばアズマさんのガンプラ、少し変わりました?」
つと、リクがアズマのガンプラを見やる。
前回と同じアストレイ・ジャグラスナイパーだ。
アストレイ・ゴールドフレームとジム・ジャグラーを掛け合わせたミキシングビルド機で、狙撃主体の遠距離型である。
先の初心者狩りに遭遇した際はリクを援護するために針の穴に糸を通すような狙撃を成功させ、ユッキーとともに勝利を確実なものへと導いたのは記憶に新しい。
その時は折り畳み式スナイパーライフルと重突撃銃、近接用にアーマーシュナイダー1本という少ない武装であったが、今回新たにリアアーマー部分に四丁の小型銃が備えられていた。
「ビームピストルですか?」
「リックディアスのものですわね」
「バヨネット付きで接近戦にも対応できるように改造されてる……」
口々に述べられる内容に頷く。
「はい。リックディアスのものを流用し、銃剣として活用できるよう調整しました。
エネルギー効率を良くするためエネルギーカートリッジ式となっております」
「あ、本当だ! 弾倉が付いてる!」
「形状に名残はあるけど、これはもう別物だよ!?」
「弾数制限はありますが取り回しは良いかと」
言って、キリシマに視線を向ける。
「お嬢様のは、あのコルレルですか?」
「コルレルなんですか!?」
「コル……レル?」
真っ先に食い付いたユッキーと「聞いたことはあるんだけど」と思い出せないリク。
その隙を逃すまいとここでもユッキーの眼鏡がキラリと光る。
「機動新世紀ガンダムXの登場兵器で、話数にして26話目『何も喋るな』に登場した新連邦軍の試作MSで、極端なまでの軽量化による運動性、機動性を追求した機体なんだ!
登場当初はグレーのような色合いだったんだけど、白い死神ことデマー・グライフが『色は白がいい』と断言したため、本人の手で白に塗り替えられたんだ。
それでこのコルレルの最大の特徴はさっき言ったように極端なまでの軽量化による――」
続く熱い語りが終わるのを待たず、キリシマが後を継ぐ。
「従来のMSに比べて圧倒的に少ない重量――つまり軽さにありますわ。
その重量は何と4.5t! ファーストガンダムの重量が43.4tと言えば、その軽さがお解りになって?」
「ええっと……すごいかるい?」
「その通りですわ!」
「その通りだよ!」
被った。声が。
互いに顔を向けた二人の視線が重なり、火花が一瞬散ったように見えた。
「キリシマさん、中々――通ですね」
「オッホッホッホ、貴方こそ随分とお詳しいようで」
一寸の間を置いて、ガシッと二人が腕を交差させた。
熱い友情の証を示すような交差の仕方だ。
「フフフフ……」
「ホホホホ……」
さらに怪しい含み笑いも付いてきた。そんな追加はいらない。
「大丈夫……かな?」
「大丈夫です。たぶん」
自信は――正直あんまりなかった。
ガンダム好き同士――特に語りが長くなるタイプが共鳴すると、時間をアッと言う間に奪われる。幸いブレーキ役のリクがいるので大丈夫だと、根拠はないがアズマは自分にそう言い聞かせることで納得させた。
「それで、これがわたくしのコルレルですわ!」
キリシマが緩衝材の詰まったタッパーを学生鞄から取り出す。
教科書の類がその分、入っていない。置いてきたのだろう。
あんなんでも成績は割と良い方なのが救いだとアズマは思った。
「今なにか失礼なこと考えてましたわね?」
「いえなんのことでしょう」
シラを切った。
訝しむ視線を無視して、促す。
タッパーから出てきたのは一体のコルレル。
名称はコルレル・スヴェイズ。
鉄血のオルフェンズに出てくるヴァルキュリア・フレームと言うものを意識しているらしく、青と白で彩られたカラーリングは猫背のコルレルをスマートに見せた。
腰周りには八基の細長いウィングバインダーが取り付けられていた。
「よーく見ると、頭部が違うような?」
先に気づいたのはユッキーだった。
見れば確かに、コルレルの頭部がグレイズのものに置き換わっている。
機体の雰囲気に合うように改造されているので違和感がなかった。
「――改修、間に合いませんでしたか?」
「流石に一日で何とかなるほど甘くはなかったですわ」
アズマたちが初GBNデビューした一方で、キリシマはキリシマホビーショップで開催されていたGPDショップ大会に参戦し、対峙したジム・ストライカーに頭部を破壊されていた。
綺麗に溶断されていたので修復不可能ではなかったが、それでも元々がプレミアム限定のガンプラだけあって材料的な面も含め修復には時間がかかる。
「でも、すっごい完成度……!」
「グレイズの頭部が違和感なく取り付けられていて、原作に出てたような気さえしてくるよ!」
輝かせた目で熱心に食い入るように見つめるリクとユッキー。
こうなるとキリシマの調子はやはりノンブレーキでフルアクセル。
リクのガンダムXに関する曖昧な部分を補完しつつも、コルレルがどれほどまでに素晴らしいモビルスーツであるかを語りだした。
ユッキーもすっかり乗り気である。
これは不味いと判断したアズマはわざとらしく大きな咳払いをする。
ゴホンッ!
アズマが思っよりも大きな咳払いだったのでちょっと驚いたが、どうやら効果はあったようで、キリシマは気恥ずかしそうに話を切り上げた。
「さて、準備はよろしくて?」
「さっきまで夢中で語ってた人が何仕切ってるんですか」
「正論は時に人を傷つけるのですわよ!?」
無視してダイバーギアを装着。
「では、皆さん、GBNメインロビーで合流しましょう」
「「はい!」」
「お、無視ですか無視ですわね? もしもーし? おーいわよ? ――ちょっとぉー!?」
三人はおもしろうるさいお嬢様の声をBGMに、GBNを起動するのだった。
⁎
「無視は流石にお辛いものでしてよ!?」
「うるさいですね」
「辛辣!? 辛辣ですわ!」
GBNメインロビー。
無事に合流した四人はミッションカウンターで受注するミッションを選んでいた。
ダイバールックでのキリシマは、リアルと違い金髪縦ロールなのだが、意外にも三人はこれをキリシマだと確信できたようだった。
これが絆!
これが友情!
何と素晴らしいことですわ!
などと勝手に感動していたが、実際はロビーで馬鹿みたいな笑い声をあげていたので、いやでも解ってしまったのが真相だ。
三人は気を遣ってキリシマに真相を言わなかったので、知らぬが仏というやつである。
「採取ミッションだけでもこんなにあるんだ」
「どれがいいかなぁ?」
リクとユッキーもすっかりキリシマのテンションに慣れたようで、特に気に留めることなくミッション一覧表をスクロールしながら迷っていた。
「折角ですので、機体性能も試せるようなものがいいですね」
「うん。今日はバトルが目的じゃないから、できるなら戦場から遠いものを選びたいんだけど」
豊富なミッション数は迷いを生む。バイキング形式の料理と同じだ。
多ければ多いほどどれを選ぼうか解らなくなってしまうというもの。
悩む三人の背を見て「ここは経験者の出番ですわね」とキリシマは肩をぐるぐる回す。
その横をスッと一人の少女が横切った。
ワンピースのような服装を来た、薄い青色の髪を伸ばした少女だ。
「見つけた」
少女はうんうんと唸る三人に声をかけた。
振り返った三人は少女の見て驚きと嬉しさの色を顔に浮かべる。
……お知り合いかしら?
少女と三人のやり取りを眺めつつ、そういえばアズマが奇妙なダイバーと知り合ったということを思いだす。名前を訊き忘れてしまったと言っていた。
「そしてこちらがキリシマさん!」
「ほぇ?」
急に自分の紹介されて、キリシマは呆けた声をあげてしまった。
トコトコトコと少女が近づいて、見上げる。
「お嬢様。この子はサラさんです」
「よろしく、おねがいします」
ぺこり。
お辞儀をされた。初々しいその姿が実に可愛らしかった。
「キリシマですわ。どうぞ、よしなに」
微笑みとともに応えた。
「僕たち、さっきフレンドになったんだけど、どうする?」
ユッキーがサラに問うと、彼女は「うん」と頷いた。
先ほど教えてもらったのだろう。
サラは「これを、こう!」と嬉しそうに呟きながらパネルを操作し、無事にキリシマともフレンド登録を済ます。
キリシマは表示されたサラのプロフィールを確認すると、ガンプラの欄に表示がなかった。
今日日ガンプラなしでのログインも珍しくないので特に気にすることもない。
GBNの良いところは必ずしもガンプラを必要としないところだ。
「ところで先ほどミッションについて悩んでいたようですわね?」
「そうなんです。元々今日はバトルミッション以外のをやってみようってことで約束してたんだけど……」
「あまりにも数が膨大で選べないと?」
「はい……」
「お嬢様はGBNをプレイしてて長いですよね。よろしければ御教授願えますか?」
「フフフ、よくってよ!」
得意気に鼻を鳴らし、ミッション一覧を覗いた。
三人の要望を聞いて詳細検索で条件を絞り、ミッション数を減らしていく。
『ガンプラバトルなし』で大分減ると思っていたが、それでも既に三桁以上もの数が残った。
殆どがエリアに制限範囲が設けられていたり、参加可能人数が四人にも満たなかったり、やたらと距離があるものばかりだ。
加えて物資回収や鉱石収集などガンプラ前提のものが多く、NPDバトルが発生するミッションが大半を占めていた。
確かにこれで丁度良いミッションを探そうと言うのは酷だろう。
そして何より――
「……ッスゥー」
一呼吸吐いて、固まる。
「――お嬢様?」
「アズマ、リク、ユッキー、サラちゃん」
トーンを落とした真面目な声に、サラ以外の三人がゴクリと喉を鳴らした。
「わたくし、主にサバイバルバトルミッションばかりをやっていたので、ちょっとこれは――全然わかりませんのっ!」
「「えぇー!?」」
「お嬢様……」
リクとユッキーの驚愕と、アズマの冷たい視線が痛い。
唯一サラのキョトンとした動作が癒しだった。
「駄目な人ですね」
「だめなひと?」
「はい。駄目な人です。――サラさん、今のをもう一度」
「キリシマは、だめなひと」
「ちょぉっ!?」
悪気のないサラの言葉が、心を突き刺した。
「困りましたね」
「まさかミッション受注段階でこんなことになるなんて」
「どれも制限とかあるからなぁ……」
詳細検索で条件を足しても中々減らないミッション数に青すじを浮かべる。
サラはガックリと項垂れるキリシマを「大丈夫?」と慰めていた。
そんな時――
「あらあら、カウンター前でどうしたのかしら?」
初日にお世話になったマギーが現れたのだった。
「マギーさん!」
「こんにちは!」
「こんにちわ」
「はぁい、みんなこんにちは♪」
小さく手を振って挨拶を返すマギーは、カウンター前で項垂れているキリシマを慰めるサラに気づいた。
「あらぁ! 貴女この前の!」
キリシマの肩に手を添えたまま、サラは顔を上げた。キリシマも顔を上げた。
「あらマギーさんじゃあないですの」
「はぁい、キリシマもお久しぶり♪」
「サラちゃんもお知り合いでしたの?」
「うん。優しくて綺麗なおねえさん!」
マギーはサラの言葉に「ん~まぁっ!」と感動した。
「良い子ね……」と頭を撫でる。
「サラちゃん、わたくしは!? わたくしもおねえさんですわよ!」
「だめな、おねえさん?」
「オギャー!!!」
クリティカルヒット!
オーバーなリアクションで膝をついて沈み込むキリシマであった。
「――お嬢様の扱い方を理解している!」
「「えぇ~……」」
だめなおねえさんですわ!(後におもしろだめなおねえさんにグレードアップ)