金魚の影がたゆたう灯籠や、鮮やかな白滝の中を優雅に登り泳ぐ鯉が龍に転じる様を描いたふすまが目立つ畳張りの和室。
ここはフォース『天地神明』のフォースネストである『天地神社』の一室である。
家具によって彩られたそこは豪奢ながらも、神秘的な雰囲気を両立していた。所謂、高級感につきまとう嫌味がないのである。
元々は小さな神社であったのだが、フォースメンバーの一人であるマミが、フォースネストの改装・改築を請け負う工務店の経営者ダイバー『シモダ』と協力し、幾度となく改修されたことにより、今では神社と一体化した旅館めいた施設として機能していた。
ガラリと気味の良い音を立てて、ふすまが開かれた。
銀色の髪を揺らして、狐耳の少女が現れる。
彼女こそ天地神明のサブリーダーを務める個人ランク11位――即ち、ワールドランク11位に座す上位ダイバーの一人にして、12位の『レイブン』、13位の『クオン』らとともに『二桁の壁』の最難関として数えられている存在――クーコであった。
「おや、テンコ様は?」
室内を見回しつつ、いつもならのんべんだらりとしていするはずのテンコの姿が見当たらないことに小首を傾げた。
「あー、テンコちんなら、さっきマミと一緒に出かけたけど」
その背後で、クーコの疑問に答える声があがった。
振り向けば、そこには薄く日焼けた肌に赤い紋様を描き、金色と茶色の間の色合いの長髪を垂らした、クーコと同じ狐耳を生やした高長身の人狐の女性ダイバーが小さなあくびをしていた。
「イヅナ、それは本当ですか?」
「うぃーす、ほんとーだぜーぃ」
イヅナと呼ばれた人狐のダイバーは、赤を基調とした丈の短い巫女服を現代風にアレンジしたものを揺らして、ひらひらと手を振る。
イヅナ。
天地神明の『目』にして、メンバーの中で最も軽薄な性格をしたダイバーだ。
故にテンコやクーコには似合わない罠に頼ることを是とし、自身は戦場のどこそこに隠れ潜みながら相手を手玉にとる姿から『赤い外道狐』と呼ばれている。
相手の攻撃の尽くを圧倒的な防御力で無力化してくる『緑の畜生狸』ことマミと並んで『天地神明のマルちゃん』として恐れられていた。字面は可愛らしいのだが。
「しかし珍しいですね。マミと一緒にとは」
「それなー。マミなんか普段は金勘定ばっかで、外に出て歩くなんて稀だしよー」
「そうですね。テンコ様とご一緒とは……羨ましい」
「あ、そっちー?」
「何か用事もあったのでしょうか。それなら私の言って下されば喜んで付いていったのに……。ああ、これがつまりは嫉妬というものですね。けしからんです。けしからん……」
ぶつくさと呟くクーコに、イヅナは呆れながら肩をすくめる。
天地神明の中でテンコと最も親しいのはクーコと、最近復帰したリュウセンくらいのものだが、クーコのそれは何と言うか、すこし過保護に近しいものがあった。別の言い方をすれば、憧れが強い、とも。
実際に過保護というわけではないのだが、雰囲気がそう思わせるのだ。
ただでさえ神々しいと呼ばれて近づきがたいテンコの傍にクーコを置けば、普通のダイバーなら恐れ多くて近づけない空気となってしまうのを、イヅナは知っていた。
テンコも別にクーコが嫌いなわけではないが、そういった悪癖については些か困り顔を浮かべていたことを思いだす。だから、テンコが代わりにマミを連れ立って出かけた理由も解るつもりであった。
……それに、今日の目的が目的だからねー。
「クオンちんのさー」
イヅナの何気なく発した言葉に、クーコの狐耳がぴくりと動いた。
クーコにとって、クオンは完全にライバルの一人であった。向こうがどう思っているかまでは解らないが。
会えばマウントを取り合うが如く戦績を自慢したり煽り合ったり、それですわ喧嘩かと思えばテンコの魅力について語り明かしたりと、仲が良いのか悪いのか解らない、曖昧な関係である。
当人たちがどう思っているかは不明だが、少なくともイヅナを含む他のメンバーは喧嘩するほど仲が良い間柄だと思っている。
そう思えばこそ、クオンというダイバーの存在は、どことなく閉鎖的だった天地神明に良い意味での一石を投じてくれたものだと、イヅナは考えていた。
そして、そんなクオンの名を聞けば、クーコはほぼ必ず反応するのだ。
「クオンが、なんです?」
「あー、いやー、クオンちんの作ったミッション、あるじゃーん?」
「ああ、あれですか」
クーコが眉根に皺を刻んで、普段よりもいっそう渋い顔を作る。
クオンの作ったミッション。
正しくはクリエイトミッション『終末を喚ぶ竜Ver2.0』のことである。
6つのステージから成る連戦形式のミッションで、最終ステージにて待つ終末を喚ぶ竜――ジャバウォックver2.0を撃破することがクリア目標として設定されている。
推奨ランクはB以上とあり、第一ステージはCランクでもクリアできたという情報から一見して簡単そうにも思えるが、実情はまったく異なる。
ランク詐欺。そう呼ばれるほどに難易度が高いのである。
イヅナも、クーコも、一応は挑戦し、クリアした猛者であるが、もう一度やりたいかと訊かれればイヅナは即座に首を横に振るだろう。
それほどまでに、難易度が高いのである。因みに、イヅナの場合はフォースメンバーのキンコとギンコの二人とチームを組んで挑んでみたが、59分ギリギリのクリアであった。今にして思い返せば、あの二人のミノフスキー大爆発が決まらなければ、失敗していただろう。
クーコはそんなミッションを何度もソロでクリアしており、クリアタイムも最近では15分を切ったらしい。それでもチャンピオン『クジョウ・キョウヤ』の7分台や、噂では第8回ガンプラフォースバトルトーナメント優勝者の新規アカウントではないかと囁かれている『ムラサキ』の10分台の記録には遠いと嘆いていたのだから、世界とはよく解らないものである。
「あれに挑みたいってことでさー」
「テンコ様がですか?」
「んにゃ、どっちもー」
「ほぅ、マミも、とは」
「あいつのことだから、クリア報酬金目当てじゃないじゃないかなー」
「……我々の現状、資金は十分では?」
クーコの疑問に、イヅナは人差し指を左右に振った。
「チッチッチ、わかってないなー、あんたもー」
「はぁ……?」
「よいか、クーコちんよー。お金は、たくさんあっても困らないんだぜーぃ」
「それは……そうかも知れませんが」
「真理真理ぃ~」
両手でピースサインをしながら、ニヒヒヒと笑う。
「ところでー、クーコちんは、テンコちんに何か用でもあったん?」
「えぇ、私を経由してテンコ様宛に届いたプレゼントがありまして」
言って、メニューパネルを操作し、ストレージを展開する。
何もない中空に、ぽんっという軽いSEとともに可愛らしいワンピースが出現した。
大方、以前行われたクオンの登録者6万人記念配信をきっかけにして贈られてきたものだろう。
あの配信以降、クーコに着せたいものという名目で、実際にはテンコに着せたいであろうサイズのものまで贈られてくるようになっていた。
イヅナは貰えるものなら貰っておこうの精神で容認していたが、この前、贈られてきた歴代仮面セットのチョイスは正直どうなんだろうかとも思ったりもしたのだが、思いの外テンコが気に入っていたのは意外だった。
「……で、それを着せたいがためにー?」
「はい」
「即答かよぉ……」
「ちなみに貴女の分もありますよ」
「はー? ……なんでぇ!?」
「一部では『ギャルきーつね』と呼ばれているそうですよ。それで、そういう層に人気だとか」
「わーぉ……まーじぃー?」
「マジです」
ほらこれ、と長身のイヅナに合わせて選び抜かれた数着の衣服が次々と取り出される。
セーラー服だったりサマースクールのシャツだったりナース服だったり思い出の夏祭りセットだったりと様々だ。
積まれていく衣服と、積んでいくクーコを交互に見ながら、イヅナは今すぐにこの場を離れないと酷い目にあうかもしれない――否、酷い目にあうのだと直感した。
軽薄な笑みを浮かべて、後頭部をカリカリと爪先で掻き、表面上は申し訳なさそうに、しかし裏面ではできるだけ悟られぬように平静でいることを意識しながら、わずかに後退りつつ、何時ものように軽い口調で落ち着いた風を装い、言った。
「ごめん、ちょっち急用思い出したから――」
「着ましょう」
「いやー残念だなー、それじゃうちはこの辺で――」
「着ましょう」
踵を返して、踏み出そうしたところで、強く肩を掴まれた。
「ちょっ、力つよっ」
「着・ま・し・ょ・う」
「ひぇ」
思わず振り向いたイヅナは、短い悲鳴を上げた。
不愛想な面のクーコが間近に迫っていたからだ。
そこでイヅナは気づいた。不愛想な口元が、ほんの少し上を向いて歪んでいたことに。
その日、イベント告知以外では殆ど動かない天地神明のアカウントからGBNのSNS機能に、様々な衣装を着せられ、顔を紅葉の如く染めて目元を隠したイヅナのスクショが投稿されたことで、一部でちょっとした盛り上がりを見せたのだが、それはまた別のお話。
「ふむ、これはこれで……」
「いーや、よくないからぁ! クーコちん、あんたほんっと変に軟派になってきたねー!?」
息抜きでは紹介を兼ねて様々な外伝キャラの短編を描いていきますわ。
【イヅナ】
赤い紋様を描いた薄く日焼けした肌と、金色と茶色の間の色――クリーム色の長髪の狐耳ダイバー。
180㎝の高身長で、赤を基調とした丈の短い現代風巫女服を着用。
軽薄な性格ではあるものの、気ままなマミと違って、言われたことはさり気なくきっちりやるタイプ。外見は狐だが、内面は猫にみせかけた犬と揶揄される。
天地神明の目――即ち、索敵を担当している。
自身はフィールドのどこかに身を隠して、索敵と罠で相手を翻弄することを得意としており、その様子から『赤い外道狐』と呼ばれている。
索敵担当だが、少数精鋭の天地神明に所属しているだけあって、戦闘能力は割と高い。
クオンのクリエイトミッション『終末を喚ぶ竜ver.20』を、チームを組んでの挑戦であったとはいえ、ギリギリでクリアできた程には高い技量を有する。
リアルでは『センボンギ・レオナ』という名前の女性。
漢字表記で『千本木・怜王奈』。キンコとギンコとは姉妹である。
一人称は『あちき』 二人称は『あんた』『〇〇ちん』
マミ、キンコとギンコだけは呼び捨て。
【外道飯綱丸】
バウンドドックをベースにしたガンプラ。
九尾の狐をモチーフにしており、赤と黒に彩られている。
背面部に九尾をイメージしたガンバレルの改造武装『サイコミュポッド』を9基装備し、これは攻撃目的ではなく索敵と妨害に特化した性能を誇る。
砲身の代わりに高性能ガンカメラと、強力な粘性と電離化によって相手の機動や武装を無効化する特殊繊維『天網』の噴出口を内蔵している。
また外付けではあるが、ビーム発振器を備え付けられており、ビームシールドによる防御を行える。
またビットにプラ材で造形したパーツを継ぎ足してプチMS風に改造した『式神ビット』を搭載しており、サイコミュポッド同様にサイコ・コントロール・システムによって遠隔での精密な操作を可能としている。
それ以外は元のバウンドドッグの装備のままだが、少数精鋭の天地神明に所属しているだけあって、本体での戦闘能力も割と高い。
ただし索敵特化であるため、本来ならば直接的な不向き。
【ムラサキ】
薄紫のカラーリングを施されたマンダラガンダムの改造機『キラメキガンダム』を愛機とする謎のダイバー。
クオンのクリエイトミッション『終末を喚ぶ竜ver.20』を10分台でクリアするなど確実な技量を有する。
相手の背後を取り、アンブッシュめいたバトルスタイルから第8回ガンプラフォースバトルトーナメント優勝者『キラルラ☆パープル(略してキラル)』ではないかと噂されているが真偽不明。