▼ガリアムス様の二次創作『ガンダム:ビルドライジング』よりアズキさんをお借りさせていただきましたわ。お礼を申し上げます。▼
ビュゥ、と電脳空間に春の風が吹く。
厳密にはGBNには季節というものはない。あるのは、そう設定されて移ろいゆく景観だけだ。
そこに季節という風情を感じるのは、人間としての神経を繋げたままのダイバーならではの知覚によるものであろう。
「気分はまるで五条大橋だな」
呟くのは、一人の女性ダイバー。
ダイバーネーム『マヒル』。
フォース『北宋の壺』のサブリーダーにして、今や個人ランク90位に座する二桁の魔物の一人。
そして、フォースリーダーであり、個人ランク4位――一桁の現人神の一柱とされる『テトラ』とはGPDの頃から何度もぶつかり合った幼馴染的存在でもある。
マヒルは黒髪を後ろ手に結んだポニーテールを揺らしながら、腰には大小を差し、道着袴めいた白と紺の地味目ながらシンプルな意匠の和装をしていた。
そんな彼女は現在、日本サーバーに在る、とあるディメンションの一角に訪れていた。
いかにも和風といった趣の空間で、夕焼けに照らされた桜の木が咲き誇るそこは、通る者の目を楽しませることだろう。
しかし、今のマヒルにその景観を楽しむという心持ちはない。
「MS斬りの悪魔、か」
自身の目的を再確認するように呟く。
今回のマヒルの目的な、最近巷で噂の『MS斬りの悪魔』に挑戦することにあった。
曰く、『逢魔が時に現れる悪魔のような容貌の辻斬り』。
曰く、『太刀一本のみという潔い武装で斬れないものなどあんまりない』。
曰く、『面白半分で挑んだ知り合いのダイバーが一瞬で武器諸共バラバラにされた』
そういった噂が一部のダイバーたちの間でまことしやかに囁かれていたのだ。
マヒルも噂を耳にした一人だが、何も面白半分、興味本位で挑戦しに来たわけではない。
「……追いつけるだろうか。自分は」
赤く彩られた大橋を目の前にして、ふとそんなことを呟く。
思い浮かべるのは一桁へと到達した親友の姿。
手を伸ばせども、足を前へ動かせども、届くことのない、その背中。
足掻けども、登れども、二桁に入って解る壁の厚さ。
いつか肩を並べていたはずの親友の隣に並べなくなったという苦悩。
何度バトルを重ねても、そんな迷いや不安は晴れることはなかった。
それからもずっと、暗闇の中に一筋の光を求めるようにバトルを繰り返してきたのだ。
しかし、それでも胸の内で膨れ上がった居心地の悪い気持ちはなくなりはしなかった。
「だとしても」と何処かに期待を隠しては、マヒルはこの
「いや、よそう。考えすぎてはただの毒だ」
そんな止め処ない思考を遮るように、マヒルはかぶりを振って大橋に足を踏み入れた。
既に夕陽は地平線の向こう側にその顔を半分も隠しており、星の輝きが目立ち始めた空に夜の帳が降りてきていた。
ボッ、ボッ、ボッ。
大橋の両側に備えられた灯篭の群に火が灯る。
「大橋と言うだけはある」
改めて見ると、橋はあまりにも大きかった。
緩やかに湾曲した和風情緒漂う赤塗りの橋は、ダイバーが通るにはあまりにも太く、厚く、そして広かった。モビルスーツの一機や二機程度なら、余裕で並べそうなほどに。
「ん?」
中央に差し掛かった頃、マヒルはそこに佇む人影を認めた。
近づいていけば、それが和装の女性ダイバーであることが解った。
長い黒髪の、腰に刀を佩いて、艶やかな袴と着物を纏った、大和撫子のようなダイバーだった。
近づくにつれ、向こうもマヒルの存在に気付いたようで、真っ直ぐに伸びた背を動かして立ちはだかるように前に歩み出る。
「迷い人――ではないようだな」
鈴の音のような、しゃんとした美しい声音だった。
「ああ。ここに出ると言う、MS斬りの悪魔に用があって来た」
「ほぅ?」
マヒルの言葉を聞いた途端、女性ダイバーの纏う雰囲気ががらりと変貌した。
それを察して、マヒルは周囲の空気が粘り気のある緊張感へと変わったのを感じた。
「どうやら、話が早いようだ」
「そのようだな」
ニュアンスこそ違えど、どこか似た口調の二人。
「やるか」
「やろう」
そういうことになった。
コントロールパネルを展開し、互いにガンプラを呼びだす。
電子の空間からエフェクトとともに現れたるは二体の絡繰仕掛の人型。
女性ダイバーの背後――マヒルの眼前に降り立ったのは、朱に染めたガンダムバルバトス。
その第二形態をベースに改造したであろう、武士のようなガンプラであった。
見た限りで確認できる武装は太刀のみ。噂通りならば、それ以外はないはずだ。
対してマヒルのガンプラは――いぶし銀と黒に塗り分けたギャン・クリーガーを和風に改造したガンプラ。
ミサイルシールドを薄く削り、形を整えて三度笠に改修し、頭部に被らせたのが特徴的な、武者というよりも流れの剣客のという言葉がよく馴染むシルエットをしていた。
『自分の名はマヒル。愛機の名は
『構わんよ。私はアズキ。そして、バルバトス・
『ありがとう。それでは、アズキ殿』
『ああ』
無頼ギャンが左腰に取り付けた鞘入りの刀の柄に左手を添える。
バルバトス・武も太刀を構えた。
『いざ――』
『尋常に――』
一拍。
『『勝負!』』
声が、重なる。
先に動いたのは――無頼ギャン。
右腕を自然体に動かし、三度笠を取り外すや否や、バルバトス・武に向かって投げた。
回転しながら迫る三度笠を、アズキはバルバトス・武の躯体を僅かに捻ることで、最小の動作で躱す。
『むッ』
三度笠に追従して、無頼ギャンが懐に踏み込んでいた。
右腕は既に左腰に取り付けられた刀の柄を握っている。
……いつの間に!?
悠長に考えている暇はない。
バルバトス・武は下段に構えた太刀を斬り上げる。
ガキィン!
金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。
バルバトス・武の一撃を、無頼ギャンは刀を抜くことなく鞘入りのまま受け止めていた。
『鞘で受けるかッ!』
『斬るは須臾の内ッ!』
ぞわり、とアズキの背筋を悪寒が奔る。
即座に足先で大橋を突くように蹴って、無頼ギャンから距離を取った。
瞬間、バルバトス・武の眼前を雷のような光が迸った!
それは鞘から引き抜かれた雷光。鈍い黄色がかった青白い刀身をもつ刀。
ビームサーベルと言うには容易いが、アズキの直感がそれだけではないと脳内でアラートを告げる。
『今の斬り上げ、良い一閃だ。構えと重心の動きから見て、新月流か?』
『……ただのビームサーベルではないようだな』
冷や汗が額を伝う。
姿勢を整え、ふたたび太刀を構える。
……あとほんの一寸、遅れていれば危なかった。
パネルに表示された機体へのダメージを確認する。
バルバトス・武の胸部装甲が――裂けていた。
薄皮一枚ほどの微々たる傷であるが、ビーム属性を軽減するナノラミネート装甲ならば、ビームサーベルの一撃ではこうはならない。
それだけで、無頼ギャンの持つビームの刀がただのビームサーベルでないのだと判断するに十分であった。
その間にも無頼ギャンは雷光を鞘に収め、左腰に添えて構える。
『抜刀……居合術か』
『然様。是こそは真久部流剣術、須臾の型』
『真久部流? いやしかしそれは……まさか失伝したはずの流派に、此処で出会おうとは』
『しからば、とくと味わうと良い』
『見せられればなッ!』
次に動いたのは、バルバトス・武であった。
先ほどとは違い太刀のリーチを活かした踏み込みからの刺突!
マヒルが――無頼ギャンが居合による剣戟を得意とするのならば、それに必要な型を封じればいい。
鞘で受けた無頼ギャンを認識し、踏み込みから流れるような動作で右腕を狙うように太刀を振るう。
斬る。
突く。
払う。
三つの攻勢を組み替えながら、人のような柔らかなマニューバで攻め立てる。
それは武術のにおける『型』を繋げての連続する攻勢。
水のように流れ、火のように攻める舞うが如き連撃。
それでも致命打には至らない。
一撃、一閃が全て鞘によって防がせ、あるいは受け流されていく。
先ほどの居合を警戒すればこそ、隙のない連続した攻撃に偏っていることを見切られているのだと気づくのに、時間はさほど要さなかった。
『はぁぁぁッ!』
裂帛の気合とともに、上段から放たれた斬撃が無頼ギャンをズザァっと後ずらせた。
あれだけの斬撃を受けてなお、鞘は欠けるどころか、そこに傷の一つも残していなかった。
否、あらゆる一撃は絶妙な角度を以て防がれていたと思えば、それも当然のことであるのだろう。
アズキの身体がぶるぶると震えた。恐怖による生理現象ではない。
それは、まだ己が知らぬ未知たる強敵を目の前にして発生する武者震いであった。
『抜く隙がない、か』
『あれだけを受けて、鞘にヒビの一つも入れられぬか』
『何と鮮麗なる太刀筋か!』
『何と神妙たる見切りか!』
『故に――』
『なればこそ――』
構えが、変わった。
無頼ギャンは深く腰を落とし、辞儀をするように頭を下げた。
バルバトス・武は太刀を大上段に構え、正面からでは認識できないほど切っ先を垂直に保つ。
互いに次の一手で勝負を決める気であった。
構えてから、時が停止したかのように両者の動きがピタリと止まる。
傍から見れば不可思議な光景であるが、二人にとっては不可思議なことはない。
機を窺っているのだ。
先に動くか。
後に動くか。
それだけの――そんな些細な差でさえ、勝敗を分けるのだと、知っているからだ。
ビュゥ、と二人の間を春の風が吹き抜けた。
風が桜の花びらを散らせ、その軌道に乗せて空へ舞い上げる。
はらりと落ちた一片の花びらが、大橋の下を流れる川に落ちて流されていく。
川から突き出た岩肌にぶつかり、飛沫とともにふたたび空中に打ち上げられ、波のようにせり上がった水に呑まれた。
ザバァ!
よほど耳を澄まさなければ聞こえないような、桜の花びらを呑み込んだ川の音が――合図となった。
『きえぁぁぁぁぁぁッ!!!』
奇声にも思える鬼気迫る叫び声をあげ、無頼ギャンが動と化して駆けた。
全身に仕込まれた前へと加速するためのスラスターを全開放し、大橋を削って真っ直ぐに往く!
その姿を認識しても、バルバトス・武はじっと動かずに、構えたままでいた。
迫りくる無頼ギャンを前に心を落ち着かせ、静と化していたのだ。
ただ、待つ。
距離が縮まる。
動の圧がバルバトス・武を打ち、静の圧が無頼ギャンを打つ。
身を覆う空気が粘滑に、時の間と間の須臾が永遠にも感じられた。
それでも――
『い・ま・だぁッ!』
その瞬間は訪れる。
迫る無頼ギャンに合わせて、大上段に構えた太刀を振り下ろす!
瞬間と瞬間を捉えた、まさしく絶好のタイミングだった。
無頼ギャンは鞘から雷光を引き抜くよりも早く、バルバトス・武の一閃がその身を真っ直ぐに両断――するはずであった。
『ッ!?』
刃の切っ先が届くあと僅か一寸の距離で、無頼ギャンが右脚を突き立てるように踏み込んだのだ!
急ブレーキ、というやつである。
それまでの加速による負荷が右脚に一挙に押し寄せ、関節が嫌な音を唸らせ、スパークを上げる。
バルバトス・武の渾身の斬撃は、無頼ギャンの顔面を通り過ぎ、肘装甲を掠めて、後はただ空を斬ったのみであった。
『な・ん・だ・とッ!?』
一瞬、理解が状況に追いつけなかった。
稲妻が迸る。
鞘から放たれた雷光がバルバトス・武の胴体に届いた。
ナノラミネートが瞬時に蒸発し、装甲を紙のように断ち切る。
アズキのコックピット内では致命傷を訴えるアラートが鳴り響き、ダメージ表記が赤を示す。
内部にまで入り込んだ雷光の灼熱がフレームを融解させ、バルバトス・武の命を奪っていく。
勝敗は決した。
『――否』
違う。まだ。まだだ、とアズキの身体が、腕が、指が、無意識に動き、入力された意思に応じるようにバルバトス・武のツインアイがひと際まばゆく輝いた。
『な・ぬッ!?』
薄皮一枚で繋がった状態のバルバトス・武の右腕が、動いた。
その数瞬はマヒルにとって予想だにしなかったものであった。
返した刃が振り上げられ、勝ちを確信して隙を晒していた無頼ギャンの胸部に深々と突き刺さる!
それはアズキ自身にとっても意外な一撃であった。
完全な意識外の挙措。無意識のうちに行われた反撃。
即ち――
そして、その一撃を以て、バルバトス・武のツインアイが光を失い、ついに力尽きた。
同時に無頼ギャンもまたモノアイを数度、点滅させて、ぐらりと膝を突いて動かなくなった。
僅かに前に傾いだ両機の躯体が、まるで支え合うようにしてその機能を完全に停止させるのと同時、バトルの終わりが告げられる。
それからマヒルと、アズキの目の前に、引き分けを報せるメッセージが表示されたのだった。
⁎
「アズキ殿。見事な一撃、感服である」
「マヒルこそ、あの瞬間に踏み込んで機体を止めてみせるなど思わなんだ」
「たたらを踏んでいれば、頭部から真っ二つであったがな。無頼ギャンには無理をさせた」
「私もだ。意識しえなかったとはいえ、バルバトス・武には無茶をさせてしまった」
バトルが終わり、傷ついた愛機から降りた二人は互いに健闘を称えていた。
戦闘の跡が残る大橋の中央で腰を降ろし、星々の輝く夜空を頭上に朱の盃を交わしながら。
乾いた喉を潤すように酒を流し込む。
二人が飲み交わしているのは度数が低い『香雅里』と銘打たれた日本酒で、芳醇な香りと、舌の上で広がり、胃に沁みる濃厚な甘さが特徴的な日本酒である。
リアルならばアルコールやら糖質やら何やらを気にする必要があるのだが、GBNではそういったものに気を遣うことなく味を楽しむことができるため、感覚的フィードバックが鮮明なった昨今、自然とこういった嗜好品の品質が良くなっていたのだった。
「……さて、自分はそろそろ去るとしよう」
「む、もう行くのか? もう少し話していたいが……」
飲み干して空となった盃を仕舞い、マヒルが立ち上がる。
座したままのアズキは彼女を見上げる形で、唇を尖らせた。
失伝されて久しいと聞いていた真久部流の使い手と知り合えたのだ。もう暫く話をしたいというのが、剣士としての偽りのない気持ちであった。
「何、互いにGBNにいると知れたのだ。また会うこともあろう」
「そういうものか。……いや、確かにそうだな」
フッと短い笑いを零し、アズキも立ち上がる。
盃を仕舞ってからマヒルを見ると、コントロールパネルを開いていた。
指先でツイっとパネルの表面をなぞると、アズキに向かって手紙のようなアイコンが飛んできた。
「自分のフレンドだ。これも何かの縁かと思ってな。不都合がなければ、登録しておいてほしい」
「む、これはありがたい」
「リアルでの都合上、普段はあまりこちらに長居できない身ではあるがな」
「構わんさ。学べるものもあったことだし、何より真久部流については訊きたいことが沢山ある」
「自分もだ。次こそは新月流の奥義の全て、この身で体験してみたいものだ」
「ハハハ、そうか!」
「ああ。それではな、アズキ殿」
「また会おう、マヒル」
いずれまた相まみえよう。
最後に握手を交わし、マヒルはログアウトの表示を押す。
去り際に見せた彼女の表情は、夜の中にあってどこか晴れ晴れとしたものであった。
新年あけましておめでとうございますわ。
皆さま、これからもお付き合いよろしくお願いいたします。
【アズキ(ガリアムス様『ガンダム:ビルドライジング』より)】
長い黒髪に艶やかな和装と大和撫子然とした女性ダイバー。
『MS斬りの悪魔』の異名で呼ばれ、武装は刀一本のみという潔い装備のバルバトス・武を愛機としている。
マヒルと戦った時期はケイと出会う前であり、フレンド登録はしたものの、中々都合がかみ合わず、再会できないでいる。
バトル後はまだマヒルがテトラのフォースの一人であること、二桁の魔物であることを知らなかった。
【マヒル(ソバエ・マヒル)】
フォース『北宋の壺』でサブリーダーを務めている女性ダイバー。
凛然とした黒髪ポニテという王道スタイルで、道着袴めいた地味目ながらシンプルな白と紺の和装。
一人称は『私』『自分』
二人称は『お前』『貴方』『其方』『~殿』『~さん』など。
妙に古臭い、時代劇がかった口調が特徴。
生真面目だがカップリング談義になると熱く語りだすオタク気質な一面がある。
個人ランクは90位という二桁の魔物の一人。
フォースメンバーで一桁の現人神の一柱『テトラ』とはGPDからの幼馴染で、それによってマヒル自身の潜在能力も高いものとなっている。
また同メンバーである『K5』の元で同棲している。
現在はギャン・クリーガーの改造機『無頼ギャン』を愛機としている。
正式な名称は出てこなかったが『須臾迅雷』と名付けた超高出力のビームサーベルの刀を武装としており、それ以外の武装は存在しない。
三度笠のミサイルシールドも、ミサイルをオミットし、三度笠兼シールドという役割に徹底している。
抜刀術――所謂『居合斬り』を戦術に組み込んでいる。
彼女のそれは『真久部流』と呼ばれる、既に失伝されて久しいと思われていた流派の技である。
【真久部流】
かつては「まくべ」と名乗る謎の流離いの風来坊から始まった流派。
剣術、柔術を始めとした複合的な武術によって遠間とゼロ距離を支配するという「読み」と「詰め」に重きを置いた型を基礎としていたという。
近年においては一部の資料にその流派こそ記されているものの、肝心の真久部流に関するものは発見できず、失伝されたものと判断されてしまっている。