0.『前夜』
「へぇー、それじゃあアズマさんもGBNデビューのためにガンプラを?」
「はい。久しぶりですので、最近のガンダムは解らないのですが」
「えっと、SEEDくらいまででしたっけ?」
「そうです。全てを網羅しているわけではありませんが。アストレイまでは一応」
「それでゴールドフレームなんですね!」
「ええ、良いですよねアストレイ。ですが、今は特にこの――」
未開封のガンプラ箱に視線を落とし、
「開ける前のワクワク感に勝るものはなく」
「「わかります!!!」」
アズマはビルドゾーンで出会った二人の少年と会話を弾ませていた。
一人の名前はミカミ・リク。
中二になったということで念願叶ってGBNデビューすることになったという。
好きを好きだと素直に語るその姿と、真っ直ぐな眼差しがひどく眩く思えた。
もう一人の名前はユッキーことヒダカ・ユキオ。
リクの友人である少年で、豊富なガンダム知識を有し、その語り口からも熱烈なガンダム愛を感じることができるほどだ。
少し離れた所ではナナミは三人の様子を微笑ましく見守っていた。
因みにアズマはフルネームでの自己紹介はせず、単に「アズマ」とだけ名乗ったのみだが、三人とも気に留める様子はなかった。
「そういえば」
トマトを齧りながら片手で手際よく組み立てるアズマを見ながら、リクがユッキーに問う。
「ユッキーは、使うガンプラどうするの?」
「んー。僕はジムⅢで行こうと思うんだ」
「あぁ、それって前にうちの店のコンテストで入賞してたやつ?」
ナナミの言葉にユッキーは「うん」と頷いた。
「初めて賞を貰ったガンプラだし、思い入れもあるから。あれを改造して使うつもり」
「あれカッコよかったもんなぁ~」
「――気になりますね。そんなにカッコよく?」
「それはもう! 凄かったですよ、ユッキーのジムⅢ!」
えへへ、と照れて頭を掻くユッキー。
「そ、それよりさ」
褒め殺しには敵わないとばかりに、話題を変えようとする。
「リッくんもそうだけど、アズマさんもどうするんですか? 改造のほう」
改造。
その二文字にリクは「ん?」と小首を傾げ、アズマは作業の手を止めた。
「――特に考えていませんでした。リクさんは?」
「うーん、俺もまだそこまでは」
「装甲とか武器パーツのちょっとしたミキシング、色替えだけでも自分のオリジナルっぽくなるよ。機体性能も変わるらしいし」
ユッキーの説明に、二人は一度互いの顔を見合わせ、トマトを齧った。
「これは課題ですね」
「ですね」
アズマの言葉に、リクは苦笑した。
「あのー」
ここでナナミが口を挟んだ。
「さも当たり前のようにやってるけど、アズマちゃん、片手で組み立ててるの凄くない?」
「えっ?」
「あっ、そういえば!」
「あまりにも自然体だったから!」
そこから再び、賑やかな時間が始まった。
⁎
「わかりました。わたくしの方でも調査をしてみますわ。――えぇ、それでは」
電話越しでの会話を終えて、キリシマは戻りの道を辿っていた。
そこで何を思ったか、僅かに顔を上げて、天上を見やる。
それはキリシマが過去を回想する際に必ず挟む動作であった。
⁎
思い出すのは小学校の頃。
まだフローレンス工業が小さな規模だった頃。
あの頃のキリシマは今ほど活発ではなく、どちらかと言えば大人しい子供であった。
誰ともつるまず、外で遊ばず、かといって読書を嗜むということもしない。
ただ己の中の理想を絵として描きだし、それを粘土や紙を使って形にするだけの日々。
それがキリシマにとっては堪らなく至福の時間であったのだ。
『キリシマちゃんは、みんなと遊ばないの?』
同級生にそう言われた時、キリシマは理解できなかった。
「これが一番、楽しいですので」
『でも、おかしいよ。みんな友達と遊んでいるのに。ずっとそればっかり』
「――どうして、態々あなたたちと遊ばないといけないの?」
『だって、いつも一人で、普通じゃないもん』
『いっつもいっつもお絵描きとか粘土ばかりじゃない。そんなのつまらないよ』
「わたしは楽しいからいいのよ」
『楽しくないよ』
『可愛くないよ』
「そんなことっ」
今にして思えば、そんなものなのだろうと思う。
それが子供――小学生の感性だ。
結局、あのまま口論になって、取っ組み合いになって、結果――独りになった。
先生にも迷惑をかけたし、親にもこっぴどく叱られた。
幸運だったのは、キリシマの好きが否定されることはなかったことだろうか。
けれど、大喧嘩の後に自覚したのは、寂しさであった。
考えている時は楽しい。
描き出している時も楽しい。
作っている時はもっと楽しい。
完成した瞬間はものすごく嬉しい。
けれど、風通しの良い寂しさが一陣、胸を吹き抜けていく。
どんなに出来の良い理想が実現できても。
どんなに満足のいく夢想が形作れても。
キリシマの胸は充たされることはなかった。
認めたくはなかったが、きっとそれは好きを共有できる存在が周りにいなかったからだろう。
……そう、あの時までは。
出会いはいつだって突然だ。
何時も通り、独りで考え、描き出し、形作る。
そんな慣れ親しんだ日常。
けれど、その日は気分を変えて、少し道草をしようと思った。
何時もは通らない道を選んで、何時もは行かない場所に着く。
その先に在った小さな模型店。
名前は何と言ったか、憶えてはいない。
けれど、そこに飾られていた物はよく憶えている。
RX-78 ガンダム。
キリシマはすぐに心を奪われた。
幼心に出来栄えや細かいところなどはまだ解っていなかったが、それでもソレが素晴らしい完成品であることは直感で理解していた。
『だれ?』
窓に張り付かんばかりに食い入って見ていたのがバレたのか、模型店の扉が開いた。
そこから顔を覗かせ、尋ねたのはキリシマと同じくらいの女の子。
「わたし、キリシマ! コンゴージ・キリシマって言うの!」
『え、あ、うん。そうなんだ』
ハキハキと名前を紹介したキリシマに、女の子は一瞬たじろいだ。
「あの、これ! この白いの!」
『――ガンダムのこと?』
「それですわ! これ、あなたが!?」
『う、うん……』
「すごいわ! すばらしいわ!」
『そ、そうかな?』
「ええ! そうですわ! ねぇ、あなた、お名前は?」
キリシマの勢いにおっかなびっくりな反応をしつつも、女の子はどこか満更でもないような表情で照れながら、自身の名前を告げた。
『――アズマ。
それがアズマとの最初の出会いであった。
⁎
『THE GUNDAM BASE』に戻ってきたキリシマは、慣れた足取りでビルドゾーンにやって来た。
「アズ――」
名前を呼んで踏み込もうとし、思わず隠れてしまった。
何故なら――
「それで、ここからが盛り上がるところで!」
「ユッキー! ネタバレ! そこネタバレだから控えめで!」
「むむむ、平和のために武力を行使するCB……確かに見方によっては正義かもしれませんね」
「矛盾しているからこそ、ファーストシーズンは彼らの動向が気になるんですよ」
「そうそう! 特に世界三大国が団結して行う大規模なガンダム鹵獲作戦なんかは――」
「ユッキー!? そこもネタバレになっちゃう勢いだから!」
見知らぬ少年二人と会話を弾ませているアズマの姿があった。
その瞳には若干ではあるが光が宿っていた。
それを見て、キリシマは物陰に隠れたままほくそ笑んだ。
「フフ、アズマもああしていれば、ちょっと表情の硬い少女ですわね」
完全に後方保護者面である。
ここで下手に自分も参加すれば、アズマはキリシマの後ろに隠れようとするだろう。
……あの子にはそういうところがある。
親しい誰かが傍にいると、アズマはその影に隠れがちなのだ。
人見知りするほど内向的というわけではないのだが。
「あ、戻って来てたんだ」
「うひゃひっ!?」
背後からいきなり声をかけられて 素っ頓狂な声を上げてしまった。
「な、ナナミ様!?」
「おかえりですわ~。用事は済んだの?」
「ただいまですわ。えぇ、済みましたの。あの子たちは?」
「ん? ああ、リッくんとユッキーのこと?」
「ですわ」
「二人とも旧知の仲でね、アズマちゃんと同じでGBNデビューするのですわ~♪」
「そうでしたの。それは奇遇ですわね!」
「混ざりにいかないの?」
「折角のGBNデビュー者同士ですもの。わざと経験者が割って入るほど無粋ではありませんわ」
「そんなものかな」
「そんなものですわ」
それに、と付け加える。
「あんまりわたしくしが傍に居ても、それはそれで妨げになることもありますし」
「ふぅーん。――何だか今のキリシマちゃん、お母さんっぽいよね」
「ブフゥっ!? ご、ご冗談をっ」
「アハハハっ」
思わず噴き出した。
結局、三人が解散するまで、キリシマはガンプラを見て回った。
その途中でユメサキ・エモと言う少女と知り合ったりもした。
⁎
屋敷という表現が実によく馴染むコンゴウジ邸に帰宅した二人は、それぞれガンプラの改造を行うために自室に籠ることになった。
パタン。
アズマは扉を閉じて、部屋の電気を点ける。
内装は壁一面に棚が敷き詰められ、模型やボトルシップが並べられていた。
ガンプラは殆ど置いていない。
唯一、作業机の隣に置かれたレトロ調の棚に、写真立てを挟むように数機のガンプラが飾られていた。
陸戦型ガンダム。
ジム・スナイパーEX。
リーオー。
SDクリスタルガンダム。
コンバットガンダム。
アストレイ・ブルーフレーム
アストレイ・ミラージュフレーム。
等々、いずれも何かしらの手を加えられたビルド機である。
アズマは作業机の上に買ってきたアストレイ・ゴールドフレームを置き、写真立てに視線を向けた。
写っているのは数人の青年。
小太りでのほほんとした笑顔を浮かべている少年。
赤髪で、照れ隠しか背を向けようとしている少年。
角刈りでガタイの良い、太い両腕を自慢気に挙げている少年。
眼鏡をかけた、少し疲れた顔色で小さくピースしている少年。
澄ました顔でサングラスを額に上げた銀髪の少女。
そして――ウェーブがかった桔梗色の、晴れやかに笑う少女。
「お姉ちゃん……」
硬い口調とは異なり、どこか幼さを滲ませる呟き。
視線をゴールドフレームに移し、ユッキーの言葉を思い出す。
……自分の、オリジナルですか。
脳裏に浮かんだ言葉を、しかしすぐに振り払う。
……私のオリジナルは。
「お姉ちゃんの――」
区切り、
「――姉さんが理想としたガンプラだから」
⁎
一方、キリシマは自身の机で組み上がったコルレルを眺めながら、考えていた。
「今回はどういったコンセプトにいたしましょう」
知る人ぞ知るコルレルだが、一般的にはマイナーモビルスーツの枠組みだ。
運動性を重視した細身のプロポーションは従来のモビルスーツとは一線を画している。
鉄血系で言うところのガンダムフレームよりもスカスカの腹部がとにかく目を惹く。
「ふむ。そうすると、鉄血風味に仕上げるのが楽しそうですわね!」
ガタリ。
椅子から立ち上がり、乱雑に積まれた雑誌の中から鉄血特集の物を引っ張り出す。
さらにガンプラの飾られた棚の中で『鉄血ゾーン』と名札が掲げられた段から組み立てられた三機のヴァルキュリアフレームを取り出す。
これらを参考に、鉄血風コルレルに改造しようという魂胆である。
目標は決まった。
「後は世界観を合わせて武装の選別と、――塗装は渋みがある方が断然らしいですわ」
ここまでくると興が乗る。熱が迸る。
「ヴァルキュリアフレームという設定を捏造して……」
開いたノートに理想図を描き、そこから実際のパーツを比べて擦り合わせていく。
「持ち前の機動力は落とさず、防御力は増やさず……フフフ、最高にピーキーですわね!」
抑えきれない笑みと怪しげな笑い声を零しながら、キリシマの手はどんどんと物事を進めていく。
描かれるのはヴァルキュリアフレームへと変貌したコルレル。
書かれた名称は――コルレル・
そして夜の帳が上がりゆく。
序盤辺りはがっつり絡む予定なのでご承知くださいませですわ!