薄暗い地下の牢屋から鼻歌が聞こえる。だが上から聞こえる音でピタリとそれが止まった。
「……………上が、騒がしいな」
何も見えない、だが耳は聞こえる。
呟くがその言葉に返す人間はここにはいない。看守は先程誰かに呼ばれて行ってしまったのだ。
──
別に懐柔して脱獄しようなどとは思っていない。ただ定期的に外の様子が知りたいだけだ。何も無いこの牢屋は暇すぎる。まあそれを訴えても何も変わらなかったが。囚人なのだから仕方が無い。だから毎日いる看守に話を聞いているのに、看守が懐柔されたと知るや否や変えてくるのだ。
ひたすらにここは暇だった。唯一の楽しみはやたらやって来る、年の離れた幼馴染の五条悟が来てくれることだ。彼が来るとシャワーも使わせて貰えるし、色んな面白い話もしてくれるしで、次はいつ来るのだろうと毎日ワクワクしていた。
1級呪詛師甘菜綴。
数多くの一般人を殺害した、特級呪詛師夏油傑の弟子。
それが甘菜綴のこの界隈での肩書きである。
──あー、そろそろ悟兄ちゃん来てくれないかなー? いい加減、背中痒い。
囚人の扱いは雑だ。食事も満足にできない日がある(別にそれは問題は無いのだが)。
上の喧騒は止まないが、綴はそれを聞いているのもだんだん飽きてきてまた鼻歌を歌う。確か幼い頃に五条と夏油と一緒に行った大きなテーマパークの曲だったはずだ。人酔いはしたがとても楽しかったので暫くはその歌を何度も2人に披露していた記憶がある。五条は暫くしたら飽きていたが。
その時、綴はこちらへやって来る知らない呪力を感じ取る。
「君が、甘菜綴?」
「……………そうだけど、あんた誰?」
この感じだときっと呪霊だ。この感じだと特級あたりだろう。
「俺は真人って言うんだけど……こっから出してあげようか?」
「なにが目的? 俺を外に出して何のメリットがあるんだ?」
しかしどうしてここに来れたんだろう。
ここは高専内。高専には五条がいるから、この呪霊がここにいるのはただただ違和感でしかない。
「
「は?」
五条悟とは、綴がよく知るあの五条悟のことだろうか?
あの五条を封印なんでできるはずがない。というか綴はしたくない。ここに来て、たわいもない話をしてくれるのは五条悟だけなのだから。
だが、封印を目的としている存在を綴は見過ごすことはできない。だからその計画の一端を知ろうとするのは当然だろう。
「……話なら聞くけど」
綴の考えなど呪霊はお見通しだったが、それを話しても問題は無いと判断する。何故なら綴に対する切り札はしっかりと用意しているのだから。
・
・
・
「獄門疆、ね。成程それなら悟兄ちゃんを封印できるかもしれないけど……でもそれってアンタらが想像してるよりもムズいと思うんだけど」
「わかってるよ。だから協力して欲しいんだ」
獄門疆、封印できない者はいないと言われるほどの強力な呪物である。しかしそれには様々な条件がある。普通の人間であれば封印できるかもしれないが、五条悟ならばほぼ可能性はゼロだ。というのが綴の見解である。
「勝てない勝負はしたくない」
キッパリと断ってやった。
ここでの生活は退屈だ。しかしそれ以上に、外での生活に魅力を感じない。夏油がいない世界で、いったい何をすればいいというのだろう。
夏油と同じように呪術師だけの世界を作る?五条に言われた通りに高専に下る?
どれも嫌だ。理由は単純、やる気がない。それにここを出たら出たで、五条が精神的にしんどくなるのは目に見えてる。だからどんなに劣悪な環境だったとしてもここから出る気は無い。
「………」
──夏油の言う通りだったな。
真人の言う夏油とは、夏油の身体を借りた人物のことだ。
彼は綴は夏油が死んだ時点でやる気を失っているだろう、とそう言っていた。事実その通りで綴はもう真人と話すことはないと言わんばかりに鼻歌を歌っている。
「じゃあ、
ピタリと鼻歌が止まった。
「……………………………………は?」
今までで1番感情が篭った声を聞いて真人はニヤリと笑う。
やっと綴の興味が本格的に真人に移った。死んだと思っていた、しかし生きている感覚もあった夏油の名が出てきたことに綴は驚いていた。
酷く凪いでいた綴の心は掻き乱される。正直ここまでの綴を真人は機械か何かだという可能性も考えていたのだが、この綴を見て一気にそれは消え失せた。
「傑兄ちゃんは死んだ」
「でも、何となく
そうだろ?真人が尋ねると綴が奥歯を食いしばる音が聞こえる。
その様子が愉快でたまらなかった。こちらに興味も欠片も持たず、ただただ別のものを見て、余裕の表情を見せていた綴がこうも崩れるとは。
「生きているとしたら、それはなんでだ?」
「それは自分自身で見てみたら?」
「つまりここを出ろと?」
「五条悟の封印には欠かせない存在だからね」
真人の力を借りてここを出ることは容易いだろう。夏油のことも気になる。
だが、しかし頭に
「戦闘力には数えられないと思うけど?」
「それは想定内。俺達は綴が五条悟を足止めできるから勧誘しているんだ」
つまりそれが達成されれば、どうなるかがわからない、と。
「ひとつ、考えていることがある。お前の言う夏油傑が偽物の場合だ」
──まあ、それを真っ先に疑うよな。
綴の言葉に真人は一瞬眉をひそめる。
「それが呪霊であるか、と問われたら否だろう。呪霊が人間の身体に入り込む可能性は低い。だからまあ、術師……だろうな。お前の話だと、呪霊と術師が協力している………けど、目的の方向性は違うんじゃないか?」
鋭い。
少ない情報でここまで察することができるとは。この男、今まで関わってきた呪詛師とは少し違った感覚がある。
「成程な。となるとお前がここに来たのはそいつの提案。それに乗ってここに来たんだな……そいつは俺の性格をよく知ってる」
クスクスと綴の押し殺したような笑い声が聞こえ、それがだんだん大きくなる。ついには堪えきれず大口を開けて笑った。
「アッハッハッハッハッ! なんだそれ! 俺の予想が当たってたら、殺されてからも使われてることになる! 散々だな傑兄ちゃん! しかも俺まで手駒に取れると? 偽物だとしたら絶対無理! 最初は騙せても後々バレるって! ハッハッハ!」
抱腹絶倒する綴は、ガンッと頭を壁に打ち付けた。
「ハハハッ…………あー…ぁ………………………巫山戯んなよ?」
真人は思わず後ろに飛び退いた。
拘束されているにも関わらず、この殺気。綴の足を固定していたベルトが千切れる。その足で、真人の方へ歩いていき、しかし牢屋の格子によって阻まれる。ガンッと額を格子にぶつけたが綴は気にする様子もない。
「巫山戯んな、巫山戯んな巫山戯んなっ」
格子を何度も蹴りつけるが格子が破られる気配はない。
ここを蹴破ればきっと五条が迷惑するはずだから、と理解しているからこそ、力を加減してしまっているのだろう。
腕にも力を入れようとしているみたいだが札のせいで思うように力が入らない。それにもイラつきながら、叫ぶ。
「…………」
額から流血していることに気が付いてだんだん頭が冷えてきた。
「……落ち着いた?」
「うん、まぁ……」
綴はその場に座り込み、真人の言葉に頷いた。
「何にしても、傑兄ちゃんの呪力を感じる原因を知る必要があるのは確かだ」
なら、やることはひとつだけ。本当はしたくない。夏油の正体を確かめること以外、やる気がほとんど出ない。
それでもやらなければいけない。
「……わかった。アンタらに協力してやるよ」
それを聞いて真人は嬉嬉として牢屋の格子扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
「じゃあ、よろしくね。子蜘蛛の甘菜綴」
「俺を手前らと一緒にするんじゃねぇよ」
真人に抱えられて地上へ出ると、その真人にによって目隠しを外される。
黄金色の瞳がおよそ9ヶ月ぶりに空を映した。
──あー、凄く綺麗だなぁ。
因みに、復讐劇の綴の性格は走馬灯のグレてる方じゃなくて、グレてない頃の綴を少しダウナーにした感じです。全体的にやる気がない。