呪われた呪術師の復讐劇   作:千α

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2話

【東京都立呪術高等専門学校】

 

 綴が脱獄したという事実は高専内の人間達にとって衝撃的であった。

 だが牢屋内にあった血痕は綴のもので、壁と格子にベッタリと付着。脱獄、というよりも何者かに無理矢理攫われたに近い形であると思われている。

 

「そもそも今の綴に脱獄するメリットがない」

 

 脱獄するつもりなら看守を懐柔した時にやっているはずだ。

 五条はそう言うと不機嫌そうに口を固く結んだ。綴が自分の意思で脱獄したとは考えたくない。

 綴が従っていた夏油はもういない。それだけで綴のモチベーションはだだ下がりなのだ。

 脱獄しなかったから、その意思が見られなかったからこそ綴の拘束はあの程度で済んでいた。だからもしも次、綴が捕まった場合は、恐らくあの甘菜家に引き渡されるはずだ。

 

「させないよ。必ず綴は僕が捕まえて、絶対にアイツらの好きにはさせない」

 

 綴は夏油の忘れ形見だ。夏油に「頼む」と託された子だ。

 夏油の最期の望みを叶えたいと思ったのは五条だし、それを誰にも否定されたくない。

 

「綴が脱獄するなら……」

 

 その時は、夏油が生きている時だ。だがその夏油は五条が殺した。確実に。綴も呪力を感じ取ることができなくなったと言っていたから確定だ。

 

 では、綴を連れ出した存在は何が目的なのだろうか。

 

「無事だと良いんだけど」

 

 

 

 

────────────

 

 

 

「うわぁ、富士山だ」

 

 出会って早々そう口走った青年に漏瑚は顔を顰めた。

 

 対五条悟の切り札、そう言われていた綴はどう見ても漏瑚よりも弱ければ覇気もない。本当にこんな人間が五条に対して有利な状況を作り出せるのか?

 

「綴は子蜘蛛だからね」

「子、蜘蛛……だと!?」

 

 夏油の身体を借りた彼の言葉に漏瑚は驚く。

 子蜘蛛。祓ってはいけない特級呪霊。祓えば呪われ自身が子蜘蛛に変容する。

 形を保った被呪者を初めて見た漏瑚はマジマジと綴を観察する。

 下半身は紺色の作務衣に着替えており、ズボンの裾にある紐はだらしなく解かれたままだ。そしてそれにミスマッチな上衣の拘束衣。そのせいで両腕が拘束され、非常に動き辛そうだ。

 

「甘菜の人間は腕が無いと呪流体術ができんと聞くが?」

「確かにできねぇよ。まあ、足が解放されてるなら、なんとかなる、はず」

 

 イマイチ信用に欠ける返答を聞いて漏瑚は頭を抱えた。

 そもそもその存在自体が意味がわからない。人間の形を保ち、なおかつ本人の意識も残っている。それだけ聞けばとても期待できる存在だというのにこの緩さはなんなのだろうか。

 

「あー、一応……甘菜綴です。呪流術できます。甘菜呪流体術のほうは期待しないでください。好きな物はショートケーキ、いちごの。

 あと当面の目標は……そこの()()()()()()()を殺すことです」

 

 にこやかに笑っているように見えて、全く目が笑っていない。というかそのメロンパンの意味がわからない漏瑚は首を傾げる。

 

「……その()()()()()は私のことかな?」

「あんた以外に誰がいるんだ」

 

 

 笑顔のまま綴は答える。

 この夏油の身体は本物、正真正銘夏油傑の物である。唯一違っているのは脳。それが今の彼の本体とも言えるだろう。それを揶揄して綴は彼のことを()()()()()と呼んだ。

 

「昔、兄ちゃん達とナントカの泉って番組で見たことあんだよな。金の脳みその中にあるメロンパン」

 

 かつて初テレビで見た雑学番組の記憶を掘り返す。内容はもうほとんど覚えていないが大爆笑していた記憶がある。

 

「とにかく、俺がここにいる理由は全部アンタを殺すためだから、よろしく」

 

 できるか。と漏瑚はつい口から漏れてしまいそうになるが、グッと堪える。何となく、言ってしまえば絡まれそうな気配を感じたので。

 

「さて、綴には早速仕事をしてもらいたいんだけど」

「……なに?」

「君なら簡単だよ。ある呪詛師と会って仲間に引き入れて欲しい」

 

 確かに今までの綴ならば簡単だ。かつての百鬼夜行に参加した呪詛師の1部は綴の説得により懐柔した人間が多くいた、今はどうなっているかはわからないが。

 

「人ひとり懐柔すんのも楽じゃねぇんだけど?」

「何もタダとは言っていない。達成できればちゃんと報酬も用意してある」

「金はいらない」

「だから綴にとって今1番気がかりな物(・・・・・・)を用意してある」

 

 綴は黙った。彼の言うことを本当に信用してもいいのか、と。綴が今気がかりで仕方ないものは幾らかある。恐らくはそのうちの1つであるのだろうが……運悪くそれをネタにまた良いように使われるのがオチだろう。安易に頷くべきではない。

 

「……なら縛りを結ぼうか。

 【アンタの言うことは聞く。でも、その代わり俺のやり方に文句を言うな】」

「【わかった】その条件でいこうか」

 

 呪術師・呪詛師と約束をする際、必ず明確に縛りを結ぶようにと夏油から言われていた綴はそれをしっかりと守る。そもそも綴との縛りを破る人間を見たことがないので破った時どうなるのかはよく知らないが、夏油が言うのだからそれは絶対的であることは容易に理解できた。

 

「で、どこに行けばいい?」

「池袋」

 

 池袋。

 東京都豊島区に属する池袋駅を中心とする日本有数の繁華街。

 人が多いことを理由にあまり行ったことがない場所だ。

 

「その呪詛師はそこにいる」

「………」

 

 言葉の僅かな抑揚、表情の動きから察するに、その呪詛師自体に明確な目的はないのだろう。ただ、綴の懐柔術に興味があるというだけだろう。

 なら、いつもの良い子の綴(・・・・・)らしく、そのように振る舞うだけだ。

 

「わかった。その報酬ってやつも楽しみにしてる」

 

 

 

 

 

 

「良かったのか?」

 

 綴がその場を去った後、漏瑚は尋ねる。

 

「勿論。今はあの子供を怒らせて計画を台無しにされる方が面倒だ」

 

 初めに会った時、10秒も経たずに夏油ではないことがすぐにバレたことには驚いた。伊達に10年の付き合いをしていない。もしも綴を夏油が連れて行かなければ、いずれ気が付いていただろうが、しばらくの間は騙されていてくれたはずだ。

 

「子供……その子供が、子蜘蛛を御している。本当に脱獄を手引きして儂達の利益になるのだろうな? もし、五条悟に告げ口でもされれば……」

「それは無い」

「なに?」

 

 当然のように即答した彼に漏瑚は眉を顰めるが、彼の表情は余裕の笑みすら浮かべている。

 

「綴もそれは理解しているはずだ。私が夏油傑である限り、甘菜綴は逆らえない」

「どういう事だ?」

「綴が子蜘蛛を扱えているのは、呪霊操術で中にいる子蜘蛛を大人しくさせているからだ」

 

 夏油傑の呪霊操術を子蜘蛛が拒絶しなかったからこそ、綴は子蜘蛛を抑え込み利用することができている。だが、それは綴が半呪霊であることを証明してしまっている。つまり彼がその気になっていれば、甘菜綴を呪霊として扱えるということになる。

 

──甘菜綴もそのことを理解している。

 

 だから綴は明瞭に敵意を向けながらも、従順に従っている。きっと隙を見せれば喉元に噛み付いてくるだろう。

 

──だがそれ以上にメリットが大きい。

 

 口元が緩むのを自覚していたが、それを抑えることができなかった。




呪霊側だと漏瑚が好きです。なんか、あの苦労してそうな感じが最近愛おしく感じてきて。

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