お気に入り登録、評価ありがとうございます!
「やってくれたな……」
五条は忌々しそうに呟いた。
生徒達は守ったが、綴を取り逃してしまった。手榴弾がなければすぐにでも追える距離にいた。いたはずなのに、スルリとまたどこかへと行ってしまった。
「ごめん、五条先生……」
自分達が足でまといになった自覚のある生徒達の表情を見て、五条はニッと笑う。
「大丈夫、大丈夫」
そう言って五条はなんでもないかのように笑ってみる。
だが生徒達の反応はイマイチだ。会話を数度交わしただけで綴と五条の関係性というものは何となくわかってしまう。
──多分、あの子とは近いうちにまた会えると思うし。
勝負はそこだろう。どうやってでも五条は綴を連れ帰る。
そうは意気込むが同時にこれで良いのか心配になる。あの牢屋に囚われたいたあの時間、綴はいったい何を思い生きていたのだろう。綴の幸せのことをかんがえると、このまま自由にさせていたほうがいいのではないか?
思い出すのは天真爛漫な笑顔を五条に向ける綴。
綴を捕まえるということは、あの笑顔を永遠に見れなくするのと同義ではないだろうか?
捕まっていた時の綴の表情は目隠しのせいでハッキリとはわからなかったが、それでも共に過ごしたあの時よりも雰囲気が非常に冷ややかであったのは確かだ。
こうして、彼らは1度目の甘菜綴との邂逅を終えたのであった。
────────────
「おかえり、綴。遅かったね、何かあったのかい?」
「……蟲飼い」
蟲飼いと呼ばれた男は帰ってきた綴を出迎えた。
「五条悟と鉢合わせただけ」
「あの五条悟と? それは大変だ、怪我はない?」
そう言いながら蟲飼いは綴へ手を伸ばす。だがそれは田端によって阻まれた。
蟲飼いは一瞬田端を睨み付けたが、すぐに微笑む。
「田端も元気そうでなにより!
でも流石にキツかったんじゃないか? なんなら、綴の傍付きを変わってやろうか?」
「結構です。この世には綴様を
「なんてこった! いったいどこのどいつが我らが主にそんな視線を?」
「鏡を見ればすぐに会えますとも」
と、言い合いをする2人を無視して綴はソファの上で横になる。
「綴様、寝るのでしたらベッドへ……」
「………うん。寝る気は無いから、ちょっとだけ休ませて」
そうは言っているが、すぐに寝てしまいそうな雰囲気をしている。相当疲れているようだ。田端と蟲飼いは言い争いを止めて、それぞれ1人がけ用のソファに座る。しばらくすると静かに、綴から寝息が聞こえてきた。
「本当に何があったのさ? 綴がこんなに疲れるなんて……でも、無傷ってことは五条悟とは戦っていないんだろう?」
「もちろんです。もしそうなれば止めています」
──本当、田端は綴に甘い。
田端が綴のことを信頼し崇拝にも近い感情を向けていることは蟲飼いは知っている。自分自身もそうだからだ。
綴は自分達に
──だからと言って、綴をただ甘やかすだけは違うんじゃないかな?
綴には誰よりも強い存在になってもらいたい。それが今後、夏油傑の大義を継ぐであろう綴のためである、と蟲飼いは思っている。蟲飼いは夏油のことを全く知らないが、もしそうなれば苦労するのは綴だろうと感じているのだ。
──だから絶対に
「……なにか?」
「いや何も?」
じっと田端を見つめ過ぎたようで、勘繰られてしまう。
「そんなに殺気だっているのに「何も無い」は通用しませんよ、蟲飼い。
全く、だから貴方を味方に引き入れるのは止めようと何度も進言したというのに……」
「でも彼は結局俺を受け入れた。
俺は綴の成長が楽しみで仕方がないよ」
「夏油様が貴方を綴様から引き離した理由がよくわかる」
正直に言ってしまうと、蟲飼いは夏油を殺した五条に感謝していた。
綴が高専に捕まる前からの付き合いだが、綴のすぐ側にいるには夏油が邪魔で仕方がなかった。しかし夏油を攻撃すれば綴には見限られる。それは耐えられない。
綴への執着にも似たこの感情はきっと夏油も気が付いていたはずだ。だから綴と蟲飼いが2人きりになる状況をできるだけ作ろうとしなかった。
「あの時は本当に死んじゃうかと思ったね」
「そのまま逝ってしまえば良かったのに」
「おいおい、俺が死んだらあんたも
「いえ全く」
全く酷いやつだ。そう言ってやってもきっとこの男は冷たい視線を送ってくるだけだろう。
「………綴様は」
「ん?」
「綴様は、おそらくあそこから出てくるべきではなかった」
あそこ、というのはきっと高専の牢のことだろう。
「きっと、この状況を綴様は望んでいない」
そうだろうとも。蟲飼いはその田端の言葉に頷いた。
田端と蟲飼いは綴の心の安寧を求めるし、綴の本心もそれだろう。夏油の身体を奪った呪詛師の言いなりになるのは綴のプライドを酷く傷付けるものだ。
だというのに、夏油が家族と呼んでいた呪詛師達ときたら、そんな彼に協力し、あまつさえ綴に縋りついた。自分達のまとめ役として綴を立てたかった。何故なら綴は夏油の弟子だからだ。
2人は綴に心酔しているのであって夏油に従っているわけではなかった。だからこそ、そんな綴に対する呪詛師達の行動に2人は何度も物申したこともあった。そのせいでだいぶ彼らとは折り合いが悪くなってしまったが。
「アイツらは放っておいてもいいでしょ。結局、自分達じゃ何にも出来やしない無能なんだから」
「綴様が聞いたら怒り狂いますよ」
「でも事実だ。綴や夏油の言う呪術師だけの世界というのは魅力的だし、初めはそれを掲げる彼らの動向が気になるから近付いたんだ。だというのに夏油は身内に甘いから、皆無能に成り下がったのさ」
心底呆れたように蟲飼いは淡々と語る。それには田端も同意だが、綴がそんな彼らを仲間だと認識しているからなにも言えなかった。
身内に甘いのは綴も同じ。綴は彼らを見捨てることなどできなかった。
「そんなところも彼の魅力だと言えば聞こえは良いけどね」
田端と蟲飼いは必要があるならば今すぐにでも夏油一派を皆殺しにするつもりでいる。綴から怒りを喰らおうと、それが綴のためになるのであれば躊躇はしない。
それほど、彼らが綴から受けた恩は根深いものだ。
「さて、綴を寝室まで運ぼうかな?」
「綴様に触らないで頂きたい。変態が移ります」
「酷いこと言うなぁ、俺のどこが変態なのさ? 綴に過保護すぎない? そんなんじゃ、いつか綴に嫌われるぞ?」
「貴方ほどではないかと。私は綴様に1番に必要とされましたので」
どれだけ綴のことを思っていようが、目的が一緒だろうが決して2人の思いは交わらない。それを2人は再認識する。あ、やっぱりコイツ嫌いだわ、と。
仲間意識は皆無だが同族意識はある。少しでも綴を思う気持ちがあるからこそ、ここまで綴の成長を一緒に見守れたのだ。
「はー? なに? まさか綴が真っ先に会いに行ったのがそんなに自慢なわけ?」
「はい、もちろんでございます。貴方は最後でしたもんね。
「最後なのはあれでしょ? 最後のお楽しみって意味だったんだと思うけど?」
「綴様は好きな物は1番初めに食べる方ですよ」
結局2人の言い争いは綴が起きるまで続いたという。