「で? これからどうすんのさ」
綴は蟲飼いに尋ねられるが、ぼうっと窓の外を眺めているだけだ。
「綴?」
「……ちょっと、皆と再会してた時のことを思い出していた」
皆、とは『家族』のことだろう。
蟲飼いは深くため息を吐いた。
「綴、やっぱりあの連中に協力するのはよそう。
そりゃあ、君の大好きな夏油傑の家族であっても……」
夏油一派の中では綴は独立した存在であった。
よって、蟲飼いや田端は彼らとの交流が少ない。綴に付いている呪詛師が夏油一派のことを好ましく思っていないから、むしろ仲が悪い。
その理由を綴は知らないのだが。
「夏油傑の呪術師だけの世界は、きっと俺達だけでもできるはずだ」
「……別に俺はアイツらをアテにはしてない」
おや?と蟲飼いは目を見開いた。
「そうじゃなくて……俺が捕まってから、連絡が取れない奴が多いなって思っただけ」
どうやら、そもそも間違っていたようだ。
皆とは、蟲飼いのように綴について行った彼らを指しているようだ。
「うん……綴を取り返そうとして殺された奴とかいたからねぇ。
あと単純に綴がいないなら、と呪詛師から足洗った子とか……」
「……殺された、のは初耳だ」
「ごめんよ? 綴がショックを受けると思ったんだ。
大丈夫、ちゃーんと火葬だって済ませてある。綴が心気に病むことなんて1つもない」
下手なことをして殺されたという奴もいたが、それに加えて綴がいないことをいいことに蟲飼いは何人か惨殺していた。
それを言ってしまえば綴は怒り狂うだろう。
綴にバレるのは避けたいと思いながら、心のどこかでは自分に対して怒り狂う綴を見てみたいと思ってしまう。
そう考え始めると、背中に何かがゾクゾクと這い上がる感覚を覚えた。
「……そうか」
安心したように綴が呟いた。
綴は夏油によって大事に大事に育てられたせいか、18歳となるのに未だに純粋なところがある。
この呪術の世界では珍しいタイプだ。
「綴は……本当に良い子にしてるのが得意だな」
「どういう意味だ?」
「そのまんま。そんなところが魅力的なんだけどね」
理解ができない、と綴は怪訝そうな表情をする。
「さて、そんな綴に俺の知り合いを紹介してあげよう」
「知り合い?」
「きっと役立つ」
────────────
「いけません」
連れてこられた場所を見て田端はキッパリとそう言った。
「おいおい田端、綴は行く気満々なんだ。それに水を指すのは野暮だぜ?」
綴の目の前には、「酒」という1文字の看板。だが、どう考えても酒のみを提供する雰囲気の店ではない。
「……ここは?」
「一応賭場ってことになってる。勿論非合法だけどね。
賭けるものはなんでもいい。だから、ちょっとしたオークション紛いのこともやってるよ」
なるほどそれでこんなにも呪いが渦巻いているのか、と綴は納得する。
「綴様の教育に悪い。行くならおひとりでどうぞ」
「田端……綴はもう18なんだ。そろそろ子供扱いをどうにかした方がいい」
相変わらず過保護な田端にため息を吐く。
それに言い返そうとする田端だったが、綴に止められる。
「田端、俺は大丈夫だ」
「………かしこまりました」
こうなったら綴は引かないことを知っている田端は、渋々頭を下げた。
「蟲飼い、案内頼む」
「オーケイ。中は暗いから、俺の傍に……」
「それは遠慮する」
「あ、そう……」
残念そうな蟲飼いをほおって、綴は店の扉を躊躇なく開けた。
「…………ここは……」
中は確かに薄暗い。賭場と言われて思いつく限りのゲームをしている人々、その奥には札を首から下げる人が物のように陳列している。
「……胸糞悪い」
「そうだね……あそこにいるのはほぼ一般家庭で産まれた術師だよ。
どこから噂を聞きつけるのか、拉致してきた子が殆どだ」
「………………なんでここに連れてきた?」
「会って欲しい奴がいるからって言っただろ?」
そう言って蟲飼いはこの賭場の勝手を知っていると言わんばかりに迷わず歩き出した。
それについて行けば、蟲飼いと顔見知りと思われる男が道案内を始めた。
「やぁ、久しぶりだね蟲飼い」
会場とは打って変わって明るいその部屋に綴は目をしょぼしょぼとさせるが、直ぐに目はその明るさに慣れる。
「や、久しぶり戸塚」
そこにいたのは30歳手前の女性だった。
髪はボサボサ、片手に酒の入ったグラス、部屋に散乱する酒瓶。人前に出るような格好ではないだろう。
「………田端」
「かしこまりました」
綴は田端の名前を呼ぶと、直ぐに部屋を片付け始めた。
「え、ちょ! 勝手に何すんのよ!?」
「こんな所に1秒もいたくない。せめて部屋の床は塵1つ残さず掃除させてもらう」
そう言うと、綴は蟲飼いに勧められたソファへ座り掃除が終わるのを待つ。
「綴、飲み物はいるかい?」
「麦茶」
「やりたい放題か!?」
蟲飼いの用意した麦茶を飲みながら、綴は命令する。
「蟲飼い、お前も掃除をやれ」
「本当に人使いが荒い」
と言いつつ嬉しそうなのは気のせいか?
「あれ、本当に蟲飼い?」
「? そうたけど?」
「うっそ、信じられない。
あの蟲にしか発情できない変態が、人間に従順になってるなんて」
酒を飲み干すと戸塚は佇まいを正して綴の頭からつま先をジロジロと見つめる。
「まだまだ子供じゃない。歳は?」
「18」
「え、16くらいかと思った」
その戸塚の言葉に綴はムッとする。どうやらそれが表情に出てしまったようで、戸塚はケラケラと笑いながら綴に謝る。
・
・
・
そうやって話しているうちに部屋の掃除が終わった。
「で? なんで俺をここに連れてきた?」
綴が蟲飼いに質問すると、ニヤリと笑いながら蟲飼いは綴と戸塚にある提案をするのだった。
「戸塚はここのオーナー兼ディーラーでね。
ああ、と言っても譲り受けたってだけだから、あのオークションについては彼女がオーナーになる前からやってたんだよ」
「手を付けるのが面倒でそのまんまにしてんのよ」
オークション、という言葉を聞いて綴は顔を顰める。
「あら、こういう話は嫌い?」
「虫唾が走る」
「私もよ。この賭場を手放したいけどね。色々と縛りがあって無理なのよ」
お手上げだと戸塚が言うと、蟲飼いが本題に入る。
「だからね、綴……ここを潰そう」
「……潰す?」
「そう、物理的にじゃない。経営できなくするのさ」
蟲飼いは後ろから綴の肩に手を置き、こちらを見上げる綴の顔を覗き込む。
「そうすれば戸塚は縛りを解くことができて、綴は資金調達ができて、あの術師は解放される……いい話だろ?」
綴はそれもそうか、と今度は戸塚を見る。
「win-winってやつね。私は賛成」
「術師が解放されるのは、俺としても望むところだ」
で、どうすれば良い?と戸塚に尋ねると、戸塚はおもむろにトランプを出てきた。
「私と賭けをする。で、勝ち続けてこの賭場にある金庫の金を2000億引き出せば、君の勝ちだ」
「それだけよく溜め込んでたな……」
「政府もうまい汁啜ってる奴がいるから見て見ぬふりしてんのよ」
やはりそういうことか。
綴は顔をさらに顰めた。
「ここが無くなれば、そんな奴も雀の涙程度とはいえ少なくなるわ」
「なら、いいんだけど」
そこで戸塚は少し違和感を覚える。先程の雰囲気が、今までの綴の雰囲気と全く違っていたからだ。
人の手の内を表情で読み取ることに長けているディーラーだからこそわかる。これは、綴は今不安がっている。
いったい何に?この賭場を潰せるかどうか?
「綴、とりあえずチップはこっちで用意した。
この1枚でだいたい10万くらいかな?」
「いきなり飛ばすわね。まさかとは思うけど、そこにあるやつ全部?」
「まぁね」
蟲飼いが用意したチップは全て$1000チップである。この勝負に負ければ大きな損失を食らうのは目に見えているが……。
「言っとくけど、縛りで手加減はできないからね?
ゲーム内容は手っ取り早いブラックジャック!」
「それは問題ない……けど、ひとついいか?」
綴は戸塚に真剣な顔でこう言った。
「俺、トランプはババ抜きしかしたことがないんだが……?」
「………………………え?」
その戸惑いの声はいったい誰のものだったか……もしかしたら全員のものだったかもしれない。