多くの民が天空の城を去った。王族たちでさえ、地に降りた。
けれど、最後まで故郷に残ることを決めた者がいて、それをせめてと見送るために残ったものがいた。
何の皮肉か彼らの一部は生き残り、今も滅んだ世界の墓守を続け、いつか帰って来る同胞を待ち続けている。


滅ぶはずだとラピュタに残ったらうっかり生き残ってしまってそのまま滅びと、再会を夢見る誰かの話。

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滅んだ国に一人のこって墓守をする王族の末裔ってロマンじゃないですか?
でも、彼女のこと連れ出してくれる人っているのかな?


墓守の少女

きーきーと、何か、甲高い鳴き声がする。

それに、シオンはかっと目を見開き、起き上がる。そうすると、どうもシオンの頭の上で遊んでいたらしいキツネリスが転がり落ちた。

それに、普通の個体よりも大きなそれはきーきーと抗議の声を上げる。

 

「悪かったよ、だが、人の頭の上で遊んでるお前も悪いんだからな?」

 

そう言ってぴしゃりと言ってのけると、キツネリスの相棒、アルファはふんと息を吐いてシオンの眠っているベッドに寝転がった。

シオンはそれにため息を吐き、少し恋しくはあるがベッドから這い出した。

簡素な寝間着を脱ぎ、彼女は普段着に着替える。

真っ黒な髪は緩く一つにまとめられている。女にしては高い背は華奢なように見えるが、しっかりとしたしなやかな筋肉をしていた。

その顔立ちは、女にしては鋭く、男にしては優しげだった。

何よりも印象的なのは、その眼だろうか。

青い目だ。瑠璃色のような、空色のような、そんな不可思議な色だ。

少女、というには年かさの彼女の部屋は、石造りだ。まるで継ぎ目などないなめらかな材質のそれは冬は暖かく、夏は涼しい。といっても常に移動しているのだから季節感などあってないようなものなのだが。

部屋はなかなかに広かった。大きめのクローゼットにタンス、そうして窓辺にはフカフカとしたベッドが置かれている。その全てが誰かしらが丁寧に作ったことを察せられた。そうして、ベッドにかけられたシーツや布団も又誰かが丁寧に織ったように見えた。

シオンはクローゼットから普段着を引きずり出す。

分厚いズボンと簡素なシャツ、そうして最後にはふくらはぎまであるコートを取り出す。簡素な、空色のコートだ。少々派手かもしれないが、彼女以外に誰もいないここではどんな意味もない。

彼女はそれを着こむ。そうして、窓の近くにつり下げられた道具が付けられたベルトを巻いた。そうして、大事に磨いているピカピカのブーツをはいた。

シオンは窓を覆う透明なそれに手を置いた。すると、それは枠の中に吸い込まれ、外から新鮮な空気が入って来た。

「アルファ!」

そう叫ぶと、ベッドにいたキツネリスは彼女の肩に飛び乗った。そうすると、彼女は何のためらいも無く窓から飛び降りた。

窓からは、空に浮かんだ城が見えた。その下は、雲の白と空の青。そうして、緑に侵食されていく巨大な城。

彼女の首元から青い光が漏れ出た。するりと、閉めたコートの首元からするりと、青い宝石のようなものが引き出された。

そのまま投げ出した体は重力に引きずり落とされるはずだ。けれど、その体はまるで風と友人のようにふわりとふわりと、城の一番外側のアーチに降り立った。

 

「さて、何を食べるか。」

 

シオンはそう言ってたったと走り出した。

 

シオンは、旧市街地に水が溜まり深い池になっている場所で釣った魚を裁き、たき火で焼いていた。川の近くに作った炊事場で彼女は焼き魚と、庭園で取って来たフルーツ。そうして、少し前に焼いたパンをかじった。

その隣には、彼女が焼いてやった魚に食らいつくキツネリスの姿があった。シオンはさっさと食事を平らげると、パンを焼くために使ったフライパンを洗い、近くにある炊事場として使っている城の一部屋に片づけた。

 

「さて・・・・」

 

シオンが立ち上がると、アルファもまた彼女の体によじ登り、その肩に乗った。

進む先は毎朝同じだ。それが、彼女の仕事なのだから。

 

進む先は、ドームで覆われた庭。大きな、見上げる様なドームに、生い茂る草木が見える。彼女は、その出入り口に向かった。その手には青い花が抱えられている。

そうして、そこに、薄茶色の人型の何かが近づいてくる。

 

「やあ、おはよう、ベータ。」

 

シオンはまるで古い旧友に挨拶する様にそれに対して挨拶をした。

丸っこい胴体や頭、そうして平たく大きな手と足。

それは庭園を管理するための機械仕掛けの人形だ。少なくとも、シオンの祖父はそう言っていた。

それは、胸に当たる部分に手を当て、礼をする。シオンはそれにひらりと手を振ってこたえた。彼女はそのままに庭園の先に進む。

濃い、緑の匂い。獣たちの鳴き声。アルファが木々の中に駆けていく。シオンはそれを気にしない。どうせ、帰って来る。

ベータはシオンの後ろをついて行く。庭、いや森と言って良いその先には、見上げる様な大樹がある。シオンは、その根元にある磨かれた石の前に立つ。そうして、それにシオンはその青い花を供えた。

そうして、彼女は自分の胸に手を当てた。

 

「今日も、世界は変わることなく。」

 

その石には、多くの名前が刻まれている。はるか、空の下。大地に降り立つ人々には読めない文字で刻まれたそれ。古い、古い、彼女たちだけの文字だ。

広い天空の城にて、彼女は唯一人、彼らのために祈りを捧げる。この城で死んだものたち、大地に還ることのなかったものたち。

広いそこに生きている人間は彼女だけだ。

地面に降り立つことも無く、あるべき場所に帰ることを選ばず、多くの同胞たちを見送った存在の末の末。

彼女の名は、受け継がれた名前は、ハルシオン・テロス・ウル・ラピュタ。

(・・・・ここは、箱庭。)

ここは、墓場。

遠い昔、置き捨てられた、病んだ人たちの墓場。遠い昔、世界の全てを手に入れ、その果てに滅んだものたちのおもちゃ箱。

墓守、そうして、守り手。

それが空にあり続けることを望んだ誰かから託された彼女の仕事だった。

 

 

ラピュタという国が栄えたのは遥か昔のことだ。

シオンはその国の王族の末裔だった。

国は滅び、そうして、その首都であるらしい城だけが未だに空を彷徨い続けている。

いや、住民は、皮肉なことに城の主足る血族の彼女だけが生き残っているのだから笑えることなのかもしれない。

 

(・・・・民のいない王など存在しないか。)

 

シオンはそんなことを考えつつ、釣りに勤しんでいる。

墓守としての彼女の仕事は、欠片ほどしか存在しない。ただ、毎朝墓参りをして、冥福を祈り、そうして簡単に掃除をする。

それだけだ。

それを終えれば、シオンは基本的に自由に過ごす。

庭園の隅にある小麦と野菜の畑、そうして数匹の家畜の世話をする。

そうして、もしも小麦が出来ていれば機械に突っ込む。原理は知らないが、そう教えられたとおりに城の地下にある機械に突っ込むのだ。作り自体はわからないが、祖父と父親に修理の仕方は習っている。

それが終われば、日々の雑用、服の繕いや保存食を作ったりする。

けれど、その程度だ。慣れ親しんだ、一人分の仕事などすぐに終わってしまう。

今だって、魚釣りをしているが、これ自体も趣味の一環、暇潰しだ。

王族の末裔なんて言われるが、シオンとしてはあまり実感はない。

今だって自分のことは自分でしている。

 

(じいさまも、父様もそう言っていたが。実際はどうなんだろうな。)

 

彼女の記憶にある自分以外の人の記憶は、早くに死んだ父と、自分に生きていくための技術と、そうして使命を教えた祖父だけだった。

シオンは釣りの片手間にぺらりと本を捲った。

そこには、古い文字で多くの知識が書かれている。それは、彼女の祖父が書き記した、一族に伝わる歴史だ。

 

昔、世界を手にするほどに肥大した国は贅の限りを美しい空の箱庭で尽くしていた。けれど、いつか箱庭には病が伝染した。広がって、犯されて、多くのものが死んだ。

それは、民にも、そうして、王族も等しく死に絶えた。

王たちは、決断をした。感染のリスクを抑えるには、箱庭の中は狭すぎたのだ。

ラピュタは栄えた。それ故に、城はあまりにも狭すぎたのだ。

記録には何故、地に降りたのか明確な理由は記されていない。伝えていくうちに消えたのか。

 

(・・・・意図的に削除したのか。)

 

どちらかなんて分かりはしない。失われたものなんてその程度だ。

そうして、シオンの一族は、というか家系と言えばいいのか、たった一人だけ王族としてラピュタに残ることを決めたのだという。

殆どのものは大地に降りたが、数割は城に残ることを決めたのだそうだ。彼、または彼女たちは故郷に残ることを決めた病人たちの最期を看取るために城に残ったのだという。

そうして、ラピュタ人たちの最後の箱舟は空の旅に戻った。

計算外だったのは、滅び絶えるはずだった人々の内、それに打ち勝ち生き残ってしまった者がいた事だろう。

生き残った彼らは結局のところ空に残った。今更、という感情があったのだろう。何よりも、故郷を捨てることは出来なかった。

 

(あ・・・・)

 

シオンはそれまで読んでいた本を閉じると、釣り道具を片づけて歩き出す。その足元をアルファが戯れる様に駆けていく。

シオンは、不定期に行っている仕事について思い出したのだ。

彼女はふよりふよりと浮きながら、城の下層部に向かう。

城の下層部にある剥き出しの通路。剥き出しと言って以前はもう少し外壁に覆われていたのだが風化などによって崩れてしまった。

つるつるとした、不思議な材質のそこを歩いていると、壁にぽつんと紋章がある。彼女は、それに自分の首元にあった青い宝石を掲げた。

そうすると、紋章のあった壁は解けるように消えて通路が現れた。

彼女はそこをつかつかと進んでいく。

通路の先は黒い色の鉱石のような材質で作られている。彼女が通路の最奥にたどり着くと、床がゆっくりと沈んでいく。

沈んだ先には、多くの黒い正方形の石が浮いている場所にたどり着く。

そうして、またその奥に進むと、樹の根に侵食された通路に出た。

昔は残った人間たちで除去をしていたそうだが、少しずつ減っていくにつれてそれも諦めたらしい。

といっても、ロボットたちにやらせればすぐに終わるのだろうけど、彼女の祖父も父もそうはしなかった。

それについて、シオンは何となしに理由を察している。

シオンは、淡々と先を歩く、そうして壁の一つに溶け込んだ紋章にまた飛行石を掲げた。

開いた通路の先、青い光に目を細めた。

 

シオンはたんたんと、その部屋の掃除を始める。掃除と言うよりは、部屋の中でのびのびと茂っている草木の処理だ。

床にまで浸水しているものの、正直どこからなのか未だに分からないため放っている。別段、水があっても気にはならない。

彼女は、床や壁に茂る草木をベルトに差したナイフで切り、もっていた袋に詰める。気が向いた折、一抱えもある袋分を背負って持って帰るのだ。

作業が一段落すると、彼女は部屋の中心に燦然と輝く青い宝石に目を向けた。

それにはまた樹の根が絡みついている。

シオンはそれを数秒見つめた後、すっと視線を逸らした。

 

(・・・・あれ、除去しなくてはいけないんだが。)

 

正直言って、一人でするには少し大作業が過ぎる。やらなくてはやらなくてはと長い間思っているのが、大変さを考えると始めることも躊躇してしまう。

シオンは部屋にある一つの石板に目を向けた。

そこには、やはり彼女ぐらいしか知らないだろう古い文字が記されている。

それを飛行石でなぞれば、宙に映像が映し出された。

 

「シオン。」

 

声がする。シオンはその画面に目を向けた。

そこには、今は亡き、彼女の祖父や父、そうして生きては会えなかった母や祖母の映像が映し出される。

 

「忘れてはいけないよ、ここに残った、その意味を。」

「はい、じいさま。」

 

それは記録だ。ラピュタの科学力によって記録された映像、彼女の曽祖父母やさらにその前まで、どんなふうに生活をしていたかがそこに記録されている。

ラピュタの全て、科学に技術、その知識の全てが記録されている。

 

「約束が果たされなかったその時は。来てはならぬ者たちが至るならば。」

「はい、じいさま。」

 

分かっています。

シオンは幾度も頷いた。

彼女は墓守だ。この城、この国、いなくなり、置き捨てられた故郷のための墓守。

そうして、彼女の家系のもう一つの役割。

 

「この城を、お前が見送るのだよ。」

 

遠いいつか、帰って来る同胞たちが帰るその日まで、この城を誰からも守ること。そうして、彼女の家系が潰えるその日まで、そうして潰えるその時、本当にラピュタと言う国を見送ることだった。

 

殆どの国民や王族がラピュタを去るその時、シオンの先祖は約束を交わしたのだという。

いつか、自分たちは帰って来る。その時まで、覚えていよう。故郷に帰り、覚えていよう。

それは、どんな感情でされた約束なのかは知らない。

だって、シオンの家系も、残ったものたちも所詮は死にゆくものたちだった。病魔に侵され、それを見捨てられなかった者、それを弔うと決めた者。

そんな、滅びゆくしかないものたちしかいなかった。戯れだったのかもしれない、それとも、時を超すごとに約束の意味合いがねじ曲がったのかもしれない。

分かりはしないけれど、シオンの一族はずっと、ラピュタにあり続けた。

もしも、己が同族が帰って来たその時は、この城の運命をどうするか決める。そうして、自分たちが死ぬときはラピュタ自体を滅ぼすこと。

 

(・・・・今日も、来ない。)

 

ラピュタを覆う嵐の揺り籠は変わることなく、そこをくるんである。

シオンは、何となくわかっていた。

放っておかれた最奥部の聖域、木の蔦に覆われた玉座、侵食されていく城。

それは、ロボットたちを動かせば除去できないわけではない。けれど、彼女の父も、祖父も、その前もそれをしなかった、することを止めてしまった。

結局のところ、自分たちは誰も、もうこないだろうと察していたのだ。

約束は果たされない。ならば、このまま、古び、侵食され、ゆっくりと滅びに向かっていくのも理だと諦めたのだ。

シオンは、己の腹を摩った。そこに、何かが宿ることはない。自分は、己の血を受け継がせることはない。

ならば、自分は最後になる。

シオン、ハルシオン。

テロスとは、終わるものという意味だ。

それを、どんな感情で先祖が名乗っていたかは知らない。けれど、シオンの代になってようやく、その意味を抱えることとなった。

 

シオンは待っていた。

来ないのだと、忘れられたのだと、そう思いながら、それしか出来ないからこそ待ち続ける。

いつか、自分に会いたいと、約束を果たしに来てくれる運命を、夢だと、幻想だと知りながら待ち続けていた。

 



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