IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-10「“迅雷”」

 セシリアたちが戻り、一夏の訓練はラストスパートに入る。二人が戻った翌日から再開されたそれにはマコトも管制室へ入ることが許されて3人の訓練を見ることができた。そう、3人である。

 アリーナ内のモニターにはセシリアのブルー・ティアーズとは違い、灰色に染まったブルー・ティアーズ三号機、ダイヴトゥ・ブルーを纏ったレイラの姿があった。セシリアのブルー・ティアーズと違い、ビットを搭載した非固定ユニットのバインダーは左側に2枚となり右側には無く、専用のライフルも製造前だったのか、マコトもネットで見たことがあるアメリカ製のIS用ロングライフル「イングラム105mm IS用大型ロングライフル」を右手に持っていた。

 実体弾を撃ち出すIS用の狙撃用ライフルで、本来は集団運用を前提とする量産型IS用の装備で、少数機動戦を得意とするオリジナルコア機では取り回しの悪さから好まれない装備である。

 しかし、ブルー・ティアーズは中〜長距離線を主眼に置いた機体であり、それは三号機であるダイヴトゥ・ブルーも同様で、緊急措置的に装備されたようだった。

「すごいな、レイラ。昔みたいだ」

 一夏に、近接戦闘を教えるレイラの動き方は前世でレジェンドを操っていた時のように正確で、わざと一夏に見えるようにゆっくりと動作を行い説明をしている。

『いいですか、一夏さん。セシリアの時のように、剣で切り払うのはあくまで緊急手段です。切り払う、という行為をするよりも回避したほうがエネルギーの効率はいいのです。なにより、近接戦に持ち込む前に無駄な体力を消耗してしまう』

『えぇ、レイラの言う通り。一夏さんは織斑先生の映像を見たことは?』

『この前見直したよ。千冬姉、レイラの言う通り突っ込むときは全部避けてたな』

 近接戦闘主体の内容のためレイラが今は主導しているようで、その内容はマコト自身もためになる。余計な動作をせずに回避して接近する。マコトの前世もそのように格闘戦をしかけており、再確認のようなものだ。マコトは前世でのデスティニーの操縦をイメージする。

 指を操縦桿に預け、武装をセレクト。整備班の同期、ヴィーノとヨウランに無理を言って組んだオリジナルのパターンモーションで“アロンダイト”を抜刀。プログラムを改修して自動的にウィングバインダーのコロイド粒子を散布し光の翼を展開、スロットルを押し込み、一気に加速。

 かかるG。正面の敵、ライフルで迎撃をしてくる。マニュアルで回避運動。横に、縦に、機体のフレーム強度が許す限りの強引な機動で射撃を回避する。

 潜り込み、間合い。アロンダイトを振り抜き、敵機を一刀両断。撃破、爆発。

「……ふぅ。本当に、デスティニーはいい機体だった」

 マコトは前世の愛機を称賛する。当時最高峰の技術を詰め込みに詰め込んで、単騎で戦局を変えること目指したモビルスーツのマルチロール機としては一つの完成形とも言える機体。対艦装備として大型剣と長距離ビーム砲、対モビルスーツ中距離戦はライフルと高い機動性でかき乱し、近距離はビーム・ブーメラン兼ビーム・サーベルや掌のビーム砲、あらゆる場面に対応可能な装備と、それらを十全に扱える強靭な機体強度。

 万能機でありながら、それぞれに特化した局地戦機とも比肩しうるまさに最強格の機体。事実、一度死ぬ直前まで戦っていた機体、ストライクフリーダムもインフィニット・ジャスティスも、それぞれが「領域支配機」「白兵戦特化機」であり一つのことに特化した強力な機体だった。それらを前にしてもデスティニーは戦えたのだ。

 今世では戦うためのものではなく、ただ宇宙を飛ぶために乗りたいと思うが、状況が許してくれるのかとマコトは思う。ひしひしと、嫌な予感がするのだ。戦争が起こる直前のような緊張状態。簪からもピリピリしていると指摘されるほど、今のマコトは空気に敏感になっている。

『セシリア、早速やってみましょう。一夏さん、私とセシリアがあちらから射撃を行います。ですから、一夏さんはできうる限り回避に専念してください』

『それ、俺前に進めるのか?』

『前に進めるとお思いで?』

『セシリア。……私たちがこれより行うのは弾幕射撃です。牽制、といったほうがいいでしょうか。一夏さん単体を狙うのではなく、面で射撃します。ただ、これは訓練ですので最初は弾数も少なく、初心者が慌てて撃っているように撃ちます』

『そっか、その弾幕の中をすり抜けてく感じでやればいいのか?』

『察しがよくて助かります。では、それぞれ配置に』

 モニターの中で訓練が進む。今度は一夏が実際に射撃を回避して接近する練習を行うようだ。アリーナの端と端に立ち、一夏は雪片を抜刀する。

『セシリア、申し訳ないのですがレヴァリエを私に貸して頂けませんか』

『構いせんよ。そのキャノンでは難しいでしょう』

 レイラはロングライフルを仕舞うと、セシリアからビーム・ライフルを借り、右手で構える。更に左側のアンロックユニットからビットを一機射出し、機体の左側面に配置した。

『最初は散発的に。わざとぶれさせてください』

『逆に難しいですわね』

『難しければ、狙いをつけず前方に撃ってください』

『わかりましたわ』

 では、始めます、とレイラが言い。一夏に向かってまばらに青いビームが射撃された。

『いくぞっ!』

 一夏は早速その場から前方へと加速する。まだ張られている弾幕の間には隙間があり、余裕を持って回避できる。しかし、明らかに避けなくていい弾にも反応して回避運動をしているところもあった。

『よっ、ほっ……うおっ!?』

 そうして、余計な回避運動をすると、今度は当たらないはずだった弾が当たりそうになる。それが近づくごとに増えていく。悪循環だとマコトは気がついた。そして、レイラがわざとそうしているのも気がついた。

「うわぁ、レイラ厳しいな」

『一夏さん、無駄な回避が多すぎます。そうすると』

『けど、なんか見えすぎちゃって!』

『ハイパーセンサーは些細なことも捉えてくれますが、そうすると普段は気にも留めないものに気を取られる可能性もあります』

 そうして、アリーナの半分ほどまで来たところで一夏にビームが数発命中し、一回目の練習が止まる。

『たとえば、普段は気にしない小石が足元に見えたとしますわ。一夏さん、あなたはそれをどうされますか?』

『え、そりゃ足上げて避けるだろ……あぁ、そういうことか。普段は気にしなくても避けてるのに、ってことか』

 セシリアの例えにハイパーセンサーのデメリットを一夏は理解し、今の被弾も原因がわかる。

『わかりすぎるのも考えもんだな』

『機械がよくなっても扱うのは人間ですから、目を鍛えなくてはいけません』

『わたったぜ、レイラ。もう一回やらせてくれ!』

『もちろん。セシリア、いいですね』

『構いませんわ!……ただこれ、私が教導するのでは………?』

 いつの間にか教官役をレイラに取られていたセシリアは疑問に思うが、効率的なのでいいやと気にしないことにした。マコトはそのまま、一夏の立場を自身に置き換えて弾幕をどう潜り抜けるのかシミュレーションするのだった。

 

 

 

 クラス代表戦当日の朝。1組では対戦相手の開示を待っていた。

「しっかし、誰になるのかね相手は」

「誰が来ても全力。そうだろう一夏?」

「あぁ、違いないな」

 セシリアたちとの訓練で一夏はそれなりに出来るようになったのではと思うぐらいには自信がついていた。それは傲りではなく、セシリアたちも想像以上の一夏の実力の伸び方に驚いたのだ。未だブレードオンリーで戦い続けるには厳しさがあるものの、量産機と専用機の性能差でうまくいけば一方的に押し切れるところまで一夏は成長していた。

「みなさん!発表されました!」

 真耶が端末を操作し、クラス中の生徒が集まっている一夏の机の空間投影モニタにクラス代表戦のトーナメント表を掲示する。

「っ…!これは」

「いきなり決勝戦だね〜」

 箒の驚きと、本音の気の抜けた声が重なる。一夏の一回戦の相手はここ最近は昼なども一緒にとる幼馴染みのルームメイト、更識簪だった。

「一夏、簪さんが相手だね」

「あぁ……一番強いやつだな」

「ですが、この一週間であなたも強くなりました。胸を借りるつもりで、全力でいきましょう」

「あぁ、レイラ。…二人とも、本当に訓練、ありがとう」

「まだ早いですわよ、一夏さん。それは優勝してからです」

「だな!」

 一夏が勢いよく立ち上がり「よし!いくぞ!」と拳をあげる。すると、周囲にいた生徒たちも「おー!」と合わせた。

「私たちのデザート半年間フリーパスのために〜」

 本音の口から出たのはこのクラス代表戦の優勝商品である。一夏は家事をしていたせいか料理に凝っており、デザートの類いも好きだった。そのため、わりと優勝商品が欲しいという気持ちもあって訓練には全力で取り組んでいた。

「マコト、甘いもの好き?」

「普通に。さやかは?」

「私も嫌いじゃないかな」

「じゃ、一夏、応援しよっか」

「もちろん」

 1組全員が纏まって教室から出ていく様はさながら一夏のハーレムのようだった。実態は全くもってそんなことはないのだが。

 なお、一夏と当たった簪はクラスメイトに「更識さんなら大丈夫だよ……ほら、真面目だし!」となんとも言えない応援をされていた。簪は未だに4組に馴染めていなかったのである。

 

 

 

 試合会場であるアリーナに移動した1組はそれぞれ観客席と出撃ピットに分かれる。前者は大多数の生徒。後者は一夏と、彼のサポートをしてきたセシリア、レイラだ。マコトが気がつけば何故かいなかったが、千冬に一夏が聞けば「更識妹の応援に行った」と答えられ、それはいいのかと思ったが特に何も千冬が指摘しないあたりいいらしい。

「ついにこの時がやってきましたわ、一夏さん」

「あぁ。武者震いがしてくるぜ」

「あなたならきっと大丈夫です。機体と、自身を信じて」

「おう!」

 まるでヒロインと主人公のような会話をするレイラと一夏に、彼らと面識のない代表戦の手伝いをしている上級生たちが「こいつら付き合ってるのか?」とまたしても勘違いする。セシリアはレイラに誤解を解かれていたので表情こそ変えないが、この友人が色々と男性を勘違いさせないだろうか冷や冷やとする。

「結局、零落白夜の練習とかしなかったけど、いいのかな」

「アレは切り札であると同時に諸刃の剣です。今の一夏さんには過ぎる力でしょう」

「そこは同感ですわ。簪さんがどういったISで来るかはわかりませんが、当たらなければ終わりなものより、確実に攻めたほうがいいでしょう」

 一撃でエネルギーを削り取る零落白夜は同時に多くのエネルギーを使う。未知数とはいえ代表候補生の簪に隙の大きい零落白夜が当たるとは一夏も思っていない。箒も別れる前に「零落白夜は最後の手段にしておけ」と釘を刺されている。

「フン…随分と鍛えてくれたようだな、オルコット、デュランダル」

 そんな3人のもとに千冬が歩み寄ってくる。家族である一夏はちょっと千冬が上機嫌なのがわかった。

「織斑先生……はい、貴方の弟君ですから」

 レイラが気品を持った雰囲気で千冬に応えた。

「ここは…いち教師ではなく、こいつの弟して礼を言わせてもらう。ありがとう、二人とも」

「!」

 千冬が頭を下げ、セシリアとレイラは驚きのあまり言葉も発せない。一夏は照れ臭くなって、白式をコールして呼び出した。

 装着音が固まった空気を強制的に動かす。

「…じゃ、行くよ」

「え、えぇ、一夏さん。期待していますわよ」

「頑張ってください、一夏さん」

 一夏は二人に見送られ、カタパルトへと向かう。その背中に、もう一つの声がかけられた。

「一夏」

 それはこの学園に来て、初めて聞いた“姉”の声だった。

 一夏は振り返らずに足を止める。きっと、振り向けば声をかけてくれないだろう。昔から彼の姉は恥ずかしがり屋なのだ。

「こんなことを教師である私が言ってはいけないのだが……勝ってこい」

「あぁ……!」

「篠ノ之流剣術、その1!」

「剣は体を斬るにあらず、心を斬るものである!」

「よし。行ってこい」

「押忍!」

 一夏がカタパルトに乗った。管制官を務めているのは手伝いの二年生だった。

「発進タイミングを移譲。アリーナ内のコンディション、グリーン。進路クリア、どうぞ」

「織斑一夏、白式!行きます!」

 カタパルトでの出撃もこっそり練習していた一夏は悲鳴をあげることなく射出され、アリーナの中へと飛び立つ。飛び出せば割れんばかりの歓声が届く。一夏のことを疎んでいたものたちなど幻だったかのように。

「いくぞ、白式。俺たちの力を見せるんだ」

『————』

 反応が返ってくるはずのない白式へ一夏はそう言った。白式は…白騎士は彼には聞こえないながらも「もちろん」と頷いた。

 時は少し遡り、一夏たちがいるピットとは反対の4組側のピットに場面は移る。そこでは簪が自らのISの最終チェックを行なっていた。

「アンロックユニットは大丈夫。火器管制、駆動制御、どれも干渉なし……ひとまず、これならいけるかな」

「簪さん」

「っ!?」

 そんな彼女の下に、誰かがやってくる。薄情にも誰も応援にこないクラスメイトのものではなく、よく聴き慣れたルームメイトの声だった。

「マコトさん!?どうしてここに」

「そりゃ応援だよ。それが簪のIS?」

「そ、そうだけど…1組のほうはいいの?」

「あっちはオルコットさんとレイラが行ってるからね。二人も、それに箒も簪に頑張ってって言ってたよ」

「……ふふ、そっか」

 簪はただただ嬉しかった。今回は組が違う、戦う相手だというのに。彼女たちは優し過ぎる。簪はどこまでも底のない暗い闇を知っているからこそ、マコトたちの明るさが尊く、温かった。

「…この子は、打鉄二式。倉持技研で開発中の私の専用機……」

 薄い水色のISを簪が撫でながら紹介する。マコトはこの機体に見覚えがあった。以前、授業で見学した整備課の最奥に置かれていた機体だ。やはり、あれが簪の専用機だったようだ。

「打鉄に似てるけど、こう近いと全然違うね。武者っぽい打鉄よりも、ロボットというか、直線的なデザインだね」

「開発コンセプトは打鉄の持つ安定性を犠牲にしてもいいことを前提にした、高性能化と拡張性の向上。汎用性は現行の打鉄でも複数のパッケージ換装で足りてるけど、打鉄は設計を突き詰めすぎてあれ以上の高性能化ができない」

「本当に改良機なんだね」

「うん。だから、この子が作られてる。加えて、打鉄の第三世代機化……リファインも目指している」

 イメージインターフェイスを利用した第三世代武装と呼ばれる装備。それを有する機体が第三世代機と呼ばれる、現行最新鋭機。ブルー・ティアーズとダイヴトゥ・ブルーの二機も数少ない第三世代機である。

「それが簪さんの言ってた“専用装備”ってことか」

「そう。……間に合わなかったけどね」

 簪が打鉄二式を纏い、ハンガーから機体を下ろす。その姿は打鉄とはうってかわって機動力に富んでいそうな姿だった。上半身は簪の腕を包むアーマーだけで、本来ならばある非固定ユニットの蛇腹状のシールドがない。代わりに腰部に非固定ユニットが一対設けられており、それはAMBAC肢としての役割を持つスラスターユニットだった。

「打鉄用高機動パッケージ“迅雷”、同期完了。スラスターベーン、可動を確認。武装確認、右手、試製19式IS用自動小銃。左腕部、試製19式多連装ミサイルランチャー。管制認識」

 電子キーボードを叩きながら簪は機体を僅かに浮かせてカタパルトへと導いていく。

「簪さん、もしかしてまだ調整が?」

「実を言うと、OSがこの機体は不完全」

「う、動かせるの?」

「なんとか……ただ瞬時加速はできないかな」

 ISバトル必須技能である瞬時加速の使用不能。それはあまりにも機体の状態が不完全であることを表している。マコトは心配そうに簪を見上げている。マコトの様子に、簪はまるで姉がかつてそうしてくれたように、優しい笑みを浮かべて言った。

「大丈夫。そのためのこの装備。それに——まだISに乗り出して一ヶ月も経ってない相手に、負けない」

「簪さん…」

 いつもは静かな彼女が精一杯の勇気を振り絞ってそう言って、マコトはわかった、と頷き、彼女を見送る。簪の打鉄二式がカタパルトに接続される。

「システムチェック、発進シークエンス。ハイパーセンサー起動、各補助システムをアクティブ。迅雷、スラスター点火」

 キュゥゥゥゥ、と甲高い音がピット内に響く。打鉄二式に装備されたスラスターユニットが叫ぶように起動したのだ。

「シールドバリア、展開。既定出力まで上昇。絶対防御、発動制御システム異常なし。全装備の安全装置を解除——発進準備、完了っ」

 電子キーボードが消え、簪は両手に武装を呼び出す。試製19式IS用自動小銃、試製19式多連装ミサイルランチャー。IS用というよりは人間用のようなデザインのアサルトライフルに、一見シールドのように装備される表面に発射管を備えたVLSのようなミサイルランチャー。それが装備される。

「発進タイミングを更識さんに移譲」

「了解。…マコトさん、行ってくるね」

「うん!頑張って!簪さん!」

「更識簪、打鉄二式“迅雷”、行きます…!」

 スラスターが青白い炎を噴出し、簪の打鉄二式が飛び出していく。マコトは、思えば誰かの出撃をこうしてちゃんと見送るのは一夏のものを含めてまだ二回だけなのだと気がついた。前世ではずっと、見送られる側だった。

「(ルナも、こんな気持ちだったのかな)」

 少し、不安になるような気持ち。最後は見送ることしかできなくなっていた恋人の顔がマコトの脳裏に蘇った。

 

 

 

 アリーナ内に簪が現れ、一夏は初めて簪のIS乗りとしての姿を見た。いつものどこか頼りなさげで、静かで、小動物のような彼女が今日は一夏がゾクゾクとするような気迫を見せる。意志の強い、マコトとよく似た赤い瞳が一夏を射抜く。

「……簪」

「一夏さん」

 二人が向かい合ったことで、試合開始を告げるブザーが鳴る。一夏は雪片を構えた。

「勝負!」

「いくよっ!」

 一夏がまずは動いた。先手必勝、と言わんばかりに瞬時加速をし、一気に間合いを詰める。セシリアとレイラからはこうアドバイスされていた。

 ——ブレードオンリーである以上、先手は上手くいかなくても取らなくてはいけません。

 ——レイラの言う通りでこれは簪さんがどんな装備でも絶対です。

 ——退いたらどうなるんだ?

 ——永遠に接近できず蜂の巣にしますわね、私なら。

 退けば死。なんとも俺好みだ、と一夏は苦笑いしながらその時は説明を聞いていた。

 そして、その理由はすぐにわかった。簪が非固定ユニットのスラスターを一夏の方に向けて、全力で後退した。瞬時加速は使っていないがその加速力はかなりのもので、僅かに瞬時加速には及ばないが一夏の初撃は降ることすらできない。

 続けて、簪が左腕に装備するシールドのようなミサイルランチャーを一夏に向け全弾発射する。

「ミサイル!ビームよりは!」

 弾幕を掻い潜る訓練を思い出しながら一夏は前へと進む。ビームよりも弾速が遅いミサイルならば避けられる。一夏は向かってくるミサイルをギリギリまで引き付けて回避する。通常の弾丸と違い追尾して纏まってしまうミサイルのほうが一夏は避けやすかった。

「…想像以上…!」

「おおおおっ!」

 話には聞いていたが、初心者がこうも正面から攻撃を恐れずに来るのは簪も驚き、実際に避けているのだからさらに驚きは増す。それでも簪は冷静に、雄叫びをあげながら突撃してくる一夏をギリギリまで待って、雪片が振られる直前にスラスラーを機体左面に向けて噴射し、強引に回避した。

「なっ…!」

「そんな正面からの攻撃、当たらない!」

 回避し、今度は一夏にアサルトライフルで銃撃。一夏はまともに左側に被弾しエネルギーを削られた。

「くっ、まだまだ!」

 上下、左右。一夏はランダムな運動パターンで簪に接近を仕掛ける。簪は白式の運動性能の高さに、この機動性を打鉄二式にもフィードバックしてくれないかと同じ会社製の白式の性能に嫉妬する。

 打鉄二式に装備されている“迅雷”は高機動パッケージとされているが実際は高高度迎撃用の装備で、近〜中距離の機動戦には向いていない。この装備の実態は緊急展開用のブースターであり、今回装備したのは打鉄二式が瞬時加速を使えないためその代用品だ。

 なので、非固定とはいえ、機体の加速力自体は上がったが小回りが効かなくなっている。おまけに“迅雷”はジェット燃料を使用しているため、いずれ燃料切れになる。その前に勝負をつけなくてはいけないのだが、不完全なOSは打撃力のある武装を装備させてくれなかった。

「当てづらい…!」

 偏差射撃することもできないほどの白式の機動性に、簪は歯噛みする。白式が再び距離を縮めたため、簪はアサルトライフルで牽制しながら全速力で一夏と距離を離す。早くも戦闘は逃げる簪を追う一夏という構図になる。

「逃げるな!」

「戦ってる!」

 一夏は白式に射撃武装がないのが本当にキツいと感じてしまう。こうも逃げられると手の出しようがなかった。

 

 

 

 膠着状態となった戦闘を観客席にいるセシリアとレイラ、そして1組の生徒たちはどうしたものかと呻いていた。

「やはり、日本の新型機は機動性に富んだ機体でしたか」

「かのゼロファイターも機動性に富んた機体だったと言われています」

「よく知っていますわね、レイラ」

「体験入校した軍学校で教わりました」

「なるほど…」

 レイラは簪の機体を機動力の高い射撃機であると分析する。どうにも完成とは程遠いようだが、現時点でもコンセプトは垣間見える。白式が白兵戦なら、あの機体はそのサポートだろうか。レイラは前世のモビルスーツにあった役割分担からそう思った。

「こうなると一夏さんは厳しいですわね。白式に射撃武装がないのが」

「公式では暮桜には一応ライフルが装備されているといますが、一度も使用されず誰も見たことがなかったですね」

「ですから、不要とされてしまったと。それは織斑先生が強過ぎるからでは」

「……我が祖国でもたまにある“病”でしょうね」

「…おやめなさい、レイラ。言っていいことと悪いことがありますわ」

 セシリアは思い当たるフシがありすぎて頭が痛くなる。そもそも、セシリアが実戦でスナイパーライフルを使用しないのはライフル搭載の“フレキシブル機能”というビームを曲げる偏向機能の容量があまりに重すぎて、機体の量子格納庫に予備のビットや万が一の近接装備が載せられないどころか、フレキシブルとビットの制御システムが干渉を起こしてエラーを発生させ火器管制がフリーズするためだ。

 おまけに、フレキシブルを発生させるためには凄まじい集中が今のセシリアには必要でそんなことを悠長にしていれば動くことさえままならない。

「スターライト、レイラは装備を断ったのでしょう」

「えぇ、信頼性に欠けますので」

「信頼性。そうですわね、そう言えばあのイングラムキャノンは弾詰まりしやすいそうですわ」

「なるほど、覚えておきましょう」

 うふふ、と令嬢同士の黒い微笑に周囲の生徒は若干引いた。

「お前たちでもそういう言葉を交わすのだな」

 箒がレイラとセシリアの静かな言い合いに珍しいものを見たといった表情をする。レイラとセシリアは箒から見れば互いを尊重し合い、レイラはセシリアのフォローをし、セシリアはレイラよりかならず前に立つ。いいコンビだと箒以外の1組の生徒も感じている。

「あら、箒さん。仲がいいからこそ、ですわ。そういったこと、一夏さんたちとはなくて?」

「まぁ、喧嘩は何度か一夏としているが」

 仲がいいほど、お互いの距離が近くたくさんのものが見えて中には気に入らないこともある。それさえも飲み込んで、共に分かち合うことができるのが友人。箒は憧れていた学生の頃の千冬の、姉との姿勢にそう学んだ。

 一夏とも数度は喧嘩しているが全て仲直りできている。

「マコトとはないのですか?」

 レイラの問いに、箒はマコトと喧嘩した記憶がないことに気が付く。

「……あいつとはないな。昔からみんなと一緒にいるようでどこか一歩引いたやつだった。大人、というのか、達観しているというのか…」

 時には一夏や箒たちと馬鹿騒ぎし、時には二人を止めるブレーキ。まるでマコトの中に子供の彼女と大人の彼女がいるようなアンバランスさに、箒はこの歳になって気がついてきていた。

「ただ、別になんとなく仲がいいわけではなくアイツは私の友人と自信を持って言える。子供の頃も助けてようとしてくれたし、一夏と同じく真っ直ぐなやつだからな」

 そう、真っ直ぐなのだ。物事をよく見て、深く考えることもあるようだが、マコトは肝心な時は悩まず真っ直ぐだと箒は思っている。特に、他人のために何かをする時はだ。

 レイラは箒のマコト評に思わず笑顔になる。まっすぐ、誰かのために。怒れる瞳の奥に埋もれていた優しく誰かを想う心。それを箒や一夏が彼女に思い出させたのかもしれないと思ったからだ。

 普通の生、恵まれた家庭。それらを得たレイラは友人とは替え難く欠けがないのないものであると知り、シン・アスカという存在がどれだけ自身の中で大きかったのか今世で初めて理解したのだ。

「かんちゃーん!がんばれー!」

「…かんちゃん?」

 レイラはそんな応援をする本音に気が付く。かんちゃん、というのは誰なのだろうか。

「本音さん、かんちゃん、というのはどなたでしょうか」

「ん?レイレイ、かんちゃんはかんちゃんだよ」

 本音はそう言いながら指を差す。簪のことを「かんちゃん」と呼んでいたようだ。意外な繋がりがあったものだとレイラは驚いた。

「どうしましたのレイラ」

「いいえ、本音さんは簪さんとお知り合いのようです」

「あら、そうですの」

「ほう、簪とか」

「うん!昔からの幼馴染みなんだ〜」

 レイラはなるほど、と納得する。簪には確かに、これぐらいゆるい本音がちょうど良いのだろう。

「昔からかんちゃん静かでね〜、でも、今日はすっごく頑張ってるね!」

「確かに……いつもの、お昼の時よりも強そうですわ」

 セシリアは素直に簪の今の姿に感心する。何かと自信が無さそうな少女だったがやる時はやるタイプのようだ。セシリアは初動のスラスター使用による後退に、簪の機体が瞬時加速もできないほど未完成状態なのだと見抜いていたが、それをわかっていて強引にスラスターで機体を動かそうとする根性が気に入った。

「かんちゃん、最近、しののん、せっしーとかレイレイと楽しそうだから、私も嬉しいんだ〜」

「ふふ、簪さんはいいご友人をお持ちですね」

「そんな〜、レイレイ〜」

 本音を思わず撫でながら、レイラは視線を勝負へと戻す。友人同士の戦い。けれども戦争ではなく、競い合うもの。レイアらは戦いであるにもかかわらず穏やかに二人の軌道を見守る。アリーナの空は覆われているとはいえ、二人の姿があまりにも自由に見えた。

「(マコトと、あぁいう風に飛べるといいのですが)」

 

 

 

 レイラの視線の先では、一夏があともう少しで簪に追いつけそう、というところだった。

「そのブースターを破壊すれば!」

「バレた…!でも!」

 打鉄二式の機動力のからくりを見抜いた一夏は“迅雷”に雪片を向けようとするが、簪はここで手札の一つを切った。スラスターを全カットし、迅雷を左右に広げる。直後、簪の体は斜め後ろへとふわりと後退し、一夏の後方頭上をとった。

「…このっ!」

「くそっ!」

 さながらそれはコブラ機動のようだった。背後をとった簪は容赦無くアサルトライフルとミサイルを斉射。一夏は防御もままならずモロに背面へ攻撃を食らう。ミサイルの爆発と弾丸の衝撃が合わさり簡単に絶対防御を発動させる。

 エネルギーがガリガリと削られ、一夏はこのままではやられると判断し、一か八か瞬時加速で逃げようと試みるが、被弾の衝撃が集中力を乱す。イメージ操作に大きく頼るISの弱点だった。

「このままっ、押し切る!」

 ライフルとミサイルを打ち切り、簪はそれらの装備を量子化すると新たな装備を呼び出す。今度はアメリカ製のIS用ガトリングガンだった。

 一夏は一瞬の弾丸の切れ間を瞬時加速でなんとか距離をとり、簪へと振り向く。その時にはすでに簪はガトリングの引き金を引いており、夥しい量の弾丸が吐き出される。一夏は回避し、接近しようとするが、今度はあろうことか簪がガトリングを撃ちながら接近してきた。

「今度は追われる側かよ…!」

 白式のエネルギーは既に大きく削られており、強引に接近するのは難しくなった。つまり、このまま時間切れまで持ち込まれれば、エネルギー残量から一夏の敗北となる。また、簪が今回装備している“迅雷”は燃料によって推力を得ているため打鉄二式本体の推進システムは未使用。エネルギーはまだほぼ100%だった。

「逃げないで!」

「逃げるしかないだろ!」

 立場が逆転し、一夏は必死に射線から逃れる。どうしたものか、と彼は思考を巡らす。ないない尽しで初手で当てられなかったことが結局ここまで響いている。これが代表候補生の実力かと一夏は悔しさを覚える。加えて、彼は知らないが簪の機体は不調で全力とは程遠い状態。それでもここまで追い詰められている。

「くそ、飛び道具がほしい、飛び道具がほしい…!何か、何かないのかよ!」

 必死に念じるが、一夏の言葉に白騎士は聞くだけ聞いて何も出さなかった。本来は白式の中の白騎士が持っている量子格納庫に白騎士の装備一式が入っており、かつて弾道ミサイルを全て撃ち落とした後にも先にも出てこない最強のビーム砲があるのだが、白騎士は創造主の命令を忠実に守っている。

「だいたいあんなブースターつけて、ブースター…そうか、ブースター!」

 何かを閃いたらしい。簪は一夏の言葉に気がついたがそろそろトドメを刺そうと加速をかけようとする。

 が、突如として“迅雷”の噴射が停止する。燃料切れ、そんなありえない、と簪は燃料の残量を見るが数値はまだ半分近くある。じゃあ何が、と咄嗟にシステムを確認する。

「制御システムのプラグが……!?」

 “迅雷”のステータスモニタには“迅雷”本体の内部にあるプラグが外れていることを示すアラートが出ていた。簪はそんなことはないはずだとパニックになりそうになる。なぜならばそこは昨日、確認したのだ。確認し、問題はなかった。

「どうしてっ…!?」

 打鉄二式が突如、失速し墜落していく。必死だった一夏はそれを好機と捉えた。

「いっけぇぇぇぇっ!」

「っ……!なに!?」

 落ちながらも簪は打鉄二式自体の推進システムで姿勢制御をしていたが、一夏の雄叫びになんだと彼の方を向く。すると、とんでもない光景が見えた。

「はっ!?えっ!!???」

「零落、白夜ァー!」

 一夏が何をしたのか。それは非常に単純だった。彼はなんとも綺麗なフォームで、まるでスラスターのように全開で展開した零落白夜を後ろに向けながら、雪片を“投げた”。“迅雷”がデッドウェイトと化し、パージもままならない簪は回避することなど不可能。

 流星のように柄の部分を前に雪片が簪へ向かってくる。簪はせめてもの防御として両腕をクロスしたが、雪片がぶつかった瞬間に回転し、彼女の頭にぶつかった。

 同時に、零落白夜の発動が終了し、打鉄二式のシールドエネルギーも10割あったものが5割まで削られる。

「そ、んなっ」

「これでぇ!」

 一夏はダメ押しとして拳を振りかぶる。簪はこのまま叩き落とされるわけにはいかない、とまだ弾が切れていないガトリングを一夏に乱射する。一夏はそれを避けずに突っ込んだ。ブースターが死に、逃げられない簪はまずガトリング自体を殴られ、砲身が歪む。一夏は射撃武装を破壊したことを確認しながら、流れるようにキックを簪の左脚部に当てた。

 簪はバランスを崩し地面を落ちていく。このままでは墜落のダメージも受けると簪は重しになっている“迅雷”を空中でパージ。どうにか急制動をかけて墜落は免れ、アリーナの地面に強引に着地する。

 土に打鉄二式の脚部がめり込むほどの衝撃を殺した簪に、一夏が少し離れたところで向かい合う。

「これでもう逃げられないな」

「……っ……」

 白式の得意レンジを避けてチマチマと削っていくはずが、“迅雷”を失った打鉄二式は機動力がないに等しく、白式からは逃げれない。

「(……迅雷、細工された)」

 パージされ、地面に突き刺さるように落ちた“迅雷”に簪はそう推測する。何者かが簪の整備完了後に格納庫に忍び込んで弄ったのだろう。待機状態にすらできない打鉄二式の弊害だった。

 大方、一夏にわざと勝たせて簪が不調だったことを告げて……と言う魂胆だろうと、簪は陰湿すぎる何者かのやり方に腹が立つ。しかし、今は一夏との真剣勝負。万全でなくても、負けるわけにはいかないと簪はアサルトライフルを再度呼び出し、リロードする。

「接近戦では確かに不利かもしれない。でも、まだ終わってない」

「俺も簪を侮らない。全力でいく」

 慢心はせずに、一夏は雪片を構える。簪もアサルトライフルの銃口を一夏に向ける。一回戦の第一試合でもの熱さ。会場のボルテージは最高潮になる。

 同時に、大きな破砕音と天から神の裁きのように光が落ちてきた。

「っ!?なんだ!?」

 今から飛び出そうとしていた一夏は急制動をかけて停止し、簪は引き金からかけていた指を離す。落ちてきた光は本来不可視なはずのアリーナを覆うシールドバリアを貫いていた。IS単機とは比較にならない、大出力のシールドバリアを、である。

「何が、起きてんだ」

 一夏は呆然と、その光を眺めていた。

 

 

 

 観客席にいた1組の生徒たちも呆然としていた。だが、ただ一人、レイラは何者かに攻撃を受けていると飛び上がるようにISを半起動状態にしてハイパーセンサーやレーダー類を起動させ索敵を行う。

「(レーダーに反応は……見つけました。一体どこの………!?)」

 レイラは息が止まりそうになる。レーダーに引っかかった機体がなんなのかをわかってだ。ダイヴトゥ・ブルーはそんな新たな操縦者の驚愕など知らずに、無慈悲に襲撃者の名前を告げる。それは姉妹である『彼女』。

 ——IFF認識。“友軍機”。

 ——機体名称“サイレント・ゼフィルス”。

 静かに、奪われたはずの青が、落涙してきていた。




※本作に某企業などはいません
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