アリーナのシールドバリアが砕け、光が消え、ソレは静かに降りてきた。機体色は白一色。しかしシルエットはアリーナにいる誰もが見たことがあった。
「あれは、セシリアたちの国の」
サイレント・ゼフィルス。つい先週、イギリスで強奪されたというIS。現れたISの形状は間違い無くそれだった。右手には大型のブルー・ティアーズのようなスナイパーライフルを備え、明らかにビット兵器らしきものを僕のように従えている。装着者の顔はフルフェイスで見えず、体も全身がスーツで覆われているのか、肌が見えない。
ただ、その体つきは妙にグラマラスだった。
一夏は、動けない。アレは敵だと彼の本能が告げている。濃厚な殺意、それがあの白いISから発せられている。
「……簪、動けるか」
「いけるけど、今の打鉄二式はどんくさい。一夏は」
「まだ3割はエネルギーが残ってる。…エネルギー的には俺が危ないな」
既に危険域の白式は素人の一夏ではこのエネルギー残量で未知の敵と戦うことは不可能だ。おまけに最大火力である零落白夜は使用できても一回が限度だ。
「どうする?」
「……あれは、敵だ」
「それは、私もわかる」
簪が一夏に対応を問えば、返ってきたのは立ち向かうとも取れるような言葉。敵。簪はライフルを持つ手に力を込めながら打鉄二式の状態をチェックする。エネルギーは5割、武装は残りライフル一挺。瞬時加速はできず、空中戦をするには足も遅い。下手をすれば一夏よりまとも戦えないのではないかと簪は思ってしまう。
「織斑先生、聞こえますか」
一夏は、試合中アリーナの制御室にいるという千冬に通信を飛ばす。彼女はすぐに応答した。
『あぁ、聞こえる。どうだ、動けるか』
「それは大丈夫です。でも、どっちにしろ試合中でエネルギーが」
『打鉄二式は半分、白式は危険域か。今、外で待機している三年生たちを増援として呼んでいる。それまで待てるか』
「あいつが動き出さなきゃ、かな」
『……動きがあれば、直ちに撤退しろ。こちらも観客席の生徒を避難させる。シールドバリアを破るほどの出力だ。観客席に向けられたらわからん』
観客席にサイレント・ゼフィルスのライフルが撃たれれば本当に生徒が消炭になることは容易に一夏も想像できた。
『それに、そんな出力を出せるISはこの世界にもう存在していないはずだからな』
「その、存在してないISって」
『——白騎士だ』
一夏は唾を飲み込んだ。これまでの授業で、白騎士だけが出鱈目な性能であることは知識で知っていた。ミサイルを棒立ちで迎撃できるほどのシステム、射程限界がないとされる超出力のビーム砲、姿を本当に消しているかのように迷彩。詳細は不明だが、既存のISを超越した「最初にして最後の完成されたIS」と白騎士は呼ばれている。
観客席をちらりと見れば、パニック寸前ではあるがなんとか避難誘導を始め、避難が開始されていることがわかる。このまま、相手が動かなければなんとか……と一夏は思うが、それは希望的観測だった。
サイレント・ゼフィルスの持つライフルが観客席に向けられた。
『いかん!』
「っ!やめろぉぉぉっ!」
一夏は反射的に瞬時加速を行い、サイレント・ゼフィルスに体当たりする。結果、スナイパーライフルという名のメガビーム砲は空に砲口が向き、ビームが今度は空に向けて放たれた。
観客席はパニック状態に陥る。
「くっ!皆さん!落ち着いてください!怪我をします!」
「でも、早く逃げないと!」
「それで怪我をして逃げられなくなったらどうするつもりなのです!日本ではこういうとき、おさない、かけない、しゃべらない、というのでしょう!落ち着いて避難を!」
「二人の言う通りだ!真正面にいる一夏たちよりマシだろう!」
我先にと駆け出す生徒たちをセシリアとレイラ、箒が沈めるために大きなを声出す。彼女らの持つ空気感とこんな状況でもよく通る声は一部の生徒たち、特に1組の生徒に通じ、生徒たちは慌てず、しかし迅速に出口へと向かう。
「かんちゃーん!かんちゃーん!」
「本音さん、ここは一度さがりましょう」
「でもっでもぉ!」
「一夏さんもいます。あなたが死んでは簪さんも悲しみます」
「うぅぅぅうっ」
アリーナに取り残された簪に本音は避難を拒否したがレイラが強引に彼女の手を引き連れ出す。避難をしながら、レイラはサイレント・ゼフィルスの状態を確認する。レーダー情報はイギリスにあったときとは変わらない。
だが色が変わり、明らかに主兵装の「スターブレイカー」の威力が名前そのものになってしまっている。本来はセシリアの使用するスナイパーライフル「スターライト」と同程度の出力に、大幅に容量を圧縮できたフレキシブルシステムを搭載しているだけで基本的なものは変わらない。
「(あれは一体、“何”なのですか)」
底知れない不気味さをサイレント・ゼフィルスに、いやもはや別の“ナニカ”と化しているものに感じる。スーツに覆われているが作り物めいた女性の肢体が余計にそれを助長させた。
観客席への一撃をなんとか防いだ一夏は、間違い無く相手のターゲットが自身に向いたと判断する。
このままあのビーム砲とやりあうのかと覚悟を決めようとした一夏だったが、サイレント・ゼフィルスは何を思ってかライフルを量子化し、大型のナイフを展開する。それはピンク色に刀身が発光した。
「接近戦をやろうっていうのか」
狙撃機ではなかったのか。一夏は意味不明なサイレント・ゼフィルスの動きに困惑をしながらも雪片を体の前に構えた。
『一夏さん、聞こえますか!?』
臨戦態勢となった一夏に、本音の避難を終え、残っている生徒がいないか観客席に戻ってきたレイラがサイレント・ゼフィルスの様子を見て慌てて一夏へ通信を繋げた。
「れ、レイラ!?どうした!?」
『あのナイフには気をつけてください!アレはシールドバリアを無視します!』
「は!?どういうことだ!」
『あのナイフはシールドバリアと同じ位相に合わせたフィールドを刀身に纏い、ぶつけることでバリアを中和。絶対防御を発生させるものです!』
レイラからの忠告に一夏は冗談じゃないと構える。相手は焼くより切り刻む方がお好みらしい。
『零落白夜の登場に、こぞって全世界が同じものを作ろうとしました。そして、イギリスの出した答えがあの大型ナイフ…“女王宣誓”です』
本来は自身が扱うはずだった武装。レイラはよくその特性を知っていた。刀身自体は切れ味のないナマクラだが、ようは競技で勝つのならバリアエネルギーを0にすればいいのであって、一番効率的なのが絶対防御の連続発動である。
そして、実戦でもそれは同じで、ナマクラとはいえISのパワーアシストで武器を振るえば生身の人間は死ぬ。混沌としたブルー・ティアーズシリーズの中で、狂気が産んだ機体コンセプトとは真逆の最強の近接武装だった。
「リーチはこっちがあるから、捌ければ……」
『あのISは普通の状態ではありません。撤退を勧めます』
「けど、逃げられるわけないだろ、あいつ、観客席に撃ったんだぞ」
ここで逃げればさっきの焼き直しだ。時間を稼ぐ。なんとしてでも。一夏は無謀とも思えることをやろうと考えていた。しかし、それに簪が待ったをかける。
「一夏さん、撤退して」
「なっ!?簪一人でアレを止めようって言うのか!?」
「違う。待てば三年生の増援がくる」
「でもいつくるか分からないんだぞ!」
「それでも、エネルギーに余裕がない白式で、白兵戦は厳しいよ」
事実だった。サイレント・ゼフィルスの格闘戦能力は未知数だが、激しい動きになることは想像に難くない。今の白式で激しいを動きをするにはあまりにエネルギー残量が心許ない。
「……置いてけるわけないだろ、友達を」
「でもっ」
「簪!俺は絶対友達を見捨てない!」
一夏は叫ぶ。無謀だと、無意味だと、それはわかっている。
『織斑、馬鹿な真似はよせ。今のお前では』
「やるんだよ、白式!力を貸せ!」
気合で白式のエネルギーは回復しない。それでも一夏の気迫は増す。サイレント・ゼフィルスが一夏の気合に呼応するかのように前のめりに飛び出してきた。従えるビットも一気に散開し、一夏たちを後方を飛び交う。下がれば撃つ、と言わんばかりだ。
「くぅ!」
振るわれたサイレント・ゼフィルスのナイフを一夏は雪片で受ける。手応えは重く、それでも一夏はナイフを弾き、返す刀でサイレント・ゼフィルスに反撃する。だが、サイレント・ゼフィルスの反応は尋常ではなく、弾かれたというのにナイフで雪片を受ける。
「こいつ…!?」
「援護する!」
「ダメだ簪…ぐあっ!」
一夏の横に周り、援護をしようと簪が動いたところで、サイレント・ゼフィルスがナイフの刀身で雪片を滑らし、バランスを崩した一夏に左足で脇腹を蹴り上げると、彼はとんでもない距離を舞った。
そして、彼の無事を確認する間もなく、サイレント・ゼフィルスは簪に向かって瞬時加速をしたかと思えば、簪は腹部に強烈な衝撃を受ける。息が止まり、手にもつライフルがこぼれ落ちる。
網膜投影に「絶対防御最大稼働」と表示され、簪の体は一夏と同じように蹴り飛ばされていた。背中から地面に落ちて、そのままISをつけているにもかかわらず地面を石のように転がる。止まった頃にはエネルギーが2割まで削られたことと、打鉄二式自体のダメージが行動不能レベルまで達していた。
「ぐ、ぅ…!」
痛みは薄い。打鉄二式が全力で操縦者を守ったおかげだった。代償に、打鉄二式の装甲は損傷し、歪んだせいで発生した隙間からバチバチと火花をあげ、煙を吹いている。
たった一発の蹴りでこの惨状を成したサイレント・ゼフィルスは簪を興味なさげに見下ろしている。
「ばけ、ものっ…!」
せめてもの反撃は口で。しかし、サイレント・ゼフィルスはそんなことな歯牙にもかけず片手を天に伸ばした。ビットが集い、全ての砲門が簪へと向けられている。簪はとてもではないが動けない。打鉄二式になんとか動いてと念じるも、打鉄二式は主人の要望に応えられず、どうすることもできず機体の損傷状況を伝えるしかない。
「(ああ、これはダメだ)」
簪は悟った。間違いなくこれは死ぬと。この状態で撃たれればエネルギーは切れ、非常用のものもなくなり、最後にはビームに体を蜂の巣にされる。人の形が残るかどうかもわからない。
走馬灯のようにこれまでの人生が流れていく。姉は、こんなときも助けにきてくれない。
そうして、ビットの砲口の光が増していく。簪は目を閉じた。
「(なんで、こんな時になって浮かぶのが……マコトさんの顔なんだろう)」
付き合いはまだ一ヶ月とない友人の顔が最後に浮かぶ。彼女が現れてから簪の生活は激変した。友達が増えて、お昼をみんなで食べた。放課後もたまにおしゃべりをする。夜寝る前は今日あったことを話し合う。
普通の人から見れば当たり前かもしれないそれは、簪にとっては特別なものだった。
「(……なんか、悪いな)」
ここで、更識簪は終わる。それがなぜだか残念で、悲しくて…申し訳なかった。
ビームの発射音が前方から聞こえ、簪の意識は……途絶えることもなく、死を伝える衝撃もこない。しかし、ビームが着弾する音は確かにする。簪が恐る恐る目を見開けば、そこには大きな背中があった。
「マコト、さん」
打鉄の非固定ユニットのシールドを前面に展開し、全力防御をするマコトの姿があった。彼女は攻撃を受け続けながら、シールドの裏から量子化していた武装を呼び出し、構える。現れたのはグレネードランチャー付きのガルム。
マコトはこの打鉄の装備を出撃前に確認していた。元々、別のクラス代表が使用する予定だった打鉄で、これを使おうとしていた操縦者は頭がいいとマコトは思った。
マコトがガルムのランチャーのトリガーを弾く。ボシュッと音を立てて発射され、サイレント・ゼフィルスに到達する前に爆発する。
「対IS用煙幕!?」
簪が驚愕する。爆発し、広がったのは白煙。それは煙幕だった。しかも、ただの煙幕では無く、IS用のものでハイパーセンサーの視界も欺ける。
ビットによる射撃が止む。マコトは簪に振り向かず声をかけた。
「簪さん、動ける?」
「ごめん、打鉄二式はもう、シールドバリアを張るので精一杯……」
「わかった」
「…まさか、戦うつもり?」
「そのために来たよ。織斑先生にも止められてるけど」
『当たり前だ馬鹿者。これ以上被害を増やすな』
「けど、アリーナの出入り口、全部ロックされてるから、誰かがアレの目を引かなくちゃいけない。そうでしょ、織斑先生」
「アリーナの出入口がロック!?」
簪の驚きに、マコトはそうだよ、と答えた。観客席を出たはいいが、そこからアリーナの外に出るゲートは全てロックされ外に出れなくなってしまったという。
『…ISの無断展開、強奪まがいの搭乗、制止をかける上級生を無視……飛鳥、戻ったら、わかっているな』
「覚悟の上です。二人が吹っ飛ばされて、見ていられませんでしたので」
ここに来るまで相当な無茶をしたらしいマコトに簪は思わず呆れそうになる。簪から見たマコトはわりと冷静で、無謀なことはしないと思っていたからだ。だが、マコトは前世の時からこんな状況になって逃げ出すようなことができるほど理性的ではなかった。
目の前で誰かが殺されそうになって、それを防ぐことができる力があるのなら、彼女は戦う。花が吹き飛ばされるのを彼女は許さない。
『……状況が変わった。飛鳥そのままサイレント・ゼフィルスと交戦し時間を稼げ。無理はするな。更識妹はそのまま待機。…織斑は、生きているか?』
『生きてるよ!ただもうエネルギーが限界に近い!』
『貴様もそのまま待機だ。先ほどからモニターしているとどうもヤツは動いたISに反応して攻撃を行っているらしい。観客席に打ち込もうとしたのも、デュランダルが索敵のためにISの一部機能を使ったのを察知してだろう』
「目的はIS…?いや、これはむしろ…」
『プログラミングされたロボットの動きだね!』
「うわっ!?」
なんの前触れもなく束の声がマコトにだけ届く。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの!?かけてきて」
『ダイジョーブイ!あとちーちゃんにもつなぐよ。ちーちゃーん!』
『……なんだ束。アリーナのロックは解除できたのか?』
『ちーちゃん人使い荒いよ〜、それまだ聞いてすらいないし、たぶんこっちから解除できないよ』
『なんだと?』
千冬はこの状況を打開するために束の力を借りる気満々だったが本人からそれが無理だと言われ梯子を外されたような気分になる。アリーナにハッキングしてきているのがよほど凄腕なのか、それともそれ以前なのか。答えは後者だった。
『私とくーちゃんのいる“特別教室”とそこの接続が物理的に切られてる』
『内部からも仕掛けられているのか…!更識姉は何をしている…!』
『まぁ、いっくん狙いのもいっぱいいたし、紛れ込まれてたかもね』
内部からの妨害工作に加え、これをしたということは相手は束が学園にいることを知っている。底知れない敵に千冬は戦慄する。狙いが見えない、何をしたいのかわからない。故に読めず、真正面から戦えない。
『ともかく、まーちゃん!』
「なに?」
『こっからは束さんがサポートするよ!…といっても応援だけだけど』
できることがなく、明らかに沈んでいる束にマコトは場違いながらも笑う。
「ううん、ありがとう。一人じゃないだけ、心強いよ」
一人は心細い。マコトはそれを知っているから、束がオペレートしてくれるだけでも嬉しかった。
『煙幕、そろそろ晴れるよ!』
「了解。…仕掛ける!」
ライフルを量子化し、マコトはIS用ブレードを呼び出す。初心者がはまりやすい罠武装は初心者乗るはずだったこの打鉄にもしっかりと積まれていた。
それを彼女はかつてデスティニーに乗っていたときのように体の前にまっすぐ構え、そのまま右側に担ぐように持つと、瞬時加速で煙幕の中に飛び込んだ。そうして、マコトはカンを頼りにブレードを振り下ろす。
広がった煙幕から先に飛び出してきたのはサイレント・ゼフィルスだった。
『このまま行こう!』
「畳み掛ける!」
まだ態勢が崩れているサイレント・ゼフィルスにマコトは瞬時加速をかけ時間を与えない。サイレント・ゼフィルスの頭部めがけけて振り下ろし、一気にダメージを稼ごうとするが、サイレント・ゼフィルスはありえないことにマコトの振り下ろしたISブレードを片手で受け止めた。
「なにっ!?」
マコトはそのまま打鉄のパワーを全開にし、脚部内臓のスラスターやシールドエネルギーを利用した推進システムを回すが、ビクともしない。網膜投影に移される各種スロットルのメーターは限界まで回っている。
押し込むどころか、サイレント・ゼフィルスは片腕でマコトを押し込み始めた。
「う、なに、このパワーは…!」
『まーちゃんの子も頑張ってるのに…コイツ!?』
束はマコトのハイパーセンサーと同期しながら、サイレント・ゼフィルスの分析を行う。束から見た打鉄はあまりに性能が低いものだが、格闘戦向けに調整されたアクチュエーターや安定性は僅かながら評価できる。操縦者の望み通りに動く機体という点では十分といえる作りをしており、こうして今のマコトのように過負荷運転をしてもすぐに根をあげないタフさもある。
通常のISバトルであればこの打鉄を片腕で押し返すなどありえない。
『想定される出力……嘘、この、出力…!』
サイレント・ゼフィルスの放ったビーム、これまでの徒手格闘、その場にいるサイレント・ゼフィルス以外のISコアがコア・ネットワークに流した情報も拾い、束はサイレント・ゼフィルスが一体どういう性能なのか分析できでしまう。
白騎士と、同格。それが分析結果だった。
「このままだと、押し込まれ……っ!?」
サイレント・ゼフィルスの右手にあったナイフが、大出力のビームを放っていたスターブレイカーへと変わって、マコトの顔面に砲口を向けていた。
『まーちゃん!!』
束の悲鳴のような声がやけによく聞こえる。マコトはどうすることもできずただ目の前で広がる光を眺め——。
「やらせない!」
「やらせませんわ!」
何十というビームが一点集中でスターブレイカーを貫き、エネルギーを溜めていたライフルは大爆発を起こす。マコトはその爆発で大きく吹っ飛ばされかなりのダメージをエネルギーに受けるが、ビームの直撃を受けるよりは遥かにマシな被害だった。
「っ〜〜〜〜!」
至近距離の爆発は流石に堪えたものの、なんとかマコトは地面に着地し、ガルムを再コールする。サイレント・ゼフィルスの姿は未だ爆炎に包まれ見ることができない。
「無事ですか!?マコト!」
慌てた様子で飛び寄ってきたのはダイヴトゥ・ブルーを纏ったレイラだった。彼女はビットを二機従え、ロングライフルを装備している。また、マコトがピットのほうをちらりと見ればセシリアがビット4機とライフルをサイレント・ゼフィルスのいるほうへと向けている。
マコトはレイラに素直に礼を言った。
「助かった!レイラ!」
「間に合ってよかった。セシリア!彼女は無事です!」
「それはよかったですわ。織斑先生!観客席の確認は終わりました!これより彼女らを援護します!」
『誰が出撃を許可した……まぁいい。篠ノ之はどうした』
「今はアリーナの中央出口に集まっている1組の方を纏めておられますわ」
『了解した』
セシリアの言う通り、箒はここにはおらず、避難している1組についていた。彼女はいつもの6人の中で唯一戦う力がない。だが、彼女はできることをするべきだと不安で震えているクラスメイトたちの元へと向かったのだ。
「しかし、奪って早々投入してくるとは」
「ますます、あの時みたいだ」
「えぇ」
『まーちゃん、あの、その子は』
「あ…」
マコトは束と通信が繋がっていることをすっかり忘れレイラといつものように前世のことを話してしまっていた。
「……今度話すから」
『わかったよ!今はとりあえず、生き残らないとね!』
「マコト?なんですか?誰と話しているのですか?」
「レイラも、あとで話す。あたしたちのことを“本当に知っている”人のこと」
「……!わかりました」
マコトとレイラが肩を並べる。まるで、かつてのミネルバ隊の時のように。マコトは灰色のISを纏うレイラが余計に前世のレイに重なって見えた。爆炎が治まっていき、当然爆心地にはサイレント・ゼフィルスの影が見える。マコトが無事なのならば、あのサイレント・ゼフィルスがやられているはずがないのだ。
そうして、サイレント・ゼフィルスのビットが爆炎をはらすかのように周囲を回転し、再び上空へと舞う。
爆炎が晴れるとそこには、純白だった装甲を焦がし、あるべきはずのものがなくなり、顔を覆っていたバイザーが消えたサイレント・ゼフィルスがいた。
「なに、あれ」
しかし、その姿を見た簪が恐怖のあまり吐き気を覚える。現れたサイレント・ゼフィルスはまともな状態ではなかった。
『馬鹿な』
あの千冬が言葉を失う。
「そんな…!ありえませんわ!」
セシリアが、悲鳴をあげるように言った。
「おい、嘘だろ……!」
まだISの知識が浅い一夏でさえも目を疑う。
「これが、わたくしのISを奪った、もの」
レイラが怒りを交えた声音で手に持つロングライフルを向ける。
「たば、ねぇ」
『………やり、やがったなぁ……!』
マコトは呆然とし、そして、束は怒りのあまり口調が崩れる。
現れたサイレント・ゼフィルスは右腕を失っていた。それはおかしくはない、凄まじい爆発で打鉄のシールドエネルギーを大きく削ぐほどのものを手に持っていたのだ。バリアを打ち抜くほどのエネルギーを溜めていれば当然、そうなるのもうなずける。
しかし、問題なのはその失われた前腕の接続部、即ち肘の断面から覗くものが、コードやフレームのようなものなことだ。
そして、極め付けがバイザーの破壊された頭部。バイザーの下にあったのは複眼型のセンサーで、人間の顔ですらなかった。
『コイツ……ISコアを操ってる人形だ!』
「無人機…!」
サイレント・ゼフィルスは無人機…正確に言うのであれば“アンドロイド”がISを纏っている。奇しくもそれは各国が以前分析した白騎士はアンドロイド説を認めるようなものだった。
『嘘から出た真じゃないんだぞ…!』
白騎士の張本人である千冬はそう言うしかない。
中破したサイレント・ゼフィルスはセンサーを光らせると稼働する。ビットが一気に散開し、それらはセシリアへと殺到する。
「セシリア!」
「こちらに…!?ティアーズ!」
セシリアも負けじとティアーズを放つが、サイレント・ゼフィルスのビットの動きはあまりに獰猛すぎた。直角に強烈な軌道を描きセシリアのビットを打ち落としていく。
「これは!?」
「セシリア!下がりなさい!」
レイラがビット二機を飛ばし、セシリアに加勢する。レイラのビットの動きはマコトが知るレイのそのもので、鋭い動きでサイレント・ゼフィルスのビットをまずは一機落とす。だが、数が違いすぎるせいか、セシリアのビットを全て落とされる方が早かった。
「こんな簡単に私のティアーズを…!」
今度はセシリアにビットが襲いかかる。セシリアはブルー・ティアーズの機動性を生かし、回避運動を交えながら両手のライフルでビットを落とそうと狙うが、ビットの動きが早すぎて狙いがつけられない。
それどころか、ライフルを撃ち抜かれ左手のものを失う。
「くっ…!レヴァリエが…!」
「まずい、援護を…!」
『まーちゃん!くるよ!』
レイラがセシリアを助けようとしたところで、サイレント・ゼフィルスが残った左腕に“女王宣誓”を展開し、飛び込んでくる。マコトは先ほどの爆発に巻き込まれてもまだ残っていた非固定ユニットのシールドでレイラに振られた一撃を受け止めるが、限界だったのかシールドは砕ける。
「チィッ!」
砕かれたがマコトは即座にガルムをフルオートで射撃し、牽制する。サイレント・ゼフィルスは本来はビットを懸架するための非固定ユニットをシールドがわりにしながら跳ねるように距離をとる。そして、また飛びかかってくる。今度はマコトにだ。
だが、そう簡単にはレイラが通さない。ロングライフルを正確にサイレント・ゼフィルスへと打ち込む、腹部に命中、サイレント・ゼフィルスはよろめく。
「ありがとう、レイラ!」
「任せてください、マコト!」
マコトはガルムを放ちながらサイレント・ゼフィルスへと加速する。
「弱点は!」
『わかんない!でもあのセンサーは弱そう!』
「了解!」
頭部のセンサー部分を弱点と見た束の言葉にマコトはサイレント・ゼフィルスの頭部めがけて銃撃をする。すると、サイレント・ゼフィルスは頭部を庇うような仕草をする。
「ビンゴ!」
『やっりぃ!たまにはカンもいいね!』
「流石!みんな!こいつは頭が弱点だ!」
マコトが頭を狙いながら動けば露骨にサイレント・ゼフィルスの動きが鈍くなる。セシリアを襲うビットの動きにも隙ができた。
「そこっ!」
脇を通し、背後に回ってきたビットを偏差射撃でセシリアが撃ち落とす。レイラはそれを確認するとマコトの援護にロングライフルで射撃を開始。サイレント・ゼフィルスの足元へ打ち込み、体勢を維持させない。
「当たってるけど、やっぱりまだバリアが!」
『絶対防御はかならず人体の弱点で強く発生するから効果はあるよ!』
「こっちが先に削り切れるかの勝負か…!」
根比べだった。サイレント・ゼフィルスが力尽きるか、先にマコトたちの弾薬がつきるか。
『束。どうにかお前からあのコアにアクセスできないのか』
『ダメ!あのクソ人形がコアをネットワークから乗っ取ってる!』
束がコアへのアクセスをさっきからしていないのはこのためだった。当初は束自身コアが自閉モードで遮断されているのかと思ったが、実際はサイレント・ゼフィルスを操っているアンドロイドがISコアを“監禁”していた。
「こいつはここで、倒さないと!」
「ええ。こんなものがいていいはずがない」
マコトの言葉にレイラが同意する。このサイレント・ゼフィルスは今、この世界に存在してはいけないものだ。ISが無人運用できるようになれば、もはやISがインフィニット・ストラトスに戻ることはできなくなる。人が宇宙へ、無限の可能性を見せるためにあるそれが、人類の未来を閉ざすものになってしまう。
『お願いまーちゃん!みんな!あのクソ人形をぶっ壊して!』
開発者本人の願いは、マコトにしか聞こえていないはずなのに、全員に届いたかのようだった。
「……頭を、潰せばいいんだな」
倒れていた一夏が立ちあがる。彼は雪片を構え、瞑想した。何をする気だ、と全員が思ったが即座に理解する。零落白夜。バリアを無視し、掠っただけでも大きくエネルギーを奪う絶対の剣。人間相手ではエネルギーを奪った時点で強制停止するそれが、機械に放たればどうなるか。
「白式、力を貸せ」
『————』
白式は…白騎士は、彼に力を貸す。以前の搭乗者のように、純粋で真っ直ぐな心。ただ、目の前の何かを斬ろうというシンプルな目的。
——零落白夜の使用を許可。
提案は、認証される。
「——零落白夜、起動」
雪片の刀身が展開し、青白い無敵の剣が顕現する。その剣を掲げる一夏の姿はセシリアやレイラから見ればまるで、アーサー王伝説のアーサーが選定の剣を抜いた場面にも見えた。世界のISを全て切り裂いた最強の力に選ばれたのは今、まぎれまもなく織斑一夏なのだ。
『嘘。いっくん、白騎士の機能、少し戻してる。白式が、インフィニット・ストラトスに戻ってる』
人の可能性が、定められたプログラムを超えた瞬間だった、
サイレント・ゼフィルスは最大の脅威に気が付き、一夏を排除しようと一夏の方へと振り向くが、そうはさせまいとマコト、レイラ、セシリアの一斉射がサイレント・ゼフィルスをよろけさせる。
「今だよ!一夏!」
「斬り裂けえぇぇぇぇぇっ!」
振り下ろされる断罪の剣。光の刃はサイレント・ゼフィルスの頭部を貫き、そこで白式のエネルギーは限界を迎える。振り下ろしたままの一夏から雪片、白式がまるで雪に溶けるように消えていく。
サイレント・ゼフィルスはガクガクと痙攣したかのように2、3回震えるも、そのままガシャンと糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちる。セシリアをまだ襲っていたビットも全て機能を停止し落下した。
「……どうだ、機械野郎。人間様舐めんな」
一夏が倒れたサイレント・ゼフィルスにそう言って、彼らの勝利が確定した。
サイレント・ゼフィルス撃破後、クラス代表戦は中止となった。後日残りの一回戦だけを行うことが周知されたが、優勝商品など当然配布されない。
「うわーん!半年間フリーパスがぁ〜〜!」
事件の翌日、朝のSHR前に本音のそんな悲鳴が響いた。彼女の周りの生徒たちも無念そうな顔をしており、一夏は苦笑いする。あんなことがあったのに1組は平常運転だった。
「布仏、流石に不謹慎が過ぎるぞ」
昨日の避難時に仲がよくなったのか、箒が本音に苦笑いしながらそう言ったが「でも〜」と本音は駄々をこねる。困ったものだ、という表情をする彼女に、周囲は笑う。一夏は図太い1組の生徒たちに感謝しながら、今朝から姿の見えないマコトの席を見る。彼女の前の席の相沢さやかが居心地悪そうに空席となったマコトの席をちらちらと見ている。
前日のサイレント・ゼフィルス撃破後、即座に交戦をした一夏たちには箝口令が出され、疲れている体のまま取り調べや各機体の交戦記録の抹消、IS学園との誓約書まで書かされた。交戦記録の抹消はセシリアが難色を示したが、本来は自身の乗機を奪われ、勝手に使われ襲撃までされたレイラが彼女を宥めることで認めさせた。
「(人類の可能性を否定する存在か……)」
レイラがセシリアを説得するために告げた言葉が妙に頭に残っていた。また、それをマコトが肯定し「あんなものがあったことを世界に知らせちゃいけない」とまで言った。マコトがISの開発段階から関わっていることを一夏は知っている。いつの頃からか束と仲良くなり、その時期を同じくして束も大きく変わっていった。二人の間に何があったのかは一夏も、千冬でさえも知らない。
インフィニット・ストラトス。ISの正式名称と名付けられたそれは授業で「無限の成層圏」という意味を持つと教えられていた。だが、それがどういう願いを込めてつけられたのかは説明している真耶も言わなかった。
どういった願いを持ってその名を束は名付けたのだろうか、と一夏は手元にある白式を見る。姉が使ったISをそのまま受け継ぎ、流されるままに今日まで来ている。関わるわけがないと思っていた一夏はあまりISに興味がなく、姉の応援もテレビ越しでしていた。
立ち塞がるものを全て斬り倒していく姉の姿はかっこよかったが、どこか自棄になっているようにも見えていた。家族だからこそわかる、同じ流派の剣術を学んでいたからこそわかる、荒い太刀筋。
「(千冬姉は、どういう気持ちで雪片を振るってたんだ)」
姉と同じ剣、同じ力。力は無色で何にでも染まる。篠ノ之姉妹の父に告げられた言葉が蘇る。
「(白式、お前は…知ってるのか?)」
地続きの記録を持ち続ける白式は何か知っているのかもしれないと一夏は思ったが、彼女は何も応えない。彼女は騎士だ。主人に仕える忠実な騎士。創造主の願いを未だに守り、使役するものの隣に立ち続けるだけ。
だから、最初の相棒の「こんなはずじゃなかった」という後悔の元でも剣を託し、今の相棒の「ただ剣を振るう」という曖昧な意志の元でも剣を託す。
「一夏さん、どうされましたか?」
「…あぁ、レイラか。いや、なんでもないさ」
「なんでもない、という人は大抵、なんでもなくないですよ」
思考に耽っていた一夏にレイラが声をかける。セシリアは本音たちに混ざっているのか一緒ではなかった。
「なんというか、レイラって結構ズバっと言うよな」
「ふふ、遠回しに言うと、人は誤解を招きますから」
「好ましいと思う、ってあれはそうじゃないのか?」
「あぁ、一本とられてしまいましたわ」
お淑やかで、本当のお姫様のように優雅な空気を纏うレイラ。彼女が灰色のISを纏い戦う姿を見た一夏は、とても同一人物には見えなかった。ビットの動きもセシリアより激しく、明らかに実力が上に見える。
「レイラって、強かったんだな」
「さぁ…それはどうでしょか」
「いやでも、ビットとかすごい動きしてなかったか」
「あれは慣れの問題ですよ」
「そんなものなのか…?」
「適正があれば、あとはひたすらイメージトレーニングと実践を繰り返して…そうですね、戦場全体を俯瞰するような感覚…空間認識能力というものを身につければ一夏さんもできますよ」
「俺も?適正があれば?」
「えぇ」
一夏のBT適正。レイラはイギリス本国から失われたサイレント・ゼフィルスとの交戦記録の代わりにせめてそれを寄越せと言われていた。強欲な“彼ら”にレイラは一層軽蔑したが、要求に応えるのはこれまでとしようと考えている。
「(……友達は、大切ですからね)」
こんな薄氷の平和の上でも尊く大切な友人の存在。レイラは強く願う。この平和を、かつて前世で“彼”が願った平和とは違うのかもしれないが、続けていきたい。
「BT適正の検査は簡単です。セシリアのブルー・ティアーズに簡易測定器が内蔵されているので、あとの休み時間にやってみましょう」
「おっ、そうなのか。じゃあやってみようかな」
「楽しみですね」
「そういえば、マコトもあるのかな」
「…さぁ?検査をしたくとも、今マコトは謹慎中ですし」
レイラがマコトの席を見ながら言う。マコトは謹慎中でこのクラスに今いなかった。簪と一夏を助けるために乱入したマコトはかなりの無茶をしてあの場に来ていた。
サイレント・ゼフィルスの奇襲の中、ピットで観戦していた彼女は次の試合の準備のために乗り込もうとしていた別クラスの生徒をなんとはっ倒して駐機されていた打鉄を強奪。当然、その時点でまずいのだが、そもそも許可なしにISに乗り込むこと自体違法で、授業やアリーナでの練習申請時・試合使用以外はIS学園でも無断使用は禁じられている。その上、制止を呼び掛けた上級生を振り解き、千冬の命令も無視して彼女は簪の窮地を救ったのだ。
戦闘後、打鉄の損傷は見た目よりもひどく、メーカー修理レベルのものになってしまっていたらしく、マコトは数々の問題行動とISの損害の責任をとるため数日間の謹慎処分となった。もちろん、撤退命令を無視した一夏にも膨大な枚数の反省文が書かされた。
一方で、一夏に引きずられるような形となった簪の処分はなく、同じく千冬の指示を無視したセシリアやレイラにも処分はなかった。セシリアやレイラは自国の機体を奪還するためと乱入を正当化したためだ。一夏はちょっとそれはずるくないか、と思ったが嘘でもないので止めることもできなかった。
「マコトも無茶するよな…」
「まぁ、それが彼女らしいところですね」
「……そういえば、レイラっていつの間にかマコトとめちゃくちゃ仲良くなってるけど、もしかしてここに来る前からの知り合いなのか?」
一夏の言葉は何気ないもので、特に裏があるわけでもない。しかし、レイラはまさか一夏からそんなことを聞かれるとは思わず少しだけ目をぱちくりとさせると、またいつも通りの柔和な笑顔を浮かべる。
それが貼り付けた笑みだと一夏は気がつかない。
「気になりますか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。まぁ。マコトってすぐ誰とも仲良くなるというか、簪もそうだったし」
「そうですね。マコトは…彼女はとても好ましく思いますよ」
「そっか。なら、これからも仲良くしてやってくれ、俺たちの幼馴染みと」
「えぇもちろん」
今度は、最期まで。レイラは心の中でそう誓う。
そんな彼女と一夏のやりとりを聞いていた“狐”がいることをこのクラスの生徒は知らない。
「そういえばマコトって部屋にいんの?」
「いいえ、“特別教室”で謹慎中は作業をさせられるそうですよ」
“特別教室”という名の束の研究所でマコトはあるISを前にしていた。それは、簪の大破した打鉄二式と、彼女が装備したオプション“迅雷”だった。
「まーちゃん、ちょっとそのレンチとって」
「はい、束姉さん」
彼女に課されたのは謹慎という名の束の手伝いだった。サイレント・ゼフィルスのコアは一時IS学園に保管され、数週間後に戻すことが決まっている。それはあの無人運用の
記録を消し、機体を初期化した上で再度奪取前に状態を戻すためである。幸いにしてそんな無茶をできるのが開発者たる束で、襲撃時に何もできなかったことから束からその役目を買って出たのだ。
その前に、不可思議な機能停止が起きたと簪から千冬に報告のあった打鉄二式のパッケージを確認することとなった。
「うーん、ここを開くと…お、あったあった。いやぁ、こういうところは束さんも評価しちゃうな〜」
整備しやすい内部構造の配置には束も称賛の言葉を送る。天才、というのは何事も最高を求めてしまい色々と整備性を度外視してしまうことがある。束はそれも見越して白騎士にほぼメンテナンスフリーとなるようナノマシンにより自己整備機能を与えていたが、束以外が作ったISはそうもいかない。誰でも整備できるようにわかりやすく、尚且つ構造も極力シンプルに。日本のISは特にそれが顕著だった。
「どう?」
「その、簪ちゃんだっけ?まーちゃんの友達。その子が言う通り、これわざと外されてるね」
束が指を指した“迅雷”の内部には何かのプラグが幾つかあり、そのうち一つが抜けていた。激しい機動をする以上、差込口はチャックが設けられ簡単には抜けないようになっているはずだがそれが抜けていた。
「出撃時にエラーがなかったってことは、緩めて抜けやすくしてたんだろうね、ほらここ、虫眼鏡でみると差込口にプラグ側が引っ掻いてできた傷があるよ」
「……ほんとだ」
「これはブチギレ案件でしょ。束さんがやられたら原子レベルで分解するね、犯人」
「やめてね?」
「うそうそ、冗談だよ。でも、こんなくだらないとことする馬鹿がいるんだね。ここ、一応進学校以上の難関高校だよね?」
「そうだけど、頭の良さと性格の良さはかならずしも比例しないんじゃないかな」
「その点、束さんは優しくて頭が良くて可愛くて最高だね!」
「……可愛いよりも美人のほうが正しいんじゃないかな……」
「え」
マコトの思わず言ってしまった言葉に束が顔を真っ赤にして固まる。マコトもまさかそんな反応をされるとは思わずびっくりしてしまう。彼女はそこまで鈍感ではない、前世では二度の恋も経験している。だから、束の照れ方が同性に言われたにしてはあまりに強かったのでマコトは脳裏に前世での恋人の反応などが思い返される。
「束様、マコト様。お茶の時間ですが」
「うひゃい!くーちゃん、ありがと!」
タイミング良くクロエが作業を行っている格納庫に入ってきて声をかけてくる。束とマコトは飛び上がって取り繕うようにクロエに向いた。
「…?何かありましたか?」
「なんでもないよ、なんでも。それより、クロエは今日ロングスカートにメイド服なんだね」
「はい。数日前校内を歩いていた際、イギリスからの留学生だと仰る金髪縦ロールの方からメイドとはこういうものだと伺いまして」
絶対セシリアだ、とマコトは思った。
「というか、クロエって外出て大丈夫なの?」
「あ、そこは大丈夫だよ。くーちゃん実はまーちゃんたちより先輩の二年生で在籍はしてるから」
「え、先輩!?」
衝撃の事実だった。幼く、てっきりマコトたちよりも年下かと思っていたクロエが形だけとはいえここの二年生だということに。…二年生がこんな地下で本格的なメイド服を着てお茶を用意するという状況が凄まじいものだとマコトは感じる。
「…クロエ先輩って呼んだほうがいい?」
「気にしないでください。束様のご友人で、かつマコト様はその中でも千冬様と同じく特別な方です。それに、在籍しているとはいえ、特別学級の生徒扱いで学校にただいるだけのようなものです」
特別教室とこの研究所が呼ばれているのはそのためだった。形上は目の不自由な生徒、クロエ・クロニクルはここでISのハイパーセンサーを応用した擬似視覚を得るための開発、実験に参加していることになっている。
「……束姉さん、もしかして、束姉さんも先生とか言ったりしないよね」
「正解!どんどんぱふぱふ〜。束さんも形上は“七槻しばね”って名前でこの“特別教室”の担任だよ〜」
まさかとは思ったが束も形上は教師としてここにいることにマコトは信じられない気持ちとなった。加えて束は「ちなみに超稀に変装してちゃんと授業もしてるよ」と言った。
「それ、大丈夫なの?というか束姉さん授業できるの?」
「結構失礼なことを言うねまーちゃん!ちーちゃんにも言われたけど天才に不可能はない!」
「束様の授業は束様の天才的な頭脳についていけない愚図な生徒でも理解できる大変わかりやすいものとなっています」
「……クロエ、そんな愚図、とか言っちゃいけない。束姉さんも、クロエはたぶん束姉さんの娘みたいな感じなんだろうけど、ダメだよ、汚い言葉教えちゃ」
「あはは、ごめんごめん。気をつけなきゃね」
娘の言葉遣いを指摘する父親のようだと束はマコトを思った。それはちょっとだけ、束にとって嬉しいという感覚だった。
「あぁそうだ、くーちゃん、お茶だよね」
「はい。今日はそのイギリスの方から頂いた茶葉を使っています。なんでも、彼女のご友人がお持ちの王室御用達のものと」
セシリアに加えて、レイラの持ち物がクロエに渡っていたらしい。まさかこんなところで友人たちの名前を聞くことになるとはマコトも思わず、意外と世の中狭いなと思った。
「へ〜期待しちゃうな〜。イギリスに潜入してた時、研究員のご飯とか最悪だったし、お茶とかちゃんとしたの飲めてなかったから期待しちゃうな〜」
「いい香りでしたから期待できると思いますよ」
「よし、じゃ、お茶にしよっか、まーちゃん」
「そうだね」
踵を返したクロエに続いて、二人も格納庫を出ていく。
打鉄二式の調査結果はその日のうちに出され、指紋も検出されたことからこの工作を行った生徒は特定され、停学処分となった。また、この事件以降、一夏の周りに嫌がらせをするものはいなくなった。見せしめとして停学となったもののせいなのか、それとも“別の何か”に忠告されたのかは誰も知らない。
一つ言えるのは学園に束の間の平穏が戻ったということだった。
「へー、そんな仲良さそうなんだ」
明かりの落ちた生徒会室の中で、楯無は“報告”を受けていた。
「それにしても、誰も彼女のこと疑わないのが不気味なぐらいね。素人がこんな腕持ってるわけないでしょうに」
楯無の視線の先には削除されたはずのサイレント・ゼフィルスとの交戦映像が流れているモニターがあった。そこにはただ一人量産機で異常な強さだったサイレント・ゼフィルスと戦うマコトの姿がある。
「イギリス代表候補生、レイラ・デュランダル。父はイギリスの議員にして元貴族、ギルバート・デュランダル。母元王室の第四王位継承者にして現在はイギリス空軍大佐、タリア・デュランダル。一人娘として生まれ、幼少期にセシリア・オルコットと出会い彼女とは幼馴染み。オルコット家の当主“暗殺時”には彼女を支え、オルコット家の使用人とともに、セシリア・オルコットの台頭を支援…」
手元にある資料を楯無は確認するように読み上げる。
「その後、一時軍学校に体験入学し、その時のIS適正検査で「A+」を出して即代表候補生。オルコット家が投資するイギリス軍次期主力機開発計画“ティアーズプロジェクト”に参加。二号機のテストパイロットに選出されるも、先の強奪事件で急遽三号機を受領し、そのままテストパイロットを継続」
資料には本来はイギリスしか知り得ない、ダイヴトゥ・ブルーの詳細なスペックが記載されていた。
「現時点では一号機仕様を急遽装備、性能、能力共に一号機とほぼ同等であり搭載予定だった特殊装備は見送り。ただし、BTシステムの最適化が行われ、より強い感度でビットを操作可能。……なるほど、それであの無人機並のビットの動きというわけね。本人の素質もあるだろうけど」
レイラの才能の高さは楯無も認めるところだ。いや、まだ全力を出しているのかさえわからない。実際のところ、レイラはまだ本気で戦っていない。それはマコトも勘付いているところだった。
「それで……本命はこの情報よ。日本への渡航歴……IS学園入学以前はなし。公式、非公式でも、か。はぁ〜外れかしら。でも、彼女イギリス軍の諜報部の通信に何度か名前出てきてるらしいのよねぇ」
楯無が知りたかったのはレイラがマコトにIS学園に来る以前知り合っているかどうかだった。それはこの情報によって否定されてしまう。調べたのは信頼できるものであり、今彼女の目の前にいる少女だ。
「たぶん彼女はイギリスの諜報部から織斑くんのこと頼まれてるだろうけど、監視してる限りなんか、はぐらかしてるみたいだし、私の考えすぎかしら。マコトちゃんと仲いいのもウマが合ってるだけなのかなぁ」
マコトはレイラの現地協力者ではないか。楯無はそんな風に彼女を疑っていた。だからマコトに渡したカメラには盗聴器を仕組んでいたが入っていたのは妹との楽しそうな会話だけで、その後1日の間でも何らそれらしき情報はなかった。
「ま、こんだけ必死に簪ちゃんのことを守ろうとするマコトちゃんにはちょっと腹芸は難しそうだし、今後も監視だけは続けるように。それよりも、今は“特別教室”の回線ぶったぎったの探さないとね。見つけて信頼回復しないと後が怖いから」
平和の下に、幾つもの影が蠢く。それは善なるものか、悪なるものかはどれも黒くてわからない。楯無たちの落とす影がどちらなのかを知るのは彼女たちを重用するものと、彼女たち自身しか知らない。