ここまでの話でひとまずクラス代表選までの一連の話として、1章は終わりです。
サイレント・ゼフィルス襲撃事件から数日が経過した日曜日の朝。
調査途中で束に「ここまでで大丈夫だよ〜」と謹慎を解かれたマコトがパーカーにジーンズという私服姿で食堂にやってきていた。
彼女の隣には同じく私服姿の簪がおり、彼女もマコトと似たような格好だった。
「何を食べるの?マコトさん」
「ん、パンとスープとコーヒーでいいかな」
「わかった。取りに行くね」
「え、いいよ。自分で行くから」
「疲れてるでしょ」
「え、まぁ…」
束のサイレント・ゼフィルスの分析は彼女といえど難航し、マコトはその分析に必死に食らいついていたが結果的にやれることがなくなっていって、実質追い出されたというのが正しかった。束のほうはむしろ追い出した気持ちなどまったくなかったのだが、マコトはあまり役に立てなかったかな、と考えてしまう。
その落ち込みが顔に出ていたのか、簪にすら気を遣われてしまった。
「(はぁ…気にする必要はないと思うし、やれるだけのことはやった。あとは束姉さんに任せよう)」
今はイギリスへの返還期限があるサイレント・ゼフィルス本体の解析が先なのだが、彼女に任せておけばあの人形も解析してくれるだろう。
しばらく窓から食堂の外の生垣をボーッと見ていると、簪が朝食の乗ったトレーを持ってくる。簪もパン食なのか、マコトと同じメニューだった。
「お待たせ」
「いや全然待ってないよ。ごめんね」
「いいよ、私が好きでやってることだから」
サイレント・ゼフィルス戦以降、簪との距離がもっと縮まったと思うマコトだが、簪は殺されかけたのだ。そこを助けたマコトにそうなってしまうのはしょうがないのだろうとマコトは思った。友人として仲がいいことにこしたことはない。
「それにしても、簪さんも災難だったね」
「犯人は停学処分になったし……いいかな」
「あたしたちへの嫌がらせもなくなったし、これにて一件落着って感じだね」
一夏と簪によるクラス代表選中に発生した簪の打鉄二式に起きた不調。それを引き起こしたのはある一年生の生徒で、マコトに食堂で体当たりをした生徒だった。彼女は一夏を貶めようとした者たちの一派で、その中でも一番過激派だったらしく簪のISに細工したのも彼女だったという。
一歩間違えれば命を失う大事故にもなったかもしれず、加えて起きたサイレント・ゼフィルス襲撃事件で簪は不完全な打鉄二式で戦う羽目になり実際に殺されかけた。後者は伏せられたが、それでも情状酌量の余地はなく厳しい処分が下された。
なお、詰問を行ったのはなんと真耶で、同席していたという千冬が、束とマコトに研究所で「あれは恐ろしかったな」と苦笑いで話していた。聞けば真耶は元日本代表候補生らしく、後輩である簪が被害を受けたことに普段の優しくちょっと臆病な姿からは考えられないほど激昂したという。
マコトは優しい人が怒ると怖いというのは間違い無いな、と真耶にも敬意を払うことに決めた。
「忙しかったね。ゴールデンウィーク前に」
「うん。なんというか嵐のような一ヶ月間だった」
入学してここまで、様々なことが起こりすぎてマコトはここにきてドッと疲れが出ていた。もう少し頑張ればゴールデンウィークになり、実家に帰ることになるだろう。そうすればマユにも会える、とマコトは背もたれに体を預けた。
「はぁ……そういえば、簪さんの打鉄、大丈夫なのあれ」
「………完全に壊れたわけじゃないけど、装甲は全とっかえ、内部構造も3割は交換しなくちゃいけない。私のは試作機だからパーツも全部選定品だし、規格落ちしたのは使えない。だから来月までは乗れないかな……」
簪の打鉄二式の受けたダメージは大きく、完全に分解してから再度組み立てる必要があるほどだった。サイレント・ゼフィルスの一撃はそこまで重く、簪は本当に生きて帰れたことが不思議だった。
「その間はどうするの?」
「一応、二式作るときの副産物で出来た打鉄丙型っていうマイナーチェンジ版があるからそれを代用機にする感じ」
ポケットから取り出した携帯端末を簪はマコトに見せる。画面に写っているのは倉持技研のHPで「最新機種」と書かれたリストの中にあるものの中に“打鉄丙型”と名前があった。それをタッチし、画像が出てくる。
「これが打鉄丙型。打鉄二式を作るときに出来たパーツの規格落ちパーツをつかって組み上げてる機体で、性能は全体的に上がってる。一応、高機動型扱いで、非固定ユニットをシールドから背中側に展開するスラスターユニット“火蜂”に交換してるよ」
「へぇ〜」
その姿はマコトの前世で見た“ブレイズ・ザクウォーリア”を彷彿とさせた。ただ違うのはスラスターユニットにはビームキャノンが内蔵されており、運用方法は中距離支援機といったものになりそうだった。
「簪さんって、打鉄二式もそうだったけど、中〜遠距離戦が得意なの?」
「…そういうわけでもないけど、そっちのほうが好きだからかな」
「そっか。あれだけ不完全な状態でも一夏追い詰めてたし、合ってると思うよ」
「……ありがと。ただ、素人の一夏さん相手にこっちもあれだけ追い詰められちゃったから」
「まぁ、流石に零落白夜を投げようとは思わないでしょ」
「それは、まぁ」
戦場では想定外、でしたからという言い訳はできないがISバトルはあくまで競技であるためマコトは簪を励ますように言った。零落白夜を投擲するという千冬ですらしなかった暴挙はサイレント・ゼフィルスのせいで霞んでしまったが、十分にあり得ない行動で校内新聞に載ってしまっていた。
一夏は「しょうがないだろ!射撃武器がねぇんだから!」と新聞を非難していたが、マコト以外のいつもの5人や1組の生徒たち全員が「ありえないでしょ」と口を揃えてしまった。
「でも、そこが一夏の柔軟性ってことになるのかな。ビーム・ブーメランとか似合いそう」「……なにその名前からして浪漫ある武装」
「あ、あたしの想像上の武器だから…」
思わずマコトはポロッと前世なら一夏はソードインパルスが合うだろうなと思い言ってしまい、誤魔化す。簪はそれで納得したのか「それでも、あったら面白そう」と興味を持っていた。
「確かに、一夏さんは格闘戦のセンス自体はあるのだから、本命に繋ぐための武器が必要。織斑先生みたいにわけのわからない左右移動でロックオン切って、気がつけばガリガリされてエネルギー切らすのは無理だし」
「そうだね。せめて牽制程度に撃てるマシンガンみたいのがあればいいんだけどね」
「ただ、火器管制もないんでしょ、白式。倉持から聞いたけど」
同じ開発元なため、簪も白式の詳細スペックは聞いていた。姉妹機というわけではないが、白式も打鉄二式同様、倉持技研の次期量産型ISの候補の一つとのことだった。
量産時は流石にあそこまで振り切った性能にはならないが格闘戦を主眼に置いた前衛機で、高コストな上級者向けの機体となる予定だという。中衛向きな打鉄二式とはハイローミックス構想に基づいた売り込みを将来予定しているらしい。
「うん。だから射撃武器を持っても手動で狙いつけなきゃいけないし、射撃中の補正機能もないから本当に銃に慣れる練習しなきゃいけないみたいだよ」
「……一夏さん、射撃の腕ってどうなの」
「ボール投げるのは上手いけど、射撃は壊滅的だね。射的でいつも財布の中空にしてる」
一夏に射撃武器を与えたところで今の白式では扱えないし、本人に適正が無い。となると、やはりビーム・ブーメランのような投擲できる近接武器などがあったほうがいいのだろう。実際、雪片を投げつけて、行動不能状態だったとはいえ簪に当てている。
簪は彼の射撃適正の無さをマコトの言葉で理解し、倉持の技術者が何か作るまで待つしか無いのだろうなと、素人でありながらトンデモ機体を渡されてしまった彼に同情した。
「あら、マコトさんに簪さん、ご機嫌よう」
「あ、セシリアさん。おはよ」
二人の話が一区切りついたところでセシリアが声をかけてくる。彼女はいかにも大人の女性らしい落ち着いた私服姿で、上品さが際立っていた。ロングスカートもよく似合っている。
「やっぱりオーラが違うね…」
「……お嬢様だね…」
マコトと簪はセシリアの姿に格が違うと認識する。マコトも簪も、世間一般から見ればかなりの美少女なのだが、セシリアはルックスに加えて持っている雰囲気が違う。溢れ出る大物間と真面目な時は確かなカリスマがある。
「そうでしょう?私はオルコット家の当主。恥ずかしい格好はできませんわ」
おーほっほっほっ、と高笑いするセシリアに二人は苦笑いする。この自信たっぷりな姿も一ヶ月で随分と慣れてしまった。1組の生徒たちも冗談交じりで「セシリア様」などと呼んだりしているが、セシリアはどちらかといえばクラスメイトたちに遊ばれる側である。
「セシリア、バッグを忘れていますよ」
「あら、レイラ。ごめんあそばせ。私としたことが忘れ物とは」
「外出が楽しみなのは結構ですが、はしゃぎすぎですよ」
苦笑しつつセシリアに手持ちのバッグを渡すのはレイラだった。彼女の服装はワンピースの上にジャケットを纏っており、頭を後ろで結っていた。マコトは本当にこいつは前世同じ男だったんだよね?と思ってしまうほど女性的で、タチが悪いのがレイラは本当にお姫様で、その立場に相応しいぐらい愛らしいということだ、
「な、そんなはしゃぐなど」
「深くは言いませんが、外で怪我などされたらチェルシーが本国から飛んできますよ」
「うっ…わかりましたわ」
マコトはレイラの立場などを知ってからセシリアとレイラのやりとりを改めて見ると、セシリアはレイラに頭があがらず、また無意識に守ろうとしているようなところが見受けられた。考えてみれば一夏に誑かされたなどと勘違いしたのも、元とはいえ自国の姫様がと考えれば納得の過剰反応であった。
また、レイラのほうがセシリアより幼い容姿なのも相まって、妹のようにも見ているのかもしれない。
「それはともかく、お二人ともその格好はなんですか」
バッグを受け取ったセシリアは突然そんなことをマコトたちに言い出した。
「なんですか、って言われても」
「…私服」
「それが!?お二人とも自身の容姿を理解していないのですか!着飾らなくてどうするのです!」
マコトと簪は同時にため息をついた。二人ともその手のことは散々家族から言われていた。私服のセンスがひどい、もっと可愛い格好をすればいいのに等々。マコトと簪は私服の趣味だけは共通していて、過ごしやすさを一番にしているのだ。
「レイラ!この二人を部屋に連れていきましょう!ちゃんと粧さなければ」
「セシリア、落ち着きましょう。服装など人それぞれです。それに、二人の服装が小汚いといったわけでもないでしょう」
「ですが……」
「夜会に出るわけではないのです。本日はマコトや一夏さん、箒さんの故郷に伺うのです。皆さんにとっては心安らぐ場所。整えるのは外の者である我々だけです」
「……それもそうですが」
「二人を想って言っているのでしょうが、ここは抑えるべきです。出発まで時間もないのですから」
レイラがセシリアを宥め、セシリアは「そこまで言うのでしたら」と一先ずマコトたちを着替えさせるのを諦めた。レイラにアイコンタクトでありがとう、とマコトが伝えると、彼女は可憐にもウィンクした。
「(本当にレイだったのか自信なくってきちゃったよ)」
割とブーメランな考えをマコトはしているが、実際レイラの今世への馴染み方がかなりのものなので仕方がなかった。
彼女らは今日、一夏やマコト、箒の故郷である藍越市へ向かうことになっていた。なんだかんだで戻れなかったが一夏が今日ようやく行こうと決めて、一夏がマコトたちを誘ったのである。千冬もここ最近の騒動続きで疲れただろうと快く一夏の外出を承認していた。
ただ「ついでに家の冷蔵庫にビールが置きっぱなので取ってこい」と相変わらずのダメっぷりを申請時に同行した一夏、マコトと箒に見せていたので色々と台無しだった。
「それにしても一夏さんたちは遅いですわね。てっきりもう来ているものかと」
「あ〜、あの二人、毎日朝稽古してるし、汗流したり着替えたりしてるんじゃないかな」
「部屋にはシャワールームが1つしかありませんし、待ち時間が発生してしまうのでしょうか」
「そ、レイラの言う通り。二人ともそこは大変みたいだよ」
男女同室のため、急いでシャワーを浴びたい時も一気に二人で浴びれないのが一夏と箒の部屋だ。なお、マコトたちは知らないがそもそも入学初日に発生した「織斑篠ノ之下着姿で廊下事件」は一夏のラッキースケベではなく一夏が剣術を辞めていたことに正気を失った箒が暴れたために起こった出来事である。
一夏が箒を異性として意識していないのはマコトも知っているが箒もそれは同じで、むしろ箒のほうがひどく、彼女はシャワーを一夏と浴びても問題ないと考えていたが一夏がそれを固辞している。そのため、今日も二人は朝の稽古の後、順番にシャワーを浴びている。
「あ、今から部屋出るから校門のとこで待っててだって」
「わかりました。では行きましょうか」
マコトの携帯に一夏からメッセージが入り、学校の入り口で合流となった。食べかけのパンとスープをマコトと簪はサッと食べてトレーなどを戻してからセシリア、レイラと一緒に校内を移動する。
休日の校内は静かなもので、朝のうちは休んでいる生徒が多い。一部の生徒は朝から散歩をしたりする。
「…おや、あれは」
セシリアが移動中に何かに気がついたのが声を漏らす。マコトたちはなんだと周囲を見渡せば見慣れた白衣姿の女性と無改造の学園の制服を着た銀髪に何かゴーグルのようなものをした少女がいた。
「(え、あれ束姉さんとクロエだよね)」
朝とはいえいくらなんでも外出はまずくないか、と思って二人に歩み寄っていくセシリアにマコトは慌ててついていくと、近づくにつれて白衣姿の女性が髪色などは同じだが髪にはウェーブがかかっており、髪型もよく知る束とは違いポニーテールで頭に彼女が使用している簡易IS「時計兎」の兎耳がなく、おまけにセシリアに気がついて振り向いた彼女は赤い枠のやぼったいメガネをつけていた。
そのせいか、他人の空似程度に印象が変わっているが、マコトはやっぱり束だと確信する。彼女の学園での立場を知っているからだ。
「クロニクル先輩、ごきげんよう」
「…おや、オルコットさん。おはようございます」
セシリアに声をかけられたクロエは口元に微笑みを浮かべて挨拶を返す。リボンなどをみると本当に二年生のようで、マコトはクロエが言ったことが嘘でなかったのだと知った。
「セシリア、こちらの方は?」
「二年生のクロエ・クロニクル先輩ですわ。先日、校内で迷われていらっしゃったので道案内をしましたの」
「なるほど……失礼ですが、隣の方は先生ですか?」
レイラの問いかけに、束…が扮する女子教師はメガネをクイッと人差し指で上げてレイラへと向く。首からIDカードを下げており、そこには「七槻しばね」と名前と写真が載っている。
「………なるほど、君たちが…始めまして、一年生にはまだ顔見せをしていなかったね。私は七槻しばねという」
声音は普段の束よりかなり低く、白衣姿なのも相まってマコトも含め全員が“七槻しばね”という人物が学者っぽい先生だと判断する。マコトはそういう演技なのか、と無理に研究者としての身分は隠さずこうしたほうがやりやすいのだろうと思った。
「初めまして、七槻先生。私は——」
「クロエ君から聞いている。1年のオルコットさんだろう。彼女の道案内をしてくれたと聞いている。感謝するよ」
「そ、それはどうも」
「七槻先生。私はレイラ・デュランダルと言います。お二人はこちらで何を」
「デュランダルさん。私たちは現在実験中だ」
「実験中?」
「そうだ。クロエくんの目が不自由なのはオルコットさん、君は聞いているだろう」
「えぇ、以前、それもあってご案内を」
「だから、今彼女にはこの簡易ハイパーセンサーを装備させ、散歩中というわけだ」
七槻しばねを名乗る束はなんとも凶暴な笑みを見せる。普段の束はマコトからすると本音と気が合いそうなぐらい柔らかな笑顔を浮かべるのだが、今の彼女はどうみたってマッドサイエンティストの気がみえる。
全員が七槻しばねの笑顔に「お、おう」と慄きながらも、レイラは簡易ハイパーセンサーという存在に驚く。
「ISの技術を使った特殊なメガネ、といった具合でしょうか。そんなことが可能なのですか」
「できるからこうして実証実験をしているのだよ。クロエ君、見えるだろう?」
「はい、先生。よく見えています。セシリアさんは綺麗な方だったんですね」
「あ、ありがとうございます。本当に見えていらっしゃるんですね…」
「えぇ、色はちょっと薄いですけど、綺麗な金色の髪。デュランダルさんもお姫様のような方ですね」
「なるほど……ISの技術をそういった医療面にも役立てると」
レイラからすればこの簡易ハイパーセンサーの技術は目から鱗だったようだ。マコトはそういえば彼女はISが普及すれば環境問題にも大きく影響を及ぼすだろうと言っていた。レイラはISが現在の兵器として扱われている現状に思うところがあるのかもしれない。
七槻しばねも、束もレイラの気持ちがそうなのかもしれないと思い、話を続けた。
「そうだ。ISはただの兵器などではない。先進的な技術を幾つも搭載し、あらゆる分野に派生できるまさに知恵の果実そのものだよ。君はいい感覚を持っているようだね、デュランダルさん」
「恐縮です。ですがIS学園でこのような研究がされているとは思いませんでした」
「世界中がISを兵器として認識しているんだ。このような研究、どこでもやらせてくれない。であれば、このどこの国にも属さない…あぁ、いや、正確には日本だが、邪魔が入りづらいこの学園でやった方がやりやすいんだ」
これは殆ど束の本音だろう。本来のインフィニット・ストラトスの研究ができず、最終的にこの学園に落ち着いたのだから。
「…ふむ、そろそろ戻ろうか。クロエ君。君たちもこれから出かけるのだろう」
「あっ、そうでしたわ。ではごきげんよう、またお話をさせてください、クロニクル先輩」
「えぇ」
セシリアを先頭に4人はその場から離れていく。離れ際、束がこっそりマコトに耳打ちした。
「…まーちゃん、特別教室のこと、これで私たちの存在を言って辻褄合わせられるかな?」
「ありがと」
「いってらっしゃい」
どうやら彼女たちがここにいたのは偶然ではなかったようだ。マコトは謹慎中の間のことをあまり深く聞かれた場合どうすればいいか悩んだが、こうしてここで、七槻しばねという教員の存在を明るみに出したことで公に言えるようになったのだ。
マコトたちがその場から離れていくのを見ながら、束は背伸びをする。彼女に取って七槻しばねの演技はひどく疲れるのだ。
「ん〜、この喋り方やっぱり疲れるね〜、肩凝っちゃう」
「束様の場合は胸部の脂肪分のせいもあるのでは」
「くーちゃん、言い方言い方」
「事実ですから」
「ちーちゃんも肩凝るって言ってたし、マッサージマシンでも作ろうかなぁ」
「そんなことをせずとも、私が…」
「マッサージしてくれるの?優しいなぁ、くーちゃんは」
健気な娘のような存在に束はクロエの頭を撫でる。クロエは気持ちよさそうに口元を綻ばせた。
校門前で一夏たちと合流したマコトたちはそこからすぐIS学園前駅と名前のついたモノレールに乗って、IS学園のある人工島“カグラ”から本州へとまずは戻る。
「いやぁ、わりぃな、遅れちまって」
「すまない」
一夏と箒がまだ休日の朝でほぼ専有状態の車内で遅れたことを謝ると、マコトやセシリアは「大丈夫だ」と返す。元々急ぐ旅ではなく、理由としても寝坊というわけでもないのだ。
「お二人の部屋も緊急措置的なものでしたか、いつ部屋割りが変更になるのでしょう」
「レイラの言うことはもっともだが、織斑先生もここのところは忙しく寮の部屋割りの変更に着手できていないらしいな」
箒の言う通り、千冬は今忙しい身だ。サイレント・ゼフィルス襲撃事件のカヴァーストーリーを各国関係者や、IS学園の保護者会にも説明をしている。最強、織斑千冬による説明はそれだけでも絶大な威力を持ち、サイレント・ゼフィルスの存在を伏せた状態での話もある程度信じて貰えていた。
マコトも千冬が奔走しているのは知っており、一夏の外出申請時のあの「ビール持ってこい」発言も疲れから思わず素が出てしまっていたのだろう。
「そういえば、木曜日からSHRも山田先生が担当されていましたわね」
「織斑先生、色んなところの責任者も兼任してるみたいだからしょうがないのかもね」
「……あの織斑先生が疲れるぐらいだから相当大変なんだね……」
6人全員が千冬のことを心の中で労った。直接言ったところで、一夏たちはよく知っているが「貴様らに心配されるほどやわじゃない」と言われるのがオチだ。たとえ疲れている姿を見せてもそう返すのだから、本当にまずいとき以外は面と向かって一夏も心配にしている姿を見せない。
「(ま、やばかったらやばくなったときに料理とかしてあげるか)」
限界まで行った時に凄まじく姉を甘やかすから私生活がダメダメになったことに一夏は気がついていない。
「それで、一夏さん。藍越市とはどんなところですの」
話題を切り替え、セシリアがこれから向かう場所のことを一夏に問う。
「藍越市、というか汽車町、俺たちの町のことだな。そうだな、一言で言うとあの束さんがただの町の発明家さんぐらいの認識の町だな」
「……どういうことですの」
篠ノ之束という現在の世界では知らないものがいないはずの人物がまるで親しい人物のように一夏の口から出たためセシリアは訝しげな表情をする。
「箒さんも同じ町の出身なのですからその姉である彼女と一夏さんが知り合いでないはずがないでしょう」
「た、確かにそうですわね、レイラ。というより、それ言ってよかったですの?」
「別に俺たちは束さんがIS作ってることに関わってないし、俺たちからしたら神社のちょっと個性的な近所のお姉さんって感じだぞ」
「篠ノ之さんのご実家は神社ですの?」
「あぁ、あの町に代々住んできたな。ただ、その姉の発明のせいで一家離散となったが」
急激に電車の中の空気が重くなる。さらっと一家離散となったことを告げられて、セシリアとレイラ、簪が固まってしまうが藍越市の3人は全く同じていない。
「離散って、言っても連絡は取ってるんだろ?箒」
「あぁ。父もまだ剣は握っている。どこにいるかはわからないがまた道場をやっているそうだ」
「そうかぁ、会いたいな、師範」
「難しかろう。あの千冬さんでも会えないんだ。生きていることがわかるだけでも儲け物だろう……姉さんと違って」
「箒……」
唯一、箒や一夏からすれば行方不明となってしまった束だけが気がかりであった。死亡説も流れているため、箒としては変で妙な発明をしまくっている姉であったが大切な姉だった。家族に対する愛情は本物で、ISが世界に露見したあとの政府の重要人物保護プログラムに反対したぐらいである。「私が守るから手を出すな」とまで言った束であるが、それを父が宥め「お前はお前の道を行け。離れても絆まで切れん」と娘の道を優先したのだ。
その結果が行方不明では父も母も、箒自身も浮かばれない。当の本人はマコトと千冬が所在を知っていて気軽に会えているせいで、マコトは妙な罪悪感を覚えてしまった。
「(束姉さんも箒に会えばいいのに……あぁいや、今更会ったら殺されるとか逆に考えてそうだな…)」
ケロっと姿を見せればこれだけ心配させて、と箒に斬られるのではないかと束が思って顔を見せないのではないかとマコトは邪推してしまう。なお、それは事実である。
「まぁ、あの姉のことだから生きているとは思うが、何事もなく顔を見せたらまず斬らんと気がすまんな」
箒もマコトの想像通り、姉が姿を見せたら斬るつもりらしい。セシリアもレイラも簪もなんとも言えない顔をしていたが、口を開いたのはセシリアだった。
「ですが、そうですわね。あの篠ノ之博士とはいえ人間……当然、想う方もいらっしゃる。会えるといいですわね、箒さん」
「ありがとう、セシリア。気を遣わせしまったな。なに、そこまで気にしてはいないさ。さっきも言ったがあの姉が自殺などありえん。生きることに関しては誰よりも意地汚いという確信がある」
「ふふ、素敵な姉妹愛ですわ」
「姉妹愛…なのか?姉が私を見る目は若干舐め回すようで気味が悪いが」
しんみりとしていたはずの空気がそうでもなくなってしまうほどに箒の姉への言葉はわりとぞんざいなものだった。簪は「そういえばこの人も変わった人だった」と自身のことを棚にあげて箒のことを内心そう言った。その姉である以上、篠ノ之束も相応にぶっ飛んでいる、ISを独力で作ってしまうほどなのだからそうに決まっている。
「(そうなると私も……うっ、やめよ、この考え方)」
と、考えたところで簪はこの理論でいくとあの“姉”と自身も同類ということになるためこれ以上の思考はやめる。姉の簪への視線も舐め回すようなものだからだ。
「ま、まぁ、そんな篠ノ之博士も受け入れてくれる町なのですから、きっといい町なのでしょう」
レイラが強引に話をまとめ、空気を戻す。セシリアや簪もそれに乗って「そうですわね」「そうだね」とこれ以上暗い話しないで、と目で訴えていた。
「あぁ、いい町だぞ。近所の人も仲良くてな、外から来た人もすぐ受け入れてくれる」
「まぁ、大地主だった篠ノ之家の方針もあるのだろうな」
「そういえば、あたしの家も土地は篠ノ之家のものだよね」
篠ノ之家は神社を持っていて更に大地主。いわば町の影の支配者のような存在だが束や箒の父が権力や金に無頓着なせいでわりとおおらかな空気が町中には流れていた。その空気感は未だに町中に流れており、都内にしてはのどかな雰囲気がする。
マコトはそんな地元の空気が嫌いではなく、今日は実家に帰らないがゴールデンウィーク中はずっと地元にいたいと思うほどだ。
「なら、箒さんはその町の名主の娘のような立場だったのですね」
「そんなものじゃないさ。父も、跡取りとなる姉もそういうのはどうでもよくてな、町の人から見るとただの神社の娘というだけさ」
「ふふ、そういう姿勢が治めるものとしては良いのですよ。ねぇ、レイラ」
「えぇ。セシリアの言う通りです。いい町なのでしょうね、本当に」
楽しみだ、という雰囲気に車内が戻りマコトと簪が同時にホッとした表情になる。二人はお互いにそんな表情をしたのに気がついてくすくすと笑った。
※追記
現役時代の千冬さんの動きは現在大暴れ中の家庭版マキオンのバエルみたいな感じです