本州にあるモノレールの終点で降り、特急快速に乗って一夏たちの地元に到着したのは学園から出発して3時間。午前11時前だった。
「着いたぜ!」
「ここが御三方の故郷……住宅街ですが、不思議と長閑な空気ですわ」
「えぇ、なんとも……穏やかな町の空気です」
汽車町は住宅街で、駅から降りればそこはもう一軒家が立ち並ぶ。ベットタウンのようで、マンションは低層なものしかなく落ち着いた印象をセシリアとレイラ、簪は受けた。マコトたちは変わらないなぁ、と思った。
「本当に変わらんな……駅舎も改札にICが増えたぐらいか?」
「そうだな。そんぐらいだ。電車の本数とかも変わってないし、あの頃のままだよ」
「そうか……フッ……よかったよ、変わっていなくて」
箒は感慨深そうにそう言って空を見上げる。彼女の目には幼い頃に見たものと変わりない空が広がっている。まるでここに、あの保護プログラムで強制的に引越しをさせられ、忘れてきてしまったものがあったかのように感じた。
「さて、まずはウチだな。最近は千冬姉も帰ってないみたいだから軽く掃除機かけて、冷蔵庫のブツを持ってくるだけだから、みんなは神社にでも行っててくれないか?」
「わかった。私が案内しておく。道は変わっていないんだろう?」
「あぁ、そのまんまさ、箒。神社の管理は箒も知ってると思うけど珠代さんがしてくれてるから」
「珠代さんか!?まだ残られていたのか……」
「その、珠代さんというお方は?」
セシリアが疑問に思ったのか箒に聞くと箒は「あぁ、うちのお手伝いさんだよ」と告げた。マコトも面識があり、確か花嫁修行で来ていた篠ノ之家の親戚で、当時はまだ高校生だったが未だに神社に残り管理している。マコトも篠ノ之家がこの町を去ってから数度顔を合わせているが、優しい人想いな女性だ。
「姿はちょっと束さんに似てるかもな。珠代さんのほうが小柄で髪の毛短いけど」
「あぁ、姉と私よりも珠代さんのほうが似てるな」
「そうなのですか。従姉妹といったところでしょうか」
「そうだな、その通りだ。姉も姿がそっくりな珠代さんには不思議と仲が良くてな、慕っていたよ」
しんみりとした空気を醸し出しながら箒は歩み出す。一夏とは途中で別れ、残りの5人は箒を先頭に歩み出すが、
「あっ」
「どうしましたか、セシリア」
「いいえ、彼の外出の条件ですがかならず代表候補生の監督が必要ですわ」
「……そうでした」
セシリアが思い出したかのように歩いてきた道を戻っていく。
「箒さん!一夏さんを追いかけますわ!レイラは皆さんと一緒に行ってください!後から合流しますわ!」
「えぇ!お気をつけて!」
「ごめんあそばせー!」
去っていくセシリアに全員が「大丈夫か?」となったが、セシリアはセシリアでやるときはやるとわかっているので残った4人は神社への道を再度歩き始めた。
「そういえばセシリアは一夏さんの家知らないですよね」
「まぁ、別れてすぐだ。それにさっき別れた道の下り坂をまっすぐ降りればすぐに一夏の家だ。最悪、表札を見ればわかるだろう」
「なるほど。…そういえば、マコトの家もここにあるのでしょう」
レイラがマコトに聞いてくる。今世におけるマコトの故郷は残っていて、家族も生きている。気になってしまうのは仕方がなかった。
「そうだよ、レイラ。といっても今日なんか遠出してるらしくて家に誰もいないけどね」
「そうなんですね。ご挨拶をしたかったのですが」
「いいよ、そんな」
律儀なレイラに3人は苦笑した。
しばらく歩き、4人の前には石積みの階段が目に入る。小さい頃はマコトからすれば長い階段だったが、今ではそんなに高くは見えない。
階段の脇には「篠ノ之神社」と掘られた石柱がある。
「ここが箒さんのご実家ですか」
「元な。ふむ、ここを見る限り管理はちゃんとされているし、参拝客も減っていなさそうだ」
「……なんでわかるの…?」
「階段さ。誰も登っていないと苔むしたり、ホコリが溜まっていくが人が通ったところはそうでもないだろう?この階段がまさにそうだからな。いいことだ」
箒の説明を受けて簪は納得する。実際に、上の方から降りてくる年配の参拝客の姿が見える。篠ノ之家が消えてもこうして廃れていない神社に、本当にこの町は変わっていないなと箒は感慨深くなる。
「さて、登るか。昔はよく、マコトも一夏もここをランニングコースに入れていたな」
「そうだね。朝行くといつも束さんが掃除しててさ」
「たまにさぼっていたがな」
笑いあいながら箒とマコトが登り始め、レイラと簪も続く。二人の昔を思い出すような話に、レイラと簪は確かにここには愛すべき日常があったのだろうと感じた。あの篠ノ之束でさえ、ただの神社の娘として境内を掃除していた。きっと、朝毎日で、会えば笑い合って話していたのだろう。
白騎士のおかげであのミサイルの雨から死者はでなかった。しかし、この町の、この神社にあった暖かな日常は壊されてしまったのだ。
「(……そんなの、悲しいよ…)」
「(死者が出なくても、失われたものはある、か)」
簪とレイラは、思い出の残痕を追うように先を行く二人が見えた。
階段を上り終えると、境内にはまばらに小さな子供連れなどを連れた親子の集団などが見える。木々に囲まれ、ここだけが自然に溢れた森の中のように見える。神社の裏には小山が見えた。
「ここが境内だ。裏に見えるのはウチが管理していた山でな」
「すごい、空気が綺麗だね」
「簪もわかるか?ここは不思議と空気が澄んでいてな、姉でさえも科学では明かし切れなかった。父はここが霊脈の上で、そういう“場所”だと言っていたな」
科学でも理由が明かせなかったこの神社が持つある種神々しい空気は訪れたものたちの心を澄んだものに変え、清らかな営みを育ませるという。そんな言い伝えがある、と箒は言う。
「確かに、ここに朝くるとその日の気分が全然違ったんだよね」
「だからランニングコースにしてたのか」
「それもあるけど、朝挨拶するのが日課にもなってたからね」
「そうか」
箒が歩みを進め、社へと向かう。境内の奥には当然のように賽銭箱があり、拝むことができるようになっている。
「参拝というのは初めてしますわ」
「あぁ、レイラはそういえばイギリスから来ているのだったな。その、宗教とかそのあたり、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。私は寛容ですから」
「そうか、なら拝んでいくか?」
「えぇ、是非」
箒はレイラに参拝の方法を教え、4人それぞれがお金を賽銭箱に入れ参拝する。各々、何か特別な願いがあるわけもないが、この日常がいつまでも続くように、程度のことは願っていた。
「よし、ここに来たらこれはやっておかねばな。あとは一夏達を境内で待っているとしよう」
「そうだね」
「飲み物が欲しかったら……あぁ、あった。あそこの自販機で買うといい」
「……自販機、あるんだ……」
「神秘的な空気の中にあるんだが不思議と空気が汚されなかったからな、そのままさ」
神社の隅にある自販機は箒の記憶のものより新しくなっているが場所は変わっていなかった。こういった場所では心ない者が空き缶を捨ててしまうのが常だが、この神社では不思議と設置後もそういったものはない。
つくづく、不思議な実家だと住んでいたものに関わらず箒は思う。
「しかし、この様子だと珠代さんは今外しているのか」
「そうかもね。箒達がいなくなった後とか、朝の掃除で珠代さん見たし、お昼時もあそこでおみくじ売ってるからね。今は別の巫女さんがやってるみたいだし」
「そうか…あぁ、伝言ぐらいはしておこう。少し待っていてくれ」
箒はそう言っておみくじを売っている窓口まで行くと、巫女と少し話して戻ってるくる。
「どうだった?」
「あぁ、伝えてくれるそうだ。今日は珠代さんは休みだそうでな」
「そっかぁ。あの巫女さん箒に驚いたりはしてなかったね」
「…まぁ、IS学園にいるとはいえまだ保護プログラムの中なんだ。彼女には箒というものがここに来たからよろしくと伝えてくれと言ったぐらいだ。それで十分だろうさ」
会いたかったのだろうなと、3人は箒を見て思ったが何も言わない。
しばらく神社で待機していると箒の携帯に着信が入り、一夏の家の掃除が終わったことが告げられる。箒が了解し、セシリアも一緒にいるのか聞いたがとんでもないことが判明した。
『は?セシリア?いや来てないぞ。一緒だったんじゃないのか?』
「なんだと。お前を一人には決まり上させられないと追いかけたのだぞ」
『おいおい、あいつ迷ったんじゃないのか』
「一本道だぞ………それに別れてすぐだったから一夏の姿が見えなくなるわけ」
『あ、それなら悪い。あのあとすぐ、本田商店のばあちゃんに声かけられてさ、新商品の洗剤買ってくれって言われちゃって、店の中に引きずりこまれてさ』
「なに!?あの話始めると1時間は拘束される本田の婆様にか!?」
『あぁ、今日は急いでるし、人を待たせてるからって強引に逃げ出したんだけど、その時にすれ違ったのかもしれない』
「ええい…参ったな……ひとまず一夏、そこで待て、あいつがたどり着くかもしれん」
『だな。あとはレイラとかが電話番号知ってそうだしかけてもらえばいいんじゃないか?』
「そうだな。頼んでみる」
電話はそこで切り、箒は3人に振り向く、箒の話している内容で状況は察しているため3人とも呆れ顔だった。
「…なんというか…期待を裏切らなかったね……」
「簪さん、言ってあげないで」
「私の友が大変申し訳ございません」
「あぁいや、気にしないでくれ事情があった。というわけで、レイラ。セシリアの携帯にかけてくれないか」
「わかりました。少々お待ちを」
サッと携帯を取り出し、レイラが電話をかける。しかし、一向に通話に出ない。それどころかレイラは自身のかけているショルダーバックが震えていることに気がついた。
「……あぁいけません。そういえば今朝、携帯も忘れていたので持ってきたのですが、本人に渡すのを忘れていました」
務めて冷静に言うレイラに、マコト達は顎が外れそうになった。それも一瞬で全員慌て出す。
「おい、まずいぞ。この町もそこそこ広いし、住宅街は入り組んでいるところもある」
「……オルコットさん無駄に動き回りそうだから捕捉できなさそう」
「簪さんの推測の通りセシリアはおそらく“迷うはずがないですわ!一夏さんが迷われたのです!”などと言うでしょうね」
「レイラ、セシリアさんのマネ上手いね!」
「それほどでも」
「遊んでいる場合かっ!すぐに全員で手分けして探さないと!」
わたわたとしている4人はとにかくセシリアを探そうとその場を駆け出そうとしたが、その時、マコトの携帯が鳴った。
「こんな時に…!誰…って鈴音?」
携帯の着信元は、この町の幼馴染みである凰鈴音であった。
「はい!飛鳥です!」
『あ、マコト?今いい?』
「ちょっと急いでる!」
『そうなんだ。けど、もしかしたらその急いでる理由かもしれないんだけど』
「へ?」
鈴音が妙なことを言う。気の抜けた返事をしたマコトに箒達は足を止めた。
電話の向こう側の鈴音は少し苛ついた声音でこう言った。
『なんかクソ生意気な金髪ドリルお嬢様、マコトの知り合い?』
電話の向こうで「誰がクソ生意気なドリルですか!私のこれはロールですわ!」という聴き慣れたお嬢様の声が聞こえた。
セシリアが鈴音の実家にいる、という情報は即座に一夏にも共有され5人は急いで合流して、住宅街の中にある“凰中華料理店”の前にやってきていた。お昼時なせいで美味しそうな匂いが漂っており、店先には今日のランチメニューが載っている看板が置かれ、どれも値段は学生にも優しいリーズナブルなものだった。
「はぁ……セシリアもよくここまで来たな」
「それにどうして中に入ったんだろう」
箒とマコトはなぜここにセシリアがいるのか気になったが、その疑問は一夏は解消した。
「あぁ、それな。セシリアに前、地元のこと少し聞かれたことあってな、そん時に鈴のこと話しんたんだよ」
「なるほど、それをセシリアは覚えていたのですね」
「だろうな。話しといてよかったよ。ま、結果オーライだ。どうせ飯食いにここくる予定だったからな」
一夏は慣れた様子で暖簾をくぐり、引扉をガラリと開ける。
「こんちわーすっ!」
「へいらっしゃい!って一夏坊!よくきたな!久しぶりだな!」
店内に入ると厨房にいる店主と思われる男性が一夏の姿を認め迎えた。かなり鍛え上げられた肉体を持っているのか、初対面の箒、レイラ、簪は「殺しても死ななさそう」という失礼な感想を持った。
「なんだその嬢ちゃん達は。坊の彼女か?」
「違いますよ。学校の友達に、それにマコトとは会ってるでしょ」
「ははっ、そうだな悪い。悪い。今一階は相手ないから二階いってくれ。鈴音もいる」
「りょーかい。そういえば、さっき金髪の女の子こなかったか?」
「あの別嬪さんも知り合いか?鈴音のこと聞いてきたから二階にあげたぞ」
「わかった、ありがと。じゃあ上あがります」
「おう。注文、待ってるぞ」
豪快に鍋を回しながら料理を続ける店主を横目に、五人は靴を脱いで上の階の席へと向かう。上階に登ると一階にはいた客がほとんどおらず、特徴的な髪型のセシリアはすぐに見つかった。
「お、いたいた。セシリア!」
「あぁ!一夏さん!ようやく会えましたわ!どこに行ってしまわれたのです!」
「ごめんごめん、ちょっと近所の人に捕まっちゃってさ」
「もう、困りますわ」
「…で、鈴、悪いなセシリアのこと」
一夏がそう声をかけたのは小柄な、茶髪をツインテールにした勝気な可愛らしい少女だった。凰鈴音、彼女こそ、箒と入れ替わりでこの町に来た一夏とマコトの幼馴染みである。鈴音は明らかに不機嫌な顔でセシリアの対面に座っている。こころなし、彼女のつけているエプロンに書かれた龍が浮かび上がっているように見えた。
「えぇそうね。その前に久しぶりね、一夏、マコト」
「お、おう。親父さん元気そうだな」
「当たり前でしょ。殺しても死なないでしょあのバカ親父」
鈴音からの評価に箒達は失礼なことを考えてしまったのかと思ったが安堵した。
「で、マコト!久しぶりね。この前の新作、どうだった?」
「あの送ってきた餡掛けチャーハンの改良版だよね?よかったよ。ただちょっと餡の甘味が強かったかも」
「そっかー、じゃあ今度また改良したの送るね」
「なんでマコトにはその態度!?」
「あのねぇ、あたしはそれはそれ、これはこれって精神なの」
ズバズバと、止まることなく話す鈴音に、箒は聞いていた通りだなと思う。気持ちがいい、裏表のない少女なのだろう。
「だいたい、この金髪ドリルが一夏の名前出して、言ったことが腹たったの。あんたなんて伝えたのウチの店」
「え?いや、美味い店だって…」
「この人なんて言ったと思う?『期待していたより可愛らしいお店ですわね』って!舐めてんの!?」
「いやそれは穿ち過ぎだろ!」
「そうですわ!確かに想像していたものの10倍は規模が小さかったですが」
あぁこれはセシリアが悪いと全員が思った。空気が明らかに変わり、セシリアは哀れなものを見る目をした全員に困惑する。
「な、なぜそんな目を」
「友人が大変失礼な真似をしました。私はレイラ・デュランダルと言います」
「よろしく、デュランダルさんのことはマコトから聞いてるわよ。いつも世話になってるわね」
「いいえ、こちらこそ」
「……わ、私は簪、です」
「おっ、あんたが簪ね。マコトの言ってた通りかっわいいわねぇ。よろしくね!」
「マコトさんそんなこと言ってたの?」
「え、事実だし」
簪の顔が爆発しそうなぐらい赤くなった。鈴音が「おーおー激辛麻婆SP食べたみたいな顔をしちゃって」と簪を茶化した。
「…私は篠ノ之箒だ。ちょうど、そちらとは入れ替わりで引っ越した」
「あぁ、あんたが。改めて、凰鈴音よ。この店の看板娘で次期店主!箒のことは…って箒でって呼んでいい?」
「いいさ、一夏たちの友達なら似たようなものさ」
「なら箒で。私も鈴音でいいよ。それで箒のことはよく弾とか一夏、マコトから聞いたわよ。鬼強い剣士だって」
「フッ、光栄だ。鈴音、そちらのことも二人から聞いた。なんでもかなり美味しい料理を作る気持ちの良いやつと」
「あんがと。弾のやつには負けてらんないからね。んじゃ、何食べる?今日のおすすめはこのランチメニューAの天津飯セットね」
自己紹介が済み、鈴音がそう言ってメニューを提示してきたが「お待ちください!」とセシリアが言った。
「私のことをスルーするんじゃありませんわ!」
「なによドリル女」
「ぐぎぎぎっ」
「おいおい、鈴もセシリアも落ち着けって。鈴、セシリアはあんまり日本のことよく知らないんだよ。こういう住宅街の店初めてみたいだし」
「……はぁ、んなことわかってるわよ。ただこいつが謝れば済む話をずっと「事実です」って言うから」
「いえでも、モガッ!?」
「セシリアが大変な失礼をおかけしました。たまに変に意固地になったり暴走したりしてしまうことがありますので…」
これ以上はこじれすぎると判断したのかレイラが強引にセシリアの口を塞いだ。マコトは「あぁ…本当にまずいと思ったんだな…」といつも以上にアグレッシブなレイラに苦笑いするしかなかった。
「あー、もしかしてそいつと幼馴染み?」
「えぇ」
「そっか。ま、こっちもそんな怒っちゃいないわよ。セシリアだっけ、よろしく」
「んぐっ、はぁはぁ、はぁ、い、いきなりなま「セシリア」……セシリア・オルコットですわ」
鈴はレイラには頭があがらないのかと少し意地悪な笑みを浮かべた。「あぁこれは玩具にする気だな」と一夏、マコトは気が付く。引っ越してきた当時こそ変に鈴はいじられていたが次第に頭角を現し、今の鈴はマコト達の間では姉御のような存在にまでなっている。もともと彼女の気質がそうだったのもあるだろうが。そもそも、店の規模のことでいきなり激怒するほど鈴音は短期ではなく、一夏の友人と聞いて少しからかっただけだろう。
「にひひ、あんた、その子に頭あがらないんだ」
「そ、それは当然ですわ!レイラは私からすれば仕えるべき方!彼女の言葉を否定するなど」
「セシリア。その必要はありませんよ。何度も言っていますが私はただの小娘です」
「で、ですが」
「あんまりしつこいようですと、チェルシーに今すぐ連絡しますが」
「……鈴音さん」
「なによ」
「無礼な発言、大変申し訳ございませんでした」
「よろしい」
ひとまずセシリアの謝罪が行われたので場の空気は穏やかなものに戻った。
「んじゃ気をとりなおして注文よろしくね〜。おすすめ言っちゃったけど、好きなのでいいから。一夏はいつもの?」
「おう、いつものだ」
「了解。最近千冬さんも来ないから寂しいわね」
「あぁ、千冬姉、忙しいからさ今」
「そっか。出前受け付けてるからって言っといて。これからの時期だと冷やし中華もやるから、出前とっても微妙な温度にならないだろうし」
「そうだな、言っとくよ」
じゃあ決まったら言ってね、と鈴音は二階から降りて行った。思えば彼女は店で仕事をしている最中だったのだ。そこを中断しておそらくは迷子になっているセシリアの面倒を見ていたのである。
相変わらず面倒見の良い、と一夏とマコトは鈴音の隠しきれない人の良さに安心する。
「さて、飯食べようぜ。これ食べたらもう学園に帰ろう」
「そうだね。でも他にセシリア達が行きたいところなければだけど」
マコトの問いかけに、セシリア達は「大丈夫」と口をそろえた。
「それにしても、中華ですか。あまり食べないので楽しみですわね」
「あぁ、セシリア。味は安心していいぜ。ここは最高に美味いからな」
「あら、そうなのですか。ふふ、なら、この私が試してあげますわ!」
「セシリア、騒ぎすぎですよ。マコト、どれが美味しいのですか?私もよく知らなくて」
「レイラもそうだよね。私のおすすめはこのチャーハン、酢豚セットかな。シンプルだけど一番美味しいんだ。酢豚は鈴の得意料理でもあるよ」
「そうですか、なら私もこれで」
「…私はこのラーメン、チャーシューマシマシにしようかな……」
「簪意外と行くな」
「お昼は食べるから」
各々の注文が大体決まり、一夏が鈴音を呼び出して注文が確定する。混んでるから時間もらうわね、と鈴音が告げ、全員が快く了承した。セシリアも既に気持ちを切り替えているのか問題なかった。
そうして、15分後に料理は全て出てきた。
「はいお待ち!チャーハン酢豚セット3つ、ラーメン小ライス餃子セット1つ、醤油ラーメンチャーシューマシマシ1つ、天津飯セットが1つ。以上!」
現れた料理を見て、初見の箒、セシリア、レイラ、簪が息を呑む。そこには見ただけで絶対に美味しいという料理が置かれていた。
「こ、これはっ、このチャーハンと、酢豚は…!」
「なんと……この、てんしんはん、というものは黄金の衣を纏って…」
「これがチャーハンと酢豚。なんて香ばしい香りなのでしょうか」
「……ラーメン屋さんじゃないのに……麺が、チャーシューが……輝いてる」
4人の感想を聞き、鈴音が得意げな顔になる。あれは相当に嬉しんだろうなとマコトたちは思った。
「よし、じゃあ食べようぜ」
『いただきます!』
「どうぞ!」
全員が同時に料理を口に運ぶ。
刹那、初めての4人の口から龍が登った。
「美味い!美味すぎる!なんだこのチャーハンは!」
「ひ、光が広がっていく……」
「(……これは、宇宙…?酢豚は、宇宙なのですね…)」
「感謝……圧倒的感謝……」
想像通りの反応にマコトは笑いながらいつも通りにおいしいチャーハンを食べる。
「うん、おいしい。今日は鈴音だね。チャーハンも」
「そ、人手が足んないからね」
「ラーメンは親父さんだな。相変わらずそこらのラーメン屋なんか敵わない出来だよなぁ」
「一夏はわかるわよね、そりゃ。ラーメンだけは弾のとこの親父さんと研究してるからね。近場にラーメン屋できるたびに負けたくねぇって」
「親父さんたちらしいや」
一夏は笑顔でラーメンをすすった。食事はそのまま進み、あっという間に食べ終わった5人は食後に杏仁豆腐まで頼んで談笑していた。
「いやぁ、美味かったな」
「そうだね」
「あぁ、こんな美味いとは…五反田のところもあれから研鑽を重ねているのだろう?楽しみだな」
「おう、箒。今度行ってみようぜ。弾も喜ぶよ」
「だな」
「そんときはあたしも連れてきなさい。ライバル店なのは置いといて、あいつん家も美味しいし」
「いいなぁ、あたしも行くよ」
「もちろんマコトも一緒よ」
藍越市の4人の会話は箒が今日鈴音と初めて会ったにも関わらずまるで昔からそうだったかのようだった。
「され、そんじゃお会計すんの?」
「おう。別々で良いか?」
「大丈夫よ。伝票これね、準備できたら下来てね」
伝票を置いて、鈴音がその場を立ち去ろうとするが唐突に「お待ちください!」とセシリアが呼び止めた。
「なに?いきなり大声だし…ってうえぇ!?」
振り向いた鈴音の肩をセシリアがガシッと掴んだ。真剣なセシリアの顔が鈴音の前にあり、改めてみると凄まじい美人だと鈴音は思って顔が赤くなる。
「な、なによいきなり」
「鈴音さん、私のものになりませんか」
「はっ、え!?」
何を言ってるんだ、とマコト達は思った。レイラは額に手を当てて「あぁ、もう」といった顔だ。
「ちょ、ちょっと、そんな、女の子同士とか、その…あ、あたしは」
「私の屋敷に来て、是非、料理長をなさりません」
「……へ?」
「オルコット家は優秀なものを常に欲しています。鈴音さんの料理の腕はレイラの反応を見れば我が家に相応しいもの……ですから私の家にぜひ」
「それはヤダ」
「な、何故!?」
鈴音の即答にセシリアは絶句するが、そりゃそうだろうと全員が思った。
「あたしはね、ここの店継ぐの。だから誰かのお抱えとかになりたくないの」
「で、ですが」
「それに、あたしを飼い慣らせるやつなんているのかしら?あんたがそうなの?」
「うぐ」
鈴音の瞳はかなりの闘気を感じさせ、セシリアはたじろいでしまう。レイラはここまでだとセシリアを引き剥がした。
「セシリア、落ち着いてください」
「れ、レイラ」
「全く…鈴音さん、重ねて失礼をお詫びします」
「いいわよ。むしろ、嬉しいぐらいよ。そこまでここの店のこと、評価してくれたんでしょ?お抱えは無理だけど、たまに食べに来なさい。最高に美味しい料理を用意してあげるから」
「……鈴音さん……」
マコトと一夏は、鈴音のこういうところがずるいな、と目を合わせた。彼女もまた、この町の住人で、懐が深いのだ。それにそこまで父や自身の料理を評価されて嬉しくないわけがない。本心からの鈴音の言葉にセシリアは感じ入るものがあったのか「はい!また来ます!」と言った。
「じゃ、待ってるわ。あ、そうそう。マコト、マユにこの前借りた漫画返すって言っといてくれない?」
「あ、ごめん。今日帰らないし、家にいないんだマユ」
「そっか。いや、いつもの癖でつい伝言頼んじゃうわね。じゃいいわ、私から連絡しとく」
「了解〜」
その後、6人は会計を済まし鈴音の店を後にする。離れていく6人の背中を見ながら、鈴音はふと思った。
「あいつらも楽しそうねぇ。…同じ学校だったらどうだったんだろう」
鈴音はISの適性自体はかなりのものであり、父と母の祖国からもしつこくアプローチが来るほどだったが、なんとそれを断って今は一般の高校に通っている。断れたのは彼女の従姉妹が同じぐらいの適正があったため、かならずしも鈴音でなくていいとなったためだった。
「ま、考えてもしょうがないか。これからも付き合いあるだろうし。…よしっ、午後も頑張りますか!」
あり得たかもしれない未来。それを鈴音は思い浮かべながらも、午後の仕事も頑張ろうと店内に戻るのだった。
「……束、何故マコトの謹慎を解いた」
「知りたい?」
「当たり前だ。人手が足りないと言ったのはお前だろう」
「じゃあこれ見てもそれ言える?」
「…………なんの冗談だこれは」
「冗談じゃないよ。これはいっくんがぶっ壊した人形の中身だよ」
「嘘を言うんじゃない、お前、これは、これはっ!」
「そうだよちーちゃん、この人形はさ、最悪だよ。クソだよ。これそのものも、作ったやつも」
「こいつはロボットじゃない。人間の脳髄を仕込んだ、ISを無人で動作させるためのカートリッジなんだよ」
「こんなもの、まーちゃんに見せられるわけないでしょ。見せたらあの子は……私の傍から、飛んで行っちゃうから」