『——イギリスで強奪されたIS“サイレント・ゼフィルス”はイギリス軍が奪還したと、イギリス軍当局が発表しました。詳細な情報は明かされていませんが、回収されたISは損傷がひどく、イギリス軍は当該機を解体処分とするしかないとコメントしており——』
マコトはゴールデンウィーク最終日の夜、珍しく学校の寮の自室でテレビをつけていた。簪はシャワーを浴びた直後のため、髪の毛を洗面所で乾かしている最中のため、部屋のほうにドライヤーの音が響いてきていた。
「あぁ、正式に返還したんだね、学園も」
束からIS本体の解析は完了したという話は聞いていたのですぐに返還されたようだった。分析・解析結果についてはマコトも聞いており、IS本体自体の異常な出力は無人だったことに加えてなんらかの手段で“インフィニット・ストラトス”として正常稼働させられていたため、あのような大出力ビームや異常な膂力を見せていたとのこと。
そのせいで、サイレント・ゼフィルス自体の内部構造などは当然過負荷がかかり、束曰く“ミンチよりひどい”状態になっており、束の見解としてはマコトたちが止めなくても数時間稼働していれば自壊していたという。
肝心の人形本体は一夏の零落白夜により中枢部分が大破し何もわかなかったと束は言っていた。
「(本当なのかな)」
あの束が“何も分からなかった”ということにマコトは違和感を感じてしまう。もちろん、束も全人類の中で最も優れていると言っても過言ではない天才だが、それでも自身が開発したインフィニット・ストラトスに振り回されているため、できないことやわからないこともある。それでも彼女が「完全にわからない」というのは引っ掛かった。
「(わからなくても、何かしら欠片でも気になることがあれば言ってくれそうなものだけど……何か、隠されてる?あたしが知っちゃいけないことを)」
今更、束がマコトに隠すことなど何があるのだろうか。インフィニット・ストラトスの世界的には公表されていないことも、マコトが理解できなくても彼女は楽しそうに語るし、それ以外のことも束はマコトや千冬には喋りたがる。
裏切られたという気持ちはないが、束がそういった言いたくないことを隠すのはマコトに対しては初めてで、どうしても彼女は気になってしまうが、しつこく聞いたところで束は教えてくれないだろう。彼女は一度、こうと決めたものはなかなか曲げない。それこそ、かつてマコトが前世を語り大きなカルチャーショックを受けたり、自己と他人が違うことによって生まれるものを認識できたりと、彼女にとって大きな何かがなければ変わらない。
「(まぁ…悪意があってとか、そういうわけじゃない。束姉さんのことだから気を遣って言わないのかもしれない)」
そうであってほしい、という若干の希望もありながら、マコトは自らに納得させた。
「ふぅ……すっきりした」
簪が髪を乾かしたのか、脱衣所から出てくる。簪の格好は凄まじいラフさで、眼鏡こそかけているが着ているものは寝巻きですらなく大きい何かのゲームのタイトルがプリントされたTシャツで、あとはショーツだけを履いた状態だ。
マコトも前世であればドキッとしたかもしれないが…いや、初めて見た時はほんの僅かにドキリとしたが、気を許し合ってからというもの、簪が夜はずっとこうなのでもう慣れてしまった。
「簪さん。ニュースでサイレント・ゼフィルス返還したって出てたよ」
「そうなんだ。…ほんと、あのときは死んだかと思った」
「あはは……あぁいうのは勘弁してほしいね」
戦争なんてない世界での命のやりとり。簪は気丈にも戦って見せたが、怖いものは怖かった。その日の晩は実を言えばマコトのベッドに二人で入って寝たほどで、簪はそれほどまでに恐怖を受けていた。
マコトからすればそれは当然で、同じベッドに寝るだけで簪に精神的な後遺症が残らないのなら喜んでと一緒に寝た。
それから、簪が何かうなされたり、フラッシュバックを起こすようなことはなかった。より簪との距離感が縮まったような気がしたが、マコトとしては友人との仲がいいことに越したことはないので特に気にしていない。
「マコトさんが助けてくれなかったら…って思うと今でもゾッとするよ」
「……間に合ってよかったよ、ほんと」
サイレント・ゼフィルス襲撃時に、ピットから飛び出した時は間に合うかどうか、マコトから見ても厳しいところだった。それでもなんとか間に合わせられたのはカタパルトデッキを蹴るのに加えて瞬時加速を使用したからだ。そのせいで打鉄は脚部機構が破損し、メーカー修理になってしまったのだが、命には代えられないので致し方がない。
簪がポスっとマコトの隣に座る。彼女は自身のベッドの枕元に置かれていた携帯をとり、操作し始める。
「マコトさん、お礼ってわけでもないけど……もしよければ、これ」
「え?なになに?いいのに別に」
「ううん。さすがに助けてもらって何も、っていうのは」
画面には花の飾りがついた髪留めピンが映っていた。派手すぎず、しかしマコトの前髪につければいいアクセントになりそうなものだった。値段などは問題ではなく、気持ちの問題だろうとマコトは値段は気にしなかった。
「ヘアピンって、あんまりつけないから新鮮かも」
「ほんと?きっと似合うと思う」
「ありがと、簪」
「じゃあ、買っておくね。届いたら、マコトさんの机の上に置いておくから」
「楽しみにしてる」
マコトがもらうことを了承すれば、簪の顔は出会った一ヶ月前とは比較にならないぐらい華やかな笑顔が浮かんでいた。このときマコトは初めて楯無と彼女が姉妹なんだなと実感できた。楯無も笑顔は今のマコトから見ても魅力的に見え、こうして目の前にいる簪の笑顔も魅力的だった。
これで男女共学だったら簪に告白する男子もいるんだろうな、とマコトは思った。
「それにしても明日から授業再開かぁ、先月は大変だったし、来月はゆっくり過ごしたいね」
「そうだね。さっきも言ってたけど、命のやりとりするのは本当にあれきりにしたい…」
「あはは、ないと思うよ。あんなこと」
と言いつつもマコトはどうしてもわからないことがあり断言はできずにいる。そもそも、何故サイレント・ゼフィルスが学園を襲ったのか、否、何故“あのアリーナ”に攻撃をしかけてきたのかわかっていないのだ。
一夏が狙いかと言われれば認識したISに襲い掛かっただけで、そうとは言えない。人形の正体がわかれば違うのかもしれないが。
「(……それとも“戦うこと自体”が目的だった……?わからない、こういうのはレイラのほうが考えるの得意だろうな…)」
このテの考えは得意でないとマコトは思考をそこまでで止める。いずれにせよ、今のマコトにできることはもうないのだ。
「マコトさん?」
「あ、ごめん、ボーッとしちゃって」
誤魔化すようにマコトは笑いながら言う。簪はそこでマコトに踏み込むことはまだできなかった。
「(レイラさんみたいに、言えたらいいな)」
マコトと仲のいい、いや良すぎると言っていい彼女のようにガンガン踏み込めるようになれたら。簪は今はまだ足りない勇気を少しずつ育んでいく。
「そろそろ寝よっか。夜更かししていきなり初日から遅刻なんてよくないし」
「そうだね」
本当は夜更かししたかった簪だが、マコトの言葉に今夜は従うことにした。彼女の言うことはわかるし、それに今日は“そういう気分”だった。
それぞれのベッドに潜り込み、リモコンのスイッチを押して明かりを落とす。
「おやすみ、簪さん」
「おやすみ、マコトさん」
言葉を交わして二人は瞳を閉じる。
次第に片方の寝息が静かに室内に響く。
「(……この気持ちは、なんなんだろう。吊り橋効果で、まだおかしいのかな)」
簪は、まだ眠っていなかった。彼女は自身に問いかけるように心の中で言葉を続ける。
「(私はマコトさんとどうしたいの?友達としてもっと仲良くなりたいの?それとも、それよりも深い関係になりたいの?)」
これまでの人生で、他人など、どうでもよかった簪にとってマコトは彼女に自分以外の誰かと、その誰かと誰かが連鎖反応のように繋がって広がる世界を教えてくれた。そんな彼女が、しまいには命を救ってくれた。
世界を変えて、続かせてくれた。それは簪という少女にはあまりにも、大きすぎるものだった。だから、不可思議な暖かく、朧げなものが心の奥に宿った。それがなんであるのか、簪はまだわからない。
「(それでも、わからなくても一つだけ…したいことはある。私は、貴方のことを知りたい……マコト)」
今はまだ、呼び捨てまではできない。けれども、もし、もっと深くお互いを明かさせたのなら。
未知とは興味を引き立てるスパイス。どんな感情であれ、簪という少女はここにきて初めて、何かを心の奥で燃やしているのかもしれない。
「えー…本日、織斑先生は体調不良でお休みです」
翌朝、1年1組は騒然となった。千冬が体調不良で休み。あの世界最強「織斑千冬」が休み。そんなことがありえるのかと、マコトの前席のさやかもマジで?と言わんばかりにマコトをちらりと見ていた。
マコトはそんなこと聞いていないため少々驚いたが、人間を辞めていてもそれは戦闘時のみで、あとは私生活がダメダメな二十中盤の女教師だというのがわかっている。大方、腹を出して体を冷やしたりしたのだろうと思った。
一夏を見れば、特に驚いている様子はない。というより、真耶がちらちらと一夏に何かしらのアイコンタクトをしていてあれは「言わないでくださいね…!」というように見えた。一夏はおそらく、千冬が体調不良となった原因を知っていて、真耶は言わないようにお願いしているのだろう。
この推測が当たっていれば相当ダメなものが原因だなとマコトは嘆息した。
「というわけで、一部授業は代わりに私が受け持つことになりました。織斑先生みたいにバシバシ行くのでよろしくお願いしますね!」
気持ちを切り替えるためか、ふんすっとして言う真耶だが、残念ながら背伸びをしている高校生にしか見えず、マコトを含めクラス全員が「カワイイ!」と思ったのは仕方がないことだろう。
「じゃあ、SHRは終わりです。1時間目の授業の準備をしてくださいね〜」
こころなしかいつもより機嫌が良さそうなのは気のせいだろうかとマコトは思った。千冬がいないからだろうか。
マコトは席に座ったまま、一夏に携帯のチャットで「千冬さんどうしたの」と送ると、一夏はちらりとマコトを見てなんともいえない顔つきで返信を返した。
『鈴からもらった紹興酒一人で全部開けて二日酔い』
彼女は画面を見なかったことにして1時間目の授業の準備を進めることにした。
なお、箒もマコトと同じことをしたのか画面を見て険しい表情になっていた。徐々に彼女の千冬に対するダメなところの感情が束に対してものに近くなってきているのかもしれない。
午前午後と、千冬が行うはずだった授業は全て真耶がやりきり、何故か彼女は胸を張っていた。千冬がいなくても私できるんです、と言わんばかりで1組の生徒達からは「やまやんよくできたねー」と褒められた上、さらにお菓子で餌付けされていた。一連の行動をしてから真耶は「先生をからかわないでください!」と言っていたが全て手遅れであった。
そうして放課後、いつもの6人で集まる——ことにはならず、一夏は千冬の看護のために早々に寮へと戻り、今日は5人だけで食堂の一角でお茶をすることになった。
「それにしても、二日酔い…ですか」
レイラがそんなことありえるのかと真剣に悩み出しそうだが、マコトが「あの人はそう言う人だよ」と告げて強引に納得させた。
「……千冬さんにもメンツというものがあるから言えんが、これぐらいは優しい方だ」
「流石に仕事を二日酔いで…っていうのは初めてだろうけど」
ズボラだが仕事は真面目な千冬が二日酔いで休むことは珍しいが、マコトは恐らくはサイレント・ゼフィルス襲撃以降からの各所への説明や手続き、さらに聞いた話では生徒に戦闘を行わせたことへの査問会もあったとのことで、疲労の末我慢できず呑みまくったのだろうと思った。
結果、疲れ切った体では起きることもできず、加えて二日酔いでまともに仕事ができる状態ではなかったのだろう。
真耶の態度などから学園側には風邪などと誤魔化しているのかもしれない。
「……疲れていたのかもしれない…」
「簪さんの言う通りですわね。織斑先生も人の子だった、ということでしょう」
セシリアが纏め、一先ず千冬が二日酔いになった話は終息する。このことを話したところで何をどうすることもできなければ、最終的には千冬に厳しい言葉をかけるだけになるからだ。
「そういえばレイラ、サイレント・ゼフィルスはどうなるの?」
マコトはレイラに聞きたかったことを聞くことにした。サイレント・ゼフィルスは元々レイラの乗機となる予定だったものだ。それがイギリスに戻ったということは彼女は代替え機に乗る必要がなくなったということだ。大破し、解体といっても予備パーツはあるはずだからだ。
しかし、レイラの回答は全く想像したものとは別だった。
「残念ですが、サイレント・ゼフィルスはニュース通り解体処分の上、除籍です。コアは4号機以降へ、予備のパーツは改修の上、私のダイヴトゥ・ブルーのパッケージ装備に流用されるそうです」
「え、そうなんだ」
「軍としては再建したかったのですが、政府からイメージ的に…とお許しが出なかったそうです」
「妥当と言えば妥当な処置かもしれませんが、残念でしたわ」
セシリアも今回の件は残念なようで、肩を落としていた。ISがイメージ優先というのは「抑止力」として隙のない兵器でなければならないからだ。一度奪取された挙句、大破までした機体をそのまま…というわけにはいかなかった。
モビルスーツと違い、使えるところまで使うというわけにはいかないのだろう。特に、専用機は。
「まぁ、結果的に一部装備は後付けとはいえダイヴトゥ・ブルーでも使用可能になりますし、建造されたことは無駄ではありませんでした」
「……失われた機体の装備の受け継ぎ…浪漫だね」
簪は今回のサイレント・ゼフィルスの装備が流用されることは個人的に趣味に合うのかそう言った。レイラも前向きに考えたいのか「そうですね、浪漫ですね」と微笑んで見せた。
「む…茶が切れたな。取りに行ってくる」
「了解〜」
飲み物がなくなったのか、箒が一度席を立つ。箒はこの一ヶ月と少し、常に熱々の緑茶を飲んでいる。そこからも硬派な武士イメージがあるのか、マコトは最近妙に箒を見ている生徒達が増えたことに気が付く。
「箒、ファンクラブでも出来たのかな」
「出来たよ」
思わず言ってしまったことに即答したのは簪だった。
「あるんだ…」
「4組の中で言ってる人がいた。あの騒動の時、1組の生徒達を落ち着かせようとしてたのがかっこよかったんだって」
「あー、なるほど…非常時の箒、確かにかっこいいもんねぇ」
声こそかけられていないが、箒は気がついているようで周囲を少し気にしている。ただ実害がなければ「捨て置く」というのが彼女の基本的なスタンスでありマコト達に相談はしない。おそらく、それが余計に人気を高める可能性がある。
「箒さんはまさに日本のサムライ、ブシドーを体現しているかのようですからね」
セシリアがいきなりカタコト気味にサムライ、ブシドーと言ったため、簪が吹き出しそうになっていた。
「待たせたな。そういえば、昼休みにこんな噂を聞いたんだが」
突然箒がそんなことを言い出し、語り出す。
曰く、今日の朝から校内で銀髪の軍服姿の幼女を見たと。
曰く、それは稀に校内で見るクロエ・クロニクルがコスプレしている姿ではないかと。
「といった具合でな。クロエ、という生徒は知らんが制服姿でない少女が校内を徘徊しているらしい」
「クロニクル先輩がそういったことをする人とは思ませんので、別の方でしょうか」
「セシリアは知っているのか」
「えぇ。特別教室の二年生の方で、少々お目が不自由な方なのですが」
「なるほど。お前の知り合いともなればそんな不可解なことはしなさそうだな」
マコトはクロエがメイド服ならばよく着ていることを知っているためあながちクロエが本当にコスプレして出歩いているのではと一瞬思ったが、束の助手を兼任している以上は目立ってはいけないはずで、やはり別人ではないかと思った。
「このあと空いているから私はその銀髪少女を探そうと思ってな」
「箒さん…暇なのですね」
「ああ、暇だ。特に今日は一夏が千冬さんに付きっきりで稽古もできん。たまには時間を無駄に使うのも一興だと思ってな。セシリアも来るか?」
「私はそんな暇ありませんわ。レイラ、このあとはダイヴトゥ・ブルーでテストがありますでしょう」
「えぇ、確かに。ですから、今日はお夕飯も皆様とご一緒できませんね」
「なるほど。じゃあ、マコトと簪はどうだ?」
「私たちは空いてるけど。簪さん、いい?」
「…ん、マコトさんが行くなら」
「決まりだな。その銀髪少女が不審者でないか確かめに行くとしよう」
あぁ、箒の真面目さが暴走してのことだったか、とマコトは苦笑いになる。それからしばらく5人で話した後は解散し、箒達は校内に、セシリア達はテストを行いにアリーナへと向かった。
放課後の校内へと繰り出したマコト達は夕暮れの中、それなりに生徒が残る中を歩いていた。箒を前にその後ろからマコトと簪が並んでついてきている形である。
「しかし、改めて思うがここは広いな」
「……人工島“カグヤ”、このIS学園のために元々あった大型居住用人工島計画を流用してできた島だから」
「確か、CMとかで21世紀最大のリゾート都市とか言ってたよね」
箒の言葉に簪がこのIS学園のある島について解説し、マコトもその名は過去に政府広報などで見たことがあった。ISが登場する前からあった人工島計画で、日本にハワイをというキャッチフレーズだったはずだとマコトも記憶している。
それがISの登場で出来た世界条約……アラスカ条約によって、日本でまずIS搭乗者の育成機関設立を義務付けられ、ちょうどいい土地はないかと当時の政府が血眼になって探した結果、この人工島が様々な立地条件に適っており選ばれたのだった。
大きな反対運動なども起こったが全世界からの指示とあらば日本国内のそういった意見は全て無視され、IS学園は建立された。今でも稀に反対運動を行なっていた団体から嫌がらせなどがあると、生徒手帳には注意事項が記載されている。
「学園の寮や食堂は建設予定だったリゾートホテルをそのまま使っていると聞いたな」
「え、そうなの?」
「……確か、寮の一階にあるパネルに記載があったはず」
「ヘ〜、どうりで部屋の中、学生寮っぽくないんだね」
入寮してから感じていた学生寮のクオリティの高さがそういった理由だったのかとマコトは驚いた。考えてみれば見晴らしもよく、学生寮が微妙に小高い丘にあるのもそういったことなのだろう。寮にある浴場も造りがリゾートホテルのそれで、学生寮のものではない。
束の研究所がある森林区画も入口などは思い返すと微妙に整備がされており、キャンプ場のように見えなくもない。
広さを言ってしまうと基本的に学生寮から校舎までの移動は徒歩で行われるが学園の外周部への移動は学校内なのにバスで移動する必要や、完全に外周を移動する場合はモノレールに乗る必要があるほどだ。
「これで国立だからいいけど、私立だったらゾッとするなぁ」
「学費が凄まじいだろうな」
世界からの要請があっての学校であり当然この学園は国立であった。そのため、中には国立の大学への推薦をもらうために狙うものまでいるという。マコトは卒業後はどうするかまだ決めていないが、できれば束の手伝いをして宇宙に上がりたかった。
「さて、問題の銀髪の少女だがどこにいるのだろうな」
「………というか、学園の裏門に行けば入館記録見れるのでは?」
簪の提案に、箒もマコトもそれだ、となった。大きな人工島の上にあろうが、特殊な国立学校であろうが、学校は学校である。中に入るには当然、受付で手続きをしなければならない。正規の手続きをとっていればかならず学園の裏にある窓口に行っているはずである。
そうと決まれば、と3人は移動を開始する。一度食堂の方面へと戻り、そこから学生寮エリアを抜け、アリーナ群があるエリアを通る。
「いや遠いな裏口」
「……まぁ…歩きで10分かかるからね」
「遠すぎない?」
構造物が大きく、シンプルな配置のため迷いづらいIS学園だが、初見の人間は下手をすれば迷うのではないだろうかとマコトは思う。ただ裏口に行くだけでそれなりに歩き、ほとんど生徒の姿が見えなくなる。
裏口のあるエリアは搬入口や運ばれたものを保管する倉庫街になっており、一気に学校という雰囲気ではなくなってくる。
「ここが学園の裏側か。かなり印象が違うな」
「学校ってよりは倉庫街だね」
人気も少ないせいで微妙に不安を煽るのか、簪がマコトとの距離を縮めた。マコトは当たり前のように簪の手を握った。
「っ……!?」
「あ、簪さん、嫌だった?」
「え、ひ、え、そ、そそそっ、そんなこと、ないよ」
「大丈夫?」
過剰反応する簪にマコトは首を傾げながらも手は繋いだままだ。箒は二人の様子は特に何も気にしておらず、リアクションはない。
「(〜〜〜〜〜っ!困る…)」
マコトの手は暖かく、こうすることに手慣れているなと簪はどうにか心を落ち着けながら思った。彼女は妹がいたことを簪は思い出して、それでこうして不安な姿を見て手をつないだのかと納得した。
そして、同時に一瞬マコトの姿に自身とよく似た少女の姿が過ぎる。
気がつけば簪はマコトの手を離していた。
「ごめん、大丈夫」
「そっか。ただ、確かにここ怖いよね。肝試しに使えそう」
「マコト、それはいいな。セシリアなどはいい反応をしそうだ」
簪の何かに察してかマコトは特に気にすることもなく、フォローするように言う。申し訳なさをマコトに感じながらも、簪は前を向いた。裏口が見えてきており、3人は少し歩く速度を上げた。
裏口の受付までやってくれば、警備員の女性が3人に気が付き声をかけてくる。
「どうしたんだい、こんなところに」
だが、その口調はかなり粗野だった。ロングヘアーで見た目こそ黙っていればキャリアウーマンに見えなくもなさそうだが、警備服を腕まくりし、顕になっている筋肉質な腕のおかげもありかなりワイルドにみえる。
「失礼。1年1組の篠ノ之と言います。聞きたいことがあるのですが、いいですか」
「なんだい」
「今日、こちらを銀髪の軍服姿の少女が通りませんでしたか?」
直球に箒が問うと、警備の女性は「またかよ」と隠しもせずに思いっきり悪態をついた。
「また、とは」
「お前らでその話したのもう9組目だよ。暇なのか?」
「暇ですが」
「こっちは仕事してんだ。遊んでる暇はないっての」
警備員の女性は明らかに鬱陶しそうな顔をしている。まさかIS学園という重要施設の警備員がここまで態度が大きいとは思っていなかった。
「(いやむしろ、これぐらいじゃないとダメなのか?)」
強引な取材や、運動家などの侵入を問答無用で防ぐためにはこれぐらい荒事に慣れていそうな警備員でないといけないのかもしれない。この学校にはレイラのようなVIPも所属している以上、絶対に不審者を入れてはいけないのだ。
「すいません。でしたら、入館時に書く記名帳を見せてもらってもいいですか?」
「別にいいが。そこにあるぞ」
特にヒントは得られなさそうだが、マコトは記名帳を見ることにした。窓口の外側にある突き出した台の上に置かれており、マコトは早速目を通す。入館した人間はそれほど多くないようだ。
「入ったのは今日3名なんですね」
「別に今日は搬入日じゃねーしな。楽な日だよ」
「どうだ、マコト。何かあるか?」
「どうだろ…あぁ、この人だけ外国語だね、名前」
マコトは一人だけ外国の字で名前を書いているのを見つけた。ただし、英語ではなく読めない。だが、入館目的は日本語で「転入前の確認」と記載されている。既に退館時間も記載されており、昼には出て行ってしまっていた。
「なんて書いてあるんだ?」
「………ラウラ・ボーデヴィッヒ」
箒がそう言った横で、簪が言った。彼女も記名帳を見ており、どうやらこの名前を読んだようだった。
「へぇ、嬢ちゃんそれ読めんのか」
「……代表候補生なので」
「何語なの?簪さん」
「ドイツ語。そして、その人知ってる」
「何!?」
簪が携帯端末を取り出し、少々の操作をしてから箒とマコトに画面を見せる。そこには、マコトからすればクロエにそっくりな銀髪に眼帯をつけた軍服姿の少女が敬礼をしている写真があった。
写真の下には解説が載っている。「ドイツ軍記念式典で敬礼をするラウラ・ボーデヴィッヒ大尉(当時)」と。
「この人はドイツの代表候補生で、現在最年少の軍人として有名」
「ぐ、軍人だと。それがこの入館理由と言うのは」
「まぁ、仕事しながら学校に通う人もいるし、おかしくはないと思うけど」
ただ、軍人なのにわざわざここに来るというのはマコトもよくわからなかった。それに、この年で大尉という肩書きも気になる上、クロエと似すぎているのが引っかかる。クロエはこの世界におけるコーディネイターだと束は言っていた。もしかすると、彼女もそうで、それ故に年齢不相応な力を持っているのではないだろうか。
「(……何か目的があるのか…?)」
ただ学園に入るわけではない。何か目的があると考える方が自然だった。だが、彼女もこうしてわざわざ正規の手順を踏んで人前に姿を現すということはそれだけ自然体にしているほうがおかしくないということを知っている…つまりはプロなのだろう。
この世界の本物の軍人。マコトは初めて会うのが彼女になるのかもしれない。
「そこの赤目の嬢ちゃんは随分と、頭が回ってそうだね」
「へ?あ、あたしですか?」
警備員の女性に突然そう声をかけられマコトは驚く。
「そうさ。そういう姿勢は嫌いじゃない。あたしら警備課の人間はかならず訪問する人間の目的を察せなくちゃいけない」
「あ、ありがとうございます?」
「素直に礼を言えるのも悪くない。サービスだよ、そのボーデヴィッヒというガキンチョは来月から学園に入ると言っていたよ」
警備員の女性は獰猛な笑みを浮かべている。簪が恐ろしいと感じたのかマコトの背後に隠れ、無意識に箒とマコトが前に出る。一体彼女は何者なのだろう。
「あぁ、そういえば名乗ってなかった。あたしはここの警備担当の一人、アキって言う。よろしくな」
「アキ、さん」
「あぁそうだ。さぁて、知りたいことはわかったろう?さっきも言ったが暇じゃないんだ。学生諸君は帰った帰った」
アキ、と名乗った警備員に3人はその場から離れるように促され、裏口から離れていく。マコトは明らかにあの警備員の名前は偽名ではないかと勘付いたが、それなりの理由があってこの学園に雇われているのだろう。
先ほど見せた獰猛な笑みなどはどうみても民間人のそれではなかった。前世で戦争をしていたマコトだからわかる。彼女は戦場にいた人間だ。
「(学園の人材登用の仕方がよくわかるな)」
そもそも、千冬という最強だが…という存在を雇っているのである。もしかしたら、IS学園の採用基準の最大のポイントは“実力の高さ”なのかもしれない。
「…はぁ、それにしてもあの警備員はともかく、銀髪の少女は転入予定の生徒だったか」
「不審者じゃなくてよかったね」
「あぁ。だが、どこのクラスになるのだろうな」
「さぁ?」
「……専用機持ちだから、1組以外かな……」
「どうだろうね。案外1組になったりして」
「まさかな」
——本州行きのモノレールにて。
「(施設としては悪くない。流石は学園といったところか……しかし、織斑教官は風邪で面会できないとはどういう冗談だ?)」
「あの教官が、風邪を引くはずなどないだろう」
ここにもまた、織斑千冬の幻想に浮かされた少女が一人……。
夜間のIS学園の裏口は一晩中受付の窓口が開いている。代表候補生などが所属する以上急な呼び出しや、学園への帰還が発生するためだ。しかし、常に窓口に人がいるわけではない。裏口の窓口の小屋の地下、そこに警備員は詰めている——この裏口の担当者は1人だけであるが。
「はぁ、まったく。学生ってのは暇でいいねぇ」
マコトたちにアキと名乗った警備員の女性が言う。彼女はYシャツの前を大きく開け、インナーは丸見え、下はズボンを脱いでショーツだけだった。おまけに勤務時間だというのに手には缶ビールである。
「あら、それが彼女たちの特権よ」
そんな彼女の背後から声をかけるのは、一見すれば“女神”とさえ思えてしまうほどの絶世の美女だった。恥ずかしげもなく晒された肢体はまさに黄金比で、肌も透き通るように美しく滑らか。髪はまさに金糸のように彼女の臀部まで伸びて揺れている。
万華鏡のように少女のようなあどけなさと慄くような大人の魅力を兼ね備えた顔はアキに悪戯っぽく微笑んでいた。
「特権ねぇ〜。まぁ、そうなのか。人生で一番時間を無駄にできるからな」
「あなたにもそういう時、あったの?」
「そりゃあ、あるさ。何もあたしも、いきなり戦場の炎の中から生まれたわけじゃない」
数奇な人生、と言って仕舞えばそれまでだがとアキは彼女の歩んできた人生を振り返る。振り返るがほとんどがロクなものではないと思ってやめた。
「そういうお前はあるのか、スコール」
「勿論。ハイスクールではミスコンで優勝したのよ?私」
「流石だな」
美女…スコールはアキの首にもたれかかるように抱きつく。彼女の豊かな体がアキに伝える体温は少しだけ低かった。それがどうしてもアキの心の中にある隙間に風を吹かす。首に回った腕にアキは手を重ねた。
「そういえばさ、千冬のやつ今日二日酔いだったらしいぞ」
「彼女が?そんなことありえるのね…」
「あぁ。“一人で世界を破壊した女”が二日酔いでダウンとかよ。最高に笑えるぜ」
以前酔いつぶそうとして逆に潰されたため、どんだけ飲んだんだともアキは思うが織斑千冬が二日酔いというだけで彼女は面白かった。かつて、自分とこの側にいる愛する女性の全てを終わらせた千冬がなんでもない一般人のような姿を見せることに、だからこそ負けたのだと彼女は思う。
「…怪物を倒すのは、いつだって民衆。彼女もそう、ただの民衆に過ぎない」
「そのわりには力がありすぎねぇか?」
「彼女がきっと“総意”なのでしょうね」
世界が落とした濃い影を存在すらさせないような光の総意。自らの体を“半分”消炭にしてくれた“零落白夜”は影の存在すら許さない、圧倒的なまでの光なのだろう。影が消えれば、光の中で生きていかなければならない。今のスコールとアキはそういう存在だった。
「…ねぇ、アキ。今の生活、満足してる?」
「それ何度目だ聞くの。満足さ。仕事して、金もらって、美味い飯食って、好きな女抱いて寝る。最高だ」
「……ふふ、そう。そうね。贅沢よ、最高のね」
流れるように二人は口づけをかわす。そのまま薄暗い地下室で朧げな影を重ねる……ことはできなかった。こんな状況でも目の前の監視カメラ映像から目を離さなかったアキが、来訪者が来たことに気がついたからだ。
「……ん、悪い、お客だ」
「もう、空気読んでよ」
「しょうがないだろ。こんな時間になんのようだ?女二人だが……女二人…あぁ、学園から話のあったやつらか」
アキはスコールを解いて、椅子から立つと脱ぎ捨てていた制服類を雑に着直して、スコールに「ちょっと待っててな」と言い、地上階へと上がる。窓口の中へと出ると、受付には二人の影が見えた。
「こんばんは。こんな時間になんのようだい」
事前に根回しがされていなければ不機嫌に対応して追い返すところだが、彼女らは歴とした学園の客である。クライアントからの命令は絶対。それがアキという女性がここに来る前から持っている信念だ。
訪ねてきたのは、欧州系の男女。どちらもよく顔立ちが似ていて、姉弟のように見えるがアキは女性の方から感じる空気から彼女が母親であるとすぐにわかる。
「……“遅くなりました”」
「やっぱり当たりか。どうぞお通りを」
「…ありがとうございます」
「あたしはただ学園にあんたらが来ることを聞かされてただけ、なんにも知らないよ」
「それでも助かります」
愛らしい少女のような声は女性の隣に立つ少年から発せられていた。そもそも、少年は少年ではないことがアキにはわかっている。下手な変装だと彼女は思った。
「(そんなじゃ、この国のザルな警備でもすぐわかっちまうな)」
それほどまでに切羽詰まっていると取れるが、アキは何も言わない。彼女には関係のないことだ。お節介はサービスに含まれていない。
「ようこそ、いや、お帰りなさい。シエラ・デュノア養護教諭、シャルル・デュノアくん」
学園の平穏は1日たりとも続かない。僅かな平穏に終わりを告げる親子が学園へと足を踏み入れた。
フランスの彼女の流れは基本的に同じとしたいですが、理由や背景が大きく異なってきます。