山田先生を強くしすぎたかもしれない。
双子はちゃんとこれから先に見せ場を作ってあげたいと思います。
フランス、デュノア社。社長オフィスに3人の男女がいた。
一人はこのデュノア社の代表取締役であるアルベール・デュノア。ブロンドの髪をオールバックにして整えたいかにもビジネスマンといった風体をしており、キレのある顔つきは今の彼がしている厳しい表情をより引き立たせている。
二人目は彼の横に座る赤髪を長く伸ばした美女、社長夫人であるロゼンタ・デュノア。艶やかと言える美貌は彼女の濃い口紅を野暮ったく感じさせず、色気として引き立たせている。体つきもおとぎ話の魔女のように美しかった。
三人目は前途二人とは空気感が大きく違う、少女のような女性だった。ブロンドの髪を肩甲骨のあたりまで伸ばしているシエラ・デュノア。世間的にはアルベールの愛人とされている。ロゼンタとは真逆の健康的な美というべきか、ほどよい肉付きに魅惑的な体つき。少女の良いところを保ちながら年齢相応に育ったような姿。まるで神に愛されているような精巧な容姿だ。
三人の表情は様々だ。アルベールは厳しく思い詰めるように、ロゼンタは困惑した表情を、シエラは苦笑い。
「…シエラ、すまないが、シャルロットを連れてここから出るんだ」
「そんなぁ、心配しすぎだよ」
アルベールの言葉にシエラが柔らかく返す。ここから、それはフランスという国からの出国を意味していた。深く考えていないようなシエラの反応にロゼンタはアルベールを援護するかのように言う。
「シエラ、あなたと、シャルのことを思ってなのよ」
「ロゼまで、大丈夫だって。わたしもシャルロットも」
「ダメだ。ダメなんだ」
シエラの言葉を彼は否定する。アルベールの目がシエラを見る。強い意志の宿った目だった。その目をシエラが見たのは実に三度目だ。一度目は告白されたとき、二度目はロゼンタとシエラを取り合った時、三度目は子供が欲しいと告げられたとき。
どんな時であれ、そういう目をしたときのアルベールは絶対に退かないとシエラは知っている。
「……三人でずっと一緒だよって約束したよね」
「あぁ。だが、このままこの国にお前たちがいればそれも叶わなくなる」
「やだよ」
「シエラ、私も、私も同じ気持ちよ。それでも、今あなたとあの子を失うなら…」
ロゼンタはシエラの側まで行き、彼女の手を取る。魔女、とまで一部の者たちから言われてしまうほど冷たい手がシエラの温かい手を取る。学生時代からの友人で、今では同じ名字にまでなった家族。正確にはシエラが彼女と彼の妻であり、その愛は冷たい手の奥からでもシエラはよくわかった。
「ロゼ…けど」
「ずっと離れるわけじゃないの。ゴタゴタを片付けたら、また、一緒に暮らしましょう」
「ロゼンタの言う通りだ。一時的な離れてもらうだけだ。その間に私たちがどうにかする」
彼らには今、敵がいた。彼らの特殊な関係を理解せず、ただ野望のために俗な関係へと落とし込み、失墜を狙う者たちと戦っている。
「嫌だよ」
「シエラ…!」
まるで駄々をこねるように言うシエラに、ロゼンタは言い聞かせるように名前を呼ぶが、シエラの表情は酷く悲しみに満ちていた。まるで、アルベールとロゼンタが向かう先を知っているかのように。
「二人とも、死ぬ気でしょ」
泣きながら、彼女は告げる。アルベールもロゼンタも目をそらす。図星だった。二人は勝ち目がない戦いを挑もうとしている。いっそ、勝つつもりもない。シエラと娘が逃げるための時間稼ぎ。一人の女を愛した二人がしようとしているのはそういうことだった。
「死ぬ気は無い」
「嘘だよ。アルベールもロゼも、ほんとの時はみてくれるもん」
「シエラ、お願いよ。生きて。あなたには生きて欲しいの。それにシャルにはあなたが必要なの」
「シャルにはアルベールもロゼも必要だよ!三人で育てていこうって!二人がパパだって言ってくれたでしょ!?」
泣き叫ぶシエラに、アルベールもロゼンタも困ったように笑ってしまった。そこまで、愛してくれているのかと。歪とも見られない関係なのに、シエラが二人に向けるものは全く同じ大きさの感情だった。
「そこまで愛されると、男冥利につきるな」
「なによ、私の方が愛されているわ」
「私の方こそ」
「私の方が」
「や、やめてよ、こんなときに」
突然争いだした二人にシエラは慌てて止めに入る。そうすると二人はすんなりと張り合うのをやめた。二人は泣きながら笑っていた。
「ははっ、シエラ。頼むから、行ってくれ」
「アルベール…」
「アルベールに乗るのは癪だけれど、シエラ。行って、愛したあなたが、生きていてくれないと私、死んでしまいそう」
「ロゼ…」
もう、止められない、とシエラは悟ったのだろう。呆然としながらも、席を立って後ずさるようにシエラはその場から離れようとする。
「…死んじゃ、やだよ」
「死なないさ。シャルの花嫁姿も見ていないんだぞ」
「そこは同感ね。あと、結婚式で感謝の言葉伝えられてるシエラも見れてないし」
「二人とも…」
嘘つき、とシエラは言いたかった。けれども、言えなかった。
「さよならは、言わないから」
「もちろん。また、だシエラ」
「えぇ。またね、シエラ」
まるで、今度はお茶をしよう――学生時代のように、二人はシエラに永遠の別れを告げる。
「……ぅ…っ…また、ね」
泣き叫びたいのをこらえながらシエラは部屋から走り去っていく。扉が音を立てて開けられた。これならまるで、シエラが三行半を叩きつけられたように見えることだろう。
「…行ってしまったな」
「そうね。最後に、笑顔が見たかったわ」
「無理だろう」
「誰かさんのせいでね」
二人は居住まいを正して、立ち上がる。そこには先ほどまでの愛情を持っていた男女などいなかった。二人は夫婦だ。しかし、それは建前のようなものだ。家に決められた結婚だけはして、愛したのは同じ女性。奪い合おうともした、けれども、今は一人とその子を守る同志。
「…相手は国か。恨まれたものだな、ノルン社の連中には」
「弱者こそ、欲しがるものよ」
「フッ…言えている。欲しいものは全て手にする。それが強者の特権だ。毛頭、負けるつもりはない」
「当たり前よ。さっさと片付けて、二人とバカンスに行くわよ」
「待て。そこに私は入ってるのか」
「入ってるわけないでしょ。社長が遊んでるんじゃ無いわよ」
「…諸君、昨日は自己管理不足で授業が出来ず。すまなかった」
千冬は二日酔いで休んだ翌日には復帰していた。朝のSHRで一応“風邪”という体裁をとるだめかマスクをしているが、その絵面が壊滅的に似合っていない。一夏は笑いをこらえるのに必死だったが、一瞬凄まじい殺気をあてられ、真顔になり背筋を伸ばした。
「……さて、本日は急だが本クラスに転入生が来ることとなった」
転入生。1組全体が大きくどよめく。ぼーっと教壇の方を見ていたマコトも流石に慌てて頭を起こす。転入生と言えば昨日、箒の暇つぶしで同行した不審者探しで情報を得たラウラ・ボーデヴィッヒのことが頭を過るが、警備員のアキから「一ヶ月後」と転入時期を聞いてしまっている。となると別の誰かである。
「こんな時期に転入生って変だね」
さやかが妙な時期の転校生に首を傾げた。5月の転入生、他校に通っていればわずか一ヶ月で転校したことになる。よほどの家庭の理由などがない限りそれは起こらない。
「紹介する前に数点、諸君らに守ってもらう必要のあることがある」
千冬はそう言うやいなや、控えていた真耶に目配せし、真耶がプリントを配布する。マコトにも当然配られ、彼女はその紙面に目を通す。それは注意事項などではなく、IS学園では事あるごとに書かされる「機密保持証明書」だった。
「これから来る生徒はその特異性ゆえ、暫くはこの学園内のみ存在を周知され、外部へ存在を明かすことは禁じられる。その誓約書にサインをし、ただちに前へ回すように」
存在自体が機密の人間が教室に来る。1組全体が期待と不安、それぞれで湧く。
「どこかの王族でも来るのでしょうか」
「王族はレイラだけで十分ですわ」
レイラはやんごとなき身分が来るのかと推測したが、セシリアはもうレイラだけでお腹がいっぱいと言わんばかりだった。
「(……嫌な予感がするな)」
後ろの席から回ってきた紙を纏めながら、箒はどうしてもこれからの生活が一変する予感がした。
教室内の全員から証明書の回収が済んだことを千冬が確認すると、教室の入り口の方へ「入れ」と告げる。入室の許可が出て、その転入生が引き戸を開けて、入ってきた。
現れたのは少々小柄だが、すらりとした美少年だった。ブロンドの髪を僅かに肩の上で縛り、顔つきはあどけなく中性的で自然な微笑を浮かべている。教壇の横まで来て、1組全体に向き直す際の動きはキレがあり、歯を見せて笑いかける彼に1組のほとんどの女子が釘付けになった。
「フランスから来ました、シャルル・デュノアと言います」
放たれた声はアルト。まるで声変わり前のようにさえ聞こえる。美しい容姿に美しい声。まるで彼そのものが“美”という音楽を奏でる楽器のようだった。
「男性としては2人目になりますでしょうか。わからないこともたくさんあります、皆さんに追い付けるよう、頑張ります。よろしくお願いします」
教室は静まり返る。一夏の時とは違い、見惚れている生徒が多い。貴公士という表現がよく似合うとマコトは思う。だが、同時にシャルル・デュノアという存在が彼女は許容できない。
男性操縦者は理論上一夏しか存在できないからだ。
「(……現れるべくして、現れた存在…か)」
無理と嘘。それを包み隠すための容姿。マコトは得意ではないポーカーフェイスをしながら、彼をよく観察する。体の作りはまだ高校一年生で発育が遅れ気味ならばごまかせる。しかし、声はどうだろう。仮に、声変わり前だとしても、彼の声は違和感が強くあった。綺麗な声であることは間違いないが、それがおかしいとマコトは思った。
「(女の子……なんだろうけど、なんで…男装を)」
一番考えられることは一夏へのハニートラップだが、そもそも学園がここまで胡散臭い生徒を最重要防衛対象であろう一夏と同じクラスに入れるのはリスクが高いなんてものではない。ライオンの檻に肉をくくりつけて入るようなものだ。
だというのに、同じクラスにしたということは学園は何か狙いがあるということだろう。
「(はぁ、ほんとダメだこういうこと考えんの……レイラならなんかわかるかな)」
ちらりとレイラをマコトが見れば、レイラもちょうどマコトを見たようで目があった。彼女はふふっと微笑んで視線を前に戻す。あぁいうちょっとした仕草が色々とくすぐるんだろうなとマコトは思ったが、見習おうとは思わなかった。
「デュノアの転入により寮の部屋替えを行うことになった。差しあたっては同じ男子同士で部屋を組み、現在同室の篠ノ之は臨時的にオルコットとデュランダルの部屋へ移動してもらう。オルコットとデュランダルの部屋は元々3人用なため、問題はない。詳しい話は放課後、山田先生から聞くように。…デュノア、貴様の席はデュランダルの後ろだ。いいな」
「はい」
「よし、ではSHRを終了する。今月より実機を交えた授業となる。各人、気を抜かないように。1時間目は校庭で私の授業だ。専用機持ち以外は学園支給のISスーツに着替え移動だ。では解散」
流れるように教師二人が出ていき、教室内は困惑に包まれる。男子生徒が現れたことに加えて部屋割りを変更、なにかと耐性が出来ている1組の生徒でも戸惑うのは当然だった。シャルルは内心想定外だった。男子がくればもう少し騒ぎになるのではと踏んでいたが、実際は何故といった視線が多い。
シャルルは困ったような笑顔を浮かべながら、一夏のほうへと向いた。
「え、えっと」
「シャルル、でいいか?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、とりあえず、更衣室に行こう」
「更衣室?」
「女子がこれからここで着替えるから出ないとダメだろ」
「…あ、あぁ、そうだね。案内、してもらえるかな?」
「いいぞ」
一夏がシャルの手をとって教室から抜けていく。なぜ手をとっていったのかは謎だった。しかし、教室の一部の生徒からは「あれ…織斑くんもしかして」「これってそういうこと?」などとあらぬ疑いをかけられることとなる。
マコトはシャルルの反応があまりにも男性らしくなく、本当に彼女は大丈夫なのかと明らかにスパイか何かなはずのシャルルを心配してしまう。もしかして、止むに止まれない事情があって、正体を隠しているのだろうか。かつての、アスラン・ザラのように。
「いやー、すごい美少年だったね。世の中いるんだね、あんな人」
「さやかはあぁいうの好みなの?」
「そういうわけじゃないけどさ」
さやかはシャルルの美貌自体は気に入ったらしい。制服を脱ぎながら、さやかは話を続ける。
「やっぱり、この学校って綺麗な人たくさんいるじゃん。だから、目の保養って言うか」
「なるほどね。でも、滅多に出会いがないこの学校で男子って言うとチャンスとか思っちゃわないの?」
「逆に聞くけどマコトは?」
「いや全然」
「同じだよ。あたしも別にここで出会いはいいかなぁって、男子にしても女子にしても、住む世界が違う人が多すぎるよ」
崖の上の綺麗な花を見上げるような感覚がさやかにはあるらしく、学園での出会いは特に求めていないようだった。マコトとしてもこの相沢さやかという友人が誰かになびく姿というものが想像できなかった。まだ一緒に外出などはしていないが、彼女は友達と遊んでいる方がまだ楽しそうに見える。
「まぁ、そういうのは置いといて、ISスーツって今更だけど結構恥ずかしいよね」
「さやかも?」
「まぁ……なんというか、篠ノ之博士も同じ女性ならもうちょいマシなのなかったのかなって」
さやかが言いつつ、両手でISスーツを持って広げる。ISスーツはいわゆるパイロットスーツだがマコトの前世でつけていたものとは全く違う。既に何度かマコトは着用しているが、ISスーツは全身に着るウェットスーツのようなものだが体のラインが非常によく出る。
着る際はゆるゆるだが、体を入れてしまえばあとは最後に首元のチャックを締めると勝手にスーツが体にフィットする。そのためフリーサイズで誰でも着ることが出来、このスーツもISコア同様、束が配布したものだった。最初期のものは気密性も高く、束は未発表だが専用のヘルメットを装着すれば宇宙空間での活動すら可能な高性能宇宙服としての機能も持っている。
しかし、現行のさやかが前にしているISスーツは大気圏内での使用を前提に作成されたもので、通気性を上げるために空気の抜け穴などが設けられている。
「けど、ISに乗っちゃえばあんまり気にならないと思うな」
「マコトはもう乗ってるもんね…」
マコトも最初のクラス代表選抜戦時に恥ずかしさを若干覚えたものの、ISスーツがISの操作性を上げるために必要な装備で、あるとないとでは機体の反応が変わるとわかっているため我慢して装備したが、戦ってしまえばそんな羞恥など全くなかった。いっそ、着ていることさえ忘れるほどの一体感があった。
ただ、マコトも改めてみるとIS学園が指定するISスーツは少々扇情的な部分がある。ISスーツはその特性上下着を身に着けることができないため、全裸で着ることになるのだが、局部を隠す部分が樹脂製の小さなカップがあるだけで、あとはスーツ自体の色合いでごまかされている。
「それに…っ……着る時ちょっと、冷たいし」
「ん…それはわかるかも」
下着も脱いでさやかとマコトがISスーツに体を通すとひんやりとしたものが身体中を包んで思わず声が漏れてしまう。クラス中もそのような状態でこれはまかり間違っても一夏のような男子に聴かせてはいけない。
このひんやりとしたスーツの感覚はISスーツの薄い積層上になっている生地と生地の間に仕込まれた減圧用の液体で、ISにはいくら慣性制御システムがあるとはいえGを完全に殺しきることができないために仕込まれているものだ。初代のISスーツ、つまりは千冬が白騎士に乗っていた頃は必須の装備で、マコトはISスーツの有無での体への負担を比較した数値を見たことがあったが、ISスーツなしではとてもではないが乗れたものではない。
そのため大事なものだとわかっているのだが、マコトはこの感覚にはまだ慣れそうにない。
「首元まで上げて…んっ、よし」
さやかが首元のチャックを操作するとプシュッ、と音がしてスーツがさやかの体にフィットする。少々小柄だが形の良い臀部などが顕になってしまう。
マコトもスーツを自らの体にフィットさせる。一瞬の息が詰まるような感覚の後、身につけているという感覚が薄くなる。減圧用の液体や生地が二枚重ねだったり、必要な装置があるにも関わらずこの軽さ。束が完全なコピーほぼは無理だと言ったが、このISスーツはその“ほぼ”に含まれていないものだ。特殊な素材、特殊な減圧液…明らかにオーバーテクノロジーだとマコトは束の技術力を再確認する。
「マコトの色は赤、黒、白なんだ」
「うん。色が選べるって言ってたからこれにした」
マコトのスーツの色はザフトのパイロットスーツに近い。一方でさやかのスーツは初期カラーの灰色と黒のままだった。
「さやかは色変えなかったんだ」
「まぁね〜、別にデザインが可愛いわけじゃないし」
ISスーツはIS本体よりも要求される技術が少ないため、多くの企業が参入し様々なデザインがある。中には明らかに本来の使用用途から外れたビキニのようなデザインもあるが、仕方のないことなのだろう。
「二年生になれば自分のも持てるだろうけど、マコトは買う?」
「わかんない。けどあんまり洗えないし、買う必要あるのかな」
「匂いがつくのはやだよね」
マコトはさやかの言葉に同意した。機能上、やれる掃除といえば拭き洗いだけである。一応素材としては汚れにくいとなっているが、ずっと身につけていれば付いてしまうものもある。
専用のクリーニングなども受けることができるが、ISスーツの耐用年数は汚れ的なものを見るとそれなりに短かった。
「洗えるのはあるけど、それだと耐G性能が落ちるし」
「マコト、それが落ちてるとどうなるの?」
「ISはIS自体のG制御がすごいからそこまで影響ないけど、こう、内臓がぐえっと引っ張られる感じはするかもね、ISでも」
「うわー…なんかそれやばそう」
「実際、戦闘機とかでちゃんとパイロットスーツつけてないと内臓傷ついちゃうからね」
「こわっ。というか、よく知ってるね、マコト」
つい前世の知識を元にマコトは話してしまいハッとするが、苦笑いで誤魔化す。さやかはこういうときに深く聞いてこようとしないので、マコトは付き合いやすかった。
「着替え終わったし、いきますかぁ」
「そうだね」
珍しくマコトはさやかと一緒に行動を開始して、教室を出る。1時間目の開始時刻にはまだ余裕があった。
マコトとさやかが校庭にたどり着くと以前はクレーターだらけだった校庭の一部が綺麗になっていた。以前、いつもの6人で話している際に上がった学園の整備課で開発されている機体というものが出来上がったのかもしれない。
「(学生でもISって作れるのか?いや、この学園の設備ならやれるのかな…もしかしたら束姉さんが手伝ってるかもしれないし…)」
束が最初期に配布したIS用の基本OSは優秀だが構成が綺麗すぎて逆に弄れない、という難点があった。現行のOSはマコトも数度使用した打鉄にも搭載されている束が“潜入”した際に作った彼女からすればオモチャののようなレベルのものだが、束以外の人間でも構成を簡単に弄れるし、発展(という名の束の後追い)もできるようになっている。学生であっても施設と人数がいればなんとかできるかもしれない、という代物だった。
マコトはOSの書き換えや調整も前世のアカデミーの優秀者向けコースで数度したことがあるが、あまり自身に向いていない、ということがわかっていて卒業後はほとんどメカニック任せであった。同期に優秀なメカニックがいたの大きい。
「(ヴィーノにヨウラン…どうなったんだろう)」
飛鳥マコトの記憶が大部分を占めてきている影響か徐々に朧げになりつつある前世の記憶の中で、同期のメカニックたちを思い起こす。機体調整はデスティニーに乗る直前から完全にシンのクセに合わせており、完璧なものだった。彼らも最終決戦では母艦のミネルバと共に戦ったが、ミネルバが最後どうなったかマコトは知らない。それだけの激戦で、混戦の末、最期の戦いではミネルバの指揮範囲外に出てしまっていた。
「(……考えてもしょうがないんだけどね)」
もはやあの世界の人間ではない彼女はただ追憶を重ねることしかできない。笑い合っていた記憶も、既に遠い。
「マコト」
「へ?」
「ボーッとしてるよ」
「あ、ごめん」
さやかに声をかけられマコトは意識を前に戻す。遠い記憶を呼び覚ますとマコトはついボーッとしてしまう癖があった。ここで箒や一夏、レイラとセシリア、更には簪であれば「どうした」と聞いてくるが、さやかは何も聞かない。彼女はマコトの意識を呼び覚ますだけだ。
「さやかはさ、こういうとき何も聞いてこないよね」
「聞いて欲しかったの?」
「いや、別に」
「なら、そういうことだよ」
さやかは悪戯っぽく笑う。八重歯が彼女の茶目っ気を引き立たせている。
「誰だって聞かれたくないこと、あるでしょ?それに、1組の子ってみんなちょっと“変”でしょ」
「え…?」
どういうことなのだろう、とマコトは思った。変、というのはマコトが入学当初感じていた違和感のことだろう。果たして、それは当たっていた。
「みんな優しすぎるでしょ?1組って。織斑くんにもそうだし、今日来たデュノアくんにも」
「それは」
「マコトとか篠ノ之さんは織斑くんと仲よかったからあんまり気にしたことないだろうけど、私のいた地域ではあったんだよ、女尊男卑の団体とか」
まぁ、学校ではなかったけどね、とさやかは笑いながら言う。
「誰かに優しくできる人は、誰かの痛みを知ってる人。だから、誰も過去の詮索はしない…そんな暗黙のルールが1組にはあると思ってるよ、私には」
誰かの痛みを知る人。その言葉が、妙にマコトは刺さった。考えてみれば、一夏たちも心配そうに聞いてきても大丈夫、と言えばそこまでで本当にまずい時以外は深く聞くことはない。
マコトは千冬がこのクラスを一夏のために揃えたのだと考えていた。だが、違うのかもしれない。このクラスは“訳あり”の生徒がたくさんいるのかもしれない。
さやかも、何かあったの?とマコトは口には出せないが、彼女を見てしまう。一夏たちとはまた別の友人。付き合いやすい、適度な距離感でいてくれる過ごしやすい彼女も「誰かの痛みを知る人」なのだろうか。
「マコトもきっとそうなんでしょ?たまーに、怖い顔してるし」
「えっ、そんな顔してる?あたし」
「今朝もしてたよ。デュノアくん見てる時。マコトってちょっとつり目っぽいから真面目な顔すると結構怖いよ〜」
「そ、そうなの?うーん」
思わず顔を触ってしまう。さやかはあははっ、と笑っていた。前世の特徴もある程度残しつつも、妹のマユに近い顔立ちながら、彼女よりも勝気な顔立ちになったマコトはまさかそんなに見られているとは思わずなんともいえない気持ちになった。
「あ、みんな来たみたいだよ」
さやかと話しているうちに、置いてきたクラスメイトたちが駆けてくるのが見える。見えるのだが、更にその後ろから別の生徒たちもくる。まるでどこぞの始発ダッシュのような人数だ。
「あれ、なんか人数が多くない?」
「ほんとだ」
マコトは1組の生徒の後ろにいる集団をよく観察する。見覚えのある生徒もちらほらといて、その中に決定的な人物を見つけた。オレンジ色の髪と、菫色の髪の周囲の生徒と比べると幾分か幼い双子の姉妹と思しき少女たち。
「あ、あれ2組だ」
「なんでわかったの?マコト」
「コメット姉妹がいる」
「コメット姉妹……?あぁ!2組のクラス代表ね!」
クラス代表戦がダメになった影響で別クラスとの交流もなくなり、コメット姉妹の認知度はかなり低いようでさやかも言われないと気が付かなったらしい。アイドルとしてライブなどもしているはずだが、客層が学園の生徒とあまり被っていないのかもしれないとマコトは思った。
「ふむ。間に合ったようだな」
いつの間にか千冬がマコトたちの前にいた。先ほどまで影も形もなかったのにとさやかが腰を抜かしかけるが、マコトはいつものことだと何も思わない。
「相沢?なんだ、腰でも抜かしたか」
「せ、先生が急に現れたので」
「この程度で驚いていてはこの時間保たんぞ」
千冬がククッと笑いながら出席簿に目を落とす。走ってきていた生徒たちは全員テキパキと整列し、マコトたちもその中に混ざった。一夏たちも遅刻寸前に間に合い、なんとか千冬の折檻を受けずに済んだようだった。
「よし、全員集まったな。時間通りで大変よろしい。大抵初めてのこの授業では毎年半数が遅刻する。理由は…今、諸君らが体感している通りのものだ」
マコトがどういうことだと周りを見れば、セシリアやレイラ、一夏は特に何も変わりないがそのほかのほとんどの生徒が体を少し強張らせて、顔を赤らめていた。羞恥心で着るのが遅れる、と千冬は知っていたようだった。
「慣れてくると服の下に着ることになる。トイレ等も——あぁ、流石に男子がいる前では言わん。この授業後、配布したISスーツに付属していた説明書をかならず読んでおくように。読んでおかないと早々に買い換えるハメになるぞ」
千冬が真面目な顔で言い、マコトはだろうなと苦笑いした。パイロットをしていた時は大きな作戦前などはトイレにあまり行かなくていい戦闘糧食を食べたり、それでもという場合はしょうがないためパイロットスーツに仕込まれている簡易トイレで済ます。マコトは前世の噂でトイレが装備されたコクピットシートの開発なども進められていると聞いていたことがあったが、馬鹿にできないものである。尿意などで戦闘に集中できず死んだとなんっては死にきれるものではない。
ISスーツはそもそも戦闘用ではないが、束が原型を作成した時点でそういったこともしっかりと考えられており、凄まじい吸水性を持つシートを股間部に内蔵することで済ますことが可能だった。
「(で、それはそのまま使われてて、他のオムツとか宇宙ステーションでも水を吸い取る時に使われてるんだよね)」
束は自身の技術のうち、この吸水シートだけが宇宙に持ち出されたことに嬉しさを感じていたらしく、量産性の高い素材のデータをわざと流出させていた。マコトも急激に広まった吸水シートに束が関わったのだろうと推測していたのでそれは間違いではなかった。
「(束姉さんが目指してるのはこういうゆっくりした歩みなんだろうなぁ)」
本来は地道に世界に浸透させてある程度の地盤が固まればインフィニット・ストラトスを世間に発表して、という流れだったので順序が逆になってしまっている。そんなことを知っているのは本人と千冬とマコトだけだが、微妙な気持ちになる。
千冬が言った「買い換える羽目になる」というのはISスーツには最初から吸水シートが付属していないため、購入する必要があるからだ。学園の購買に大量に在庫があるため、買うだけでいいのだが、一年生はよくそれを忘れてしまうものがいるらしく、初めてISで機動を行った際に「濡らして」しまい早々にスーツをダメにするという者が多い。
マコトは既に購入してスーツに装備させている。
「うえ、そうなんだ。マコト知ってた?」
「知ってたし、もう入れてる」
「教えてよ〜」
「そこ、うるさいぞ」
千冬に注意され、さやかは慌てて口を閉じた。マコトは苦笑いだ。
「さて。この時間では1組と2組の合同授業となる。例年であればクラス代表戦である程度は交流ができるのだが、今年度はあのようなことがあったため、今回ほとんど初顔合わせに近いことだろう。流石に自己紹介を、とは言わんが授業後にでも交流を深めておくといい」
そう言われれば全員が互いのクラスを見合う。2組は他のクラス(4組除く)と違い嫌がらせをしてこなかったクラスである。1組と比較するとやや現在の流れに乗っている女子もいるが、嫌がらせをするほどの嫌悪感などは一夏たちに持っていない。
マコトは入学初日にちらちらと教室を覗いていた生徒たちが何人かいることに気がついた。
「今回の授業内容は事前に伝えていなかったが、ISの戦闘機動を間近で見てもらう」
「あ、あの!先生!」
「なんだ?」
2組の生徒の方から手が上がる。質問をしたのはコメット姉妹の妹、オニールだった。千冬が問えば、彼女はこういった。
「校庭って、バリアとかそういうのないですけど、大丈夫なんですか?」
もっともな心配にマコトはそういえば、と思った。ここで戦えば当然流れ弾の危険性があり、もちろん見学している生徒たちにも危険性がある。どこか穏やかな印象のあるオニールは印象通りの子なのだろうとマコトは思った。
オニールの質問に「そうだよ、オニールちゃんの言う通りだ」「そうだね!」と同調する生徒が多数いる。もしかしなくても彼女は2組のマスコット的な存在、それこそアイドルなのだろうかとマコトは推測する。
質問に対し、千冬は解答せずに1組のほうを見る。
「その質問も本授業の大事なものだ。1組の生徒はクラス代表を決める際に行った模擬戦を覚えているか?諸君らはそれがあったから質問しない、ということになるが答えられるものはいるか」
1組で行われた模擬戦、そのことに2組からは「そんなことあったの?」や「そういえば聞いたことあるかも」といった声が上がる。一夏の初めての戦いということで注目度が高いと思いきやそうでもなかったらしい。
千冬に試されるようなことを言われた1組の生徒たちは誰が手を上げるかお見合いをし始めたので、マコトが挙手した。
「はい!」
「飛鳥か。まぁ、貴様は応えられるだろうな。当事者だ」
「えぇと、ISには模擬戦用のシステムが搭載されているので、模擬戦をする場合であれば弾丸の使用などはなく問題はありません」
「と、いうことだ。コメット妹、代表候補生であれば知っていると思ったが」
「先生!オニール、というか私たちはISでの訓練は全部実弾でした!ですから知りませんでした!」
「コメット姉。発言は挙手をしてからするように。まぁ、私の言い方もよくない。すまなかった。実際のところ、1組で模擬戦用のシステムが使用されたのはクラス代表戦も近く、極力機体の損耗を避けるためだ。普通は使われんシステムだ。バリアがあるしな」
模擬戦用のシステムは専用機であればかならず搭載されているイメージトレーニング用シミュレーターの機能を流用したものであるため、量産機にしか乗っていないと知られないこともある。実際にコメット姉妹もこれまで訓練では全て実弾で行なってきたがシールドバリアのおかげで特に問題はなかった。
また、彼女たちがIS乗りよりもアイドルとしてのほうが現在は本業になってしまっている影響もある。
「ただ、操縦が下手だと墜落して事故、ということもある。そのため、今回諸君らに戦闘機動を見せるのは教員と代表候補生となる」
教員と代表候補生。マコトは教員とはまさか千冬か、と思ったがそれは違った。
「あれは……」
近くに座っているレイラの呟き声が聞こえ、マコトが彼女を見れば空を見上げているためマコトも上を見る。すると、校庭の上空にいつの間にか一機のISが滞空していた。灰色の機体色は青空をバックにシルエットを強く出す。
「あれは…ラファール・リヴァイヴ」
「自社製品はすぐにわかるな、デュノア」
自社製品。その言葉に1組も2組の生徒もシャルルに視線を集中させる。ラファール・リヴァイヴ。アメリカ製の量産機、日本の打鉄と世界のISシェアを大きく握るラファール・リヴァイヴはフランスの民間企業であるデュノア社が開発した第二世代ISの傑作機とされる機体の一つで、中距離射撃戦を軸にパッケージ装備であらゆる状況に対応可能な上操作性も良好という人を選ばない機体だ。
「デュノア、これから模擬戦を行う間、解説はできるか」
「解説ですか?それは、ラファールの?」
「あぁ。ちょうどいいことに今回の対戦相手は同じく傑作機だからな……その前に、彼女には降りてきてもらおう。山田先生!降りてください!」
千冬が灰色のラファールに呼びかける。山田先生、となれば1組の生徒には彼女しかいない。山田真耶、何かと1組の生徒には舐められがちな少女のような先生だ。
「え!?まやまや!?」
「やまやんなの!?」
1組の生徒はほとんどが信じられない、といった声を出す。その中で、冷静に彼女のことを言ったのはレイラだった。
「山田先生はかつて日本の代表候補生。次期代表とも目されていた方ですよ」
そんな、という衝撃が全員を襲う。日本の代表、それは彼女らの今目の前にいる最強「織斑千冬」を継ぐものに他ならない。マコトは真耶が元候補生とは聞いていたがそこまでの実力とは知らなかった。
「デュランダルの言う通り、山田先生は相応の実力を持つ。余談になるがこの学園の教師としての採用基準には当然、IS操縦者としての一定の力が必要になる」
千冬が「相応」とまで言う時点で、全員が真耶の実力が凄まじいものであると察した。真耶がゆっくりと降り立つ。真耶の纏うラファールは学園の量産機とは少し毛色が違う。各装甲には都市迷彩のようなものが施され、彼女が両手で保持しているライフルはマコトも見たことがない。よく見れば、装甲板の一部に何かを消した後が見え、塗装が盛り上がっているせいか塗り潰される前のそれは「日の丸」だとわかった。
「みなさん、おはようございます!」
物々しい装備を身につけた真耶がいつもと変わらない笑顔であいさつした。全員、僅かに遅れて挨拶を返す。
一夏や箒は他の1組生徒同様驚いているのか、彼女に釘付けだった。マコトも少なくない衝撃を未だに受けている。
「今回の模擬戦では山田先生に2名が同時に挑んでもらう。その2名は…コメット姉妹、二人だ」
千冬の指名に、ファニールとオニールの肩が飛び上がっていた。
「え、私たち!?」
「そうだ。コメット姉」
「で、でも、二人がかり…」
「お前らでなければデュノアの解説を聞くまでもなく戦闘が終わる」
千冬のその言い方は1組の専用機持ちたちのプライドを傷つける。暗に「1組の生徒では瞬殺される」と言っているのだ。セシリアが思わず立ち上がろうとするが、レイラが肩を掴んで止める。レイラは真耶の実力をある程度は知っているようだった。
「……異論はなさそうだな。二人はISを所持しているか?」
「量産機ですけど、一応半分専用機みたいなものなので」
「よろしい。では展開しろ」
千冬に言われ、コメット姉妹は集団の中から外れ前に出る。二人が腰につけているそれぞれのイメージカラーに合わせたマイクを手にすると、二人が一瞬光に包まれ、ISに搭乗する。
現れた機体はそれぞれ黒に、ファニール機はオレンジのラインが、オニール機は菫色のラインが入ったアメリカの量産機だった。マコトも、いや、この場にいるほとんどの生徒が知っているであろう有名なアメリカの量産機だった。形状はシンプルで、どこか航空機のような印象を与えつつも、特徴的な機体の四方に配置された非固定ユニットのスラスター。PICと呼ばれる慣性制御を利用した推力システムを最大限使用した日本製などとは違う、大出力のスタスターで機体を「吹っ飛ばす」モアパワーな機体特製。
ラファール、打鉄と続く第三の傑作機、アメリカ製のIS版F−15とでも言うべき機体、“フリカアトラ”。アメリカ語ではなくルーマニア語と機体名は戦闘機の「イーグル」との混同を避けるために与えられたものだった。
「フリカアトラ、アメリカ製の第二世代機であり、広くライセンス生産された機体だ。目にしている者も多いだろう。このように、他国の代表候補生が使用する場合がある。山田先生のラファールも同様だ。もちろん、この日本の打鉄も他国の代表が使用する場合がある」
世界のIS事情は例え女性しか乗れないものであっても、それまでの兵器と大きく違わないようだった。コア自体はその国の所有物だが、機体そのものは他国に生産してもらう。カナダもそうだと千冬は続けて講義した。
「コメット、お前たちの使用している機体は専用にチューニングされた半分専用機のようなものでいいな」
「はい。お姉ちゃん…ファニール機と私の機はそれぞれの特性とセット運用を前提にチューニングされています」
「なるほど。量産機のチューニングというのは彼女らのようにされることが往々にある。現在山田先生が搭乗しているラファールも彼女の現役時代に使用された当時普及し始めたばかりのものを改造したものだ。現在は整備課でオモチャになっているが整備自体はしっかりとされているため性能は劣化せず、当時のまま…ですよね?」
「はい。久々に乗りましたが、いい感じですよ!」
「整備課を希望する生徒はこういった機体を来年度弄れるということを楽しみにしておくといい。前置きが長くなったが、そろそろ模擬戦を開始しようか」
講義はここまで、と千冬が話を切り、真耶たちに目配せをする。真耶がすぐに浮上した。なお、飛び上がる際に妙に舞う空気も少ない。まるで水面を静かに飛び立つ鳥のようだった。この時点でマコトは彼女がとんでもない実力者であることに気がついた。セシリアもこれを見てしまうと流石にわかってしまうのか口を開けている。
「あの…本当に、二人がかりでいいんでしょうか」
一方、オニールは彼女生来の優しさからかそんなことを千冬に聞くが千冬は「気にするな」と言われてしまう。勝気が妹より強いファニールはそれが舐められていると感じたのは「オニール、行くよ!」とキッとした目つきで上空へと飛び上がる。スラスターも蒸したせいかぶわっと風が生徒たちに当たる。
オニールは姉が行ってしまったため、ゆっくりと上空へと上がる。
「オニールちゃん!がんばれー!」
「ファニール!やっちゃえー!」
2組の生徒から威勢のいい応援が飛ぶ。2組の生徒たちからの応援はほとんどの生徒がしており、もはやコメット姉妹というアイドルのファンのようにも見えてきていた。かなりうるさいが千冬は特に何も注意しない。マコトは千冬がこういう応援は嫌いではないし、実際にあとは戦っているところを見てもらうだけと考えているのだろうと思った。
一方で、1組からは「大丈夫かな?」「まやまや怪我しないよね?」といった真耶を心配する声が多い。特に本音あたりがわりと本気で心配しているようで、手を合わせていた。
マコトはこっそりレイラのほうにズレて、レイラに声をかけた。
「レイラは知ってるの?山田先生の実力」
「マコト…えぇ、まぁ。何故か公式戦には姿を見せなかったのですが非公式の練習試合での勝率は9割を超えています」
「きゅ、9割…!?」
「れ、レイラ、それは本当ですの?」
セシリアも会話に参加する。明らかに動揺していた。
「本当です。もちろん、今では噂程度……母から私も聞いたから知っていました。日本の代表候補生、マヤ・ヤマダ…又の名を“第七の弾丸”」
存在しえない、リボルバー式拳銃における七発目の装填弾。そのような例えまでされる。マコトは空を見上げる。
「では、初めてもらおうか。山田先生、コメット姉、妹。シミュレートモード起動の上、模擬戦を開始。時間は5分。コメット姉妹は全滅、山田先生は“被弾したら”即終了でお願いします」
全員が唖然とする。2対1で被弾するなと千冬は真耶に言っているのだ。それに対し、真耶は「了解」と1組全員が聞いたこともないような低い声とともに短く返した。
コメット姉妹はファニールが完全に頭に血が上ったのか、アサルトライフルを両手に構え、もう真耶に向けている。コニールも戸惑いながらも両手にアサルトライフルを構えた。マコトは小柄ながら二丁持ちのコメット姉妹に意外と感じてしまう。双子の姉妹、性格は真逆のようだがどういう戦い方をするのか気になった。
「始め!」
千冬の号令と共に、戦闘が開始された。
まず動き始めたのはコメット姉妹だった。開始と同時に二人はスラスターユニットに加えて、瞬時加速を使い二手に分かれ、まるで瞬間移動をしたかのように真耶の左右に並んだ。
「な、なんだあの動き!?」
「見たか!あれが2組の誇るアイドル!コメット姉妹の動きよ!」
一夏の叫びに2組の生徒がそう言った。マコトは今の動きを自身がされたらどうするか考える。左右を挟まれ、敵機はどちらも弾幕を多く張れる。前方、後方への回避は悪手だろう。ドッグファイトを誘発する。
「山田先生―!」
1組の生徒たちの悲鳴のような声に、真耶は応えた。
「うるさいですよ」
ゾッとするような冷たい声。1組の生徒が静まり返る。
「オニール!」
「うん!」
真耶を左右から挟んだコメット姉妹が同時に射撃を開始する。銃撃が左右から散布される。姉妹同士、被弾するのではとマコトは思うがよく見れば高度をズラしていた。
挟まれ、奇襲を受けた真耶がとった対応は上空への回避だった。狙撃銃のようなライフルを真耶は即座に構え、連続発射。散らされた射撃のうち、まず襲ったのはコニールだった。回避をオニールは行うが、一撃目を避けた瞬間に「まずい」と彼女の直感が告げる。刹那、頭部に直撃。絶対防御が発動し、大きくエネルギーが削られる。
「きゃっ!?ぐっ、た、ただの単発の実弾なのに!?」
2割も一撃でエネルギーを削られる判定を受け、オニールは困惑する。その答えは地上にいるシャルルからもたらされた。
「デュノア、解説を」
「はい。山田先生の使用しているIS用特殊ライフルはデュノア社で開発された試作装備です。当時、日本からの要請を受け共同で開発された“零落白夜に近似するモノ”の一つですね」
「今、零落白夜に近似するもの、という言葉が出たがこれは各国が私の使用した暮桜に対抗するべく開発している装備群を指している。零落白夜は端的に言えばシールドバリアを無視し、絶対防御をいきなり発動させ効率的にエネルギーを削る武装だ。それを為せるものが“零落白夜に近似するモノ”と呼ばれる」
マコトはこの“零落白夜に近似するモノ”に憶えがあった。
「レイラ、これって」
「えぇ…“女王宣誓”も同じですね」
サイレント・ゼフィルスが搭載していたシールドバリア中和機能を持つ反則的なナイフ。それとあのライフルは同等だという。
「ライフルとしての性能は初速も早く、射程距離も長いです。最大の特徴“零落白夜に近似するモノ”としての性能は弾丸にあります。搭載される弾丸は対IS用散弾です。これは直撃時に弾丸が破裂し、着弾点に膨大な弾丸を浴びせることで一気にバリアを削るものです。局部への攻撃は絶対防御が最大稼働で働き、大きくエネルギーを削ります」
シャルルから語れた概要にマコトは「それは兵器として禁止の類ではないか」と考えてしまう。生身で受けようものなら危険なんてものではない。まともに原型を留めないだろう。そして、子弾を降らせ一気にエネルギーを削る戦法はマコトの前世でもあった。地球連合軍が自軍のG兵器に対しても有効と装備していた榴散弾頭。膨大な量の榴弾を散弾で浴びせ、フェイズシフト装甲を機能不全に追い込むものだ。
真耶の使用する弾丸はそれに近かった。
「察したものもいると思うが、当然生身の人間への使用は禁止されている弾丸であり、IS戦においてもエネルギー5割を切ってからの使用は制限される。今はシミュレーターのため問題ないがな」
千冬の補足で、マコトはやはり危ないものだったのだと納得する。
戦いは真耶が上空から回避運動をしながらコメット姉妹に一方的に撃ち下ろす形となる。コメット姉妹もこれで負けるわけにはいかないのか、前衛と後衛を分けた。
「私が前に出るから!」
「援護するね!」
少ない言葉は姉妹の絆が成す技か、即座にファニールがライフルを両手から消し、新しい武器を持つ。IS用の格闘戦用のナイフだった。オニールも真耶へと加速する。射撃を行いながら一度ファニールを追い越した。
真耶はそれを見るや否やライフルを格納し、左手にラファールの標準兵装であるガルムを出現させ、右手には筒状のものを呼び出し、すぐにそれをオニールに向かって投げつける。
「…グレネード!」
投げつけられたそれがグレネードだと察したオニールは迎撃しようと銃口を向けるが、彼女が撃ち抜く前に投げた本人である真耶がそれを打ち抜いた。意味がわからない、とコニールは一瞬困惑したが、撃ち抜かれたグレネードが爆発し、発したものが爆炎ではなく白煙だと気がついた時には遅かった。
「煙幕!?オニール!下がって——」
「遅いですよ!」
煙幕をつっきり、真耶がオニールに肉薄していた。ファニールがオニールを救おうと瞬時加速をかけ、オニールの横に並ぶがそれは最悪の手だった。
真耶はまずオニールに至近距離で銃撃を行い、彼女の体勢を崩すと校庭の誰もない方向に向かって蹴飛ばす。その反動のまま、オニールの真横に飛んできてしまったファニールにナイフを突き立てる。至近距離でそのような超加速をされてしまえば、ファニールは避けられない…はずだった。
「……避け…!?」
「こんのぉ!」
スラスターユニットの一つに刃を掠らせながらもファニールはスラスターユニット全てを横方向に向けて回転しながら真耶の一撃を回避する。このタイミングで避ける、真耶は今の回避はいくらなんでも異常だと判断するが、冷静に推力をカットして前のめりに体を下げて回避する。
ファニールは“奥の手”まで使ったのに回避されたことに激しく動揺した。
「(そんな…!?“システム”まで使ったのに、どうして!)」
彼女たちが幼いながらも代表候補生たらしめる“特異性”を強化するそれが目の前の一見緩そうな女性に通用しない。
「ぐあっ!」
宙で一回転した真耶は大きな隙を晒したファニールに容赦無くガルムを撃ち込む。ファニールは防御姿勢をするしかなく、復帰してきたオニールの狙撃によって真耶の攻撃は中断する。
「(先程の回避は…危なかったですね)」
真耶は内心冷や汗を掻いていた。もしファニールがもう少し早く回避を始めていれば一撃をもらっていた。今の回避は運によるところもあるだろう。長く続けば恐らく一撃は、いやそれなりに削られる、と真耶はコメット姉妹の潜在的な実力の高さを評価する。
「そこまでだ!」
と、これから二人揃って仕掛けようとしていたコメット姉妹と迎えようとしていた真耶の動きが千冬によって止められる。約束の時間を迎えたようだった。
「3人とも降りるように」
戦意を解いた真耶が、武装を解除して下へと降りていく。一方、ファニールはギリッと歯軋りする。
「ふぁ、ファニール……」
「……私たちは、まだ負けてない…っ」
「そ、そうだね。これは模擬戦だし…」
「…特訓、今日は厳しくいくわよ」
「うん」
双子も真耶に遅れて地上に降りる。すると、1組、2組双方からも大きな拍手が起こる。短時間とはいえ、ギリギリの攻防を見せてくれた3人には惜しみない賛辞が贈られていた。
「まやま、山田先生!すごいかっこよかったよ!」
「ファニールちゃん!すごい気迫だったね!」
「コニールちゃんも頑張ったよ!」
真耶は普段の状態に戻ったのかかなり照れており、ファニールは照れ臭く鼻を鳴らしてそっぽを向いて、コニールは「ありがと〜」と小さく手を振っていた。
「以上で模擬戦は終了だ。IS学園の教師の実力と、代表候補生の実力は全員理解したと思う。以降は教師には敬意を、代表候補生には憧れを持つといい。この時間は以上で終了とする。今の戦闘のレポートを来週までに書いて提出すること」
千冬の言葉に全員が頷いて、レポートに「えぇ〜」という空気を出す。
「…なるほど、織斑先生がコメット姉妹を選んだ理由がわかりましたわ」
「どういうことセシリアさん」
「マコト、クロスレンジも交えての機動戦を見せたかったのでしょう。私とセシリアでは…」
「あー、二人だと…」
「えぇ、山田先生と射撃戦になっています。それに、私たち二人でビットを展開すると流石に山田先生も一撃は覚悟しなくてはなりません」
コメット姉妹が対戦相手として選ばれたのは授業の中でレポートを書かせるためにも必要なことだったのだとマコトは納得した。セシリアとレイラでは悪くいえば単調な試合になってしまうだろう。それでもマコトは真耶が魅せてくれるのではないかと思うが。
授業を終えた一夏はシャルルを連れて校庭から遠くないアリーナの更衣室へとやってきていた。
「いや〜、すごかったな!山田先生と、あの子たち!」
「そうだね、一夏」
お互いに背を向けながら着替えを行う。一夏としては隣で着替えたかったがシャルルが「ごめん、向こうだと男同士でも恥ずかしくて」と言ったため、こうしている。純粋な一夏はそれを信じていた。
「俺だったら即落とされて箒になんか言われそうだな」
「箒、って篠ノ之さん?」
「おう。あぁそうだ、シャルル、昼は一緒に飯食おうぜ。みんなにお前紹介したいし」
「みんな?」
「あぁ。セシリア、レイラ、箒、マコト。あとは4組の簪だな。いつもこの6人で飯食ってるんだ」
「へぇ〜、いいの?混ざって」
「大丈夫だろ」
一夏としてはこの学園にようやくやってきた男子であり、是非このまま友人となりたかった。彼はこの僅かな時間でも穏やかで人当たりがよく、一夏は自分たち6人に混ざっても大丈夫だろうと考えていた。
「マコト、っていうのは誰かな?他の子たちは代表候補生で名前ぐらいは聞いたことあるけど」
「マコトか?マコトは廊下側の席に座ってた黒髪に赤目のやつだよ。俺と箒の幼馴染みなんだ」
「(黒髪に、赤目…?…っ!彼女か)」
シャルルは朝のことを思い出す。教室ないで幾つか向けられていた警戒の目。その中の一つがマコトからだった。もう一つはシャルルも入学前に気をつけなければと思っていた、レイラだ。
「(プリンセス・レイラは……政府の担当官から注意しろと言われていたけど…あの子も“同じ目”をしていた。私も素人だけど、わかる。あの子も、プリンセス・レイラと同じで“本物”だ)」
シャルルは3人の親のうち、二人から母と共にここへ逃げるように言われて来たが、既に彼は別口からの“脅迫”を受けていた。だから彼はその別口から受けていた要注意人物とは他に相手がいることに話が違うと思った。
「ねぇ、マコトは代表候補生なのかな?」
「え?いや、あいつは一般生徒だぞ。確かにちょっと一般にしては強すぎるけど」
一夏はシャルルの質問に「束さんとの付き合いもあるからだろうけどな」と言いたかったがこらえた。それは正解だった。
「(……どういうこと?一般生徒が強い…?まさかとは思うけど、プリンセス・レイラの現地協力者?)」
どこぞの生徒会長がした勘違いをシャルルもしてしまう。それほどまでにマコトとレイラの目つきは似ていた。前世で散々コンビとして動いていたせいだった。
「(……関係ない。やらないと……やらないと“空が落ちてくる”んだ)」
シャルルはちらりと一夏を見る。するとちょうど彼は全裸だった。
「…っ!」
悲鳴を上げそうになって口を抑える。幸いにして一夏には気がつかれなかった。
「(…うぅ、やっぱり無理だよ。男の子となんて…!)」
男装は“彼女”の存在を消すためであり、別口からの依頼とも合理的だと判断されしているがシャルルは素人で、ウブだった。“脅迫”されていても、所詮は十代の子供で、感情がまだ使命を凌駕する。それに、まさか“彼ら”も本気でそんなことはしないだろう。ただの脅しだ、とシャルルは思っている。
「(……父さんや、ロゼンタさんがゴタゴタを片付けるって母さんが言ってたし……それまで時間を稼ごうかな……正直、こんな騙すような真似は…)」
シャルルが間者としてあまりに向いていない理由として彼は根がかなり善良だった。そもそも性別を偽っていること自体にも強い罪悪感を覚えているのに、加えて今背後にいる少年も騙そうと言うのである。シャルルもこの僅かな時間で一夏がいい人だとわかってしまったために余計だ。
「(織斑くんもいい人そうだし…あぁ、もう。ノルン社だっけ?逆恨みなんかするから!)」
彼を“脅迫”したものの誤算はシャルルが孤独ではなかったことだ。彼女はゆるい母親と普段から暮らしているせいで母を反面教師に真面目なところもあるが、母に似ているところもあり追い詰めるように言っても、正直あまり追い詰められない。この別口からの“脅迫”も母親には相談しているし、アルベールたちにも盗聴されないIS同士の通信で伝えている。
それに脅しの内容もシャルルは現実味がないと思っている。
「(空を落とす……衛星軌道上にある“アレ”を落とすって言うけど、あんなものを落としたら国自体もやばいし、ノルン社もまずいと思うけど……)」
「シャルルー!着替えたか!」
「うぇ、あっ!ご、ごめん、あとちょっと待って!」
思考に耽っていつの間にか動きが止まっていたシャルルは一夏に声をかけられ慌てて着替えた。ため息をついてシャルルは一夏に「もういいよ」と言い、一夏と向かい合った。
「うし。じゃあ教室戻ろうぜ」
「着替え、終わってるかな?」
「あぁ、そこは箒にでも電話してみるよ」
「そっか」
隣に並んで歩み出す。シャルルは薄氷の上を歩くような感覚に陥りながらも、少しの間学園生活を楽しんでもいいのではないかと考え始めた。そこは母親ゆずりの楽観視が働いていた。