IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-16「流星の少女の残痕を見た」

 1時間目から濃い授業内容だったが、そのまま日常は続いてあっという間に昼休みになった。マコトは昼休みをいつも通りに取ることになり食堂へと向かった。席も定番となった中庭が見える窓際で、簪とレイラの間に座る。レイラとの隙間はあって、前世と変わらない距離感。一方で簪は少し近い。

 各々の料理の注文も普段と変わりなく、マコトは簪の頼んだ定食の茶碗に入っているご飯が山盛りなのも見慣れていた。

 しかし、今日はそんな見慣れた光景の中に一人イレギュラーがいる。シャルルが一夏の隣に座っていた。

「改めて、シャルル・デュノアです。お邪魔します」

 シャルルの出現に、簪はもう人見知りを発動させていた。シャルルがかなりの美人というのもあって、セシリアやレイラと出会った時と同じく圧倒されていた。

「あなたがかのデュノア社の御曹司、ということですわね!セシリア・オルコットですわ!」

「お会いできて光栄です、オルコット郷。あなたのお噂と美しさは祖国でも耳にします」

「あら、お上手ですこと。それとセシリアでいいですわ」

「うわ、すげぇなシャルル」

 いきなり歯に浮くような言葉を放ったシャルルに一夏は素直に感心する。あまり口説くということなどしたことがない一夏も、シャルルがそういったことに“慣れている”といった感じがするからだ。

「それに、お隣は…プリンセス・レイラ。この度はこのような形での謁見、大変失礼いたします」

「ふふ、シャルル・デュノアさん。私はもうただの小娘ですので、その呼び方はやめてください。レイラと」

「恐れ多くも、では、レイラさん、と」

「よろしいですわ」

 レイラが完全に外行きモードで対応する。マコトはこう見ると本当に今世の彼女はお姫様だったのだと実感するが、レイラの目が笑っていないことに気がついて、実際プリンセス、と呼ばれるのはかなり嫌なのだろう。

「(そういえば、議長がアスハに姫って言ってたな…)」

 前世ではデッランダルがカガリ・ユラ・アスハに言っていた言葉である。決していい意味ではなく、今マコトが考えると「お前の言葉は聞かない」という意味があったのではないだろうか。

「…世界が…違う……」

 簪は突如始まった上流階級の交流に引いていた。シャルルはそんな簪にも容赦無く声をかけた。

「君が更識簪さんだね、よろしく」

 貴公子が手を差し出してきている。思わず簪は乙女ゲーか何かか、と思ってしまうが手は恥ずかしくて取れなかった。シャルルは苦笑いしながら手を引っ込める。

「よ、よろしく…どうして、私の名前を…」

「移り住む国のことは調べるからね。君が代表候補生なことも政府のサイトに載ってたよ」

 シャルルの答えは模範的で簪もそりゃそうだとなるが、シャルルからは目を逸らした。

「はは…彼女は恥ずかしがり屋なのかな」

「まぁ、簪はそうだな。すぐ慣れるよ」

「そっか。それじゃあ…そちらが、篠ノ之箒さんだね。一夏から名前をさっき聞いたよ」

「うむ。よろしく頼む。もっとも、そちらのおかげで急遽引っ越しとなったが」

「それはその、ごめん?」

「気に病む必要はない。ただ、いろいろと手間が出るがな」

 箒はシャルルのせいで部屋を移動しなければ行けなくなったことを多少なりとも気にしているようだった。シャルルは「一夏のこと好きなのかな?」と考えたが、箒が移動するのが嫌な理由は単に稽古などの反省会が、稽古が終わって風呂に入って即できなくなるためである。

 シャルルは母親と違って察しても見極めるのがあまり得意ではなかった。

「あぁ、そうですわ。箒さんがこちらに移るとなると部屋も変えなくては……」

「えぇ。ベッドは現在3つ目を撤去して私たちのものしかありませんし」

「お前らどういう部屋の使い方をしているんだ?」

「見ますか?」

 レイラがそう言ってテーブルの上に携帯を出す。画面にはセシリアとレイラの部屋の写真が写っていた。

「なんだこれは。どこの王族の寝室だ」

 二人の部屋は学生寮から明らかに逸脱した内装をしていた。元々がホテルのスイートルームだったことに加えて、セシリアが取り寄せた調度品や二つの天蓋付きベッドなどが部屋を占有し、ドレッサーなども学生が持っていてレベルものではない。

 セシリアはふふん、と自慢げに胸を張っていた。

「私の家の寝室を再現した部屋になりますわ」

「……言っておきますが、私の部屋はこんなではありませんよ」

 レイラはげんなりとした様子で補足していた。マコトは親友がまさかこんなお姫様のような部屋で生活しているとは思っておらず吹き出しそうになったが珍しくレイラが睨んできたので抑えた。

「ご、ごめん、レイラ」

「……全くマコトも。それで、箒さんはこのままですと寝れませんので、今のうちに手配して私のベッドを撤去。普通のベッドにして2つここに並べます」

「そうか、すまないな」

「いいえ。私も普通のベッドで十分です。あくまでセシリアの厚意に甘えていただけですので」

 レイラは普通のベッドになることにむしろ喜んでいる節さえ見られた。マコトもまだ知らないことであるが、レイラの実家はごく普通のイギリスの一軒家で、彼女の私室も豪華さはない。せいぜい一人部屋にしては広いぐらいだった。

「ん…それにしてもここのご飯はおいしいね」

 自己紹介も済み、話題はシャルルが料理のことを持ち出す。簪がコミュ力…と呟いていたがマコトは気にしなかった。

「ええ、この食堂の料理はとても美味しいのです。我が家にも招きたいぐらいですわ」

「セシリアさんの言う通りだね。ここの料理は本当においしい…一夏、君が食べているのはなんだい?」

「お茶漬けだよ。シャルルも食うか?」

 一夏がさりげなく茶碗を差し出すが、シャルルはやんわりと断った。周囲にはそりゃ口つけたものだろうから、と思われたがシャルルは違った。

「(関節キスでしょ!?)」

 シャルルはウブだった。

「いやうめぇ…美味い飯食ってるから授業頑張れるのはあるよな」

「一夏の言う通りだな。食事がおいしい、これに勝る活力の元はなかなかない」

 箒も一夏に同意し、味噌汁をすする。

「箒も一夏も、よく昔は弾の家で練習のあと食べてたもんね」

「そりゃなぁ?」

「あぁ。父のシゴキに耐え、その後に食べる五反田の家の定食は最高だからな。今度行った時が楽しみだ」

「ゴタンダ?」

「あぁ、シャル。俺と箒、マコトの地元の友達だよ。家が食堂なんだ」

「へぇ〜」

 地元トークには混ざれないのでシャルルはそう返すのみだ。セシリアはついこの前、鈴音の件もあり、彼女がライバルとする五反田食堂が気になるのか「私も行きたいですわね」と言っている。

「鈴音さんがライバル視するほどのお店ですから、私も気になりますね」

「レイラも?弾のお店、おいしいよ」

「……私も行きたいな…マコトさん」

「簪、それなら今度一緒に行こうよ」

「…うん!」

 シャルルは初めて混ざったグループ特有の若干の疎外感を感じつつもこんなものだろうと特に気にしなかった。ただ、マコトと簪を見て既視感があった。

「(…あれ、あの二人、母さんとロゼンタさんになんか雰囲気が)」

 シャルルは母とロゼンタの普段から見ているイチャつきあいに似た空気をマコトと簪から感じ取った。

「(そうだよねぇ、ここ女子校だもんね……)」

 男子として今はいるシャルルはなんだかなぁ、という気持ちになった。

「なぁ、シャルルも今度暇になったら弾のうちに行こうぜ!」

「あぁ、誘ってくれて嬉しいんだけど、僕はほら…」

「おい一夏、朝の誓約書もう忘れたのか」

「…あっ」

「全く、浮かれすぎだぞ」

 一夏はシャルルという初の男友達に完全に舞い上がっていたのか朝の誓約書の件を忘れていた。箒が「まさか五反田や鈴に言っていないだろうな」と聞けば「言う暇なかったよ!」と暇があれば早々に厳罰ものの行為をしていたことに全員がひやりとした。

「一夏さん。しっかりなさってくださいな」

「わ、悪かったって……いやほんと、学校に男友達がいなかったのがさ、思ってた以上にきつかったみたいで…」

「マコトや箒さんがいたせいもあったのでしょうね。二人とは昔馴染みであったので、気にしていなかったことがここで一気に噴出したと」

 マコトはまぁ、しょうがないだろうという気持ちだった。

 と、ここでふわりと優しい花のような香りがした。マコトがなんだとその匂いがする方を向けば、白衣を纏ったシャルルそっくりな女性が立っていた。マコトの第一印象は「この人、束姉さんや布仏さんと相性良さそう」である。

「あらぁ、シャル。もうお友達ができたの?」

「か、母さん!?なんでここに!?」

「え〜?お昼食べにきたのよぉ」

 シャルルが明らかに慌てた様子で立ち上がる。現れたシャルルを大人にして女性にしたような白衣姿の彼女——シャルルの母親であるシエラは6人に自己紹介した。

「皆さんはじめまして。わたし、シャルの母のシエラと言います。今日からここで保健室の先生をしています」

 穏やかな、のんびりとした声音だった。確かに保健室の先生に向いているかもしれない、と全員が思った。同時に、なんとなくシャルルの姿に箒は同族か、と思ってしまう。シエラの姿が妙に束をちらつかせた。

「まぁ、親子で転入されたのですね」

「そうだよぉ、ロールちゃん」

「ちょ、母さん!その人、イギリスの偉い人!偉い人だから!」

「お、おほほほ、お気になさらず。セシリア・オルコットですわ、デュノア夫人。あぁ、いいえ、デュノア先生とお呼びしたほうがいいでしょうか」

「どっちでもいいよぉ〜」

 一夏もシャルルになんとなく同情した。彼も苦労人、家族のせいで…と。一夏はつい最近姉が二日酔いでダウンするという事態を経験したので余計にそう思った。

「みんな、怪我をしたら保健室に来てね〜。わたしが直しちゃうから」

「母さん、ここではダメだからね!?養護教諭だからね!?」

「そうだねぇ」

「ほら、あそこで…織斑先生が呼んでるよ!一緒に食べるんでしょ?」

「そうだった。じゃあね、シャル」

 ばいばーい、と手を振りながらシエラは去っていった。どうやら学園の案内でもされているのか、千冬と今は行動を一緒にしているらしい。マコトはなんだかすごいお母さんだったな、と思った。マコトの今世における母はわりと放任で、特にマコトはしっかりしてるから、とあまり何かを言われたことはない。仲は悪いわけではなく、たまに服を買いに行ったりもしているが。

「シャルル、大丈夫か?」

「…まぁ、うん。母さん共々、よろしくね?」

「お、おう」

 疲れた表情のシャルルに全員がなんとも言えない視線を向けていた。いい人そうなのは間違いないのだが、かなりシャルルが苦労しているのが見えていた。

「(……ギル…ではなく、父上もたまに突拍子がないことを言い出すのでわかってしまいますね)」

 レイラもこっそり、今世では父となった“彼”がわりと自由奔放で娘的にはめんどうくさい父親な彼のせいで、シャルルに同情していた。

「それにしても、一夏に続きシャルルも親族が先生か。珍しいものだな」

「………確かに。普通の学校であればあまり親族がいるところには入りたいと思わないし、公立なら先生側は直接関わりがないところになる」

「簪さんの言う通りだよね。デュノアさんはともかく、千冬さん担任だし」

「そうだよなぁ。全然贔屓なんてされないけど」

 セシリアとレイラは代表選での千冬を知っているため、完全に公私混同をしていないと知っているが口には出さなかった。あれを公私混同と言うのは無粋だろう。

「千冬さん、って織斑先生の名前だよね?飛鳥さんはどういう関係なの?」

「え?幼馴染みだよ」

「あの、最強と!?」

 シャルルの珍しい反応に6人が驚くが、忘れていたがこれが普通の反応である。

「シャルル、それを言い出したら箒もだよ」

「篠ノ之さんも!?え?ということはあの篠ノ之博士とも…なんて」

「そうだぞ」

 シャルルは呆然とした。

「(……これ、無理では?)」

 対象である一夏と同じ部屋になる。それはシャルル自身も“保護対象”として学園に入れられたからであり“別口”からは好都合だった。しかし、妙なことを起こせば一夏の姉である世界最強がいる上、彼の幼馴染みはシャルルからして見れば只者ではなく、おまけに3人は行方不明とはいえISの開発者と幼馴染み。

 よほど、“別口”が焦っているのはわかっていたが、いくらなんでもこれはガバガバすぎるだろうとシャルルは事前調査の甘さに嘆いた。

「(こんな強すぎるパイプ持ってる相手に何かをすれば、母さんごと……あいつらより怖いよ!)」

 無理のある脅しより、よっぽど見える脅威にシャルルは“別口”からの依頼を放棄したくなる。だが、やらねば“非現実的な脅し”は実行しなくても、悪辣なことをして父の会社や、社会的にシャルルとシエラも死ぬ可能性がある。

「(……無理だ…いやでも…同じ部屋なら、あるいは)」

 俯いているシャルルに一夏が心配そうに声をかけるが反応はない。マコトたちは「そりゃ普通こういう反応するよ」と肩を竦めた。

 しばらくしてからシャルルは復帰し、そのまま昼食をとり始めた。

「そういえばなんでシャルルは転入してきたんだ?」

 一夏が当たり前と言えば当たり前の質問をする。マコトはこの質問を待っていた。彼、いやほぼ間違いなく彼女は何か“嘘”をつく。そこを後から探ればいいのだ。

 シャルルはこの質問に対しあくまで平静に答えた。

「織斑くん「一夏でいいぞ」……えぇっと、じゃあ一夏。君がISに乗れるとわかってから全世界でも検査が行われたんだ。それで僕も検査を受けてね」

「引っかかった、ってことか」

「そうなんだ。けど、二人目となれば何をされるかわからない。ひどいことを言えば“スペア”として扱われてね」

「……つまり?」

「モルモットさ。だから僕のことは伏せられて、慌てて学園に逃げ込んだんだ。ここは許可が入れないとこれない島だからね」

 無理のない理由だった。マコトもこれには納得するしかない。ちらりとレイラを見ればアイコンタクトで「しばらくは様子を見ましょう」と返される。

「大変だったんだなぁ」

「デュノアの母上が一緒にこられたのは安全のためか?」

「うん。母さん、看護師やってたことあるからそれで急遽保健室の先生にって」

「なるほどな…」

 箒は本人の周囲に危険が及ぶのはどこの国でも同じか、と考えたようだった。

「それにしても綺麗な人だったな、シャルルの母さん」

「そうかな?ありがと、自慢の……とは言いづらいけど、いい母さんだと思う」

 シャルルは一夏からの言葉に本心からの言葉を返していた。家族のことが大切だ、というのは今の笑顔からマコトにはよく伝わった。

「…すごく、のんびりしてそうな…不思議な人だね」

「あはは、それは否定できないかな……よく父さんも言ってるけど、母さんは不思議な人だって」

 シャルルの本心からの言葉は続く。家族が好きだ、というのが痛いほど伝わってくる。マコトはそんなシャルルが何故わざわざ性別を偽ってここにいるのか理解できない。

「これから、また学園が賑やかになりそうですわね」

「えぇ、セシリア」

 セシリアの言葉に、レイラは「良くも、悪くもですが」と内心続けた。彼女も、シャルルのことを女性だとわかっていた。前世ではどちらかと言うと裏方のほうが向いていると前線に出ながら思っており、今世では結局、マコトの存在もあり辞めかけているがそういう立場にいる。

 レイラはシャルルの話ぶりから、彼女の目的こそ断定しかねるが何を“理由”に動いているかは察していた。

「(素人を必死に動かすのですから、簡単でしょう。“家族”を使えば)」

 必死さがあまり見えないあたり、まだ危害を加えることはないという確信がシャルルにもあり、それが非現実ではないといったあたりか、とレイラは推測し、それは当たっている。

 そのまましばらくは家族トークになり、レイラは自身の父がわりと親バカなことを暴露したり、簪は姉がウザいことがあるととうとうハッキリ言ったり、マコトは妹が可愛いことを力説したり、箒は束の失踪前の掃除サボりなどを上げていた。途中、セシリアと一夏が両親がいないことを告げてまたしても場が暗くなったが、千冬の二日酔いを暴露しかけた一夏が突如飛んできたお盆によって気絶するという珍事が発生したためなんとか持ち直した。

 昼食後、シャルルを含めた集団から少し引いて、マコトと一夏は歩いていた。簪も隣にいるためマコトは話づらかったがいずれにせよルームメイトで彼女に隠し事はあまりできないので気にしないことにした。

「………」

「何か?」

「いいえ、なんでも。マコト、放課後話をしましょうか」

「わかった」

「……?」

 まぁ、レイラなら大丈夫だろう、と簪は思っているため特に口を挟むことはなかった。

 

 

 

 放課後、マコトはSHR終了後すぐに学校の屋上へとやってきていた。レイラもマコトがついてすぐに屋上に来た。

「待たせましたか?」

「全然」

「なら、早速」

 フェンスを背に、マコトとレイラは並ぶ。話すことはわかりきっていた。シャルル・デュノアのことだ。

「……今はあえて、この口調で話そう。シン、奴をお前はどう感じた」

 “ザフト軍の赤服”であるレイ・ザ・バレルがマコトに、いや、シン・アスカに問いかけた。

「スパイだろ」

「だろうな。だが、奴は素人だ。今世の俺はお前も察しているかもしれないが、イギリスからそういった立場も兼任してここにいる」

「言っていいのか、それ」

「俺はやりたくないからな」

 あの堅物とまでアカデミー時代は呼ばれたレイがこんなことを言うのかとシンはおかしくなった。

「でも、お前らしいよ。今はただの小娘ってずっと言うもんな」

「当然だ。今世で、俺は俺らしく生きると決めた」

「のわりには、お嬢様しっかりやってないか?」

「……それが、今の私ですからね、シン」

「ぶっ、いきなり口調戻さないでよ」

「そういうあなたも」

 真面目な話だったのに、とレイ…レイラは頬を膨らませた。

「なんで口調変えたの?」

「レイラ・デュランダルとしてあまりきな臭い話はしたくありません」

「なんで?」

「気分の問題です」

「あ…そう」

 この親友もたまに不思議ちゃんだな…とマコトは思ったが「失礼なこと考えてません?」とマコトは思考を読まれる。カンが鋭いことをすっかり忘れていた。

「BT適正持ちってみんなそうなの?」

「何がですか?」

「いや、カンが鋭いなぁって」

「失礼なことを考えていたのは否定しないのですか……まぁ、そうですね。セシリアは……まぁ、まだ成長途中ですが、母はわりとカンが鋭いですよ」

「へぇ、そうなんだ。というかレイラのお母さんも適正あるんだ」

「えぇ、私の適正の高さは母の遺伝だと父が言っています」

「……こっちでも遺伝子学者なの?」

「いいえ、ただの妻への愛と親バカです」

 呆れて言うレイラに親バカな“彼”を想像してマコトは笑いそうになる。艦内でタリアと不倫関係だという噂が流れていたが、その理由も噂で色々とやむにやまれない事情があって…などと副長が鎮静化を図るためにこっそりシンたち新人組に教えていた。

 この世界の彼らは全くの別人なのだろうが、レイラの様子を見るに幸せな家庭なのだろうなとマコトは思った。

 だからこそ、守らないと、と彼女は強く思う。

「話を戻しましょう。シャルル・デュノア、間違いなく彼は彼女ですね」

「よく見ればわかるよね。まぁ、成長期がまだ…って高校1年生だからギリギリ行ける、かな」

「だとしても、一夏さんも一緒に着替えたんですし気がつかないのでしょうか」

「一夏純粋だから、それとない理由言ったら信じちゃうよ」

「まあ、そうでしょうね。想定の範囲内です。問題はわざわざ男性と性別を偽ってまでここに来た理由と、ここの学園の警備があんな杜撰な変装を許して潜り込ませ、挙句、最重要保護対象である一夏さんと一緒のクラスどころか同室にしたことです」

 つらつらと全部あげると問題しかない、とマコトは思った。マコトはあのアキという警備員があまりに怪しすぎるシャルルを簡単に通すとは思えなかった。それでも通している、ということは何か理由があるのでないだろうか。

「問題点が多すぎるけど、むしろここまでくると、シャルルが逆に怪しくなくなってくるよ」

「気持ちはわかりますが、篠ノ之束とあなたちがパイプを持っていると言った時の反応が露骨すぎます」

「驚いただけじゃないのあれ」

「いいえ。聞いた瞬間の呆然とした顔が“想定外”と言っていましたよ」

「………それ聞いてそんな反応するって狙いは」

「一夏さんでしょうね」

 シャルルの狙いは一夏。レイラからすれば断定はできないが、流石にバレバレである。

「想定できる事態です。近づいて、ハニートラップで遺伝子を回収。あわよくば子供を作ってしまえば最高です」

「……言われると、ちょっとエグいよ」

「私は死んでも嫌ですが、美人局とはそういうものですよ。まぁもう一回死んでますが」

「ブラックジョークはやめい」

「あたっ」

 マコトがレイラにチョップすると彼女は可愛らしい声と表情をして痛がる。マコトはため息をつきながら、話す。

「あぁ。けど、シエラさん…デュノアさんのお母さんはどうすんのさ」

 シエラはどう見てもスパイではなさそうだった。マコトはそれは確信できていた。

「彼女は人質といったところでしょうね。素人を必死にさせるにはいい口実です。うまくやってくれればよし、暴走してくれてもよし。そういう感じが透けて見えますよ」

 人質、という言葉にマコトは露骨に嫌な顔をする。そうだろうな、とレイラは思った。そういった戦争の理不尽が嫌で彼は最初戦っていた。また戦争がしたいのか、という言葉。あんなことがあったのに、悲劇を見て見ぬフリをするのか。

 戦闘記録の映像や通信を観覧した際にレイラは“彼”の叫びを聞いていた。

「じゃあ、なに?デュノアさんは鉄砲玉ってこと?」

「どう転んでも利用価値があるということでしょう。むしろ、問題を起こしてくれた方がいいのかもしれません。彼女を差し向けたものは」

「誰だよ、それ」

「昼の話からして彼女の家族はありえないでしょう。あそこまで慕っていますし。あれが演技だったら流石にわかりませんが、さっきも言った篠ノ之博士とのパイプで驚いたことから彼女は根が相当な善人で、嘘をつくのは苦手でしょうね」

 前世では目の前の友人さえ掌握してしまったレイラはシャルルの心理を正確に掴み取っていた。今世では絶対に親友のことは惑わさないし、惑わしたくない。彼女の生きるままに生きてほしいと願っているためしないが、他人は別だ。

「望まないことをさせられている子か」

「心当たりが?」

「……あぁ、いや、全然似てないし、あんな風にお母さんと仲良くしてたわけじゃないけど……」

 ステラ。流星のように燃え尽きて、最後は自由に命を奪われた初恋の相手。似ているところなんてせいぜい髪の色。それでも共通しているのは無意識、意識しているか関わらず“望まぬ戦いをさせられていること”だ。

「…連合の、あの少女ですか」

「うん……」

「マコト。幸いにも彼女はまだ救いようがあります。事を起こしたわけでもありませんし、あの少女のように体を弄り回されているわけでもありません」

 まだ、手が届く。マコトにもそれはわかっている。しかし、あまりに情報が少ない。所詮、マコトとレイラは今、ただの女子学生だ。レイラは違うかもしれないが、彼女も極力所属している場所には力を借りたくない。

 こういうとき、なんでもお見通しな人がいれば——。

「あ」

「マコト?」

 いる、とマコトは思った。

「レイラ、行こう」

「行くってどこにですか」

「束姉さんのところだ」

「……それは篠ノ之束博士のことを言っていますか?彼女は失踪して」

「ここにいるんだよ」

 レイラは頭を抱えたくなった。本国からは「できれば篠ノ之博士の妹から彼女の所在を聞いてね」と軽く、ついでに、聞けなければ別に、程度で任務を与えられている。それがまさか、ノーマークだった親友が居場所を知っているどころか学園にいることを暴露してくるとは思わなかった。

「あの、マコト。あなたはいくらなんでも人を信じすぎです。さっき私がイギリスの諜報関係にいると言ったではないですか」

「でも言わないでしょ?レイラだし」

「……まぁ、言いませんけど」

 純粋な赤い瞳に真っ直ぐ見られると流石のレイラも照れが出る。彼女はいろいろとズルイ、簪が誑かされるわけだとレイラは嘆息する。

「それに、前にサイレント・ゼフィルスと戦った時に言ったでしょ。あたしたちのこと、“本当の意味で”知ってる人って」

「それが、彼女と」

「うん」

 レイラはもういいや、と色々と諦めて屋上から移動しようとするマコトについていくことにした。

 

 

 

「え?スパイ?全然知らないよ」

 結論から言えば束はシャルルのことを何も知らなかった。

 束の研究所に用意された食卓に座ったマコトとレイラはクロエにお茶を出されながら、そう言った束を前にしていた。

「うーん、束さんも正直、いっくん周りの護衛って何にも心配してないからさぁ。ちーちゃんいるし、箒ちゃんもいるし、白騎士渡してるし」

 白騎士と聞いたあたりでレイラが卒倒しそうになっていたが、束はレイラの容姿はわりと好みなのでいいなぁ、と思っていた。

「確かに色々過剰だけど、一夏も男の子だし、やばいんじゃない?」

「いやぁ、いっくんがそのシャルルくん?ちゃん?に何かするようにされてもねぇ。だって束さんとか箒ちゃん、まーちゃん。それにりんりんがいても無反応なんだよ?」

「束姉さんなんで鈴知ってるの」

「たまに行ってるし」

 マコトも衝撃を受けた。なんで彼女はいまだに地元にいるんだ、と。

「なんで町にまだいたのって顔してるね」

「そりゃ思うよ!」

「だって、あの家……まぁ、好きだし」

 少し恥ずかしげに言う束にマコトは家を守りたかった、マコトの知っている近所のお姉さんとしての束が久々に見えて、あぁ、と納得してしまう。

「……嫌な予感するけど、珠代さんって」

「バレた?」

「本人どうしたの!?」

 どうやら神社の管理をしている篠ノ之珠代は束が変装している姿らしい。元々珠代は似ていて、以前は束と同時に存在しているのを見たことがあるためマコトはでは珠代本人はどうしたんだと思った。

「たまちゃんはね、今たぶん静岡あたりで専業主婦じゃないかな?」

「生きてるんだ…よかった」

「もちろん、本人の許可はとってあるし、公的な手続きの時は行ってもらってるよ」

「で、束姉さんはあの保護プログラム発動後もずっと神社にいて、たまに鈴の家とかに出没していた」

「せいか〜い」

「…箒に斬られるね」

「言わないで」

 これは斬られてもしょうがないとマコトは思った。束もおそらくそう思っているので未だに箒の前に姿を現さないのだろう。マコトはさっきから妙に静かだな、とレイラを見るがレイラは完全に幽体離脱していた。処理能力を完全に超えたらしい。

「で、まーちゃんその子は?」

「あ、こっちはあたしの友達のレイラ」

「あ、君がそうなんだ。それでどうして連れてきたの?」

 レイラは名前を呼ばれて再起動したのか、ハッとして席から立つ。

「……初めまして、篠ノ之博士。私はレイラ・デュランダルと言います。もしくは、レイ・ザ・バレル、彼女のいいえ、彼の元戦友と言えば、わかりますか?」

「まーちゃんの戦友!?ってことはコズミック・イラの!?」

「はい」

 束も流石に二人目がいるとは思っていなかったのか驚いていた。

「まーちゃん!なんで早く教えてくれなかったの〜!?」

「いや、あたしもこの学園にきてからだったし、束姉さんに紹介するって言ったのこの前の騒ぎの時だから」

「騒ぎの…あ、あぁ、あのときの」

「突然の訪問失礼します。ですが、私もマコトと同様、今の平穏を守りたいのです」

「なるほどね」

 束の顔が真剣なものになる。レイラを見定めているようだ。

「……一つだけ言わせてほしいなぁ」

「何か?」

「……今度は“道”を決めないでよ」

「ッ…!」

「?」

 マコトは何を二人が話しているのかわからなかったが、レイラはすぐにわかった。

 束はマコトが以前話した前世の話から“レイ・ザ・バレル”が“シン・アスカ”したことを理解していた。彼の選択肢を奪い、誘導し、最後には空っぽにした実行犯。束からすれば、なんでそんなやつをシンが親友と呼び、未だにマコトとして大切な親友と思っているのか、理解ができない。

 しかし、これまで聞いた“レイラ”の印象は損得抜きの本当の親友である。だから見定めたかった。

「……ねぇ?私はさ…私が聞いてんだよ?」

 レイラは気絶しそうになる。初めて受けた、おぞましいほどの殺意。マコトは不思議そうな顔をしていることにレイラは唖然としそうになる。

「(マコト、あなたは…あなたは、一体、“何”を誑かしたのですか!?)」

 人の感情に敏感なレイラは理解する。束から発せられる殺意の元を。

「っ……今の私は、レイラ、レイラ・デュランダル。それ以上でも、それ以下でも、ありません」

 必死に口を動かす。回答を間違えれば殺される。束だけではない——いつの間にかレイラの背後に立っていたクロエからも生気が抜けて殺意だけがある。

 束はレイラのことを噛みしめるように、よく咀嚼して、脳内で何度も反芻させる。そうして、レイラにとってはまるで永遠のような緊張状態は束にとって一秒もしない間に終わる。

「……ん。よし、じゃあ君は今かられーちゃんだ!」

「れ、れーちゃん?」

「あだ名だよ!改めてよろしくね!」

「え、ええ」

 許された。レイラは倒れそうになるのを必死に堪える。マコトはこれを知らなくていいのだ。レイラにとって、今世で気がつかされ、苦しめている罪の意識。自らの生き方を、という誰かからの願いにも似た今のレイラの心情は親友にもそうしてほしいと思ってしまう。

「二人とも急に黙ったけど、まぁいいのかな?それにしても束姉さんって布仏さんと相性よさそう」

「誰それ?」

「クラスメイト。こう、ゆるふわーって」

「……こういう方です」

 レイラが写メを束に見せると「へぇ〜、可愛いし、確かに気が合いそう」と言った。束は本音が纏う緩やかな空気もそうだが、僅かにある“狐臭さ”も感じ取った。

「(まーちゃんの周りはなんかこう、面白いねぇ)」

 るんとくる、とでも言えばいいのか。面白い他人がたくさんいそうだと束は思った。

「あぁ、そうだ。お話を戻そう。いっくんにくっついた虫の話だったねぇ」

「む、虫…デュノアさんもたぶんなんか事情あると思うんだけど」

「そりゃあるけどね」

 マコトは「え?知らないんじゃ」と目を丸くしたが、束はやだなぁと悪戯っぽく笑った。

「“スパイ”のシャルル・デュノア、なんて知らないけど“重要保護対象”のシャルロット・デュノアって女の子は……七槻しばねとしては知っているんだ」

 束が突然発光したと思うとくたびれた女子教師、七槻しばねが立っていた。レイラはクロエがここにいる時点でそうなのだろうと察していたが本当にそうだった。

「つまり?」

「っと……デュノア親子は正式に学園が保護を受け入れたIS関係者なんだよ」

 また束が発光し、元に戻る。

「保護!?誰から…」

「デュノア社の社長からね。なんか相当面倒くさいゴタゴタが今フランスで起きてるみたいだよ」

 まぁ、束さんは教師としては末端なので詳しい事情は聞いてないけどね〜と彼女は二人に言う。

「……ですが、マコト様、レイラ様の懸念されているシャルロット・デュノアがスパイであるということも捨て置くことはできないでしょう」

「クロニクル先輩…」

「レイラ様、ここではクロエで結構です」

 いつの間にか通常通りに戻ったクロエがレイラに紅茶を注ぐ。以前セシリアがあげたという茶葉が使われており、レイラのかぎなれた匂いがした。

「ま、くーちゃんの言う通りだねぇ。実害が出なくても厄介ごとには変わらないし……

分解しちゃう?」

「保護対象でしょ、束姉さん」

「冗談だよ〜、まーちゃん。しっかし困ったね。れーちゃんはどう見てるの?」

「上手くいけばよし、失敗しても使える。鉄砲玉ですね」

「なるほど。まー、保護申し出は嘘じゃないし“別口”から娘だけ脅してって感じかな。相手焦りすぎでしょ」

「えぇ、杜撰です。だからこそ、面倒でもあります」

「暴走するバカほど面倒くさいことないからねぇ。かっ飛んでる機関車はいきなり止められないし、止めても砕けて周りに被害が出る、と」

 クロエの作ったクッキーを口に運びながら束は思考する。レイラはあの篠ノ之束がこんな目の前にいて、まさか協力してくれるとは思わなかった。しかし、マコトからすればどんなに天才でぶっ飛んでいても根は箒の姉であり、篠ノ之家の長女である。

 何より、本来の運命から外れた彼女は天災ではない故に、どうしようもなく善人として生きている。

 でなければこんな世界をもっと自分勝手に面白くしようとしていただろう。

「まーちゃんの頼みだし、調べておくね。あと、ちーちゃんにもこれ言っていいかな?」

「うん。むしろ千冬さんの力が借りられるなら助かるかも」

「りょーかい。味方が多いに越したことはないからね、やるだけのことはやっちゃおう!ただ、まーちゃん一つだけ」

「どうしたの?」

 束は咳払いして居住まいを正す。

「私は、手出しできない。できるのは援護だけ。これ覚えといてね〜」

「……わかった。それでも、嬉しいよ」

 手は貸すが、決着はつけて。そう束に言われ、マコトは頷く。最高の支援が来るだけでマコトは嬉しかった。

「それと、まーちゃん。君の翼はもう少しだよ」

「……!」

 加えて、黒騎士の完成が間近だと告げられる。レイラはおそらくマコトの専用機だろうと察した。

 マコトは嬉しさを隠さなかった。ついに、束が自ら手掛けた翼に乗れるのだ。

「完成したら連絡するね。そのときはれーちゃんも来ていいよ」

「なぜ私が?」

「宇宙で人型の機動兵器を扱ってた貴重な存在だからね〜」

「……わかりました。私で力になれるのなら」

「じゃあ、束姉さん、私たちはこれで」

「うん!また来てね〜」

 マコトは高揚しながらも研究所を離れる。新しい翼。今度こそ争いのない空を飛んで、宇宙まで行くための翼。願わくば、かつては果たせなかった製作者の“願い”を果たせるといいな、とマコトは思う。

 

 

 ——だが、彼女は忘れていた。かつて得た“運命の翼”が何を初めて“討った”のかを。

 

 

 




シンはデスティニーの最初の撃墜ログをどうしたのだろうか。
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