フランスにおいてIS関連企業といえばまずデュノア社が上がる。元々は規模自体は然程大きくない自動車メーカーで、IS登場以前は細々としたもので、お世辞にも業績自体はいいとは言えなかった。しかし、ISが登場し同社は真っ先にフランス製IS「ラファール」を開発し発表。どこにそんな技術が…と誰しもが思ったが、当時はまだ一部門の責任者でなかったアルベール・デュノアはアメリカでロボット工学などを学び、実際に会社内のスタッフたちと趣味で後のEOSに近いパワードスーツを作成していた。
起死回生、電撃的な売り込みで突如デュノア社はIS事業に名乗りをあげた。そもそも、零細なデュノア社がISコアを入手できたことは当時の社長、アルベールの父が政府の高官と友人で、そのパイプを通してのものであったが、なによりも早くISに参入したかったフランス政府はコアの横流しを黙認し、デュノア社をIS事業会社として認定したのだ。
結果、趣味レベルとはいえ基礎研究があったデュノア社は一気に躍進し、IS以外の工業事業も軌道に乗り、現在の都心部に高層ビルなどを構えるほどの規模に成長した。
だが、当然そのようにたかだか零細企業がしゃしゃり出て国から事業の第一人者とされれば反感も多く出る。これまでにデュノア社には様々な妨害工作や産業スパイが現れ、その度にアルベールの父は苦労をし続けた。そうして、過労で彼が倒れ、アルベールが社長となる。チャンスだとデュノア社を狙う者たちはここぞとばかりに攻勢をかけたが、それらは全て無に帰した。
彼には魔女がついていた。ロゼンタ・デュノア。デュノア家と付き合いの長いある家から彼の妻となった女性で、ただの箱入りかと思えばその容姿に違わぬ魔女のような政治手腕の持ち主であった。
ロゼンタを副社長に据えたデュノア社は一気に社内を浄化し、その勢いを増して行く。そうしてラファールの改良型である「ラファール・リヴァイヴ」を開発し、これが世界的にヒット。ついぞ公式戦では使用しなかったが世界最強の後継者が非公式戦で数々の名勝負やその基本性能の高さを見せつけ、デュノア社の技術力を盤石なものとした。
だが、その躍進に陰りが見え始める。第二世代機ではシェアの3分の1を握った。では、そこから先、次世代の機体ではとデュノア社は周囲から期待されたが、デュノア社は第三世代機を未だに形すら出せていない。
構想はあるが、それを実現できる技術力がなかった。日本は度々発生する“妖精の悪戯”で技術的なブレイクスルーが発生していたが、フランスではそれは起こらない。打鉄同様、完成度が高すぎる故にラファール・リヴァイヴにそれ以上の未来はなく、デュノア社は停滞した。
そこをデュノア社を狙う者たちが見逃すはずがなかった。
フランス第二のIS関連企業、ノルン社。大手自動車メーカーであり、株のほとんどをフランス政府が持つほぼ国営企業。同社とつながりのあるフランス政府の高官や、元々は下請けでしかなかったデュノア社に対してしゃしゃり出るなと思っていたノルン社の幹部たちはここぞとばかりに反攻に出た。
まずはIS技術を応用した工業製品をデュノア社の技術を密かに盗用し、改良のうえ販売。もちろん、デュノア社はこれに対し裁判を起こすが、結果は敗北。政府をバックにつけ、その手の技術的な訴訟ではノルン社の弁護士が何枚も上手であった。
これにより金銭面でもデュノア社は多額の損害賠償によってダメージを受けてしまう。ラファール・リヴァイヴの生産も徐々に減ってきており、サポートパーツの製造だけでは減った利益を補填できない。ISの技術開発に回せる資金がデュノア社では無くなっていき、完全にデュノア社は先が見えなくなってくる。
次第にデュノア社の技術部門からは人材の流失が始まり、ノルン社はそれをヘッドハンティングのうえ吸収。退社時の誓約書など意味も持たず、技術の流失が発生。ノルン社のIS技術は飛躍的に向上した。
デュノア社はそれでもかろうじで息をする。アルベールとロゼンタは元々パーツ生産が主だったデュノア社のIS以前の繋がりを駆使し、自社製品以外の社外カスタムパーツなども製造を開始する。ラファール・リヴァイヴという高い信頼性を持つISを製造したことは大きなプラス効果となってカスタムパーツの類は売れ、デュノア社は首の皮一枚で生き延びる。
しぶといデュノア社にノルン社とフランス政府はどうすれば潰せるのかを考え、技術的には後追いである以上、時間をデュノア社に与えると不利だと彼らは踏んだ。となれば、死角から彼らを刺すしかない。
結果、彼らが選んだのは事情を知らないものから見ればそう見える、アルベールの不倫というスキャンダルだった。
シエラ・ルーセルという女性がいた。ある病院に勤めていた元看護師で、アルベールとは幼馴染みだった。彼女と彼は周囲から好き合っているという噂があり、しかし、実際にアルベールが結婚したのは許嫁であるロゼンタである。アルベールとロゼンタはデュノア社内でも仕事仲間としては良好な関係であったが、夫婦仲は冷え切っているというのが公然の事実であった。
そこを彼らは突く。調べてみればシエラはアルベールとよく似た瞳を持つ娘と郊外でひっそりと暮らしているではないか。まるで、周囲から存在を隠すように。アルベールとの娘か、というものは確認すればすぐにわかる。非公表のデュノア社テストパイロットの名簿の中に少女の名はあった。“シャルロット・ルーセル”、または“シャルロット・デュノア”。不倫した上で更に娘までこさえている。ロゼンタが不妊体質だという噂も加味すれば、ここまでで十二分な火種になると彼らは嗤った。
だが、彼らは失敗した。
「はぁ?何を言っているの?シエラとアルベールが不倫?違うわよ。あの馬鹿がシエラを誑かしてくれたのよ」
ロゼンタをアルベールの不倫で揺さぶり、彼ら側に引き込もうとしたロゼンタに工作員が接触したところ彼女から暴露されたのはアルベールがシエラと子供を成したことが事実であることと、シエラ・ルーセルという女性はアルベール・デュノアとロゼンタ・デュノアの妻だったということだった。
デュノア社を覆すための爆弾は不発どころか最初から存在していなかったのである。それでも世間体が、と工作員たちはどうにかしようとするが現在の社会では多様性が推奨される以上、切り返すことはできなかった。
ここまでならば、デュノア社の勝利で、ノルン社は逆に転覆を狙って非合法な活動をしていたという爆弾を抱えることになるのだが、そうはならなかった。ノルン社は腐ってもほぼ国営企業であり、デュノア社とノルン社が争っている間にフランス政府はデュノア社派を政府から排除していたのである。
ノルン社は畳み掛けるように、工作員や以前囲った技術者を使いデュノア社に対して技術者に不当な報酬で仕事をさせていたという訴訟を起こし、更にシエラたちにアルベールからDVを受けていたと虚偽の告発をさせようと動き始める。
それらの動きに勘付いたアルベールとロゼンタはシエラとシャルロットをフランス国内から逃し、またシャルロットにはシャルルと男装させてIS学園に入学させた。無理はありすぎるが、学園の生徒たちに男子生徒である以上、外出不許可や存在を簡単に明るみに出させないという建前を用意するために。シエラを養護教諭として逃したのは、シャルル以上に肉体的にも危害を加えられる可能性が高かったためだ。
ここまでが、現時点におけるデュノア社とノルン社の攻防であり、国が相手というもはや敗北が確定したデュノア社の現状だった。デュノア社はいずれ潰れるだろう、とノルン社は確信し、加えて既に娘には雑だが“仕込み”もしている。娘に裏切られたアルベールらの絶望した顔が見れることだろうと彼らはその時を待っていた。
だが、一向に娘、シャルロットに言い渡した任務が遂行されることはない。当人に連絡をすれば同室になったがガードが厳しいと言われる。いつでも織斑一夏の遺伝子情報を盗めるだろうと伝えたが、彼女は難しいと答えていた。
時間を稼がれている、と彼らはすぐにわかった。だが、もはやデュノア社は風前の灯であり社会からの印象も悪くなっている。また、シャルロットに行った脅しは彼らからすればなんの躊躇いもなく出来る。最悪の場合は娘にさっさと脅しが実行できることを見せつければいいだろうと考えていた。
それが悪役特有の油断そのものであったと誰が気がつくであろうか。
それは命取りで、シャルロットたちが日本へ向かった一週間後、ノルン社のラボは襲撃されたのである。
「他愛ないわね」
『流石だな、ロゼンタ』
「褒めても何にも出さないわよ」
『知っている』
炎に包まれるノルン社の敷地内にあるIS関連技術のラボ上空に、まるで魔女のような姿のISを纏うロゼンタの姿があった。ただ、彼女だとはまずわからない。珍しいフルスキンタイプのISで、魔女をイメージしたその機体はベースこそラファール・リヴァイヴであるが形状は原型を留めていない。使用されるコアは500以上ある中で行方不明となったものの一つであり、所属も割れない。
この機体はかつてロゼンタが所属し、今はもう滅ぼされたはずのある秘密結社に与えられたものだ。
『モノは?』
「えぇ。全部手に入れたわ。これまでのデュノア社に対する嫌がらせや工作、見てみるとヘッドハンティングの記録とか、虚偽の事柄を纏めたものまであるわね」
『記録をわざわざ残すあたり、こうすることも折込済みだったということか?』
「なら、私を捕らえられる相手や罠を用意しているはずよ。それをしない、ということは大したことはしないとタカを括っていたのでしょうね」
マスクの下でロゼンタは回収したデータディスクを確認しながら、これだけ証拠を揃えれば状況は好転するだろうと考えた。この強奪行為自体を責められるだろうが、そもそもデュノア社にはこの“魔女”の足跡が一切ない。それどころか、公式にはロゼンタ・デュノアのIS適正はほぼないということになっている。
再度検査されても結果はかわらず“F(起動可能されど行動不能)”と出ることだろう。
「このカラクリを解けるのは例の博士とスコールたちだけ…まぁ、これでジエンドね」
『最初からこうすればよかったな』
「あのねぇ、こういうのは最終手段なのよ。それに、今更“亡国企業の魔女”が出没すると後始末が大変でしょうが。会社を救えても、あの“最強”が来たらどうするの」
『理由を話せばわかってくれるだろうさ』
「…だといいけれど」
ロゼンタはかつての“仲間”たちとはシエラとの出会いもあり別れている。それが許されたのは彼女が組織の幹部クラスであり“執行者”と呼ばれる部類であったからだ。自由行動を許され、気が乗らなければ任務にも乗らなくてもいい。“魔女”は気まぐれなのだ。
故に、組織崩壊時に全てを狩り殺した“最強”とは戦っていない。ロゼンタ自身も秒殺されると踏んでいる。ロゼンタが使用するIS“黒き魔女”は砲撃戦主体の機体で、魔女のローブのような重装甲と魔女箒をイメージしたサブ・フライトシステムを兼ねる“バスターランチャー”だけが武装であり、某最強の戦法とはすこぶる相性が悪いのである。隙の大きい武装では撃つ前にロックオンすら許されず切り刻まれる。
「ただ、スカッとしたわね。やられたらやり返されるってこと、これでわかったかしら」
『わかっただろうさ。あとは弁護士にこれを流してしまえばいい。幸いにして、流出ルートのカヴァーストーリーも出来ている』
「ふふ、中途半端な善人はいいわねぇ。壊しがいもそうだけど、喘ぐ様が最高にそそるわ」
ロゼンタが魔女と呼ばれる由縁。容姿だけではない。目的のためならば手段を選ばず、人の心を惑わし、揺らし、籠絡し、そうして最後は都合の良い操り人形に仕立てあげる。シエラという最愛の女性が出来てからは絶対にそれをしなかったロゼンタは彼女が離れたことと、これまでのことで堪忍袋の緒が切れてデュノア社を裏切った技術者の一人を完膚なきまでに破壊し、人形として練り上げた。
「あとは、彼が全てを話せば終わり、といったところでしょ。ふふふ、国を潰せるなんて、まさか今更できるとは思わなかったわ」
『……つくづく、君があの結社から足を洗っていてよかったと思うよ』
「そうでしょう?でなければ、今頃…この世界はだいぶ愉快なことになっていたでしょうね」
なんであれ、この魔女——デウス・エクス・マキナによってノルン社とデュノア社の盤面はひっくり返された上更に駒は奪われ、ゲームを再開しようにも盤面は焼かれて再開は不可能。一連の強引な政府のデュノア社派排除には当然少ないとはいえ反感を持つものもいる。
やられたらやり返す。奪われたら奪い返す。アルベールとロゼンタの心情はそこだけ一致していた。
「あとは、これをシエラたちに伝えてしまえば終わりね」
『あぁ。だが、シャルに依頼をしたという連中の正体がまだわからない。政府の高官なのは間違い無いが』
「気にしなくていいんじゃないの?出来ることはないわよ」
『盤面をひっくり返せるのはこちらだけではない。そもそも、シャルへの依頼はノルン社がどうなってもいいものだ。止まらない可能性がある』
「……正気かしら、そいつら」
『正気であれば、そもそも、ここまで我が社をいじめるように追い詰めようとはしない。まともなら最初からもう少し、企業同士としてどうにかできたさ』
「根拠は」
『お金が大好きな奴がいるということさ』
「可哀想ね…愛もお金で買えると思ってそう」
『強者の理論だと言うものもいるだろうが、同感だな。そして、困ったことにその男はシャルに言った脅しを実行できるだけの権限を持っている』
「“アレ”を落とすと?ありえないわ」
『……我々が彼らの喉元にナイフを突きつけた以上、暴走するのは確実だろう』
「仮に落とすとしてどこに落とすというの」
『最初は私とロゼンタを狙うと思っていた。だが、これまでノルン社のために“技術の独占”を目指していた連中で、シャルに与えられたのは“唯一の男性操縦者の遺伝子情報”の奪取だ。であれば、簡単だ。盗み出したあとに元を絶てばいい』
「………ありえない。IS学園よ?あそこにあんなものを落として、各国のVIPの子供や教員たちを殺してしまえば」
『そんなもの“男性操縦者”をこれから増やせるのであればどうでもいいのだ。手に入れた遺伝子情報を中国、アメリカあたりに売ればいい。喜んで彼らは“複製”するだろう』
「よくそこまで確信できるわね」
『人の業というのはそこまではしないだろう、という性善説的な考えなど悠々と超えてくる。そもそも、君も知っているだろう。“最強”の正体を』
「そうね。そう思えば、確実にやるということね」
人の業。ロゼンタはそれを知っている。だからこそ、アルベールの推測も全て確実に起こると考える。しかし、事が起きるとなれば防がなくてはならない。
「止められる?」
『無理だ。こちらは君という切り札を切った。シャルたちだけを戻そうとすればすぐに連中も切り札を切ってくるだろう』
「わかっていたならなんで私を使ったの」
『手がないからだ。それこそ、君がここではなく政府そのものを滅ぼす以外あとは手がない。だが、そんなことをシエラやシャルが知ったらどうなる?』
「二人が死んだら意味は」
『死なないさ。ロゼンタ、私はなIS学園に二人の保護を申し入れたとき織斑千冬に対応されたんだ。そうしたら彼女はなんと言ったと思う?“たとえ、隕石が落ちてきても彼女たちのことは守る”と言ってくれた』
「信じるわけ?あの最強を」
『世界を一度破壊したのだ。今更隕石の一つや二つ、あの光の剣の前には無力だろうさ』
亡国企業という存在は世界にとって必要悪だった。それは、この世界とはまた違う、別世界でのロゴスのように。世界を停滞させないようにするために必要な歯車。それを“織斑千冬”が完膚なきまでに破壊し尽くし、破壊の果てに世界を再生させたのだ。
それを力だけで成した彼女が今更隕石などで驚くだろうか。
「………わかった。そこまで言うのなら信じましょう。戻るわ」
『頼む。二人が帰る家を残すために、我々は我々にできることをしよう』
「えぇ。無論よ」
魔女は身を翻し、業火を背に闇夜に溶けていく。
翌朝、焼け跡からはノルン社の幹部の遺体が多数発見され、いずれも死因は焼死と判断された。なぜ彼らが真夜中にそんな場所にいたのかはわからない。ただ、彼らの家族は遺体発見と同時に、死者からの手紙を受け取ったという。
手紙には揃ってこれまでの悪事を告白するかのように震えながら書かれた形跡があり、かならず文末にノルン社のある研究員に全てを託したと書かれていた。
その託された研究者が数日後行われたノルン社とデュノア社の裁判で、デュノア社側が召喚した証人として現れたことは決して無関係ではないだろう。