シャルロット・ルーセル、或いはシャルロット・デュノアと呼ばれる少女は善人であった。3人の親の元で育った彼女は二人の父からは影を引き継がず、母と同じく光に溢れた道をずっと歩んできた。
だから、彼女は人の業を知らない。あくなき欲望がおぞましく、止められないことを彼女は知らない。
『……ノルン社はもうダメなようだ』
「なら…私があなた方にもう従う理由もない。父が全てを終わらすでしょう」
『あぁ…そうだろう…“ノルン社”は終わるな』
「何を言っているんです。私に“彼”の遺伝子を持って来させようとしたのは“ノルン社”のためでしょう」
『それはついでだよ。そもそも、いつ私がノルン社のためと言ったかな。ノルン社に渡せば彼らが有利になるとは言ったがね』
シャルロットの耳を犯そうとする気味の悪い息遣いはあまりにおぞましかった。
『男性操縦者を生み出すのに肉の子宮はいらない。試験管からでもいいのだ。そして、今いる男性操縦者はいらない…タイムリミットは1週間だ。シャルロット君。守らなければ、わかるね?』
そんな、ありえない、とシャルロットは電話を耳から話す。そんな真似をすれば世界からの糾弾も、と彼女は思っていて、行動を起こさなかった。
「あんなものを落とせば、フランスは」
『大丈夫さ。男性操縦者を増やすことができるのならば……たかだかそんな東洋の猿どもが作った小島を消したところで、世界はどうでもいい。男性操縦者が増えればそこにいる学生がいなくなったところで世界のIS乗りは倍以上に膨れ上がるのだから』
「……っ…」
狂気。生まれて初めて、シャルロットはそれを感じ取った。
『いい結果を期待しているよ。あぁ、それと、私としては君の母上のように優秀な“天然素体”を失うのはとても悲しいのでね……君が任務を果たせば“アレ”落とすのはやめてあげよう』
「素体…?何を言って」
『知らない、気がつかないというのは罪だ!篠ノ之束しかり、シエラ・ルーセルしかり、あれらの優秀な次世代の人類を未だに放置しているとは…男性操縦者よりも本当はそちらがほしいのだが、世の中にはニーズというものがあるから仕方がない』
「なにを、言ってるの?」
『君が理解する必要はない。君がやることは簡単だ。織斑一夏の遺伝子情報を試験管の中か、君の胎内に入れて持って帰ってくればいい。出来れば後者が望ましい。素体から生み出された準素体と“成果物”の交配種は気になるのでね…まぁ、無理強いはしないよ』
一体、向こうにいるのは誰なのか。シャルロットは日本へと向かう前に政府のエージェントから電話を渡されただけで、依頼主が政府の高官だとしか聞いていなかった。実際に、今日までは政府の高官でノルン社との癒着がある人物だと思っていた。だが、今の話でわからなくなった。フランスという国のためではなく、まるで己の欲望を満たすためだけに動いているような印象を受ける。
シャルロットは自らと母に向けられているものに気がついて、吐き気がした。
『待っているよ、シャルロット君。二人…いや3人になっていることを祈っているよ』
そこまでで通話は切られ、シャルロットは込み上げてきたものを押さえて慌てて寮の中にあるトイレに駆け込み全てを吐き出した。
「ゲホッ、がはっ、はっ、はぁっ、ぅ、おっ」
気持ちが悪かった。気味が悪かった。
「はぁっ、はぁ、はぁっ、こんな、の、かあさんに、言えない」
あの太陽のような母に、あのようなおぞましいことを伝えるのは憚られた。今のシャルロットが一つだけわかったのは彼らの脅しがなんの酔狂でもなく本気だということ。その気になれば彼らはこのIS学園を地図から消すことなど容易いのだ。
「……でも、でもっ、どうやって一夏から」
彼とまぐわう……というのはシャルロットとしても無理だ。まだ出会って一週間で、確かに一夏は好感触で友人としては見れるが、恋愛対象としては見れない上に、シャルロットはウブで、とてもではないが一夏の遺伝子を自らの中に取り込もうとは思えなかった。
であれば、あとは髪の毛などを採取するしかない。しかし、抜け毛などは掃除好きな一夏のおかげで1本もなく、彼がいないところでは回収できない。
「寝ているときに?でも、そんなことをすれば」
寝ている時に髪を抜けばバレる。いたずら、といっても厳しいだろう。そこまでまだ深い仲ではないのだ。ただ、起こさないようにハサミなどで斬れば可能性はある。
「………やるしかない、それでも」
即座に決行はできそうにない。決心がつかない。それでも、もう猶予はない。母と共に死ぬか、この島の人々を見殺しにするか。善人であるシャルロットは揺れ動く。
「どうすれば、いいの」
答えは出ない。そうしてシャルロットは一夏が戻るまで、呆然とすることになる。
シャルルが来てからの一週間はそれなりに平穏な時間が流れていた。マコトは最初の波乱など嘘のようにまともな学生生活を送れているなと満足だ。いつもの6人にシャルルも加わり、彼のちょっと真面目だが、時折抜けているところもわかってきて、徐々にグループに馴染んできていた。
「へぇ、クラス代表を決めるのにそんなことがあったんだ」
「えぇ、あの戦いで私は一夏さんと戦い、彼を認めましたの」
「まぁ、締まらない決着だったけどな」
放課後の食堂、セシリアがシャルルにクラス代表決定戦でのことを話し、シャルルは素直に話を聞いていた。まるで漫画のような展開にシャルルとしても現実は小説よりも…という気持ちを抱き、結末も面白かった。
「エネルギー切れで負けてしまうというのは惜しかったね、一夏」
「そこはなぁ。まだ白式のことわかってなかったし」
「けど、今はだいぶ変わったんだろう?」
「あぁ。といっても、今は零落白夜よりもまずブレオンの動き方をマスターすることが先で、零落白夜の使い方はそこまで練習してないけどな」
「基礎を盤石にしているんだろう?大事なことだと僕は思うよ」
聞き上手なシャルルに何かと話す一夏の相性はいいようで、一週間とはいえそれなりに仲が良くなっているなとマコトは思った。
マコトは彼を見ながら、束に依頼した調査の結果を思い出していた。彼の実家であるデュノア社は国とライバル企業から嫌がらせを受け、窮地に立たされている。そのせいで、シャルル——シャルロット・デュノアは身の危険に晒され、日本に逃げたこともマコトは知った。
理不尽極まりなく、マコトは束から報告を受けた際に怒り狂いそうになった。それを報告を聞きに同行したレイラに宥められて、暴れることはなかったが今でも思うところは多くある。
今こうして、性別は偽っているとはいえ恐らくはそれ以外ほとんど素でいるシャルルの笑顔を見ているとマコトは今すぐにでも彼女の身を狙うものたちを滅ぼしてやりたかった。暗い怒りの感情はどうしようもなくマコトを蝕む。
「そういえばシャルルはどんなISに乗るんだ?」
「え?僕かい?」
「あぁ。俺には専用機が渡されたんだけど」
「それなら、会社から一機借りてるよ。専用機代わりにね」
「2組のコメットと同じような形か」
「そうだよ、箒さん」
会話の内容はシャルルの専用機の話に移っていた。シャルルの搭乗機は2組のコメット姉妹のように量産機のカスタムタイプのようだった。ただシャルルは「そんなに得意じゃないけれどね」と苦笑いで自身の腕を大したものではないと言った。だがマコトは束からもらった情報で、シャルロットがデュノア社の非公式なテストパイロットとしていることを知っていたので嘘だとわかった。
親の贔屓があったとしても、テストパイロットを任されるということは少なくとも素人ではない。
「(……事を起こせばシャルルは逃げるかもしれない、とは言ってたけど…)」
束から千冬にシャルルのスパイ疑惑は伝わり、そもそもそんなことは織り込み済みだと千冬にマコトは言われていた。何かを吹き込まれているということはアルベールも織り込み済みで千冬に伝えていたのだ。マコトは千冬にならどうするのかと訊けば、事を起こせば拘束するが、問題の一夏のデータが渡らなければいいだけで、シャルルの処遇など後からどうとでもできると千冬は言い切ったのだ。
加えて、今朝方、束からシャルルの両親が敵を倒したと言われていた、どういう手段を使ったかはわからなかったが、ライバル会社の不正の数々を全て手にすることが出来たのだという。
つまり、マコトにはもう出来ることがない。大人たちが子供を守り切るつもりで既に動いているのだ。マコトは前世で守ってくれる大人がいなかった。否、いたが、見向きしなかった。しかし、こうしてちゃんと為すべき事を為そうと動いている大人たちを前にして、マコトはなんて優しい世界なんだろうと思った。
これから咲こうという花を守ろうとする大人たち。それは来て欲しかった平和そのもので、マコトは込み上げている怒りを押さえ込むことができていた。
「そうだ。シャルルは部活とかどうするんだ?」
「部活?」
「あぁ、部活だよ」
一夏がシャルルに部活はどうするのか聞いていた。策謀などは抜きにして、シャルルという生徒がどんな部活に入るのかはマコトも興味があった。なお、マコト自身は帰宅部である。鈴音のことを聞かせたさやかによって味見係として料理部には通っているが。
「ちなみに箒は剣道部だな」
「剣道…ジャパニーズ・ブシドーってやつかな」
「少し違うがな」
大きく違うはずだが箒は何故か得意げであった。
「セシリアは…」
「テニス部ですわ!」
「テニスかぁ、楽しそうだね」
「あら、なら早速体験入部なさいますか?」
セシリアはテニス部に入っていた。マコトはまだセシリアがテニスをしている姿を見たことがなかったが、体操着姿でポニーテールにしたセシリアがラケットを振って高笑いしている姿が容易に想像できた。よく漫画で出てきそうなテニス部のお嬢様キャラそのものであった。
「いや、色々見てみたいかな。レイラさんは何か入っているの?」
「私は何も」
「レイラはそうだよね」
マコトはレイラが帰宅部なのを知っている。レイラは包み隠さずマコトにイギリスの諜報員であることを伝えているためそのレポート作成や、何かと中途半端なダイヴトゥ・ブルーの運用テストがあるため部活をしている暇がないというのが部活に入らない理由だ。
「まぁ、色々とレイラはありますからねぇ。ただ、料理部は興味があると」
「えぇ。以前、相沢さんからお茶会などもされていると聞きましたので」
レイラはお茶好きでわざわざ自分で紅茶を入れるほどで、合わせるお菓子も自作する。マコトは束の研究所にレイラを連れて行ったのはほんの3回だが、以来、束のメイドとしてお茶を淹れたりお菓子を作るクロエとは意気投合して、クロエもレイラと話がしたいのか最近は生徒として地上にいることが多い。
おかげでクロエがちょっと日焼けしたと束が言っていたが、ずっとこもっているよりは健康的なのでマコトは苦笑いで聞き流していた。
度々料理部に行くと、さやかから「レイラさんまだ入れないって?」とマコトに聞いてくるため、落ち着いたら間違いなくレイラは料理部に入ることになるだろう。
「私としては将来的には入ることに間違いはないでしょう。そういえばマコトも今は何の部活にも入っていないですね」
「そうだね。ただ料理部にはちょくちょく遊びに行ってるから」
「……マコトさんはたまに、料理部のお菓子を持ってくる」
料理部からのお裾分けは簪も恩恵を受けていた。シャルルは今出てきた部の他に何かないのか一夏に聞く。
「他か?うーん、簪はなんだっけ」
「私も帰宅部」
「帰宅部って?」
「………部活に入ってないってこと」
「なるほど。面白い言い方だね」
シャルルの悪意ゼロの笑顔に簪はキツいものを感じた。
簪が帰宅部な理由は彼女自身の人見知りのせいなのと、特にやりたい部活がないためである。強いて言えば映像部というものが目に留まったが、内容はわりと真面目にCMの撮影をしてみたりと簪が好きな特撮とは離れた分野のため入らなかった。
「入ってない私が言うのもですが、シャルルさんは料理部などに入らないのですか」
「え?ど、どうしてそんな風に思ったのかな?」
「いいえ、なんとなくです」
マコトは一瞬揺さぶりをレイラがかけたのかと思ったが、すぐにレイラが白状した。
「嘘です。シャルルさんのお母様に伺いました。料理が得意だと」
「あ、そうなんだ…」
くすくすとレイラは笑っている。彼女なりにシャルルをからかったようだった。
「レイラはデュノア先生と会ったりしてるの?」
「偶然ですね。昨晩、機体のテスト後に校内のベンチで動けなくなっている生徒を見かけたので保健室に運んだんです」
「そうでしたの?そんなお話しませんでしたわね」
「話す必要性もないと思いましたので」
レイラから見れば些細な出来事なのだろうが、きっとその生徒は助かったに違いない。セシリアもクロエのことを助けたと聞いていたが、マコトはレイラもセシリアに影響されて困っている誰かを放っておけないのかもしれない。それはいい変化だな、とマコトは親友に対して思った。
「それってちなみに誰なんだ?動けなくなっていたの」
「2組のファニール・コメットさんですね。どうやら特訓のしすぎで足をくじいてしまったようでした」
「あぁ、あの山田先生と戦った」
一夏も流石に一週前のことは覚えていたのか、ファニールの顔は思い出せていた。勝気な少女で、一夏は鈴音を少し重ねていた。あのタイプは負けたら納得いくまで体を苛め抜くが簡単に想像できた。
「先生もやばかったけど、あの二人もすごかったよね。連携がさ」
「……双子特有のシンクロセンスとかも」
「僕、それ知ってるよ。確か、双子とかだと言葉を交わさなくてもコミュニケーションができるってやつでしょ」
「……そう。最後の山田先生の攻撃を回避したのはそれでかもしれない」
マコトはよく簪が見ているなと思った。簪にはマコトが後から1組の端末だけに配布された真耶側の視点映像を見せていたので、彼女は4組だが模擬戦の内容を知っていた。あの授業での模擬戦で最後の真耶の一撃を回避したファニールは確かに違和感があった。真耶がコニールを蹴る寸前にはファニールが回避をし始めていたのをマコトは見ている。あれは蹴られる側のコニールが認識したことをほぼ同時にファニールが認識して、飛んでくるとわかったから回避できたのではないかと。
「ですがISは一人乗り。タッグマッチでもないと真価は発揮できませんわね」
「まぁ、二人乗りの機体があればいいんだろうが、それは無理だろうしな」
セシリアと箒の言葉に、マコトは技術的には二人乗りもやろうと思えばできることを知っているがあまり意味がないとも思ってしまう。二人で乗り込めば単純に知覚が二倍になるわけではないのだ。
「シャルルはアイドルとか好きか?」
「え?いきなりどうしたのさ」
「特に理由はないんだけど」
「そうだね…僕はあまり興味がないかな」
シャルルが愛想笑いをしながらそう言った瞬間、カシャっと何かがテーブルの上に滑り込んできた。全員がなんだ、と警戒をしたがテーブルの上に置かれたのは爆弾などではなくCDケースであった。
もちろんジャケットまでついている。そこにはコメット姉妹の写真があり、彼女たちが出している楽曲が入っているものだとわかった。
「……え、なにこれ」
一番最初に反応したのは簪だった。簪が手にとって裏面を見ると黄色い付箋が貼られていて、マジックでこう書いてあった。——1組、聞け。
「1組宛てみたい」
「いやいや待てって、なんだよ今の」
「私が反応できなかった…!?」
「れ、レイラでも気がつけないとは何者ですか!?」
「馬鹿な…姿が見えなかった、だと」
一夏やレイラ、セシリアと箒が思わず声を上げる。CDが何故こんないきなり投げ込まれるのか。マコトも誰がCDを投げ入れたのかわからず周囲を見渡すがそれらしきものはいない。簪からCDケースを受け取り念のため開けるが中に入っているのはまごうことなきCDである。入ってる曲からしてシングルのようだ。
「簪さん、これ何だかわかる?」
「調べるね、マコトさん………あった。コメット姉妹のデビューシングルみたい」
「デビューシングルか…」
「日本じゃあんまり流通してない日本版だね。カナダだとカナダ語版で簡単に入手できるみたい」
「ってことはファンしか持ってないものってことか」
マコトはとなると2組の誰かが投げ込んだものということになる。本人たちがするのはあまりに違和感があるため、おそらくは2組の熱烈なコメット姉妹のファンがシャルルの興味ない発言に反応して投げ込んだのだろう。
「デュノアさんの興味ない発言が琴線に触れたかな」
「えぇ!?僕のせい!?」
「…まぁ頂いたものを聞かないのは失礼ですし。どなたかCDプレイヤーはお持ちで?」
「……私が部屋に置いてある」
「お夕飯の後にでも簪さんのお部屋にお邪魔して聞きましょうか」
セシリアの提案に簪が「えぇっ!?」と珍しく大声を出してガタッと立ち上がった。普段静かな彼女がそんな反応をしたので隣にいるマコトはおろか全員がビクゥっ!と固まってしまった。
「む、無理…ダメ…プレイヤー持ってくるから…部屋にはこないで」
「あら、何かお見せできないものでも」
「あるから」
「そ、そそ、そうですか。おほほっ、ごめんあそばせ」
目が据わりセシリアを睨んだ簪はあまりにも迫力があった。マコトはそこまでして何故部屋に入れたくないのか心当たりがあった。簪とマコトの部屋は8割ぐらいが簪の私物に埋められている。主にビデオやフィギュアなど……マコトがそういったことを気にしない、誰にも言わないとわかってから簪が起き始めたものである。
当然、簪の趣味はセシリアたちも知らないので、簪は慌てて止めたのである。
「では、私たちの部屋に来られては?」
「れ、レイラ、そうですわね。そうしましょう」
レイラが代替え案としてセシリア、レイラ、箒の部屋で聞く事を提案しそれは満場一致で決定される。簪は安心したのかドサッと席についてさりげなくマコトに寄り掛かった。マコトはいつも妹にしているような感覚で簪の頭を撫で、簪の顔は緩んでいた。
なお、この二人のスキンシップに対しては特に誰も気にしないため会話がそのまま進行する。シャルルを除いて。
「(仲いいな…でも付き合ってないんだよね)」
シャルルはなんだかもどかしさを感じてしまった。十代の少女としてシャルルはそのテの話をするのは嫌いではないのだ。
「で、俺たちも行っていいのか?」
「もちろんですわ。よろしければお茶もお出ししますわ。レイラが」
「レイラが出すのか…」
「趣味ですからね」
当たり前のように一夏たちもセシリアの部屋に行くことになった。シャルルは本当は女子のため気にしないでよかったが、彼女は真面目にも今の自身が男子であるならばどう反応すべきか考えて、いやそもそも女子であるからこそシャルルは口を開いた。
「ちょっと待って、夜に、女の子の部屋にそんなあっさり男の子が行っていいの!?」
「え?なんかまずいか?」
「い、一夏はなんとも思わないの!?」
「……?」
シャルルは愕然とした。彼はもしかしてデリカシーというものがないのではないかと。もちろん、一夏としてはそんなこともなく、単純にセシリアたちを異性として全く認識していないからである。ドキリとさせられることがあってもそれは綺麗なものを見たから、ぐらいな感覚だ。
「ふ、不潔じゃないか!嫁入り前の女性の部屋にそんな、そんな」
「お、落ち着けってシャルル。みんな友達だろ」
「そうですわ、シャルルさん。私たち皆、友達ですわ」
「提案した張本人である私が言うのも変ですがセシリアはもう少し考えてください」
セシリアの危機管理の無さにレイラは若干呆れを混じえて言う。マコトも簪も、確かにそれはそうだと思ってしまった。箒は最初からこの話に理解が及ばない。一夏と一緒に風呂に入っても問題ないと考えているためである。
「シャルル、同じ釜の飯を食らう友に男も女もあるまい。なぁ、一夏」
「箒の言うことはわかるけど、流石にちゃんと分けなきゃいけないとこはあるぞ」
「なんのことだ?」
本当にこの幼馴染みは大丈夫だろうかとマコトは思ったが考えないようにした。
シャルルはまるで異星人でも見たかのように6人を見ている。簪は同じにするなと目で訴えていた。
「…と、とりあえず、僕は遠慮しておくよ…」
「そっか。わかった。じゃあ、セシリア、俺も遠慮しとくわ。シャルル一人ぼっちはな」
「わかりましたわ。じゃあ、お二人を除いた5人で聴きましょう。簪さん、よろしくお願いしますわ」
「わかった」
結局女子陣だけで聞くことになったが、簪は思った「私4組だから聞く必要ないよね?」と。ただマコトも行くので行かないという選択肢はなかった。
なお、この7人の一件以来、徐々に校内でコメット姉妹のファンが増えて行ったことに因果関係があるのかはわからない。ただ、数年後のIS学園内では語り継がれる七不思議の中にこんなものがある。
——国際的アイドル、コメット姉妹のことを知らない、興味ないと言うと音もなく目の前にCDが落ちている。
数時間後、実際にセシリアたちの部屋にマコトと簪は出向き件のCDを聞くこととなったが、その内容は想像していたものよりも遥かによかった。元はカナダ語だったものが全て日本訳され本人が日本語で歌っている。加えて、簪が調べれば曲自体も日本向けにアレンジされたものだということもわかった。
セシリアもレイラも、コメット姉妹の歌声に感じ入るものがあったのか「彼女たちのアイドルとしての姿勢は本物ですわ」「本気でこの国でやって行こうという強い覚悟を感じました」と評価していた。
マコトも簪も、聞いてみればコメット姉妹の強く、可愛く、重なって伝わる声に聞き惚れていた。なるほど、これは2組の全員がコメット姉妹を推すなと納得してしまったのである。聞き終えて部屋に戻る間、簪とマコトはコメット姉妹のことを話していた。
「凄かったね、マコトさん」
「うん、想像以上によかったね…今度サインでも貰っちゃう?」
「なんかそれ、ミーハーっぽいよ」
「あはは、そうかな?」
話しながら、消灯時間ギリギリのため薄暗い廊下を歩く二人の距離はかなり近い。マコトは全く意識していないが簪はものすごく意識してこうしている。
「(…マコトさんも隙だらけだよ………)」
箒の幼馴染みだからなのか、と簪は思ってしまう。
部屋の近くまでやってくると、外からは雨音が聞こえ始める。今晩の予報は嵐になるとされていた。雷を伴うため、簪は今晩寝れるか不安だった。
「雨、強くなってきたね」
「…うん。雷、あまり好きじゃない」
「…奇遇だね、あたしも」
そう言ったマコトの顔をちらりと簪が見れば、彼女は見たこともないほど泣きそうな顔をしていた。簪がギョッとするも、瞬きした間にその顔は消えていた。
「(今の、なに)」
時折マコトが見せる、不可思議な表情。ただの十代の少女が見せるには重すぎるものだった。
「簪?」
「え、あ、ごめん。なんでもない」
部屋の鍵を開けて扉を開けたマコトが簪を呼ぶ。彼女は慌ててマコトの後に続いて部屋に入った。が、部屋に入ったところでマコトの携帯が鳴った。
「こんな時間に?」
「誰だろうね。レイラかな?忘れ物したとか……」
マコトが携帯を手にとり、画面を見る。そこには“七槻しばね”と書かれていた。つまりは束からの着信である。マコトは一瞬応答するか迷った。目の前に簪がいるからだ。だがしかし、出ないわけにもいかない。幸い画面表示は学園の教師だ、マコトは電話に出ることにした。
「はい、飛鳥です」
『まーちゃんすぐに研究所来て!』
電話から届いたのは束の焦った声だった。何事だとマコトが思えば、彼女が聞く前に束が続けて言った。
『シャルロット・デュノアがいっくんの情報持って学園から出た!』
「……そんな…!?敵は、敵はもういないはずじゃ」
『そのハズなんだけど……とにかく、こっちにきて!』
「わかった。レイラも?」
『うん!もしかしたら、出てもらうかもしれない!』
「でも機体は!?「
『アレを出す!』
「わかった!すぐに行くから、待ってて」
マコトは電話を切る。簪は呆然としてマコトの前にいた。
「ま、マコトさん、一体、どうしたの?」
「……簪さんはここにいるんだよ、いいね」
「ま、待って!敵とか、マコトさんの顔、普通じゃないよ!」
簪がマコトを引き止める。マコトは早く行きたがったが、簪を説得しなくてはならない。
「(わかってたけど、どうやって納得させれば…束姉さんのことは言えないし)」
「ねぇ、教えて、マコトさんは困ってるの?」
眼鏡の奥で、マコトと同じような赤い瞳が心配そうに覗いている。マコトは迷った。いっそのこと教えてしまうべきか。しかし、シャルルのことも本人は危険でなくても彼の背後にいるものの得体が知れない以上、簪を巻き込むわけにはいかない。
マコトはしばし目を閉じてから、覚悟を決めた。
「簪さん。大丈夫。私は——」
その時のマコトの簪を見る目に、簪は半歩下がった。なんで、どうして、あなたがそんな目をするの。なんでその目で、私を見るの——。簪が忘れていた、傷口が、彼女の想い人によって抉られた。
「——あたしは、何も困って、ないから」
とっさに出した言葉が、表情が、最悪の選択であるとマコトは気がつかない。
簪は声もなく、後ずさる。
「マコト、さん」
名前を呼ぶ。恐怖と、愛しさが混ぜこぜになって、簪は固まる。マコトは「ごめん」と部屋から飛び出して行った。一人残された簪はその場にへたりこんだ。マコトの目が、表情が、何度もリフレインする。
「どうして、なんで——お姉ちゃんと同じ顔をしたの」
更識簪という存在を否定された。ただお前はスペアだと、今は必要ないと。そう言われた瞬間のことが蘇る。違うと簪は思いたかった。偶然だと、何か苦しい言い訳をするために言っただけだと。
それでも、一度生まれた疑念は晴らせない。未知とは興味を呼ぶスパイスであるが…同時に底の見えない奥深さも呼ぶ。
「……でも、でもっ、マコトさんは、お姉ちゃんとは違う」
決して、彼女は姉とは違うと簪は思っている。あのときは絶望して、そのまま何も真意を聞くこともできず、終わってしまった。今は違う。簪は決して無力ではない。簪という一人の人間として、強い想いが彼女の怯える心を奮い立たせる。
簪も、マコトに遅れて部屋を飛びだす。マコトが機体は、と言っていたのを思い出す。もしかしたら、彼女はISに乗って外に出るつもりかもしれない。となれば、簪の行く場所は決まっている。
「……格納庫に、行かなくちゃ」
「格納庫に行ってどうするの?かんちゃん」
「ッ!?」
部屋を出てすぐ、簪は今聞くはずのない声が背後からした。振り向けば、そこにはこんな時間であればとっくに寝ているはずの簪の幼馴染みが、いつもと変わらない緩い空気を纏いながら制服姿でいた。
布仏本音が、自然な笑みを簪に向けてそこにいた。
「……なんで、本音がいるの」
「そりゃあ、かんちゃんの従者ですからぁ」
「お姉ちゃんの差し金?」
「うーん、半分そうかな」
おどけたように、いや実際に彼女は素のままに言う。
「…マコトさんを追いかける。退いて」
「それはダメだよ〜、かんちゃん」
「あなたには関係ないでしょ」
「かんちゃんの幼馴染みだから関係あるかなぁ〜」
「……私と一緒にいる勇気もないくせに、かんちゃん、なんて呼ばないでよ」
簪が本音を睨んで言った。本音は酷く悲しそうな顔をするも、そのまま困ったように笑った。簪は知っている。彼女が実家から与えられた従者であり、それでもかつては友だったことも。実家に嫌気が差して、今では距離を置いた簪に本音が声をかけることが減ったことも。
「簪お嬢様に何かあったら、楯無様から簪お嬢様の警護、外されちゃう」
本音は表情や空気は変えず、口調だけは少しだけ変えて簪に言った。
「外されちゃえばいい。別に、私はもう家とは縁を切りたい」
「それは…無理だよ」
「無理じゃない」
「じゃあ、簪お嬢様は家から出てどうするの?何も知らない女の子として生きていけるの?」
「…うるさい。本音、もう一回言う。そこを…退きなさい」
幼馴染みとしての僅かな慈悲も消えて、簪から発せられたのは従者に告げる命令。本音は黙って、道を開けた。簪は彼女の前を走り抜けていく。遠くなっていく背に、彼女は思う。
「(どうして、こんなことになっちゃったんだろう)」
決して、誰もが誰かを嫌いあっているわけではないのに。もはや当人たちだけでは取り返しのつかないところまで来てしまっている。
「……まこりんが、変えたのかな」
簪がこんな主人として命令したのは“初めて”だった。いくじなし、と言われて本音は少しだけカチンと来ていた。彼女だって穏やかだが怒らないわけではない。
だが、幼馴染みの、臆病だった彼女がまるで彼女の“姉”のように真っ直ぐとその赤い瞳を本音に向けていた。
飛鳥マコト。本音の“監視対象”の一人であり、既に何度も主人の姉に報告している“普通なことが異常な少女”が幼馴染みを変えてしまった。それは寂しくもあり、同時に嬉しさもあった。
「(もしかしたら、また、元に戻れるかも知れない)」
足りなかったのは言葉だ。本音はすれ違い、理解し合えない姉妹のことを想いながら、意識を切り替える。——日本の現存する暗部、更識家の工作員として。
「…こちら本音。簪お嬢様には逃げられちゃいましたぁ」
『そう。ならもうそこから離れて、あなたは出て』
「りょーかーい。それにしても、まこりんたちも動いてるけど、いいの?」
『織斑先生越しにデュノアさんが事を起こしても問題ないことは伝えてたけど、今回のはタイミング悪かったわね。必要性がないはずなのに彼女が事を起こしたんですもの。焦りもするわ』
「実際どうするの?」
『彼女は専用機で太平洋側に飛び出したわ。おそらく迎えがいるのでしょう。あなたは出てシャルロット・デュノアを拘束。不可能なら撃墜してもいい』
「…えっと〜、撃墜ってISを解除ってことだよね」
『当たり前でしょう。学園からも死人は出すなって言われてるからね』
「やりにくいね〜」
『えぇ。けれど、こちらとしても彼女の持っているかもしれないフランス側の情報は欲しい。もしかしたらようやく“敵”が仕掛けてきたかもしれない。ここで逃すわけにはいかないわ』
「ですよね〜、じゃあ、私はいくよぉ」
『お願いね……それと、簪ちゃんも』
「それはどう言う意味でかなぁ」
本音は楯無に思うところがないわけではない。簪の友人として…楯無が過去に行ってしまった決定的に言葉が足りなかったことを許せていない。たとえ、それがどうしようもないことであったとしても。
『………言っている意味が、わからないわ』
「言って欲しいの?」
『……あの子の“姉”として、お願いするわ』
「…そっかぁ。それなら、いいよ」
通信は切れる。本音はその場から音もなく消え、数秒後に偶然通りかかった箒が確かにあったはずの気配がまるで空気に溶けたように消えたことに驚くのだった。
土砂降りの雨の中、束の研究所に到着したマコトは束に状況を確認していた。レイラも寝巻き姿のままマコトに合流している。レイラはちょうどセシリアが入浴していて、箒が飲み物を買いに外に出ていたため、書き置きをして誤魔化すことができた。
「束姉さん!状況は!?」
「きたね!二人とも!これを見て!」
束が大きなモニターを操作し、学園を中心としたレーダーを表示する。すると太平洋側にISの反応が1つだけあった。
「これは…」
「コアネットワークを検索したら出てきたのは“ラファール・リヴァイヴ・カスタム”、シャルル・デュノアの専用機として登録された機体だよ」
「彼は逃げ出したのですか」
「間違いないよ、れーちゃん」
「束姉さん、敵はもういなくなったって!」
マコトの疑問に、束は「そうなんだけど」と言いつつ、画面を操作してあるものを表示する。それは衛星軌道上のレーダーで、何かが地球に向かって落下していた。
「博士、これは」
「これが、シャルル・デュノアが事を起こしちゃった理由だね」
「………束姉さん、これって、何かが落ちてきてるの?」
「そう。シャルル・デュノアを動かしてる連中は……ここに巨大な衛星兵器を落とそうとしてる」
衛星兵器の詳細が画面に表示される。大きな、まるで剣にも見える巨大な衛星兵器。プラントほど大きなわけではないが、明らかに大気圏で燃え尽きるものではない。落とせば間違いなく質量兵器としても機能するだろう。
「愛称は“ガーディアン”。正式名称は対地衛星ビーム砲“エクスカリバー”。イギリスで開発され、EUでも数基建造された欧州のIS以前から存在する戦略級兵器だよ」
「こんなものがこの世界の衛星軌道上に!?」
マコトはこれほどまでの大量破壊兵器がこの世界にあるとは思わなかった。表示されるスペックはそれこそ、ジェネシスやレクイエムには及ばないものの、都市一つは完全に焼き尽くすことができるレベルだ。
それが幾つも。
「…れーちゃんは知ってるよね」
「えぇ。知っているどころか、セシリアと私は当事者です。エクスカリバーの初号機はオルコット家の個人所有物。現在ではブルー・ティアーズに制御機能が移行されています」
「えぇ!?それ本当なの!?レイラ!」
「本当です。そもそも、ティアーズシリーズのコンセプトは単騎による戦場支配です。その究極の一つがブルー・ティアーズ、ティアーズシリーズ1号機に搭載された“ガーディアン・システム”です。今落下しているのはフランス所有の5号機ですから、こちらでどうすることもできないですが」
「そんな…」
昼間はあれだけ楽しそうに話していたシャルルに事を起こさせた。となれば自ずと落下地点は見えてくる。
「まさか、アレをここに落とすつもり!?」
「突入コースからみて間違いないよ。一応、突入後にある程度コースは制御できるみたいだから、シャルル・デュノアが約束を果たせばコースは変えるってとこだろうね」
「シエラ・デュノアと…私たちが人質といったところですか」
「多分ね。シャルル・デュノアって、どういう子?」
束に聞かれ、マコトとレイラはすぐに答えられた。
「普通の、どこにでもいる、ただの子供だよ」
「人に嘘をつくのも辛そうな善人ですね。人見知りもしない…だからこそ、私たちという新しい人質まで作ってしまった」
「そっか。シャルル・デュノアに声をかけた連中はフランスとノルン社の連中じゃなかったってことがこれでハッキリしたよ」
「どういうこと?」
「いくらフランス政府が男性操縦者の遺伝子を欲しいって言ってもここまでのことはしない。アメリカや中国、そこにいるれーちゃんのイギリスもそうだけど、直接的な手段はとってないでしょ?」
「えぇ。一番都合がいいのは“事故”ですから。若さゆえの誤ち。それが一番都合よく、ストーリーも組みやすい」
レイラの言葉にマコトはそうか、と理解する。例え男性操縦者の遺伝子を手にして、何らかの手段で男性操縦者を増やせることになってもこの世界中から要人の娘などが集まっている学園を破壊するなどありえない。焦っていたことは伺えたが、レイラが以前推測した通り出来もしない脅しというのが今起きている事態なのだろう。こんなことが本当に起これば、普通の人間がどうなるかなど容易い。
「状況はわかりました。博士。しかし、我々はどうすればいいのでしょうか。シャルルさんを捕まえても彼女は被害者で、アレをどうすることもできません」
「レイラの言う通りだ。束姉さんのほうでなんとかできないの?」
「さっきからアクセスしようとしてるけど、連中、何度もアクセスコードを書き換えてこっちが掌握する前に締め出されちゃう。今、くーちゃんがそこで頑張ってるのはそれなんだ」
束が指差したところではクロエが必死にキーボードを叩いてるのが目に見えた。彼女は何度も、何度もアクセス画面でパスを解除しては締め出されている。
「くーちゃん!どう!?」
「ダメです!こうも締め出されると…!」
「困ったね……とにかく、シャルル・デュノアをまずは止めよう。いっくんの情報が外に漏れちゃうのは束さん的にもよくない」
「わかった。アレの落着までのタイムリミットは?」
「うーん、それがまだ完全に落下しようって感じじゃないからわからない。ただ落ち出したらそんな時間ないよ。15分ってとこかな」
「……やれるなら迎撃手段を整えておきたいところですが、シャルル・デュノアを止めるほうが先決ですね。止めた瞬間に落下開始となるのは目に見えていますが」
シャルルを止めれば衛星砲が落下し、止めなければ世界的に大変なことになる。どちらも絶対に阻止しなければならない。
「…迎撃するなら手はあるけど、聞く?」
「あるの!?」
「流石ですね」
「ただ、束さん的にもちょっとね」
「いいから教えて、束姉さん」
束がまたしてもモニターを操作し、あるものが表示される。それは二人にも見覚えのあるものだった。
「これは、サイレント・ゼフィルスの!?」
「スターブレイカー、破壊されたので返還も何もないと思っていましたが、修復したのですか?」
「そそ。コアは吹っ飛んでたけど砲身とか残ってたし解析してちょちょいとね。分析する以上、どうしてあれだけの出力を出せたのか構造を知りたかったんだ」
表示されたのはサイレント・ゼフィルスの主兵装であったビーム・スナイパーライフル“スターブレイカー”だった。概要はレイラがよく知っている。
「解析結果としては3つの砲身からそれぞれ50倍近い出力のビームが放たれていてあんな出力になっていたみたい」
「そんな滅茶苦茶な出力だったんだ…」
「しかし、それでは武装が保たないのでは?」
「うん。撃てて5回だね。それ以上は自爆する」
「…それで、これがおすすめできない方法ですか」
「そう。スターブレイカーを使って落ちてくるガーディアンを破壊する。計算上、5発中…いや、自爆すること考えると4発中、2発を当てれば砕くことはできると思う」
「問題の出力元はどうするの?束姉さん」
「それは学園のIS5機をこのライフルにバイパスで直結させてあげれば威力を再現できると思う。問題はドライブする機体自体がここには2機しかないことかな」
束曰く、専用装備であるスターブレイカーに火器管制はティアーズシリーズしか扱えないという。束で補正してもいいが、地上から衛星軌道への射撃という成功確率の低い行為が更に成功する可能性が低くなる。
「…レイラ、頼める?」
「いいえ、ここはセシリアに頼みましょう」
「え、でもセシリアさん狙撃は」
「彼女は機動戦で狙撃銃を使わないだけで、静止状態での狙撃はイギリスでは最高クラスです。それに、ブルー・ティアーズには衛星砲を制御する必要があるため優れた照準機能も装備されています。まぁ、そのせいでビットは最大稼働すると処理落ちで機体が動かせなくなるのですが」
ISの相手がISである以上、完全静止状態での狙撃はまずないが、今回のような場合であれば別だ。レイラはこの状況であればセシリアが適任だと言う。
「束姉さん、巻き込んでいいのかな?」
「大丈夫でしょ。その、れーちゃんのお友達も普通じゃないっぽいし」
「……まぁ、気は引けますが今回は状況が状況です。出撃後呼び出します」
「そうだ、デュノアさんを追いかけないと!」
保険はかけた。あとはシャルルを追うだけとなりマコトはレーダーを見る。まだシャルルの光点は範囲内で捕捉可能だ。
「よし。それじゃあ本題だね。二人はここから出撃して彼女を追う。捕縛して連れ戻す。そのあと落ちてくるのをれーちゃんの友達が破壊しておしまい、だね」
「うん。それで、機体は…」
「できてるよ、まーちゃん」
モニターに表示される一機のIS。既存ISとは逸脱したスペック。しかし、マコトの知る白騎士には遠く及ばない。レイラは初めて見た機体に驚く。同時に、これが白騎士の純粋な後継機であることも理解した。
「これが」
「黒騎士……インフィニット・ストラトス、その二号機だよ」
純粋な、真の意味での二機目のインフィニット・ストラトス。それがマコトの新たな翼だった。束が格納庫へ向かうように促し、彼女たちは駆け出す。格納庫へとたどり着けば、そこには漆黒の騎士が新たな主人を待っていた。
マコトは迷いなく乗り込む。ISスーツを着ている時間はなく、制服姿のままだ。
「目覚めて、黒騎士!」
機体が起動する。マコトの体を包み込み、白騎士同様フェイスガードが展開され、機体の各部スリットに光が走る。マコトの網膜にあらゆる機体情報が表示されは消えていき、一瞬にして最適化は完了する。
レイラはその姿を見て、美しいとさえ思えた。騎士のような姿に背中からは大きなウィングバインダーを持つ。シルエットはデスティニーに近い。
「起動確認。武装は…」
『まーちゃん!武装はごめん!まだ用意できてないから、汎用品用意してある!』
「了解。本当だ、ガルムに、ISブレード。あとは固定装備で…なにこれ、ブーメラン?」
唯一、黒騎士専用の武装として用意されていたのは膝部分と肩にそれぞれ2つ、計4つ装備されたビーム・ブーメランだった。それはデスティニーのものとよく似ている。束にデスティニーのことは話したことがあり、やはりこの機体はある程度意識して作られているのかもしれない。
『れーちゃんも展開して!そこから射出する!』
「了解」
格納庫の隔壁が解放され、二人の目の前にカタパルトが出現する。元々、この格納庫は束の裏山の研究所の拡大版で白騎士と黒騎士の運用も前提としているため二機分のカタパルトが用意されていた。
遠くに雨の音が聞こえてくる。あのときも、こんな夜のように雨だった。
「……思い出しますか、あの夜を」
「…うん。でも、今は、状況が違う。あたしたちは…助けに行くんだ」
「そうですね。討つためではなく、救うために」
「行こう、レイラ」
「えぇ、マコト」
黒騎士とダイヴトゥ・ブルーがカタパルトに接続される。同時に射出口のガイドラインが発光し、遠くに地上の出口が見えた。
『カタパルト接続確認!進路クリア!いいよ、二人とも!』
束からの発進許可が出る。マコトは瞑目する。あの時とは違う、と。
レイラもまた、そんな親友のことを見て、今度はあの時とは違う。彼女と同じ心で飛ぶ事を決める。シャルル・デュノアは彼女から見て“好ましい”人間だ。
「すぅ……飛鳥マコト、黒騎士!行きます!」
「レイラ・デュランダル、ダイヴトゥ・ブルー!発進する!」
前世と同じ、しかし今度は救うために二人は嵐の中へと飛び込んでいく。
長い夜が始まった。
ちょっと展開が急かな…?